四物湯(ツムラ71番):シモツトウの効果、適応症

目次

四物湯の効果、適応症

四物湯(しもつとう)は、血液の不足によるさまざまな不調を改善することを目的とした漢方薬です。とくに女性の体質改善に古くから用いられ、肌の乾燥や顔色の悪さ、貧血ぎみで疲れやすい状態など「血虚(けっきょ)※」と呼ばれる症状に効果があるとされています。体の血の巡りと栄養状態を整える「補血(ほけつ)」の代表的な処方で、次のようなケースで活躍します。

血色が悪く皮膚につやがない、月経不順や月経量の減少、産後の体力低下やめまい、手足の冷え・しもやけ、慢性的な疲労感などに四物湯の服用で改善が期待できます。とくに出産後や流産後に体力が落ちて肌がカサつくような場合や、生理不順で生理が遅れがちな方、冷え性で血行が悪い方によく用いられます。四物湯は体の基本的な栄養である「血」を補いながら血行を促進し、全身のコンディションを底上げする働きがあります。

このように、四物湯は貧血傾向で顔色が冴えず、皮膚が乾燥しがちで冷え性の方の体質改善薬として古来より重宝されてきました。女性の月経や産後の回復を助ける「婦人薬の基本」とも言われ、多くの女性特有の症状に幅広く適応されます。

※血虚(けっきょ):血(血液や栄養)が不足した状態を指す漢方の概念。顔色の蒼白、めまい、動悸、乾燥肌、爪のもろさなどを伴います。

よくある疾患への効果

四物湯は上記のような体質改善を通じて、具体的な疾患・症状の緩和にも用いられます。ここでは、四物湯がよく使われる代表的な例を挙げてみます。

月経不順・月経痛

生理の周期が不規則であったり、生理の量が少なく色が薄い、あるいは生理痛が慢性的に続くような場合に、四物湯が体質改善に役立つことがあります。四物湯は不足した血液を補い血行を良くすることで、子宮の働きを整えて月経周期の正常化を助けるとされています。実際に、生理が数ヶ月来ない、生理周期が乱れやすいといった方が四物湯を服用し、次第に周期が安定したり、生理前後の体調不良が軽減するケースがあります。

また、生理痛に関しても、下腹部が引きつるような鈍い痛み(いわゆる「虚証」の痛み)には四物湯が有効なことがあります。血液が不足してうまく巡らないことで起こる生理痛には、血を補って巡りを良くする四物湯が痛みを和らげる一助となります。ただし、生理痛でも血の滞りが原因の鋭い痛みや血塊が多い場合(「実証」の生理痛)には、後述する別の処方(例:桂枝茯苓丸(25)など)が適するため、症状に応じた使い分けが重要です。

産後の体力低下・産後うつ

出産後や流産後の女性は、大量の出血やエネルギー消耗により著しく体力を消耗します。いわゆる「産後の肥立ち」が悪い状態で、疲労感が強く顔色が青白い、めまいや動悸がある、母乳の出が悪い、といった症状によく用いられるのが四物湯です。四物湯は不足した血を補い、産後の子宮回復や全身の栄養補給を促すことで、産後の体調改善に寄与するとされています。

具体的には、「立ちくらみがして育児がつらい」「抜け毛が増えた」「肌荒れが治りにくい」といった産後の不調に対し、四物湯を服用することで貧血症状が改善し、疲れにくくなる例があります。漢方では産後の精神不安やいわゆる産後うつの一因にも血の不足が関与すると考えるため、四物湯で血を補うことで気持ちの落ち込みや不安感の軽減につながることも期待されます。ただし、産後の肥立ちを良くするには四物湯だけでなく休養や栄養も大切です。症状の程度によっては、四物湯に人参や黄耆などを加えた補気薬(十全大補湯(48)など)を併用して体力を更に補う場合もあります。

更年期の不調(自律神経失調症状)

