釣藤散(ツムラ47番):チョウトウサンの効果、適応症

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釣藤散の効果・適応症

釣藤散(47)は、慢性的な頭痛やめまい、肩こりなどを改善する効果が期待できる漢方薬です。特に中年以降で血圧が高めの方に生じる朝方の頭痛・頭重感や、ふと立ち上がったときのふらつき、耳鳴りなどによく用いられます。イライラしやすく、起床時に頭が重いといった症状を持つ方に適した処方です。漢方医学的には「肝の気が上昇しやすい」(肝陽上亢)タイプや「痰飲(余分な水分や痰)が滞って頭に昇る」タイプの頭痛に効果的とされています。

釣藤散は体力中等度(普通)程度の方向けの処方です。比較的体力がありストレスを感じやすい人で、血圧が高くなると頭痛やのぼせが起こりやすいようなケースに向いています。例えば「最近、なんとなく頭が重だるい」「肩こりと一緒に頭痛が続く」といった慢性の不調に対し、身体全体のバランスを整えて症状を和らげる効果があります。

よくある疾患への効果

釣藤散は主に慢性頭痛への効果で知られています。例えば、高血圧傾向の方の頭痛や、ストレス性の緊張型頭痛に用いられ、頭の血管を穏やかに拡張して血流を改善することで痛みを緩和します。また、めまいや耳鳴りにも効果が期待でき、耳の奥の血行を良くしてふらつきを軽減します。朝起きたときに特に強い頭痛がある場合や、肩こり・不眠を伴う場合にも有用です。

さらに、釣藤散は神経症(不安やイライラなど)の改善にも用いられます。ストレスで自律神経が乱れがちな状態を落ち着かせる働きがあり、「なんだかいつも気分が晴れず頭が重い」という場合に、心身をリラックスさせる効果があります。近年の研究では、脳の血管性認知症の患者さんに釣藤散を使用したところ、イライラや落ち着きのなさなどの精神症状が改善し、日常生活動作が向上したという報告もあります。このように、釣藤散は昔からの頭痛薬であると同時に、現代の高血圧やストレス社会にもマッチした処方といえます。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

慢性的な頭痛やめまいに対しては、釣藤散以外にもいくつかの漢方薬が用いられます。それぞれ症状の特徴や体質(証)の違いによって使い分けをします。以下に、釣藤散と似た症状に用いられる代表的な漢方薬を3〜5種挙げ、それぞれの使い分けポイントを解説します。

  • 黄連解毒湯(15):顔が赤くのぼせ、イライラが強く、比較的体力がある方の頭痛に用いられます。高血圧に伴うほてりや鼻血、不眠など「熱」がこもった症状がある場合に有効です。釣藤散が「穏やかに鎮める」処方であるのに対し、黄連解毒湯は余分な熱を強力に冷ます処方で、赤ら顔で怒りっぽいタイプの頭痛・不眠に適しています。
  • 五苓散(17):頭痛やめまいでも、むくみやすく水分代謝が悪い人には五苓散が使われます。例えば雨の前に頭が痛む方や、めまいとともに吐き気やむくみがある場合です。水分滞留(痰湿)によるめまい・頭痛には五苓散で体内の余分な水を排出し、症状を改善します。釣藤散も痰を取り除く作用がありますが、五苓散の方がより利尿作用が強く、むくみや二日酔いの頭痛など水っぽい症状に適します。
  • 呉茱萸湯(31):冷え性で手足が冷たく、頭痛とともに吐き気や嘔吐があるような片頭痛には呉茱萸湯が処方されます。体を温める生薬で構成され、寒さや空腹が引き金となる頭痛に効果的です。釣藤散が高血圧傾向の人向けなのに対し、呉茱萸湯は胃腸が弱く冷えが原因の頭痛に向いており、頭痛と同時に胃の不快感やしゃっくりがあるような場合に使い分けられます。
  • 抑肝散(54):高齢者や小児の神経の高ぶりによる症状に使われる処方です。体力があまりない方で、怒りっぽかったり不眠傾向がある場合に適しています。釣藤散と同様にイライラや不眠を鎮めますが、抑肝散は虚弱な体質向けで、夜泣きする子どもや認知症の周辺症状(怒りっぽさ・興奮)にも用いられます。頭痛よりも精神不安定が目立つケースでは抑肝散を検討します。

