胃苓湯(ツムラ115番):イレイトウの効果、適応症

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胃苓湯の効果、適応症

胃苓湯(いれいとう)は、水のような下痢や食欲不振、むくみなど胃腸の不調に対して用いられる漢方薬の一つです。
いわゆる「湿邪(しつじゃ)」や「水滞(すいたい)」と呼ばれる体内の余分な水分の滞りを改善し、胃腸の働きを整える効果があります。以下のような症状・体質に対して効果が期待できます。

  • 水様性の下痢を繰り返し、お腹がゴロゴロと鳴って食欲がわかない
  • 胃腸が弱く軟便が続き、雨天や湿度の高い日に症状が悪化しやすい
  • お腹をこわしやすく、下痢に加えて身体がむくみやすい(尿量が少ない)

このように、胃苓湯は 胃腸が弱く水分代謝が滞りがちな方の下痢やむくみに用いられる処方です。古くは中国で夏の下痢(暑湿による泄瀉〈せっしゃ〉)に対する特効薬として知られ、同様の症状に用いる処方が記録されています。
近年の漢方の教科書にはあまり登場しない処方ですが、症状・証に合致すれば慢性的な下痢やむくみ・倦怠感の改善に十分効果を発揮します。

よくある疾患への効果

急性胃腸炎・食あたり

ウイルスや細菌による急性胃腸炎(いわゆる「お腹の風邪」「食あたり」)では、嘔吐や下痢が突然起こります。胃苓湯は特に水様性の下痢が中心で脱水気味のケースで、下痢を和らげ胃腸の回復を助ける目的で用いられます。腸内の余分な水分を尿に回すことで便を少し固め、腹痛や頻回の下痢を改善するとされています。実際に「激しい下痢が続いて点滴を受けたが、その後も食欲が戻らない」というような胃腸炎後の患者さんに胃苓湯を服用していただくと、下痢の回数が減り食欲や元気が戻りやすくなるケースがあります。
もちろん原因となる感染そのものを治す薬ではありませんが、整腸作用によって症状の回復を早める補助的な役割が期待できます。ただし、高熱や血便を伴う重症の胃腸炎ではより強い抗菌薬や消炎の処置が優先され、胃苓湯は用いられないこともあります。

慢性的な下痢傾向(過敏性腸症候群 など)

慢性的に下痢や軟便が続く場合にも、体質によっては胃苓湯が効果を発揮します。特に過敏性腸症候群(IBS)でストレスや天候により下痢が悪化するタイプの方に用いられることがあります。過敏性腸症候群のうち下痢型(IBS-D)の患者様で、雨や湿気の多い日にお腹がゆるくなりやすい、あるいは冷たい飲食物でお腹を壊しやすいといった傾向があれば、胃苓湯が適する可能性があります。
胃苓湯は水分代謝を改善しつつ胃腸の機能を立て直すことで、下痢しやすい体質自体を緩和すると考えられます。実際、「季節の変わり目や梅雨時に決まって下痢をする」という方が胃苓湯を服用し、下痢の頻度が減り生活の質が向上したケースもあります。

過敏性腸症候群そのものはストレス管理や食事指導、整腸剤など西洋医学的な治療が中心ですが、漢方薬を併用することで体質面からアプローチできる利点があります。症状や体質に合わせて他の処方が用いられる場合もあり、専門家による見立てのもとで適切な処方を選ぶことが重要です。

夏場の下痢・暑気あたり

夏の暑い時期に起こる下痢(いわゆる「暑気あたり」「夏バテによる下痢」)にも胃苓湯がよく用いられます。冷たい飲み物や冷房でお腹が冷え、食欲不振と下痢を来すケースでは、胃苓湯が胃腸を温めつつ余分な水分をさばいて症状を改善します。汗をかく季節は体内に湿気(余分な水分)が溜まりやすく、それが胃腸を弱らせて下痢や倦怠感の原因となります。胃苓湯はこの「暑湿(しょしつ)」による消化不良を改善する処方で、夏場の下痢の予防薬・常備薬として用いられてきた歴史もあります。実際に「夏になると冷たいものですぐ下痢をしてしまう」という方が、暑い時期だけ胃苓湯を服用して調子を整える、といった使い方をすることもあります。

