二陳湯(ツムラ81番):ニチントウの効果、適応症

目次

二陳湯の効果、適応症

二陳湯(にちんとう)は、痰湿(たんしつ)と呼ばれる余分な水分や粘液が体内に滞った状態を改善する代表的な漢方薬です。胃腸の機能(脾〈ひ〉:消化機能)を整えながら湿邪(しつじゃ)を乾かし、停滞した痰(たん)を取り除くことで、咳や吐き気、めまいなど様々な症状を和らげる効果があります。以下のような症状・体質に対して効果が期待できます。

  • 咳が長引き痰が多い:風邪の後などに咳嗽が慢性化し、白色で粘り気のある痰が大量に出るような場合。慢性気管支炎やCOPDの痰の絡む咳に用いられます。
  • 喘息で湿性の痰を伴う:気管支喘息でゼーゼーと喘鳴があり、喉に粘液が絡むタイプ。発作そのものを止める薬ではありませんが、日常的に痰が多く気道が塞がりやすい方の体質改善に用います。
  • めまい・メニエール病めまいやふらつき、耳の閉塞感がある場合で、特にメニエール病のように内耳に液体が貯留しやすいケースに用いられます。痰湿を除くことで内耳のむくみを軽減し、回転性めまいや吐き気の症状緩和に役立ちます。
  • 胃もたれ・吐き気:胃の中に水が停滞しているような膨満感やムカムカする吐き気に用いられます。慢性胃炎で食後に胃が重く感じる場合や、朝起きたときに胃に不快感と白い粘液を吐きやすい場合などに適しています。

このように、二陳湯は体内に痰湿がたまりやすく、ぽっちゃり体型で胃腸が弱い方によく用いられる処方です。痰湿を取り除きつつ気の巡りを整えることで、呼吸器から消化器まで幅広い症状の改善が期待できます。

よくある疾患への効果

慢性の咳・気管支炎

慢性的な咳や気管支炎では、気道に痰がからんでゴロゴロと喉が鳴る状態が続くことがあります。二陳湯はこのような湿った咳に対して、痰を切れやすくして咳を鎮める効果があります。抗生物質や気管支拡張剤のように急性症状を直接止めるわけではありませんが、痰の産生を減らし気道をスッキリさせることで、慢性的な咳の緩和に役立ちます。特に朝方に痰が多く出るような慢性気管支炎の方に適した処方です。

気管支喘息(喘息の痰が絡むタイプ)

気管支喘息は気道が狭くなりゼーゼーと息苦しくなる疾患ですが、痰の存在が症状を悪化させることがあります。二陳湯は気管支喘息そのものを治す薬ではありませんが、痰湿をさばいて気道を通りやすくすることで、喘息患者の痰っぽさを軽減する補助的な目的で用いられます。発作時の救急薬とは別に、痰が多く出る体質改善として医師の判断で継続的に処方されることがあります。

メニエール病(めまい)

メニエール病は内耳にリンパ液が過剰に溜まることで起こるめまいや耳鳴りの病気です。漢方では内耳に生じた「水滞(すいたい)」=余分な水分や痰が原因と考えます。二陳湯は利水化痰作用によって内耳のむくみを改善し、激しい回転性のめまいや吐き気を和らげる効果が期待できます。実際にふらつき・耳の閉塞感を訴える患者に対し、二陳湯を中心とした処方が用いられることがあります。ただし、めまいの原因は多岐にわたるため、適応かどうか専門医の判断が重要です。

慢性胃炎・胃の不調

胃もたれや慢性胃炎による上腹部の重苦しさにも、痰湿の関与が疑われる場合があります。食べ過ぎでもないのに胃に内容物が残っているように感じたり、口の中に粘液が上がってきて吐き気がするような症状は、漢方で「痰飲(たんいん)」と呼ばれる状態です。二陳湯は胃内の停滞した痰湿を除き、胃の蠕動運動を整えて吐き気を抑える働きがあります。胃酸過多や胃潰瘍のような強い炎症がある場合には適しませんが、機能性ディスペプシア(機能性胃腸症)などで胃の動きが鈍く、水分が溜まりやすい方に対して症状改善の一助となります。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

