大黄甘草湯の効果、適応症
大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう)は、便秘の改善を主目的とする漢方薬の一つです。腸の動きを活発にして排便を促す作用があり、慢性的な便秘や便秘に伴う不調の緩和に用いられます。わずか2種の生薬から成るシンプルな処方ですが、体力や年齢に関わらず幅広い層の便秘に対応できる点が特徴です。以下のような症状や体質に対して効果が期待できます。
- 数日間以上便通がなく、お腹が張って苦しい
- 便秘が続くと同時に、吹き出物(にきび)や肌荒れが起こりやすい
- 便秘により頭が重だるく、顔がのぼせやすい
このように、大黄甘草湯は腸内に滞った老廃物や熱を排出することで、便秘そのものだけでなく便秘に伴う様々な不快症状を改善する処方です。特に「便秘になると肌荒れする」「便秘すると頭痛がする」といった経験のある方には、根本原因である腸内環境の改善を通じて症状緩和が期待できます。また、生薬の組み合わせから体力の有無を問わず使用しやすいため、頑固な便秘に対する漢方の代表的処方の一つとなっています。
よくある疾患への効果
慢性的な便秘
習慣性の便秘や慢性的な便秘傾向に対して、大黄甘草湯は即効性のある下剤(げざい)的な効果を発揮します。腸の蠕動運動(ぜんどううんどう)を促進し、滞った便を押し出すことで排便を促します。「何日もお通じがなく苦しい」という状態が続く場合に、本方の服用によって比較的早期に便通が得られ、お腹の張りや不快感が軽減することがあります。就寝前に服用すれば翌朝には排便が促されるケースも多く、腸内に溜まった老廃物をスムーズに排出できるようになります。
体力に自信がない方でも使いやすい処方で、市販薬としても利用されています。ただし、即効性がある反面、長期連用は避け、症状に応じて適宜使用することが大切です。生活習慣の改善とあわせて、一時的な手助けとして大黄甘草湯を用いることで、慢性便秘の苦痛を和らげることが期待できます。
便秘による肌荒れ・吹き出物
便秘は肌荒れや吹き出物(にきびなど)の一因になることがあります。腸内に老廃物や「熱(ねつ)」がこもると、体はそれを解消しようとして皮膚に症状が現れることがあるからです。大黄甘草湯は腸内の滞留物を排出し、体内の余分な熱を冷ます働きがあるため、便秘に伴う皮膚トラブルの改善にもつながります。
例えば、普段から便秘気味で肌に吹き出物ができやすい方が、大黄甘草湯で便通を整えたところ、徐々に肌の状態が落ち着いてくるケースがあります。腸内環境が整えば有害物質の再吸収が減り、その結果として湿疹(しっしん)やニキビなどの皮膚炎症状が緩和されることが期待できます。ただし、皮膚症状が強い場合は他の皮膚疾患への対処も必要なため、漢方薬単独でなく適切な皮膚科治療と併用することが望ましいでしょう。
便秘に伴う頭重感・のぼせ
便秘によって起こる頭重感(ずおもかん)や顔のほてり(のぼせ)といった症状にも、大黄甘草湯が用いられることがあります。腸に便が溜まっていると、身体の下部に熱や滞りがこもり、それが全身の気の巡りを阻害して頭部に不快感を生じさせると考えられます。本方で排便が促進されると、腹部の膨満感が解消し、滞っていた「気(き)」や「血(けつ)」の巡りも改善されるため、頭の重だるさやのぼせ感が和らぐことがあります。
便秘が解消された後に「頭がすっきりした」「体が軽くなった」と感じる患者様の声が聞かれることもあります。これは腸内に滞っていたものが排出されることで、全身の循環が良くなり上半身に昇っていた余分な熱や気が収まるためと考えられます。大黄甘草湯はこのような便秘に起因する間接的な症状の改善にも一役買う処方と言えるでしょう。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
便秘の症状には、大黄甘草湯以外にもいくつかの漢方薬が用いられます。症状の原因や体質(証)の違いによって適切な処方を選ぶことが重要です。ここでは、大黄甘草湯と比較されやすい処方をいくつかご紹介します。
麻子仁丸(126)
