黄連湯(ツムラ120番):オウレントウの効果、適応症

黄連湯(ツムラ120番):オウレントウの効果、適応症

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黄連湯の効果、適応症

黄連湯(おうれんとう)は、胃腸の不調、とくに胃のあたりのつかえ感や痛み、吐き気などを和らげるために用いられる漢方薬の一つです。上部消化管(胃や食道)に生じた“余分な熱”を冷ましつつ、下部消化管(腸)の冷えを温めてバランスを取ることで、胃腸全体の機能を調整する作用があります。いわゆる「上熱下寒(じょうねつげかん)」と呼ばれる、体の上部に熱症状があり下部が冷えている状態を改善し、胃のむかつきや胃痛、胸やけ、吐き気などを鎮める効果が期待できます。以下のような症状・体質に対して黄連湯は適応します。

  • 胃もたれがひどく食欲不振で、胃酸過多による胸やけげっぷ・口臭をともなう
  • 飲み過ぎ・二日酔いで胃が重だるくムカムカし、吐き気や頭痛がある
  • ストレスなどで胃痛とともに口内炎ができやすく、口が苦く感じることがある

このように、黄連湯は胃のあたりに停滞感(膨満感)があり、口の中の不快感や吐き気をともなうような胃炎症状に用いられる処方です。中国・漢代の古典医学書『傷寒論(しょうかんろん)』に「胸中に熱あり、胃中に邪気あり、腹中痛して嘔吐せんと欲する者に黄連湯之を主る」と記載されている処方で、古くから胃の上部のほてり(熱)と下部の冷えによる胃痛・嘔吐に対する代表的な治療薬とされています。現代でも症状と体質が合致すれば、急性胃炎や二日酔い、胃酸過多による胃もたれなどでつらい症状を緩和することが期待できます。

よくある疾患への効果

黄連湯が効果を発揮しやすい、代表的な疾患や症状について解説します。急性の症状から慢性的な不調まで、黄連湯がどのように役立つか見ていきましょう。ただし症状の程度や原因によっては適切な処置や他の治療が必要になる場合もあり、併用・代替のポイントについても触れます。

急性胃炎・二日酔いによる胃の不調

暴飲暴食や飲酒のし過ぎによって起こる急性胃炎では、胃痛や胸やけ、吐き気などの症状が現れます。黄連湯はこのような急性胃炎の症状緩和によく用いられます。胃の粘膜の炎症による熱感やムカムカを、黄連湯に含まれる苦味の生薬(黄連など)が冷まし、さらに胃腸の動きを整えることで胃の痛みやむかつきを鎮めるとされています。

例えば、脂っこい料理を食べ過ぎた後や飲み過ぎた翌朝に「胃がムカムカして食べ物を受け付けない」「吐き気がして水も飲みづらい」といった場合、黄連湯の服用で胃の不快感が軽減し、吐き気がおさまるケースがあります。実際に二日酔いの際の胃部不快感や食欲不振に対して、黄連湯が「胃をスッキリさせる漢方の胃薬」として用いられることもあります。アルコールによる胃粘膜の充血や炎症を抑え、残留物の停滞感を解消する働きが期待できるためです。なお、二日酔い症状がひどい場合は、水分補給や安静などの一般的な対処も併せて行うことが大切です。

黄連湯は急性期の胃炎症状に有用ですが、激しい嘔吐や下血・吐血を伴う場合は速やかに医療機関を受診し、必要な処置を受ける必要があります。黄連湯はあくまで胃炎の症状を和らげる補助的な役割であり、原因となる疾患の治療や胃粘膜保護のための処置と並行して用いられます。

口内炎(胃熱による口腔内炎症)

口内炎は口の中に痛みを伴う潰瘍(アフタなど)ができる症状で、ビタミン不足やストレスなど様々な原因で起こりますが、漢方では「胃熱」すなわち胃にこもった熱が上昇して口内に炎症を起こすタイプの口内炎があります。黄連湯は、この胃の熱が原因で起こる口内炎に対して効果が期待できる処方です。

