調胃承気湯の効果、適応症
調胃承気湯(ちょういじょうきとう)は、胃腸の熱を冷ましながら便通を促す漢方薬の一つです。便秘を改善し、お腹の張りや不快感を和らげる効果があります。**体力中等度(普通程度)**の方向きで、比較的穏やかに作用する下剤処方です。名前に「調胃(ちょうい)」とあるように、胃腸の働きを整えながら腸内に溜まったものを排出する特徴があります。以下のような症状・体質に対して効果が期待できます。
- 便秘がちでお腹が張りやすく、ガスや膨満感がある方
- 便が硬く乾燥して出にくく、排便に時間がかかる方
- 便秘に伴って頭重感やのぼせ、肌荒れ(にきび・吹き出物)が起こりやすい方
このようなケースで、調胃承気湯は腸に水分を引き込みつつ滞った熱をさまし、固くなった便を柔らかくして排出を促します。慢性的な便秘だけでなく、便秘に起因する様々な不調(食欲不振、痔の悪化、肌トラブルなど)の緩和にも用いられます。ただし体力が極端に低下している方や冷えが強い便秘には適しません。調胃承気湯はあくまで便秘の原因が「熱」による場合に効果を発揮する処方で、胃腸の冷えや水分不足が原因の便秘には別の漢方薬が選択されます。
よくある疾患への効果
調胃承気湯がよく使われる具体的な疾患や症状について、いくつか代表的なものを挙げてみます。
慢性便秘(習慣性便秘)
繰り返す慢性的な便秘に対し、調胃承気湯は穏やかな便通改善効果を発揮します。刺激の強い下剤とは異なり、腸に水分を集めて便を軟らかくすることで自然に近い排便を促すのが特徴です。便秘が続いてお腹が張って苦しい、ガスが溜まって食欲が落ちているといった場合に、この処方によって腸内の停滞を解消し、腹部膨満感が軽減されることがあります。即効性はマイルドですが、慢性便秘の体質改善に継続的に用いられるケースもあります。ただし、効果が緩やかな分、頑固な便秘には別の処方を検討する必要があります。例えば腹部の張りが非常に強い便秘には後述の大承気湯(133)などが選ばれる場合があります。
痔(痔核・裂肛)の悪化予防
便秘は痔核(いぼ痔)や裂肛(切れ痔)を悪化させる大きな要因です。硬い便を無理に出そうといきむことで肛門に負担がかかり、出血や痛みが生じます。調胃承気湯は便を柔らかくして排便をスムーズにするため、痔をお持ちの方の排便時の負担軽減に役立ちます。また、この処方には腸内の炎症や充血を鎮める作用も期待できるため、便秘に伴う痔の腫れや痛みを和らげる一助となります。実際に「便秘が解消したら痔の症状も落ち着いた」というケースもあります。ただし痔の症状が酷い場合は、排便調整と並行して肛門の治療も必要です。
にきび・吹き出物など肌荒れ
便秘によって体内に熱や老廃物が滞ると、肌にも影響が及びます。とくにお顔のにきびや吹き出物は、便秘で腸内環境が乱れたり熱がこもったりすることが一因となることがあります。調胃承気湯で便通を良くし、体の内側にこもった余分な熱を発散させることで、こうした肌荒れ症状が改善する場合があります。漢方では「肺と大腸は表裏の関係」とされ、大腸の不調(便秘)が肺にあらわれて肌トラブルを起こすと考えます。この処方によりお通じが整うと、結果的に肌のコンディション改善につながることが期待できます。実際、便秘を伴うニキビ肌の方に処方されて、腸内環境の改善とともにニキビが落ち着いていくケースもみられます。ただし肌荒れの原因が他にある場合は別の治療が必要ですので、すべてのニキビに万能というわけではありません。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
便秘の症状には、調胃承気湯以外にもいくつか漢方薬が用いられます。**便秘の原因や体質(証)**の違いによって、処方を選び分けることが大切です。ここでは、調胃承気湯と比較されやすい処方をいくつかご紹介します。
大承気湯(133)
大承気湯(だいじょうきとう)は、調胃承気湯よりも作用が強力な下剤処方です。腹部の膨満が著しく、腹がゴロゴロと鳴って便秘が続くような実証の便秘に用いられます。厚朴(コウボク)や枳実(キジツ)といった生薬を含み、腸内のガスや滞った物を強力に押し出す働きがあります。肥満体質でお腹が固く張っている場合や、高熱による便秘などに適します。調胃承気湯との違いは、作用の強さと対象の体質です。大承気湯は体力充実した方向けで速効的な便秘改善を狙うのに対し、調胃承気湯は体力中等度で穏やかに通じをつけたい場合に使われます。便秘が頑固で腹痛や膨満感が強いケースでは大承気湯が選ばれ、そこまで強くない場合に調胃承気湯が選択される、といった使い分けがされています。