ただし、酷暑による熱中症に近い症状(高熱や激しい腹痛・嘔吐など)には、適宜水分補給や冷却などの処置を優先する必要があります。胃苓湯は比較的マイルドな効き目のため、症状が落ち着いてから体調を整える目的で服用するなど、症状の段階に応じた使い分けが大切です。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

下痢や胃腸の不調に対しては、胃苓湯以外にもいくつか漢方薬が用いられます。症状や体質の違いによって処方を選び分けることが大切です。ここでは、胃苓湯と比較されやすい処方をいくつかご紹介します。

五苓散(17)

五苓散(17)(ごれいさん)は、体内の水分バランスを整え尿として排出させることに優れた処方です。体力に関わらず使用でき、水様性の下痢や嘔吐、めまい、むくみなど幅広い水分代謝異常に対応します。特にのどの渇きがあり尿量が少ないケースで威力を発揮し、急性胃腸炎による脱水や二日酔いのむくみ・頭痛などにも用いられます。五苓散は下痢による水分損失を補うために水分の巡りを良くするイメージの処方で、下痢そのものを止めるというより体液循環を整えることで結果的に症状を改善します。一方、胃苓湯は五苓散に胃腸を温める生薬を加えているため、食欲不振や胃の冷えを伴う場合に適する点が異なります。単純に水分をさばく五苓散に対し、胃苓湯は消化機能の低下を伴う下痢に焦点を当てた処方と言えます。

半夏瀉心湯(14)

半夏瀉心湯(14)(はんげしゃしんとう)は、みぞおちのつかえ感や胃の炎症をしずめる処方です。下痢だけでなく、胸やけやげっぷ、口内炎など上部消化管の不調を伴う胃腸炎に用いられることがあります。胃苓湯と同じく下痢を改善する効果がありますが、半夏瀉心湯は黄連(オウレン)や黄芩(オウゴン)といった清熱薬を含むため、口が苦い・舌が赤いなど胃腸に熱がこもるタイプの下痢に向いています。例えば、ストレスで胃が熱くなりやすく下痢と軟便・便秘を繰り返すタイプには半夏瀉心湯が処方されることが多く、舌苔が厚く水分停滞が主体のタイプには胃苓湯が検討されます。両者とも体力中等度の方向けの処方ですが、胃苓湯が「湿」を除くのに対し、半夏瀉心湯は「炎症(熱)」を鎮める働きが強い点で使い分けられます。

六君子湯(43)

六君子湯(43)(りっくんしとう)は、胃腸を元気づける(補気)作用を持つ処方です。人参(ニンジン)や白朮、茯苓などを含み、胃腸の機能低下による食欲不振や疲れやすさ、慢性的な消化不良に用いられます。六君子湯は下痢そのものを止めるよりも、胃腸の働きを底上げすることで結果的に軟便を改善する処方です。体力中等度以下で顔色が悪く貧血気味、食が細くて胃もたれしやすい方に適しており、いわゆる胃腸虚弱の体質改善薬と言えます。下痢傾向があっても冷えや湿より虚弱さが目立つ場合には六君子湯が選ばれます。逆に、むくみや胃の重だるさが強い場合は六君子湯では利水作用が不十分なため、胃苓湯など他の処方が検討されます。つまり、胃苓湯が「余分な水分を出す薬」だとすれば、六君子湯は「足りない胃腸の力を補う薬」であり、患者さんの体質に合わせて使い分けられます。

真武湯(30)

真武湯(30)(しんぶとう)は、冷え症で虚弱な方の下痢やむくみに用いられる処方です。附子(ブシ:加工トリカブト根)を含み、全身を温めて新陳代謝を高めることで水分代謝不良を改善します。手足の冷えが強く、顔色が青白いような人の慢性下痢に適しており、めまいや立ちくらみ、むくみを伴う場合にも使われます。真武湯は文字通り虚寒(きょかん:エネルギー不足による冷え)を温めることで下痢を止める薬です。例えば、朝方に下痢しやすい(五更瀉)、冷たいものを口にするとすぐお腹を下す、といった腎陽虚の方には真武湯が有効です。胃苓湯にも身体を温める生薬は含まれますが、真武湯ほど強力ではありません。体力が著しく低下し冷えが目立つケースでは真武湯、そこまで虚弱でなく湿の停滞が主体のケースでは胃苓湯といったように使い分けます。逆に、あまり冷えがない人に真武湯を使うと暑がったり喉が渇いたりすることがあるため、証に応じた選択が重要です。

