五積散(ツムラ63番):ゴシャクサンの効果、適応症

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五積散の効果、適応症

五積散(ごしゃくさん)は、冷えを伴うさまざまな慢性症状に用いられる漢方薬です。古来より「五積」と呼ばれる五種の滞り()が積み重なった状態を改善する処方として知られています。体を温めて寒さを散らし、停滞した「気」の巡りや血行を良くし、余分な水分や痰(粘液)の滞りを解消することで、全身のバランスを整える効果があります。

このような作用から、五積散は適応症が幅広いことが特徴です。具体的には胃腸炎(慢性的な胃腸の不調)、腰痛神経痛関節痛月経痛(生理痛)、頭痛冷え症更年期障害など、いずれも症状が比較的ゆるやかで慢性に経過する場合に用いられます。また、風邪(感冒)の初期で寒気が強い場合などにも応用されることがあります。ただし後述するように、五積散は特に体力中等度あるいはやや虚弱で冷えがちな方に適した処方であり、体質によって向き不向きがあります。以下では、五積散がよく使われる具体的な疾患や症状について見てみましょう。

よくある疾患への効果

風邪の初期症状(寒気・頭痛など)

寒い場所に長くいた後などにひく風邪の初期で、悪寒(体の芯からゾクゾクと寒気がする)や頭痛、全身のこわばりといった症状がある場合に五積散が用いられることがあります。五積散は発汗を促して体表の寒さを散らしつつ、体の内部を温めて痛みを和らげる作用があります。例えば、冬場に厚着をしても震えるほど寒気がする風邪や、頭痛・首や肩の凝りを伴う風邪のひき始めに、五積散が効果を発揮することがあります。ただし高熱が出るような激しい風邪には向かず、あくまで症状が比較的軽く長引きそうなケースに適した処方です。

冷えによる胃腸炎・腹痛

お腹を冷やした後に起こる腹痛や、慢性的な胃腸の不調(胃もたれ、食欲不振、下痢気味など)にも五積散が用いられます。五積散には胃腸を温めて働きを助ける生薬や、消化不良を改善する生薬が含まれているためです。例えば、冷たい飲食物をとった後にお腹が痛くなるような場合、五積散は内臓を温めて消化機能を高め、痛みを和らげてくれます。また、慢性的にお腹が張って食後に膨満感が続くような人で、手足が冷えやすい体質の場合にも処方されることがあります。胃腸が冷えて動きが悪くなっている「脾胃虚寒(ひいきょかん)」の改善に役立つ処方といえるでしょう。

月経痛・月経不順

冷え性で貧血傾向の女性の月経痛(生理痛)や月経不順にも、五積散が応用されることがあります。体を温め血行を良くする作用や、痛みを和らげる作用が女性の下腹部の症状に適しているためです。例えば、手足が冷えて生理前後に下腹部が刺すように痛む方や、経血に塊が混じりがちで月経周期が不安定な方に対し、五積散を服用すると血行が改善して痛みが軽減し、月経リズムが整うことが期待できます。ただし、月経痛の漢方治療では体質に応じた処方選択が重要です。冷えが強く血行不良タイプには五積散が奏功しますが、逆に体がほてってのぼせるタイプや実証で痛みが激しいタイプには別の処方が選ばれることがあります。

冷えを伴う更年期障害

更年期の症状で冷えや痛みが目立つ場合にも、五積散が用いられるケースがあります。更年期障害ではホルモンバランスの乱れから、血行不良や自律神経の不調が生じやすくなります。その結果、腰痛や肩こり、頭痛、手足の冷え、むくみなど様々な不調が慢性的に続くことがあります。特に「下半身は冷えるのに顔はほてりがち(いわゆる上熱下寒)」といったアンバランスな状態の方に五積散は適しています。五積散は体を芯から温めつつ、滞った気血を巡らせて痛みを和らげるため、冷え性の更年期女性で起こりやすい腰痛・頭痛・肩こりの改善に役立ちます。更年期の症状は個人差が大きいですが、冷えが強く体力が低下気味のケースでは五積散を試してみる価値があります。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

五積散は幅広い症状に用いられる分、類似した適応を持つ他の漢方薬も多数存在します。症状の特徴や患者さんの体質(証)に合わせて、五積散以外の処方が選択された方が良い場合もあります。ここでは、五積散と比較されることの多い処方をいくつか取り上げ、その使い分けのポイントを解説します。

