竹茹温胆湯の効果、適応症
竹茹温胆湯(ちくじょうんたんとう)は、風邪や肺炎など感染症の回復期に長引く咳や痰、微熱、不眠などの症状を和らげるために用いられる漢方薬のひとつです。
いわゆる「痰熱(たんねつ)」と呼ばれる体内にこびりついた余分な痰(粘液)と熱を取り除き、弱った胃腸の働きを立て直すことで、せき・痰を鎮めつつ不眠や不安感を改善する効果があります。以下のような症状・体質に対して効果が期待できます。
- インフルエンザや風邪の治りかけで、熱は下がったものの痰の絡む咳が続き、なんとなく寝つきが悪い
- 肺炎後や新型コロナウイルス感染症の回復期に、微熱や倦怠感が残り、食欲不振や胃もたれ、夜間の不安感がある
- 胃腸が弱く神経質な体質で、緊張すると吐き気や痰が増え、胸苦しさや不眠がちになる
このように、竹茹温胆湯は体内にしつこく残った痰や熱を取り除きながら、消化機能と神経のバランスを整える処方です。漢方ではこの状態を**「胆胃不和(たんいふわ)」(胆と胃の調和が乱れた状態)と捉え、胆(胆嚢)が弱って痰熱が心身を悩ませていると考えます。竹茹温胆湯は古典的にはこの「胆を温めて心を安んじる」**処方として位置付けられており、現代でも症状が合致すれば咳・痰の緩和や不眠の改善に効果が期待できます。
よくある疾患への効果
竹茹温胆湯が効果を発揮しやすい代表的な疾患や症状について、いくつか具体的に見てみましょう。
風邪・インフルエンザの回復期に咳や微熱が続く
感冒(風邪)やインフルエンザからの回復期に、熱は一旦下がったものの痰の絡む咳やのどの違和感が長引き、夜間もうまく眠れないケースがあります。竹茹温胆湯は、このような感染症後の残存症状の改善によく用いられます。弱った消化器をケアしつつ痰をさばく働きがあるため、食欲不振や胃のむかつきがありながら咳・痰が続く場合に適しています。処方中の竹茹や桔梗などの生薬が痰を切り、柴胡や黄連が体内のこもった炎症を鎮めることで、しつこい咳や微熱を和らげ、安眠できる状態へ導きます。
慢性の気管支炎・せき喘息
風邪がきっかけで咳だけが何週間も残るせき喘息(咳嗽ぜん息)や、胃腸が弱く痰っぽい体質の方の慢性気管支炎にも、竹茹温胆湯が応用されることがあります。とくに痰が喉に張り付いて切れにくいようなタイプの咳に向いており、麦門冬や竹茹・桔梗の作用で喉を潤しつつ痰を排出させ、半夏や陳皮で気道の炎症を鎮めます。ただし、痰の性状がネバつかず乾いた咳(空咳)が主体の場合は、同じ咳でも竹茹温胆湯よりも麦門冬湯など潤す作用の強い処方が選ばれます。一方で竹茹温胆湯は湿った咳で胃腸の弱い方に適した処方といえます。
不眠や神経症状を伴う胃腸虚弱
竹茹温胆湯は神経性の症状にも使われる処方です。胃腸が弱く神経過敏な方で、ストレスや病後の疲労によって不眠や動悸、メンタルの不調(不安感・抑うつ傾向など)を訴える場合に処方されることがあります。これは、竹茹温胆湯が痰を除去して心身を落ち着かせる働きを持つためです。処方中の香附子や竹茹には鎮静作用があり、イライラや不安、不眠の解消に役立ちます。実際、中国の古典『三因方(さんいんほう)』では**精神不安や不眠(驚悸・失眠)**に対する代表処方として温胆湯が紹介されています。ただし、同じ不眠でも体力が充実し熱象が強い場合は柴胡加竜骨牡蛎湯(12)のような別処方を用いるなど、症状の程度や体質に応じた使い分けが必要です。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
咳や痰、不眠といった症状に対しては、竹茹温胆湯以外にもいくつか漢方薬が用いられます。症状や体質の違いによって処方を選び分けることが大切です。ここでは、竹茹温胆湯と比較されやすい処方をいくつかご紹介します。
半夏厚朴湯(16)(はんげこうぼくとう)