更年期を迎える頃の女性は、ホルモンバランスの急激な変化により様々な不定愁訴が現れます。典型的な更年期障害ではほてりや発汗など「熱」の症状が目立ちますが、中には手足の冷えやめまい、動悸、肌の乾燥、疲労感など血虚の状態が主体となっているケースもあります。四物湯はこうした「血の不足」による更年期の不調に対して用いられることがあります。

例えば、「なんとなく体がだるく息切れしやすい」「顔色が優れずクマができる」「夜間によく眠れず朝に疲れが残る」といった、更年期世代の女性に四物湯を服用してもらい、貧血状態が改善して気力が増し、睡眠の質が向上するといった例があります。四物湯によって不足した血を補い、自律神経のバランスを整えることで、更年期のさまざまな不調を和らげる効果が期待できます。ただし、のぼせや発汗が強い場合は加味逍遥散(24)や温経湯(106)など別の処方が選ばれることも多く、症状に応じた処方選択が重要です。

冷え性・貧血体質の改善

手足の末端が一年中冷える、寒い時期になると指先にしもやけ(凍瘡)ができやすい、といった冷え性の方にも四物湯が用いられることがあります。血行が悪く皮膚の末梢まで十分に血が行き届かないために起こる症状に対し、四物湯で血液を増やし巡りを良くすることで、冷えの改善につなげます。実際に「毎年冬に足指が紫色に腫れてしまう」というような体質の方が、四物湯を服用して血流を改善させることで、しもやけの程度が和らぎ発症しにくくなるケースがあります。

また、軽度の貧血体質で常にフラッと立ちくらみがする、階段を上ると動悸がするという方にも、鉄剤ではなく漢方的アプローチとして四物湯が試されることがあります。四物湯は直接的にヘモグロビン値を上げるわけではありませんが、胃腸の働きを整えながら血を補うことで、全身状態を底上げし間接的に貧血症状の改善に寄与します。ただし、明らかな貧血(血液検査で数値の低下が認められる場合)の治療には西洋医学的なアプローチも必要ですので、漢方と併用しつつ適切な治療を受けてください。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

血の不足や女性特有の症状に対しては、四物湯以外にもさまざまな漢方薬が用いられます。症状や体質(証)の違いによって最適な処方は異なるため、以下に四物湯と比較されやすい処方をいくつかご紹介します。

当帰芍薬散(23)

当帰芍薬散(23)(とうきしゃくやくさん)は、四物湯と同じく当帰や芍薬を含む処方ですが、こちらは利水作用(余分な水分をさばく働き)が加わっている点が特徴です。貧血ぎみでめまいや冷えがあり、なおかつむくみやすい方の月経不順や不妊症、妊娠中の体調不良などによく用いられます。例えば、痩せ型で冷え性だが下腹部に水が溜まりやすくむくみがあるような女性には、四物湯よりも当帰芍薬散が適しています。当帰芍薬散は四物湯の構成生薬の一部に、茯苓(ぶくりょう)や白朮(びゃくじゅつ)など利水・補気薬を加えており、血を補いつつ水分代謝を促すことで、めまいやむくみ、腹痛を改善する処方です。貧血体質でむくみがある場合は当帰芍薬散を、貧血体質だが乾燥や熱感が気になる場合は四物湯を、といったように使い分けられます。

加味逍遥散(24)

加味逍遥散(24)(かみしょうようさん)は、いわゆる「婦人七薬」の一つで、ストレスやホルモンバランスの乱れによる不調に広く使われる処方です。四物湯と同様に当帰・芍薬を含み血を補う作用がありますが、さらに柴胡(さいこ)や牡丹皮(ぼたんぴ)などを含み、体のほてりやイライラを鎮める効果が加わっています。月経前の情緒不安定(いわゆるPMS)や、更年期ののぼせ・不安・不眠など、「血の不足」と「自律神経の乱れ・熱っぽさ」が混在するタイプの方に適しています。