痰が絡む咳やめまいといった症状には、二陳湯以外にもいくつか類似した漢方処方があります。症状の微妙な違いや患者さんの体質によって、適切な処方を選び分けることが大切です。ここでは、二陳湯と比較されやすい処方をいくつかご紹介します。

半夏厚朴湯(16)(はんげこうぼくとう)

半夏厚朴湯(16)は、喉に梅の種が引っかかったような違和感(梅核気〈ばいかくき〉)を訴える方に用いられる処方です。二陳湯と同じ半夏や茯苓を含みますが、厚朴(こうぼく)や蘇葉(そよう)を加えることで喉のつかえ感や精神的なストレスを和らげる働きが強化されています。咳や痰というより喉の違和感・ヒステリー球が主症状の場合は、痰を散らし気を巡らす半夏厚朴湯が選択されます。

六君子湯(43)(りっくんしとう)

六君子湯(43)は、二陳湯に人参(にんじん)や白朮(びゃくじゅつ)など補気作用のある生薬を加えた処方です。胃腸が弱く食欲不振で疲れやすい気虚(ききょ)体質の方の胃もたれ・嘔気に用いられます。二陳湯が痰湿を除くことに重点があるのに対し、六君子湯は気力や消化機能を補いながら痰をさばくため、虚弱傾向で胃にもたれと痰が混在するようなケースに適しています。

竹茹温胆湯(91)(ちくじょうんたんとう)

竹茹温胆湯(91)は、二陳湯をベースに竹茹(ちくじょ:淡竹葉の表皮)や枳実(きじつ)などを配合した処方で、胆胃不和(たんいふわ)による症状に用いられます。具体的には痰熱を伴う不眠や動悸、神経症状(例えば寝つきが悪く悪夢を見がちなど)に効果が期待できます。二陳湯が比較的温性で湿痰を除くのに対し、竹茹温胆湯はやや熱を冷ましつつ痰を除く処方で、痰が黄色くネバつくような熱痰や精神不安を伴う場合に選択されます。

苓桂朮甘湯(39)(りょうけいじゅつかんとう)

苓桂朮甘湯(39)は、水滞によるめまいや動悸に用いられる処方です。茯苓や白朮・桂枝などを含み、体内の余分な水分を捌いてめまい、息切れ、胸のムカムカを改善します。二陳湯との違いは、半夏や陳皮を含まないためより温めて水を巡らせる作用が主体である点です。めまいや立ちくらみが主で痰自体はそれほど多くない場合には、苓桂朮甘湯のように心下の水をさばいて眩暈を取る処方が適することがあります。逆に痰が多く胃にもたれが強い場合には二陳湯が検討されます。

副作用や証が合わない場合の症状

二陳湯は比較的穏やかな処方ですが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合、副作用が現れる可能性があります。

  • 消化器症状:食欲不振、胃の不快感、吐き気、下痢など。温燥作用のある生薬が多く含まれるため、胃腸が敏感な方ではこれらの症状に注意が必要です。服用中に強い胃もたれや吐き気が続く場合は服用を中止し、医師に相談してください。
  • 皮膚症状:発疹、かゆみ、蕁麻疹(じんましん)などのアレルギー反応がまれに起こることがあります。服用後に皮膚の異常(発赤、痒みなど)を感じた際も、早めに医療機関へご相談ください。
  • 重篤な副作用:二陳湯には甘草(カンゾウ)が含まれます。長期連用や他の甘草含有製品との併用により、低カリウム血症に伴う筋力低下や血圧上昇(偽アルドステロン症)を引き起こすおそれがあります。手足のむくみが強く出たり、脱力感や血圧の異常が見られた場合は、すみやかに専門医に相談してください。

また体質(証)が合わない場合、十分な効果が得られないばかりか症状が悪化することがあります。例えば、体内の陰液が不足している陰虚(いんきょ)の方や、のぼせ・乾燥傾向が強く痰がほとんどない乾いた咳の方に二陳湯を用いると、かえって喉の渇きやから咳が増悪する可能性があります。そのため、熱感が強い・痰が少ないタイプの咳やめまいには適さない処方です。このような場合には別の漢方薬が検討されます。

