桔梗湯(ツムラ138番):キキョウトウの効果、適応症

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桔梗湯(138)の効果・適応症

桔梗湯(138)は、のどの炎症による腫れや痛みを鎮める効果のある漢方薬です。体力や年齢を問わず使用でき、扁桃炎扁桃周囲炎(のどの周りの膿(うみ)を伴う炎症)のように、のどが赤く腫れて痛む症状に幅広く適応します。処方名は主薬である生薬「桔梗(キキョウ)」から名付けられており、炎症を抑えつつのどを潤して痛みを和らげるのが特徴です。のどに少しずつ含んでゆっくり服用すると患部に作用しやすく、せきを伴う場合にも喉粘膜をしっとりさせて楽にします。

よくある疾患への効果

桔梗湯は主に急性のど炎症に用いられます。具体的には以下のような疾患・症状によく使われます。

  • 急性扁桃炎:扁桃腺が細菌やウイルス感染で腫れて強い喉の痛みがあるときに、桔梗湯が炎症を鎮めて痛みを和らげます。発熱を伴う場合でも、抗生物質治療の補助として用いることで膿を出しやすくし、治りを助けます。
  • 扁桃周囲炎:扁桃の周囲に膿がたまる一歩手前(いわゆる扁桃周囲膿瘍の初期)でも、桔梗湯は膿の排出を促し腫れを緩和する効果が期待できます。喉のつらい腫れ・嚥下痛を軽減し、切開せずに済むようサポートする場合があります。
  • 咽頭炎・喉頭炎:かぜに伴うのどの痛み(咽頭炎)や、声の出しすぎ・乾燥による声枯れ(喉頭炎)にも適しています。声帯の酷使で喉がヒリヒリする場合や、エアコン・暖房で喉がカラカラになって痛む場合に、桔梗湯が喉粘膜を潤し炎症を沈めてくれます。軽い咳嗽を伴うようなケースでも、鎮咳作用を持つ甘草が含まれているため咳を和らげる一助となります。
  • かぜの初期症状:発熱や全身症状は軽いものの、喉の違和感・腫れが強い風邪の初期にも用いられることがあります。「のど風邪」をひきやすい方が、早めに桔梗湯を服用しておくと、悪化を防ぎ症状を軽減できることがあります。

以上のように、桔梗湯は特定の疾患名というより「のどが赤く腫れて痛い」という症状全般に対応する漢方薬です。小児でも2歳以上であれば服用可能で、味も甘く飲みやすいため、子どもの喉の痛みに処方されることもあります。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

喉の痛みや炎症に用いる漢方薬は桔梗湯以外にも複数あります。それぞれ含まれる生薬構成や患者さんの体質・症状に合わせて使い分けられます。代表的な処方を3~4種類挙げ、桔梗湯との違いを比較してみましょう。

黄連解毒湯(15)

黄連解毒湯(15)は黄連・黄芩・黄柏・山梔子という4つの生薬からなる代表的な清熱剤です。全身の「熱」を冷まして炎症を抑える効果が非常に強く、のどの腫れだけでなく顔のほてりやイライラ、不眠など実熱の症状を伴う場合に適します。体力が充実しのぼせ気味で赤ら顔、炎症体質の方で扁桃炎を起こしたようなケースでは、桔梗湯より黄連解毒湯を選ぶことがあります。ただし大変苦く、胃への負担も大きいため、高齢者や虚弱体質の喉の痛みには向きません。あくまで体力があり熱症状が強い人向けの処方であり、桔梗湯が効かない激しい炎症の時に短期間用いられることがあります。

麦門冬湯(29)

麦門冬湯(29)は麦門冬、半夏、甘草、人参、粳米、棗から構成される処方で、のどや気管を潤し痰を切る効果があります。喉の腫れというよりは乾いた咳喉の渇き・ヒリヒリ感に適した漢方薬です。例えば、空咳が続いて喉がイガイガするようなときや、炎症というより粘膜の乾燥が主体の場合に用いられます。桔梗湯が炎症を「取る」処方だとすると、麦門冬湯は粘膜に潤いを与えて乾燥による刺激を和らげる処方です。そのため、扁桃が膿んで腫れるような急性期には向きませんが、かぜの後に咳だけ残って喉がカラカラな場合や、エアコンで咽が乾く方の慢性的な咳に効果的です。

補中益気湯(41)

