辛夷清肺湯(ツムラ104番):シンイセイハイトウの効果、適応症

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辛夷清肺湯の効果・適応症

辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)は、慢性的な鼻づまり副鼻腔炎(蓄膿症)慢性鼻炎などの症状に用いられる漢方薬です。特に鼻や副鼻腔の患部に熱感炎症があり、黄色く粘い鼻汁が出るようなケースに適しています。また比較的体力が中等度以上の方向けの処方で、漢方医学でいうところの「証(しょう)」が合う場合に効果を発揮します。鼻の奥に膿がたまったりポリープができているような慢性副鼻腔炎では、粘膜の炎症を鎮め、膿の排出を促進することで鼻づまりや痛みの改善が期待できます。

よくある疾患への効果

辛夷清肺湯は鼻の炎症を抑え、通気性を改善する働きがあり、以下のような疾患・症状によく用いられます。

  • 慢性副鼻腔炎(蓄膿症):長引く副鼻腔炎で膿性の鼻汁がある場合に用います。膿や腫れを伴う鼻粘膜の炎症を鎮め、鼻腔内の通りを良くする効果があります。継続して服用することで、鼻づまりによる頭重感や匂いがわからないといった症状の緩和が期待できます。実際、鼻ポリープ(鼻茸)を伴うような蓄膿症に対して処方され、ポリープによる閉塞感や膿性分泌物の減少に役立つケースがあります。
  • 慢性鼻炎:アレルギーや慢性的な炎症で鼻粘膜が腫れ、常に鼻がつまっているような場合に適します。辛夷清肺湯は鼻粘膜の充血を改善し、粘稠な鼻水を出しやすくする作用があります。特に肥厚性鼻炎など粘膜が腫れて厚くなっているタイプでは、余分な熱と炎症を取ることで鼻通りを改善します。
  • アレルギー性鼻炎:水様で透明な鼻水が大量に出る典型的な花粉症体質には向きませんが、アレルギー性鼻炎でも長期化して二次的に感染や炎症を起こし、鼻汁が黄色く粘ついている場合には効果が期待できます。このような場合、辛夷清肺湯によって炎症が治まり、鼻粘膜の過敏反応も和らぐことで、鼻水やくしゃみの頻度が減ることがあります。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

鼻づまりや副鼻腔炎の症状に対しては、辛夷清肺湯以外にもいくつかの漢方薬が用いられます。症状や体質に応じて次のような処方と使い分けられます。

  • 葛根湯加川芎辛夷(ツムラ2):感冒の初期に用いる葛根湯(1)に川芎(せんきゅう)と辛夷(しんい)を加えた処方です。比較的体力があり、風邪の引き始めから鼻づまりを生じているような場合に適します。体を温め発汗させる葛根湯の効果に加え、川芎・辛夷の作用で鼻粘膜のうっ滞を改善するため、鼻詰まりを伴う急性副鼻腔炎や感冒による鼻炎に用いられます。鼻水が粘ってきた頃の風邪や、副鼻腔炎を繰り返しやすい方の感冒初期に処方されるケースが多いです。辛夷清肺湯が主に慢性期の熱をもった鼻炎に使われるのに対し、葛根湯加川芎辛夷は比較的急性期で体を温める必要がある場合に使われます。
  • 小青竜湯(ツムラ19):くしゃみや水っぽい鼻水が止まらないアレルギー性鼻炎や寒冷時の鼻風邪によく用いられる処方です。体力中等度で、薄い透明な鼻汁が大量に出る水様性鼻炎に適しています。小青竜湯は体を温めながら水分代謝を整える作用があり、花粉症などで鼻水・鼻づまりを繰り返す方に処方されます。一方、辛夷清肺湯はドロッとした黄色い鼻汁や患部の熱感がある場合向けですので、鼻水の性状や冷えの有無で両者は使い分けられます。つまり、小青竜湯は水っぽい鼻水・寒気がある鼻炎向け辛夷清肺湯は粘い鼻水・熱感のある鼻炎向けと言えます。
  • 荊芥連翹湯(ツムラ50):慢性的な副鼻腔炎のほか、にきび(尋常性座瘡)など皮膚の化膿症状にも使われる処方です。体力中等度以上で炎症を繰り返しやすい体質の方に適し、顔色が浅黒くなりがちな傾向があります。荊芥連翹湯は体の熱を冷ましつつ血の巡りを良くする生薬を含むため、膿がたまりやすい鼻や皮膚の症状を改善します。蓄膿症では辛夷清肺湯と適応が重なる部分もありますが、より血行不良や瘀血(おけつ)の要素が強い場合に荊芥連翹湯が選択されることがあります。例えば、鼻の粘膜だけでなく喉の扁桃や皮膚も慢性的に腫れやすいような方には、辛夷清肺湯より荊芥連翹湯のほうが体質に合う場合があります。

