桂枝加芍薬湯の効果・適応症
桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)は、漢方の古典に由来するお腹の症状に対する処方で、特に胃腸が弱く体力が中程度以下の方に用いられます。お腹が冷えやすかったり、消化器の機能があまり強くない人で、お腹の張り(腹部膨満感)や腹痛を訴える場合に効果的です。この処方にはお腹を温めて血行を促進し、腸の緊張を和らげる作用があり、腸のけいれんを抑えて痛みを取ることで、下痢や便秘などの排便異常を改善するとされています。
桂枝加芍薬湯の適応となる主な症状には次のようなものがあります。
- しぶり腹:残便感があり、何度も腹痛を伴う便意が起こる(トイレに行きたいのに少ししか出ず、またすぐお腹が痛くなるような状態)。
- 腹痛:特に差し込むような腹部の痛み。お腹を下したときや冷えたときに痛みが出る場合。
- 下痢:繰り返し起こる軟便や水様便。ストレスや冷えで下痢しやすい体質の方。
- 便秘:お腹が張って便が出にくい、あるいは下痢と便秘を交互に繰り返すような場合。
これらの症状を幅広く改善するのが桂枝加芍薬湯の特徴です。漢方では、便秘と下痢という一見正反対の症状も「お腹の調子が乱れている」という点で共通していると考え、この処方で腸の働きを調整します。つまり、桂枝加芍薬湯はお腹の調子を整え、痛みを和らげる総合的な効果を持つ漢方薬といえます。
また、患者さんの証(しょう)(体質や症状の傾向)が上記のような状態に合致するときに使われる処方です。証に合った場合、高い効果が期待できます。
よくある疾患への効果
桂枝加芍薬湯は上記のような症状から、現代医学で言えば以下のような疾患・お悩みに対して用いられることが多いです。
- 過敏性腸症候群(IBS):ストレスなどで下痢と便秘を繰り返し、お腹の痛みや張りに悩むケースで第一選択肢の一つとなります。桂枝加芍薬湯は腸の過剰な動きを鎮め、自律神経の乱れを整えることでIBSの症状緩和に役立ちます。
- 慢性的な下痢・軟便:冷えや緊張で慢性的にお腹がゆるい人に用いると、腸を温めて働きを正常化し、下痢を止める効果があります。
- 慢性的な便秘:体力があまりなく、お腹が張って痛むタイプの便秘に使われます。腸の緊張を解きほぐしつつ、腸の動きを促すことでお通じをつけます(便秘が強い場合は後述の類似処方を併用することもあります)。
- しぶり腹・残便感:赤痢様の症状や腸炎のあとに残る残便感・腹痛(少し便は出るがまだ残っている感じが続き腹痛がある)に対して、腸のけいれんを鎮める作用で苦痛を和らげます。
- 神経性の腹痛:緊張するとすぐお腹が痛くなったり下痢したりする「神経性胃腸炎」のような場合にも適します。桂枝加芍薬湯はストレスによる自律神経の乱れを整える働きが期待でき、精神的要因で起こる腹痛・腹部不快感の改善に寄与します。
このように、桂枝加芍薬湯は機能性の腸疾患(検査では異常がないがお腹の調子が悪い状態)全般に幅広く使われています。特に下痢と便秘が混在するようなケースでは、一剤で両方に対応できる処方として重宝されます。場合によっては産後や術後の腸の調子を整える目的で処方されることもあり、胃腸の弱い方のお腹の痛み・不調をトータルにケアする漢方薬といえます。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
お腹の痛みや下痢・便秘など、桂枝加芍薬湯と似た症状に用いられる漢方薬はいくつかあり、患者さんの体質や症状に応じて使い分けが行われます。代表的な処方を挙げ、それぞれ桂枝加芍薬湯との違いを解説します。
