人参養栄湯(ツムラ108番):ニンジンヨウエイトウの効果、適応症

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人参養栄湯の効果、適応症

人参養栄湯(にんじんようえいとう)は、体力が低下した方の全身状態を改善するために用いられる漢方薬です。主薬である人参(にんじん:高麗人参)を中心に、エネルギー源である「気(き:生命エネルギー)」と血液循環を示す「血(けつ)」の両方を補う処方設計になっています。いわゆる気血両虚(きけつりょうきょ)と呼ばれるエネルギー不足と血液不足の状態を立て直し、弱った臓器の働きを高める効果があります。その結果、以下のような症状・体質に対して効果が期待できます。

  • 長引く疲労感や倦怠感があり、少し動いただけで息切れする
  • 病気や手術のあと、食欲不振や体重減少、寝汗(夜間の発汗)などが続いている
  • 顔色が悪く貧血気味で、手足の冷えやめまい、動悸(どうき:胸のドキドキ感)を感じやすい
  • 咳(せき)や痰がなかなか治まらず、体力の低下とともに肺気虚(はいききょ)の症状(息切れ・声のかすれなど)を伴う

このように、人参養栄湯は大病後・手術後・産後といった全身の衰弱状態や、慢性的な疲労・貧血に伴う症状の改善に用いられる処方です。身体を温めながら栄養状態を立て直し、弱った内臓機能を補強することで、体力の回復を助けます。また咳や痰など呼吸器症状を伴う虚弱にも適するとされ、同じ補剤の補中益気湯(41)や十全大補湯(48)では物足りない場合に選ばれることがあります。中国の古典医学書『三因極一病証方論(さんいんきょくいつびょうしょうほうろん)』(1174年)に記載され、古くは結核などの虚労(きょろう:慢性消耗性疾患)の治療にも用いられてきました。現代でも症状と証(しょう:体質)が合致すれば、病後の回復促進や慢性疾患による体力低下の改善に効果が期待できます。

よくある疾患への効果

人参養栄湯が臨床でよく用いられる具体的なケースをいくつかご紹介します。患者様の症状に応じて、どのように人参養栄湯が役立つかを解説します。

病後・術後の体力低下(衰弱状態)

大きな病気にかかった後や手術の後は、気力・体力が著しく落ち込み、倦怠感や食欲不振が続くことがあります。人参養栄湯は病後・術後の体力低下に対して、衰えたエネルギーを補給し、臓器機能を高める目的で用いられます。実際に「長引く入院生活で筋力が落ち、退院後も疲れやすい」「手術後に食欲がなく、体重が減ってしまった」といった方に人参養栄湯を処方し、回復の後押しをするケースがあります。人参養栄湯に含まれる複数の補益薬(ほえきやく:元気を補う生薬)が消化吸収力を高め、栄養状態を改善することで、体重減少の改善全身倦怠感の軽減が期待できます。また、黄耆や五味子といった生薬の作用で寝汗が収まり、体力の消耗を防ぐ効果もあります。病後・術後のリハビリテーションと併用しながら、人参養栄湯を服用することで回復がスムーズになる場合があります。

貧血や冷え性、動悸

人参養栄湯は血虚(けっきょ:血の不足)を改善する作用も持つため、貧血傾向の方によくみられる症状に効果を発揮します。例えば「顔色が青白く、立ちくらみやめまいがする」「少し動くと心臓がドキドキして息切れしやすい」「手足が冷え、寒がりである」といった場合です。人参養栄湯には当帰や芍薬、地黄といった補血薬(血を補う生薬)が含まれ、血液を増やし巡りを良くすることで貧血症状や冷え性を改善します。実際に貧血気味で動悸・息切れしやすい方が人参養栄湯を服用し、めまいや立ちくらみが減って日常生活が楽になった例もあります。特に、更年期以降の女性や産後の回復期で、月経不順や産後の出血による貧血があるケースに適しています。人参養栄湯は体を温める桂皮や黄耆も含むため、冷えによる血行不良を改善し、手足の冷えやしもやけの予防にもつながります。ただし、高度の貧血が疑われる場合は西洋医学的治療(鉄剤の投与など)が優先されますので、漢方治療は補助的に行います。