麻黄附子細辛湯(127)(まおうぶしさいしんとう)

麻黄附子細辛湯は、極度の寒がりで体力が衰えている人が、冬場に風邪をひいたような場合によく用いられる処方です。わずかな寒さでも震えが止まらず、汗も出ないような強い悪寒があるときに適しています。麻黄附子細辛湯は名前のとおり麻黄附子細辛の3つの生薬から成り、体を力強く温めて陽気を補い、表面の寒さを発散させる作用があります。一方、五積散は麻黄を含むものの他にも多くの生薬が入っており、寒さだけでなく湿(余分な水分)や血行不良にも対応できるバランスの取れた処方です。
したがって、単に寒いだけでなく消化不良や慢性的な痛みを伴う場合には五積散が向きますが、とにかく冷えが強く虚弱な場合急性期の強い悪寒には麻黄附子細辛湯の方が適しています。両者はどちらも「体を温める」処方ですが、五積散は慢性的な冷えと滞り全般に、麻黄附子細辛湯は急な寒気と虚弱に、と使い分けられます。

当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)

当帰四逆加呉茱萸生姜湯(略して四逆加呉茱萸生姜湯)は、手足の先まで血が巡らず四肢の末端が氷のように冷える人に使われる処方です。血行を良くして体を芯から温め、冷えによる痛みを取る働きに優れています。貧血体質で末端冷え性が強く、下腹部痛や腰痛、しもやけ、下痢などを起こしやすい方によく処方され、冷え症の女性の月経痛にも効果を発揮します【当帰四逆湯に呉茱萸と生姜を加えた処方】。五積散も冷えを改善し痛みを和らげる点では共通しますが、当帰四逆加呉茱萸生姜湯の方が血行促進と冷え改善に特化した処方と言えます。
五積散は胃腸症状や痰湿にも対応できる反面、当帰四逆加呉茱萸生姜湯ほど末端冷えに特化していません。手足の冷えがとくに顕著で体力が低下している場合には当帰四逆加呉茱萸生姜湯を、冷えとともに消化器の不良や痰の滞りもある場合には五積散を、と症状に応じて使い分けます。

桂枝茯苓丸(25)(けいしぶくりょうがん)

桂枝茯苓丸は、下腹部の「瘀血(おけつ)」をとる代表的な漢方薬で、比較的体力のある人の月経不順や月経痛、子宮筋腫更年期ののぼせなどに用いられます。桂枝茯苓が血行を促し水分代謝を整え、牡丹皮桃仁(桂枝茯苓丸の構成生薬)が炎症や鬱血を改善することで、下腹部のしこりや生理痛を和らげる処方です。体を温める作用もありますが、五積散ほど明確に「冷え症向き」というわけではなく、むしろのぼせと冷えの両方を併せ持つような体質によく使われます。五積散と比べると、桂枝茯苓丸は血の滞り(瘀血)の改善を主眼としており、胃腸症状や痰の多寡にはあまり関与しません。
したがって、月経痛でも冷えがそれほど強くなく、肩こりやのぼせを伴うようなタイプには桂枝茯苓丸が、冷えが主で血行不良や水滞が二次的に起こっているタイプには五積散が適する、といった使い分けになります。いずれにしても女性の下腹部症状では、体質(証)に合わせてこれらの処方を選択することが重要です。

副作用や証が合わない場合の症状

五積散は多くの生薬がバランスよく配合された比較的マイルドな処方です。しかし、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合、いくつかの副作用が現れる可能性があります。

まず、消化器系の症状としては、胃もたれ・食欲不振・吐き気・下痢などがまれに起こることがあります。身体を温め乾かす作用のある生薬が多く含まれるため、胃腸が敏感な方ではこれらの症状に注意が必要です。もし服用中に胃の不快感が強く続くようなら、いったん服用を中止し医師に相談してください。

次に、皮膚症状として発疹やかゆみ、蕁麻疹などのアレルギー反応が起こる場合があります。体質的にアレルギーを起こしやすい方は、服用後に皮膚の異常がないか注意しましょう。万一、発疹などが現れた場合には速やかに医療機関を受診してください。