- 小建中湯(99) – 桂枝加芍薬湯に膠飴(こうい:麦芽糖のシロップ)という甘味の生薬を加えた処方です。桂枝加芍薬湯よりさらに体力のない虚弱な方やお子さんによく使われます。お腹を温める力と痛みを和らげる力がよりマイルドで、虚弱体質で疲れやすく、腹痛や夜尿症、虚弱児の夜泣きなどにも用いられます。胃腸が極端に弱く、甘味で補いながら痛みを取る必要がある場合には小建中湯が選択されます。
- 大建中湯(100) – 非常に冷え込んだお腹の強い痛みや、お腹の鳴り(腸がゴロゴロ動く)を伴うような場合に使われる処方です。山椒(サンショウ)や乾姜(カンキョウ)など温める生薬と人参による補う力が強く、体力虚弱でお腹が冷えて激しい腹痛があるようなケースに適します。桂枝加芍薬湯で改善しないほど強い腹痛や冷え、著しい虚弱がある場合には、大建中湯のようにさらに温めて補う処方が検討されます。
- 桂枝加芍薬大黄湯(134) – 桂枝加芍薬湯に大黄(だいおう)という緩下(便通を促す)作用の強い生薬を加えた処方です。便秘がちでお腹が張って痛む場合や、急性腸炎・大腸カタルなどで腸内に内容物が滞留している場合に用いられます。桂枝加芍薬湯では便通促進作用が穏やかですが、大黄を加えることで腸の停滞を解消し痛みを軽減します。比較的体力のない人の便秘やしぶり腹、宿便の改善に用いられる処方です。
- 四逆散(36) – ストレスや情緒の抑うつによって肝臓(漢方でいう「肝」のこと:自律神経の司令塔)が緊張し、それが胃腸に影響しているタイプの腹痛・便通異常に用いられる処方です。桂枝加芍薬湯と同じ芍薬甘草の組み合わせを含みますが、こちらは柴胡(さいこ)や枳実(きじつ)といったストレスによる自律神経の過緊張状態を緩める生薬が主体です。体力がそれなりにありイライラや精神的緊張が強く関与するIBSでは、四逆散類の処方が選ばれることがあります。
一方、桂枝加芍薬湯類はどちらかというと体質的に胃腸が冷えやすく弱いためにストレスの影響を受けやすい人に向いています。
このように、似た症状でも患者様の体質(虚実や冷えの程度、精神緊張の有無など)によって処方が使い分けられます。必要に応じて、桂枝加芍薬湯に他の処方を組み合わせたり、より適切な別処方に切り替えたりして、一人ひとりに合った漢方治療が行われます。
副作用や証が合わない場合の症状
漢方薬である桂枝加芍薬湯にも、副作用がまったく無いわけではありません。
多くの場合は軽微なものですが、まれに注意すべき症状が現れることがあります。主な副作用と注意点は次の通りです。
- 消化器症状(比較的軽度): 胃の不快感、食欲不振、軽い吐き気などが起こることがあります。これは生姜や甘草などの刺激に胃腸が反応する場合ですが、多くは一過性で軽症です。
- アレルギー症状(比較的軽度): 皮膚に発疹・発赤、かゆみなどのアレルギー反応が出ることがあります。蕁麻疹のような症状が出た場合は服用を中止し、医師に相談してください。
- 偽アルドステロン症(重度・まれ): 長期服用や多量服用により、甘草に含まれる成分の影響で体内のカリウムが低下し、血圧上昇やむくみ、体重増加、倦怠感などが現れることがあります。さらに進行すると脱力感や筋肉痛(低カリウム血症性ミオパチー)が生じることがあり、重篤です。これらは非常にまれですが、手足のしびれ・力が入らない感じ、著しいむくみや高血圧などの症状に気づいた場合は直ちに服用を止めて医療機関を受診してください。
また、証が合わない場合には薬効が十分に発揮されないだけでなく、副作用が出やすくなることもあります。桂枝加芍薬湯は虚弱で冷えを伴うお腹の症状に使う処方のため、もし患者さんが実証(体力が充実し熱感があるタイプ)であったり、逆に症状に冷えがない場合、この処方は適しません。例えば、体力がありお腹に熱がこもっている人が服用すると、お腹の張りがかえって悪化したり、効果が乏しいことがあります。