長引く咳や慢性呼吸器症状

病気の後や体力低下時に、咳や痰がなかなか治まらないことがあります。例えば肺炎や気管支炎の回復期、結核療養中、高齢者の慢性咳嗽(まんせいがいそう)などです。人参養栄湯はこうした慢性的な咳にも応用される処方です。五味子(ごみし)や遠志(おんじ)といった生薬には鎮咳作用や気管支を潤す作用があり、さらに人参や黄耆が肺の機能(肺気)を高めることで、弱った呼吸器を立て直します。実際に「体が弱って痰の切れが悪い」「夜間の咳込みや寝汗が続いて眠れない」という方に人参養栄湯を用いて、咳発作の頻度が減り睡眠の質が向上したケースがあります。これは、人参養栄湯が肺と腎を補うことで呼吸機能を改善し、夜間の発汗(盗汗)や咳を抑えているためと考えられます。ただし、咳の原因そのものを治すわけではありませんので、肺炎などの治療はしっかり行った上で、体力回復と症状緩和の補助として利用します。

不安感や不眠(心身の虚弱)

虚弱な方の中には、眠りが浅い、不安感が強いといった心身の症状を訴える方もいます。漢方ではこれは心血不足(しんけつふそく)や気虚による心神不安の状態と考え、人参養栄湯が適することがあります。人参養栄湯には安神薬(あんしんやく:精神を安定させる生薬)である遠志と五味子が配合されており、これが心(しん:精神活動を司る臓)の機能を養って不安や不眠を和らげます。例えば「夜中に何度も目が覚める」「動悸がして眠れず、心配事が頭から離れない」という症状に対し、人参養栄湯を服用して睡眠状態が改善するケースがあります。現代医学的にも、人参養栄湯を服用することで自律神経のバランスが整い、不安感が減少したとの報告があります。帰脾湯(65)など類似の処方も不眠に用いられますが、体力も低下している場合や呼吸器症状を伴う場合には、人参養栄湯の方が全身をカバーできる点で適しています。重い鬱症状や重度の不眠がある場合は専門的な治療が必要ですが、軽度の不安・不眠を伴う虚弱状態であれば人参養栄湯が助けになることがあります。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

体力低下や貧血などの症状には、人参養栄湯以外にもいくつかの漢方薬(補剤)が用いられます。症状や体質に応じて処方を選び分けることが大切です。ここでは、人参養栄湯と比較されやすい処方をいくつかご紹介します。

補中益気湯(41)

補中益気湯(41)(ほちゅうえっきとう)は、胃腸の働きを高めて気を大いに補い、体力を回復させる代表的な漢方薬です。食欲不振や倦怠感、内臓下垂(いわゆる胃下垂など)を伴うようなケースに適しています。特に長引く微熱慢性の疲れが中心で、不眠や咳などの症状が目立たない場合によく用いられます。人参養栄湯と比べて補中益気湯は血を補う生薬が少ないため、貧血の改善効果は穏やかですが、その分胃腸への負担が軽く食欲不振や胃もたれが強い人向きです。また補中益気湯には升麻(しょうま)や柴胡(さいこ)といった昇提作用(しょうていさよう:下がったものを持ち上げる作用)のある生薬が含まれ、脱肛や子宮下垂、慢性下痢など気の沈み込みによる症状に対応できます。一方、人参養栄湯は昇提作用よりも滋養強壮に重きを置いており、不眠や咳など気血両虚による症状がある場合に適しています。つまり、純粋な気力低下や消化機能低下には補中益気湯、気力低下に加えて血の不足や心肺の虚弱症状があれば人参養栄湯、という使い分けになります。

十全大補湯(48)

十全大補湯(48)(じゅうぜんたいほとう)は、気と血をバランスよく補う代表的な補剤です。人参養栄湯と似ており、病後の衰弱や貧血、冷え性などに広く使われます。処方構成も人参養栄湯に近く、実際人参養栄湯は十全大補湯をベースに生薬を加減した処方になっています。両者の違いとして、人参養栄湯には遠志と五味子が含まれる一方で、十全大補湯には川芎(せんきゅう)が含まれます。遠志・五味子は先述のとおり精神不安や咳・汗の症状に対応するため、人参養栄湯は心身の虚弱症状(不眠・動悸・咳・寝汗など)を伴う場合に適しています。川芎は血行を促進し瘀血(おけつ:血行不良)を改善する生薬であるため、十全大補湯は血行不良や冷えによる痛みを伴う場合により適します。例えば、がん治療中の体力低下には十全大補湯が用いられることが多いですが、不安や不眠が強いケースでは人参養栄湯が検討されます。また十全大補湯は桂皮(けいひ:シナモン)を多く含み温める力がやや強いため、冷えが強い人冬場の虚弱には十全大補湯、季節を問わず全身を穏やかに補いたい場合呼吸器症状を伴う場合には人参養栄湯、と使い分けられます。

