七物降下湯(ツムラ46番):シチモツコウカトウの効果、適応症

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七物降下湯の効果、適応症

七物降下湯(しちもつこうかとう)は、高血圧に伴うさまざまな不快症状を和らげるために用いられる漢方薬の一つです。「七物」とは文字通り7種類の生薬からなることを意味し、「降下」とは血圧を下降させる(血圧降下)作用を表しています。貧血ぎみで体力が低下した方の「血虚(けっきょ)」状態を改善する基本処方である四物湯(当帰・川芎・芍薬・地黄の組み合わせ)に、のぼせや頭痛などを鎮める釣藤鈎(ちょうとうこう)と、体力増強の黄耆(おうぎ)、熱を冷ます黄柏(おうばく)を加えた処方です。昭和の漢方医・大塚敬節先生が自身の高血圧による症状(頭痛や眼底出血など)を治療する目的で創り出した処方として知られており、日本独自の高血圧向け漢方薬として位置づけられています。

七物降下湯は血圧そのものを直接下げる西洋薬とは異なり、漢方の視点で「平肝熄風(へいかんそくふう)」「補血益気(ほけつえっき)」の作用を持つとされています。つまり、肝の高ぶりを鎮めて体内の「風」(めまいやふらつきの原因となる状態)を抑え、不足した血と気を補うことで、血圧上昇に伴う様々な症状を改善するという考えです。具体的には次のような症状・体質をお持ちの方に適しています。

  • 高血圧に伴うほてり(のぼせ)や頭痛・肩こり・頭重感がある。血圧が高めで、顔や頭に熱が上りやすく、肩や首筋のこわばり、頭の重さを感じる方。
  • 耳鳴りやめまい、動悸などが起こりやすい。ふらつきや耳鳴りが慢性的にあり、軽い疲労感や動悸を感じることがある方。
  • 体力中等度以下で顔色が悪く、手足が冷えやすい。いわゆる「冷えのぼせ」の傾向があり、体が冷えやすいのに上半身は火照りやすいタイプ。皮膚や口の渇きがあり、全体的に血色が優れず疲れやすい方。

このように、七物降下湯は「虚弱だけれど胃腸は比較的丈夫」という体質で、高血圧に随伴する頭痛・肩こり・耳鳴り・のぼせなどの症状に悩む方に向いた処方です。古典的な漢方の時代には血圧という概念はありませんでしたが、七物降下湯は現代医学の知見を取り入れて開発された経緯があり、高血圧症の随伴症状を和らげるための漢方として用いられてきました。適合する証(しょう)を持つ患者さんに用いることで、血圧に伴う不快な症状を緩和し、生活の質を向上させる効果が期待できます。

よくある疾患への効果

高血圧に伴うのぼせ・頭痛・肩こり

高血圧そのものは西洋医学で降圧剤による管理が基本ですが、七物降下湯は高血圧に伴う「のぼせ」や「頭痛」「肩こり」といった症状の緩和に役立つ場合があります。例えば、更年期以降や高齢の方で、血圧が高めになると顔が火照って頭痛がしたり、首や肩が凝って辛くなるようなケースです。七物降下湯には血行を促進して頭部のうっ血を散らし、頭に上った余分な熱を冷ます働きがあるため、これらの症状が和らぎやすくなります。
実際に大塚敬節先生自身も、高血圧に伴う頭痛や眼底出血の症状をこの処方で改善したといわれています。ただし、七物降下湯は血圧そのものを急激に下げる薬ではありません。あくまで補助的に症状を和らげ、体質を整えていくことを目的とするため、必要に応じて降圧薬などの西洋薬治療と併用しながら経過を見る形になります。高血圧による頭痛・肩こりが頑固な場合でも、漢方的に証が合致すれば本処方の服用で徐々に症状が軽減し、頭や首まわりがすっきり感じられるようになることがあります。