また、胃腸が丈夫な人に不適切に使うと、かえって胃もたれや下痢を引き起こす可能性も指摘されています。したがって、症状に合った漢方を選ぶことが大切であり、効果が見られなかったり違和感がある場合には早めに医師に相談しましょう。
併用禁忌・併用注意な薬剤
桂枝加芍薬湯を服用する際には、他の薬剤との飲み合わせにも注意が必要です。特に同じ成分を含む薬を併用すると、副作用のリスクが高まることがあります。
- 甘草(カンゾウ)含有製剤との併用:桂枝加芍薬湯には甘草が含まれており、他の漢方薬や市販薬でも甘草を成分に含むものがあります(例:芍薬甘草湯(68)、補中益気湯(41)、抑肝散(54)などの漢方、また風邪薬や胃腸薬にもグリチルリチン酸として含まれる場合があります)。これらを桂枝加芍薬湯と一緒に服用すると、甘草の過剰摂取となり偽アルドステロン症による高血圧・低カリウム症状が出やすくなるため注意が必要です。
同時に複数の漢方薬を服用する場合は、含まれる生薬が重複しないよう医師・薬剤師に確認しましょう。
- グリチルリチン製剤との併用:グリチルリチン酸は甘草の有効成分で、慢性肝疾患の薬や一部の漢方製剤、甘草湯エキスなどに含まれます。桂枝加芍薬湯とグリチルリチン製剤を併用すると、やはり低カリウム血症による筋力低下などが起こりやすくなります。
心不全や高血圧のある方が利尿剤や強心薬を服用中の場合も、甘草による電解質異常が影響を与える恐れがありますので、医師に併用の可否を相談してください。
- その他の薬剤:基本的に桂枝加芍薬湯と明確に「併用禁忌(絶対NG)」の薬剤はありませんが、妊娠中の服用は注意が必要です。妊婦さんの場合、自己判断での漢方薬服用は避け、必ず医師の指示を仰いでください(体質によっては流産のリスクが指摘される処方もあるためです)。また持病でお薬を常用している方や高齢の方は、漢方薬と西洋薬の相互作用について専門家に確認してもらうと安心です。
要するに、桂枝加芍薬湯を含め漢方薬を服用する際には「他に何を飲んでいるか」を医療者に伝え、問題がないかチェックしてもらうことが大切です。特に成分の重複(甘草など)には気をつけましょう。
含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか
桂枝加芍薬湯は5種類の生薬から構成されています。それぞれの生薬が選ばれている理由と役割を簡単に説明します。
- 桂枝(ケイシ) – シナモンの小枝で、体を温めて血行を促し、発汗作用もあります。お腹を温め冷えを取ることで痛みを緩和し、さらに甘草との組み合わせで自律神経のバランスを調整するとされています。
- 芍薬(シャクヤク) – ボタン科の芍薬の根で、鎮痛・鎮痙作用があります。筋肉や平滑筋のけいれんを和らげる働きが強く、お腹の痛み(腹痛)や差し込むような痛みを抑えます。また、芍薬は血の巡りを良くし女性の月経不順や月経痛にも用いられる生薬で、イライラを鎮める効果も期待できます。
- 甘草(カンゾウ) – マメ科の甘草の根(または茎)で、非常に甘い成分(砂糖の数十倍の甘さ)を含み、「諸薬を調和する」作用があります。他の生薬の働きをまとめ上げ、胃腸の粘膜を保護しつつ全身をリラックスさせる効果があります。特に芍薬との組み合わせ(芍薬甘草湯)は筋肉の急なこわばりや痛みを取る有名な処方になるほど、この二味は強力な鎮痙鎮痛コンビです。
- 生姜(ショウキョウ) – ショウガ科の生姜の根茎を乾燥したもの。身体を芯から温め、胃腸の働きを整える作用があります。発汗・解表作用も持ち、桂枝と共に体を温めて冷えを改善します。お腹を温めることで痛みを和らげ、消化を助け、他の生薬の吸収も良くする役割です。
