茵蔯五苓散(ツムラ117番):インチンゴレイサンの効果、適応症
茵蔯五苓散(いんちんごれいさん)は、体内にたまった水分と熱をさばき、むくみや吐き気、湿疹などを改善するために用いられる漢方薬のひとつです。
いわゆる「湿熱(しつねつ)」や「水滞(すいたい)」と呼ばれる、水分代謝の滞りと余分な熱が体内にこもった状態を調整し、尿の出を良くして症状を和らげる効果があります。以下のような症状・疾患に対して効果が期待できます。
- 二日酔いによる吐き気やのどの渇き、頭重感
- 蕁麻疹(じんましん)で皮膚が赤く腫れてかゆみが強い場合
- 手足や顔のむくみがあり、尿量が少ない状態
- 軽度の肝機能障害や黄疸で体がだるく、食欲不振を伴う場合
このように、茵蔯五苓散は体内の余分な「水」と「熱」を取り除くことで、むくみや吐き気、皮膚の炎症を改善する処方です。
よくある疾患への効果
二日酔い(悪酔い)
お酒を飲みすぎた翌日に起こる吐き気・むかつきや頭痛、のどの渇きに対して、茵蔯五苓散は症状緩和に役立つことがあります。二日酔いの状態は、体内にアルコール分解産物や余分な水分が滞っている「水滞」の一種です。本方を服用すると利尿作用でアルコール代謝物の排出を促し、胃の不快感や頭重感が軽減されることが期待できます。実際、日本では五苓散をベースにした二日酔い対策薬が市販されており、茵蔯五苓散も悪酔いによるつらさを和らげる助けとなります。
蕁麻疹(じんましん)
皮膚に突然あらわれる赤い膨疹とかゆみが特徴の蕁麻疹にも、茵蔯五苓散が応用されることがあります。蕁麻疹の中でも、身体に余分な水分や熱がこもっているタイプ(汗をかきにくく、むくみを伴う場合)では、本方の利水・清熱作用によって症状改善が期待できます。実際に、蕁麻疹の患者さんで「飲み過ぎや湿気で症状が悪化する」ようなケースでは、体内の水分バランスを整えるこの処方がかゆみや発赤を鎮める補助となります。ただし、皮膚が乾燥しているタイプや慢性の蕁麻疹では別の処方が選択されることもあります。
むくみ(浮腫)
手足や顔の「むくみ(浮腫)」は、余分な水分が体に滞っているサインです。茵蔯五苓散は強い利尿作用によって体内の水分排出を促すため、慢性的なむくみに用いられることがあります。例えば、塩分過多や水分代謝の低下で朝起きると顔が腫れぼったい方、立ち仕事で夕方に足がむくむ方などに、本方が体質改善薬として処方されるケースがあります。のどの渇きや尿量減少といった症状を伴うむくみに適し、服用により尿が出やすくなるとともに、身体のだるさや重さが軽減されることが期待できます。
肝機能障害・黄疸
茵蔯五苓散は古くから黄疸(おうだん)の治療に用いられてきた処方でもあります。黄疸とは肝臓や胆嚢の機能低下で皮膚や白目が黄色くなる症状ですが、漢方では「湿熱」が肝胆に篭った状態と考えられます。本方は茵蔯蒿(インチンコウ)が肝臓の炎症を抑えて胆汁の流れを良くし、五苓散の利水作用で余分な水分を排泄するため、軽度の肝機能障害による倦怠感や食欲不振、黄疸の改善に用いられることがあります。例えばウイルス性肝炎の回復期やアルコール性肝障害で体がだるく尿の色が濃い場合に、症状緩和を目的として補助的に処方されることがあります。ただし、重篤な肝炎や高度の黄疸には他の治療が優先され、本方はあくまで軽症例や体質改善目的で使われます。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
むくみや尿トラブル、黄疸など茵蔯五苓散と似た症状に対しては、他にもいくつかの漢方薬が用いられます。症状や体質に合わせて処方を選び分けることが大切です。ここでは、茵蔯五苓散と比較されやすい処方をいくつかご紹介します。
五苓散(17)
五苓散(ごれいさん)は、茵蔯五苓散のベースとなっている処方です。茵蔯五苓散=五苓散+茵蔯蒿と言える構成で、五苓散自体は沢瀉・猪苓・茯苓・蒼朮・桂皮の5種類からなり、主に利尿による「水滞」改善を得意とします。のどが渇いて尿が出にくい、水分代謝が悪いタイプのむくみや頭痛、下痢、めまいなどに用いられます。茵蔯五苓散はこの五苓散に熱を冷ます生薬を加えたものなので、発熱や炎症を伴わない単純な水滞には五苓散(17)が選ばれ、炎症や黄疸を伴う場合に茵蔯五苓散(117)が選択されるという使い分けになります。