帰脾湯(65)

帰脾湯(65)(きひとう)は、心脾両虚(しんぴりょうきょ)といって心(精神)と脾(消化)の両方の機能低下による症状に用いられる処方です。貧血や虚弱体質に加え、不安感・動悸・不眠など心の不調を伴う場合によく使われます。人参や黄耆、白朮などを含み補気補血する点は人参養栄湯と共通していますが、帰脾湯には酸棗仁(さんそうにん)や龍眼肉(りゅうがんにく)といった安神・養心の生薬が含まれ、精神安定や健忘の改善に優れます。そのため、神経質で疲れやすく、食欲不振や寝汗、動悸、不眠があるという場合に帰脾湯が選択されることがあります。人参養栄湯と比べると、帰脾湯は消化器系への負担がやや少なく、胃腸が極度に弱い人にも使いやすい処方です。一方、人参養栄湯は帰脾湯にはない五味子・遠志を含むため、咳や呼吸器症状を伴う虚弱著しい体力低下にはより適しています。つまり、メンタル面の不調が主体で胃腸が弱い人には帰脾湯、全身の衰弱が強く心身両面に症状が及んでいる人には人参養栄湯、といった使い分けがなされます。

八味地黄丸(7)

八味地黄丸(7)(はちみじおうがん)は、腎臓の機能低下による虚弱に用いられる漢方薬です。手足の冷えや腰痛、頻尿など高齢者の老化現象に伴う症状改善で有名ですが、全身のエネルギーである腎陽(じんよう)を補う作用があるため、慢性的な疲労や倦怠感にも用いられることがあります。人参養栄湯との違いは、八味地黄丸には動物生薬の鹿茸(ろくじょう)こそ含まれませんが、附子(ぶし)や桂枝(けいし)など強力に身体を温める生薬が入っている点です。そのため、下半身の冷えが強く尿トラブルがあるような虚弱では八味地黄丸が適し、貧血や息切れなど上半身の症状を伴う虚弱では人参養栄湯が適します。また、八味地黄丸は糖尿病による神経障害の改善などにも応用されますが、人参養栄湯は血糖には直接働きかけず栄養状態全般を改善する処方です。両者は併用されることもありますが、一般的には腎を補う八味地黄丸気血を補う人参養栄湯という形で使い分けられます。

副作用や証が合わない場合の症状

人参養栄湯は栄養補給的な穏やかな処方ですが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合、副作用が現れる可能性があります。主な注意点を挙げます。

  • 消化器症状:食欲不振、胃もたれ、軟便・下痢など。滋養強壮効果の高い生薬(地黄や当帰など)は人によっては胃腸に負担をかけることがあります。特に普段から胃腸が弱い方は、服用中に強い胃の不快感や下痢が続く場合、一旦中止して医師に相談してください。
  • 皮膚症状:発疹、かゆみ、蕁麻疹(じんましん)などのアレルギー反応がまれに起こることがあります。服用後に皮膚に異常を感じた際は、早めに医療機関へご相談ください。
  • 重篤な副作用:人参養栄湯には甘草(カンゾウ)が含まれます。長期大量服用や他の甘草含有製品との併用により、低カリウム血症に伴う筋力低下や高血圧(偽アルドステロン症)を引き起こすおそれがあります。むくみが出たり、脱力感や血圧上昇が見られた場合は、速やかに専門医に相談してください。重篤な副作用自体はまれですが、特に高齢者や持病で利尿剤を使用している方は注意が必要です。

また証(しょう:体質・症状のパターン)が合わない場合、十分な効果が得られないばかりか症状が悪化することがあります。例えば体内に熱がこもりやすい実証(じっしょう)の方や、炎症が強く体力がそれほど落ちていない方に人参養栄湯を用いると、かえってのぼせ感や胃の膨満感が増すことがあります。そのため、高熱を伴う感染症の急性期や食欲はあるのに肥満気味でだるさだけあるような場合には適さず、別の漢方薬が検討されます。効果が思わしくない場合は自己判断で飲み続けず、一度専門家に相談して処方の見直しをすることが大切です。

