麻杏薏甘湯(ツムラ78番):マキョウヨクカントウの効果、適応症

目次

麻杏薏甘湯の効果、適応症

麻杏薏甘湯(78)は、漢方医学で関節痛や筋肉痛などの「風湿(ふうしつ)」による疼痛を緩和する目的で用いられる処方です。主要成分の麻黄(まおう)は強い発汗作用で体を温め、筋肉や関節にこもった寒気を散らします。薏苡仁(よくいにん)は健脾利水(腸胃を助けて余分な水分を排出する)作用で、関節周囲のむくみを軽減し炎症を抑えます。また、杏仁(きょうにん)には収れん・鎮静作用があり、麻黄の発汗作用で損なわれがちな肺やのどを潤す役割を果たします。甘草(かんぞう)は諸薬の調和役で、鎮痛・鎮痙(筋肉のけいれんを抑える)作用もあります。これら4種の生薬の組み合わせにより、体表の冷えと水分停滞によって悪化する疼痛を改善し、体全体の血行を促進して痛みを和らげる効果が期待されます。

適応症としては、関節痛、神経痛、筋肉痛、五十肩、リウマチなどが挙げられます。特に、寒冷環境や湿気にさらされることで症状が悪化するケースや、炎症による熱感が著しい場合に向いているとされます。比較的体力がある実証タイプ(こわばりや痛みが強く、寒がりな方)に適する処方で、冷えを伴う痛みには積極的に選ばれます。例えば、打撲や捻挫後の痛みでも、冷えや腫れを伴っているときに使われることがあります。漢方理論では、麻杏薏甘湯は風寒湿痺(ふうかんしつひ)という体表を覆う邪気を取り除く処方とされています。現代研究でも抗炎症・鎮痛効果が示唆されており、慢性神経痛に対して一定の疼痛緩和が期待されています。

よくある疾患への効果

  • 関節リウマチ:麻杏薏甘湯(78)は、関節の腫れや疼痛を緩和する目的で用いられます。冷えや湿気の影響を受けやすい症状に有効とされ、朝晩のこわばりや疼痛の改善が期待できます。
  • 腰痛・肩こり:特に腰や肩に冷えを感じて痛むタイプの腰痛、五十肩(肩関節周囲炎)では、温める作用と血行促進作用により筋肉のこわばりが和らぎます。腰椎椎間板ヘルニアによる坐骨神経痛でも用いられ、末梢の血流を改善してしびれ感や痛みを軽減します。
  • 神経痛・坐骨神経痛:末梢神経の血行を改善し、神経痛にも効果を示します。帯状疱疹後神経痛など炎症性の神経痛で冷えや浮腫を伴う場合に用いられ、疼痛の緩和が期待されます。
  • スポーツ障害・急性の打撲:ぎっくり腰や捻挫、打撲など急性の痛みでも、冷えや腫れを伴う場合に使われることがあります。麻黄と薏苡仁の相乗作用で腫れた部分の熱感を下げ、炎症を和らげます。
  • その他:筋肉痛や関節炎に伴う局所の腫れ・炎症を改善します。また皮膚の湿疹やいぼ(疣贅)に用いられる例があり、麻黄で皮膚の血流を改善し、薏苡仁や甘草で余分な水分や炎症を取り除く作用が関連するとされています。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

麻杏薏甘湯と似た症状に用いられる漢方薬はいくつかあります。以下に代表的な処方を比較します。

疎経活血湯(53) – 痺れを伴う関節痛に

疎経活血湯(53)は、慢性的な神経痛や関節痛に対し血行を促進して痛みを軽減する活血薬です。四肢のしびれや痛みが著しい場合に用いられ、体を温めて関節の血流を改善します。麻杏薏甘湯と同様に膝や腰など下肢の痛みにも用いられますが、瘀血(おけつ)をより意識した処方です。肩こりや偏頭痛にも用いられ、体のむくみや血行不良が強い場合に適します。比較すると、麻杏薏甘湯は湿冷タイプの痛み向け、疎経活血湯は瘀血型の長引く痛みに適しています。

薏苡仁湯(52) – 湿邪が強く腫れが目立つ関節痛に

薏苡仁湯(52)は、麻杏薏甘湯と同じく麻黄・薏苡仁を含む処方で、湿邪(湿気)を排除する点が共通します。冷えや痛みのある関節痛に適用されますが、体力に自信がない虚弱な方や、よりむくみの強い状態に用いられることが多いです。体から余分な水分を排出する効果が高く、湿度の高い時期の関節痛や水分代謝異常が関係する痛みに選ばれます。体に熱はこもりにくく、虚弱な方や疲労感の強い方には薏苡仁湯が向いており、麻杏薏甘湯はやや体力がある方での冷え性の痛みに適します。

大防風湯(97) – 冷えが強く腫れた関節痛に

大防風湯(97)は、膝や手足の関節リウマチ、慢性関節炎など、関節の腫れや痛みが強い場合に用いられる処方です。高齢者の足腰の痛みにも使われ、病状が進行して体力が低下した方にも適しています。麻杏薏甘湯に比べてより温め作用が強く、痛みで屈伸しにくいほどの重度な症状でも使われます。麻杏薏甘湯は比較的軽度~中等度の痛みに向くのに対し、大防風湯は重度の関節炎に用いられることが多い点が異なります。

以上のように、同じ「関節痛・神経痛」でも、症状の状態や体質によって最適な処方は異なります。表証(風邪のような状態)か裏証(深部からの痛み)か、体力が充実しているか衰弱しているか、痛みの程度や現れ方を見極め、これらの違いを踏まえて漢方薬を使い分けます。

