潤腸湯(ツムラ51番):ジュンチョウトウの効果、適応症

目次

潤腸湯(51)の効果・適応症

潤腸湯(51)は、その名のとおり「腸を潤す」ことで便通を促す漢方薬です。主に乾燥性の便秘に対して効果を発揮し、固くコロコロとした便を柔らかくして排便を促します。一般的な下剤のように腸を強く刺激するのではなく、水分や油分を補いながら腸の動きを整える穏やかな便秘薬です。

この処方は高齢者や体力が低下した虚弱体質の方に向いています。例えば、皮膚や口が渇きやすく、便の水分が減ってウサギの糞のような硬い便になるタイプの便秘です。お腹の筋肉があまり力を入れられず弛緩している方の便秘(弛緩性便秘)や、逆にストレスなどで腸が緊張しがちな方の便秘(痙攣性便秘)でも、便自体が乾燥して硬い場合には潤腸湯が適しています。肌の乾燥や血液不足による貧血気味といった症状を伴う便秘にも用いられます。

潤腸湯は即効性の強い下剤ではないため、服用してすぐに効果が現れるものではありません。穏やかに作用する分、習慣性の便秘に継続的に用いて体質から改善していく狙いがあります。日頃から水分補給や食物繊維の摂取、適度な運動などを心がけ、便意を我慢しないといった生活習慣の見直しと併用することで、より効果的に便秘体質の改善が期待できます。

よくある疾患への効果

潤腸湯(51)は以下のような便秘を伴う身近な症状・疾患で用いられることがあります。

  • 高齢者の慢性便秘:加齢により腸の働きが弱まり、腸内の水分も不足して起こる便秘。筋力低下や脱水傾向のある高齢者では便が硬くなりやすく、潤腸湯が適しています。
  • 産後や病後の便秘:出産後や大きな病気の回復期は、体力や血液が消耗され便秘しやすくなります。潤腸湯はこうした血液や体液の不足による便秘(いわゆる「虚秘」)に効果的です。
  • 痔を悪化させないための便秘改善:硬い便秘が続くと痔核(いぼ痔)や裂肛(切れ痔)の痛みが悪化します。潤腸湯で便を柔らかく保つことで、排便時の負担を減らし痔の症状悪化を防ぐ助けになります。
  • 便秘型の過敏性腸症候群:ストレスなどが原因で腸が緊張し、コロコロ便や残便感が続くタイプの過敏性腸症候群にも、体力があまりなく便が乾燥する傾向があれば潤腸湯が処方されることがあります。

なお、潤腸湯を服用しながらも、便秘の改善には生活習慣の見直しが重要です。特に長期に慢性的な便秘がある方は、薬に頼りきりにせず食事・水分・運動などを整えていくことが大切で、潤腸湯はそうした基盤作りをサポートする漢方薬といえます。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

便秘症状に用いられる漢方薬は潤腸湯以外にも複数あり、それぞれ患者さんの体質や便秘のタイプに応じて使い分けられています。

麻子仁丸(126)

麻子仁丸(126)は、潤腸湯と並んで乾燥した便秘によく使われる処方です。麻子仁(ましにん:麻の実)を主体とし、杏仁(きょうにん)・白芍(びゃくしゃく)・厚朴(こうぼく)・枳実(きじつ)・大黄(だいおう)などで構成されています。潤腸湯と比べると身体を潤す生薬がやや少なく、腸の動きを助ける成分に重点が置かれています。比較的体力が中等度ある人の便秘に向いており、お腹の張りが強い場合などには麻子仁丸が選択されます。
一方で高齢で極度に衰弱した人や血の不足が目立つ人には、滋養強壮効果のある生薬を含む潤腸湯の方が適しています。

桃核承気湯(61)

桃核承気湯(61)は、体力中等度以上でのぼせやすく便秘しがちな方に用いられる処方です。桃仁(とうにん)と大黄を含み、血の巡りを良くしつつ腸を動かす作用が強いのが特徴で、月経不順や月経困難症など月経にまつわる不調を伴う女性の便秘にもよく使われます(いわゆる瘀血を改善する処方)。潤腸湯が「虚証(体力不足)の便秘薬」であるのに対し、桃核承気湯は実証(体力充実)の便秘薬と位置付けられます。便が乾燥している場合にも使われますが、のぼせや口渇、イライラなど熱っぽい症状を伴うときに適しており、体力のない高齢者には刺激が強すぎることがあります。

大黄甘草湯(84)

大黄甘草湯(84)は最もシンプルな便秘薬で、その名の通り大黄(だいおう)と甘草(かんぞう)の2つだけからなる処方です。即効性があり、比較的速やかに排便を促したい場合に頓服的に用いられます。例えば一時的な便秘や、術後など早めに排便させたいケースで処方されることがあります。ただし、効果が強力な分、腹痛や下痢を起こしやすいので長期連用には適しません。
潤腸湯のように体質から改善するアプローチではなく、「詰まったものを一度出す」ことに重きを置いた処方です。慢性的な乾燥便秘には再発予防も含め潤腸湯の方が適していますが、緊急避難的に大黄甘草湯が併用される場合もあります。