高血圧に伴う耳鳴り・めまい

血圧が高めの方で、耳鳴りやめまいを訴えるケースにも七物降下湯が用いられることがあります。血圧の変動によって内耳の循環が乱れたり、自律神経が不安定になることで耳鳴り(「ブーン」という音や高音が聞こえる)や、立ちくらみ・フラフラする感じが生じる場合があります。七物降下湯は体の血を補って全身の巡りを良くし、さらに肝の高ぶりを鎮める作用で内耳や脳の興奮を和らげるため、これらの症状に効果が期待できます。特に疲労すると耳鳴りが強くなるような方や、めまいとともに顔のほてりや動悸を感じるような場合に適しています。
服用によって貧血ぎみの体質が改善されていくと、耳鳴り・めまいも徐々に頻度が減ったり軽減したりすることがあります。ただし、回転性の激しいめまい(ぐるぐる回るような眩暈)やメニエール病など、他の原因による耳鳴り・めまいには適さないため注意が必要です。

慢性的な頭痛・神経症状の改善

七物降下湯は慢性的な頭痛や神経症状の改善にも応用されることがあります。高血圧に関連した頭痛だけでなく、筋緊張性頭痛(肩こりからくる頭痛)や片頭痛の体質改善目的で処方されるケースもあります。血を補い巡らせる作用によって脳血流を改善し、釣藤鈎の鎮静作用で神経の高ぶりを抑えるため、慢性的な頭痛持ちの方が体質改善目的で服用し、頭痛発作の頻度が減ったという報告もあります。
また、自律神経失調症や軽い神経症(不安感・不眠など)を伴う高血圧傾向の方にも用いられることがあります。これは、七物降下湯が心身を安定させる方向に作用し、イライラや不眠、動悸などの症状を和らげる効果が期待できるためです。実際に、本処方は脳動脈硬化症慢性腎炎など高血圧に関連する慢性疾患の漢方的ケアにも用いられることがあり、全身状態を整えながら血圧随伴症状を緩和する幅広い応用があります。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

高血圧に伴う「のぼせ」や「頭痛」「肩こり」といった症状に対しては、七物降下湯以外にも患者さんの体質や症状の特徴によってさまざまな漢方薬が使い分けられます。ここでは、七物降下湯と比較されることの多い代表的な処方をいくつかご紹介します。それぞれ証(しょう)の違いによって適するケースが異なりますので、症状に合った処方選択が重要です。

八味地黄丸 (7)

八味地黄丸(はちみじおうがん)は、高血圧に伴う症状に用いられる点では七物降下湯と共通しますが、適する体質が異なります。下半身の冷えや機能低下が顕著で、頻尿・夜間尿、むくみ、腰痛などを伴うような場合には八味地黄丸が適しています。例えば、高齢者で皮膚や粘膜が乾燥し、倦怠感が強く、血圧が高めだけれどむしろ手足の冷えが強いような方です。八味地黄丸は腎臓の機能やホルモンバランスを整える作用があり、足腰の衰えや冷えを改善しつつ血圧随伴症状を和らげます。一方、七物降下湯は同じ虚弱体質でも八味地黄丸ほど冷えが強くなく、下半身の症状(足腰の弱りや頻尿など)が少ない場合に向きます。両者とも乾燥した皮膚・貧血傾向の高齢者に用いられますが、八味地黄丸は特に腎機能低下や足腰の冷え・無力感が目立つ場合に選択されます。

釣藤散 (47)

釣藤散(ちょうとうさん)は、七物降下湯と症状のターゲットは似ていますが、適する体力や症状の質が異なります。釣藤散は体力中等度(虚弱過ぎない)の中高年の方に向く処方で、慢性的な頭痛、めまい、肩こりなどに用いられます。七物降下湯と同様に釣藤鈎を含み、朝方の頭痛や頭重感、耳鳴り、目の充血、肩こりなどを改善する効果がありますが、釣藤散は比較的元気で四肢の冷えや極端な疲労感がない人に使われます。例えば、血圧は高めだが顔色は比較的よく、イライラや軽い不眠を伴うタイプで、朝起きたときに後頭部が重く痛むような慢性頭痛がある場合です。このようなケースでは釣藤散の方が適しています。逆に易疲労感があり手足の冷えを伴う虚弱な人では七物降下湯が検討されます。両処方はどちらものぼせや慢性頭痛に用いられますが、釣藤散は体力が中くらいで実証寄り、七物降下湯は虚証寄りという点で使い分けられます。