特に注意すべき重篤な副作用としては、五積散に含まれる甘草(カンゾウ)による偽アルドステロン症が挙げられます。甘草を長期多量に服用したり、他の甘草含有製品と併用したりすると、体内のカリウムが不足して低カリウム血症をきたし、結果として筋力低下や血圧上昇(むくみ・高血圧症状)を引き起こす恐れがあります。五積散自体の甘草含有量はそれほど多くありませんが、むくみが強く出たり、脱力感や著しい血圧上昇が見られた場合は服用を中止し、速やかに専門医に相談してください。

また、体質(証)が合わない場合には、期待される効果が得られないばかりか症状が悪化することがあります。例えば陰液が不足している陰虚の方や、熱感・乾燥の強い燥証の方に五積散を用いると、かえって喉の渇きやほてりが増すことがあります。そのため、「ほてりが強い」「口や喉が乾いて痰が少ない」といったタイプの症状には五積散は適しません。これらの場合には別の漢方薬が検討されるべきです。漢方薬は効果がマイルドな反面、証が合っていないと十分な改善が得られないため、自己判断で長期間服用し続けることは避け、違和感があれば早めに処方医に相談しましょう。

併用禁忌・併用注意な薬剤

五積散には麻黄や附子のような極めて刺激の強い生薬は含まれていませんが、複数の生薬が組み合わさっているため併用に注意が必要な薬剤があります。他の医薬品と一緒に服用する際には、以下の点に留意してください。

  • 利尿薬や副腎皮質ステロイド剤との併用:五積散の利水作用(余分な水分を排出する作用)や甘草の作用により、利尿薬(例:フロセミドなど)やステロイド剤と一緒に服用するとカリウムが失われやすくなる可能性があります。重ねての服用で低カリウム血症を招かないよう、これらの薬を服用中の方は医師に相談の上で五積散を使用してください。
  • 降圧薬や強心薬との併用:五積散を服用してむくみが取れたり血行が改善したりすると、血圧や心臓の働きに変化が生じる場合があります。高血圧の薬(降圧薬)や心不全の薬(強心薬)を使用中の方は、漢方薬服用開始後の体調変化に注意し、必要に応じて主治医に経過を報告してください。特に強心配糖体(例:ジギタリス製剤)を服用中の場合、低カリウム状態になると薬の作用が強まる可能性があるため注意が必要です。
  • 他の交感神経刺激薬との併用:五積散に含まれる麻黄(マオウ)は交感神経を刺激して血管を収縮させたり気管支を拡げたりする成分(エフェドリン類)を含みます。量は少ないものの、市販の風邪薬や喘息の吸入薬などで同様の作用を持つ成分を使用している場合、動悸や血圧上昇、不眠などが出やすくなる可能性があります。持病で甲状腺機能亢進症がある方や、エフェドリン系の薬剤を使用中の方は五積散の服用に際し医師とよく相談してください。
  • 抗凝血薬との併用:五積散に含まれる生薬の中には血液の流れに影響を与えるものがあります。例えば当帰や川芎などは血行を促進する反面、抗凝固作用(血をサラサラにする作用)も指摘されています。ワルファリンなど抗凝血薬を服用中の方が五積散を併用する際は、念のため定期的に血液検査を受けるなど慎重に経過を観察することが望まれます。
  • 他の漢方薬やサプリメントとの併用:五積散と作用の重なる生薬(例えば麻黄、甘草、半夏、蒼朮など)を含む漢方薬を併用すると、生薬成分が重複して副作用リスクが高まる可能性があります。複数の漢方薬を同時に服用する場合は、それぞれの処方内容が似通っていないか専門家に確認してもらいましょう。また、滋養強壮効果を期待して高麗人参製剤やカフェイン含有サプリメントなどを併用すると、五積散の刺激作用が強まり不眠や動悸につながる恐れもあります。何かサプリメント等を追加で摂取したい場合も、念のため主治医に相談すると安心です。

含まれている生薬の組み合わせ – なぜその生薬が選ばれているか

五積散には16種類もの生薬がバランスよく配合されています。それぞれの生薬が異なる働きを持ち、互いに補い合うことで「五積」(さまざまな滞り)の改善を目指しています。ここでは主な生薬の役割についてご説明します。

まず、五積散の核となるのが体を温めて冷えを散らす生薬群です。麻黄(まおう)桂皮(けいひ)生姜(しょうきょう)白芷(びゃくし)は体を芯から温め、発汗を促して表面の寒気を取り除きます。麻黄は発汗作用と鎮痛作用があり、寒気や節々の痛みを和らげます。桂皮(シナモンの樹皮)は血行を良くして冷えを改善し、生姜は胃腸を温めつつ発汗も促進します。白芷はとくに頭痛や鼻づまりなど上半身の寒邪を散らす効果があり、これらが組み合わさることで体表の寒さを発散し、痛みを軽減する働きが生まれます。

