大防風湯の効果、適応症
大防風湯(だいぼうふうとう)は、関節の痛みやしびれ、とくに膝や腰など下肢の関節症状に対して用いられる漢方薬の一つです。
体を温めて血行を促進しつつ、いわゆる**「風寒湿(ふうかんしつ)」**と呼ばれる冷えや湿気による関節のこわばりを取り除き、弱った体力を補う作用があります。慢性的な関節痛で関節が腫れたり動かしにくい方、長引く病気の後遺症で足腰に力が入らない方などに効果が期待できます。以下のような症状・体質に適応します。
- 加齢や冷えにより膝関節に痛みと腫れがあり、動かすと違和感が強い(変形性膝関節症など)
- 下肢の関節リウマチで関節が腫れてこわばり、足腰に力が入らず長く歩けない(体力低下や血行不良を伴う場合)
- 病後や体力低下時に脚の筋力が落ち、関節に痛み・しびれが出やすい(回復期のリハビリを妨げる足腰の痛み)
このように、大防風湯は体内の気血不足(きけつぶそく)と冷え・湿気が絡んだ関節痛に用いられる処方です。特に膝や足腰の痛みで、冷えると悪化し動かしづらいといった症状に適しています。古典では下痢などの病気の後に脚が麻痺して歩けなくなる「痢風(りふう)」や、膝関節が腫れて細く萎縮する「鶴膝風(かくしつふう)」といった症状に対する処方として記載されています。現代でも、体力が衰えがちな高齢者の慢性関節炎や膝の痛みに応用されることがあります。
よくある疾患への効果
膝の痛み・変形性膝関節症
膝関節の痛みや変形性膝関節症(膝の軟骨すり減り)による慢性的な膝の腫れ・こわばりに対し、大防風湯は痛みを和らげ関節の動きを改善する効果が期待できます。とくに膝が冷えると痛みが増すタイプの方に適しており、附子などの生薬が血行を良くして関節を温めることで痛みを軽減します。関節に水が溜まりやすく足がむくむ場合にも、黄耆や白朮の利水作用によって腫れを引かせる働きがあります。体力が低下して筋肉が痩せ、膝に力が入りにくい方では、人参や当帰が筋肉・組織の栄養補給を助け、歩行の支えとなります。こうした作用により、膝の曲げ伸ばしがしにくい、階段の上り下りで痛むといった症状の緩和に寄与します。
腰痛・足の痛み(坐骨神経痛など)
大防風湯は下肢の痛みに広く応用される処方であり、慢性的な腰痛や坐骨神経痛の症状改善にも用いられることがあります。冷え込みや天候の湿り気で腰や下肢の痛み・しびれが悪化するような場合、体を温めて湿を除く作用を持つ生薬が痛みの原因を和らげます。例えば、腰部脊柱管狭窄症で足腰に冷感と痛みがあり、長く歩くと足が重だるくなるケースです。大防風湯は腰から脚にかけての血流を改善し、筋肉や神経への栄養供給を高めることで、歩行時の痛みやしびれを軽減する手助けをします。ただし神経症状自体を直接治すわけではないため、痛みの質や体質を見極めて他の漢方薬と併用することもあります。
その他の慢性関節炎(関節リウマチ・痛風など)
上記以外にも、大防風湯は体質に応じて慢性の関節炎に用いられることがあります。関節リウマチは全身の関節に炎症が起こる疾患ですが、体力が落ち冷えが強い方では、本方によって関節の腫れや痛みを和らげる補助的な効果が期待できます(リウマチそのものを根治するものではありませんが、痛みで動かせない関節の血流を改善し可動域を保つ目的です)。また、痛風発作後の慢性期に関節の違和感やこわばりが残る場合にも、大防風湯が体質に合えば痛みの軽減に役立つことがあります。痛風は一般に「湿熱(しつねつ)」タイプの関節炎ですが、発作を繰り返して体力が消耗し、逆に冷えやすくなったようなケースでは、本方で関節機能の回復を促すことがあります。ただし急性の痛風発作で関節が赤く腫れて熱をもっている間は適さないため、症状が落ち着いた段階で体質改善目的に服用します。いずれの場合も、患者様の証(しょう)(漢方的な体質・症状の傾向)が本方に合致することが重要で、冷えや虚弱が見られる慢性関節炎に限って用いる点に注意が必要です。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