例えば、暴飲暴食やストレスで胃が荒れ気味の時期に口内炎を繰り返す方や、口臭・口の渇きなど胃火上炎の兆候を伴う口内炎のケースでは、黄連湯が内側から熱を冷まし炎症を鎮めることで、口内炎の治りを助けたり再発を防いだりします。黄連湯中の黄連や黄芩(本方には含みませんが類似処方では用いられる生薬)が消炎作用を持ち、胃から上昇する熱毒を冷ますため、「口内炎+胃の不調」という組み合わせの症状に適しています。

実際に「胃が荒れると舌や口の中にできものができやすい」という方に黄連湯を服用してもらい、胃の不快感とともに口内炎ができにくくなるといったケースも報告されています。ただし、口内炎にもタイプがあり、体の陰液不足(陰虚)による口内炎貧血・栄養不足が原因のものには別の処方の方が適する場合があります。黄連湯はあくまで胃の熱が関与するタイプの口内炎に用いるものですので、「口内炎によく効くから」と自己判断で漫然と使うのではなく、症状の特徴に応じて処方を選ぶことが大切です。

慢性的な胃の不調(胃もたれ・慢性胃炎・胸やけ)

黄連湯は急性の症状だけでなく、慢性的な胃腸の不調に対しても、その症状像によっては用いられることがあります。例えば、慢性胃炎機能性ディスペプシア(胃の機能性不調)で、「常に胃が重く張った感じがするが、ときどき胃酸が上がってきて胸やけもする」「冷たいものを飲むと下痢しやすいが、胃酸過多で食後に喉のあたりが熱くなる」といった冷えと胃酸過多が混在するタイプの人に対して、黄連湯がマッチすることがあります。

慢性の胃もたれや食欲不振に対しては、補気健胃の処方(後述する六君子湯(43)など)が使われることが多いですが、黄連湯は「胃腸は弱いが胃酸は多い」ような少し複雑なケースに適応します。黄連湯に含まれる人参や大棗が胃腸を補いつつ、黄連が余分な胃酸や炎症を抑えるため、消化機能を助けながら胃部不快感を改善し、胸やけを軽減する効果が期待できます。実際、ストレス性の胃炎で神経質だが冷たい飲食物は苦手、といった方に処方されることがあります。

ただし、慢性的な胃の不調は症状の出方や体質によって適する漢方が大きく異なります。胃そのものの機能低下が主体で胃酸が不足気味の人には黄連湯ではなく六君子湯(43)や人参湯などが用いられますし、逆に体力が充実して胃火が盛んな人の慢性胃炎には黄連解毒湯(15)などでもっと熱を冷ます処方が選ばれることもあります。黄連湯はあくまで「中間程度の体力で、胃に少し冷えもあるが胃酸による灼熱感もある」といった中間的な症状にフィットする処方です。慢性症状の場合は自己判断せず、専門の医師に証(しょう)の見立てをしてもらい、その時々の体調に合った漢方薬を選択することが重要になります。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

胃の不調や胃炎症状に用いられる漢方薬は黄連湯以外にも複数あり、症状や体質によって使い分けがなされています。ここでは、黄連湯と比較されやすい処方をいくつか取り上げ、それぞれの特徴と使い分けのポイントを紹介します。似た症状でも処方ごとにアプローチが異なるため、違いを知ることで漢方治療への理解が深まります。

半夏瀉心湯(14)

半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)は黄連湯と同じく胃腸の調子を整える代表的な処方で、しつこい胃もたれや消化不良、みぞおちのつかえ(心下痞満〈しんかひまん〉)を改善する目的で用いられます。黄連湯と生薬の構成が似ていますが、半夏瀉心湯には黄連に加えて黄芩(おうごん)という強い清熱作用をもつ生薬が含まれ、逆に桂皮(けいひ)や乾姜(かんきょう)といった体を温める生薬が入っていません。そのため、半夏瀉心湯は黄連湯よりも胃の熱や炎症を冷ます力が強く、身体を温める力はマイルドという特徴があります。

両者の使い分けとしては、胃もたれや膨満感が主で、強い冷えよりも炎症(胃の粘膜ただれなど)が前面に出ている場合は半夏瀉心湯(14)が選ばれやすく、冷えが加わっている(胃が冷えると痛む等)場合や吐き気が強い場合は黄連湯(120)が適しています。半夏瀉心湯は体力中等度~やや虚弱の方向けで、慢性的な神経性胃炎や食欲不振に幅広く使われる処方です。一方、黄連湯はどちらかと言えば急性胃炎や明確な上下不和の症状(熱と寒の混在)があるケースに使われます。ただし症状によっては両処方が併記されるケースもあり、例えば機能性ディスペプシアでは体質に応じて黄連湯または半夏瀉心湯を選択することがあります。