半夏厚朴湯は、喉や食道に何か詰まったような感じ(梅核気(ばいかくき))を訴えるような咽喉部違和感や神経性の喉の締め付けに用いられる処方です。主成分の半夏・厚朴が痰と気の停滞を除き、蘇葉や生姜が胃を温めて嘔気を鎮めます。竹茹温胆湯と同様にストレスによる胃腸症状を和らげる効果がありますが、半夏厚朴湯の方は熱症状がなく比較的体力の低下もないケースに向きます。不安感や不眠よりも「喉のつかえ」や「吐き気」が主体で、痰湿はあるが熱を伴わないような場合に半夏厚朴湯(16)が選択され、逆に微熱や不眠を伴う場合には竹茹温胆湯が適しています。
柴胡加竜骨牡蛎湯(12)(さいこかりゅうこつぼれいとう)
柴胡加竜骨牡蛎湯は、精神不安や不眠、動悸などに幅広く用いられる処方です。小柴胡湯をベースに竜骨・牡蛎といった重鎮安神薬や大黄などを加えた処方で、イライラが強く神経過敏なタイプの不眠症や高ぶった神経の鎮静に効果があります。竹茹温胆湯と比べて構成生薬がやや強めで、体力が中等度以上のしっかりした方に向く傾向があります。例えば、不眠に加えて便秘やのぼせ、動悸が顕著な場合には柴胡加竜骨牡蛎湯(12)の方が適することがあります。逆に、胃腸が弱く体力があまりない方で、不眠や不安感に加えて痰が多い場合には竹茹温胆湯が選ばれる、といった使い分けになります。
二陳湯(81)(にちんとう)
二陳湯(にちんとう)は、半夏・陳皮・茯苓・甘草から成る痰湿を除く基本方剤です。主に胃腸が弱い人の吐き気や慢性の湿性咳嗽(痰を伴う咳)に適応があり、余分な水分や痰を捌いて消化機能を整える働きを持ちます。竹茹温胆湯はこの二陳湯に竹茹と枳実を加えた処方(さらに数種の生薬を加味)であり、二陳湯がベースになっています。二陳湯単独では不十分なケース、たとえば痰が多いだけでなく微熱や不眠など痰熱の症状を伴う場合には竹茹温胆湯を用いて症状の改善を図ります。逆に言えば、熱感がなく痰湿症状だけの場合には、よりシンプルな二陳湯(81)で対応することもあります。二陳湯は胃もたれや吐き気が強い場合にまず検討され、竹茹温胆湯はそれに熱をさます生薬や鎮静作用の生薬を加えて幅広い症状に対応できる処方と言えます。
酸棗仁湯(103)(さんそうにんとう)
酸棗仁湯は、不眠症状に対する代表的な漢方薬です。虚弱体質で寝つきが悪く眠りが浅い人に使われ、酸棗仁(サネブトウ)という生薬の安眠作用を中心に心身を鎮める処方です。竹茹温胆湯と同じく不眠に使われますが、体力がなく血液不足(血虚)の傾向がある人の不眠に適する点で異なります。痰が絡んでおらず、単に疲労と血の不足から眠れないような場合には酸棗仁湯(103)が選ばれます。一方、痰っぽさや胃の不調を伴う不眠であれば竹茹温胆湯の方が合っています。例えば高齢者で心身が疲れて眠れない場合は酸棗仁湯を、病後で痰が残り神経が高ぶって眠れない場合は竹茹温胆湯を、といった形で使い分けられます。
副作用や証が合わない場合の症状
竹茹温胆湯は比較的マイルドな処方ですが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合、副作用が現れる可能性があります。
- 重篤な副作用:竹茹温胆湯には甘草(カンゾウ)が含まれます。長期大量服用や他の甘草含有製剤との併用により、低カリウム血症を伴う筋力低下や血圧上昇(偽アルドステロン症)を引き起こすおそれがあります。むくみが強く出たり、脱力感や血圧上昇が見られた場合は、すみやかに専門医に相談してください。また、まれに発疹・蕁麻疹などのアレルギー症状が報告されています。
このほか、消化器症状(食欲不振、胃もたれ、下痢 等)や動悸、不眠の悪化などが起こる可能性もあります。とくに証(体質)に合わない場合、期待する効果が得られないばかりか症状が悪化することもありますので注意が必要です。妊娠中の服用は原則避けましょう(香附子など子宮に作用する生薬を含むため、安全のため控えます)。授乳中や小児、高齢者の服用についても医師と相談の上、慎重に行います。
併用禁忌・併用注意な薬剤
竹茹温胆湯を服用する際には、他の薬剤との相互作用にも注意が必要です。
- 生薬成分の重複:甘草を含む他の漢方薬(例:芍薬甘草湯(68)、補中益気湯(41)、抑肝散(54)など)を竹茹温胆湯と併用すると、甘草成分が重複し偽アルドステロン症など副作用のリスクが高まります。また、大黄を含む漢方薬と併用した場合は下痢を誘発することがあります。複数の漢方薬を併用する際は、含まれる生薬が重ならないか医師・薬剤師に確認しましょう。
