滋陰至宝湯(ツムラ92番):ジインシホウトウの効果、適応症

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滋陰至宝湯の効果、適応症

滋陰至宝湯(じいんしほうとう)は、東洋医学でいう「陰の証」かつ「虚の証」(いわゆる「陰虚(いんきょ)」と呼ばれるパターン)を中心とした状態に用いられる漢方薬です。
「陰の証」とは、陽の証(熱感や高いエネルギー状態)とは対照的に、身体を冷ます要素や潤す要素を主体とする状態を指します。また「虚の証」とは、全体的に体力やエネルギーが不足している状態を意味します。つまり陰虚とは「陰の特徴をもち、かつエネルギー不足が重なった体調パターン」だと考えられます。

滋陰至宝湯は、この「陰かつ虚」の状態にあって、熱がこもりがち・体内の潤いが足りない・体力が消耗しているなどの症状を緩和する目的で使われる漢方薬です。実際には以下のようなケースに適することが多いです。

  • 乾いた咳や喉のイガイガが長く続き、夜間にほてって寝つきが悪い
  • 大きな病気や手術の後で、体力が落ちて微熱や汗が出やすく、口の渇きや倦怠感が残る
  • 更年期や加齢に伴い、のぼせやほてり、口渇、寝汗などが顕著で疲れやすい

このように、滋陰至宝湯は身体を潤し(陰の特徴をサポート)、消耗した体力(虚の部分)を補いつつ、こもった熱を冷ますことを目的に処方されます。

よくある疾患への効果

慢性的な乾いた咳(陰虚の咳嗽)

風邪や肺炎をきっかけに、咳だけが何週間も続くことがあります。特に高齢者や体力の落ちた方で痰の少ない乾いた咳が長引く場合、滋陰至宝湯が用いられることがあります。肺を潤す生薬によってからぜきや喉の乾燥感を和らげ、咳発作を鎮める効果が期待できます。実際に「夜になると喉がイガイガして咳込む」「声がかすれるほど咳が続く」ような場合に、本方の服用で喉の潤いが増し咳が減ってくるケースがあります。なお、喘息や慢性気管支炎など器質的疾患が背景にある場合、滋陰至宝湯は症状緩和の補助として働くもので、病気自体を根本的に治すものではない点に留意が必要です。

病後・術後の体力低下と微熱

大きな病気や手術の後、体内の潤いとエネルギーが消耗してしまうと、微熱や寝汗、口の渇き、極度の倦怠感などが続くことがあります。いわゆる「病後の衰弱」の状態で、西洋医学的には原因がはっきりしない微熱(いわゆるがんの補助療法後の疲労など)にも相当します。滋陰至宝湯は、そうした病後・術後の消耗状態に対して、身体に潤いと栄養を与えつつほてりを鎮めることで回復を助ける目的で使われることがあります。例えば大病を患った後に午後から夕方にかけて微熱が出て汗をかき、口渇や動悸があるような場合です。本方の服用によって体液が補われると熱っぽさが和らぎ、徐々に体力が戻ってくることが期待できます。ただし、病後の体調不良にも様々なタイプがあり、食欲不振が強い場合は補中益気湯など他の処方が適することもあります。患者様の体質に合わせて処方を選ぶことが大切です。

更年期のほてり・発汗(陰虚による更年期障害)

更年期の女性にみられるのぼせや発汗(いわゆるホットフラッシュ)には、漢方では様々な原因があります。その中で、顔や上半身がカッと熱くなる一方で手足がほてり、夜間の寝汗や口渇、不眠を伴う場合は「陰虚火旺(いんきょかおう)」と呼ばれる状態が考えられます。滋陰至宝湯は、この陰虚による更年期障害に対して、体の陰分を補いながら余分な火(熱)を鎮めることで症状を和らげます。例えば、閉経前後の女性でほてりと発汗がひどく、肌の乾燥やイライラ、不眠もあるような場合です。本方の服用によって潤いが補給されると、のぼせが穏やかになり、ほてりや発汗の頻度が減ることが期待できます。ただし更年期の症状は個人差が大きく、冷えを伴うタイプや精神症状が主体のタイプなどは別の処方が適するため、専門家の判断のもと使い分けが必要です。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

陰虚による乾燥やほてりの症状には、滋陰至宝湯以外にもいくつかの漢方薬が用いられます。症状の現れ方や患者様の体質によって、処方を適切に選び分けることが重要です。ここでは、滋陰至宝湯と比較されやすい処方をご紹介します。

六味丸(87)(ろくみがん)