麻子仁丸(ましにんがん)は、便が硬く乾燥してコロコロとした便秘に用いられる処方です。大黄甘草湯と同様に大黄を含みますが、麻子仁(マシニン:麻の実)や杏仁(キョウニン)などの腸を潤す生薬が配合されている点が特徴です。体力中等度以下で、乾燥した便秘やときに腹部の張りも伴う場合に適しています。大黄甘草湯が即効性の下剤として働くのに対し、麻子仁丸は腸を滑らかにして穏やかに便通をつける処方といえます。高齢者や産後の女性など、体力が低下している方の便秘には麻子仁丸が選択されることが多く、逆に体力があり熱がこもる便秘には大黄甘草湯の方が向いています。
潤腸湯(51)
潤腸湯(じゅんちょうとう)は、その名の通り腸を潤すことを目的とした漢方薬です。便秘に加えて血の不足(貧血気味)や肌の乾燥が見られる方、病後や産後で体力が落ちた方の便秘に用いられます。大黄の他に、当帰(トウキ)や地黄(ジオウ)などの血を補い潤す生薬が含まれており、単なる下剤ではなく栄養を補給しながら腸の動きを促す処方です。大黄甘草湯と比べて即効性はやや穏やかですが、体力がない方や虚証(きょしょう)の便秘に適しており、長引く便秘による肌荒れや口の渇きなどを伴うケースでよく用いられます。
桃核承気湯(61)
桃核承気湯(とうかくじょうきとう)は、比較的体力が充実した方向けの駆瘀血(くおけつ)+下剤の処方です。大黄甘草湯に桃仁(トウニン)や桂枝(ケイシ)を加えたような組成で、便秘に加えてイライラやのぼせ、下腹部の充満感を伴う場合に適しています。特に、月経不順や月経痛とともに便秘があるような瘀血(おけつ):血の滞りのタイプに効果が期待できます。大黄と芒硝(ボウショウ)の作用で腸をしっかり動かしつつ、桃仁で血行を促すため、頑固な便秘で顔色が赤いような方に向く処方です。ただし、下剤成分が強めのため胃腸が弱い方にはやや負担となることがあり、その場合はよりシンプルな大黄甘草湯や他の処方を検討します。
防風通聖散(62)
防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)は、肥満傾向のある方の便秘や皮膚トラブル、高血圧傾向など複数の症状をまとめて改善することを目指した処方です。大黄甘草湯と同じく大黄・甘草を含みますが、さらに防風(ボウフウ)や黄芩(オウゴン)、石膏(セッコウ)など18種類もの生薬が配合された複合処方です。熱を冷ましつつ便通を促し、余分な水分も排出するため、肥満傾向で熱がこもりやすい体質の便秘に適しています(高血圧やにきび・湿疹を伴う場合)。防風通聖散は処方内容が充実している分、体力があり代謝が活発な人向けで、「食べ過ぎ・飲み過ぎで太り気味」の便秘には第一選択となることもあります。一方、症状が便秘だけに限られる場合や体力があまりない場合は、大黄甘草湯のようにシンプルで必要最低限の生薬で対処する方が副作用も少なく安全です。
副作用や証が合わない場合の症状
大黄甘草湯は効果がはっきり現れやすい分、体質に合わない場合や過剰に服用した場合には副作用が現れる可能性があります。代表的な副作用や、証が合わない場合に起こりうる症状は以下の通りです。
- 腹痛・下痢:腸を刺激する作用が強いため、必要以上に排便が起こると腹部の痛みや下痢を生じることがあります。特に元々下痢ぎみの方やお腹が冷えている方が服用すると、これらの症状が出やすくなります。服用後に激しい腹痛や止まらない下痢が起きた場合は、速やかに中止し医師に相談してください。
- 皮膚症状:まれに発疹、かゆみ、蕁麻疹(じんましん)などのアレルギー反応が起こることがあります。これは生薬成分に対する個人の過敏症によるもので、万一皮膚に異常が見られた際には、服用を中止して医療機関を受診してください。
- 重篤な副作用:大黄甘草湯に含まれる甘草(カンゾウ)の長期大量摂取により、偽アルドステロン症と呼ばれる重い副作用が起こることがあります。これは甘草由来成分の作用で血圧が上昇し、血中カリウムが低下することで、むくみ、手足の力の入りにくさ、筋力低下、動悸などが生じるものです。長期間連用する場合や、他の甘草含有製品と併用する場合には特に注意が必要です。