次に、滞った「気」を巡らせ湿や痰をさばく生薬群です。蒼朮(そうじゅつ)厚朴(こうぼく)陳皮(ちんぴ)枳実(きじつ)半夏(はんげ)茯苓(ぶくりょう)、桔梗(ききょう)といった生薬がこれにあたります。蒼朮は水分代謝を高めて胃腸の機能を助け、体内の余分な水分(湿)を除きます。厚朴と陳皮・枳実は、お腹の張りや胃のもたれを解消する組み合わせです。厚朴が腸の動きを促し、陳皮と枳実が気の巡りを整えることで、ガスや食べ過ぎによる膨満感を改善します。半夏と茯苓は痰湿をさばくコンビで、半夏が胃内の水分バランスを調え嘔気を鎮め、茯苓が利水作用で体から水分を排出します。また、桔梗は肺を開いて痰を出しやすくし、喉の違和感や咳を和らげる働きがあります。これらの生薬により、体内に滞った水分や粘液(痰湿)を捌いて、気の巡りをスムーズにする効果が五積散に付与されています。

さらに、当帰(とうき)川芎(せんきゅう)芍薬(しゃくやく)という生薬が血液の流れを改善します。当帰は補血作用を持ち、血を増やしつつ血行も促進する女性に嬉しい生薬です。川芎は血の滞りを散らし、頭痛や月経痛など血行不良による痛みを和らげます。芍薬は筋肉の緊張を緩めて痛みを鎮める作用があり、特に当帰と組み合わせることで血を補いながら痛みを取る効果が高まります。五積散において、この3つの生薬は冷えによって滞った血流を回復させ、月経痛や頭痛などの症状改善に寄与しています。

最後に、五積散を陰で支えているのが甘草(かんぞう)と大棗(たいそう)です。甘草は漢方処方の調和薬として有名で、各生薬の癖を丸くまとめて胃腸への負担を和らげる役割があります。大棗(ナツメ)は胃腸を補強しながら全体の薬効を緩やかに持続させる働きがあります。これらの甘味のある生薬が配合されているおかげで、五積散は味わいが比較的マイルドになり、長期服用しても体に負担がかかりにくい処方となっています(実際の味はほのかな甘みとピリッとした辛みが感じられます)。ただし甘草は過剰に摂取すると前述のような副作用の原因となり得るため、適量での配合となっています。

このように五積散は、身体を温める生薬・湿や痰を除く生薬・血行を促す生薬・調和する生薬がバランス良く組み合わさったオールインワンの処方と言えます。まさに「寒・湿・気・血」のすべてにアプローチできるため、古くから「何となく調子が悪い」「冷えるし痛いし胃もたれもある」というような複合的な不調に対して重宝されてきました。漢方の古典では、五積散は宋代の太平惠民和剤局方(中国の宋朝で編纂された世界初の官製薬方集)に収載されており、以後、江戸時代の日本でも広く用いられてきた歴史があります。
現代でもツムラの医療用エキス製剤「五積散(63)」として発売されており、必要に応じて医療機関で処方されます。複数の効果を狙った処方であるため適応の幅が広い一方、前述のように証の見極めが重要となる処方でもあります。
調子が悪いからといって誰にでも合う万能薬というわけではありませんが、体質が合致すれば現代医学の治療と併用して症状改善の手助けとなるでしょう。

まとめ

五積散は、冷え込みと停滞が体の各所に影響している方に適した漢方薬です。体を温めながら滞った気・血・水の巡りを改善することで、胃腸の不調や腰痛・月経痛・頭痛など多岐にわたる症状の緩和が期待できます。特に「いくつもの不調が重なっていて、全身的に調子が悪い」という慢性的な症状に対して、体質を整えながらじっくり改善を促す処方といえます。

比較的副作用の少ない処方とされていますが、適応でない証(例:熱症状が強い場合など)では効果が得られにくく、副作用や体調悪化のリスクもあります。他の薬剤との相互作用にも注意が必要です。漢方治療では証の見立てが何より重要となるため、自己判断で服用を続けるのではなく専門家に相談しながら服用するようにしましょう。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。

証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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