併用禁忌・併用注意な薬剤

二陳湯には麻黄や附子のような刺激の強い生薬は含まれておらず、絶対的な併用禁忌とされる薬剤は比較的少ないとされています。ただし、以下のような場合には併用に注意が必要です。

  • 利尿薬や副腎皮質ステロイド剤との併用:二陳湯に含まれる茯苓の利水作用や甘草の作用により、利尿剤(例:フロセミドなど)やステロイド剤と一緒に服用すると電解質バランスが変化しやすくなる可能性があります。特にカリウムが失われやすくなり、低カリウム血症による筋力低下や不整脈を招くおそれがあります。これらの薬を服用中の方は、二陳湯を併用する際は医師に相談の上、経過を注意深く観察してください。
  • 降圧薬や強心薬との併用:二陳湯の服用によって体内の水分バランスが改善されると血圧や循環動態が変化する場合があります。高血圧治療薬(降圧薬)や心不全治療薬(強心薬など)をご使用中の方は、漢方服用開始後の体調変化に注意し、必要に応じて主治医に経過を報告してください。特にジギタリス製剤を服用中の場合、カリウム低下に伴う作用増強が生じる可能性があるため注意が必要です。
  • 他の漢方薬やサプリメントとの併用:二陳湯と似た作用を持つ生薬(例:半夏、陳皮など)を含む漢方薬を複数併用すると、生薬成分が重複し副作用リスクが高まる可能性があります。また健康食品・サプリメント類との相互作用も考えられるため、自己判断での併用は避け、現在服用中のものがあれば必ず医師・薬剤師に伝えてください。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

二陳湯は、4種類の乾燥生薬(+調整薬2種)を組み合わせて作られています。基本処方は「半夏(ハンゲ)」「陳皮(チンピ)」「茯苓(ブクリョウ)」「甘草(カンゾウ)」の4つで、煎じる際に生姜(ショウキョウ)加えるのが特徴です。「二陳」とは二つの陳旧な生薬(=よく燻して熟成させた生薬)という意味で、この処方に用いる半夏と陳皮は十分に乾燥・熟成させたものが良いとされています。

半夏(ハンゲ)

半夏はカラスビシャクという植物の塊茎を加工した生薬で、強力な燥湿化痰作用を持つ君薬(中心となる生薬)です。湿ったものを乾かし、痰を捌いて除去する働きが非常に強いため、痰湿による咳・吐き気・めまいなど幅広い症状の改善に寄与します。また逆上した気を下げて吐き気を止める作用(降逆止嘔)もあり、胃内停水による悪心や嘔吐を鎮めるのにも有効です。ただし半夏は刺激が強い生薬でもあるため、生姜や甘草と組み合わせて毒性を緩和し胃を保護する工夫がされています。

陳皮(チンピ)

陳皮はミカンの皮を十分に乾燥・熟成させた生薬で、理気健脾作用(気の巡りを良くし消化機能を整える作用)と燥湿化痰作用を兼ね備えています。二陳湯では半夏に次ぐ臣薬(補佐的主要生薬)として位置づけられ、痰の排出を促しつつ胃のもたれを解消する役割があります。陳皮の芳香成分が胃腸の動きを活発にし、滞った気を下方向へ巡らせることで、胸やけや膨満感を和らげ痰を切れやすくします。半夏と陳皮はいずれも陳(ふる)いほど良品とされ、長期間熟成させることで刺激が和らぎ薬効が高まるため、「二陳湯」の名の由来ともなっています。

茯苓(ブクリョウ)

茯苓はマツホドという菌核から得られる生薬で、利水作用(余分な水分を排出する作用)と健脾作用を持ちます。淡白な甘味があり、胃腸に負担をかけずに体内の水分代謝を高める生薬です。二陳湯では佐薬(補助薬)として、半夏や陳皮で乾かした湿をさらに尿として排泄させ、痰のもととなる水毒を根本から取り除く役割を担っています。また茯苓には精神を安定させる作用もあるため、痰湿による動悸や不安感の緩和にも一役買っています。

