補中益気湯の効果、適応症
補中益気湯(ほちゅうえっきとう)は、体力や気力が低下した状態を立て直すために用いられる代表的な漢方薬のひとつです。
その名の通り「中(内臓・消化器)を補い、気を益す」働きがあり、胃腸の機能を高めて栄養吸収を促すことで全身のエネルギー(気)を補給します。体の中心を支える力を強めることで内臓下垂(ないぞうかすい:胃下垂や子宮脱など)の改善や、慢性的な疲労の回復に役立つとされています。また、免疫力の向上にもつながり、病気に対する抵抗力を高める効果も期待できます。以下のような症状・体質に対して効果が期待できます。
- 疲れやすく元気がない:少し動くと息切れし、四肢がだるい。顔色が悪く声にも力がない。
- 食欲不振・消化不良:胃腸が弱くすぐ胃もたれし、食が進まない。食後に疲労感が増す。
- 病後・術後の衰弱:長引く病気や手術の後で体力が落ち、倦怠感や寝汗(ねあせ)が続いている。
このように、補中益気湯は「気虚(ききょ)」と呼ばれるエネルギー不足の体質で、胃腸の働きも低下しがちな方の体力増強に用いられる処方です。特に病中・病後の虚弱状態を改善し、「脾胃(ひい)」(消化吸収を司る臓器)の機能を高めることで、全身の回復力を底上げします。古くから「医王湯(いおうとう)」とも呼ばれ、あらゆる病からの快復を助ける万能薬的存在として重宝されてきました。
よくある疾患への効果
補中益気湯は具体的に次のような疾患・症状によく用いられます。それぞれのケースでの効果の現れ方を見てみましょう。
慢性疲労・倦怠感
現代人に多い慢性疲労や倦怠感は、漢方では「気」の不足によるものと考えられる場合があります。補中益気湯は低下した活力を補い、日中のだるさや寝起きの悪さを改善する効果が期待できます。例えばデスクワークなどで疲れが蓄積し、「休んでも疲労感が抜けない」「常に体が重だるい」という方に対し、数週間の服用で徐々に疲れにくさが改善し、活力が戻ってくるケースがあります。
また、夏バテ(暑気あたり)による全身のだるさや食欲不振にも用いられ、夏の暑さで消耗したエネルギーを補充して症状の緩和に役立ちます。
病後・術後の体力低下
大きな病気にかかった後や手術の後は、体力が著しく低下しがちです。補中益気湯は病後・術後の衰弱状態に対する定番処方で、弱った消化吸収機能を立て直しながら全身のエネルギー産生を助けます。長引く入院や療養で筋力や食欲が落ちてしまった患者さんにこの漢方薬を併用することで、「退院後になかなか体力が戻らない」「傷は治ったが疲れやすい」といった状態を改善に導きます。
実際に、がん治療後の倦怠感や食欲不振に対して、補中益気湯を補助療法として用い、QOL(生活の質)の向上に寄与した報告もあります。抵抗力を高める働きもあるため、病後の感染予防にも一役買う処方です。
胃腸虚弱・内臓下垂
胃下垂や消化不良など、胃腸が下垂して働きが落ちている状態にも補中益気湯が用いられます。典型的には痩せ形で腹部の筋力が弱く、食後に胃が重く垂れる感じがする方です。この処方には、胃腸を持ち上げる役割を持つ生薬(例えば柴胡(さいこ)や升麻(しょうま))が含まれており、垂れ下がった内臓を引き締めるように支えてくれます。
実際に胃下垂による消化不良や慢性的な腹部膨満感の患者さんに補中益気湯を投与し、食後のもたれや胃の重さが軽減するといった改善例があります。また、軽度の痔(じ)(いわゆる脱肛傾向)にも応用されることがあり、これは直腸や肛門周辺の組織を支える「気」の力を高めることで症状緩和を図る考えに基づきます。
風邪をひきやすい体質の改善
「すぐ風邪をひく」「季節の変わり目に体調を崩しやすい」というような虚弱体質の方にも、補中益気湯は体質改善薬として使われます。特に汗をかきやすく抵抗力が低い方は、漢方でいう「衛気(えき)」が不足している状態と考えられます。補中益気湯には、免疫機能を高めるとされる黄耆(おうぎ)という生薬が含まれており、継続的に服用することで外邪(ウイルスや細菌)に負けにくい体を作る手助けをします。