併用禁忌・併用注意な薬剤

人参養栄湯は刺激の強い麻黄や附子を含まないため、絶対的な併用禁忌とされる薬剤は多くありません。ただし、以下のような場合には併用に注意が必要です。

  • 利尿薬や副腎皮質ステロイド剤との併用:人参養栄湯に含まれる甘草の作用により、利尿薬(例:フロセミドなど)やステロイド剤と一緒に服用するとカリウムが失われやすくなる可能性があります【偽アルドステロン症に注意】。低カリウム血症による筋力低下や不整脈を招かないよう、これらを服用中の方は医師に相談の上で使用してください。
  • 降圧薬や強心薬との併用:人参養栄湯で全身のむくみが取れ血液循環が改善すると、血圧や心臓の働きに変化が生じる場合があります。降圧薬(高血圧の薬)や強心薬(心不全の薬)を使用中の方は、漢方服用開始後の体調変化に注意し、必要に応じて主治医に経過を報告してください。特にジギタリス製剤を服用中の場合、カリウム低下に伴う作用増強(不整脈リスク上昇)に注意が必要です。
  • 抗凝血薬との併用:人参養栄湯に含まれる当帰(とうき)や芍薬などには血液凝固系に影響を及ぼす可能性が指摘されています。ワルファリンなど抗凝血薬を服用中の方が人参養栄湯を併用する際は、定期的に血液検査を受けるなど慎重な経過観察が望まれます。実際に大きな相互作用が生じる例は多くありませんが、安全のため注意してください。
  • 他の漢方薬やサプリメントとの併用:人参養栄湯と作用や構成が似た漢方薬(十全大補湯や補中益気湯など)を安易に併用すると、生薬成分が重複して含まれるため副作用リスクが高まる可能性があります。またサプリメント類との相互作用も考えられるため、自己判断での併用は避け、現在服用中のものがあれば医師・薬剤師に必ず伝えてください。特に高麗人参エキスや当帰製剤など、人参養栄湯と似た成分を含む健康食品は注意が必要です。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

人参養栄湯は、その名の通り人参を主役とした12種類の生薬を組み合わせて作られています。基本的な処方構成は、「気を補う生薬」(人参・黄耆・白朮・茯苓・甘草)、「血を補う生薬」(当帰・芍薬・地黄)、「身体を温め巡りを良くする生薬」(桂皮・陳皮)、「精神を安定させる生薬」(遠志・五味子)というグループに分けられます。それぞれの生薬が役割を持ち寄り、バランスよく配合されることで、人参養栄湯は全身の虚弱状態を改善する効果を発揮します。以下に主な構成生薬とその役割を解説します。

人参(ニンジン)

補気の王道薬とも呼ばれる生薬で、高麗人参の根を用います。人参は胃腸の働きを高めて飲食物から気(エネルギー)を生み出す力を強化し、全身の臓器を活性化させます。また肺を潤しつつ補う作用もあり、息切れや慢性の咳を改善するのにも役立ちます。人参養栄湯ではまさに主薬(中心となる薬物)として位置づけられ、弱った消化・呼吸機能を立て直し、全身の気力を回復させる原動力となっています。特に病後や術後でエネルギー産生が落ちている方に、人参が入ることで他の生薬の効果を受け止める“エンジン”が動き出します。ただし、人参は効果が強い分、実証の方や興奮しやすい方に大量に用いると不眠やほてりを招くことがあるため、処方全体でバランスが取られています。

黄耆(オウギ)

黄耆はマメ科の根で、補気作用強壮作用に優れる生薬です。人参とともに気を大きく補い、特に表(体表面)に働いて汗を調節する作用があります。虚弱な方は少し動くだけで汗をかいたり寝汗をかいたりしがちですが、黄耆は肌表面の衛気(えき:外邪から体を守るエネルギー)を強め、汗の無駄な漏出を防ぎます。また、黄耆には利尿作用もあり、むくみがちな体質の改善にも寄与します。人参養栄湯では人参とペアで用いられ、気力の増強と汗のコントロールに重要な役割を果たしています。病後の衰弱で免疫力が低下している場合にも、黄耆が含まれることで抵抗力アップが期待できます。