六味丸(ろくみがん)は、腎陰虚を改善する基本処方で、慢性的な体の乾燥や虚弱に広く用いられる丸薬です。腰痛、膝のだるさ、めまい、耳鳴り、夜間尿、口渇など、加齢や慢病に伴う腎機能低下の症状に適しています。滋陰至宝湯が急性期の症状(咳や発熱)にも対応するのに対し、六味丸はゆっくりと体質を改善する目的で長期的に服用されます。即効性はありませんが、胃腸が弱く体力もない高齢者でも負担少なく使える穏やかな処方です。使い分けとして、急なほてりや咳がある場合には滋陰至宝湯で対応し、症状が落ち着いた後の体質ケアとして六味地黄丸を続ける、といった併用も行われます。

副作用や証が合わない場合の症状

滋陰至宝湯は比較的穏やかな補剤ですが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合、副作用が現れる可能性があります。特に注意すべき主な副作用や、証が適合しない場合に起こりうる症状は次のとおりです。

  • 偽アルドステロン症:甘草(カンゾウ)という生薬の影響で、長期連用や他の甘草含有製剤との併用により低カリウム血症をきたすことがあります。手足の脱力感や筋力低下、むくみ、高血圧などが現れた場合は服用を中止し、医師の診察を受けてください。特に利尿剤を服用中の方は注意が必要です。
  • 肝機能障害:まれに漢方薬の服用で肝機能値の異常(AST・ALTの上昇)が報告されることがあります。滋陰至宝湯でもごく稀ながら起こりうる副作用として留意が必要です。服用中に原因不明の倦怠感や黄疸症状(皮膚や白目が黄色くなる)が現れた場合は、直ちに医療機関に相談してください。
  • 消化器症状:滋陰至宝湯には甘味の強い滋養生薬が多く含まれるため、体質によっては胃もたれや食欲不振、軟便・下痢などを起こすことがあります。とくに脾胃が虚弱な方や湿気が多く胃腸に溜まっている方が服用すると、これらの症状が出やすくなります。その場合は減量あるいは中止し、処方の見直しが必要です。
  • 証に合わない場合の悪化:陰虚の兆候がない方(むしろ冷えが強く水分代謝が悪い「陽虚」や「水毒」の方)が本方を服用すると、体を冷やしすぎたり潤い過多となったりして不調を招く恐れがあります。例えば、もともと冷え性の方が服用すると手足の冷えやむくみが悪化する可能性があります。効果が思わしくない場合は早めに専門家に相談し、証に合った処方へ切り替えることが大切です。

併用禁忌・併用注意な薬剤

滋陰至宝湯には麻黄や附子など作用の強い生薬は含まれておらず、絶対に併用NGとされる薬剤は多くありません。しかし、以下のような場合には併用に注意が必要です。

  • 利尿薬や副腎皮質ステロイド剤との併用:滋陰至宝湯に含まれる甘草の影響で、利尿薬(例:フロセミドなど)やステロイド剤と一緒に服用するとカリウムが失われやすくなる可能性があります。低カリウム血症による脱力感や不整脈を招かないよう、こうした薬を服用中の方は医師に相談の上で使用してください。
  • 強心薬(ジギタリス製剤)との併用:上記の低カリウム状態は、ジギタリス製剤(強心薬)の作用を増強し中毒を起こす危険性があります。滋陰至宝湯服用中は血中カリウム値の変化に注意し、動悸やめまいなど異常が現れた場合は速やかに受診してください。心不全などでジギタリスを使用している方は、本方を含む甘草配合漢方の服用について必ず主治医に確認しましょう。
  • 抗凝血薬との併用:滋陰至宝湯に含まれる当帰などの生薬には血行を促進する作用があり、ワルファリン等の抗凝血薬(血液をサラサラにする薬)の効果に影響を与える可能性があります。併用自体が禁止されているわけではありませんが、定期的に血液検査(PT-INRの確認など)を受けるなど慎重な経過観察が望まれます。怪我をしやすい方や高齢の方は特に注意が必要です。
  • 他の漢方薬やサプリメントとの併用:滋陰至宝湯と作用が重複する漢方薬(例:知柏地黄丸など腎陰を補う処方)を併用すると、生薬成分が重複し副作用リスクが高まる恐れがあります。また、ビタミン剤や滋養強壮のサプリメント類との相互作用も考えられるため、自己判断での併用は避け、服用中の薬剤・サプリは医師・薬剤師に必ずお伝えください。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

