平胃散(ツムラ79番):ヘイイサンの効果、適応症

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平胃散の効果、適応症

平胃散(へいいさん)(ツムラ79番)は、胃の不調を改善する代表的な漢方薬の一つです。食後の胃もたれや消化不良、吐き気、下痢傾向など「胃に余分な水分や湿気が停滞した状態」を改善し、胃腸の働きを整える効果があります。比較的体力が中程度以上あり、脂っこい物を食べると胃が重くなりやすい方や、湿気の多い時期に食欲不振になる方によく用いられます。具体的には以下のような症状・体質に対して効果が期待できます。

  • 飲み過ぎ・食べ過ぎで胃が荒れ、膨満感や吐き気がある
  • 常に胃が重く張った感じがして、食欲不振やげっぷが多い
  • 油物を食べると下痢しやすく、軟便がちである
  • 雨の日や梅雨時に身体がだるく、むくみやすい(湿気で胃腸の調子が悪化する)

このように、平胃散は体内に余分な水分(湿)がたまって胃腸の働きが低下している状態を改善し、胃もたれや食欲不振を解消する処方です。急性・慢性の胃炎や消化不良、胃アトニー、食欲不振などに広く用いられており、胃腸薬として古くから親しまれてきました。

よくある疾患への効果

胃もたれ・消化不良

食後に胃がもたれて苦しい、消化不良で食べ物がいつまでも胃に残っている感じがするといった症状に対して、平胃散は胃の動きを活発にし消化を助ける効果があります。胃の中の余分な水分や停滞した食物をさばき、胃酸や消化酵素の分泌を促すことで、食後の膨満感やげっぷの改善が期待できます。
実際に「食べ過ぎて胃が重い」「胃が張って苦しい」といったケースで、平胃散を服用すると胃の働きが高まり、もたれ感が和らぐことがあります。胃もたれの漢方薬として昔から知られる処方ですが、胃酸過多による強い胸やけや胃痛がある場合には別の処方(例えば安中散など)が選ばれることもあります。

急性胃腸炎(食あたり)

急性胃腸炎やいわゆる「食あたり」で、下痢や吐き気を伴う場合にも平胃散が用いられることがあります。胃腸に停滞した水分を除去して胃の調子を整えることで、下痢を改善し吐き気を鎮めます。症状が比較的軽い場合は平胃散単独で胃腸の回復を促しますが、激しい下痢や嘔吐がある場合には五苓散などと組み合わせた処方(後述の胃苓湯など)を用いて脱水症状にも対処します。平胃散は腸内の余分な水分を調整する働きがあるため、食あたりで水様の下痢が続くようなケースでは、水分吸収を助けて症状を緩和します。
ただし、高熱を伴う重篤な食中毒や脱水が進んだ場合は点滴などの治療が必要となるため、漢方のみで無理に対応しようとせず医療機関を受診してください。

慢性胃炎・胃アトニー

慢性的な胃炎や胃アトニー(胃の働きが弱くなった状態)による胃の不快感にも、平胃散が用いられることがあります。ストレスや加齢によって胃の動きが鈍く、常にみぞおちが重苦しい、食欲がわかないといった機能性ディスペプシア(FD)の患者様において、主症状が「胃もたれ」である場合に適しています。平胃散は胃腸の機能そのものを立て直す作用があるため、服用を続けることで胃のもたれや倦怠感が徐々に改善し、食欲が回復してくるケースがあります。実際に胃の不調で長く食事が摂れなかった方が、平胃散の服用によって「胃がスッキリして食べられるようになった」という報告もあります。
ただし、患者様の体力が著しく低下している場合や、胃酸過多による痛みが目立つ場合には無理に平胃散を使わず、六君子湯(43)など他の補胃薬に切り替えることもあります。症状に応じて適切な処方を選ぶことが大切です。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

胃の不調には平胃散以外にもさまざまな漢方薬があります。症状や体質に合わせて処方を使い分けることで、より効果的に胃腸の症状を改善できます。ここでは、平胃散と同じような胃の症状に用いられる代表的な漢方薬を3〜5種類ほど取り上げ、その特徴と使い分けについて解説します。

六君子湯(43)(りっくんしとう)

