加味帰脾湯(137)の効果と適応症
加味帰脾湯(かみきひとう)は、心身が疲れ不安感や不眠などの症状に効果を発揮する漢方薬です。体力が低下して血色が悪く、貧血、不眠症、精神不安、神経症といった状態によく用いられます。いわゆる「心脾両虚」(しんぴりょうきょ)※の体質に適した処方で、弱った体を補いつつ不安やイライラを鎮め、眠りの質を改善する効果があります。
※心脾両虚: 漢方でいう「心」と「脾」の機能が共に低下した状態(血やエネルギーが不足し、不安や不眠を来す状態)を指します。
加味帰脾湯がよく使われる疾患
加味帰脾湯は以下のような症状・疾患に対して用いられます。それぞれに対し、体質(証)を整えることで改善が期待できます。
- 不安感・イライラ(精神不安): 神経の高ぶりを抑え、落ち着きを取り戻します。ストレスによる動悸や焦燥感なども和らげる効果があります。
- 不眠症: 神経を安定させる生薬の作用で、寝つきの悪さや不眠を改善します。心身の疲労を取り除き、自然な眠りに導きます。
- 神経症: いわゆる不安神経症や抑うつ神経症など、心の不調に伴う身体症状(倦怠感や食欲不振など)を緩和します。弱った体力を補いながら精神面を落ち着かせるため、慢性的な神経症状の改善に用いられます。
- 貧血: 血を補う生薬が含まれるため、貧血傾向によるめまいや顔色不良、動悸、疲労感の改善に役立ちます。産後や病後の貧血気味で精神不安が強いケースにも適しています。
同じような症状に使われる漢方薬との使い分け
精神不安や不眠、貧血などに用いられる他の漢方薬との違いについて、加味帰脾湯との使い分けポイントを説明します。
帰脾湯との違い
帰脾湯(きひとう)は、加味帰脾湯の元になった処方です。基本の構成はほぼ同じですが、加味帰脾湯(137)では帰脾湯に含まれていない柴胡と山梔子が加えられています。これら追加生薬(「加味」部分)により、ほてりやイライラ(肝火上炎)を鎮める作用が強化されているのが特徴です。純粋な虚弱体質で熱感や怒りっぽさがない場合は帰脾湯を用いることもありますが、現代の臨床では加味帰脾湯の方が適用範囲が広く、微熱やのぼせを伴う不安・不眠にも対応できるため使われる機会が多くなっています。
加味逍遥散(24)との違い
加味逍遥散(24)(かみしょうようさん)は、特に女性の情緒不安定や更年期症状によく使われる漢方です。ストレスによるイライラやのぼせ、月経不順など「気滞」と「血の不足」を改善します。加味帰脾湯と同様に不安や不眠に使われますが、加味逍遥散(24)は比較的体力がある方や、ホルモンバランスの乱れによる精神不安に適しています。一方、加味帰脾湯(137)は体力中等度以下で貧血があり、疲れやすくメンタルも落ち込みがちな方に向いています。簡単に言えば、加味逍遥散はストレスによる不調が主体の場合に、加味帰脾湯は体力不足と心の疲れが同時にある場合に選ばれる傾向があります。
補中益気湯(41)との違い
補中益気湯(41)(ほちゅうえっきとう)は、気(エネルギー)を大いに補う代表的な漢方薬です。胃腸機能を高めて疲労や食欲不振、倦怠感を改善し、日中のだるさや立ちくらみ(気虚による症状)によく使われます。加味帰脾湯も補気作用を持ちますが、**補中益気湯(41)**には精神安定作用の生薬が含まれておらず、不眠や不安への直接的な効果は期待しにくいです。加味帰脾湯(137)は補中益気湯で体力をつける効果に加え、安神作用(精神を安定させる作用)を持つ点が異なります。そのため、疲労とともに精神症状がある場合は加味帰脾湯を、単に体力低下や食欲不振が主体の場合は補中益気湯を選ぶなど、症状の出方で使い分けます。
十全大補湯(48)との違い