具体的には、顔色が悪く疲れやすいがイライラ感やのぼせもある場合、加味逍遥散は四物湯より適切です。加味逍遥散は逍遥散(しょうようさん)という処方に当帰や牡丹皮を加えた処方で、血を補いつつ肝機能や自律神経を調整することで、精神神経症状と身体症状の両面に作用します。ストレスが多く怒りっぽさや不安感が強い方には加味逍遥散を、血虚中心で静かな疲労が主な方には四物湯を選ぶなど、患者様の状態によって使い分けられます。

桂枝茯苓丸(25)

桂枝茯苓丸(25)(けいしぶくりょうがん)は、下腹部の血の滞り(お血〈おけつ〉)を改善する代表的な処方です。比較的体力があり、月経痛で血の塊が多く出る、子宮筋腫や子宮内膜症などによる下腹部の抵抗感がある、といった「実証」の女性に適します。四物湯との大きな違いは、桂枝茯苓丸には血を補う生薬は含まれておらず、血行を促進し滞った血を散らす生薬(桂枝、茯苓、桃仁、牡丹皮など)が主体である点です。

例えば、月経時にレバー様の血塊がゴロゴロ出て刺すような痛みがある方や、下腹部に触れるシコリがあるような場合には、四物湯ではなく桂枝茯苓丸が選択されます。桂枝茯苓丸は血の滞りを取り除く力が強いため、のぼせや熱感を伴う月経不順、慢性的な生理痛、不正出血などに用いられます。一方で、顔色が悪く血そのものが足りない方には合わず、その場合は四物湯や当帰芍薬散など補血の処方が向きます。このように、実証か虚証か、血を補うべきか巡らすべきかで両処方は使い分けられます。

温経湯(106)

温経湯(106)(うんけいとう)は、冷えを伴う婦人科系の症状に用いられる処方です。名前の通り「経」を「温める」湯で、子宮や下腹部を温めながら血を補い、さらに瘀血(おけつ:血行不良)を散らす作用も持つ複合処方です。四物湯の構成生薬に桂皮(けいひ)や呉茱萸(ごしゅゆ)、生姜など体を温める生薬と、阿膠(あきょう)や牡丹皮など出血を止め熱を冷ます生薬が加えられており、冷えと血の不足が同時にあるケースに幅広く対応します。

具体的には、皮膚はカサカサ乾燥しているのに下半身は冷える、生理が遅れがちで経血の色が薄いがダラダラと不正出血が続く、といった矛盾する症状を抱える方に温経湯が使われます。温経湯は子宮内膜が薄く冷えてうまく再生しないような不妊症のケースや、更年期で下腹部が冷えて痛み、顔面はほてるといった混在症状にも処方されます。四物湯と比べて温経湯は体を温める力が強く、下腹部の冷えによる痛みやしびれ、長引く不正出血などに適しています。ただし、温経湯は構成がやや複雑で人を選ぶ処方でもあるため、まずはシンプルに血を補う四物湯で様子を見て、それで不足する場合に温経湯へ切り替えるといった使い分けも行われます。

副作用や証が合わない場合の症状

四物湯は比較的マイルドな処方であり、副作用の頻度は高くないとされています。しかし、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合には、副作用や不調が現れる可能性があります。まず、重大な副作用としては漢方薬全般にまれに起こりうる肝機能障害間質性肺炎が挙げられます。極めて稀ではありますが、四物湯を服用中に全身のだるさや黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)、かゆみ、発熱や咳・息切れなどの症状が出た場合は、すぐに服用を中止し医療機関を受診してください。

次に、比較的よく見られる副作用や、証に合わない場合の不調についてです。四物湯は胃腸が弱い方には胃もたれ食欲不振下痢などの消化器症状を起こすことがあります。特に、四物湯に含まれる熟地黄(じゅくじおう)や白芍薬(びゃくしゃくやく)は滋養に優れますがやや胃にもたれる性質があるため、もともと胃弱で食欲のない方が服用すると、かえって食欲低下や軟便・下痢を招くことがあります。このような症状が続く場合は中止し、医師に相談してください。