六君子湯は胃腸を元気づける代表的な漢方薬で、虚弱体質で食欲不振や胃もたれがある場合によく使われます。平胃散が「余分な水分を除いて胃を軽くする薬」だとすると、六君子湯は「弱った胃そのものを補う薬」です。具体的には、食が細く疲れやすい方や、胃もたれしているけれども全体的に元気がなく胃の動き自体が弱い方に適しています。人参や白朮など補気剤が含まれており、胃腸を温めて消化機能を高める作用があります。
一方、平胃散は比較的体力があり食欲はある程度あるものの胃が重いというケースに用いられます。つまり体力の差で使い分けることが多く、「胃がもたれるけど元気がない人には六君子湯、胃がもたれているが体力はある人には平胃散」と覚えると分かりやすいでしょう。

半夏瀉心湯(14)(はんげしゃしんとう)

半夏瀉心湯はみぞおちのつかえ感(心下痞満)とともに、吐き気や下痢・軟便を伴う胃腸の不調に使われる漢方薬です。胃腸に炎症があったり、ストレスで胃と腸のバランスが乱れているような場合に適しています。例えば、げっぷや胸やけがあり舌苔が黄色くてネバつく(胃に熱と湿がこもっている)ようなタイプでは、平胃散よりも半夏瀉心湯の方が効果的です。半夏瀉心湯には黄連や黄芩といった清熱剤が含まれ、胃粘膜の炎症を鎮める作用があります。また人参や甘草も配合されており、弱った胃腸を立て直す働きも併せ持ちます。
「胃のあたりがゴロゴロ鳴って下痢もある」という場合には半夏瀉心湯が第一選択となり、平胃散は適しません。このように、炎症の有無や便通の状態によって半夏瀉心湯と平胃散を使い分けます。

茯苓飲(69)(ぶくりょういん)

茯苓飲は平胃散と同様に胃もたれを改善する処方ですが、特にげっぷや胸やけ、吐き気などの「気逆症状」を伴う場合に適しています。胃の内容物が上にせり上がってくる感じや、ストレスで胃がキリキリせずにムカムカするような神経性胃炎のケースで使われることがあります。茯苓飲には桂枝(シナモン)や茯苓(ぶくりょう:漢方の利水剤)が含まれ、胃の上部の締まりを良くして胃酸の逆流を防ぎ、同時に余分な水分を排出する作用があります。そのため胃下垂気味で胃酸が逆流しやすい人や、胃もたれとともに尿量減少・むくみがある人に向いています。
平胃散が主に消化管内の湿をさばくのに対し、茯苓飲は水分代謝と胃の弛緩改善に重点を置いた処方と言えます。げっぷや胸やけが強い方には茯苓飲、膨満感が主体でげっぷはそれほどでもない方には平胃散、と症状に応じて使い分けられます。

胃苓湯(115)(いれいとう)

胃苓湯は平胃散に五苓散(17)(ごれいさん)を合わせた処方で、胃腸の湿を除く効果に加えて利尿・止瀉(下痢止め)の効果が強化されています。激しい水様性下痢や嘔吐を伴う急性胃腸炎、暑気あたり(夏バテによる下痢)などに用いられ、脱水予防と消化機能回復を同時に図ります。平胃散単独では対応しきれないような重度の下痢や嘔吐がある時に、胃苓湯が選択されます。例えば真夏にクーラーで冷えた飲食物を摂り過ぎて下痢が止まらない、といった場合に胃苓湯は効果的です。平胃散がベースにあることで胃腸の機能を立て直し、さらに五苓散の成分である沢瀉や猪苓が水分バランスを整えて脱水症状を改善します。
ただし、胃苓湯は症状が落ち着いてきたら長期連用はしない処方で、あくまで一時的な下痢止め・胃腸炎対応薬として使われます。症状が収まった後は、平胃散や六君子湯などで胃腸をケアしていく形になります。

副作用や証が合わない場合の症状

平胃散は比較的マイルドで副作用の少ない処方ですが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合には副作用が現れる可能性があります。