黄連解毒湯(15)

黄連解毒湯(おうれんげどくとう)は、その名の通り黄連を含む処方ですが、黄連・黄芩・黄柏・山梔子という4つの清熱生薬のみで構成された強力な清熱剤です。主に顔面紅潮やイライラ、不眠など身体の上部のほてりや炎症が強い体質に用いられ、胃炎症状に対しても「のぼせぎみで胃が熱いタイプの胃炎」に適します。実際、ストレスによる胃痛・胸やけで体格ががっしりして赤ら顔、高血圧傾向のような患者さんには、黄連解毒湯(15)が選ばれることがあります。

黄連湯との違いは、黄連解毒湯には体を温める成分が一切含まれず徹底的に熱を冷ます処方である点です。冷えの要素がないどころか、むしろ熱がこもりやすい実証タイプの人向けの薬といえます。そのため、体力中等度で少し胃腸が冷えやすい人には黄連解毒湯は刺激が強すぎる場合があります。逆に、明らかに熱証の強い人(例えば舌が真っ赤で黄苔が厚く、便秘や激しい口内炎があるような場合)には黄連湯では作用が穏やかすぎることがあり、その場合は黄連解毒湯や三黄瀉心湯などさらに熱を冷ます処方が検討されます。

まとめると、黄連解毒湯(15)は「強い胃の熱と上半身の炎症症状」に対応する処方黄連湯(120)は「適度な熱と冷えの混在する胃腸症状」に対応する処方と言えます。なお黄連解毒湯は皮膚のかゆみや高血圧に伴う症状(不眠・耳鳴り)など幅広い効能がありますが、黄連湯は作用がもう少し胃腸に限定される点も違いです。

六君子湯(43)

六君子湯(りっくんしとう)は、胃腸の機能低下による消化不良や食欲不振に用いられる有名な漢方薬です。人参や白朮、茯苓など補気健脾(ほきけんぴ):胃腸の働きを高める生薬に、半夏・陳皮といった胃内停滞を除き気を巡らす生薬を組み合わせており、簡単に言えば「胃の元気を補い、胃もたれを解消する処方」です【※六君子湯は四君子湯(補気剤)に半夏・陳皮を加えた処方】。胃が弱っていて食が細い人、胃もたれしやすくゲップがよく出る人などに幅広く用いられます。

黄連湯との使い分けポイントは、六君子湯(43)は「胃腸の機能そのものが低下している(しかし熱症状は特にない)場合」に適し黄連湯(120)は「胃にこもる熱や炎症を冷ましつつ、必要な温めも行う処方」であるという違いです。例えば、食欲不振で胃が重く、疲れやすいけれど特に胃酸過多や痛みはないという場合は六君子湯が第一選択になります。一方、食欲不振と胃もたれがあるが胃酸過多で胸やけもあるような場合には黄連湯のほうが適しています。また胃の冷えが強く、食後すぐお腹を下すような人には、人参湯や安中散などさらに温める処方が検討されるため、六君子湯や黄連湯では力不足です。

つまり、六君子湯は「胃腸を元気づけることで消化不良を改善する処方」であり、黄連湯は「胃の中の余分な熱と冷えを取り去って胃腸の調和を図る処方」といえます。症状に「熱」の要素があるかないかが両者を使い分ける大きなポイントです。なお六君子湯は神経性胃炎や胃の痛みに伴う不安感の軽減にも使われることがあり、黄連湯と併用されることは通常ありません(重複する生薬が多いため)。患者さん一人ひとりの状態に合わせて、どちらの処方が適切か専門家が判断します。

副作用や証が合わない場合の症状

黄連湯は比較的マイルドで安全性の高い処方ですが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合には、副作用が現れる可能性があります。特に含まれる生薬に由来する副作用には注意が必要です。