黄連解毒湯 (15)

黄連解毒湯(おうれんげどくとう)は、高血圧に伴う症状の漢方治療において、比較的体力があり「実熱」の傾向が強い人に使われる処方です。顔面紅潮が著しく、のぼせによる激しい頭痛、怒りっぽさや不眠(興奮して眠れない)が見られる場合には、黄連解毒湯が適します。この処方は黄連・黄芩・黄柏など強力な苦味の生薬で構成され、体内の余分な熱や興奮を冷まし鎮める作用があります。がっしりした体格で高血圧症状が出ている人が、七物降下湯では物足りない場合に黄連解毒湯が用いられます。例えば、ストレスや怒りによって顔を真っ赤にして血圧が上がりやすく、頭痛や耳鳴り、動悸があるようなケースです。このような「実証」で熱が上盛んなタイプには七物降下湯ではなく黄連解毒湯で熱を徹底的に冷ます方が効果的です。逆に、黄連解毒湯は体力のない人には刺激が強すぎるため、虚弱で冷えものぼせもある七物降下湯の適応者には向きません。このように、熱の程度や体力差によって七物降下湯と黄連解毒湯は使い分けられます。

防風通聖散 (62)

防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)は、高血圧の背景に肥満傾向や便秘がある場合に検討される処方です。いわゆるメタボ体型で腹部に脂肪が多く、血圧が高め、肩こりやのぼせ、便秘を伴うような方に適しています。防風通聖散は余分な脂肪や水分を排出し、体内の熱を発散させる強い作用があり、体格のがっしりした「実証」の高血圧者によく用いられます。例えば、肥満体系で顔色赤く汗かき、便秘気味で血圧も高めという場合、防風通聖散の服用により体重減少とともに血圧も改善することがあります。七物降下湯とはアプローチが大きく異なり、七物降下湯が「補って鎮める」のに対し、防風通聖散は「発散して減らす」処方です。
したがって、体力があり余分なもの(脂肪や熱)が蓄積している人には防風通聖散、体力が低下し不足が目立つ人には七物降下湯、と正反対のタイプで使い分けます。防風通聖散は減量や便通改善を通じて結果的に血圧を下げる効果も期待できますが、虚弱な方には副作用が出やすいため、そうした場合には七物降下湯のような穏やかな処方が選択されます。

副作用や証が合わない場合の症状

七物降下湯は比較的マイルドな処方で、副作用の頻度は高くないとされていますが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合には、副作用や不快な症状が現れる可能性があります。

  • 消化器症状:食欲不振、胃もたれ、軟便・下痢など。地黄(熟地黄)など胃に重さを感じさせる滋養強壮薬が含まれるため、胃腸が弱い方ではこれらの症状が出ることがあります。服用中に胃の不快感や下痢が続く場合は無理に続けず、医師に相談してください。特に七物降下湯は「胃腸の働きが比較的よい人」に適するとされる処方なので、もともと胃弱の方には負担となる場合があります。
  • アレルギー症状:発疹、かゆみ、蕁麻疹など。まれに生薬成分に対するアレルギー反応が起こることがあります。服用後に皮膚の赤み・かゆみなど異常を感じた場合も、早めに服用を中止し医療機関へご相談ください。
  • 重篤な副作用:七物降下湯には甘草(カンゾウ)が含まれていないため、偽アルドステロン症(低カリウム血症や血圧上昇を引き起こす副作用)の心配は基本的にありません。ただし非常にまれに肝機能障害(だるさ、黄疸など)や間質性肺炎(せきや呼吸困難)といった重篤な副作用が漢方薬全般で報告されることがあります。頻度は極めて低いものの、長期服用中に原因不明の倦怠感や息切れが続く場合には念のため肝機能検査等を受けることが望ましいでしょう。