関節痛や腰痛の症状には、大防風湯以外にもいくつか漢方薬が用いられます。症状や体質の違いによって処方を選び分けることが大切です。ここでは、大防風湯と比較されやすい処方をいくつかご紹介します。
桂枝加朮附湯(18)(けいしかじゅつぶとう)
桂枝加朮附湯(18)は、体を温めつつ湿を除き、関節痛を和らげる漢方処方です。冷えが強く、汗をかきやすく体力が低下している方の関節痛や神経痛によく用いられます。桂枝加朮附湯は桂枝湯(けいしとう)に白朮(ビャクジュツ)と附子(ブシ)を加えた処方で、冷えによる痛みやむくみを改善する効果に優れます。特に天候や気温の低下で痛みが悪化し、手足が冷えているケースに向いています。大防風湯と比べると、こちらは純粋に「冷え」と「虚弱」に焦点を当てた処方で、気血を補う力は弱めです。関節に熱感や炎症が無く、とにかく冷えて痛むという場合には桂枝加朮附湯が選択肢となりますが、長期間の慢性痛で体力そのものが落ちている場合は、大防風湯のように気血を補いながら痛みを取る処方が適することがあります。
麻杏薏甘湯(78)(まきょうよくかんとう)
麻杏薏甘湯(78)は、麻黄(マオウ)を含む比較的体力中等度以上の方向けの処方です。関節の腫れや熱感がそれほど強くないが、関節痛や筋肉痛が慢性的に続く場合に用いられます。麻黄の発汗・鎮痛作用と薏苡仁(ヨクイニン=ハトムギ)の湿を除く作用により、関節や筋のこわばりをほぐし痛みを軽減します。リウマチ熱の名残で微熱が続き関節の違和感が残るようなケースや、関節痛に加えてイボや湿疹など皮膚のザラつきを伴う体質にも適するとされています。大防風湯と比べると、麻杏薏甘湯はやや実証(体力が充実した人)向きで、冷えによる痛みよりも「風湿(ふうしつ):風邪と湿気」による関節痛に対応する処方です。体力があり、関節痛に炎症の熱は無いものの慢性的なこわばりがある場合には麻杏薏甘湯が選ばれることがありますが、体力が落ちている方には刺激が強い場合もあり、そのような時に補いの作用を持つ大防風湯が検討されます。
防已黄耆湯(20)(ぼういおうぎとう)
防已黄耆湯(20)は、肥満傾向で汗かき、むくみやすい方の関節痛に用いられる処方です。関節リウマチの初期や変形性関節症で関節に水が溜まりやすい人に処方されることがあります。防已(ボウイ)と黄耆(オウギ)の組み合わせで余分な水分を排出し、関節の腫れや痛みを改善する働きがあります。膝などの関節に水腫があるケースや、雨が降る前に関節が腫れて重だるくなるタイプに向いています。大防風湯との違いは、防已黄耆湯の方が利水作用(尿による水分除去)が強く、汗っかきで比較的体力のある「実証」にも使える点です。一方、大防風湯は汗のかきやすさよりも全身の虚弱(気血両虚)による関節痛に焦点を当てています。関節の腫れに水分が関与する場合、防已黄耆湯で水を捌いて痛みを軽減しますが、体力が低下して筋肉が落ちているようなケースでは、大防風湯で体を補いつつ痛みを取る方が効果的なことがあります。
越婢加朮湯(28)(えっぴかじゅつとう)
越婢加朮湯(28)は、関節や皮膚に熱感を伴う腫れがある場合に使われる処方です。麻黄(マオウ)の発汗作用で熱と腫れを発散させ、関節に水が溜まって腫れるタイプの関節炎に適します。例えば、打撲直後で患部が赤く熱をもち腫れているような場合や、急性の痛風発作で関節が真っ赤に腫れている場合には、鎮炎症目的で越婢加朮湯が用いられることがあります。炎症による熱が明らかに強い関節痛では越婢加朮湯、冷えと虚弱が背景にある慢性の痛みには大防風湯、といった使い分けがなされます。大防風湯は身体を温め補う処方であるため、熱が強い急性期には不向きです。そのため、急性炎症には越婢加朮湯などで熱を冷まし、炎症が落ち着いた慢性期のケアとして大防風湯を用いるといった段階的な使い分けも考慮されます。
副作用や証が合わない場合の症状
大防風湯は比較的体に優しい処方ですが、含まれる生薬の作用によって副作用が現れる可能性があります。また体質(証)が合わない場合、効果が得られないばかりか症状が悪化することもあります。主な副作用と注意点は以下の通りです。