副作用や証が合わない場合の症状

漢方薬である辛夷清肺湯にも副作用が起こる可能性があります。特に含まれる生薬由来の成分による重篤な副作用として、以下のような点に注意が必要です。

  • 肝機能障害:まれに肝臓に負担がかかり、肝機能数値の異常や**黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)**などが起こることがあります。倦怠感や食欲不振、皮膚のかゆみ・発疹などが現れた場合は注意が必要です。
  • 間質性肺炎:非常にまれですが、漢方薬の服用により肺の間質に炎症が起こる副作用が報告されています。階段を上っただけで息切れする、空咳が続く、微熱が出るといった症状が急に現れた際は、間質性肺炎の初期症状の可能性があります。すぐに医療機関で検査を受けてください。
  • 腸間膜静脈硬化症:これも極めてまれな副作用ですが、辛夷清肺湯に含まれる山梔子(さんしし、クチナシの実)などの影響で、腸の血管が硬化する病態が報告されています。長期間の継続服用により、腹痛や下痢・便秘を繰り返すような場合にはこの症状を疑うことがあります。

以上のような重い副作用は頻度は低いものの、念頭に置いておく必要があります。また、副作用ではなくとも証(体質)が合わない場合には、期待した効果が得られないばかりか体調がかえって悪化することもあります。例えば、冷え性で虚弱な体質の方が辛夷清肺湯のような清熱作用の強い処方を服用すると、胃の不快感や食欲不振、下痢などを招くことがあります。このため処方は専門家の判断のもと、自身の体質に合った漢方薬を選ぶことが大切です。

併用禁忌・併用注意の薬剤

辛夷清肺湯を他の薬剤と併用する際には、以下のような点に注意が必要です。

  • 利尿薬・ステロイド剤:フロセミドなどの利尿薬や副腎皮質ステロイド(プレドニゾロン等)を服用中の方は注意が必要です。これらの薬剤も体内のカリウムバランスに影響を及ぼすため、辛夷清肺湯と併用すると低カリウム血症による不整脈や血圧上昇のリスクが高まる可能性があります。医師の指示のもと、血液検査で電解質の変動に注意しながら使用する必要があります。
  • ワルファリン等の抗凝固薬:甘草にはワルファリンの効果を弱める可能性が指摘されています。抗凝血薬を内服中の方が辛夷清肺湯を併用する際は、INR値の変動や出血傾向に十分注意し、担当医に相談してください。必要に応じてワルファリンの用量調整や代替薬の検討が行われます。
  • その他の併用注意:以上の他、ジギタリス製剤(強心薬)との併用では低カリウム状態による副作用が出やすくなる可能性があります。いずれにせよ現在服用中の薬がある場合は、漢方薬だからと自己判断で市販の辛夷清肺湯製剤を追加するのではなく、必ず医師・薬剤師に併用の可否を確認しましょう。