白朮(ビャクジュツ)

白朮はオケラ等の根茎で、脾(ひ:消化機能)を補い、水分代謝を改善する代表的な生薬です。胃腸の働きを高めて食物から栄養をしっかり吸収できるよう助ける一方、体内の余分な水分を捌いてむくみや下痢を改善します。人参養栄湯では、白朮が入ることで重たい補血薬(地黄や当帰)の消化吸収を助け、副作用を抑える役割も担っています。人参・黄耆と共に気を補いながら、消化器の土台を支えることで、患者さんが処方を飲みこなせる(きちんと消化吸収できる)ように工夫されています。胃腸が弱って食欲がない方でも、人参養栄湯に白朮が含まれることで比較的服用しやすくなります。

茯苓(ブクリョウ)

茯苓はマツホドという菌核から得られる生薬で、利水作用(りすいさよう:余分な水分を排出する作用)と健脾作用(けんぴさよう:脾を丈夫にする作用)を持ちます。余分な水分を尿として出しつつ、胃腸の機能を整え、さらに心を安定させる寧心作用もある穏やかな薬物です。人参養栄湯では白朮とともに脾を助け、水湿(すいしつ:体内の水分)の偏りを是正する役割があります。例えば虚弱な方で胃に水が溜まりやすくめまいや吐き気を伴うような場合にも、茯苓が入っていることでその症状を和らげます。また、茯苓の持つ鎮静効果によって不安感や不眠の緩和にも一役買っており、遠志・五味子など安神薬の働きをサポートしています。

甘草(カンゾウ)

甘草はマメ科カンゾウの根で、漢方処方の調和剤として広く使われる生薬です。甘みがあり胃を守りつつ、炎症を鎮め痛みを和らげる作用も持ちます。人参養栄湯では複数の生薬をまろやかにまとめ、副作用を抑える縁の下の力持ちです。例えば当帰や地黄は滋養に優れますが胃腸に負担がかかりやすいため、甘草が配合されることでその刺激が緩和されます。また、甘草自体にも軽い強心作用があり、疲れて萎縮した筋肉をほぐす助けにもなります。ただし、甘草の含有量が多くなると前述の偽アルドステロン症の原因となりうるため、他の甘草含有薬との重複には注意が必要です。人参養栄湯では1.0g程度と適量が配合され、安心して服用できるよう配慮されています。

当帰(トウキ)

当帰はセリ科トウキの根で、補血薬の代表格です。血を作り出し巡らせる作用に優れ、特に女性の貧血や冷え症に昔から用いられてきました。人参養栄湯では虚弱に伴う血虚を改善し、めまいや顔色不良を是正する中核生薬となっています。また当帰には血行を促進し痛みを止める作用(活血止痛)もあるため、虚弱による肩こりや頭痛がある場合にも有用です。さらに腸を潤す効果もあり、便秘がちの方の腸の働きを整える利点もあります。人参養栄湯に当帰が含まれることで、単なる栄養ドリンク的な効果にとどまらず、血液の質と循環を改善する本格的な補血作用が加わっています。貧血や産後の回復に幅広く使われるゆえんです。

芍薬(シャクヤク)

芍薬はボタン科シャクヤクの根で、当帰とよく組み合わされる補血薬です。養血柔肝(ようけつじゅうかん)と言って血を養い筋肉のこわばりや痛みを和らげる作用を持ちます。虚弱な方は筋肉や神経が過敏になり、こむらがえり(筋けいれん)や腹痛を起こしやすい傾向がありますが、芍薬が入ることでそうした痛みやけいれんを鎮める効果が期待できます。人参養栄湯では当帰とともに血を補い、特に肝血を充実させることでめまいや目の疲れ、筋肉のつりを予防します。また芍薬には若干の収斂作用(しゅうれんさよう:引き締める作用)があり、黄耆や五味子と相まって汗のかきすぎを抑える効果もあります。全体的に温めの生薬が多い処方の中で、芍薬は性質が微寒(やや冷たい)であるため、熱のこもりすぎを防ぎ処方のバランスを取る役割も果たしています。

地黄(ジオウ)