副作用や証が合わない場合の症状

胃苓湯は比較的マイルドな処方ですが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合、副作用が現れる可能性があります。

  • 消化器症状: 胃もたれ・食欲不振・吐き気・下痢など。温めて湿を飛ばす作用のある生薬を含むため、胃腸がデリケートな方ではこれらの症状に注意が必要です。服用中に強い腹部の不快感や下痢が続く場合は中止し、医師に相談してください。
  • 皮膚症状: 発疹、かゆみ、蕁麻疹(じんましん)などのアレルギー反応がまれに起こることがあります。服用後に皮膚の異常を感じた際も、早めに医療機関へご相談ください。
  • 重篤な副作用: 胃苓湯には甘草(カンゾウ)が含まれます。長期大量服用や他の甘草含有製品との併用により、低カリウム血症に伴う筋力低下や高血圧(偽アルドステロン症)を引き起こすおそれがあります。むくみが増強したり、脱力感や血圧上昇が見られた場合は、すみやかに専門医に相談してください。

また 体質(証)が合わない場合、効果が十分得られないばかりか症状が悪化することがあります。例えば体内に熱がこもりがちな陽熱(ようねつ)の方や、水分不足の陰虚(いんきょ)の方に胃苓湯を用いると、かえって喉の渇きや便秘など乾燥症状が強まることがあります。そのため、明らかな熱感や乾燥を伴う下痢には適さない処方です。このような場合には別の漢方薬が検討されます。

併用禁忌・併用注意な薬剤

胃苓湯には麻黄や附子のような刺激の強い生薬は含まれておらず、絶対的な併用禁忌とされる薬剤は比較的少ないとされています。ただし、以下のような場合には併用に注意が必要です。

  • 利尿薬や副腎皮質ステロイド剤との併用: 胃苓湯の利水作用と甘草の作用により、フロセミドなどの利尿薬やステロイド剤と一緒に服用するとカリウムが失われやすくなる可能性があります。低カリウム血症による筋力低下や不整脈を招かないよう、これらを服用中の方は医師に相談の上で使用してください。
  • 降圧薬や強心薬との併用: 胃苓湯を服用して体内の水分が排出されると、血圧や循環動態に変化が生じる場合があります。降圧薬(高血圧の薬)や強心薬(心不全の薬)をご使用中の方は、漢方服用開始後の体調変化に注意し、必要に応じて主治医に経過を報告してください。特にジギタリス製剤を服用中の場合、低カリウム状態による作用増強に注意が必要です。
  • 抗凝血薬との併用: 胃苓湯に含まれる生薬(例えば桂枝や生姜など)には血液凝固に影響を及ぼす可能性が指摘されるものがあります。ワルファリンなど抗凝血薬を服用中の方が胃苓湯を併用する際は、定期的に血液検査を受けるなど慎重な経過観察が望まれます。
  • 他の漢方薬やサプリメント: 胃苓湯と作用の似た生薬(例えば蒼朮や茯苓など)を含む漢方薬を併用すると、生薬成分が重複し副作用リスクが高まる可能性があります。またサプリメント類との相互作用も考えられるため、自己判断での併用は避け、服用中の薬やサプリメントがあれば医師・薬剤師に伝えてください。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

胃苓湯は、11種類の生薬を組み合わせて作られています。
基本的な処方構成は「蒼朮(ソウジュツ)」「厚朴(コウボク)」「陳皮(チンピ)」「甘草(カンゾウ)」「沢瀉(タクシャ)」「茯苓(ブクリョウ)」「猪苓(チョレイ)」「白朮(ビャクジュツ)」「桂枝(ケイシ)」「生姜(ショウキョウ)」「大棗(タイソウ)」の組み合わせです。「胃苓湯」という名前は、胃腸を調える処方(平胃散)と、水分をさばく処方(五苓散)を組み合わせた湯であることに由来すると考えられます。「苓」は茯苓(ブクリョウ)に代表される水湿を除く生薬群を指しており、胃苓湯は胃(消化)と苓(利水)の両面からアプローチする処方なのです。

