桂枝人参湯(ツムラ82番):ケイシニンジントウの効果、適応症

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桂枝人参湯の効果、適応症

桂枝人参湯(けいしにんじんとう)は、胃腸が弱く虚弱体質の方に用いられる漢方薬のひとつです。体を内側から温めつつ消化機能を助け、全身の氣(き:エネルギー)の巡りを整えることで、不調の改善を図ります。具体的には、胃腸の弱い人に起こりがちな頭痛や動悸(どうき)、息切れなどを緩和し、慢性の胃腸炎や胃アトニー(胃の機能低下)による症状にも効果が期待できます。また、体力が低下した状態で風邪をひいた際にお腹を下すようなケース(いわゆる胃腸型感冒)にも用いられる処方です。

桂枝人参湯は、漢方の古典『傷寒論(しょうかんろん)』にも記載がある伝統処方で、以下のような症状・体質に適するとされています。

  • 虚弱な体質で胃腸が弱い(食欲不振や下痢をしやすい)
  • 慢性的な頭痛やめまいがあり、疲れると悪化する
  • 動悸や息切れが起こりやすく、貧血ぎみで冷え性である
  • お腹が冷えて胃部が重だるい(胃にもたれた感じがある)
  • 下痢が水のように水っぽい(腹痛は強くない)

このように、桂枝人参湯は「脾胃虚弱(ひいきょじゃく)」と呼ばれる胃腸の機能低下と冷えが組み合わさった体質に向く処方です。内臓を温めて消化吸収力を高めることで、体に必要なエネルギー(氣)を補い、同時に余分な水分をさばいて症状を和らげます。比較的穏やかな効き目の処方ですが、体質に合えばつらい不調がじんわりと改善していくことが期待できます。

よくある疾患への効果

桂枝人参湯は上記のような体質に起こるさまざまな不調に用いられます。ここでは、桂枝人参湯がよく使われる代表的な疾患・症状と、その効果について解説します。

慢性胃腸炎・胃アトニー

胃腸の弱い方が長く悩まされる慢性胃腸炎胃アトニー(胃下垂や機能低下による消化不良)は、桂枝人参湯の適応となる代表例です。これらの状態では、食後に胃にもたれる、食欲不振、軟便や下痢などの症状が慢性的にみられます。桂枝人参湯は人参や蒼朮といった生薬の働きで消化機能を高め、胃腸を元気づけることでこれらの症状を改善します。また、生姜や桂枝の効果でお腹を温めるため、胃腸が冷えて動きが悪くなっている場合にも有効です。
実際に、「食後すぐ胃が重くなる」「冷たいものを摂るとお腹を下しやすい」といった方が桂枝人参湯を服用し、胃の不快感や慢性的な下痢が軽減するケースがあります。胃腸の調子が整うことで全身の倦怠感も和らぎ、食事をとりやすくなる効果が期待できます。

慢性頭痛(虚弱体質)

体力がなく胃腸も弱い方で、慢性的な頭痛に悩む場合にも桂枝人参湯が用いられることがあります。虚弱体質の方はエネルギー不足から血行が悪くなりがちで、それが頭痛の一因となるケースがあります。桂枝人参湯は桂枝の血行改善作用や人参の補気作用によって、体を温めつつ頭痛を和らげる方向に働きます。特に「疲れるとすぐ頭が痛くなる」「空腹時や体が冷えたときに頭痛が出る」といったタイプの慢性頭痛に適しています。薬効は穏やかですが、継続して服用することで体質改善が進み、頭痛の頻度が減ったり軽くなったりする効果が期待できます。
ただし、片頭痛発作のように強い痛みを即座に止める効果はありませんので、あくまで体質に合わせた緩和策として使用されます。

動悸・息切れ

動悸(ドキドキと胸が高鳴る感じ)や息切れが、貧血やエネルギー不足から来ているような場合にも桂枝人参湯が処方されることがあります。心臓に明らかな異常がないのに動悸がしたり、階段を上っただけで息が切れるような方は、氣(エネルギー)や血の不足によるものかもしれません。桂枝人参湯には人参や甘草など氣を補い循環を良くする生薬が含まれており、これにより心臓の働きをサポートし動悸症状を緩和します。同時に桂枝が血行を促し、生姜が身体を温めるため、冷えによる胸部不快感や息苦しさの改善にもつながります。
例えば「立ちくらみしやすく動悸がある」「ちょっと動くと息が上がるが、休めばすぐ落ち着く」といった方に桂枝人参湯を用いると、徐々に疲れにくくなり動悸息切れが起こりにくくなることがあります。ただし、心臓病など器質的疾患が疑われる場合は専門的な検査・治療が優先され、桂枝人参湯はあくまで補助的に使われます。