また、大黄を含む漢方の長期連用(1年以上)で大腸メラノーシスと呼ばれる大腸運動の障害によって頑固な便秘を引き起こす病気になる場合があります。そのため大黄を多く含む漢方はスポット的な使用に留めるのが望ましいとされています。
また、証(しょう)と呼ばれる体質・症状のパターンが大黄甘草湯に合致しない場合、十分な効果が得られないばかりか症状が悪化することがあります。例えば、極度に体力が低下している方や、腸に便が溜まっていないのに機能的に動きが悪くて便秘になっているような場合には、本方のような峻下剤(しゅんげざい:強力な下し薬)は適しません。このような方に大黄甘草湯を用いると、必要な気力や水分まで消耗させてしまい、かえって倦怠感や脱水症状を招く恐れがあります。
逆に、「実熱(じつねつ)の便秘」(体内に熱と実がこもった便秘)ではないケース、例えば冷えが強く、便秘と下痢を繰り返すようなタイプには適しません。漢方では症状だけでなく体質に合わせた処方選択が重要になるため、自己判断で長く使い続けることは避け、症状に合わないと感じた際は専門家に相談しましょう。
併用禁忌・併用注意な薬剤
大黄甘草湯は比較的シンプルな処方で、成分も日常的な食品由来に近い生薬ですが、他の薬剤との併用にあたっては以下の点に注意が必要です。
- 利尿薬や副腎皮質ステロイドとの併用:甘草の作用によりカリウムが尿中に排出されやすくなるため、フロセミドなどの利尿剤やプレドニゾロンなどのステロイド薬を併用すると低カリウム血症のリスクが高まります。筋力低下や不整脈を防ぐため、これらを服用中の方は大黄甘草湯を使用する際に医師の監督下で経過を観察する必要があります。
- 強心剤(ジギタリス製剤)との併用:カリウム低下はジギタリス製剤(強心薬)の作用を増強させ、不整脈等の副作用リスクを高める恐れがあります。甘草によるカリウム低下が疑われる場合、ジギタリスの血中濃度の変化に注意が必要です。これらの薬を使用している方は、大黄甘草湯を併用する際には医師に必ず相談してください。
- 降圧薬(高血圧の薬)との併用:大黄甘草湯の服用により、排便がついて体内の余分な水分が減ると、一時的に血圧が変動することがあります。また、甘草の影響で血圧上昇傾向が現れるケースもあります。降圧薬を服用中に大黄甘草湯を開始した場合、血圧の変化に注意し、定期的に測定を行ってください。必要に応じて主治医に経過を報告し、薬剤調整を検討します。
- 抗凝血薬との併用:大黄には腸内細菌により代謝されて生成する成分に抗凝固作用を持つものがあるとの指摘があります。また下痢によってビタミンKの吸収が減少する可能性もあります。そのためワルファリン等の抗凝血薬を服用中の方が大黄甘草湯を併用する場合、PT-INRなど血液凝固能の検査値に変化がないか注意が必要です。定期的に血液検査を受けるなど慎重に経過を観察してください。
- 他の漢方薬やサプリメントとの併用:大黄甘草湯と同じ生薬を含む漢方薬(例:甘草を含む他の処方、あるいは大黄を含む市販便秘薬)を一緒に服用すると、生薬成分が重複して摂取されることになります。特に甘草の重複は偽アルドステロン症のリスクを高めるため注意が必要です。
また、センナ茶など強い瀉下作用のあるハーブやサプリメントと併用すると下痢がひどくなる恐れがあります。実はセンナ=大黄であり、二重に瀉下作用が働いてしまうため下痢になってしまうのです。漢方薬やサプリを複数組み合わせる場合は、それぞれの成分と作用を確認し、医療従事者に相談しましょう。
含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか
大黄甘草湯は名前が示す通り、大黄と甘草の2つの生薬のみで構成された処方です。たった二味の生薬ながら、それぞれの特性を活かして効果を発揮します。ここでは各生薬の役割について解説します。
大黄(ダイオウ)