蒼朮(ソウジュツ)

蒼朮は湿気を取り除き、脾(ひ:消化機能)を健やかにする生薬です。体内の余分な水分(湿)を強力に乾かし、食欲不振やむくみを改善します。さらに発汗を促して表面の寒湿を追い出す働きもあるため、夏場の冷えや水様性下痢に効果的です。胃苓湯では厚朴や陳皮とともに胃腸の停滞を除き、水分代謝を高める中心的な役割を担っています。

厚朴(コウボク)

厚朴はお腹の張りを取り、気の巡りを良くする生薬です。腸内のガスや停滞物を排除し、腹部膨満感や腹痛を和らげる作用があります。その苦味と芳香によって消化液の分泌を促し、胃腸の動きを活発にする働きも持ちます。胃苓湯では蒼朮や陳皮と協力して腹部の重だるさや痛みを改善するのに寄与しています。

陳皮(チンピ)

陳皮はミカンの皮を乾燥させた生薬で、胃の機能を高め、気の巡りを良くし、湿をさばく作用があります。消化を助け、痰湿(たんしつ:湿が滞って生じる粘液)を除去し、吐き気やげっぷを抑える働きがあります。胃苓湯において陳皮は、胃腸の働きを底上げして他の生薬の吸収・作用発現を促進する**「潤滑油」**のような役割を果たします。さらに、滞った気を巡らせて腹痛や不快感を緩和する効果も期待できます。

甘草(カンゾウ)

甘草は処方全体を調和し、緩和剤として働く生薬です。甘味によって胃腸を守りつつ、緩和・鎮痛・消炎作用も持ち合わせます。胃苓湯では、複数の生薬のクセをまろやかにまとめ、副作用を抑える役割があります。例えば厚朴や桂枝の刺激を和らげ、胃腸への負担を軽減します。また、下痢や腹痛で緊張した腸の筋肉を緩める働きも期待できます。ただし甘草の含有量が多くなると前述の偽アルドステロン症の原因となり得るため、他の甘草含有薬との重複には注意が必要です。

沢瀉(タクシャ)

沢瀉は余分な水分を排出し、むくみや下痢を改善する生薬です。腎臓での尿生成を促進し、体内の水滞を除く利尿作用があります。また、尿を通じて体内の余計な熱を冷ます効果も持ち合わせます。胃苓湯では猪苓・茯苓とともに利尿を担い、腸内の水分過多を解消する役割があります。

茯苓(ブクリョウ)

茯苓は余分な水分を排泄し、胃腸の働きを整える生薬です。利尿作用によって体内の水分バランスを調節しつつ、神経の高ぶりを鎮める鎮静作用も持ちます。胃苓湯では白朮・蒼朮と協力して湿を除き、下痢やむくみ、めまいを和らげる役割があります。また心身を安定させる働きから、慢性的な腹部不快感に伴う不眠や不安の軽減にも一役買っています。

猪苓(チョレイ)

猪苓は水分代謝を促し、余分な水湿を取り除く生薬です。茯苓と同様に利尿作用が強く、尿量を増やして体内の水分停滞を改善します。『五苓散』の名にも含まれるキノコ由来の生薬で、古くから尿利不利(尿が出にくい症状)や水様性下痢に用いられてきました。胃苓湯では沢瀉・茯苓とともに利尿作用を高め、水滞による下痢やむくみを改善する中心的な役割を担っています。

白朮(ビャクジュツ)

白朮も蒼朮と同じく健脾利水(けんぴりすい):脾を強めて水をさばく作用を持つ生薬です。蒼朮に比べて穏やかに持続的に胃腸を支え、消化吸収を助けて気力を補い、水分代謝を良くする働きがあります。利尿効果もあり、むくみや軟便を徐々に改善して体質を整えます。胃苓湯では蒼朮とペアで用いることで、強い燥湿作用と胃腸への負担軽減のバランスを取っています。蒼朮が即効的に湿を飛ばし、白朮が土台から胃腸を支えることで、長引く下痢体質の改善に寄与しています。

桂枝(ケイシ)

桂枝はシナモンの若枝で、身体を温めて水分循環を促す生薬です。発汗をうながし血行を改善することで、冷えによる痛みやむくみを取る作用があります。胃苓湯では、利尿薬主体の五苓散に桂枝が加わることで、体表にある余分な水分を汗として発散させ、内部の水滞を取り除きやすくしています。また身体を温め腎・膀胱の働きを助けることで、水分代謝全体を底上げする役割も担っています。