このように、同じ頭痛やめまいでも原因や体質によって処方が選ばれます。例えば「熱」なのか「水滞」なのか「冷え」なのかといった観点で、釣藤散がベストか他の処方が良いかを判断します。専門の医師は、脈や舌、全身状態をみながら最適な漢方薬を選択します。

副作用や証が合わない場合の症状

漢方薬は比較的副作用が少ないと言われますが、釣藤散にも注意すべき副作用があります。多くは軽微なものですが、体質に合わない場合や長期服用時には以下のような症状が現れることがあります。

一般的な副作用として、胃腸を刺激する生薬が含まれるため食欲不振・胃の不快感・軟便・下痢などが起こることがあります。またまれに発疹・蕁麻疹などの過敏症状(アレルギー)が出る場合も報告されています。このような症状が出た場合は服用を中止し、医師に相談してください。

釣藤散には甘草(カンゾウ)が含まれるため、偽アルドステロン症という重篤な副作用にも注意が必要です。偽アルドステロン症になると、体内のカリウムが減少して血圧上昇、むくみ、体重増加などが起こります。さらに進行すると筋力低下や脱力感(低カリウム血症性ミオパシー)を招き、手足に力が入らなくなることがあります。これらは非常にまれですが、長期に大量服用する際や高齢者・腎臓の弱い方では特に注意が必要です。

また、漢方では処方が証に合わないと効果が出ないだけでなく、不調を来すことがあります。釣藤散の場合、例えば体力が極端に低下した虚弱な方には薬が強すぎて下痢や倦怠感を引き起こす可能性があります。逆に「熱」が全くなく冷え症の方に用いると十分な効果が得られません。服用して2週間ほど経っても症状の改善が見られない場合は、証が合っていない可能性があります。その際は医師に相談し、処方の見直しを検討しましょう。

まれですが、漢方薬全般に共通して間質性肺炎や肝機能障害が起こる可能性も指摘されています。息切れや強い咳込み、原因不明の倦怠感や黄疸(肌や白目が黄色くなる)の症状が出た場合も、すぐに医療機関を受診してください。

併用禁忌・併用注意な薬剤

釣藤散を服用する際には、他の薬剤との飲み合わせにも注意が必要です。特に甘草(カンゾウ)を含む他の漢方薬や薬剤との併用は避けましょう。甘草由来のグリチルリチン酸を過剰に摂取すると先述の偽アルドステロン症のリスクが高まります。風邪薬によく使われる葛根湯(1)や麦門冬湯(29)など多くの漢方薬、さらには市販の総合感冒薬にも甘草が含まれていることがあります。知らずに重複して飲んでしまうと、むくみや高血圧などの副作用が出る恐れがあります。現在他に飲んでいる漢方薬がある方や、サプリメントを含め複数の薬を服用中の方は、釣藤散を開始する前に必ず医師・薬剤師に相談してください。

また、釣藤散に限らず甘草を含む漢方薬を服用中は、利尿剤(むくみ取りの薬)やステロイド薬との併用にも注意が必要です。これらの薬もカリウムを失わせたり血圧を上げたりする作用があるため、併用すると電解質のバランスが崩れやすくなります。高血圧治療薬や強心薬など特定の薬と漢方薬の間に大きな相互作用は知られていませんが、念のため定期的に血液検査でカリウム値や肝機能をチェックすると安心です。

