薏苡仁湯(ツムラ52番):ヨクイニントウの効果、適応症

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薏苡仁湯の効果・適応症

薏苡仁湯(52)(よくいにんとう)は、関節痛や筋肉痛を和らげる目的で処方される漢方薬です。特に関節が腫れて熱感を伴う痛みや、筋肉のこわばり・炎症を伴う痛みに効果があるとされています。漢方の考えでは、体内に「水(すい)」が滞ると関節が冷えて痛みが生じるとされます。

薏苡仁湯は体に溜まった余分な水分をさばいて排出し、痛みと腫れを改善する作用があります。そのため、関節リウマチなどによる関節の腫れた痛みや、筋肉の炎症性の痛み、さらには神経痛(坐骨神経痛など)にも用いられます。比較的体力が中程度で、冷えによって痛みが悪化しやすい体質の方に適するとされています。

薏苡仁湯が効果を発揮する主な疾患

薏苡仁湯はさまざまな関節・筋肉の痛みに幅広く用いられますが、具体的な疾患として次のようなものが挙げられます。

  • 関節リウマチ:関節リウマチによる関節の腫れや痛みに対し、炎症と滞った水分を取り除くことで痛みを軽減します。関節の熱感や腫脹がある場合に適しています。
  • 変形性関節症(膝関節症など):加齢や軟骨のすり減りによる膝の痛み・腫れに処方されることがあります。特に膝に水が溜まり腫れているようなケースで、関節液の代謝を促し可動域の改善を期待します。
  • 坐骨神経痛や腰痛:腰から下肢にかけての神経痛や腰痛・筋肉痛(例えば坐骨神経痛)に用いられることがあります。下半身に痛みやしびれがあり、冷えやむくみを伴う場合に効果的です。
  • 筋肉の炎症・拘縮:筋肉痛やこわばり、筋肉の炎症(筋肉の使いすぎによる痛みなど)にも用います。炎症で熱を持って硬くなった筋肉を和らげる働きが期待できます。

このように、薏苡仁湯は主に下半身の関節・筋肉の痛み全般に広く応用されます。また、生薬の薏苡仁(ハトムギ)自体に肌の角質を軟化させる作用があるため、いぼ(疣贅)や肌荒れの改善にも使われることがあります。実際、薏苡仁湯はいぼ治療目的で処方されることもあり、関節痛の患者様で皮膚症状(手足のイボや湿疹)を併発しているような場合に一石二鳥の効果が期待できます。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

関節痛や筋肉痛に用いる漢方薬は薏苡仁湯以外にも複数あり、患者さんの体質や症状によって使い分けられます。ここでは、薏苡仁湯と類似の症状に使われる代表的な処方をいくつか挙げ、その使い分けのポイントを解説します。