副作用や証が合わない場合の症状

麻杏薏甘湯は比較的安全な漢方薬ですが、使用にあたっては含まれる生薬による副作用に注意が必要です。

特に甘草(かんぞう)にはグリチルリチンという成分が含まれ、長期服用や大量服用、他の甘草含有薬との併用で偽アルドステロン症を引き起こすことがあります。偽アルドステロン症では、血圧上昇、むくみ、手足のしびれ・脱力感、低カリウム血症などの症状が現れます。これらの症状が見られた場合は直ちに服用を中止し、医師に相談してください。

また、麻黄(まおう)にはエフェドリン類似成分が含まれるため、心臓への負担に注意が必要です。多量に使うと動悸や不眠、手の震え、血圧上昇など交感神経刺激症状が出ることがあります。高齢者や高血圧・心疾患を持つ方、また甲状腺機能亢進症や緑内障のある方は麻杏薏甘湯の使用に慎重を要します。

杏仁(きょうにん)は多量服用で吐き気や頭痛を起こすことがあり、眠気を伴うこともあります。

薏苡仁(よくいにん)は利尿作用で体を冷やしすぎることがあるため、下痢気味になったり冷えを感じる場合は服用を控えます。

体質(証)に合わない場合は、服用後に体が火照ったり頭痛やのぼせが出る、汗が止まらなくなるなどの過剰反応が現れることがあります。これらの症状が出た場合は服用を中止し、漢方薬の使用について担当医に相談してください。

併用禁忌・併用注意な薬剤

  • 麻黄含有漢方・エフェドリン製剤:麻黄湯(27)や小青竜湯(19)など他の麻黄含有漢方薬、あるいは市販の風邪薬や鼻炎薬に含まれるエフェドリン系成分と併用すると、交感神経刺激症状(動悸・不眠・高血圧など)が増強されます。これらは併用を避けてください。
  • 甘草含有漢方・サプリメント:補中益気湯(41)、芍薬甘草湯(52)など甘草を多く含む漢方薬や、甘草エキスを使用した健康食品との併用はグリチルリチン過剰となりやすく、低カリウム血症・偽アルドステロン症のリスクが高まります。必ず医師に相談してから併用してください。
  • 降圧薬・利尿薬:甘草の作用によりカリウムが低下すると、降圧薬の効果が減少したり、利尿薬と合わせて不整脈が起こる可能性があります。服用中は血圧や血清カリウム値の変動に注意し、定期的に検査を受けてください。
  • ワルファリン(抗凝固薬):甘草はワルファリンの抗凝固効果を減弱させることが知られています。そのため、ワルファリンやその他の抗凝固薬を服用している場合は、血液凝固能を厳密にモニタリングする必要があります。
  • 強心配糖体薬(ジゴキシンなど):甘草の低カリウム作用により、ジゴキシンなど強心配糖体薬の副作用(ジゴキシン中毒)が増強されやすくなります。これらを服用中の方は十分に医師へ報告してください。

含まれている生薬とその役割

麻杏薏甘湯は以下の4つの生薬から構成され、それぞれに役割があります。

  • 麻黄(まおう):発汗・解熱作用が強く、全身を温めて寒気や痛みを散らします。また利尿作用でむくみを改善し、血流を促進して筋肉や関節のこわばりを和らげます。
  • 薏苡仁(よくいにん):健脾利水作用により余分な水分を体外に排出します。関節周囲の炎症による浮腫や腫れを軽減し、湿気がこもった疼痛を緩和します。胃腸の働きを整えることで体力消耗を防ぎ、他の生薬の吸収も高めます。
  • 杏仁(きょうにん):もともと止咳潤肺作用で知られますが、本方では主に血行を改善して疼痛を鎮める役割を担います。麻黄の作用を補いながら、炎症を和らげる効果があります。
  • 甘草(かんぞう):全体を調和させる要薬です。鎮静・鎮痛作用で筋肉痛やこわばりを緩和し、胃腸を補って体力の消耗を防ぎます。また、生薬同士の作用を安定させ、服用時の刺激を和らげます。

麻杏薏甘湯にまつわる豆知識

歴史と名前:麻杏薏甘湯は中国の漢方古典『金匱要略』に登場する処方で、張仲景(ちょうちゅうけい)が約1800年前にまとめたとされています。名前は漢方構成生薬(麻黄・杏仁・薏苡仁・甘草)の頭文字から付けられ、「マキョウヨクカントウ」とも呼ばれます。日本でも江戸時代頃から知られ、ツムラからは『麻杏薏甘湯エキス顆粒』が市販されています。


味の特徴:麻杏薏甘湯は甘草の甘みが強く感じられる処方です。後味にわずかな苦みがありますが、全体として口当たりはまろやかで飲みやすい漢方茶のような風味です。服用すると体がじんわり温まり、冷えや痛みが徐々に和らぐのを実感しやすいと言われています。


使用例:近年は整形外科医や鍼灸師も注目しており、五十肩や寝違えなど日常的な筋肉痛・関節痛にも処方されます。患者様からは「服用後に入浴して温まると、痛みがぐっと楽になる」といった声が聞かれます。お灸やマッサージと併用して効果を上げるケースも多く報告されています。

まとめ

麻杏薏甘湯は冷えと湿邪による痛みに効果的ですが、体質や症状に合わせた使用が重要です。ただし副作用の可能性もあるため、服用には必ず医師・薬剤師の指導を受けてください。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。

証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

  • URLをコピーしました!
目次