含まれている生薬の組み合わせと選ばれている理由

釣藤散は11種類の生薬から構成されており、それぞれが役割を持っています。なぜこれらの生薬が選ばれているのか、主なものを解説します。

  • 釣藤鈎(ちょうとうこう):カギカズラというアカネ科植物の棘(とげ)で、本方の主薬です。神経の高ぶりを鎮め、痙攣や頭痛を抑える効果があります。血圧を下げる働きも知られており、イライラやのぼせをしずめる中心的な役割を果たします。
  • 菊花(きっか):菊の花です。熱を冷まし、目の充血やかすみ目などの「頭部の症状」を改善します。釣藤鈎とともに肝の高ぶり(肝陽)を抑える作用があり、頭痛やめまいを和らげる助けとなります。
  • 石膏(せっこう):硫酸カルシウムを主成分とする鉱物で、強い清熱作用があります。のぼせや熱感を取り、炎症を鎮める役割です。釣藤散では、頭に上った余分な熱を冷ますことで、頭痛や顔のほてりを改善します。
  • 防風(ぼうふう):セリ科の植物で、発汗・鎮痛作用があります。名前の通り「風を防ぐ」生薬で、頭痛やめまいの原因となる風(ふわふわした揺らぎ)を取り除きます。筋肉のこわばりを緩める作用もあり、肩こりやふるえなどを抑える助けになります。
  • 半夏(はんげ)・陳皮(ちんぴ)・茯苓(ぶくりょう)・生姜(しょうきょう)・甘草(かんぞう):これら5つは、痰湿を取り除き消化器の働きを整える目的で組み合わされています。半夏と陳皮は胃腸内の余分な水分や痰をさばいて吐き気やめまいを改善します。茯苓と生姜は水分代謝を促しつつ胃を温めて消化を助け、甘草は生薬同士の調和を図りつつ炎症を抑えます。これらは古来「二陳湯」という処方で使われる組み合わせで、釣藤散の中でも痰を除き気の巡りを良くする土台となっています。
  • 人参(にんじん):高麗人参の根で、気(エネルギー)を補い脾胃(消化機能)を強めます。疲れやすかったり食欲が落ちている状態を改善し、他の生薬が働きやすいよう体力を底上げします。釣藤散では、脾の働きを高めることで痰が生じにくくし、全身の気力を回復させる狙いがあります。
  • 麦門冬(ばくもんどう):ジャノヒゲというユリ科植物の根の一部で、滋養強壮と潤いを与える作用があります。他の生薬が湿を除いたり体を温めたりする一方で、麦門冬が潤いを補うことで処方全体のバランスを取ります。口や喉の渇きを癒し、乾いた咳や喉の違和感を和らげる効果も持っています。

このように、釣藤散は「鎮める薬」「冷ます薬」「除く薬」「補う薬」がバランスよく配合された処方です。頭に昇った余分なもの(熱や風や痰)を取り除きつつ、足りない部分(気や潤い)を補うことで、全身の調和を整えながら症状を改善するよう工夫されています。

釣藤散にまつわる豆知識

歴史と名前の由来: 釣藤散という名前は、主薬である釣藤鈎(=釣り針のような藤の棘)に由来します。中国の宋の時代(12世紀)に編纂されたとされる「本事方(ほんじほう)」という古典に記載された処方で、当時から頭痛やめまいの薬として用いられてきました。原典には「肝厥頭暈(肝の不調によるめまい)を治す。頭目を清す(頭や目の熱を取る)。」とあり、その記述からも頭の症状に対する効果がうかがえます。長い歴史の中で受け継がれ、日本でも江戸時代以降、頭痛の漢方薬として広く知られるようになりました。

生薬の豆知識: 釣藤鈎はカギカズラとも呼ばれ、その名の通りつる性植物の曲がった棘です。この棘はまるで猫の爪のような形をしており、英名では「キャッツクロー」とも呼ばれます。熱帯アジアに自生し、藤にぶら下がるようについているため「釣り鐘に掛ける釣り針」に例えられたそうです。一方、菊花は観賞用の菊とは別に薬用の薬草菊を用います。お茶(菊花茶)として飲まれることもあり、目の疲れやリラックス効果で知られています。こうした植物由来の生薬が多いので、釣藤散を煎じるとほのかに草花の香りが感じられるでしょう。

味や服用感: 釣藤散の顆粒や煎じ薬は、味にやや辛みと酸味があります。生姜や陳皮由来のピリッとした風味と、甘草のほのかな甘みが感じられ、漢方薬の中では比較的飲みやすい方です。「苦くて飲みにくい…」と心配する患者さんもいますが、釣藤散はむしろスッキリした後味で、橙皮の爽やかさも相まって続けやすいお薬です。どうしても漢方特有の匂いが気になる場合は、錠剤タイプも市販されていますので、医師や薬剤師に相談すると良いでしょう。

現代の応用: 釣藤散は、高血圧の薬が普及する以前には「血圧の薬」としても重宝されました。頭痛だけでなく、血圧上昇そのものを穏やかに抑える作用があるためです。現代でも、急に血圧が上がると顔が真っ赤になって頭痛がするような方に頓服的に使われることがあります。また、漢方界の名医・大塚敬節医師は「釣藤散が効く頭痛は朝起床時に強く、日中は次第に軽くなる傾向がある」と述べています。このような経験則は現在でも診療に活かされており、まさに朝に強い頭痛を訴える患者さんに釣藤散が処方されるケースが多いです。

まとめ

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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