  • 防已黄耆湯(20):「防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)」は、水太りの肥満体質で汗かき、むくみがちな人の関節痛に適します。色白で筋肉が柔らかく、疲れやすい体質で、膝に水が溜まって腫れるようなケースによく使われます。薏苡仁湯が体力中等度の方向けなのに対し、防已黄耆湯は比較的体力が低下気味で、余分な水分(むくみ)による痛みをとる処方です。関節の熱感はそれほど強くなく、むしろ冷えて痛むような場合や、膝の関節に水がたまっている場合に有効です。
  • 桂枝加朮附湯(18):「桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)」は、冷えによる慢性の関節痛に用いられる処方です。手足や関節が冷えて痛みが長引いているような場合、あるいは高齢で血行が悪く虚弱な方の慢性的な関節痛に適します。薏苡仁湯との違いは、桂枝加朮附湯には附子(ブシ)という身体を温める強力な生薬が含まれており、全身的な冷えや倦怠感がある人にも使える点です。逆に関節の腫れや炎症の熱感が強いような場合には桂枝加朮附湯では力不足なことがあり、そのような時に薏苡仁湯が検討されます。
  • 越婢加朮湯(28):「越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)」は、薏苡仁湯と並んで関節痛にしばしば用いられる処方で、比較的体力があり、関節の炎症(熱感と腫れ)が顕著な痛みに適します。麻黄と石膏という生薬を含むため、炎症による熱を冷まし腫れを引かせる力が強いのが特徴です。関節が赤く腫れて熱を持つようなリウマチの急性期や痛風発作などでは越婢加朮湯の方が痛みを早く鎮める効果が期待できます。
    一方で、越婢加朮湯は発汗や利尿による水分調整もしますが、薏苡仁(ハトムギ)は含まれていないため関節の動きが悪い「こわばり」への効果は薏苡仁湯に劣る面があります。炎症の強さを重視する場合は越婢加朮湯、可動域の改善や慢性化した硬さには薏苡仁湯、と使い分けることができます。
  • 麻杏薏甘湯(78):「麻杏薏甘湯(まきょうよくかんとう)」は、その名の通り麻黄、杏仁、薏苡仁、甘草の4つで構成されたシンプルな処方です。薏苡仁湯から当帰や桂皮などを除いたような組み合わせで、体力中等度で比較的軽度~中等度の関節痛に用いられます。関節痛だけでなく、神経痛や筋肉痛、さらにイボや手足の肌荒れ(湿疹・皮膚炎)など皮膚の症状にも使える処方で、炎症と軽い水滞を改善する働きがあります。
    薏苡仁湯と比べると処方内容が簡潔な分、作用も穏やかで、関節痛の初期対応や慢性化予防に用いられることが多いです。例えば「少し膝が痛む程度で腫れも軽度だが長引いている」という場合にまず麻杏薏甘湯を試し、症状が強ければ薏苡仁湯にステップアップするといった使い分けも行われます。

以上のように、一口に関節痛といっても体質(証)や症状の出方によって処方が選択されます。炎症の強さ、冷えの有無、体力の程度、むくみの傾向などを総合的に見て、薏苡仁湯が良いか他の処方が良いかを判断します。

薏苡仁湯の副作用と証が合わない場合

漢方薬も西洋薬と同様、副作用が起こる可能性があります。薏苡仁湯には麻黄や甘草といった生薬が含まれているため、体質に合わない場合や長期服用時に以下のような症状が現れることがあります。

  • 偽アルドステロン症:甘草(カンゾウ)の長期大量服用により、血圧上昇やむくみ、低カリウム血症を伴う脱力感などが起こることがあります。これは偽アルドステロン症と呼ばれる副作用で、筋力低下や四肢のだるさが出る場合は注意が必要です。
  • 動悸・頻脈、不眠:麻黄(マオウ)に含まれるエフェドリン類の作用で、心臓がドキドキしたり脈が速くなったり、不眠や神経の高ぶりが出ることがあります。特に体力のない方や、もともと心疾患・高血圧のある方ではこれらの症状が現れやすいので、慎重な投与が求められます。
  • 発汗過多、全身の虚脱感:麻黄の発汗作用が強く出過ぎると、必要以上に汗をかいてしまい脱水気味になったり、全身の倦怠感・力が入らない感じが出ることがあります。普段から汗かきの傾向が強い方では、この副作用に注意します。
  • 消化器症状:胃腸が虚弱な方に薏苡仁湯が合わない場合、食欲不振や胃の不快感、悪心(吐き気)、嘔吐、腹痛、下痢など消化器系の症状が現れることがあります。元々胃もたれや吐き気があるような場合は、本処方でそれらが悪化する可能性があります。

以上のような症状が出た場合、服用を中止して医師に相談してください。また、体質(証)が合わない場合、期待する効果が現れないだけでなく、上記のような副作用が出やすくなります。特に、著しく体力が衰えている方や、高齢で腎・心機能が低下している方には慎重に投与されます。妊娠中の方も必要性を慎重に検討した上での使用となります。