  • 重篤な副作用:平胃散には甘草(カンゾウ)が含まれています。甘草を長期間大量に服用したり、他の甘草含有製品(例えば甘草を含む他の漢方薬やグリチルリチン配合の薬剤)と併用したりすると、低カリウム血症に伴う筋力低下や高血圧・むくみ(偽アルドステロン症)を引き起こすおそれがあります。服用中に足がつりやすくなる、手足に力が入りにくい、異常にむくむ、血圧が上がる等の症状が現れた場合は、ただちに服用を中止し専門医に相談してください。
  • 他の漢方薬やサプリメントとの併用:平胃散と作用の似た生薬(蒼朮や厚朴などの芳香性健胃薬)を含む漢方薬を併用すると、生薬の作用が重複して胃腸に負担がかかりすぎたり、副作用リスクが高まる可能性があります。また、西洋薬との組み合わせにも注意が必要です。とくに利尿薬やステロイド剤を服用中の場合、平胃散との併用で電解質バランスが乱れやすくなることが報告されています。自己判断での併用は避け、現在服用中の薬やサプリメントがある場合は必ず医師・薬剤師に伝えてください。

なお、証(しょう:体質)が合わない場合、平胃散を服用しても十分な効果が得られないばかりか、かえって症状が悪化することもあります。例えば、陰虚(体の潤いが不足した状態)や胃に熱があるタイプの方が平胃散を飲むと、のどの渇きや胃部不快感が増す可能性があります。体質に合った漢方薬を選ぶことが何より重要ですので、少しでも異変を感じた場合は速やかに漢方に詳しい医師にご相談ください。

併用禁忌・併用注意な薬剤

平胃散と他の薬剤の組み合わせで、特に注意すべきものについて説明します。基本的に平胃散は単独で服用する分には安全性が高いですが、以下のような薬剤とは併用に注意が必要です。

  • 利尿剤(フロセミドなど):利尿作用によりカリウムを喪失しやすい薬です。平胃散に含まれる甘草の作用と合わさると低カリウム血症を起こしやすくなり、筋力低下や不整脈のリスクが高まります。
  • 副腎皮質ステロイド(プレドニゾロンなど):ステロイド剤もカリウム排泄とナトリウム貯留を引き起こすため、平胃散との併用で血圧上昇やむくみなど偽アルドステロン症様の症状が出やすくなります。
  • 甘草含有製剤(他の漢方薬・シロップ剤等):上述のとおり甘草の重複は偽アルドステロン症の原因となります。他の漢方薬(例えば芍薬甘草湯(68)など)やグリチルリチン酸配合の咳止め薬などを併用する際は、総量が過剰にならないよう十分注意してください。

これらの薬剤をすでに服用中の方でも、医師の判断でリスクを管理しながら平胃散を処方されるケースはあります。併用が絶対に禁止というわけではありませんが、併用する際には定期的に血液検査で電解質や腎機能をチェックするなど慎重な経過観察が必要です。自己判断で市販薬や他の漢方薬を追加することは避け、必ず担当の医療者に相談しましょう。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

平胃散は6種類の生薬で構成されています。それぞれの生薬に役割があり、組み合わせることで胃腸の不調を改善する相乗効果を発揮します。ここでは、平胃散に含まれる生薬とその作用について解説します。

蒼朮(ソウジュツ)

胃腸の機能を高め、体内の余分な水分(湿)を乾かして排出する作用を持つ生薬です。蒼朮は芳香のある根茎で、脾(消化機能)を健やかにし、食欲不振や胃のもたれ、身体のむくみを改善します。体を温めて発汗を促す作用もあるため、湿気が原因で起こるだるさや食欲低下を解消するのに役立ちます。平胃散では中心的な役割を担う生薬で、滞った水分をさばいて胃を軽くする主役と言えます。

厚朴(コウボク)

厚朴はお腹の張り(膨満感)やガスを散らし、胃腸の動きをスムーズにする生薬です。芳香が強く、腸内のガスを減らしてお腹のゴロゴロや張った感じを和らげる効果があります。また、停滞した「気」を下げて吐き気を鎮める作用も持っています。平胃散に厚朴が入ることで、食べ過ぎや胃内停水による苦しい張りを解消し、スッキリと胃腸を動かすことができます。蒼朮と厚朴の組み合わせは、湿邪で滞った胃腸の流れを整える伝統的な組み合わせです。

陳皮(チンピ)

陳皮はミカンの皮を乾燥させた生薬で、胃の気の巡りを良くし、消化を助ける作用があります。柑橘系の香り成分が胃腸を刺激して蠕動運動を促進し、停滞した飲食物をスムーズに移動させます。また、余分な湿や痰を取り除く働きもあり、胃のムカムカや吐き気を改善します。平胃散では陳皮が加わることで、蒼朮・厚朴の作用を補強しつつ、ほのかな香りで服用しやすくする効果もあります。胃が重く食欲がわかない状態に、陳皮の香りが食欲を適度に刺激してくれるのです。