胃腸型感冒(ウイルス性胃腸炎)

風邪やウイルス感染によって嘔吐や下痢を伴う胃腸炎になった際にも、桂枝人参湯が用いられることがあります。特に、普段から胃腸が弱い人がノロウイルスなどに感染すると、激しい腹痛はないものの水様性の下痢が続き、胃部のつかえ感や全身のだるさを訴えることがあります。桂枝人参湯は、そうした「胃腸型の感冒」とも呼ばれる状態に対して、胃腸を温めて機能を回復させ、滞った水分を捌いて下痢を改善する目的で使われます。
例えば「冷え込む季節に嘔吐下痢症にかかり、お腹の冷えと下痢が長引いている」ようなケースです。桂枝人参湯を服用することで、お腹の冷えが和らぎ、下痢による脱水感や食欲不振が改善に向かうことが期待できます。なお、急性期には安静と水分補給が基本ですが、漢方を併用することで回復を早める一助となる場合があります。
ただし、高熱や激しい腹痛がある場合には他の処方が検討されたり、西洋薬による対症療法が優先されます。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

桂枝人参湯と似たような症状に対して用いられる漢方薬はいくつか存在します。
症状の微妙な違いや患者さんの体質(証)によって、適切な処方を選び分けることが大切です。ここでは、桂枝人参湯と比較されやすい処方をいくつかご紹介します。

人参湯(32)

人参湯(32)(にんじんとう)は、桂枝人参湯のベースとなっている処方です。桂枝人参湯から桂枝(ケイシ)を除いた組成で、主に人参・甘草・乾姜・白朮(びゃくじゅつ)などで構成されます。胃腸を温めて機能を高めることに重点を置いた処方で、桂枝人参湯と同様に胃腸虚弱による下痢や嘔吐、食欲不振などに用いられます。ただし人参湯には発汗させるような生薬が含まれないため、発熱や悪寒などの外感症状がない純粋な内臓の冷えに適しています。風邪の名残で頭痛や悪寒が残るような場合には桂枝人参湯を、胃腸症状だけで他に外症状がなければ人参湯を使う、といった使い分けがなされます。

真武湯(30)

真武湯(30)(しんぶとう)は、桂枝人参湯よりも強力に身体を温め、水分代謝を促す処方です。附子(ブシ:強い温熱薬)や茯苓(ブクリョウ)などを含み、腎臓を含めた全身の陽気を補って水分を排出する働きがあります。慢性の下痢やむくみ、めまいなどがあり、手足の冷えが強い場合には真武湯が選択されます。桂枝人参湯と比べると体力の低下が著しい虚寒(きょかん)のタイプ向きで、汗が出にくく四肢がひどく冷えている人に適しています。一方、桂枝人参湯は真武湯ほどの強い温補作用はありませんが、その分刺激がマイルドで胃腸が敏感な人にも使いやすい処方です。症状の重さや冷えの程度によって、これらの処方を使い分けます。

苓桂朮甘湯(39)

苓桂朮甘湯(39)(りょうけいじゅつかんとう)は、めまいや動悸、胃部停滞感などに用いられる漢方薬です。桂枝人参湯と一部の生薬(桂枝、朮、甘草)を共有しますが、苓桂朮甘湯には茯苓(ぶくりょう)が含まれ、人参や生姜は含まれません。胸やお腹に滞った水分(痰飲)をさばき、めまい・ふらつきを改善する処方で、特に胃内停水やメニエール病などによる立ちくらみ、動悸に使われることで知られています。桂枝人参湯と比べると、苓桂朮甘湯は水分代謝の改善に特化しており、虚弱というより水毒(すいどく:水分滞留)が主体のケースに向きます。
例えば「胃がポチャポチャ音を立ててめまいがする」といった場合には苓桂朮甘湯が第一候補となりますが、「疲労するとふらつく」ような場合にはエネルギーを補う桂枝人参湯のほうが適する、といった使い分けが行われます。

六君子湯(43)