- 消化器症状:食欲不振、胃もたれ、吐き気、下痢など。人参や白朮など胃腸を助ける生薬が入っていますが、附子(ブシ)など温める生薬の刺激で胃がむかつく場合があります。胃腸が弱い方は服用中に強い胃の不快感や下痢が続くようであれば一度中止し、医師に相談してください。
- 皮膚症状:発疹、かゆみ、蕁麻疹(じんましん)などの過敏症状がまれに起こることがあります。何らかのアレルギー体質がある方では、新しい漢方薬を服用する際に注意が必要です。服用後に肌に異常を感じた場合も、早めに医療機関へご相談ください。
- 重篤な副作用:大防風湯には甘草(カンゾウ)が含まれています。甘草を長期間大量に服用したり、他の甘草含有製品と併用したりすると、低カリウム血症に伴う筋力低下や血圧上昇(偽アルドステロン症)を引き起こすおそれがあります。むくみが強く出たり、手足に力が入らない、血圧が高くなる等の症状が現れた場合は直ちに専門医に相談してください。
そのほか、附子のような体を温める生薬が多く含まれるため、体内の陰液が不足している陰虚(いんきょ)体質や、ほてり・口渇が強い方に本方を用いると、かえってのぼせや喉の渇きが増すことがあります。体がほてりがちな実熱の証では症状悪化の可能性があるため、大防風湯は適しません。また、**妊娠中の服用は避けてください。**牛膝(ゴシツ)や附子には子宮を刺激する作用が指摘されており、流産を誘発するリスクがあります。漢方薬であっても妊娠中は必ず主治医の指示のもと服用するようにしましょう。
併用禁忌・併用注意な薬剤
大防風湯には麻黄のような強い興奮性の生薬は含まれておらず、単独で絶対的な併用禁忌となる薬剤は比較的少ないとされています。ただし、他の医薬品と併用する際には以下の点に注意が必要です。
- 利尿薬や副腎皮質ステロイド剤との併用:大防風湯の利水作用や甘草の作用により、利尿薬(例:フロセミドなど)やステロイド剤と一緒に服用するとカリウムが失われやすくなる可能性があります。低カリウム血症による筋力低下や不整脈を招かないよう、これらを服用中の方は医師に相談の上で使用してください。
- 降圧薬や強心薬との併用:大防風湯の服用によってむくみが改善されると、血圧や循環動態が変化する場合があります。降圧薬(高血圧の薬)や強心薬(心不全の薬)を使用中の方は、漢方服用開始後の体調変化に注意し、必要に応じて主治医に経過を報告してください。特にジギタリス製剤をお飲みの方は、カリウム低下による薬効変化(不整脈など)に注意が必要です。
- 抗凝血薬との併用:大防風湯に含まれる当帰や川芎などの生薬には、血行を良くする作用(駆瘀血)があり、ワルファリン等の抗凝血薬(血液をサラサラにする薬)の作用に影響を及ぼす可能性があります。抗凝血薬を服用中の場合、本方を併用する際は定期的に血液検査を受けるなど慎重な経過観察が望まれます。
- 他の漢方薬やサプリメントとの併用:大防風湯と作用の似た生薬(例えば甘草や附子など)を含む漢方薬を併用すると、生薬成分が重複し副作用リスクが高まる可能性があります。また、サプリメント類との相互作用も考えられるため、自己判断での併用は避けてください。現在服用中の薬剤や健康食品がある場合は必ず医師・薬剤師に伝え、安全な組み合わせか確認を受けましょう。
含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか
大防風湯は、その名の通り防風という生薬を中心に15種類の生薬を組み合わせて作られています。
基本的な処方構成は、血を補い巡らせる「四物湯(しもつとう)」(当帰・芍薬・熟地黄・川芎)に、人参・白朮・黄耆といった補気薬を加えて体力を増強し、さらに防風・羌活で風邪(ふうじゃ)を散し、牛膝・杜仲で筋骨を強化して痛みを除く、という形になっています。加えて附子や生姜で身体を芯から温め、痛みの原因となる寒湿を追い出します。つまり虚(体力不足)を補いながら邪(痛みの原因)を除くよう設計された処方であり、慢性的な痛みを抱える体力低下者に効果を発揮するよう工夫されています。それでは、大防風湯に含まれる主な生薬と、その役割を解説します。
防風(ボウフウ)
