抑肝散加陳皮半夏(ツムラ83番):ヨクカンサンカチンピハンゲの効果、適応症

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抑肝散加陳皮半夏の効果、適応症

抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ、ツムラ83番)は、神経の高ぶりやイライラ、不安、不眠などの精神神経症状をしずめるために用いられる漢方薬です。もともと小児の夜泣きやひきつけ(痙攣)を鎮める処方「抑肝散」をベースに、消化器症状を改善する陳皮と半夏を加えた処方で、ストレスによる「肝」(かん:漢方で情動を司る臓)の過剰な興奮を抑え、気持ちを落ち着かせる働きがあります。そのため、次のような症状・状態に対して効果が期待できます。

  • ちょっとしたことで怒りっぽくイライラし、不眠や動悸を伴う
  • 更年期で情緒不安定になり、急に不安になったり怒りっぽくなったりする
  • 高血圧傾向で顔がほてり、カッとしやすい(怒ると血圧が上がる)タイプ
  • 小児が夜中に突然泣き出したり、かんしゃくを起こしやすい(いわゆる疳の虫)
  • 認知症の方で怒りっぽく興奮しやすい言動(周辺症状)がみられる

このように、抑肝散加陳皮半夏は神経が高ぶって興奮しやすい体質の方に用いられる処方です。漢方の古典では「肝を抑える散剤」という名の通り、過度な怒りや興奮を鎮める目的で使われてきました。現代でも、更年期障害の精神症状や認知症の周辺症状に対して有用性が報告されており、イライラや不安、不眠などでお悩みの方の症状緩和に役立つ可能性があります。

よくある疾患への効果

不眠や神経の高ぶり

仕事や人間関係のストレスで神経が高ぶり、夜になると頭が冴えて眠れない不眠症状に、抑肝散加陳皮半夏が用いられることがあります。イライラして寝付けない、ちょっとした物音で目が覚めてしまうような場合、本方には神経の高ぶりを鎮め睡眠を促す効果が期待できます。例えば、日中の緊張が抜けず布団に入っても心が落ち着かない方が、抑肝散加陳皮半夏の服用で次第にリラックスできるようになり、夜間の中途覚醒が減ってぐっすり眠れるようになったケースがあります。ただし不眠の原因は様々で、強い不安や抑うつが主体の場合は他の処方が検討されることもあります。

更年期のイライラ・不安

女性の更年期(閉経前後の時期)にはホルモンバランスの変化から、気分の落ち込みやイライラ、不安感、不眠などの症状が現れやすくなります。抑肝散加陳皮半夏は、こうした更年期の精神神経症状に対して用いられる代表的な漢方薬の一つです。急にカッとなって怒りやすい、些細なことで涙が出る、動悸やのぼせを伴うといったケースで、気持ちを安定させる目的で処方されます。実際に、閉経前後からイライラと不眠が続いていた方が本方の服用で「気持ちが落ち着いて怒りっぽさが和らいだ」と感じるようになり、夜も眠りやすくなった例があります。ただし、更年期の症状は個人差が大きく、ほてりより冷えが強い場合や、極度の疲労がある場合には別の処方が選ばれることもあります。

小児の夜泣き・神経過敏

赤ちゃんや幼児が夜間に理由もなく激しく泣き出す「夜泣き」や、怒りやすくかんしゃくを起こす症状(疳の虫)にも、抑肝散加陳皮半夏が昔から用いられてきました。夜泣きでお困りのお子さんに本方を服用させると、興奮しがちな神経を落ち着かせ、夜間ぐっすり眠れるよう手助けしてくれます。もともとの処方である抑肝散自体が小児のひきつけ(痙攣)や夜泣きの治療に用いられていたため、小児科領域でも広く使われてきた歴史があります。夜泣きの原因がはっきりしない場合、漢方で体質を整えることで改善が期待できる点は子育て中の保護者にとって朗報でしょう。ただし、夜泣きにもお腹の張りや便秘など原因が様々あるため、すべての夜泣きに万能というわけではありません。

認知症に伴う興奮・攻撃的な言動

高齢者の認知症では、記憶障害だけでなく怒りっぽさや興奮といった行動・心理症状が現れることがあります(いわゆる認知症の周辺症状)。抑肝散加陳皮半夏は、このような認知症に伴う易怒性(怒りやすさ)や攻撃的な言動を緩和する目的で用いられることがあります。実際に、認知症のご家族が突然怒鳴ったり興奮して手が付けられないといった場面で、本方の服用により落ち着きを取り戻し穏やかになるケースが報告されています。近年、認知症患者さんへの漢方治療が注目されており、中でも抑肝散加陳皮半夏は比較的症状が軽度な場合に有効との報告があります。ただし、認知症の症状が重度の場合や興奮が激しい場合には、西洋薬による治療や他の漢方薬を併用することも検討されます。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