地黄はアカヤジオウの根を乾燥または蒸したもので、人参養栄湯には熟地黄(じゅくじおう)(蒸した地黄)が使われます。熟地黄は強力な補血・滋養強壮薬で、肝臓や腎臓の機能を助け精血(せいけつ:エッセンスとなる血)を補います。体の潤いを増やし、髪や皮膚のツヤを良くするとともに、腰膝のだるさなど腎虚(じんきょ)症状の改善にも寄与します。人参養栄湯に地黄が配合されていることで、単なる一時的な栄養補給でなく深い部分からの体質改善が図られます。特に慢性的な貧血や乾燥、ほてりを伴う虚弱において、熟地黄が血と陰液をしっかり補うことで、顔色の改善や目の渇き・眩暈の軽減につながります。ただし地黄は粘り気があり消化しにくい性質があるため、陳皮や白朮で消化を助けつつ用いられています。

桂皮(ケイヒ)

桂皮はニッケイ(シナモン)の樹皮で、身体を芯から温めて血行を良くし痛みを止める作用を持つ生薬です。十全大補湯など多くの補剤にも配合され、虚弱な方の冷え改善に欠かせません。人参養栄湯では、桂皮が入ることで温陽作用(おんようさよう:陽気を温める作用)が強化され、特に手足の冷えや腰の冷えを緩和します。また、桂皮は血管を拡張し血流を促すため、当帰や芍薬と共に血行改善コンビとして働きます。体が冷えていると他の生薬の巡りも悪くなるため、桂皮が体を温めることで処方全体の効果を発揮しやすくする効果もあります。さらに、桂皮の芳香成分は胃腸の働きを整え食欲を増進させるので、衰弱して食が細くなった方の胃腸にスイッチを入れる役割も果たしています。

陳皮(チンピ)

陳皮はミカンの皮を乾燥させた生薬で、理気作用(りきさよう:気の巡りを良くする作用)と健胃作用に優れます。胃もたれや食欲不振を改善し、また痰を捌く作用(去痰作用)もあるため、咳や痰が出る時にも配合されます。人参養栄湯では陳皮が潤滑油のような役割を果たし、他の滋養生薬の吸収を助ける働きがあります。地黄や当帰など重めの生薬は陳皮と一緒に煎じることで消化吸収がスムーズになり、副作用が出にくくなります。また、陳皮が気の流れを整えることで、虚弱な方にありがちなお腹の張りや食後の不快感を和らげます。さらに、咳き込むときに気逆(きぎゃく:気が上逆すること)を鎮める作用もあり、五味子や遠志と協力して慢性の咳を落ち着かせる助けとなります。陳皮の爽やかな香りは服用時の味わいを良くし、長期服用の負担感を軽減してくれる利点もあります。

遠志(オンジ)

遠志はイトヒメハギの根で、安神作用去痰作用を併せ持つ独特の生薬です。心に蓄積したモヤモヤ(痰)を取り除き、精神を安定させる働きがあるとされ、不眠や物忘れに用いられてきました。人参養栄湯では遠志が配合されることで、虚弱による精神不安や記憶力低下に対処しています。特に疲労がひどく考えがまとまらないとか、眠ってもすぐ不安で目覚めてしまうといった症状に対し、遠志が心を落ち着かせてくれます。また遠志には痰を切る作用もあるため、五味子とともに慢性の痰咳の改善にも寄与します。古くから「遠志を服すれば智慧が益す(賢くなる)」とも言われ、脳の働きを助けるとも考えられてきました。虚弱による注意力散漫や物忘れが気になる方に、人参養栄湯の遠志がプラスに働くことがあります。

五味子(ゴミシ)

五味子はチョウセンゴミシの果実で、その名の通り五つの味(酸・苦・甘・辛・鹹)を持つ特殊な生薬です。収斂作用(しゅうれんさよう:漏れ出るものを引き締める作用)に富み、汗や肺気の漏出を防ぎます。具体的には、慢性の咳や喘息で気が漏れるのを防いだり、腎虚による頻尿や多汗を抑えたりする働きがあります。人参養栄湯では五味子が加わることで、虚弱で消耗しがちな体からエネルギーが逃げるのを防止する役割があります。例えば寝汗がひどい方に五味子が効いて汗が収まれば、それだけ体力の温存につながります。また、五味子には遠志と同様に安神作用もあり、心を落ち着かせる効果があります。五味子は滋養強壮剤として有名な「麦門冬湯」や「生脈散」にも含まれる生薬であり、肺と心を同時に守る働きを持つため、人参養栄湯の特徴である「咳のある虚弱」「不眠を伴う虚弱」にピッタリ合致しています。味は酸味が強いですが、この酸味が胃腸の働きを引き締めて下痢を防ぐ効果も持ち合わせています。