名前に「風を防ぐ」と書く通り、風邪(ふうじゃ:痛みやしびれを引き起こす風の邪気)を追い払う代表的な生薬です。発汗作用と鎮痛作用があり、古くから関節痛や痺れ(しびれ)を伴う疾患に用いられてきました。大防風湯では主薬の一つとして配合され、関節にさまよっている風邪を散らし、痛みを鎮める働きを担っています。特に天候によって症状が変動するような関節痛に対し、防風が加わることで症状のぶれを減らし、痛みの発作を和らげる効果が期待できます。
羌活(キョウカツ)
羌活は、身体を温めて風・寒・湿を発散させ、痛みを止める作用をもつ生薬です。特に上半身の痛みに効くと言われ、首・肩から背中にかけてのこわばりや痛みにしばしば使われます。大防風湯では羌活が入ることで、腰から上の部位に及ぶ痛みに対する効果を補強しています。羌活は冷えと湿気による痛み(風寒湿痺(ふうかんしっぴ))に効果的で、防風とともに全身の関節痛を幅広くカバーします。また、羌活が外から侵入した寒邪・湿邪を追い払うことで、他の生薬(人参や当帰など)の効果が体の内部で発揮されやすくなるメリットもあります。
当帰(トウキ)
当帰は血を補い、血行を促進する女性の薬として有名な生薬です。貧血や冷え症の改善によく用いられますが、血液循環を良くして痛みを和らげる作用も持ちます。大防風湯では、長引く関節痛で滞りがちな血流を改善し、傷んだ組織の修復を助ける役割があります。また、補血作用によって筋肉や靭帯に栄養を与え、関節の柔軟性を保つ手助けをします。慢性的な痛みで顔色が悪く疲労しやすい方にとって、当帰が入ることで処方全体の滋養強壮効果が高まり、痛みに負けない体作りにつながります。
芍薬(シャクヤク)
芍薬は血行を促しつつ筋肉の緊張を和らげる生薬です。別名を白芍(びゃくしゃく)とも言い、虚弱体質で筋肉がつりやすい(こむら返りなど)場合に用いられることもあります。大防風湯では、当帰とともに血を補い、痛みで緊張した筋肉をほぐす役割を担っています。芍薬の持つ鎮痙(ちんけい:筋のけいれんを止める)作用により、関節痛に伴う筋肉のこわばりやこむら返りを緩和します。また、肝を養い血を蓄える働きもあるため、長引く痛みで消耗した体力の回復にも一役買っています。
熟地黄(ジュクジオウ)
熟地黄(じゅくじおう)は、生の地黄(生地黄)を蒸して乾燥させた滋養強壮作用の非常に高い生薬です。血や精を補う力が強く、虚弱や貧血の特効薬として知られています。大防風湯において熟地黄は、関節痛で消耗した腎精(腎のエネルギー)や血液を補充し、骨や筋肉を丈夫にする土台作りを担います。熟地黄の粘り気のある滋養作用が、他の生薬の作用を持続させ、痛みの根本原因である体質そのものを改善します。ただし、地黄は胃にもたれやすい面があるため、大防風湯では後述の生姜や白朮と組み合わせ、消化の負担にならないよう工夫されています。
川芎(センキュウ)
川芎(せんきゅう)は血の巡りを良くし、痛みを止める代表的な生薬です。頭痛や月経痛など、血行不良が原因の痛みによく使われます。大防風湯では、停滞した血液を動かし、関節周囲の鬱血(うっけつ)を散らす働きをします。特に、長引く関節炎で炎症は落ち着いたものの、局所に血流障害が残っているような場合に、川芎が配合されることで回復を促進します。また、防風や羌活と協力して鎮痛効果を高め、「痛みの速効性」を担うポジションでもあります。血行促進と鎮痛という二つの作用で、痛みの悪循環(痛み→筋緊張→血行不良→痛み悪化)を断ち切る役割を果たします。
黄耆(オウギ)
黄耆(おうぎ)は気を補い、余分な水分を除く生薬です。体表のバリア機能を高め、汗や尿の調節をする作用があり、むくみやすい虚弱体質の方によく用いられます。大防風湯では、低下したエネルギー(気)を補充し、むくみや水太りを改善する役割を担っています。黄耆が加わることで、慢性痛で衰えた筋力や免疫力の回復が期待でき、痛みによる消耗を防ぎます。また、利尿作用により関節の腫れを緩和し、炎症産物の排出を促す効果もあります。汗を調節する働きもあるため、冷え性なのに無駄な発汗で体力を奪われているような場合にも有用です。黄耆は人参・白朮とともに「補気」の中心を成し、痛みの根本にある体力低下を立て直す生薬と言えます。