大黄は、タデ科植物であるショウヨウダイオウなどの根茎(乾燥させた根っこ)です。漢方において代表的な峻下(しゅんげ):強力な下し薬であり、その苦味と寒性(体を冷ます性質)によって体内の熱を取り除き、腸を強く刺激して便通を促進します。大黄に含まれる成分(アントラキノン類)は腸の蠕動運動を高め、水分分泌を促して便を柔らかくするため、溜まった便を一掃するような作用があります。また、血流を改善し瘀血を散らす作用も併せ持つため、古くから打撲による内出血や婦人病の治療にも用いられてきました。大黄甘草湯では、この大黄が主役として働き、滞った老廃物や熱を一気に排出する役割を担っています。
甘草(カンゾウ)
甘草はマメ科のウラルカンゾウなどの根(乾燥させた根)で、その名の通り甘い味が特徴の生薬です。漢方では緩和薬(かんわやく)として位置づけられ、他の生薬の強い作用を緩めたり、胃腸への刺激を和らげたりする働きがあります。大黄甘草湯において甘草は、大黄の作用をマイルドに調整する重要な役割を果たします。強力な下剤である大黄単独では刺激が強すぎることがありますが、甘草が加わることで腹痛や過度の下痢を起こしにくくしています。また、甘草には消炎・鎮痛作用もあるため、便秘による腹部の不快感や炎症を鎮める助けにもなります。さらに、甘草自体が持つほんのりとした甘味が煎じ薬の飲みにくさを軽減し、患者さんが服用しやすくする効果もあります。
このように、大黄甘草湯は大黄の強力な下剤効果と甘草の緩和・調整効果を組み合わせることで、安全かつ効果的に便秘を改善するよう工夫された処方なのです。
大黄甘草湯にまつわる豆知識
歴史と由来:大黄甘草湯の起源は、中国の漢方古典『金匱要略(きんきようりゃく)』にまで遡ります。3世紀頃の医聖・張仲景(ちょうちゅうけい)が著したとされるこの書物の中で、「食已即吐者(食べてすぐに吐いてしまう人)」に対する治療薬として大黄甘草湯が記載されています。当時は消化不良で食物が胃に停滞し、食後すぐ嘔吐してしまうような場合に、胃腸内の滞留物を下方へ排出させる目的で用いられました。現代では主に便秘薬として使われますが、もともとは胃部停滞を除去して嘔吐を止める処方だったというのは興味深い点です。
処方名の意味:漢方薬の名前には特徴がありますが、大黄甘草湯はその構成生薬がそのまま名前になった処方です。大黄と甘草のみからなるため非常に分かりやすい命名で、漢方に詳しくない方でも「大黄と甘草を煎じたお薬なんだな」と想像がつくでしょう。ちなみに「湯(とう)」は煎じ薬(スープ)の意味で、大黄甘草湯=大黄と甘草の煎じ薬というシンプルな構造を表現しています。このように生薬名を並べただけの処方は珍しく、他には芍薬甘草湯(68)(しゃくやくかんぞうとう:芍薬と甘草の2味からなる筋肉けいれんの薬)など、ごく少数しかありません。
生薬のエピソード:大黄(ダイオウ)は古来より「将軍」(しょうぐん)という異名で呼ばれることがあります。これは戦陣において即効性の下剤として急場を救う頼もしさから名付けられたとも言われ、強い薬効を持つ生薬の王として位置づけられてきた証拠です。一方、甘草(カンゾウ)は「国老」(こくろう)という異名を持ち、どんな生薬とも仲良く調和して働く様子が、国の長老が全体をまとめる姿に例えられています。この処方はまさに「将軍」と「国老」のコンビネーションで成り立っており、古人のネーミングセンスにも感心させられます。
まとめ
大黄甘草湯(84)は、たった二つの生薬から成るシンプルな処方ながら、便秘という身近な悩みに対して即効性を持って働く漢方薬です。腸内の滞りを取り除くことで、便秘そのものだけでなく肌荒れや頭重感などの関連症状にも効果を発揮します。
ただし、その強い作用ゆえに使用には注意が必要で、体質に合わない場合や併用薬の状況によっては副作用リスクもあります。漢方では「同病異治(どうびょういち)」という言葉があり、同じ便秘でもその原因や体質に応じて治療法が異なるとされています。大黄甘草湯は有力な選択肢の一つですが、全ての便秘に万能というわけではありません。ご自身の症状に合った漢方薬を選ぶためにも、専門家の判断を仰ぐことが大切です。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。