神経の高ぶりやイライラの症状には、抑肝散加陳皮半夏以外にもいくつか漢方薬が用いられます。患者さんの体質や症状の違いによって適切な処方を見極めることが大切です。ここでは、抑肝散加陳皮半夏と比較されることの多い処方をいくつかご紹介します。

抑肝散(54)

抑肝散(54)(よくかんさん)は本処方のベースとなっている処方です。陳皮と半夏が加わっていない点以外は生薬構成が似ており、神経の高ぶりや怒りっぽさ、不眠などに用いられます。比較的体力が中程度で胃腸の調子が悪くない方には抑肝散が用いられることが多く、逆に食欲不振や胃もたれを伴うような場合には陳皮・半夏が加わった抑肝散加陳皮半夏の方が適する傾向があります。つまり、抑肝散加陳皮半夏は抑肝散に比べて消化器症状を併せ持つ神経過敏なケースに向いており、体力がやや低下した方でも使いやすい処方と言えます。

柴胡加竜骨牡蛎湯(12)

柴胡加竜骨牡蛎湯(12)(さいこかりゅうこつぼれいとう)は、比較的体力のある方向けの神経症の処方です。不安感が強く動悸や不眠、便秘を伴うようなケースに用いられます。鎮静作用のある竜骨(化石)と牡蛎(カキ殻)を含み、神経の高ぶりをしずめる効果が特徴です。高血圧に伴うイライラや不眠、更年期の不安感が強い方などに処方されることがあり、抑肝散加陳皮半夏よりも体力が充実した「実証」の人によく合います。一方で、虚弱な方や便秘がない方に用いると下痢や食欲不振を招くことがあるため、体質を見極めた上で使用されます。

加味逍遙散(24)

加味逍遙散(24)(かみしょうようさん)は、女性の更年期障害や月経不順などに伴う精神不安定に広く用いられる処方です。抑肝散加陳皮半夏と同様にイライラや不眠に効果がありますが、加味逍遙散はどちらかといえば「血(けつ)」の不足と軽いのぼせがある虚弱体質の女性に適します。冷え性だが顔だけほてる、肩こりやめまいを伴い、精神的に不安定で疲れやすい方によく使われます。柴胡や当帰などが気血の巡りを整え、抑肝散加陳皮半夏よりも体を温めずに穏やかに気分を落ち着かせる特徴があります。更年期のイライラに対しては、体力があまりなく貧血気味の人では加味逍遙散を、怒りっぽく神経過敏な人では抑肝散加陳皮半夏を、といった使い分けがされます。

甘麦大棗湯(72)

甘麦大棗湯(72)(かんばくたいそうとう)は、わずか3種類の生薬(甘草・小麦・大棗)から成る非常に穏やかな処方です。寝付きが悪く些細なことで泣き出してしまう子どもや、精神不安が強いが体力が極度に低下した大人に用いられることがあります。ヒステリー球(喉に玉が詰まったように感じる症状)や情緒不安定で涙もろい状態に効果があるとされ、心を優しく鎮める「天然の精神安定剤」とも称されます。抑肝散加陳皮半夏と比べると作用はマイルドですが、副作用が少なく体力のない方にも安全に使える利点があります。イライラというより落ち込みやすく不安定なケースでは甘麦大棗湯が用いられ、怒りっぽく興奮気味なケースでは抑肝散加陳皮半夏が適する、といった具合に使い分けられます。

副作用や証が合わない場合の症状

抑肝散加陳皮半夏にも、副作用が起こる可能性があります。中でも注意すべきは甘草(カンゾウ)による偽アルドステロン症で、血圧の上昇、むくみ、低カリウム血症(血中のカリウムが低くなる)の症状です。ふくらはぎのつり、手足のしびれ、著しい体重増加、倦怠感などが現れた場合は偽アルドステロン症の疑いがあります。症状が進行すると脱力や血圧上昇が顕著になるため、もし足がむくむ、力が入りにくいといった異変を感じたら服用を中止し、医師に相談してください。

また、まれに発疹などのアレルギー症状が出ることがあります。その他、胃もたれ・食欲低下、吐き気、下痢などの消化器症状が起こる場合もあります。特に体質に合わない状態で服用するとこうした不調が出やすいため、「証」に合わせた処方選択が重要です。抑肝散加陳皮半夏は比較的中庸(ちゅうよう)な性質の処方ですが、極端な冷え症の方に使うと十分に効果が出なかったり、逆に一時的に冷えが強まるように感じる可能性もあります。何か気になる症状があれば早めに医師に相談するようにしましょう。

併用禁忌・併用注意な薬剤

抑肝散加陳皮半夏を服用する際には、他の薬剤との相互作用にも注意が必要です。

  • 生薬の重複:甘草など同じ生薬を多く含む他の漢方薬(例:甘草を大量に含む芍薬甘草湯(68)など)を併用すると、偽アルドステロン症など副作用のリスクが高まります。漢方薬を2種類以上併用する場合は、成分の重複に注意が必要です。
  • 西洋薬との併用:利尿薬(例:フロセミドなど)やステロイド剤、強心配糖体(ジギタリス製剤)を服用中の場合、本方との併用で低カリウム血症や不整脈が起こりやすくなります。必ず医師に併用中の薬を伝え、慎重に経過を観察しながら使用します。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