十全大補湯(48)(じゅうぜんだいほとう)は、補中益気湯に四物湯(当帰や芍薬など血を補う処方)を合わせたような補気補血の最強処方です。大病後や術後、がん治療後の著しい体力低下の改善に用いられ、免疫力を高める目的でも処方されます。加味帰脾湯(137)も気血両面を補いますが、十全大補湯の方が身体虚弱の度合いが強い場合に適しています。精神神経症状(不安・不眠)が目立つ場合は加味帰脾湯、身体の虚弱が顕著で精神症状は二次的な場合は十全大補湯というように、患者さんの主訴や証の違いで使い分けます。また十全大補湯は体を温める作用が強く、冷えがある虚弱体質に向きますが、加味帰脾湯は冷えよりほてりや熱感を伴う虚弱体質に用いる点も異なります。
柴胡加竜骨牡蛎湯(12)との違い
柴胡加竜骨牡蛎湯(12)(さいこかりゅうこつぼれいとう)は、不安や不眠に使われる別の処方です。ストレスでイライラしやすく比較的体力のある人の不眠、不安、動悸、高血圧傾向などに処方されます。竜骨や牡蛎といった沈静作用のある鉱物が含まれ、精神を鎮める力が強い反面、補血・補気の力は弱いです。加味帰脾湯(137)は虚弱で血色が悪い人向け、柴胡加竜骨牡蛎湯(12)は体力がそれなりにある人の神経症状に向くと覚えておくと良いでしょう。例えば、同じ不眠でも体が弱ってフラフラするような人には加味帰脾湯を、体力はあるが神経が高ぶって眠れない人には柴胡加竜骨牡蛎湯を用いるなど、証に応じて使い分けます。
加味帰脾湯の副作用と証が合わない場合の反応
漢方薬は比較的副作用が少ないとされていますが、加味帰脾湯でも注意すべき副作用があります。特に重篤なものとして偽アルドステロン症があります。これは配合生薬の甘草(カンゾウ)に含まれる成分による副作用で、血圧上昇やむくみ、手足のだるさ・脱力、しびれ、酷い場合は筋力低下(ミオパチー)や痙攣などが起こります。長期大量服用で低カリウム血症を招くことが原因で、ミオパチー(筋肉の脱力症状)も併発することがあります。
また、非常にまれですが腸間膜静脈硬化症(腸の膜の血管が硬くなる症状)が報告されています。この場合、長期服用で腹痛や下痢、便秘など消化器の慢性的な不調が現れます。
そのほか軽度の副作用として、発疹・蕁麻疹などの皮膚症状、食欲不振、胃の不快感、吐き気、腹痛、下痢など消化器系の症状が起こる場合があります。服用中に普段と異なる体調不良を感じたら、自己判断で続けずいったん服用を中止して医師に相談しましょう。
なお、証が合わない場合は薬効が十分に発揮されないだけでなく、かえって上記のような消化器症状が出やすくなることがあります。例えば実証(体力が充実しているタイプ)の方に補剤である加味帰脾湯を服用すると、胃もたれや軽い下痢などを招くことがあります。専門家の判断のもと、自分の体質に合った漢方薬を選ぶことが大切です。
併用禁忌・併用注意の薬剤
加味帰脾湯を服用中は、以下のような薬剤との併用は注意が必要です。作用が重複し副作用のリスクが高まることがあります。
- 甘草を含む他の漢方薬: 例)芍薬甘草湯(68)、補中益気湯(41)、抑肝散(54)、加味逍遥散(24)など。複数の漢方薬で甘草を重複摂取すると、偽アルドステロン症を起こすリスクが高まります。
- グリチルリチン酸を含む製剤: 例)グリチロン®配合錠、強力ネオミノファーゲンシー®注射剤(肝臓治療薬)など。甘草由来の成分が含まれるため、同様に併用により低カリウム血症などの副作用が出やすくなります。
- 利尿薬・下剤: フロセミドなどの利尿剤や便秘薬の長期使用によって低カリウム状態のところへ加味帰脾湯を併用すると、さらに電解質異常を来す恐れがあります。むくみが気になるからといって利尿作用のある薬と自己判断で併用しないようにしてください。
- ステロイド剤: プレドニゾロンなどステロイド系抗炎症薬もカリウムを減らし血圧を上げる作用があるため、甘草との併用でその作用が増強する可能性があります。高血圧や浮腫の副作用に注意が必要です。
- その他の併用注意: 漢方ではありませんが、強心配糖体(ジギタリス製剤)を服用中の方は低カリウム状態になると不整脈の副作用が出やすくなるため注意が必要です。心配な場合は医師や薬剤師に現在服用中の薬を伝え、問題がないか確認してください。