人参(ニンジン)
人参(にんじん)は言わずと知れた最強の補気薬で、全身の機能を高める生薬です。胃腸の働きを助け、血や気の生成を促すため、虚弱で疲れやすい人の滋養に用いられます。大防風湯では、失われた体力を補い、他の生薬の効果を底上げする「エンジン」のような役割を果たします。慢性的な痛みで食欲が落ち、体重が減ってしまった方において、人参が入ることで消化吸収力が改善し、栄養状態を立て直す効果が期待できます。また、人参は免疫力も高めるとされ、関節リウマチなど免疫に関わる痛みのケアにもプラスに働きます。大防風湯は単なる痛み止めではなく、人参を含むことで**「痛みに負けない身体作り」**を同時に目指した処方なのです。
白朮(ビャクジュツ)
白朮(びゃくじゅつ)は、脾(ひ:消化器)の機能を高めて水分代謝を改善する生薬です。胃腸を丈夫にして飲食物からエネルギーを取り出し、余分な湿を除く働きを持ちます。大防風湯では、人参・黄耆とともに補気の一翼を担い、湿気によるむくみや関節の重だるさを解消します。特に、膝に水が溜まりやすいようなケースでは、白朮の利水作用が腫れを和らげます。また、白朮は地黄や当帰など重めの滋養薬と組み合わせることで、消化器への負担を減らしつつ効果を発揮させる助けとなります。筋肉や関節に滞る余分な水分(湿邪)をさばき、痛みの原因である「水毒(すいどく)」を取り除く重要な役割を果たしています。
杜仲(トチュウ)
杜仲(とちゅう)は、腎(じん)を補い筋骨を強くする生薬です。腰痛や関節のだるさに対する強壮薬として古くから用いられ、特に妊娠中の腰痛や高齢者の膝痛などによく処方されます。大防風湯では、牛膝(ゴシツ)とコンビで腰や膝など下半身の支えを強化し、痛みを軽減する働きがあります。杜仲には血圧降下作用や鎮静作用もあり、慢性的な痛みでこわばった身体をリラックスさせる効果も期待できます。また、杜仲の樹皮を引き裂くと糸状の樹脂が伸びることから、切れてしまった靭帯や軟骨を修復するイメージで使われることもあります。実際にカルシウムやミネラルを含み、骨粗鬆症予防にも応用される生薬です。大防風湯における杜仲は、痛みの原因そのもの(風寒湿)を除きつつ、関節そのものの強度を高める裏方として働いています。
牛膝(ゴシツ)
牛膝(ごしつ)は、「牛の膝」の名を持つ通り節の多い形状をした生薬で、血行を良くし、痛みを下へ導く(引経作用)特徴があります。膝関節の痛みや下半身の痺れに対して古来より用いられており、特に膝から下の症状に効果的とされています。大防風湯では、牛膝が他の生薬の効果を下肢に集め、膝・足の痛みを集中的に和らげる役割を担います。さらに、牛膝には利尿作用もあり、膝に溜まった余分な水分を排出して腫れをひかせるのにも寄与します。杜仲と共に腎を補う力も持つため、足腰のだるさや力の入りにくさを改善し、歩行能力の維持にもつながります。牛膝は痛みを「下へ下へ」と導くことで、上半身への余計な負担を減らし、痛みの場所にピンポイントで効果を発揮させる重要な生薬と言えます。
附子(ブシ)
附子(ぶし)は、トリカブトの塊根を加工した極めて温める力の強い生薬です。全身を温めて陽気を補い、痛みや麻痺を除去する作用があります。ただし生のままでは毒性が強いため、製附子(せいぶし)と呼ばれる無毒化処理を経て用いられます。大防風湯では、冷えと湿気で滞った経絡の流れを一気に開き、頑固な痛みを和らげる働きを担います。特に、関節が冷えてこわばり、動かすと激痛が走るような場合に、附子の持つ鎮痛・温熱効果が威力を発揮します。また、他の補薬の効果を高める触媒的な役割もあり、体を温めることで人参や当帰が巡りやすい環境を作ります。附子は諸刃の剣でもあるため、配合量は慎重に調整されていますが、大防風湯では適量を用いることで安全に冷えを取り除き、痛みを鎮めるエネルギッシュな要素となっています。
甘草(カンゾウ)