  • 重篤な副作用:黄連湯には甘草(カンゾウ)が含まれています。甘草含有量が多い漢方薬を長期連用したり、他の甘草含有製剤(グリチルリチン製剤など)と併用したりすると、低カリウム血症に伴う筋力低下や高血圧・むくみ(偽アルドステロン症)を引き起こすおそれがあります。実際に漢方薬の飲みすぎで脚のむくみや血圧上昇、倦怠感が生じた例も報告されています。黄連湯を服用中に「足がだるく力が入らない」「いつもより血圧が高い」「酷いむくみが出てきた」といった症状が見られた場合は、服用を中止し速やかに専門医に相談してください。

また、体質(証)が合わない場合、期待される効果が得られないばかりか症状が悪化することがあります。例えば、黄連湯は胃に熱を持つ人向けの処方なので、胃の冷えしかない人が飲むとかえって胃の働きが落ちてしまう可能性がありますし、逆に極端に熱が強い人では生姜や桂皮の温め作用が症状を悪化させるかもしれません。このように証が合致しないケースでは副作用とまでは言えなくても「飲んだら前より調子が悪い」ということが起こりえます。そのほか、まれに発疹・かゆみなどのアレルギー症状が出る可能性もゼロではありません(含まれる生薬に対する過敏症など)。漢方薬は比較的副作用が少ないと言われますが、自己判断で漫然と服用せず、症状の変化に注意を払いながら専門家の指導のもとで用いることが大切です。

併用禁忌・併用注意な薬剤

黄連湯には麻黄や附子のような刺激の強い生薬は含まれておらず、絶対的な併用禁忌とされる薬剤は少ないとされています。しかし、以下のような場合には併用に注意が必要です。

  • 利尿薬や副腎皮質ステロイド剤との併用:黄連湯の利水作用(体内の余分な水分を捌く作用)や甘草の作用により、利尿薬(例:フロセミドなど)やステロイド剤と一緒に服用するとカリウムが失われやすくなる可能性があります。体内のカリウムが低下すると筋力低下や不整脈などのリスクが高まるため、これらを服用中の方は黄連湯を使用する際に医師に相談し、必要に応じて血液検査で経過を確認するなど注意してください。
  • 降圧薬や強心薬との併用:黄連湯の服用によって胃腸の水分バランスが改善したりむくみが取れたりすると、血圧や循環動態に変化が現れる場合があります。また前述のように低カリウム状態を招く恐れがあるため、降圧薬(高血圧の薬)や強心薬(心不全の薬、特にジギタリス製剤)をご使用中の方は、漢方服用開始後の体調変化に注意し、必要に応じて主治医に経過を報告してください。ジギタリス製剤を服用中の場合、血中カリウム低下に伴う作用増強(不整脈など)の危険があるため特に注意が必要です。
  • 抗凝血薬(抗血栓薬)との併用:黄連湯に含まれる生薬の中には、血液の凝固系に影響を与える可能性が指摘されるものがあります。例えば本方の人参(高麗人参)は、一部報告でワルファリンの効果を減弱させた例があることが知られています。ワルファリンなどの抗凝血薬を服用中の方が黄連湯を併用する際は、主治医の指導のもと定期的に血液検査(PT-INRのチェック等)を受けるなど、慎重な経過観察が望まれます。
  • 他の漢方薬やサプリメントとの併用:黄連湯と作用や構成の似た生薬(例えば半夏や甘草、乾姜など)を含む漢方薬を併用すると、生薬成分が重複し副作用リスクが高まる可能性があります。実際、黄連湯と半夏瀉心湯を自己判断で併用して胃の不調が悪化した例なども報告されています。またサプリメント類(高麗人参サプリや甘草茶など)との相互作用も考えられるため、自己判断での併用は避け、現在服用中のものがあれば必ず医師・薬剤師に伝えてください。

以上のように、黄連湯は単独では安全に使えるお薬ですが、他のお薬と一緒に使う場合には相互作用に留意する必要があります。特に持病でお薬を飲んでいる方は、漢方薬だからといって伝えずにいるのではなく、黄連湯を含め漢方併用の希望があれば事前に主治医に相談するようにしましょう。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