茵蔯蒿湯(135)
茵蔯蒿湯(いんちんこうとう)は、茵蔯五苓散と同じく茵蔯蒿を含む処方ですが、組成は全く異なります。茵蔯蒿・山梔子・大黄の3味からなるシンプルな処方で、激しい湿熱(高熱や強い炎症)による黄疸に対処するための漢方薬です。皮膚や眼球が鮮やかなオレンジ色になるような重い黄疸や、高熱を伴う急性肝炎に用いられてきました。茵蔯五苓散と比較すると、茵蔯蒿湯(135)は強力に熱を下げて胆汁の流れを促す処方であり、便通を促す大黄の作用で体内のこもった熱邪を排出します。一方、茵蔯五苓散は利尿を中心としているため、高熱よりもむくみや尿量減少が目立つ黄疸に向いています。症状の重さや熱の程度によって使い分けられ、場合によっては両者を段階的に用いることもあります。
防已黄耆湯(20)
防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)は、体質的に色白で水太り、汗かきといった傾向のある方のむくみに使われる処方です。防已(ボウイ)と黄耆(オウギ)を主体とし、利尿と発汗を促して余分な水分を排出します。関節に水が溜まりやすいタイプの関節痛(関節リウマチ初期など)や、下半身のむくみ、肥満傾向の浮腫体質に適しています。茵蔯五苓散と比べると、防已黄耆湯(20)は汗をかきやすく虚弱な体質の水滞に用いる点が特徴です(茵蔯五苓散は汗が少なく熱を帯びた水滞に用いる)。例えば、同じむくみでも「飲み過ぎで顔がむくむ人」には茵蔯五苓散を、「体質的に肥満傾向で膝に水が溜まりやすい人」には防已黄耆湯を選ぶ、といった使い分けがなされます。
越婢加朮湯(28)
越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)は、麻黄(マオウ)と石膏(セッコウ)を含む発汗・利尿剤的な処方で、皮膚症状やむくみを改善する働きがあります。もともと越婢湯(えっぴとう)という処方(麻黄・石膏・甘草・生姜・大棗)に蒼朮を加えたもので、汗が出て口渇があるような水滞に適します。特に蕁麻疹や湿疹で体質的に水分代謝が悪く、むくみとほてりを伴う場合に用いられることがあります。茵蔯五苓散との違いは、麻黄の有無と熱へのアプローチです。越婢加朮湯(28)は麻黄による発汗作用で体表から水分と熱を追い出すため、皮膚表面の赤みや腫れを伴う症状に向いています。一方、本方(茵蔯五苓散)は発汗させる力は弱い代わりに、利尿と肝機能改善によって体内から熱湿を取る処方です。蕁麻疹などの皮膚症状が中心か、内臓の水湿停滞が中心かで処方を使い分けます。
副作用や証が合わない場合の症状
茵蔯五苓散は比較的マイルドな処方ですが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合、副作用が現れる可能性があります。
- 消化器症状:食欲不振、胃もたれ、吐き気、軟便・下痢などが起こることがあります。利水作用による脱水気味の状態や、生薬の苦味による胃腸への刺激で、このような消化器症状が現れる場合があります。服用中にひどい胃の不快感や下痢が続く場合は、中止して医師に相談してください。
- 皮膚症状:発疹、かゆみ、蕁麻疹などのアレルギー反応がまれに起こることがあります。服用後に皮膚の異常(発赤・かゆみ・発疹など)を感じた際も、早めに医療機関へご相談ください。
- 重篤な副作用:茵蔯五苓散に含まれる生薬で特筆すべき重篤な副作用は知られていませんが、他の漢方薬と同様に間質性肺炎や肝機能障害が極めてまれに報告されています。服用中に原因不明の咳や息切れ、発熱が続く場合、あるいは倦怠感や黄疸症状が悪化する場合は、ただちに服用を中止し医師の診察を受けてください。
また 体質(証)が合わない場合、期待される効果が得られないばかりか症状が悪化することがあります。
例えば、体内の水分自体が不足している 陰虚(いんきょ) の方や、熱感・ほてりはあるものの水分滞留のない方が茵蔯五苓散を服用すると、かえって口の渇きやのぼせが強まることがあります。そのため、「のどが渇くけれど尿は出ている」ようなタイプの症状には適さない処方です。このような場合には別の漢方薬(例:熱が強いだけなら黄連解毒湯など、水分不足なら麦門冬湯など)が検討されます。