人参養栄湯にまつわる豆知識

  • 名前の由来:人参養栄湯という名称は、「人参」を用いて栄養状態を養う湯(=煎じ薬)という意味に由来します。実際、本処方の主薬は人参であり、これが全体の効果を牽引します。「養栄」とは文字通り栄養を養うことで、衰えた身体にエネルギーと栄養を供給する狙いを表しています。中国語名では「人参養栄湯」あるいは「人参養営湯」と書き、日本でもそのまま音読みして「にんじんようえいとう」と呼ばれています。
  • 処方の歴史:人参養栄湯は中国の宋代に編集された医書『三因極一病証方論』(1174年)に収載された古い処方です(別名を「人参養営湯」とも言います)。その後、明代の『医宗金鑑(いそうきんかん)』などにも引き継がれ、主に虚労(結核などの慢性消耗病)や産後の調養に用いられてきました。日本には江戸時代に伝わりましたが、十全大補湯など類似処方の陰に隠れ、近代の漢方書ではあまり目立っていませんでした。しかし近年、高齢化社会におけるフレイル対策がん患者の支持療法として注目され始め、再評価が進んでいる処方でもあります。
  • 十全大補湯との関係:前述のとおり、人参養栄湯の処方構成は十全大補湯に陳皮・遠志・五味子を加え、川芎を除いた形になっています。十全大補湯は「気血双補(きけつそうほ:気血をともに補う)」の基本方剤ですが、人参養栄湯ではそこに安神薬理気薬を加えることで、心を安定させ呼吸器を補う工夫がされています。この違いから、昔の医師たちは不眠や咳のある虚弱には人参養栄湯、そうでなければ十全大補湯というように使い分けてきました。現代でも、人参養栄湯を「十全大補湯の強化版(精神面・呼吸面を強化した版)」として位置付けている専門家もいます。
  • 処方の味わい:人参養栄湯を煎じたときの味は、ほのかな甘みと苦味が混ざった独特の風味です。甘草や大棗(※エキス製剤では省かれることもあります)が甘みを出し、陳皮や桂皮がほのかな芳香を添えるため、意外と飲みやすい部類に入ります。ただし熟地黄や当帰の匂いを苦手に感じる方もいます。エキス顆粒剤の場合は多少飲みやすく調整されていますが、それでも気になる場合は白湯や生姜湯で服用すると風味が和らぎます。なお、長期服用する際はコーヒーなどカフェインの多い飲み物と近い時間に飲むと吸収が阻害される可能性があるため、服用前後は避けるのが無難です。
  • 五臓への作用バランス:漢方の理論では、人参養栄湯は脾・肺・心の三臓を中心に補う処方と解釈できます。脾を補うことで消化吸収力を高め(白朮・茯苓)、肺を補うことで呼吸機能と皮膚の防御力を高め(人参・黄耆・五味子)、心血を養うことで精神を安定させる(当帰・芍薬・遠志)効果があります。腎や肝への直接の作用は十全大補湯などに比べると穏やかですが、地黄や桂皮が含まれるため腎・肝も間接的にフォローしています。全身のバランスを整える総合栄養剤的な位置づけであり、五臓六腑それぞれに配慮が行き届いた処方といえます。このようにマルチに作用する処方だからこそ、病後の様々な不調に幅広く対応できるのです。

まとめ

人参養栄湯は、気血両虚によって全身の倦怠感や貧血、呼吸器症状、不眠などが生じている方に適した漢方薬です。人参や黄耆をはじめとする補気薬でエネルギーを補給し、当帰や芍薬などの補血薬で血液を増やし巡らせることで、病後・術後の回復や慢性疲労の改善、貧血や冷え性の緩和、咳・寝汗の軽減など幅広い効果が期待されます。比較的副作用の少ない処方とされていますが、証に合わない場合や他の薬剤との併用には注意が必要です。特に甘草による偽アルドステロン症や、虚証でない方への誤投与には十分留意し、専門家による証の見立てのもとで使用されることが望ましいでしょう。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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