桂枝加芍薬大黄湯(134)

桂枝加芍薬大黄湯(134)は、冷え症でお腹が張りやすく腹痛を伴う便秘に用いられる処方です。桂枝湯(けいしとう)という体を温める基本処方に、芍薬と大黄が加わった処方で、漢方的にはお腹を温めつつ腸の痙攣を和らげ、緩やかに通便させる働きがあります。
潤腸湯と比べると、腸を潤す力よりも整腸・鎮痛の側面が強く、特に冷えやストレスで差し込むような腹痛がある便秘に適します。逆に言えば、体がほてって乾燥しているタイプの便秘には向かないため、患者さんの冷え・熱の状態を見極めて処方選択されます。

防風通聖散(62)

防風通聖散(62)は便秘の処方としても知られますが、本来は肥満気味で熱がこもった体質の方向けの薬です。余分な脂肪や水分を発散させる目的で構成された処方で、大黄や芒硝(ぼうしょう)といった下剤成分も含むため結果的に便通も促進されます。お腹周りに皮下脂肪が多く、便秘傾向でニキビや吹き出物が出やすいような方に適し、いわゆるメタボ体質の便秘薬といえます。
潤腸湯が体力の低い人向けなのに対し、防風通聖散は肥満傾向で体力のある人向けですので、同じ便秘でも体質に大きな違いがある場合に選択されます。

副作用や証が合わない場合の症状

潤腸湯(51)は比較的副作用の少ない処方ですが、いくつか注意点があります。まず、生薬由来の下痢・腹痛などは起こりうる副作用です。特に体質的に胃腸が弱い人が服用すると、お腹が緩くなりすぎたり腹痛を感じる場合があります。また、甘草(かんぞう)という生薬が含まれているため、長期間の服用により稀に偽アルドステロン症(低カリウム血症)を引き起こすことがあります。この症状になると、手足の力が抜ける、血圧上昇やむくみ、酷い場合は脱力感から起立困難になることもあります。そのほか非常に稀な副作用として、肝機能障害(だるさや黄疸症状)や間質性肺炎(せき込みや呼吸困難)などが報告されています。潤腸湯に限らず漢方薬全般でごく稀に起こりうる副作用ですが、もし長期服用中に息切れがひどくなる・熱が続く・皮膚や白目が黄色くなる等の症状が出た場合は、すぐに医師に相談してください。

一方、潤腸湯の証(しょう)が合わないケースでは、期待される効果が得られないばかりか、副作用が出やすくなることがあります。例えば、もともと冷えが強く下痢しやすい人や、水分は足りているのに別の原因(ストレスや腸の炎症など)で便秘している人に潤腸湯を用いると、かえって下痢や腹痛を招く恐れがあります。また、比較的体力がある人に使った場合、配合生薬の刺激でのぼせや動悸が生じることも考えられます。こうした症状が出た場合はその方の体質に処方が合っていない可能性があるため、医師に伝えて別の処方への切り替えを検討します。

併用禁忌・併用注意の薬剤

潤腸湯(51)を服用する際に併用を避けるべき薬剤や、注意が必要な薬剤についてまとめます。

  • 他の下剤との併用(禁忌):潤腸湯を服用中は、市販の便秘薬や医師から処方された他の下剤を一緒に使用しないでください。作用が重複して下痢や腹痛など副作用が強まる恐れがあります。
  • 利尿剤やステロイド剤(併用注意):潤腸湯に含まれる甘草の影響でカリウムが失われやすくなるため、利尿薬(フロセミドなど)やステロイド薬(プレドニゾロンなど)を服用中の場合は低カリウム血症に注意が必要です。併用により血中のカリウムが下がりすぎると、不整脈や筋力低下を引き起こす可能性があります。
  • 強心薬(併用注意):ジゴキシン製剤など強心剤を服用している場合も注意が必要です。上記のようにカリウム低下が起こると強心薬の副作用(不整脈など)が出やすくなるため、潤腸湯を服用する際は医師の監督下で経過を観察します。
  • 血液をサラサラにする薬(併用注意):ワルファリン等の抗凝固薬を服用中の方は、潤腸湯との併用に注意が必要です。潤腸湯に含まれる当帰や桃仁には血行を促進する作用があるため、まれに出血傾向が強まる可能性があります。必ず担当医に漢方併用の有無を伝え、定期的な血液検査などの指示に従ってください。
  • 妊娠中・授乳中の服用:妊娠中の方には大黄による子宮収縮のリスクが指摘されており、一般的に潤腸湯の妊婦への投与は避けます。授乳中も、乳児に下痢を起こす可能性があるため慎重に判断されます。必ず産科医や処方医に妊娠・授乳の旨を伝えて相談してください。