併用禁忌・併用注意な薬剤
茵蔯五苓散には麻黄や附子のような刺激の強い生薬が含まれておらず、特定の薬剤との絶対的な併用禁忌は知られていません。ただし、以下のような場合には併用に注意が必要です。
- 利尿薬との併用:茵蔯五苓散の利水作用によって、フロセミドなどの利尿剤と一緒に服用すると利尿効果が過剰になる可能性があります。体内の水分・電解質バランスが崩れ、脱水や低カリウム血症を招くおそれがありますので、利尿薬を服用中の方は医師に相談の上で使用してください。
- 降圧薬や強心薬との併用:茵蔯五苓散の服用でむくみが取れてくると、血圧や循環動態に変化が生じる場合があります。高血圧の薬や心不全の薬を服用中の方は、漢方薬開始後の体調変化に注意し、必要に応じて主治医に経過を報告してください。特に強心配糖体(ジギタリス製剤)を使用中の場合、急激な電解質変動による作用増強に注意が必要です。
- 抗凝血薬との併用:茵蔯五苓散に含まれる生薬(例えば桂皮など)にはごくわずかに血液凝固へ影響を及ぼす可能性が指摘されるものがあります。ワルファリンなど抗凝血薬を服用中の方が併用する際は、念のため定期的に血液検査を受けるなど慎重に経過観察を行ってください。
- 他の漢方薬やサプリメントとの併用:茵蔯五苓散と作用の似た生薬(例えば利尿作用のある猪苓・沢瀉や、清熱作用のある黄連など)を含む漢方薬を併用すると、生薬成分が重複して副作用リスクが高まる可能性があります。また、サプリメント類との相互作用も考えられるため、自己判断での併用は避け、服用中のものがあれば医師・薬剤師に伝えてください。
含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか
茵蔯五苓散は、その名の通り「五苓散」に茵蔯蒿を加えた処方です。
沢瀉(タクシャ)、蒼朮(ソウジュツ)、猪苓(チョレイ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)という五苓散の5種の生薬に、茵蔯蒿(インチンコウ)を加えた計6種類から構成されています。水分代謝を整える生薬群に、肝臓の熱を冷ます生薬をプラスすることで、「利水」と「清熱」のバランスを取った処方になっています。それぞれの生薬の役割を見てみましょう。
沢瀉(タクシャ)
沢瀉はサトイモ科の水草で、その塊茎を用いる生薬です。体内の余分な水分を排出する利尿作用が非常に強く、腎臓から尿への水分排泄を促進します。古来より「小便不利(しょうべんふり:尿が出にくい)」を治す要薬とされ、むくみや水っぽい下痢を改善する働きがあります。茵蔯五苓散では中心的な利水薬として機能し、滞った水を動かすエンジン役となっています。沢瀉が十分に尿を出すことで、湿邪(水の滞り)による頭重感や吐き気を軽減します。
蒼朮(ソウジュツ)
蒼朮はキク科ホソバオケラの根茎で、湿気を乾かして脾(ひ:消化機能)を健やかにする作用を持つ生薬です。体内の余分な水分を強力に乾燥させて食欲不振やむくみを改善し、胃腸の働きを高めて水分代謝を助けます。また身体を温める作用もあり、冷えによる痛みや下痢を和らげます。五苓散系列の処方では蒼朮が水滞を除く要の生薬であり、茵蔯五苓散でも利水の土台として消化機能を支える役割を果たしています。沢瀉など利尿薬と組み合わせることで、利尿による体力消耗を補い、むくみを根本から改善します。
猪苓(チョレイ)
猪苓はサルノコシカケ科のキノコ(チョレイマイタケ)の菌核です。名前に「猪(いのしし)」とありますが、猪の糞に形が似ていることからその名がつきました。猪苓も利尿作用に優れ、尿量を増やして体内の水分バランスを整えます。沢瀉と協力して余分な水を排出する役割で、特に**泌尿器系のトラブル(頻尿・排尿痛など)**の改善にも寄与します。茵蔯五苓散では、猪苓が沢瀉の利水効果を助け、むくみや水による膨満感を解消します。
茯苓(ブクリョウ)