また、証(しょう)が合わない場合には、期待される効果が得られないばかりか症状が悪化する可能性があります。七物降下湯は虚証向けの処方なので、実証の方(体力が充実し熱が強いタイプ)に用いると十分な効果が出ず、かえってのぼせや頭痛が続くことがあります。例えば、顔面紅潮が著しく怒りっぽいような方に七物降下湯を使っても、血圧や頭痛が思うように改善しないばかりか、地黄などの滋養成分によって胃がもたれたり、余分な水分滞留でかえって調子を崩す恐れがあります。そのため、「体格ががっしりして赤ら顔」「便秘傾向でのぼせが強い」といった実証の高血圧症状には適さず、前述の黄連解毒湯や防風通聖散など別の漢方薬が検討されます。逆に、極端に冷えが強く血圧が低めの方にも不要な処方です。漢方薬はあくまでその人の体質に合わせて選ぶものですので、証が合致しない場合には無理に服用を続けず、医師と相談し処方の見直しを行ってください。

なお、妊娠中の服用は慎重に判断する必要があります。七物降下湯には子宮の血流を改善する生薬(当帰や川芎など)が含まれており、妊娠中に不用意に用いると思わぬ作用を及ぼす可能性があります。一般的に妊婦への安全性は確立されていないため、妊娠中・授乳中の方は自己判断での服用を避け、漢方に詳しい医師にご相談ください。

併用禁忌・併用注意な薬剤

七物降下湯は比較的穏やかな作用で、麻黄や附子のような強い刺激性生薬も含まないため、絶対的な併用禁忌薬は多くありません。しかし、他の医薬品と併用する際には以下の点に注意が必要です。

  • 降圧薬や利尿剤との併用:西洋の降圧薬(高血圧の薬)や利尿薬を服用中の方が七物降下湯を併用する場合、血圧や体液量の変化に注意が必要です。七物降下湯自体は急激な降圧作用はありませんが、体質改善により徐々に血圧が変動する可能性があります。利尿作用を持つ生薬(黄耆など)の影響でごく軽い利尿効果が加わることも考えられます。特に降圧薬で血圧コントロール中の方は、漢方併用後にめまいや立ちくらみ(降圧の進行)などがないか注意し、必要に応じて主治医に報告してください。
  • 強心薬(ジギタリス製剤)との併用:ジギタリス(強心薬)を使用中の方が漢方薬を併用する場合は、血中の電解質バランスや循環動態の変化に留意します。七物降下湯には甘草が含まれないため低カリウム血症のリスクは高くありませんが、利尿薬も同時に使っている場合などはカリウム低下によるジギタリス作用増強が起こらないよう注意が必要です。医師の管理下で定期的に血液検査を行うなど、安全に併用できるようにしましょう。
  • 抗凝血薬(ワルファリン等)との併用:七物降下湯に含まれる当帰(トウキ)や川芎(センキュウ)などの生薬は、血行を促進する作用があるため血液凝固系に影響を与える可能性があります。ワルファリンなど抗凝血薬(血液をサラサラにする薬)を服用中の方が七物降下湯を併用すると、まれにワルファリンの効果が強まって出血しやすくなることが報告されています。併用する場合はPT-INRなどの血液凝固検査を定期的に受け、必要に応じて薬剤の量調整を行うなど慎重に経過観察してください。
  • 他の漢方薬やサプリメントとの併用:七物降下湯と作用や構成の似た漢方薬を同時に服用すると、生薬成分が重複して摂取されるため思わぬ過剰作用や副作用につながる恐れがあります。例えば、七物降下湯と四物湯を一緒に飲めば当帰や地黄などが二重に配合されることになり、消化不良を起こしたり過度に血行が良くなりすぎる可能性があります。また、健康食品やサプリメントでも、血圧に影響を与える成分(高麗人参やニンニク抽出物など)を含むものとの併用には注意が必要です。複数の漢方薬・サプリを併用する場合は必ず専門家に相談し、安全な組み合わせか確認しましょう。

総じて、七物降下湯は他の治療と併用しやすい処方ではありますが、持病でお薬を服用中の方は自己判断で併用せず、医師・薬剤師に現在の薬を伝えた上で漢方を開始してください。特に高血圧で内服治療中の方は、漢方併用による体調変化を主治医にも報告し、治療計画に反映してもらうことが大切です。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