甘草(カンゾウ)

甘草は処方全体を調和する甘味の生薬で、緩和剤(使い薬)として働きます。胃を守りつつ鎮痛・消炎作用も持ち合わせ、二陳湯では複数の生薬のクセを丸くまとめ副作用を抑える役割があります。例えば半夏の刺激性を和らげて胃粘膜への負担を軽減し、陳皮や生姜の辛味を調節します。また甘草は筋肉の痙攣を緩める働きもあり、咳込みによる喉や胸の緊張をほぐすのにも役立ちます。ただし含有量が多くなると前述の偽アルドステロン症の原因となり得るため、他の甘草含有薬との重複には注意が必要です。

生姜(ショウキョウ)

生姜はショウガの根茎で、二陳湯では煎服時に加える薬として重要な働きをします。生姜の持つ温中止嘔作用(胃腸を温めて吐き気を止める作用)により、半夏の降逆作用を助けて嘔吐や悪心をしずめる効果があります。また半夏の持つ刺激性・毒性を生姜が制約することで、安全に痰を除くことができます。さらに生姜は発汗・発散作用も穏やかに持つため、体表近くの余分な水分を飛ばして痰湿の除去を後押しします。これらの調整効果から、生姜は二陳湯の効果を引き出す陰の立役者となっています。

二陳湯にまつわる豆知識

  • 名前の由来:「二陳湯(にちんとう)」という名前は、「二つの陳(ふる)い生薬」に由来します。処方に含まれる半夏と陳皮は長く貯蔵・熟成させたほうが薬効が高まるため、古来より「陳久(ちんきゅう)の半夏・陳皮」と称されてきました。これら二つの陳旧な生薬を使う基本方剤であることから「二陳湯」と命名されています。
  • 漢方で言う「痰」とは?:漢方で「痰」といえば、単に喉や肺にある痰だけでなく、体内に蓄積した不要物全般を指します。たとえばめまいの原因となる内耳のリンパ液過剰や、ストレスでできる喉のしこり(梅核気)、さらには脂肪腫やポリープのような塊も漢方的には「痰」の一種です。二陳湯はこうした目に見えない痰(隠れた痰)を除去する基本処方として位置づけられ、古くから様々な病態に応用されてきました。
  • 古典から現代まで:二陳湯は宋代の薬典『太平惠民和剤局方(たいへいえみんわざいきょくほう)』に収載されて以降、数百年にわたり痰湿を治す第一選択薬として重用されてきました。中国では現在でも「二陳丸」として市販薬があり、慢性の咳や消化不良に広く用いられています。日本の漢方でもツムラ80番台の処方として収録されており、耳鼻科や内科領域で痰が関与する症状に対して医師が処方するケースがあります。
  • 派生処方と応用:二陳湯は多くの派生処方の基礎になっています。例えば、前述の六君子湯(43)は二陳湯に補気剤を加えて胃腸虚弱な人向けに応用した処方です。また、肩の痛みを治す二朮湯(88)は二陳湯に朮類や羌活などを加えたアレンジで、湿痰+痛みに対応しています。このように古典方剤を組み合わせ発展させるのも漢方の特徴で、二陳湯はさまざまな加減方(応用処方)の土台として今なお活躍しています。

まとめ

二陳湯は、体内の痰湿が停滞し、それによって咳や吐き気、めまいなどの症状が現れている方に適した漢方薬です。身体に溜まった余分な水分や粘液(痰)を捌きながら胃腸を整えることで、慢性の咳嗽や気管支喘息に伴う痰、メニエール病のめまい、機能性胃腸症の吐き気など幅広い症状の改善が期待されます。比較的副作用の少ない処方とされていますが、体質に合わない場合や他の漢方薬・医薬品との併用には注意が必要です。特に陰虚など適応でない証では効果が出にくく、場合によっては症状が悪化するため、専門家による証の見立てが重要になります。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。

証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

  • URLをコピーしました!
目次