薏苡仁湯の併用禁忌・併用注意

薏苡仁湯には麻黄と甘草が含まれているため、他の薬との相互作用に注意が必要です。特に以下のような薬剤を服用中の場合は、併用を避けるか慎重な管理のもとで使用します。

  • 麻黄(エフェドリン類)を含む薬:葛根湯(1)、小青竜湯(19)、麻黄湯(27)など他の麻黄剤との併用は、エフェドリンの作用が重複するため不眠、動悸、頻脈、血圧上昇など副作用が出やすくなります。また、市販の風邪薬や鼻炎薬でエフェドリンやプソイドエフェドリンを含むものとの併用も注意が必要です。
  • 交感神経刺激作用のある薬:気管支拡張薬のテオフィリンやメチルエフェドリン、アドレナリン作動薬(アドレナリン注射など)、甲状腺ホルモン剤(レボチロキシンなど)との併用で、相乗的に心悸亢進や血圧上昇、不眠等が起こりやすくなります。併用が必要な場合は減量するなどして慎重に対応します。
  • モノアミン酸化酵素(MAO)阻害薬:パーキンソン病治療薬のセレギリンなどMAO阻害剤との併用は、麻黄のカテコールアミン代謝への影響により血圧変動等を起こす可能性があるため注意が必要です。
  • 甘草(グリチルリチン酸)を含む薬:芍薬甘草湯(68)、補中益気湯(41)、抑肝散(54)などの甘草を含む他の漢方薬との併用は、グリチルリチン酸の過剰摂取につながり偽アルドステロン症のリスクが高まります。同様に、グリチルリチン配合製剤(甘草エキス配合の胃腸薬や漢方配合のドリンク剤等)との併用にも注意が必要です。

これら以外にも、現在服用中の薬がある場合は医師・薬剤師に薏苡仁湯を併用して良いか確認しましょう。特に持病でお薬を飲んでいる患者様は、自己判断での漢方併用は避け、専門家に相談した上で安全に使用することが大切です。

薏苡仁湯に含まれる生薬とその選定理由

薏苡仁湯は7種類の生薬から成る漢方処方です。それぞれの生薬が役割を持ち、組み合わせることで関節痛・筋肉痛への相乗効果を発揮します。以下に、含まれる生薬とその働きを解説します。

  • 薏苡仁(よくいにん):ハトムギの種子で、水分代謝を促し余分な水を排出する作用があります。関節や筋肉に滞った「水」をさばいて、むくみや腫れを改善します。また皮膚の新陳代謝を高め、硬くなった組織を柔らかくする作用が知られ、関節のこわばりを和らげるのに役立ちます(いぼの治療に用いられるのもこの作用によります)。
  • 麻黄(まおう):発汗作用を持つ生薬で、体を温めて表面の寒邪を発散します。薏苡仁湯では、痛む部分の血行を改善し、炎症を鎮めるために配合されています。麻黄には鎮痛作用もあり、関節や筋肉の痛みを和らげます。ただしエフェドリンを含むため、先述のように過剰な発汗や動悸に注意が必要です。
  • 蒼朮(そうじゅつ):胃腸を整え、水分代謝を高める作用があります。身体の中の湿邪(余分な水分)を乾かす働きが強く、むくみ体質の改善に寄与します。薏苡仁湯では薏苡仁や麻黄と協力して、関節に溜まった余分な水分を除去し、痛みを緩和します。また蒼朮は消化機能を上げることで生薬の吸収を助け、全身状態の底上げにもつながります。
  • 桂皮(けいひ):シナモンの樹皮で、身体を温めて血行を促進する作用があります。冷えて滞った血を巡らせて痛みを散らす効果が期待できます。関節痛では、桂皮が患部の循環を改善し、炎症産物の除去を助けることで腫れを引かせます。発汗促進や痛みを和らげる作用もあり、麻黄と共に働いて冷えと痛みを取ります。
  • 芍薬(しゃくやく):シャクヤクの根で、鎮痛・鎮静や筋肉の緊張を緩める作用があります。芍薬と甘草を組み合わせると筋肉のけいれんやこわばりを解消する有名なペア(芍薬甘草湯)となりますが、薏苡仁湯でも芍薬は筋肉痛の緩和に貢献しています。また芍薬には血管拡張や抗炎症作用もあり、患部の炎症と痛みを抑える効果が期待できます。
  • 当帰(とうき):女性の補血剤として有名な当帰ですが、血行を促進し血を補う作用があります。関節痛では、長引く炎症で局所の血行が悪くなり「瘀血(おけつ)」が生じることがありますが、当帰はその瘀血を散らし痛みを和らげます。さらに血を増やして組織の修復を助け、冷えの改善にも寄与します。特に冷えると痛みが増すような方に、当帰の温め・潤す作用がマッチします。
  • 甘草(かんぞう):甘草は漢方の調和薬で、他の生薬の働きを調節し副作用を抑える役割があります。自体も鎮痛・鎮痙作用を持ち、芍薬と共に筋肉のこわばりを取る手助けをします。また甘みのある生薬なので、全体の味を整えて飲みやすくする効果もあります。抗炎症作用も報告されており、痛みや炎症を穏やかに鎮めます。