生姜(ショウキョウ)

生姜は身体を温め、胃腸を守りつつ発汗させる生薬です。適度な刺激で吐き気を鎮め、消化を助ける働きもあります。胃苓湯では、生姜が蒼朮や厚朴など他の生薬の刺激を緩和し、胃腸への負担を減らす目的で配合されています。さらに、生姜自体も血行促進と整腸作用を持ち、冷えを伴う下痢や腹痛を和らげる一助となります。蒼朮・桂枝の発汗作用を後押しし、体内に滞る余分な水分を追い出すのにも貢献しています。

大棗(タイソウ)

大棗はナツメの実を乾燥させた生薬で、脾を補い気血を養う作用を持ちます。豊かな甘味で胃腸をいたわり、体力や血の不足による倦怠感を改善する働きがあります。胃苓湯では、利水によって消耗しがちなエネルギーを補い、全体の調和を図るために用いられています。生姜とともに他の生薬の働きを調節し、患者さんの体力低下を防ぐ縁の下の力持ち的な役割も担っています。

胃苓湯にまつわる豆知識

  • 名前の由来: 「胃苓湯」の名称は、文字通り胃(消化器)を調える処方茯苓(ぶくりょう)を中心とした利水の処方を合わせたことに由来します。平胃散(へいいさん)という消化機能改善の処方と、五苓散(ごれいさん)という利尿による水抜きの処方を組み合わせたため、両者の名前をとって「胃苓湯」と名付けられたとされています。「苓」は五苓散に含まれる猪苓・茯苓など水をさばく生薬の総称で、胃苓湯はその苓の力を借りて胃腸の調子を整えることを目的とした処方なのです。
  • 歴史: 中国の明代に編纂された『万病凱元』や清代の『医宗金鑑』など古典医学書にも「胃苓湯」の名が見られますが、近代以降の漢方医学ではあまり表舞台に登場しなかった処方です。日本でも長らく知る人ぞ知る存在でしたが、下痢やむくみに対する有用性から一部の熟練漢方家によって伝承的に用いられてきた経緯があります。現在ではツムラの製剤番号115番として市販されており、症例によっては現代でも十分活用しうる処方として再評価されつつあります
  • 平胃散・五苓散との関係: 前述のとおり胃苓湯の処方構成は平胃散 + 五苓散という形になっています。平胃散は蒼朮・厚朴・陳皮・甘草(+生姜・大棗)から成り、胃の働きを高めて湿を除く基本方剤です。一方の五苓散は猪苓・茯苓・白朮・沢瀉・桂枝から成り、尿量を増やして水滞を除く処方です。胃苓湯はこの二つを合わせることで、消化不良と水分滞留の両方に対応できる工夫がされています。このように、古典方剤を組み合わせて応用するのも漢方処方の特徴であり、胃苓湯はその好例と言えます。
  • 湿と下痢の漢方的な見方: 漢方では、下痢の原因をいくつかの観点から捉えます。代表的なのは脾胃の機能低下(脾虚(ひきょ))と水湿の滞り(湿邪)で、これに加えて体を温める力の不足(腎陽虚)や体内の熱の過剰(腸の実熱)などが関与すると考えられます。胃苓湯はこれらのうち脾虚と湿邪、軽度の腎陽虚を同時にケアできる処方と言えます。蒼朮・白朮で脾の働きを高め、桂枝で腎陽を補い、猪苓・茯苓・沢瀉で湿を排泄するという組み合わせにより、下痢の根底にある水分代謝の乱れを総合的に整えるよう設計されています。

まとめ

胃苓湯は、体内に湿が停滞し、それによって下痢やむくみ・食欲不振などが生じている方に適した漢方薬です。余分な水分を排出しつつ胃腸の機能を立て直すことで、水様性の下痢や倦怠感、むくみの改善が期待されます。
比較的副作用の少ない処方とされていますが、体質に合わない場合や他の漢方薬・医薬品との併用には注意が必要です。陰虚や熱証など適応ではない証では効果が出にくいため、専門家による証の見立てが重要になります。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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