甘草(かんぞう)は、処方全体を調和し、炎症を鎮める生薬です。甘味があり胃腸を守りつつ、鎮痛・消炎作用も持つため、「国老(こくろう)」=処方のまとめ役とも称されます。大防風湯では、複数の生薬の個性をまろやかにまとめ、副作用を抑える役割があります。例えば附子の刺激性を和らげ、胃腸への負担を軽減します。また、鎮痛効果の底上げも担い、痛みにより緊張した筋肉を緩めるのにも寄与します。さらに、本方には甘草とともに大棗(たいそう)も配合されており、脾胃を補いながら全体のバランスを整える助けをしています。大棗はナツメの実で、甘草とペアで用いることで消化吸収を助け、他の生薬の効力を引き出す**「潤滑油」**のような働きをします。ただし甘草は含有量が多くなると前述の偽アルドステロン症の原因となり得るため、他の甘草含有薬との重複には注意が必要です。
生姜(ショウキョウ)
生姜(しょうきょう)は、身体を温めて胃腸を守りつつ発汗させる生薬です。大防風湯では、附子や牛膝などの冷えを取り除く生薬と組み合わせて、胃の機能を高めつつ薬効を全身に巡らせる目的で配合されています。特に、生姜は消化を助けることで人参・白朮など補益薬の吸収を良くし、また附子の毒性を解消する働きもあります。さらに、生姜自体にも血行促進と鎮痛効果があり、冷えからくる関節痛において痛みを和らげる一助となります。生姜の発汗作用は、防風や羌活の作用を後押しし、体内に滞った余分な水分を発散させる効果も発揮します。つまり、生姜は大防風湯の**「縁の下の力持ち」**として、他の生薬の働きを支えつつ、自身も痛みと冷えの改善に寄与しているのです。
大防風湯にまつわる豆知識
- 名前の由来:「大防風湯」の「大」は「大いなる(major)」という意味で、「防風湯」という処方を拡充した方剤であることを示しています。つまり、防風という生薬を中心に据えつつ、補気血薬や他の駆邪薬を大いに加えた処方というわけです。防風は「風を防ぐ」生薬で、単独の処方名にもなるほど重要視されています。本処方ではその防風を主薬に据えることで、関節痛の原因とされる風邪(ふうじゃ)を徹底的に取り除く狙いが表れています。
- 歴史:大防風湯は中国宋代の『太平恵民和剤局方』や日本の江戸時代の『百一選方』巻三などに収載された古い処方です。先述のとおり「痢後の脚の痛み(痢風)」や「膝の腫れと萎縮(鶴膝風)」に対する処方として伝えられてきましたが、近代の漢方医学書にはあまり登場しません。一部の熟練漢方家によって伝承され、五十肩や慢性関節リウマチなどへの有用性が再評価されつつある処方です。江戸時代の文献には、本方を服用した僧侶が介助なしで歩けるまで回復したという記録が残っており、当時は「奇方(きほう):不思議なくらい効く処方」と称されたエピソードもあります。
- 生薬の豆知識(杜仲):配合生薬の一つである杜仲(トチュウ)は、その樹皮を引き裂くと糸状の樹脂が伸びる独特の性質があります。この姿が人体の腱や靭帯を連想させることから、古来「腎を補い筋骨を強くする薬」として重宝されてきました。実際に杜仲にはカルシウムやミネラルが含まれ、骨密度を高める効果が報告されています。膝痛や腰痛に杜仲が配合されるのは、切れてしまった軟骨や靭帯の修復を助け、関節を支える力を取り戻すという意味合いもあるのです。
- 科学的知見:近年の研究で、大防風湯には関節の炎症や破壊を抑える作用があることが示唆されています。例えばラットの実験モデルでは、本方を投与することで関節リウマチ様の炎症が軽減し、軟骨の損傷や骨の変形が抑えられたとの報告があります。こうした科学的知見は、大防風湯が伝統的に言われる**「風湿を除き、気血を補うことで痛みを治す」**効果を裏付けるものとして注目されています。
まとめ
大防風湯は、体力が低下し冷えや湿気が溜まったために関節や下肢に痛みが生じている方に適した漢方薬です。身体を芯から温めながら気血を補い、さらに風湿の邪を追い出すことで、膝痛や腰痛、関節リウマチなどの慢性的な痛み・こわばりを和らげる効果が期待できます。
比較的副作用の少ない処方とされていますが、証に合わない場合や他の漢方薬・医薬品との併用時には注意が必要です。実熱の証など適さない体質では効果が出にくいため、専門家による証の見立てが重要になります。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。