含まれる生薬とその働き

辛夷清肺湯には9種類の生薬が組み合わされています。それぞれの生薬が異なる役割を持ち、鼻の症状改善に向けて相乗的に作用します。

  • 辛夷(しんい):モクレンのつぼみ。鼻の通りを良くし、鼻汁の排出を促す通鼻作用があります。芳香成分が鼻粘膜の血管を収縮させ、腫れを和らげることで鼻づまりを解消します。辛夷清肺湯の名前にもなっている主薬で、**「鼻炎の要薬」**として古くから重宝されています。
  • 石膏(せっこう)山梔子(さんしし)黄芩(おうごん)知母(ちも):いずれも熱を冷ます作用を持つ生薬です。石膏は硫酸カルシウムを主成分とする鉱物で、強い清熱作用により炎症や発熱感を鎮めます。山梔子(クチナシの実)と黄芩(コガネバナの根)は苦味のある生薬で、抗炎症・抗菌作用を発揮し鼻腔内の炎症を抑えます。知母(アナミラックスの根茎)は体の熱を冷ましつつ渇きを癒す働きがあり、これら4つの清熱薬が協調して肺や胃の余分な熱を取り除くことで、鼻や喉の腫れ・痛みを改善します。
  • 枇杷葉(びわよう)升麻(しょうま):肺の機能を助けて気の巡りを良くし、上部の炎症を発散させる生薬です。枇杷葉(ビワの葉)は肺を潤しながら咳や痰を鎮める作用があり、鼻から喉にかけての気道全体を調整します。升麻(サラシナショウマの根茎)は少量で配合され、清熱解毒作用とともに陽気を上昇させる力で有効成分を上焦(体の上部)へ導き、鼻の通りを改善する手助けをします。
  • 百合(びゃくごう)麦門冬(ばくもんどう):どちらも滋陰潤燥の作用を持つ生薬です。百合(ユリの鱗茎)は肺を潤して心身を安定させる効能があり、麦門冬(ジャノヒゲの根の細い部分)は肺や胃の陰(潤い)を補い渇きを止めます。鼻炎・副鼻腔炎では炎症により局所が乾燥しがちですが、百合と麦門冬が粘膜の乾燥を防ぎ潤すことで、膿や粘液の排出をスムーズにし、炎症で傷ついた粘膜の修復を助けます。

以上のように、辛夷清肺湯は清熱剤潤肺剤、そして通鼻の薬をバランスよく組み合わせています。熱を冷まし炎症を取りつつ、乾燥を潤し鼻通りを良くすることで、慢性的な鼻の症状を多方面から改善する設計になっているのです。

辛夷清肺湯にまつわる豆知識

「辛夷清肺湯」という名前は、主要成分である辛夷(しんい:モクレンの花芽)によって肺を清す(肺の熱を取る)湯(=煎じ薬)という意味です。元々は中国明代の外科医・陳実功が著した古典『外科正宗』に収録された処方で、当時は「鼻痔(びじ)」と呼ばれた鼻ポリープの治療薬として考案されました。鼻痔とは鼻の中にできる痔のような腫物という意味で、現代でいう鼻茸(鼻ポリープ)にあたります。陳実功は膿や滞った熱によって鼻にポリープが生じると考え、この方剤で熱を冷まし膿を排出させることで鼻腔内の腫物を治療しました。

辛夷清肺湯のエピソードとして、嗅覚障害を伴う慢性副鼻腔炎の患者さんにこの処方を続けてもらったところ、次第に匂いを感じられるようになったという報告があります。また、含まれる生薬の辛夷について補足すると、辛夷は春に咲くモクレン科の植物(シデコブシやタムシバなど)の蕾を乾燥させたもので、その芳香成分には抗炎症・抗菌作用が認められています。昔から民間療法で辛夷の粉末を鼻炎の患部に吸入する方法が知られており、そのくらい鼻との関わりが深い生薬です。

現在の日本では、辛夷清肺湯はツムラなど漢方製剤メーカーのエキス顆粒(104番)として医療用・市販用の製品が流通しています。市販薬では小林製薬の「鼻炎薬」のように辛夷清肺湯を成分とする製品もあり、ドラッグストアで購入することも可能です。ただし市販薬の場合も含め、症状に合った漢方薬かどうか専門家に相談して選ぶことが望ましいでしょう。

まとめ

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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