補中益気湯(41)は人参、黄耆、白朮、当帰、升麻、柴胡、甘草など10種の生薬からなる滋養強壮の代表処方です。直接の抗炎症作用は弱いものの、体力・免疫力を底上げすることで結果的に炎症を鎮めます。疲労時に喉が腫れやすい人や、扁桃炎を繰り返す虚弱な体質の方に対して、再発予防や慢性扁桃炎の改善目的で用いられることがあります。例えば「病気の後、微熱と喉の腫れが長引く」といった場合に、桔梗湯で対症療法をしつつ、補中益気湯で体質改善を図るケースもあります。桔梗湯との違いは原因へのアプローチで、補中益気湯は根本的な体力不足(気虚)を補い、結果として喉の炎症を起こしにくくする点にあります。体力が低下している方の慢性的な喉の違和感・痛みに対して、桔梗湯よりこちらが選択されることもあります。

以上のように、同じ「喉の痛み」でも症状の性質や患者様の体質によって使い分ける漢方薬が異なります。桔梗湯(138)はシンプルな処方で副作用も少なく汎用性が高いため、まず第一選択になりやすいお薬です。他方、症状の程度や随伴症状によっては、より多くの生薬を含む処方や、全身状態を改善する処方が用いられます。医師は患者様の証(しょう)を見極め、最適な漢方薬を選択しています。

副作用や証が合わない場合の症状

桔梗湯は比較的副作用の少ない処方ですが、含まれる甘草の作用により重篤な副作用がまれに報告されています。特に注意すべきは偽アルドステロン症とミオパチー(筋障害)です。長期間の服用や過量投与により、甘草に含まれるグリチルリチン酸の作用で体内の電解質バランスが崩れ、血圧上昇やむくみ、低カリウム血症を引き起こすことがあります。症状が進むと手足の力が抜ける、筋力低下(ミオパチー)や不整脈などを生じる可能性があります。足がつる、手足のしびれ、倦怠感などいつもと違う不調を感じた場合は、服用を中止して速やかに医師に相談してください。

その他の副作用としては、発疹・かゆみなどのアレルギー症状、まれに胃部不快感・食欲低下など胃腸症状が挙げられます。桔梗湯は甘草を含むため、糖尿病の方は血糖コントロールに影響しないか注意が必要です(甘草の甘味はありますが、通常の用量で糖分摂取過多になることはありません)。また、含まれる桔梗には若干の催吐作用(痰を出す作用)もあるため、証に合わない場合(例えば喉の痛みの原因が炎症ではなく神経性の場合など)は、かえって喉のいがらっぽさや咳が強まることも考えられます。効果が感じられないばかりか違和感が増すようでしたら、無理に飲み続けず担当医に症状を伝えましょう。

併用禁忌・併用注意の薬剤

桔梗湯に含まれる甘草(カンゾウ)は、副腎皮質ホルモン様の作用を持つため、他の薬剤との組み合わせに注意が必要です。特に以下のような薬剤とは併用禁忌または慎重な併用が求められます。

  • 他の甘草含有漢方薬との併用:芍薬甘草湯(68)や麻黄湯(27)など甘草を含む漢方薬をすでに服用中の場合、追加で桔梗湯を併用するとグリチルリチン酸の過剰摂取となり、副作用リスクが高まります。医師の判断なしに複数の漢方薬を自己判断で重ねて飲むことは避けましょう。
  • 利尿剤(降圧薬)との併用注意:フロセミドやヒドロクロロチアジドなどの利尿薬はカリウムを尿中に排泄しやすくします。甘草にもカリウムを低下させる作用があるため、併用すると重度の低カリウム血症を起こしやすくなります。同様に、下剤の長期使用などで電解質異常がある方も注意が必要です。
  • 強心配糖体(ジギタリス製剤)との併用注意:甘草による低カリウム状態は、ジギタリス系薬剤の心毒性(不整脈など)を増強するおそれがあります。心不全治療中でジゴキシンなどを内服中の方は桔梗湯の使用について主治医とよく相談してください。
  • 副腎皮質ステロイドとの併用注意:プレドニゾロンなどのステロイド薬と甘草を併用すると、ステロイドの効果が増強され副作用(血圧上昇・浮腫・血糖上昇など)が強まる可能性があります。医師の管理下で必要と認められる場合を除き、自己判断での併用は控えましょう。

なお、持病をお持ちで高血圧、心臓病、腎臓病などで治療中の方は、桔梗湯を含め甘草含有製剤の服用により病状が悪化する懸念があります。これらに該当する場合は必ず事前に医師へお知らせください。桔梗湯自体は第2類医薬品としてドラッグストアでも市販されていますが、他の薬との飲み合わせについて専門家の指導を仰ぐことが大切です。