六君子湯(43)(りっくんしとう)は、胃腸虚弱による食欲不振や胃のもたれに広く用いられる漢方薬です。人参・白朮・茯苓・甘草からなる四君子湯に陳皮(チンピ)と半夏(ハンゲ)を加えた処方で、現代の機能性ディスペプシア(胃の機能性消化不良)などによく用いられています。桂枝人参湯と同様に胃腸を元気づける作用がありますが、温める力は穏やかで、吐き気や胸やけなど胃の不快感除去に優れています。
胃腸の弱さがメインで発熱や悪寒といった症状がない場合には六君子湯が選ばれることが多く、逆に冷えが強く下痢傾向であれば桂枝人参湯のほうが適しています。両処方とも虚弱な胃腸を立て直す目的ですが、六君子湯は胃もたれ・吐き気中心、桂枝人参湯は冷えと下痢中心と考えると使い分けが分かりやすいでしょう。

副作用や証が合わない場合の症状

桂枝人参湯は比較的穏やかな処方で副作用も少ないとされていますが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合には副作用が現れる可能性があります。特に次のような症状には注意が必要です。

  • 消化器症状:食欲不振、胃もたれ、吐き気、下痢など。桂枝人参湯には身体を温め乾かす作用のある生薬が含まれるため、もともと胃腸が弱く極度に乾燥しやすい方ではこれらの症状が出ることがあります。服用中に強い胃の不快感や下痢が続く場合は、一度中止し医師に相談してください。
  • 皮膚症状:まれに発疹、かゆみ、蕁麻疹(じんましん)などのアレルギー反応が起こることがあります。特に配合生薬の人参(高麗人参)によって皮膚症状が出た報告があります。服用後に異常を感じた際は、速やかに医療機関へご相談ください。
  • 重篤な副作用:桂枝人参湯には甘草(カンゾウ)が含まれています。甘草に含まれるグリチルリチン酸の作用により、長期多量の服用や他の甘草含有製品との併用で、低カリウム血症を伴う脱力感や高血圧(偽アルドステロン症)を引き起こす恐れがあります。むくみが出たり血圧の上昇や筋力低下がみられた場合は、ただちに専門医に相談してください。

また、証(しょう:体質)が合わない場合には十分な効果が得られないばかりか、症状が悪化することがあります。桂枝人参湯は温める処方のため、体内に熱がこもりやすい陰虚(いんきょ)や内熱の傾向がある方に使うと、かえってのぼせや口渇が強まることがあります。実際に「ほてりや汗が多い」「喉が渇きやすく便秘気味」といった熱証の方には適さず、桂枝人参湯では症状が悪化する可能性があります。このような場合は別の漢方薬の検討が必要です。漢方薬は合う証に用いてこそ効果を発揮するため、自己判断で長く服用するのは避け、専門家の指導の下で適切な処方を選ぶようにしましょう。

併用禁忌・併用注意な薬剤

桂枝人参湯には麻黄や附子といった刺激の強い生薬は含まれておらず、絶対に併用NGとされる薬剤は比較的少ないとされています。しかし、以下のような場合には併用に注意が必要です。

  • 利尿薬や副腎皮質ステロイド剤との併用:桂枝人参湯の利水作用および甘草の作用によって、利尿薬(例:フロセミドなど)やステロイド剤と一緒に服用すると体内のカリウムが失われやすくなる可能性があります。低カリウム血症による筋力低下や不整脈を招かないよう、これらのお薬を服用中の方は医師と相談の上で桂枝人参湯を利用してください。特にステロイド剤長期使用中は電解質の変動に注意が必要です。
  • 降圧薬や強心薬との併用:桂枝人参湯を服用して胃腸の水分がさばけむくみが取れてくると、血圧や循環動態に変化が生じる場合があります。高血圧の薬(降圧薬)や心不全の薬(強心薬)を使用中の方は、漢方服用開始後の体調変化に注意し、必要に応じて主治医に経過を報告してください。特にジギタリス製剤を服用中の場合、カリウム低下に伴う薬効の変動に注意が必要です。
  • 抗凝血薬との併用:桂枝人参湯に含まれる生薬の中には、生体に作用して血液の凝固や循環に影響を及ぼす可能性が指摘されているものがあります。例えば高麗人参は血糖や血圧への作用に加え、抗凝固薬(ワルファリンなど)の効果を減弱させるとの報告もあります。そのため、抗凝血薬を服用中の方が桂枝人参湯を併用する際は、定期的に血液検査を受けるなど慎重な経過観察が望まれます。
  • 他の漢方薬やサプリメントとの併用:桂枝人参湯と作用の似た生薬(甘草や乾姜など)を含む漢方薬を併用すると、生薬成分が重複し副作用リスクが高まる可能性があります。また、栄養ドリンクやサプリメント類に高麗人参エキスや甘草エキスが含まれている場合も注意が必要です。自己判断でのあれこれの併用は避け、服用中の薬やサプリは必ず医師・薬剤師に伝えておきましょう。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