桃核承気湯(61)
桃核承気湯(とうかくじょうきとう)は、便秘にのぼせやイライラ、腹部の充満感を伴う場合に用いられる処方です。調胃承気湯と同じく大黄・芒硝を含み便通を促しますが、桃仁(トウニン)という生薬が入っている点が特徴です。桃仁には血の巡りを良くする作用があり、桃核承気湯は血行不良(瘀血〈おけつ〉)の傾向を伴う便秘に適しています。例えば、月経前後に便秘とともにイライラやのぼせを感じる女性や、頭痛・肩こりを伴う便秘の方に処方されることがあります。調胃承気湯との違いは、体力中等度以上の比較的頑丈な方に用いる点と、便秘に加えて精神不安定や充血傾向(顔が赤い、頭に血が上る感じ)がある点です。桃核承気湯は血の滞りを解消しつつ便秘を治す処方であり、単なる便秘で熱がこもるだけの場合には調胃承気湯の方が無難です。
桂枝加芍薬大黄湯(134)
桂枝加芍薬大黄湯(けいしかしゃくやくだいおうとう)は、腹痛を伴う便秘に適した処方です。文字通り桂枝湯に芍薬と大黄を加えた処方で、整腸作用に加えて鎮痛作用を持ちます。お腹が冷えて痛み、しかし便は詰まっているという冷え混じりの便秘にしばしば用いられます。例えば過敏性腸症候群の便秘型で、腹痛や腹部の張りを伴う場合や、月経痛と便秘が同時にあるようなケースです。調胃承気湯と比べると、桂枝加芍薬大黄湯は腹痛の緩和に重点があり、便秘解消と同時にお腹の痛みやしぶり感を和らげます。体力がそれほど無い方でも使える柔和な処方で、腹を温めつつ腸の動きを促す点で調胃承気湯との差別化がされています。痛みが強い便秘には桂枝加芍薬大黄湯、痛みより熱が強い便秘には調胃承気湯、といった使い分けがなされます。
大黄甘草湯(84)
大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう)は、大黄と甘草の2味から成るシンプルな処方です。即効性のある下剤として、古くから単発性の便秘に用いられてきました。強い便秘薬であり、短期間で腸を強く動かして排便させる効果があります。調胃承気湯との違いは、処方が簡素で作用が急峻な点です。大黄甘草湯は頑固な便秘に対し速やかな排便を促しますが、しばしば腹痛や下痢を伴うことがあります。そのため「頓服的」に一時的な便秘解消に使われ、連用には向きません。一方、調胃承気湯は芒硝を加えることで便を軟らかくし、甘草で腸を労わっているため、よりマイルドで継続使用しやすい処方です。すぐに出したい便秘には大黄甘草湯、穏やかになおしたい慢性便秘には調胃承気湯というように、目的と状況に応じて使い分けられます。
麻子仁丸(126)
麻子仁丸(ましにんがん)は、高齢者や体力が落ちた方の便秘によく用いられる処方です。麻子仁(マシニン:麻の実)を主体とし、腸を潤して滑らせる作用があります。体力中等度以下で、ときに便がコロコロと硬く塊状になって出にくいタイプの便秘に適しています。調胃承気湯との違いは、潤しながら通じをつける点です。麻子仁丸は腸に潤いを与えつつ緩やかに便を押し出すので、乾燥傾向の便秘(皮膚の乾燥や唇の渇きなど陰虚の兆候がある便秘)に向いています。反対に調胃承気湯は熱を冷ましつつ下す処方なので、乾燥よりも実熱のある便秘向きです。例えば肌がカサカサで便がウサギの糞状に硬い方には麻子仁丸、顔が赤くのぼせ気味で便が詰まっている方には調胃承気湯、といった使い分けになります。麻子仁丸はマイルドな作用で習慣性も少ないため、長期にわたる便秘体質の改善にも使われます。
副作用や証が合わない場合の症状
調胃承気湯は比較的穏やかな処方ですが、下剤効果を持つため副作用が現れることがあります。また、体質に合わない場合や誤った使い方をした場合、症状が悪化することもあります。考えられる副作用や注意すべき症状には次のようなものがあります。
- 消化器症状:腹痛を伴う下痢、腹部の不快感など。腸を動かす作用があるため、効きすぎた場合に下痢や激しい腹痛が起こることがあります。特に胃腸が弱い方は、服用後に胃もたれや軟便が続くようなら服用を中止し、医師に相談してください。