一方、当帰(とうき)や川芎(せんきゅう)など温めて巡らせる生薬が含まれるため、のぼせほてり感発疹・ニキビなどの症状が出る場合もあります。血虚で冷えがある方にはちょうど良い温補作用も、もともと熱っぽい体質の人が飲むと過剰になってしまうためです。例えば、四物湯を飲んだあとに顔がほてって赤ら顔になったり、吹き出物が増えたりする場合は、その方の証に四物湯が合っていない可能性があります。

さらに、漢方の考え方では証が合わない処方は効果がないだけでなく不調を来すことがあります。四物湯は「血虚」の人向けの薬ですので、もし患者様が実際には「気虚(ききょ)」(エネルギーや消化力の不足)が主体の場合、四物湯だけでは改善せず、かえって胃腸に負担がかかり倦怠感が増すことも考えられます。逆に「実証」で体力があり余っているような人が飲んでも効果は乏しく、不必要に体を温めてしまうことでのぼせなどが起こるかもしれません。

以上のように、副作用としては消化器症状やほてりなどが中心ですが、いずれも一過性で軽微なことが多いとされています。四物湯は比較的安全性の高い処方ですが、自分には合わないと感じた場合は無理に続けず専門家に相談し、より適切な処方への変更を検討しましょう。

併用禁忌・併用注意な薬剤

四物湯には、麻黄や附子、甘草といったクセの強い生薬が含まれておらず、絶対的に併用を禁忌とするような薬剤は少ないとされています。しかし、以下のような場合には併用に注意が必要です。

抗凝血薬(抗血栓薬)との併用: 四物湯に含まれる当帰や川芎には血行を促進し血を散らす作用があるため、ワルファリンなどの抗凝血薬やアスピリンなどの抗血小板薬との併用には注意が必要です。場合によっては出血傾向が強まる可能性が指摘されています。実際に、当帰(Angelica sinensis、俗に「唐当帰」)は西洋医学では血液をサラサラにする作用が報告されており、ワルファリン服用中の方が当帰製剤を併用して出血しやすくなったとの報告例もあります。こうした薬を服用中の方が四物湯を併用する際は、必ず医師に相談し、必要に応じて血液検査で凝固能をモニタリングするなど慎重な対応が望まれます。

他の漢方薬やサプリメントとの併用: 四物湯と作用や構成の似た漢方薬を自己判断で重ねて服用することは避けましょう。四物湯は当帰、川芎、芍薬、地黄という生薬のみで構成されていますが、例えば婦人科系の漢方薬には当帰や芍薬が含まれる処方が他にも多数あります(当帰芍薬散、加味逍遥散、桂枝茯苓丸など)。これらを複数併用すると、生薬成分が重複して摂取量が過剰になり、副作用リスクが高まる恐れがあります。また、四物湯は甘草こそ含みませんが、もし他の含甘草処方(例:補中益気湯(41)など)と併用すれば甘草の重複によるカリウム低下なども生じえます。漢方薬同士を併用する際は、それぞれの処方の構成生薬に留意し、専門家の判断のもとで行うようにしてください。

妊娠中の服用: 四物湯自体は強い駆瘀血薬(血流を強力に促す薬)ではないため、妊娠中でも必要に応じて処方されることがあります。ただし、妊娠中は慎重に漢方薬を選ぶ必要があります。四物湯には川芎が含まれ、これは妊娠初期に大量に用いると流産を誘発する可能性が理論上指摘されている生薬です(血行促進作用があるため)。現実には四物湯程度の穏やかな処方で問題になることはほとんどありませんが、妊娠中の服用については必ず産科医や漢方医に相談し指導のもとで使用してください。

以上のように、四物湯は併用禁止とされる薬剤は少ないものの、血液に作用する薬剤との組み合わせや他の漢方薬との重複には注意が必要です。複数の医療機関で治療を受けている場合は、漢方薬を服用していることを必ず主治医に伝えるようにしましょう。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

四物湯はその名の通り 4種類の生薬 から構成されています。それぞれの生薬が役割を持ち寄り、バランスよく「血」を補い巡らせるように組み合わされています。含まれる生薬と、その選定理由・役割は以下の通りです。