含まれている生薬と選ばれている理由

桔梗湯は「桔梗」と「甘草」各1味ずつ、合計2種類の生薬のみで構成されたシンプルな処方です。それぞれの生薬が持つ作用と、組み合わせる意義を解説します。

  • 桔梗(キキョウ):キキョウ科の多年草「桔梗」の根を乾燥させた生薬です。炎症を鎮め、腫れを抑える作用があり、古くから「のど薬」として知られてきました。桔梗には痰を切って排出しやすくする作用(去痰作用)や、膿を出す作用(排膿作用)もあり、扁桃の化膿や痰が絡む咳にも有効です。また、桔梗は肺経という経絡に属し、上気道に薬効を届ける働きがあるとされています。喉の患部にダイレクトに作用し、痛み・腫れの原因となる炎症を和らげてくれる生薬です。
  • 甘草(カンゾウ):マメ科の多年草「甘草」の根・茎を乾燥させた生薬です。強い抗炎症作用と鎮痛作用を持ち、喉のヒリヒリ感や腫れの痛みを緩和します。桔梗湯では桔梗とともに喉の炎症・痛みを抑える主役ですが、同時に他の生薬の働きを調和し、副作用を緩和する調和薬としての役割も担います。甘草は非常に甘いため、苦味のある桔梗との組み合わせで飲みやすさを向上させるメリットもあります。また、甘草自体に鎮咳作用があるため、喉の痛みに伴う咳を沈める効果も発揮します。

このように、桔梗湯は「桔梗」と「甘草」という相性の良い生薬ペアで構成されています。古来よりこの組み合わせは桔梗甘草湯(ききょうかんぞうとう)とも呼ばれ、喉の痛みを治す基本方剤として後世の多くの処方の原型になりました。桔梗が患部の炎症・腫れ・膿を直接取り除き、甘草がそれを助けつつ痛みや咳を和らげ全体の調和を取る——この2つの生薬だけで完結するバランスの良さが桔梗湯の魅力です。

桔梗湯にまつわる豆知識

◯歴史・由来: 桔梗湯の原型は、今から1800年以上前の中国・東漢時代に著された医学書『傷寒論』や『金匱要略』に記載があります。傷寒論の少陰病の章において、喉の痛みに対して甘草湯(甘草1味を煎じた湯)を用いるとされ、効果が不十分な場合に桔梗を加える記述があります。これが桔梗湯の起源であり、後世の咽喉炎治療の基本方剤となりました。日本には漢方医学とともに伝来し、江戸時代の医師たちも喉の腫れ物に桔梗湯を用いた記録があります。抗生物質のない時代、桔梗湯は扁桃の腫れや喉の膿を排出させる貴重な治療薬だったのです。処方名の「桔梗湯」は主要成分である桔梗から名付けられており、シンプルな名前からも当時から喉の薬として広く認知されていたことがうかがえます。

◯生薬に関するトリビア: 桔梗は日本でも古くから親しまれた野草で、その美しい紫色の花は秋の七草の一つにも数えられます。ただし漢方に使うのは地上の花ではなく白く太い根の部分です。日本では観賞用のイメージが強い桔梗ですが、近隣の韓国では桔梗の根(現地名:トラジ)を食用にする習慣があります。炒め物や和え物にして喉に良い山菜として親しまれており、民間療法的に咳や喉の不調時に桔梗根の料理を食べることもあります。甘草は漢方で最も頻繁に登場する生薬の一つで、その名の通り非常に甘いのが特徴です。ヨーロッパでは甘草を使った菓子(リコリス菓子)があるほど甘味料としても有名です。生薬としては「百薬の長」とも呼ばれ、あらゆる処方に配合されて他の薬効を調整・増強し、副作用を抑える役割を果たします。桔梗湯でも甘草は桔梗の働きをまろやかにしつつ、自身も喉の痛みを取るダブルの効果を発揮しています。

◯剤形と味: 桔梗湯は現在、エキス顆粒剤として市販されており、調剤用漢方エキスのツムラ138番としても知られます。お湯や水に溶かす顆粒タイプで、ドラッグストアでも第2類医薬品として購入可能です(用法用量は処方薬より少なめに設定されています)。顆粒を口に含むと甘草由来の自然な甘みが広がり、漢方薬の中ではかなり服用しやすい味と言えます。桔梗湯を服用するときはすぐ飲み込まず、のどにしばらく留めてからゆっくりと嚥下すると、有効成分が患部に直接作用してより効果的です。この服用のコツは昔から言われており、近年では桔梗湯に似た処方を配合したのど飴やトローチも発売されています。古来の知恵が現代でも活かされており、喉の痛みに悩む方々にとって頼もしい味方となっています。

まとめ

桔梗湯(138)は、のどの痛みや腫れに即効性を発揮する漢方薬です。桔梗と甘草というシンプルな組み合わせで、副作用も少なく小さなお子様からご高齢の方まで幅広く使われています。ただし、すべての喉の痛みに万能というわけではなく、症状や体質によっては他の漢方薬を用いた方が適切な場合もあります。喉の症状がなかなか改善しないときや、持病や他のお薬との兼ね合いで不安があるときは、自己判断で市販薬を続けるより専門家に相談することをおすすめします。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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