- 重篤な副作用:調胃承気湯に含まれる甘草(カンゾウ)の長期大量服用や、他の甘草含有製品との併用によって、偽アルドステロン症と呼ばれる重い副作用が起こることがあります。これは体内のカリウムが低下することで、手足の力が抜ける、しびれる、血圧が上昇する、むくみが出る、といった症状が現れるものです。また筋力低下が進行する低カリウム性ミオパチー(筋障害)を引き起こす恐れもあります。むくみがひどくなったり筋肉の痛みや脱力感を感じた場合は、すぐに専門医に相談してください。
なお、漢方薬は証(しょう)=体質に合っていないと十分な効果が得られないばかりか、副作用が出やすくなったり症状が悪化することがあります。調胃承気湯の場合、例えば冷えが強く下痢しがちな人や、極端に体力が落ちている人には適しません。この処方が合わない証の方が服用すると、効果がないばかりか腹痛や脱水を招く恐れがあります。自己判断で長期間飲み続けることは避け、症状に改善が見られない場合は早めに医師・薬剤師に相談しましょう。
併用禁忌・併用注意な薬剤
他の薬剤と調胃承気湯を一緒に服用する際には、いくつか注意が必要です。特に下剤効果や電解質異常に関係する薬との併用には気をつけましょう。
- 他の下剤との併用禁止:調胃承気湯はそれ自体が便秘を改善する下剤効果を持つため、市販の便秘薬(刺激性下剤や塩類下剤など)や他の漢方の通じ剤と一緒に服用しないでください。作用が重複して下痢や激しい腹痛、脱水症状を招く危険があります。便秘薬をすでに使用中の場合は、調胃承気湯を追加で飲まないようにしましょう。
- 利尿薬・ステロイド剤・強心薬との併用注意:利尿剤(例:フロセミドなど)や副腎皮質ステロイド剤、強心薬(ジギタリス製剤など)を服用中の方が調胃承気湯を併用する際は注意が必要です。これらのお薬もカリウムを減らしたり血圧に影響を与えることがあり、調胃承気湯の甘草の作用と相まって低カリウム血症や血圧変動、不整脈のリスクが高まる可能性があります。心臓のお薬や血圧のお薬を飲んでいる方は、調胃承気湯を使用してよいか必ず担当医に確認してください。
- 甘草を含む製品との併用注意:調胃承気湯には甘草が含まれるため、他に甘草エキス配合の漢方薬(例:葛根湯(1)、芍薬甘草湯(68)など)や、グリチルリチン製剤(甘草由来成分を含む抗アレルギー薬・肝臓薬など)を併用するときにも注意が必要です。甘草成分の重複摂取により、前述の偽アルドステロン症が起こりやすくなります。複数の漢方薬を併用する場合は成分が重ならないか専門家に確認してもらいましょう。
含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか
調胃承気湯は、その名の通り胃腸を調える目的で組まれた処方で、**「大黄(ダイオウ)」「芒硝(ボウショウ)」「甘草(カンゾウ)」**の3種類の生薬から構成されています。シンプルな処方ですが、生薬の組み合わせによりバランス良く便通を促すよう工夫されています。それぞれの生薬の役割を見てみましょう。
大黄(ダイオウ)
大黄は、便を下し熱を冷ます作用を持つ生薬です。中国原産のタデ科の根茎で、腸を直接刺激してぜん動運動を高め、滞った大便を押し出す強い瀉下作用があります。同時に、血流を促しお腹の膨満感や炎症を改善する効果も期待できます。調胃承気湯では主薬として腸内にこもった実熱を取り除き、宿便を排出させる中心的な役割を担っています。大黄の作用により、腹部の張りや便秘に伴う頭痛・のぼせといった症状も緩和されます。
芒硝(ボウショウ)
芒硝は、硫酸ナトリウム(硫酸ソーダ)を主成分とする鉱物性の生薬です。別名を「硝石(しょうせき)」とも言い、見た目がキラキラとした結晶であることから芒硝(芒=のぎ:穂先、硝=晶状の塩)と呼ばれます。腸管内に水分を引き込むことで便を柔らかくし、緩下(かんげ:緩やかに下す)作用を発揮します。いわば腸の潤滑剤で、大黄の瀉下作用をサポートする役割です。調胃承気湯に芒硝が配合されていることで、硬く乾いた便に水分が加わり、無理なく排泄されるようになります。また、芒硝自体にも清熱作用(熱を冷ます)があるため、のぼせや口の渇きなど便秘に伴う熱症状の改善にも寄与します。
甘草(カンゾウ)