黄連湯は、その名前が示すとおり黄連という生薬を中心に据えた7種類の生薬を組み合わせて作られています。処方構成は「半夏(ハンゲ)」「黄連(オウレン)」「甘草(カンゾウ)」「桂皮(ケイヒ)」「大棗(タイソウ)」「人参(ニンジン)」「乾姜(カンキョウ)」の7薬からなります【処方量:半夏6g、その他各3gずつ(1日量)】。苦味の黄連を主体としつつ、甘味の生薬や温める生薬でバランスを取っているのが特徴で、これはまさに「清上温下(せいじょうおんか):上部の熱を清まし下部を温める」という目的に沿った組み合わせです。ここでは各生薬の役割と、なぜ黄連湯に配合されているのかを解説します。

半夏(ハンゲ)

半夏はカラスビシャクという植物の塊茎で、胃内の余分な水分や粘液を除去し、嘔吐を鎮める作用を持つ生薬です。漢方の専門用語で燥湿化痰(そうしつかたん):湿を乾かし痰を除く作用や、和胃止嘔(わいしお):胃を調えて嘔吐を止める作用があるとされています。黄連湯では、みぞおちのあたりのつかえ(痞え)を取り、胃のムカムカや吐き気を抑える主役生薬の一つです。半夏は単独だと刺激が強い生薬ですが、後述の生姜や甘草と合わせることでその刺激性を抑え、安全に胃を整えるよう工夫されています。嘔吐や悪心の症状がある黄連湯証において、半夏はなくてはならない存在であり、実際この生薬があるおかげで黄連湯は**「吐き気を伴う胃炎」**に効果を発揮しているのです。

黄連(オウレン)

黄連はミカン科の植物オウレン(黄連)の根茎で、非常に苦味が強く強力な清熱作用を持つ生薬です。漢方では清熱燥湿(せいねつそうしつ):体の中の余分な熱と湿を取り除く作用や清熱解毒(せいねつげどく):熱毒を消す作用があるとされています。黄連湯において黄連は主薬(しゅやく)として位置付けられており、上腹部の灼熱感や胃の炎症を鎮める中心的な役割を担います。具体的には、胃酸過多による胃痛・胸やけ、口内炎、口臭などの「胃の火」を沈め、胃粘膜の炎症を和らげます。また黄連に含まれるベルベリンなどの成分には現代医学的にも抗菌・抗炎症作用が確認されており、ピロリ菌の抑制や胃腸炎症状の改善に寄与する可能性が示唆されています。

黄連湯という処方名も、この黄連を主体とすることに由来しています。強い苦味のため単独では飲みにくい生薬ですが、後述する甘草や大棗の甘味によって苦味が緩和されて処方全体のバランスが取られています。胃の余分な熱を冷ます黄連があるからこそ、黄連湯は**「胃にこもった熱」を原因とする諸症状に効果を発揮する処方**となっているのです。

甘草(カンゾウ)

甘草は甘い味が特徴の生薬で、漢方方剤の調和薬として広く使われます。調和諸薬(ちょうわしょやく)といって、処方中の生薬同士の作用のバランスを整え、胃腸への刺激を和らげる役割があります。黄連湯では、苦味の強い黄連や刺激のある半夏・乾姜のクセを丸くまとめ、副作用を抑える働きをしています。例えば半夏は胃を温め嘔気を止める反面やや刺激が強いのですが、甘草が一緒に入ることでその刺激性が緩和され、胃粘膜が保護されます。同時に甘草自身にも消炎・鎮痙作用があり、胃痛や痙攣性の痛みを緩和する助けとなります。

さらに甘草は人参・大棗とともに脾胃を補い(消化機能を助け)全体を調和する役割も担います。黄連湯証の方は胃炎症状がありますが、同時に胃腸が弱り気味のことも多いため、甘草の甘味によって胃を労りつつ処方全体の調和を図ることが理にかなっています。ただし甘草は含有量が多くなると前述の偽アルドステロン症の原因となりうるため、黄連湯を長期に大量服用する場合や他の甘草含有薬との重複使用には注意が必要です。

桂皮(ケイヒ)

桂皮はニッケイ(シナモン)の樹皮で、身体を温めて冷えを散らし、痛みを緩和する作用を持つ生薬です。温中散寒(おんちゅうさんかん):体の中心(中焦)を温めて内にこもる寒邪を散らす作用があり、特にお腹の冷えによる痛みや血行不良を改善します。黄連湯では、乾姜とともに「下寒(下部の冷え)」を取り除く役割を果たしています。苦寒薬の黄連で胃の熱を冷ます一方で、桂皮・乾姜で胃腸を温めることで、上部と下部のバランスを取っているのです。