甘草(カンゾウ)

甘草は処方全体を調和し、他の生薬の癖をまろやかにまとめる生薬です。ほんのり甘い味が特徴で、胃を保護しながら炎症を鎮める作用や筋肉のこわばりを緩める作用(鎮痙作用)も持ちます。平胃散において甘草は、苦味のある蒼朮・厚朴や刺激のある生姜の働きを穏やかにし、胃腸への負担を和らげます。また、胃痛や腹部の不快感を抑えるのにも寄与しています。ただし甘草は前述のように多量摂取で副作用(偽アルドステロン症)が現れる可能性があるため、含有量や併用薬には注意が必要です。適量であれば副作用を抑えつつ、他の生薬の効能を引き出す「縁の下の力持ち」として働いてくれます。

生姜(ショウキョウ)

生姜は体を温めて胃腸を守り、吐き気を鎮める作用を持つ生薬です。生の生姜を乾燥させて用いたもので、平胃散では胃を温めて消化力を高め、厚朴など苦味のある生薬による胃への刺激を緩和する目的で配合されています。生姜には嘔吐を抑える効果もあり、胃のむかつきや食欲不振を改善します。また、血行を促進する作用もあるため、胃腸の働きを全体的に底上げしてくれます。平胃散中の生姜は名脇役であり、蒼朮・厚朴とともに「湿を取り除きつつ胃を温める」という処方のコンセプトを支えています。

大棗(タイソウ)

大棗はナツメの実を乾燥させた生薬で、胃腸を労わりながら全身の元気を補う作用があります。甘みがあり、漢方では他の生薬の刺激を和らげる「緩和剤」としてよく使われます。平胃散では、大棗が蒼朮や厚朴の苦味をマイルドにし、胃への負担を減らす役割を果たしています。また、わずかではありますが気を補う作用もあるため、胃腸が弱っているときの栄養補給的な役割も担います。生姜と大棗はセットで配合されることが多く、古来より「生姜大棗湯」という組み合わせで脾胃を調和するとされてきました。平胃散においても、生姜・甘草・大棗の取り合わせが他の生薬を引き立て、患者さんにとって飲みやすい処方に仕上げているのです。

平胃散にまつわる豆知識

  • 名前の由来:「平胃散」という名前は文字どおり「胃を平ら(平坦)にする散剤」という意味です。これは、膨れ上がった胃の不快感を鎮めて正常な状態に戻すことを表現しています。胃にもたれがなくなり平らになる=胃がスッキリ落ち着く処方、というイメージで名付けられました。実際、服用後に胃の張りが取れて楽になることから、その効果が名前にも表れていると言えるでしょう。
  • 歴史:平胃散は中国・宋代の『太平恵民和剤局方(たいへいけいみんわざいきょくほう)』という古典医学書に収載された処方です。古くから「胃腸の水滞を取り除く薬」として親しまれ、日本にも江戸時代までに伝わりました。江戸時代の民間薬にも平胃散に似た処方が登場し、宴会で食べ過ぎた後の妙薬として重宝された記録があります。明治以降、西洋医学の台頭で一時影が薄くなりましたが、現代では再び機能性胃腸症の治療などで見直され、保険適用の漢方製剤(ツムラ平胃散エキス顆粒)として広く使われています。
  • 派生処方:実は平胃散は他の漢方処方の基礎にもなっています。例えば、五苓散を加えると胃苓湯(前述のいれいとう)になり、激しい下痢を伴う症状に対応できます。また、中国で暑気あたりの特効薬として有名な藿香正気散(かっこうしょうきさん)や、江戸時代に考案された万病薬五積散(ごしゃくさん)は、平胃散をベースに生薬を加えて発展させた処方です。
    このように平胃散は応用範囲が広く、症状に応じて加減されてきた歴史があります。現代でも、患者様の症状に合わせて平胃散に他の漢方を組み合わせることで、オーダーメイドの処方を作ることが可能です。平胃散はまさに「胃腸を平らにする」万能選手と言えるでしょう。

まとめ

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。

証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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