甘草は、処方全体を調和する緩和剤(かんわざい)として働く生薬です。甘い味が特徴のマメ科の根で、古今東西あらゆる漢方処方に登場すると言われるほど汎用性があります。調胃承気湯では、大黄と芒硝の作用を穏やかにし、胃腸への負担を軽減する役割があります。大黄・芒硝だけですと下しすぎてしまう恐れがありますが、甘草を加えることで必要以上の刺激を和らげ、胃を守りつつ腸を動かすことができます。また甘草には消炎・鎮痙作用もあるため、便秘に伴う腹部の不快感や軽い腹痛を抑える効果も期待できます。このように、甘草は三者の橋渡し役として処方名どおり胃腸の機能を“調える”重要な生薬です。ただし含有量が多くなると前述の偽アルドステロン症の原因となり得るため、他の甘草含有薬との重複には注意が必要です。
調胃承気湯にまつわる豆知識
- 名前の由来:「調胃承気湯」という名前は、その働きを端的に表しています。「承気湯(じょうきとう)」とは古典医学書『傷寒論(しょうかんろん)』に由来する下剤のカテゴリー名で、「気を承る(受け止める)」すなわち体内に滞った気や熱を受け止めて排出させるという意味があります。その中でも「調胃承気湯」は「胃を調える承気湯」という名の通り、胃腸をいたわり調整しながら便通をつける処方です。実際に大黄と芒硝で下しつつ、甘草で胃を**調え(ととのえ)**ていることが処方名の由来になっています。
- 出典と歴史:調胃承気湯は、中国漢代の医師**張仲景(ちょうちゅうけい)**が著した『傷寒論』(3世紀ごろ)に収載された処方です。傷寒論の中では、高熱で汗をかきすぎた後に起こる便秘(陽明病の燥屎〈そうし〉証)に用いるとされています。その後、歴代の医書でも陽明腑実証の基礎方剤として知られ、多くの臨床家に受け継がれてきました。日本でも江戸時代から便秘薬として重宝され、現在に至るまで約1800年ものあいだ使われ続けている歴史ある漢方薬です。
- 「三承気湯」の中での位置づけ:傷寒論には承気湯が3種類あり、症状の重さに応じて使い分けられてきました。大承気湯(だいじょうきとう)は最も作用が強く実証向け、小承気湯(しょうじょうきとう)は大承気湯から芒硝を除いてややマイルドにした処方、そして調胃承気湯は胃を労わる目的で甘草を加えた穏やかな処方です。このように、大承気湯 > 小承気湯 > 調胃承気湯の順で作用が緩和されており、患者の状態に合わせて使い分ける知恵が古くからありました。現在日本で流通しているのは調胃承気湯と大承気湯が主ですが、必要に応じてこれらを適切に選択することが重要です。
- 市販薬としての利用:調胃承気湯は処方薬として医療現場で使われるだけでなく、**一般用医薬品(OTC)**としても販売されています。例えば「○○漢方便秘薬」という市販薬は調胃承気湯をもとに作られており、ドラッグストアで手軽に入手可能です。これは慢性および急性の便秘に対し穏やかで優れた排便効果があることから、比較的安全性の高い便秘薬として認知されているためです。ただし市販薬であっても漢方薬ですので、自分の体質に合った場合に初めて効果を発揮します。安易に長期使用せず、症状に応じて用量用法を守って使用しましょう。
- 味や飲みやすさ:調胃承気湯は味に特徴があります。主成分の大黄は強い苦味を持ち、芒硝は塩辛い味がします。しかし甘草が加わることで全体としてほのかな甘みが感じられ、苦塩い(にがしおからい)風味が和らげられています。エキス顆粒剤では独特の風味はありますが、比較的飲みやすい部類に入ります。どうしても味が気になる場合は、水で練って丸めて飲んだり、少量の蜂蜜を加えるなど工夫すると良いでしょう。なお、大黄の影響で服用後の尿や便が黄褐色になることがありますが、これは薬剤成分による一時的なものですので心配いりません。
まとめ
調胃承気湯は、体内に熱がこもって便秘し、その結果として頭痛やのぼせ、肌荒れなどの症状を伴う方に適した漢方薬です。胃腸の機能を調整しつつ、腸内の乾燥した滞留物に水分を与えて排出させることで、頑固な便秘を穏やかに改善することが期待されます。慢性便秘によるお腹の張りや痔の悪化、ニキビなどの随伴症状の緩和にも役立つ処方です。比較的副作用の少ない処方とされていますが、やはり下剤効果がありますので体質に合わない場合や誤った併用をした場合には注意が必要です。特に陰虚(いんきょ:体の潤い不足)の便秘や冷えによる便秘には効果が出にくいため、専門家による証の見立てが重要になります。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。