含まれている生薬の組み合わせとその役割

潤腸湯(51)には10種類の生薬がバランスよく配合されています。それぞれが異なる作用を持ち、組み合わせることで乾燥した腸を潤しつつ無理なく排便を促すよう工夫されています。以下に含有生薬とその役割を簡単に紹介します。

  • 地黄(じおう):アカヤジオウの根。体の陰液(体液)を補い、腸に潤いを与えます。乾燥した便を柔らかくする基盤となる生薬です。
  • 当帰(とうき):トウキの根。血を補って巡りを良くし、腸を潤すのを助けます。女性の貧血や冷えによる便秘にも使われる生薬です。
  • 黄芩(おうごん):コガネバナの根。腸内の余分な「熱」を冷まし、炎症やほてりを抑える作用があります。便秘に伴うのぼせやイライラを和らげ、腸の乾燥を改善します。
  • 枳実(きじつ):ダイダイ(橙)の未熟な果実。お腹の張り(気滞)を取り、腸の蠕動運動を促進します。便が滞留している時の圧迫感や腹部膨満を改善します。
  • 杏仁(きょうにん):杏(アンズ)の種子。油分を含み腸を潤滑にする作用があります。咳止めの生薬として有名ですが、便秘では腸を滑らかにして通便を助けます。
  • 厚朴(こうぼく):ホオノキの樹皮。胃腸の動きを整えてガスや膨満感を除く作用があります。枳実と共に腸内の停滞を解消し、排便をスムーズにします。
  • 大黄(だいおう):ダイオウの根茎。いわゆる緩下剤(下剤)として働き、腸の動きを適度に高めて排便を促します。配合量が少なめなので激しい下痢にはなりにくく、他の潤す生薬と組み合わせて穏やかな作用に調整されています。
  • 桃仁(とうにん):モモの種子。杏仁と同様に油分があり腸を潤しますが、加えて血行を促進する作用が特徴です。腸の血流を改善して働きを高めるとともに、便が固く塊にならないようにします。
  • 麻子仁(ましにん):麻の種子(大麻の実)の中身。潤腸湯の中心となる生薬で、ゴマのように油分が豊富です。古来より便秘の薬として頻用され、腸壁を潤してぜん動を促し、固い便を柔らかく滑らかに出させる効果があります。
  • 甘草(かんぞう):カンゾウ(甘草)の根。潤腸湯では少量が配合され、他の生薬の作用を調和する役割です。腸の状態を整え、また大黄など作用の強い生薬の刺激を和らげる緩衝剤としても働きます。

このように、潤腸湯は腸に潤いを与える生薬(地黄・当帰・杏仁・桃仁・麻子仁)と、腸の動きを助ける生薬(枳実・厚朴・大黄)、さらには熱をさまし調和する生薬(黄芩・甘草)をバランスよく組み合わせています。単に便を出すだけでなく、「出しやすい状態」に腸内環境を整えることで、無理なく自然な形で排便が促されるのが特徴です。

潤腸湯にまつわる豆知識

最後に、潤腸湯(51)に関する興味深い知識やエピソードを紹介します。

  • 歴史的な由来:潤腸湯は中国・明代の医書『万病回春』(1587年)に収載された処方です。この書物は江戸時代の日本に輸入され、多くの漢方医に読まれたベストセラーでした。潤腸湯はその中でも便秘を扱う章の冒頭に紹介されており、古くから便秘治療の基本薬として重宝されてきたことがうかがえます。江戸時代には「潤腸丸」という名で、本方を蜂蜜で丸剤にした製剤も用いられていた記録があります。
  • 処方名の意味:潤腸湯という名前は文字どおり「腸を潤すスープ(煎じ薬)」という意味です。漢方薬の名称には独特なものが多い中で、その作用を端的に表現した分かりやすい名前と言えます。名称からイメージしやすいように、患者さんにも「腸に潤いを与えて便を出すお薬です」と説明すると納得されやすいです。
  • 麻子仁と漢方の便秘薬:潤腸湯の主役である麻子仁(ましにん)は、大麻の種から殻を除いた生薬です。「大麻」と聞くと驚かれるかもしれませんが、種子には精神作用のある成分は含まれず、食用の麻の実として昔から利用されています。麻子仁はゴマやナッツのように油分を多く含み、この油が腸の潤滑油となって便秘を解消します。中国でも麻子仁を使った「麻子仁丸」は有名で、日本の便秘漢方にも数多く配合されています。
  • 味や香り:潤腸湯の煎じ薬は、やや苦みのある風味です。黄芩や厚朴、大黄など苦味を持つ生薬が入っているためですが、甘草の甘みや麻子仁・杏仁のコクがブレンドされることで、極端な苦さではなく独特の薬草風味になっています。エキス顆粒剤の場合は飲みやすく調整されていますが、それでも多少の苦みを感じる方が多いです。服用時はお湯に溶かして温かい状態で飲むと、生薬の香りが立ち上ってリラックス効果も期待できます。

まとめ

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

  • URLをコピーしました!
目次