七物降下湯は、その名の通り7種類の生薬を組み合わせて作られています。基本的な処方構成は、当帰(トウキ)・川芎(センキュウ)・芍薬(シャクヤク)・地黄(ジオウ)の4つからなる四物湯に、釣藤鈎(チョウトウコウ)・黄耆(オウギ)・黄柏(オウバク)の3つを加えたものです。四物湯で血を補い巡らせる基盤を作り、釣藤鈎で肝の高ぶりを鎮めて血圧関連症状を改善し、黄耆で気力を補って全身の抵抗力を高め、黄柏で余分な熱を冷まして炎症を抑えるという組み立てになっています。処方名の「七物」は7つの生薬、「降下」は血圧降下作用を指しており、それぞれの生薬が互いに補完し合って高血圧随伴症状にアプローチする設計です。それでは、含まれる生薬ひとつひとつの役割を見ていきましょう。

当帰(トウキ)

当帰は血を補い、血行を促進する作用を持つ代表的な生薬です。女性の貧血や冷え性に古くから使われ「血の不足を補って巡らせる」働きがあります。体を温める作用もあり、手足の冷えや痛みを和らげる効果が期待できます。七物降下湯では、不足した血液を補充して全身に栄養を行き渡らせる中心的役割を担っています。これにより顔色不良やめまいなどの血虚症状を改善しつつ、川芎と一緒に血の巡りを良くすることで頭痛や肩こりの原因となる淤血(おけつ:血行不良)を取り除きます。また当帰の持つ鎮静効果により、イライラ感や緊張感を和らげる働きも期待できます。高血圧で肌の乾燥や爪の艶の無さが目立つような方では、当帰の補血作用が皮膚の状態改善にも寄与します。

川芎(センキュウ)

川芎は血行を促進し、痛みを止める作用を持つ生薬です。独特の香り成分を含み、頭部の血流を良くして頭痛を鎮める効果で知られます。俗に「頭痛に川芎」と言われるほど、偏頭痛や月経痛など血行不良に伴う痛みに用いられてきました。七物降下湯では当帰とともに血を巡らせて淤血を散らすコンビとして働き、肩こりや頭痛、耳鳴りなどの症状を和らげます。川芎には血管拡張作用があり、脳血流を改善することで高血圧による頭重感やふらつきを軽減すると考えられています。また、体を温める作用も持つため、虚弱な方の冷えの改善にも役立ちます。川芎の活血作用のおかげで、七物降下湯は単に血を補うだけでなく滞った血を動かして散らす処方となり、高血圧に伴う慢性的な諸症状の原因を取り除くことに繋がっています。

芍薬(シャクヤク)

芍薬は血を補い、筋肉のこわばりや痛みを和らげる作用を持つ生薬です。白芍(びゃくしゃく)と呼ばれることもあり、虚弱体質の人の筋肉痙攣や腹痛などを緩める鎮痙作用で知られます。芍薬は肝の働きを調節して精神的な緊張を緩和する効果もあり、「百薬の王」とも称される万能薬的側面があります。七物降下湯では、当帰とともに血を養い肝を和める役割を果たしています。特に筋肉の引きつりやこむら返りといった症状の改善に寄与し、高血圧の方によくみられるふくらはぎの攣り(筋肉のつり)や肩の筋緊張を和らげます。また芍薬は鎮静作用も持つため、イライラや不安感を抑え、穏やかな気分にさせる効果も期待できます。七物降下湯中の芍薬によって、自律神経のバランスが整い、血圧の変動に対する身体の適応力が高まると考えられています。なお、芍薬と甘草をセットで用いると筋肉痛や痙攣に効果的ですが、本処方には甘草は含まれていないため、芍薬単独で穏やかに作用しています。

地黄(ジオウ)