桂枝人参湯は、その名前が示す通り「人参湯」に桂枝を加えた処方です。全部で5種類の生薬から構成されており、それぞれが役割を分担しながら協調して効果を発揮します。処方名にある「桂枝」は、実際の生薬では桂皮(けいひ:肉桂の樹皮)を用いますが、古来の名称にならって桂枝人参湯と呼ばれています。ここでは含まれる生薬と、その選ばれている理由を解説します。

桂枝(ケイシ)

桂枝(けいし)は肉桂(ニッケイ、シナモン)の若い枝を指し、身体を温めて痛みを和らげ、発汗を促す作用を持つ生薬です。桂枝は血行を改善し、滞った氣を巡らせる働きにも優れるため、頭痛や肩こり、悪寒など表(外側)に現れる症状を和らげます。桂枝人参湯では、風邪の名残による頭痛・悪寒や軽い節々の痛みを散らすために加えられています。また、桂枝が加わることで体表の冷えを取って経絡を通じやすくし、他の生薬が内臓に働きかけやすい状態を作る役割も担っています。さらに血行が良くなることで動悸の改善にも一役買います。桂枝は桂枝人参湯の中で外と内をつなぐ橋渡しのような働きをしており、残った寒気を発散しつつ、内臓の冷えも取り除いていきます。

人参(ニンジン)

人参(にんじん)はウコギ科のオタネニンジン(高麗人参)の根を乾燥させた生薬です。ちなみに日常で言う「ニンジン(人参)」はニンジン科の野菜ですが、漢方で「人参」と書けば高麗人参を指します。人参は氣を補い、胃腸の働きを高め、全身の体力を増強する代表的な補剤です。桂枝人参湯では、弱った消化機能を立て直し、下痢や倦怠感の元となるエネルギー不足を補う中心的役割を果たします。人参によって胃腸が元気になると食物の消化吸収が改善し、身体に必要な栄養と氣が十分に巡るようになります。その結果、虚弱体質による頭痛や息切れが起こりにくくなる効果が期待できます。また、人参には免疫力を高める作用も知られており、胃腸型感冒からの回復期にも体力の底上げを助けてくれます。

蒼朮(ソウジュツ)

蒼朮(そうじゅつ)はキク科ホソバオケラの根茎を乾燥させた生薬で、湿気を取り除き脾(ひ:消化器)の機能を高める作用があります。蒼朮は体内の余分な水分(湿)を乾かして排泄を促し、胃腸の働きを整えることで食欲不振や下痢、むくみを改善します。桂枝人参湯では、蒼朮が胃腸の冷えと水分停滞を取り除く中核として働きます。人参とセットで用いることで**「補気健脾(ほきけんぴ)」(氣を補い脾を強くする)効果が高まり、虚弱な胃腸を立て直します。また、蒼朮は身体を温める力も持つため、冷えによる腹部の重だるさや消化不良を軽減します。特に水様性の下痢や胃の停水感**に対して、蒼朮が湿を除くことで症状を和らげる狙いがあります。桂枝人参湯の名前には入っていませんが、蒼朮はこの処方の陰の主役ともいえる重要な生薬です。

甘草(カンゾウ)

甘草(かんぞう)はマメ科カンゾウの根・根茎を乾燥させた生薬で、甘みのある調和薬です。甘草は筋肉の緊張を緩め痛みを和らげる作用や、複数の生薬の働きを調節して副作用を抑える作用があります。桂枝人参湯では、他の生薬のクセをまろやかにまとめ、胃腸への負担を軽減する目的で配合されています。例えば、生姜や蒼朮の辛み・苦みによる胃への刺激を甘草が緩和し、虚弱な方でも飲みやすく作用しすぎないバランスに整えます。また、甘草自体にも緩和な鎮痛・鎮痙作用があるため、腹部の張り感や軽い腹痛がある場合にも有用です。さらに、桂枝人参湯のような温める処方で懸念される炎症やほてりを抑える緩衝材としても働きます。ただし甘草の過剰摂取は前述のように偽アルドステロン症の原因となりうるため、含有量の多い他剤との重複には注意が必要です。

乾姜(カンキョウ)