当帰(とうき) – セリ科の植物であるトウキの根を乾燥させた生薬です。古来より「婦人の宝」と称され、女性の血を補い体を温める代表的な薬物です。当帰は補血(血を増やす)と活血(血行を促す)の両方の作用をもち、月経不順や月経痛の改善、貧血症状の緩和に寄与します。また、適度に潤す作用もあり、乾燥肌や便秘の改善にも一役買います。四物湯では当帰が中心薬の一つとなり、失われた血を補充しつつ新しい血を全身に巡らせる役割を担っています。

芍薬(しゃくやく) – ボタン科のシャクヤクの根を乾燥した生薬で、漢方では白芍薬(びゃくしゃくやく)として用いられることが多いです。芍薬には養血(血を養う)と緩急(筋肉のこわばりや痛みを和らげる)の作用があり、特に腹部の痛みやこむら返りなどの筋肉痙攣を鎮める効果で知られます。四物湯において芍薬は、当帰とともに血を補いながら、月経痛や腹痛をやわらげる役割を果たしています。また、芍薬は肝の働きを助けて情緒を安定させるとも言われ、イライラや緊張感の緩和にも有用です。当帰+芍薬の組み合わせは婦人薬の基本ペアで、血を増やしつつ痛みを取る相乗効果があります。

川芎(せんきゅう) – セリ科のセンキュウという植物の根茎を用いた生薬です。独特の芳香があり、「匂い当帰」の別名も持ちます。川芎は活血化瘀(血行を促進し滞った血を散らす)の作用が強く、頭痛や月経痛など血行不良による痛みを改善します。また、血の巡りを良くすることで冷えを解消し、体を温める働きもあります。四物湯では川芎が**行薬(こうやく)**として位置づけられ、当帰・芍薬・地黄で増やした血を体中に巡らせる役割を担っています。川芎が加わることで、四物湯は単なる補血剤にとどまらず、瘀血による痛みやしこりにも対応できる処方となっています。

熟地黄(じゅくじおう) – アカヤジオウ(乾地黄)の根を蒸して乾燥させた生薬です。単に「地黄」と呼ばれることもありますが、生の地黄よりも蒸した熟地黄の方が滋養強壮効果が高いため、四物湯には熟地黄が使われています。熟地黄は非常に補血滋陰(血を増やし体液を養う)の力が強い生薬で、体の根本的な栄養を補給します。胃腸が弱い人にはやや重たく感じることもありますが、その濃厚な甘味と粘性がいかにも「血を作る」ことを象徴する生薬です。四物湯では熟地黄が君薬(くんやく)ともいえる位置づけで、枯渇した血をしっかり補い、肝腎(かんじん)の機能を高めて体力の底上げを図ります。熟地黄のおかげで、四物湯は単なる対症療法ではなく、体質そのものを改善する力強い処方となっています。

以上の4つの生薬は、古来より「婦人の不調に四物湯あり」と言われる所以でもある絶妙な組み合わせです。増やす力の強い熟地黄、動かす力の強い川芎、補いつつ痛みを取る当帰芍薬。この組み合わせにより、血を増やし・巡らせ・調え・痛みを除くという総合的な効果が生まれます。まさに「血の不足を補い、血の滞りを除く」処方が四物湯なのです。各生薬の個性が互いを補完し合うことで、副作用を抑えつつ高い効果を発揮するようにデザインされており、千年以上も受け継がれてきた知恵が詰まっています。

四物湯にまつわる豆知識(歴史・逸話など)

歴史的背景: 四物湯は中国の宋代に編纂された『和剤局方(わざいきょくほう)』(12世紀頃)に初めて登場した処方とされています。ただしその原型はさらに古く、後漢時代の医書『金匱要略(きんきようりゃく)』(張仲景著)の中にある「芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)」という処方が元になったとも言われます。芎帰膠艾湯は四物湯に阿膠(あきょう)や艾葉(がいよう)等を加えた止血の処方で、四物湯はそれを簡略化・基礎化した形とも考えられます。いずれにせよ、四物湯は約1000年もの歴史を持つ古典処方であり、長きにわたり多くの女性を支えてきた漢方薬です。