地黄(特に熟地黄)は血や体液をしっかりと補う強力な滋養生薬です。黒っぽく濃厚な質感を持ち、肝臓や腎臓の機能を助けて血液を増やし、身体に潤いを与える作用があります。四物湯をはじめ、多くの補血剤の中核となる生薬で、めまいや耳鳴り、皮膚の乾燥感など血液不足や腎陰虚の症状改善に寄与します。七物降下湯では、不足した血を根本から増やし、全身に潤いを行き渡らせる土台として働きます。これにより、血虚による肌のかさつきや髪のパサつき、眼精疲労などを改善し、体力を底上げします。また、地黄には緩やかな利尿作用もあり、体内の余分な熱や老廃物を排泄させるデトックス効果も期待できます。高血圧で腎機能が低下しているような方では、地黄の腎保護作用が役立つ可能性もあります。ただし、地黄は胃にもたれやすい面があるため、胃腸の弱い人には注意が必要です。七物降下湯では黄耆の力を借りて地黄の重さを補い、虚弱だけれど胃は丈夫という人にちょうど良く働くよう工夫されています。

黄耆(オウギ)

黄耆は気を補い、むくみを取る作用を持つ生薬です。マメ科の根で、中医学では「補気薬」の代表として扱われ、元気がない、疲れやすい、食欲不振といった気虚の症状に頻用されます。黄耆には利尿作用もあり、余分な水分を排出してむくみや余分な水太りを改善する働きがあります。七物降下湯では、全身のエネルギー(気)を補給して血を作る助けをする役割があります。血は気の力で全身を巡るため、黄耆によって気力がつくことで、当帰や地黄が補った血を効率よく体中に行き渡らせることができます。また、黄耆は皮膚や粘膜の免疫を高める作用も持つため、虚弱な方の抵抗力アップにもつながります。高血圧の方で軽度のむくみがある場合、黄耆の利尿作用がそれを軽減し、結果的に血圧のコントロールにも好影響を及ぼすでしょう。さらに黄耆は脾(ひ:消化機能)を助ける生薬でもあるため、地黄など滋養強壮薬で胃にもたれしそうな部分を支えて、消化吸収を高める働きも期待できます。総じて、黄耆は七物降下湯の中で「エネルギー源を補給しつつ余分な水分をさばく調整役」として重要なポジションを占めています。

釣藤鈎(チョウトウコウ)

釣藤鈎は、肝の高ぶりを鎮め、頑固な頭痛やめまいを改善する作用を持つ生薬です。カギカズラというアカネ科のつる植物の棘状の部分で、その名のとおり釣り針のような形をしています。古来より「鉤(かぎ)で悪い風を引っ掛けて除く」と言われ、平肝熄風(へいかんそくふう)すなわち肝の過剰な興奮を抑え、体内の風(痙攣やめまいの原因)を鎮める生薬として用いられてきました。七物降下湯では、高血圧に伴う頭痛、めまい、耳鳴り、イライラなどの症状を直接鎮める役割を果たしています。釣藤鈎には血管拡張作用中枢神経の鎮静作用があり、近年の研究でも血圧降下や脳循環改善効果が報告されています。これにより、頭部の充血を緩和し、血圧上昇で生じるのぼせや頭痛を和らげます。また、釣藤鈎は鎮痙作用も持つため、筋肉の引きつりや手足の震え(軽いふるえ)を抑える効果も期待できます。七物降下湯において釣藤鈎は症状緩和のキーとなる生薬であり、ベースとなる四物湯にこの生薬を加えることで、高血圧随伴症状への即効性を高めています。実際、釣藤鈎を主薬とする「釣藤散」は慢性頭痛の特効薬として知られ、本処方でもその力が存分に発揮されています。

黄柏(オウバク)