茯苓はマツホドというキノコの菌核で、白くて軽石状の生薬です。余分な水分を排泄しつつ、胃腸の機能を整える作用を持ちます。利尿によって水はけを良くするだけでなく、神経を落ち着かせる鎮静作用もあり、不安や不眠の緩和にも用いられる生薬です。茵蔯五苓散では、茯苓が蒼朮とともに脾胃を支えながら水分代謝を促進し、むくみやめまいを和らげる役割を担っています。利尿による脱水を防ぎつつ水滞を除く調整役と言えるでしょう。
桂皮(ケイヒ)
桂皮はシナモン(ニッケイ)の樹皮で、身体を温めて血行を促進し、水分代謝を高める作用があります。五苓散において桂皮は少量ながら重要な役割を果たしており、体内の「陽気」を補って水を捌く力(腎の陽気)を後押しします。これにより、冷えによって滞っていた水分循環が改善し、利尿作用が発揮されやすくなります。また桂皮の発汗作用は表在の湿を飛ばす効果も持つため、悪寒や頭痛を伴う水滞にも有効です。茵蔯五苓散では、桂皮が水分排出の司令塔(ポンプ機能)を強化し、腹部の冷えや停滞感を取る役割を担っています。
茵蔯蒿(インチンコウ)
茵蔯蒿はキク科のカワラヨモギ(茵蔯)の若芽を乾燥させた生薬で、処方名「茵蔯五苓散」の由来となる生薬です。肝臓の熱を冷まし、湿熱を取り除いて黄疸を改善する作用があり、「退黄の要薬」と呼ばれます。苦味のある生薬で、古典には「一身面目黄色く、発熱し口渇する黄疸」に用いると記載されています。茵蔯蒿を加えることで、五苓散にはない抗炎症・解熱効果がプラスされ、肝機能障害や湿熱による皮膚炎症に対応できるようになります。茵蔯五苓散ではこの茵蔯蒿が肝胆の機能を助け、体内の“熱毒”を排出するキー生薬となっており、利尿作用と相まって黄疸・湿疹・熱感の改善に貢献しています。
茵蔯五苓散にまつわる豆知識
●古典における歴史:茵蔯五苓散は、中国の漢代に書かれた古典『金匱要略(きんきようりゃく)』に収載された処方です。著者である張仲景(ちょうちゅうけい)は、本方を「湿熱による黄疸」を治療するために考案しました。同書では、全身が橘子のように黄色く(橘皮様の鮮明な黄疸)、頭重・発熱・小便不利を呈する患者に茵蔯五苓散を投与し、余分な水と熱をさばいて黄疸を退する、という記述があります。現代でも、漢方医はこの古典の記載を参考にしながら、肝炎や胆のう炎の患者さんに本方を応用することがあります。
●名前の由来:茵蔯蒿(インチンコウ)は和名をカワラヨモギといい、川原などに生えるヨモギの一種です。「茵蔯」とは敷物という意味で、収穫したカワラヨモギを乾燥させると藺草(いぐさ)のように敷物に使えたことから名付けられたとも言われます。五苓散は5つの「苓」という字が付く生薬(猪苓・茯苓)を含むことから名付けられており、両者を合わせた「茵蔯五苓散」という名から、その構成が一目で分かるようになっています。
●味や飲みやすさ:茵蔯五苓散の煎じ液やエキス剤は、やや苦みのある風味です。茵蔯蒿と蒼朮が苦味と独特の香りを持つためですが、桂皮のほのかな甘みと芳香が混ざり、漢方薬の中では比較的飲みやすい部類に入ります。甘草が含まれていない処方なので甘さはなく、スッキリとした後味が特徴です。苦味が気になる方は、少量の水で口直しをするとよいでしょう。
●現代での応用:五苓散は熱中症や二日酔いの特効薬として有名ですが、茵蔯五苓散も近年二日酔い対策やお酒による蕁麻疹対策として注目されています。市販の二日酔い改善薬の中には本方を含むものもあり、飲酒前後に服用して悪酔いを防ぐ使い方が紹介されることもあります。また、新生児黄疸に対する漢方治療の研究では、茵蔯五苓散を応用して高い効果を示した報告もあり、東洋医学的アプローチとして関心を集めています。
まとめ
茵蔯五苓散(117)は、五苓散の利水効果に茵蔯蒿の清熱作用を加えることで、むくみと炎症の両方にアプローチできるユニークな処方です。のどの渇きや尿量減少を伴うむくみ、蕁麻疹や二日酔い、軽い黄疸など幅広い症状に対応しうる一方で、体質に合った場合にのみ効果を発揮する繊細さも持ち合わせています。安全に活用するには、やはり漢方の専門家による証(しょう)の見立てと経過観察が重要です。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。