具体的には、お腹を温めて胃腸の血流を促進し、冷えによる胃痛や腹部膨満感を和らげる効果があります。桂皮には発汗作用もありますが、黄連湯では内臓を温める目的で配合されており、外部に作用させるより内部の冷えを取るように用いられます。黄連湯証の人は下腹部に冷えを抱えていることが多いため、桂皮が入ることで**「冷えて痛む」「冷えると下痢する」**といった症状を防ぎ、黄連の冷やす作用とバランスを取っています。

大棗(タイソウ)

大棗はナツメの実を乾燥させた生薬で、甘味が強く補気養血(ほきようけつ):気を補い血を養う作用や、精神を安定させる作用があります。胃腸を労わり、他の薬草の働きを穏やかに調整する働きがあり、処方中の潤滑油のような役割を果たします。黄連湯では、人参・甘草とともに脾胃(消化機能)を支え、苦味のある生薬の角を取る緩衝役になっています。

具体的には、弱った胃腸を補強し、食欲不振や倦怠感を改善します。黄連湯証の方は胃の不調で食事量が減っていたりするため、大棗の滋養作用が体力の維持に一役買います。また大棗の甘みと粘性によって生薬同士の調和が図られ、胃への刺激がマイルドになります。黄連湯における大棗は名脇役であり、派手さはありませんが患者さんの体力を底支えしつつ処方のまとまりを良くしているのです。

人参(ニンジン)

人参は高麗人参(オタネニンジン)の根で、補気作用すなわち体のエネルギーを補充する作用が極めて強い生薬です。虚弱な状態からの体力回復、消化吸収力の増強、免疫力の賦活など、幅広い効能があります。黄連湯では、胃腸を元気づけることで胃の不調を改善する目的で配合されています。実際、黄連湯証の人は胃炎によって食事が十分取れていなかったり、嘔吐で消耗していたりすることが多いため、人参によって気力・胃力を補うことは理にかなっています。

人参の具体的な役割は、胃粘膜の修復を助け、胃の働きを高めて吐き気や下痢をしにくくする点にあります。黄連湯はどちらかといえば急性期の処方ですが、人参が入ることで患者さんの体力低下を防ぎ、回復を促す側面も持つようになります。また、人参の甘みと微かな苦味は他の生薬とも調和し、処方全体の味をまとめるのにも一役買っています(とはいえ黄連湯はかなり苦いですが…)。なお、高麗人参は単独でも滋養強壮剤として有名ですが、胃に熱がこもる人が単体で飲むと逆効果になる場合があります。その点、黄連湯では黄連と組み合わせているため、熱証の人にも人参を副作用なく投与できる処方設計になっています。

乾姜(カンキョウ)

乾姜は生姜(ショウガ)を乾燥させた生薬で、生姜よりも身体を温める力が強くなっています。温中散寒の作用は桂皮と似ていますが、より内臓を直接温める力に優れ、特に胃腸の冷えを改善して腹痛や下痢を止める効果があります。また、温中止嘔(おんちゅうしお):胃を温めて嘔吐を止める作用もあり、寒気が原因の吐き気・嘔吐を鎮めます。黄連湯では桂皮とタッグを組んで下焦(消化管)の冷えを取り除き、胃腸を温めて正常な蠕動運動を促す役割があります。

乾姜は、生姜を乾燥させることで刺激性がマイルドになり、持続的に体を温める生薬になっています。黄連湯証の患者さんはお腹に冷えを抱えていることが多いため、乾姜が入ることで胃腸の冷えによる痛みや下痢を防ぎ、消化酵素の働きを高める効果が期待できます。さらに乾姜は半夏との相性も良く、セットで用いることで嘔吐を止める効果が高まるとされています(半夏生姜の組み合わせは古来より「和胃止嘔」のゴールデンペアです)。黄連湯における乾姜は、黄連で冷やす作用にブレーキをかけ、過度に胃腸を冷やさないようにする安全装置とも言えます。