黄柏は体の熱や炎症を冷まし、余分な水分を除く作用を持つ生薬です。キハダというミカン科の樹皮で、鮮やかな黄色を呈し強い苦味があります。清熱燥湿薬の代表で、下半身の炎症やほてり(腎陰虚による盗汗など)を改善する目的で用いられます。七物降下湯では、体内にこもった余分な熱を冷まし、炎症やほてりを抑える役割を担っています。高血圧に伴う顔面紅潮やのぼせ感、ほてりがある場合、黄柏がそれを和らげてくれます。また、黄柏には消炎・抗菌作用があるため、動脈硬化や高血圧による血管の炎症ダメージを軽減する効果も期待できます。さらに利尿作用も持ち合わせており、黄耆とともに体の水はけを良くする働きがあります。七物降下湯は当帰や川芎など温性的な生薬が多く含まれますが、黄柏が加わることで処方全体のバランスがとれ、熱がこもりすぎるのを防いでいると言えます。特に大塚敬節先生がこの処方を創製した際、ご自身の腎機能(尿タンパク)も気にされていたと伝えられ、腎を養う地黄に加えて黄柏で腎陰虚の火を抑えることで、腎への負担軽減も図ったと考えられます。苦味の強い黄柏は飲みにくさもありますが、その「苦寒」の性質が高血圧の随伴症状には欠かせない清熱作用を発揮しているのです。

七物降下湯にまつわる豆知識

●処方の歴史と名前の由来: 七物降下湯は漢方の歴史の中でも比較的新しい処方です。創始者の大塚敬節(おおつかけいせつ)先生は1900年生まれの漢方医学者で、漢方復興に尽力した人物として知られています。昭和中期、当時自身が抱えていた高血圧と眼底出血の治療に行き詰まっていた大塚先生は、古典処方の四物湯をベースに工夫を重ねました。試行錯誤の末に釣藤鈎・黄耆・黄柏を加えたこの処方を考案し、見事に症状を改善させたと言われます。
処方名の「七物降下湯」は前述の通り7種類の生薬で構成され血圧降下作用を狙った湯剤という意味で、大塚先生自身が命名しました。漢方製剤としては1976年以降に医療用として承認され、現在ツムラの製品番号46番として市販もされています。当時としては画期的な「日本人による新処方」だったため、七物降下湯は医療用漢方薬の中でも最も新しい処方の一つと位置づけられています。

●生薬に関する豆知識: 七物降下湯に含まれる生薬の中では、釣藤鈎(カギカズラ)と黄耆(キバナオウギ)がユニークです。釣藤鈎はその名の通り釣り針のような鉤を持つつる植物で、林の中で他の木に引っかかりながら伸びていきます。その鉤状の部分を乾燥させたものが生薬で、「鉤で悪いもの(風)を引っ掛けて鎮める」というイメージから頭痛や痙攣を抑える薬効が連想されます。
一方の黄耆は根が中黄色をしており、中国語で「黄色い大黒柱(支柱)」という意味の名がついています。古来より滋養強壮に用いられ、不老長寿の妙薬と崇められました。中国では鶏肉と黄耆を煮込んだスープが産後や病後の体力回復に飲まれるほど、日常的な補薬としても親しまれています。七物降下湯には、この黄耆が入ることで補血作用が底上げされ、長期服用しても体力が落ちにくい処方設計になっています。
また、七物降下湯の煎じ薬はやや苦味と甘味が混じった独特の風味があります。黄柏の苦みが感じられますが、当帰や地黄の甘みもあるため、意外と飲みにくさは強くありません。煎じた色は褐色〜黒っぽく、熟地黄のとろみで少し粘性があります。現在はエキス顆粒剤(インスタントの顆粒)も市販されており、煎じる手間なく服用できますが、本来の香りや風味を味わいたい方は煎じ薬でゆっくり服用するのも一興でしょう。

まとめ

七物降下湯は、血虚による肝陽の高ぶりが見られる高血圧随伴症状に適した漢方薬です。虚弱体質で顔色が悪く、手足の冷えとのぼせ(冷えのぼせ)が同時にあるような方に用いることで、当帰や地黄で血を補い、釣藤鈎で肝の興奮を鎮める作用が働きます。その結果、高血圧に伴う頭痛・肩こり・耳鳴り・めまいなどの症状が和らぎ、全身の血行や栄養状態が改善することが期待されます。比較的副作用の少ない処方ですが、体質に合わない場合や他の漢方薬・西洋薬との併用には注意が必要です。特に実証で熱が盛んなタイプには効果が出にくいため、専門家による証の見立てが重要になります。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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