「四物湯」という名前の意味: 漢方薬の名前にはしばしば番号や材料数が含まれますが、四物湯の場合はそのまま「4つの物(生薬)からなる煎じ薬」という意味です。シンプルな命名ですが、裏を返せばそれだけ基本に忠実でシンプルな処方であることを示しています。実際、四物湯は後世の数多くの処方の土台となりました。四物湯に人参や黄耆を加えれば八珍湯(はっちんとう)や十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)といった大補剤になりますし、桃仁・紅花を加えれば桃紅四物湯(とうこうしもつとう)という瘀血を治す処方になります。現代処方である当帰芍薬散や温経湯、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)なども、四物湯の構成をベースにそれぞれ生薬を加減したものです。このように四物湯は「婦人科の基本方剤」として位置づけられ、さまざまな派生処方が作られてきました。

日本での普及と逸話: 日本に四物湯が伝わったのは奈良・平安時代以降、中国医学が輸入された頃と考えられます。江戸時代になると、四物湯は「駆瘀血剤」の代表として広く知られるようになり、多くの漢方医が婦人患者に用いた記録があります。江戸中期の漢方医・吉益東洞は著書『薬徴』の中で四物湯について詳しく述べ、婦人の血虚を治す要薬と評しています。また、一貫堂医学で有名な森道伯は、四物湯を応用した独自の処方を数多く考案し、様々な難病治療に応用しました。このように、日本漢方の大家たちにも重用された歴史があり、その有用性がうかがえます。

文化としての四物湯: 四物湯は単なる「薬」ですが、東アジアの文化においては日常的な健康食産後の養生食としても親しまれてきました。例えば、台湾や中国では「四物鶏湯」という当帰・川芎・芍薬・熟地黄と鶏肉を一緒に煮込んだスープが産後の女性や体力の落ちた人への栄養食として知られています。日本でも江戸時代には産後の肥立ちを良くするために産婦に四物湯を飲ませたり、当帰や芍薬を使った料理が提供されたりした記録があります。現代でも、ドラッグストアなどで四物湯の煎じ薬パックが市販されており、自宅で手軽に煎じて飲めるようになっています。このように、四物湯は医療用漢方薬であると同時に、人々の生活の中に根付いた伝統の知恵でもあります。

味や飲み心地: 四物湯を煎じた液は、黒褐色でとろみがあり、味は甘苦く独特の香りがあります。熟地黄の甘みととろみ、当帰と川芎の薬草らしい香り、芍薬のほのかな渋みが混ざった風味で、「いかにも漢方」と感じる方もいるでしょう。苦味の強い処方ではありませんが、熟地黄の匂いを薬膳スープのように感じる人もいます。エキス顆粒剤(ツムラなどの市販品)では飲みやすいよう若干甘味が加えられており、お湯に溶くだけで服用できます。昔から「まずい薬ほどよく効く」と言いますが、四物湯の場合は「甘くて飲みやすいがしっかり効く」処方かもしれません。

まとめ

四物湯(71)は、女性の体を内側から支える基本の漢方薬と言えます。肌の乾燥、貧血ぎみ、冷え性、生理不順、産後の不調、更年期の不定愁訴など、血の不足に起因する様々な症状に幅広く対応しうる処方です。ただし、漢方薬は効果を発揮するためには「証」に合うことが大切です。四物湯は血虚という証に適合する場合にこそ真価を発揮し、不適合な場合には思うような効果が得られません。今回ご紹介したように、似た症状でも体質により他の処方が適するケースもあります。

幸い現代では、四物湯をはじめとする漢方薬は医師の処方のもと保険診療で服用することが可能です。「自分のこの症状に四物湯は効くのだろうか」「他の薬と併用できるだろうか」など疑問があれば、自己判断で市販薬を試す前に専門の医師や薬剤師に相談することをおすすめします。四物湯は歴史に裏付けられた名薬ですが、使う人の状態に合わせてこそ安全かつ有効に働きます。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。

証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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