以上のように、黄連湯の生薬構成は「苦寒の薬で炎症を抑え、辛温の薬で冷えを除き、甘味の薬で調和し補う」という絶妙なバランスで成り立っています。この組み合わせによって、胃腸の上部にある熱と下部にある冷えの両方に同時にアプローチでき、結果として嘔吐や腹痛を効率よく鎮めることが可能となっているのです。創案者である張仲景の処方デザインの妙が詰まった処方と言えるでしょう。

黄連湯にまつわる豆知識

最後に、黄連湯に関するあまり知られていない豆知識やエピソードをいくつかご紹介します。

  • 歴史と命名の由来:黄連湯は中国の古典『傷寒論』に収載された処方で、今から1800年以上前の東漢時代(紀元3世紀頃)に医聖・張仲景によって記載されました。処方名は主要薬である黄連に由来しており、「黄連を主体とした煎じ薬」という意味です。当時の記載によれば、誤治により上部に熱、下部に寒が残った状態(前述の上熱下寒)に対する治療薬として考案されたとされています。張仲景は、この処方によって寒熱が錯綜した難治の胃腸病を見事に治療したと伝えられ、古来よりその処方構成の妙が称賛されてきました。
  • 黄連の名前と極苦の味:黄連湯の主薬である黄連(オウレン)は、その名に「黄」という字がつく通り鮮やかな黄色をしています。乾燥した根茎を水に浸けると水が黄色く染まるほどで、含有成分のベルベリンは染料にもなるくらい強い色素です。また黄連は極めて苦いことで有名な生薬です。生薬の中でも五指に入る苦さと言われ、黄連湯を服用した患者さんからも「とても苦くて驚いた」という声がよく聞かれます。しかし漢方の世界では「良薬は口に苦し」という諺があるように、苦い薬ほど効果を発揮すると考えられます。実際、黄連の苦味成分ベルベリンは現代医学的にも胃酸分泌を抑え、胃粘膜の血流を改善する作用が報告されており、苦味自体が胃腸の機能調節に寄与する可能性があります。黄連湯を服用する際は、この苦味も「胃の熱を取るための一剤」と捉えてチャレンジしてみてください。どうしても苦味が辛い場合は、少量の蜂蜜を舐めた後に服用するといった工夫で飲みやすくなることがあります。
  • 現代での利用とエピソード:黄連湯は日本において医療用だけでなく一般用漢方薬(第2類医薬品)としても承認されており、ドラッグストアなどで購入できる胃腸薬の一つでもあります。市販薬では「胃腸のつかえ、二日酔い、急性胃炎、口内炎」に効能がある漢方製剤としてラインナップされており、ごく一般的な胃薬として利用される場面もあります。ただし市販の黄連湯製剤はエキスの量が調整されているため、症状に応じて医療用のしっかりした分量を処方してもらった方が効果的な場合もあります。
    また近年の研究では、黄連湯の伝統的な適応である胃腸症状以外にも、慢性下痢や湿疹、睡眠障害などに応用されたケースが報告されています。これは黄連湯が持つ清熱と温補のバランス
    が、消化器以外の症状改善にも寄与した例と考えられます。ただし特殊な使い方になるため、一般的には専門医の判断のもとで応用されます。
  • 植物としての黄連:黄連(オウレン)はキンポウゲ科の多年草で、日本では深山の林床などに自生しています。絶滅危惧種に指定されるほど減少している地域もあり、現在漢方薬に用いられる黄連の多くは中国や日本で栽培されたものです。小さく可憐な白い花を咲かせる植物ですが、地下にもつ黄黄色の根茎に強い薬効が秘められています。古来より民間でも黄連の煎じ液は苦味健胃薬や民間の抗生物質のように使われ、「腹痛の時に黄連を噛むと治る」などと言われてきました(実際口に含むと舌が痺れるほど苦いです)。黄連湯はそんな黄連の力を存分に活かす処方設計となっており、生薬同士の組み合わせの妙が現在まで息づいている好例と言えるでしょう。

まとめ

黄連湯(120)は、胃の不快な症状に対して熱を冷まし冷えを温めることで胃腸の調和を図るバランスの取れた処方です。急性胃炎や二日酔い、口内炎などで見られる「上熱下寒」の症状に対応し、証(しょう)が合致すればつらい胃痛・胸やけ・吐き気などに頼もしい効果を発揮します。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町 漢方外来までぜひご相談ください。

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