滋陰至宝湯は、身体の陰を補う生薬を中心に配合した処方です。全部で10種類以上の生薬が組み合わされており、陰液を増やすもの、炎症やほてりを鎮めるもの、全体の調和を図るものがバランス良く含まれています。主な構成生薬とその働きは次のとおりです。

麦門冬(バクモンドウ)

麦門冬(ばくもんどう)はジャノヒゲの根の膨大部で、肺と胃の陰を養い、乾いた咳や喉の渇きを癒す生薬です。瑞々しい潤いを補給し、熱によって傷ついた粘膜を修復する作用があります。滋陰至宝湯では、乾燥した肺を潤して咳嗽を和らげるとともに、胃の陰を補うことで口渇や喉の乾きも緩和します。特に慢性的に痰が少なくから咳が続くような場合に有効で、肺に潤いを与えて咳反射を落ち着かせる働きを持ちます。また、麦門冬は清熱作用も併せ持つため、微熱やほてりを感じる肺炎後の残 cough (残存咳嗽)などにも適しています。

当帰(トウキ)

当帰(とうき)はセリ科の植物の根で、血を補い巡らせる女性の妙薬として知られています。血行を促進し、痛みを止め、月経不順や冷え症の改善に用いられる一方、血液を増やして潤す作用も持ちます。滋陰至宝湯では、陰=体液の一部である「血」を補う生薬として配合され、他の滋陰薬とともに全身の栄養状態を高める役割があります。陰液ばかりを補っていると逆に巡りが悪くなりがちですが、当帰を加えることで潤いとともに血流が改善し、各組織に栄養が行き渡りやすくなります。その結果、虚弱による冷えや痛みの予防にもつながります。また、当帰の持つ軽い温め作用が、寒性の滋陰薬による胃腸への負担を和らげ、消化機能を守る効果も期待できます。

芍薬(シャクヤク)

芍薬(しゃくやく)はシャクヤクの根で、血を補い、筋肉のこわばりや痛みを和らげる生薬です。白芍(びゃくしゃく)とも呼ばれ、当帰とともに補血剤の代表「四物湯」に配合されています。滋陰至宝湯では、当帰とセットで配合されることで血を補う力を高め、さらに肝の働きを助けて精神の安定や筋肉の緊張緩和に役立っています。陰虚の方はしばしば睡眠が浅かったり、筋肉がつりやすかったりしますが、芍薬の鎮静・鎮痙作用がそれらを緩和します。また、芍薬には酸味による収斂作用があり、汗や体液の漏出を適度に抑える働きもあります。滋陰至宝湯に芍薬を加えることで、補った陰液が無駄に流出せず体内に留まりやすくなるというメリットも得られます。

知母(チモ)

知母(ちも)はハナスゲの根茎で、体の深部の熱を冷ましつつ潤いを与える生薬です。苦味と寒性を持ち、炎症やほてりを鎮める一方で滋陰作用も併せ持つため、陰虚による火照りにしばしば用いられます。代表的な処方が前述の知柏地黄丸で、黄柏とコンビで腎陰虚の熱症状を抑えます。滋陰至宝湯でも、知母は陰を補う生薬群の中の清熱役として重要です。知母が加わることで、発熱や寝汗、ほてりといった陰虚の火旺症状をしっかりクールダウンできます。特に午後~夜間に強まるほてりや、頬の紅潮、口舌の乾燥感を緩和するのに寄与します。また知母には肺を潤す作用もあるため、麦門冬・天門冬と協力して乾いた咳や喉の渇きも改善します。滋陰至宝湯において知母は、潤しながら熱を降ろす陰陽バランスの調整役と言えるでしょう。

陳皮(チンピ)

陳皮(ちんぴ)はミカンの皮を乾燥させた生薬で、胃腸の働きを整え気の巡りを改善する作用があります。芳香健胃薬として有名で、多くの漢方処方の潤滑油のような存在です。滋陰至宝湯では、滋養強壮薬が多くなりがちな処方の中で消化を助け、吸収を高める目的で配合されています。陳皮が加わることで、地黄や麦門冬など甘味の強い生薬による胃のもたれを防ぎ、食欲不振を起こしにくくします。また、陳皮の持つ理気作用(気滞を解消する作用)により、陰虚に伴うイライラや胸のつかえ感を和らげる効果も期待できます。さらに微かに温性であるため、寒性の滋陰薬とバランスを取り、全体の調和を図ります。結果として患者様が長期に服用しやすい処方となるよう、縁の下の力持ちとして支える生薬です。

甘草(カンゾウ)