乾姜(かんきょう)はショウガ科のショウガの根茎を蒸して乾燥させた生薬で、いわゆる乾燥ショウガです。生の生姜(生姜(しょうきょう))よりも身体を温める力が強く、脾胃を温めて寒を散らし、嘔吐や下痢を止める作用があります。桂枝人参湯では、乾姜が冷えきったお腹を内側から温め、胃腸の機能を回復させる役割を担います。特に「腹部が冷えてゴロゴロ音がする」「食べると胃が冷える感じがする」ような場合に、乾姜が胃腸を温めて症状を改善します。また、乾姜には痰を鎮める作用もあり、胃内停水や吐き気を抑えるのにも有効です。人参や蒼朮と組み合わせることで脾胃虚寒(ひいきょかん)(胃腸の冷えと虚弱)を根本から改善し、桂枝の発汗作用をサポートする働きもあります。さらに、生姜成分が身体を温めることで血行も促進されるため、動悸や倦怠感の軽減にも寄与します。乾姜は縁の下の力持ちとして、桂枝人参湯全体の効果を底上げしている生薬と言えるでしょう。

桂枝人参湯にまつわる豆知識

●古典での位置づけと由来:桂枝人参湯は中国・漢代の古典『傷寒論』に登場する処方です。『傷寒論』では、風邪(寒邪)を誤治して体内が冷え、胃腸に問題が生じたケースで本処方が示されています。具体的には、誤った下剤の使用で体力を消耗した患者に「太陽病の残る中間状態」として、外には軽い悪寒頭痛が残り、内には胃腸虚弱による下痢がある——そのような状況で桂枝人参湯が用いられました。このように、桂枝人参湯は外表の寒邪と内側の虚寒、両方に対処するバランスの良い処方として位置づけられていたのです。
また、処方名が示す通り人参湯に桂枝を加えた組み合わせであることから、日本では昔から「人参湯証にして上衝(じょうしょう)の症状が強い場合に桂枝を加えて用いる」と解説されることがあります。江戸時代の漢方医・吉益東洞(よしますとうどう)も著書『方極』の中で桂枝人参湯について触れており、古くから日本の漢方家に重宝されてきた歴史がうかがえます。

●名前と生薬の豆知識:漢方の生薬名には日常語と異なる意味を持つものがあります。桂枝人参湯に含まれる「人参(にんじん)」もその一つで、日常ではオレンジ色の野菜を指しますが、漢方では高麗人参のことです。高麗人参は「人のような形をした根」という意味で人参と名付けられましたが、江戸時代に西洋からニンジン(人参)が伝来した際、その形が似ていたため同じ漢字が充てられました。このため、漢方の世界では人参=高麗人参と覚えておくと混乱を防げます。
また、桂枝人参湯は生薬構成上味に特徴があります。甘草と人参由来のほのかな甘みが感じられる一方で、桂枝と乾姜のピリッとした辛みが舌に残ります。わずかに甘くピリ辛い風味は、飲むと体がポカポカと温まってくるのを実感できるでしょう。苦みの強い処方に比べると飲みやすい部類ですが、粉末をそのままよりお湯に溶かして服用すると香りも立ち、より飲みやすくなります。

●効果的な服用方法:桂枝人参湯は漢方の分類上「散寒剤(さんかんざい)」に属し、身体の冷えを散らす目的の薬です。そのため、お湯に溶かして温かい状態で服用するとより効果的だとされています。実際、エキス顆粒剤の添付文書にも食前または食間にお湯で溶いて服用すると良い旨の記載があります。服用時に身体を冷やさないよう、白湯で流し込むなど工夫すると一層体が温まりやすくなります。逆に、アイスクリームや冷たい飲み物と一緒に服用すると薬効を損ねる可能性がありますので注意しましょう。
なお、桂枝人参湯は比較的マイナーな処方ではありますが、症状が合致すれば現代でも有用です。最近の一般的な漢方の教科書ではあまり取り上げられませんが、適切な症例では「胃腸型の風邪の特効薬」として医師が処方することもあります。歴史ある生薬の知恵が現代でも活きている好例と言えるでしょう。

まとめ

桂枝人参湯は、胃腸が虚弱で冷えがあるために頭痛や動悸、下痢などの症状が現れている方に適した漢方薬です。体内の不足したエネルギー(氣)を補いながら余分な水分をさばき、体を温めることで、慢性的な胃腸不良や虚弱体質による不調を改善することが期待されます。古くは傷寒論に記載され、日本でも古来より用いられてきた歴史ある処方ですが、現代においても症状に合えば穏やかに体質を整えてくれるでしょう。比較的副作用は少ないとされていますが、証に合わない場合や他の医薬品との併用には注意が必要です。特に陰虚や内熱の方には適さず、甘草の長期併用にも注意が求められます。漢方は患者さん一人ひとりの証に合わせてこそ効果を発揮するため、自己判断での服用ではなく専門家の指導の下で用いることが大切です。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。

証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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