- 大棗(タイソウ) – ナツメの実で、甘味があり胃腸をいたわる生薬です。気持ちを落ち着かせる効果もあり、桂枝加芍薬湯では興奮して過敏になった腸の動きをなだめる働きをします。また、生姜と組み合わせることで胃腸を保護し、栄養補給にも役立ちます。
これら5つの生薬の組み合わせによって、桂枝加芍薬湯は「お腹を温める」「痛みやけいれんを取る」「胃腸の働きを整える」という作用をバランスよく発揮します。桂枝・生姜で体を温め、芍薬・甘草で痛みを止め、大棗・甘草で消化器を優しく守る——こうした協調作用により、虚弱な方の腹痛や腸の不調を改善していくのです。
桂枝加芍薬湯にまつわる豆知識
歴史・由来:桂枝加芍薬湯は中国の漢代に書かれた古典『傷寒論(しょうかんろん)』に由来する処方です。元々は有名な「桂枝湯(けいしとう)」という処方に含まれる芍薬の量を増やしたものとして記載されており、漢方の古典では「桂枝湯加芍薬一両」などと表現されています。古代の臨床家が、腹痛や下痢を伴う患者には芍薬の鎮痛作用をより発揮させる必要があると考えて、桂枝湯に芍薬を増量した処方を編み出したのが桂枝加芍薬湯なのです。
名前の意味:名前はそのまま構成生薬を表しています。桂枝加芍薬湯とは、「桂枝湯」に芍薬を加えた湯(=煎じ薬)という意味です。含まれている生薬名が処方名になっており、非常にシンプルです。ちなみに、膠飴を加えたものが「小建中湯」と呼ばれるなど、加える生薬によって処方名が変わるのも漢方の命名の特徴です。
味・飲みやすさ:桂枝加芍薬湯の煎じ液(エキス剤)は、やや甘みのある風味です。甘草と大棗が入っているため甘みを感じ、桂枝と生姜のピリッとした辛味がほんのりあります。苦みの強い生薬が入っていないので、漢方薬の中では比較的飲みやすい部類です(生姜の辛さが苦手な方もいますが、シロップなどで甘く調整することも可能です)。この甘くて少しスパイシーな風味が、お腹を温めてくれる実感につながるかもしれません。
生薬の豆知識:構成生薬の桂枝は肉桂(シナモン)樹の若い枝で、香りのもとシンナムアルデヒドが血行促進に寄与します。芍薬は古くから美しい花を咲かせる植物として観賞用にも親しまれますが、根は重要な薬用部分で「立てば芍薬…」のことわざでも知られるように女性にも縁の深い生薬です。甘草は漢方の世界で「国老(こくろう)」とも呼ばれ、多くの処方に配合される縁の下の力持ち的存在です。生姜と大棗は食材としても日常的ですが、漢方では「生姜大棗湯」という二味だけの処方があるほどコンビで用いられ、消化器を温め守る役割を担います。こうした生薬それぞれの特徴を知ると、桂枝加芍薬湯がどんな症状に効きそうかイメージしやすくなるでしょう。
その他の逸話:桂枝加芍薬湯は、日本において慢性の下痢や便秘を伴う腹痛、いわゆる「過敏性腸症候群」への有効な漢方治療薬として広く認知されています。近年はエキス顆粒剤も普及し、病院や漢方外来で処方される機会も増えています。ストレス社会の現代にマッチした処方と言えるかもしれません。また、桂枝加芍薬湯は前述の小建中湯とともに小児科領域でも使われることがあり、子供の夜驚症(夜泣き)やお腹の弱い子の体質改善に用いられる例もあります。歴史的に見ても、古来中国から伝わった処方が現代の日本で応用され、幅広い世代の腹痛改善に役立っている点は興味深いでしょう。
まとめ
桂枝加芍薬湯は、虚弱な体質でお腹の調子を崩しやすい方の腹痛や下痢・便秘に効果を発揮する漢方薬です。お腹を温め腸のけいれんを鎮めることで、辛い症状を和らげてくれます。ただし漢方薬は一人ひとりの体質(証)に合わせて選ぶことが重要であり、適切な用法・用量での服用が必要です。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。