- 西洋薬との併用:利尿薬やステロイド剤、強心配糖体(ジギタリス製剤)などを服用中の場合、甘草との相互作用で低カリウム血症や不整脈が起こりやすくなります。これらの薬を飲んでいる方が竹茹温胆湯を併用する際は、必ず事前に医師に相談し、使用中も血液検査や症状の経過観察を十分行う必要があります。また、市販のかぜ薬や胃腸薬にグリチルリチン酸(二甘草類似成分)が含まれる場合もありますので注意してください。
含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか
竹茹温胆湯は13種類の生薬で構成され、それぞれが感染症後の痰や不安を除き、胃腸機能を回復させる役割を担っています。各生薬の役割を簡単に紹介します。
半夏(ハンゲ)
カラスビシャクという植物の塊茎を加工した生薬で、余分な水分(痰湿)を除去し嘔気を改善します。胃の中の水滞をさばいて吐き気やせき込みを鎮める働きがあり、竹茹温胆湯のベースとなる生薬です。痰の絡む咳や胃もたれを改善し、他の生薬の吸収を助ける役割も果たします。
陳皮(チンピ)
ミカンの皮を乾燥させた生薬で、気の巡りを良くし消化を助ける作用があります。胃の膨満感や食欲不振、吐き気を改善し、また香り成分によってリラックス効果を発揮します。竹茹温胆湯では、痰による胸のつかえを取り、喉の違和感や咳を和らげるのに寄与します。
茯苓(ブクリョウ)
マツホドという菌核から得られる生薬で、余分な水分を排出し水毒(すいどく:身体に滞った水分)を改善します。利尿作用や胃内停水の改善作用があり、胃のムカムカやめまいを抑える働きをします。竹茹温胆湯では、痰湿による吐き気や食欲不振を改善し、消化機能を支える役割です。
甘草(カンゾウ)
甘草の根から取れる生薬で、漢方処方全体の調和薬として働きます。緊張した胃腸を和らげ、抗炎症・鎮痙作用も持ち合わせます。竹茹温胆湯では、複数の生薬の癖を丸くまとめ、副作用を抑える縁の下の力持ちです。同時に喉の炎症を鎮め、咳を和らげる助けにもなります。ただし含有量が多くなると前述の偽アルドステロン症の原因となりうるため、他の甘草含有薬との重複には注意が必要です。
生姜(ショウキョウ)
ショウガの根茎を乾燥した生薬で、身体を温めつつ胃の中の水滞を除き吐き気を鎮める作用があります。半夏とともに嘔吐やせきを鎮静する働きを高め、さらに消化吸収を促進します。竹茹温胆湯では、感染症後に冷えが入り込まないよう体を温めつつ、痰による胃腸の不快感を軽減する役割です。
竹茹(チクジョ)
淡竹(ハチク)や真竹(マダケ)の茎から得られる生薬で、内側の薄い層を削り取ったものです。清熱化痰(熱を冷まし痰を除く)作用に優れ、除煩(のぼせや煩わしい感じを取る)や鎮吐(吐き気を止める)効果があります。竹茹温胆湯の名前にもなっている主要生薬で、咳や痰を鎮め、不眠やイライラを和らげる働きを持ちます。熱で渇いた喉を潤し、痰の切れを良くすることで咳込みを減らします。
枳実(キジツ)
ダイダイなど柑橘類の未熟果実を乾燥させた生薬です。胃腸の動きを整え、滞った気を巡らせる作用があります。お腹の張りや便秘、腹痛の改善に使われ、少量では健胃薬として働きます。竹茹温胆湯では、痰によって滞った胸腹部の気の巡りを良くし、胃の膨満感や胸苦しさを解消します。また、鎮静作用もあり不安感の軽減にも寄与します。
柴胡(サイコ)
ミシマサイコの根を乾燥した生薬で、熱を冷まし炎症を抑える清熱作用と、滞った気を巡らせる作用を持ちます。解熱・消炎・鎮静・鎮痛と幅広い効能があり、小柴胡湯などの主要構成生薬です。竹茹温胆湯では、体内に残留した炎症(微熱やのぼせ)を鎮め、胸のつかえや精神的な高ぶりを和らげる役割を果たします。
黄連(オウレン)