以上のように、薏苡仁湯は水をさばく生薬(薏苡仁・蒼朮・麻黄)と、血行を促す生薬(桂皮・当帰)、そして筋肉の緊張をほぐす生薬(芍薬・甘草)をバランス良く配合しています。これによって「水滞」と「血行不良」の両面から関節痛・筋肉痛にアプローチし、痛みと炎症、こわばりを改善する処方になっているのです。

薏苡仁湯にまつわる豆知識

漢方に親しみを持っていただけるよう、薏苡仁湯やその構成生薬に関する興味深い話題を紹介します。

  • 「薏苡仁(よくいにん)」はハトムギ:薏苡仁とはイネ科の植物「ハトムギ」の種子を乾燥させた生薬です。昔から穀物として粥や茶にして食されてきました。現在でもハトムギ茶として親しまれ、美肌やイボ取りに良い民間茶として知られています。ハトムギの粒は硬い殻に包まれていますが、その中身(種子)が薏苡仁です。英語では「Job’s Tears(ヨブの涙)」と呼ばれ、涙のような形の種子は乾燥させて数珠やネックレスにも利用されました。
  • 処方名の由来:薏苡仁湯という名前は、構成生薬のひとつである薏苡仁(ヨクイニン)を主役に据えた命名です。漢方処方はしばしば主要な生薬名を冠して呼ばれますが、薏苡仁湯もハトムギが中心に使われることからその名が付きました。中国の古典にも薏苡仁を使った方剤はいくつか登場し、薏苡仁湯自体は日本の経験的処方とも言われますが、同様の組み合わせは昔から関節の「痺れ(痛み)」に用いられてきた歴史があります。
  • 飲みやすい風味:薏苡仁湯は配合生薬に強い苦味のあるものが少なく、比較的飲みやすい風味です。甘草と桂皮が入っているため、わずかに甘みと芳香が感じられます。蒼朮の土っぽい香ばしさや当帰の独特の香りがありますが、全体的にはクセの少ない味です。患者様からも「漢方薬だけど思ったより飲みやすい」と言われることが多い処方です。ただし、お茶感覚で長期常用すると上述の副作用リスクもありますので、必ず用法用量を守って服用してください。
  • 薏苡仁湯とスポーツ:薏苡仁湯に含まれる麻黄にはエフェドリンが含有されるため、競技スポーツ選手が使用する際はドーピング規定に注意が必要です。一般の患者様には関係ありませんが、エフェドリンは興奮剤として作用する成分のため、陸上や競技会の前後に漢方を服用するアスリートは医師に相談して処方を選ぶことが推奨されます。
  • 植物としての薏苡仁:ハトムギは夏に白い可憐な花を咲かせ、秋に硬い実をつけます。東南アジア原産ですが、日本でも古くから栽培されてきました。実は漢方以外にもヨクイニンエキスとして肌荒れ改善の医薬品(ヨクイニン錠)が市販されており、漢方を知らない方でも「ヨクイニン」の名前はニキビ薬などで目にしたことがあるかもしれません。このように薏苡仁湯は、関節痛の薬であると同時に美肌の薬の顔も持つユニークな漢方と言えるでしょう。

まとめ

薏苡仁湯(52)は、関節や筋肉の痛み・腫れを改善する漢方薬で、患者様の体質に合わせて用いることで高い効果が期待できます。他の漢方薬との差別化ポイントや、副作用・相互作用についても理解いただけたでしょうか。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。

証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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