加味帰脾湯に含まれている生薬とその選ばれている理由
加味帰脾湯(137)の構成生薬(14種): 黄耆(おうぎ)、柴胡(さいこ)、酸棗仁(さんそうにん)、白朮(びゃくじゅつ)、人参(にんじん)、茯苓(ぶくりょう)、竜眼肉(りゅうがんにく)、遠志(おんじ)、山梔子(さんしし)、大棗(たいそう)、当帰(とうき)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう)、木香(もっこう)。
これらの生薬の組み合わせには、気血を補い精神を安定させる狙いがあります。人参、黄耆、白朮、茯苓、大棗、甘草といったグループは胃腸を元気づけて気(エネルギー)を補充し、血を作る土台を整えます。当帰、竜眼肉は血そのものを補い、貧血や冷えを改善します。
酸棗仁、遠志、竜眼肉には心を落ち着かせる作用があり、不安感や不眠を和らげます。また、追加生薬の柴胡、山梔子は体内の余分な熱やストレスを発散させ、イライラやのぼせを鎮めます。さらに木香、生姜が胃腸の働きを整え、他の滋養生薬の消化吸収を助けることで、処方全体のバランスをとっています。甘草と大棗は各生薬の調和剤として働き、味をまろやかにしてくれるため、全体としてほのかな甘みのある飲みやすい漢方薬に仕上がっています。
加味帰脾湯にまつわる豆知識
◇出典と名前の由来: 加味帰脾湯は中国・明代の医師龔廷賢(きょうていけん)によって著された『済世全書』(さいせいぜんしょ)という医書に収載された処方です。元々の「帰脾湯」に柴胡と山梔子を加味(かみ)=加えることで作られたためこの名があります。名前にある「帰脾」とは文字通り「脾(消化吸収・造血を司る臓器)に帰す」、すなわち血虚や精神不安の原因を脾の機能失調に由来すると考え、それを改善する処方という意味が込められています。
◇生薬に関するトリビア: 配合生薬の中でも竜眼肉(リュウガンニク)は、龍の眼と書くユニークな名前ですが、長寿や安神効果で知られる龍眼(りゅうがん)という果実の果肉です。ライチに似た甘い果実で、中国では滋養強壮の食材としても親しまれています。この竜眼肉のおかげで、加味帰脾湯はほんのり甘く飲みやすい風味になっています。また、酸棗仁(サンソウニン)はサネブトナツメという植物の種子で、不眠症状に古くから用いられてきた生薬です。このように、生薬一つひとつに由来や役割があり、先人の知恵で絶妙に組み合わされています。
◇味の特徴: 加味帰脾湯は、生薬特有のわずかな苦味と甘味を併せ持つ味です。柴胡や山梔子の苦み成分がありますが、甘草や大棗、竜眼肉の甘みがブレンドされることで、漢方薬の中では比較的クセが少なく飲みやすい部類に入ります。煎じ薬では少し薬草風味がありますが、エキス顆粒剤や錠剤で服用すればそれほど気にならないでしょう。
◇現在の入手について: 加味帰脾湯はツムラでは「ツムラ137番」、クラシエでは「クラシエ加味帰脾湯」などとして市販・医療用ともに製品化されています。処方せん医薬品として病院で出されるほか、ドラッグストアでも第2類医薬品の漢方エキス製剤(例: ロート製薬「和漢箋 ユクリズム」錠剤など)として購入可能です。ただし、市販薬で試す場合も自分の症状・体質に合っているか専門家に確認し、用法用量を守って使用してください。
まとめ
加味帰脾湯(137)は心身のエネルギーを補いながら精神を安定させる漢方薬で、虚弱な体質で不安や不眠、貧血を伴う方に適した処方です。効果が幅広く、現代のストレス社会で心と体が同時に疲れてしまったようなケースで力を発揮します。ただし、合わない人が服用すると効果が出ないばかりか副作用のリスクもありますので、必ず医師や薬剤師と相談の上で使いましょう。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。