キンポウゲ科のオウレンの根茎からなる生薬で、苦味の健胃薬かつ強力な清熱薬です。胃腸の炎症をしずめ、心中煩熱(しんちゅうはんねつ:胸のもやもやする熱)を取り除くことで精神安定にもつながります。竹茹温胆湯では、ごく少量ながら配合され、胃の粘膜を引き締めて吐き気を抑えるとともに、残った熱を冷ましてイライラを沈める働きをします。
桔梗(キキョウ)
キキョウの根を乾燥した生薬で、喉の炎症を鎮め痰を排出しやすくする去痰作用があります。のどの痛みや腫れを和らげ、膿を排出させる働きもあるため、呼吸器系の処方によく使われます。竹茹温胆湯では、痰の切れを良くし咳を鎮める役割です。他の生薬とともに気道内の痰を整理し、呼吸を楽にします。
人参(ニンジン)
オタネニンジンの根を乾燥した生薬で、いわゆる高麗人参です。滋養強壮や健胃作用があり、気力・体力を補う働きをします。竹茹温胆湯では、感染症で消耗したエネルギーを補い、胃腸の働きを助けて全身の回復を促す目的で配合されています。食欲不振や下痢など消化器症状を改善しつつ、体力の低下をサポートします。
香附子(コウブシ)
ハマスゲという植物の塊茎を乾燥した生薬で、気の滞りを解消し精神を落ち着かせる作用があります。芳香性健胃薬でもあり、胃腸の調子を整えつつイライラや抑うつ感を和らげます。竹茹温胆湯では、気分をさっぱりさせる効果が期待でき、不安感の除去やストレス緩和に寄与します。また、利胆作用もあるため肝・胆の機能を助け、結果として胆胃不和の状態を改善する一助となります。
以上のように、竹茹温胆湯は痰をさばく「二陳湯」に熱を冷ます生薬(竹茹・黄連・柴胡など)と胃腸を潤す生薬(麦門冬)や安神作用のある生薬(竜骨・牡蛎の代わりに香附子等)を組み合わせ、痰を除きつつ心身を落ち着かせる絶妙なバランスの処方になっています。感染症で疲れ切った身体に対し、食欲や睡眠をサポートしながら咳や炎症を鎮めていく工夫が凝らされているのです。
麦門冬(バクモンドウ)
ユリ科の植物であるジャノヒゲの根を乾燥させた生薬で、煩わしい熱を収め、咳を止め、乾燥している状態を潤す作用があります。
竹茹温胆湯にまつわる豆知識
- 名前の由来:処方名の「温胆湯」は文字通り**「胆(=胆嚢)の機能を温めて整えるお湯」**という意味です。中国医学では「胆」は精神の安定や決断力に関与するとされ、胆を温める=胆の働きを正常化することで不安や不眠を解消すると考えられました。竹茹温胆湯には名前のとおり胆を癒やす効果が期待でき、さらに主薬に竹茹が使われていることから「竹茹温胆湯」と呼ばれています。
- 古典と歴史:温胆湯は中国の古典医学書『三因極一病証方論』(南宋時代・1174年、陳無択著)に登場し、「怔忡驚悸(てんそう・きょうき)」(動悸や不安感)を治す処方として記載されています。その後、清代には「千古痰湿第一方」(千年以上にわたり痰湿を治す第一の名方)とも評され、痰が絡む症状全般に応用されてきました。日本でも明治以降にこの処方が紹介され、現在のような構成(日本独自に数味加えた処方)で広く臨床に使われています。
- 現代での活用:竹茹温胆湯は近年、うつ病や不眠症に対する補助療法として研究報告がなされたり、長引くせきを主症状とする患者への処方例が増えたりしています。例えば新型コロナ感染後症候群(ロングコービッド)で微熱や咳が続くケースに用いられることもあります。ただし、現代の漢方診療では患者さん一人ひとりの証に合わせて処方選択されるため、竹茹温胆湯が登場するのは症状と証がピタリ合致した場合に限られます。裏を返せば、本処方が処方されたときは「痰熱が残っている状態」と捉えることができ、治療の一助として有効に働くことが期待されます。
まとめ
竹茹温胆湯(ツムラ91番)は、感染症の回復期に残る咳や痰、不眠などを和らげる漢方処方です。痰や熱を除きつつ胃腸を立て直すことで、しつこい咳を鎮め安眠を促進します。ただし患者様の体質(証)や症状に応じて適切な処方を選ぶことが重要です。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
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