抑肝散加陳皮半夏は9種類の生薬で構成されており、それぞれが神経の高ぶりを鎮めたり、胃腸の働きを整えたりといった役割を担っています。なぜこれらの生薬が選ばれているのか、その働きを簡単に見てみましょう。

柴胡(サイコ)

ミシマサイコの根。ストレスで滞った「気」の巡りを良くし、肝の興奮を鎮めます。抑肝散加陳皮半夏では、イライラや緊張感を緩和する中心的な役割を果たします。

当帰(トウキ)

セリ科トウキの根。血を補い巡らせる作用があり、「血」の不足による不調を改善します。神経の高ぶりの背景にある血虚(けっきょ)を補うことで、情緒の安定や筋肉のけいれん抑制に寄与します。

川芎(センキュウ)

セリ科センキュウの根茎。血行を促進し痛みを和らげる作用があります。頭痛やめまいを改善する生薬として知られ、当帰とともに血の巡りを改善することで神経症状を緩和します。

白朮(ビャクジュツ)(蒼朮を使う場合もあります)

キク科オケラの根茎。胃腸の機能を高め、体内の水分バランスを整える働きがあります。消化吸収を助け、余分な水や痰の発生を抑えることで、患者さんの体力・基盤を支える役割を担います。

茯苓(ブクリョウ)

サルノコシカケ科マツホドの菌核。利尿作用で体の余分な水分を排出し、胃腸を健やかに保ちます。また精神安定作用もあり、不安や動悸を鎮める効果が期待できます。本方では、白朮とともに水分代謝を調え、神経の高ぶりを鎮めるサポート役です。

甘草(カンゾウ)

マメ科カンゾウ(甘草)の根。漢方全体の調和薬として働き、他の生薬の作用を緩和・調節します。筋肉の緊張を緩め、炎症を鎮める作用もあり、イライラやこわばりを和らげます。ただし長期・多量の使用でむくみ等が出ることがあるため注意が必要です。

釣藤鈎(チョウトウコウ)

アカネ科カギカズラ(釣藤)の棘。脳の血流を改善し、鎮静・抗けいれん作用を持つ生薬です。古くから小児のひきつけや頭痛に使われてきました。抑肝散加陳皮半夏では過剰な神経興奮(「肝風」の亢進)を抑える要の生薬です。

陳皮(チンピ)

ミカン科ウンシュウミカンの果皮。芳香性健胃薬で、胃の働きを高め、滞った「気」を巡らせます。胃もたれや吐き気を改善し、痰をさばく作用もあるため、ストレスで弱った消化機能を立て直し、心身のバランスを整えます。

半夏(ハンゲ)

サトイモ科カラスビシャクのコルク化した塊茎を加工した生薬。強力な燥湿作用(体内の余分な水分を除く)と鎮嘔作用(吐き気を止める)があります。痰飲を取り除き消化器系を整えることで、心身の安定を助けます。

抑肝散加陳皮半夏にまつわる豆知識

  • 名前の由来と歴史:処方名の「抑肝散」は文字通り「肝(怒りや痙攣の原因となる要素)を抑える散剤」という意味で、もともとは子どもの癇症(かんしゃく・痙攣)を鎮める目的で名付けられました。本方は江戸時代前期の漢方医・北山友松子(きたやま ゆうしょうし)によって創処されたとも伝えられ、日本独自に発展した漢方処方として古くから用いられています。
  • 現代医学での再評価:近年、抑肝散加陳皮半夏は認知症に伴う問題行動(暴言・興奮・幻覚など)を和らげる可能性がある処方として注目されています。西洋薬の向精神薬では副作用が心配な高齢者に対し、本方を服用して落ち着きを取り戻したとの報告もあります。伝統的な子どもの薬が、高齢者のケアにも応用されている点は興味深いでしょう。
  • 味や香り:抑肝散加陳皮半夏は、微かに甘みのある中にわずかな苦味と漢方特有の香ばしい香りが感じられます。陳皮由来の柑橘系の香りがほのかにするためか、「思ったより飲みやすい」という声もあります。ただし感じ方には個人差があり、特に半夏などの風味を苦手に感じる方もいるようです。

まとめ

抑肝散加陳皮半夏(ツムラ83番)は、イライラや不安、不眠などの神経症状を和らげ、気持ちを落ち着ける漢方処方です。ストレスによる胃腸の不調も併せて改善し、つらい精神症状の緩和に役立ちます。ただし患者様の体質(証)や症状に応じて、最適な漢方処方を選ぶことが重要です。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。

証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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