甘草(かんぞう)は甘みの強い生薬で、調和作用に優れます。単独でも咽喉痛や胃痛を和らげる鎮痛・消炎作用があり、また他の生薬の毒性や癖を緩和する働きがあるため「国老(くにおう)」とも呼ばれ古来重用されてきました。滋陰至宝湯では、複数の生薬をまとめて効き目を調整し、副作用を抑える役割があります。例えば、黄柏や知母の苦味を和らげ服用しやすくするとともに、玄参や天門冬の寒涼性が胃腸に与える負担を軽減します。また甘草自体、肺を潤し咳を鎮める作用があるため、麦門冬や桔梗と協力して咳嗽を抑える効果を発揮します。ただし甘草の過剰摂取は前述のとおり偽アルドステロン症のリスクを伴うため、滋陰至宝湯を長期併用する際は他の甘草含有製剤との重複に注意し、定期的に医師のチェックを受けてください。

滋陰至宝湯にまつわる豆知識

  • 名前の由来:「滋陰至宝湯」の名称は、「陰を滋すること(滋陰)が至宝(この上ない宝物)である」という意味に由来すると言われます。つまり、陰液を補うことが何よりも大切な治療法であるとの考えから名付けられた処方とされています。それほどまでに陰を増やす効果が重視された処方であることを示唆しています。また一説には、配合されている生薬(例えば熟地黄や当帰など)が高価で貴重であったため「至宝」と称したとも言われます。いずれにせよ、重篤な陰虚状態に対する切り札的な処方として期待された歴史を感じさせる名前です。
  • 歴史:滋陰至宝湯は中国の古典医学書に記載されている処方で、明~清代にかけて用いられたと考えられます。類似の処方は清代の『温病条弁』や『医宗金鑑』にも散見され、主に労咳(肺結核)など消耗性疾患の治療に伝承されてきました。日本の漢方においては、江戸時代の古方派にはあまり登場せず、近代の漢方教科書にも大きく取り上げられていません。そのため長らく認知度が低い処方でしたが、一部の漢方専門医によって陰虚症状への有用性が評価され、現在ではツムラの製品番号92番としてエキス製剤が利用可能になっています。市販の漢方製剤として扱われるようになったことで、今後臨床で目にする機会も増えるかもしれません。
  • 処方構成の背景:滋陰至宝湯の組成は、いくつかの有名処方を組み合わせたような構造になっています。例えば、腎を補う熟地黄・山薬(さんやく)・山茱萸(さんしゅゆ)などは六味丸の基本部分、麦門冬・五味子の組み合わせは生脈散(しょうみゃくさん)に通じます。これらを一つにまとめることで、陰を補う+熱を冷ます+気を引き締めるという総合的な効果を狙った処方になっています。このように、古典方剤を加減して目的に合わせる手法は漢方独特の処方設計であり、滋陰至宝湯はそれを体現した処方と言えるでしょう。
  • 肺と腎の関わり:東洋医学では「肺腎同源(はいじんどうげん)」という考え方があり、肺の陰(潤い)と腎の陰は互いに影響し合うとされています。肺は「上の水源」、腎は「下の水源」とも呼ばれ、肺陰が不足すると腎陰も枯渇し、逆に腎陰が虚すると肺に熱が上って咳や喘ぎを生じると考えます。滋陰至宝湯は麦門冬・桔梗で肺を潤し開き、熟地黄・天門冬で腎水を補うことで、上焦と下焦の陰虚を同時に改善するよう設計されています。これにより、肺と腎を繋ぐ「相火」を沈静させ、呼吸器症状と全身症状の双方にアプローチできるのです。陰虚による咳嗽に腎を補う生薬が入っているのはこのためで、肺と腎を一体として治療する漢方の知恵が活かされています。

まとめ

滋陰至宝湯は、体内の潤い(陰液)が不足し、それによって咳嗽・口渇・ほてり・発汗などの症状が現れている方に適した漢方薬です。身体に潤いと栄養を補給しながら余分な熱を冷ますことで、長引く乾いた咳や喉の渇き、微熱や寝汗、のぼせなど陰虚に基づく様々な不調を和らげる効果が期待できます。比較的副作用の少ない処方ですが、体質に合わない場合や他の漢方薬・医薬品との併用には注意が必要です。特に陰虚でない方(陽虚・湿熱など別の証)では十分な効果が得られませんので、専門家による証の見立てが重要になります。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断や漢方薬の選択にお悩みの場合は、長崎クリニック浜町 漢方外来までぜひご相談ください。

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