実際、冬場になると毎月のように風邪をひいていた方が、補中益気湯の服用を開始してから風邪の頻度が減ったり、ひいても軽症で済むようになった、といった声もあります。ただし、体質改善には時間がかかるため、少なくとも1〜2ヶ月は続けて服用し様子を見ることが大切です。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
補中益気湯と似た症状に対して用いられる漢方薬はいくつかあります。患者さんの体質や症状の違いによって最適な処方を選び分けることが重要です。ここでは、補中益気湯と比較されやすい処方をいくつかご紹介します。
六君子湯(43)(りっくんしとう)
六君子湯は、補中益気湯と同様に胃腸虚弱や食欲不振に用いられる処方です。人参・白朮・茯苓・甘草の「四君子湯」に陳皮と半夏を加えた処方で、胃を元気づけつつ消化不良を改善する働きがあります。補中益気湯に比べると補気(エネルギー補充)の力はマイルドで、主に胃の調子を整えることに重点が置かれています。食欲不振や胃もたれ、吐き気を伴うような場合には六君子湯が選択されやすく、「疲れやすさ」よりも「胃のむかつき」が目立つケースに向いています。
逆に、全身の倦怠感や虚弱が強い場合は、六君子湯では力不足なこともあり、補中益気湯の方が適するでしょう。
十全大補湯(48)(じゅうぜんたいほとう)
十全大補湯は、気と血の両面を補う代表的な滋養強壮の処方です。補中益気湯が「気」を補うのに対し、十全大補湯は人参・黄耆などの補気薬に加えて当帰や川芎などの補血薬も含むため、貧血気味で皮膚や粘膜が乾燥しがちな虚弱体質に向いています。たとえば病後の貧血や手足の冷えを伴う衰弱には十全大補湯がよく用いられます。補中益気湯と比べると処方内容が重厚で体を温める作用も強いため、冷え性で顔色が悪く、疲れとともにめまいや動悸があるような場合に適しています。
一方、暑がりでほてりがあるような人に十全大補湯を用いると熱感が増す恐れがあり、そのような場合には補中益気湯など別の処方を検討します。
人参養栄湯(108)(にんじんようえいとう)
人参養栄湯は、十全大補湯をベースに陳皮・柴胡などを加えて消化器と呼吸器の機能も強化した処方です。重度の衰弱状態や長引く咳・痰を伴う虚弱に用いられることが多く、結核の後や大病を患った後の著しい消耗に対する処方として知られています。補中益気湯と比べてもさらに滋養強壮作用が強く、食欲不振だけでなく慢性の咳嗽や寝汗など体液消耗を伴う症状にも対応できる点が特徴です。
例えば高齢者で筋力が著しく落ち、痰のからむ咳と倦怠感が続く場合などに人参養栄湯が選択されます。エネルギーを補う力は非常に強い反面、処方内容が多岐にわたるため胃にも負担がかかりやすく、食欲が比較的保たれている人にはかえって胃もたれを招くことがあります。そのため、そこまで重篤でない虚弱状態であれば補中益気湯の方がバランスよく効果を発揮するでしょう。
副作用や証が合わない場合の症状
補中益気湯はエネルギーを補う穏やかな処方ですが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合、副作用が現れることがあります。主な副作用や、証(しょう:漢方における体質・状態)が不適合だった場合の症状には以下のようなものがあります。
- 消化器症状:食欲不振・胃部不快感・吐き気・下痢など。補中益気湯は胃腸の機能を高める薬とはいえ、人によっては人参や黄耆など滋養強壮薬の刺激で胃がもたれたり、甘草や大棗の甘みで胃酸分泌が乱れて下痢を起こすことがあります。服用中にこれらの強い消化器症状が続く場合は、いったん服用を中止し医師に相談してください。
- 皮膚症状:発疹、かゆみ、蕁麻疹(じんましん)などのアレルギー反応がまれに起こることがあります。特に当帰や陳皮など植物成分に対する過敏症状として現れる場合があります。服用後に皮膚の異常(赤みやかゆみ)が見られた際も、早めに医療機関へご相談ください。
- 重篤な副作用:補中益気湯には甘草(カンゾウ)が含まれます。長期の大量服用や、他の甘草含有製品との併用により、体内のカリウムが不足して低カリウム血症を招き、筋力低下や血圧上昇(偽アルドステロン症)を引き起こすおそれがあります。むくみが出たり、手足の力が抜ける・血圧が高くなるといった症状が現れた場合は、すみやかに専門医に相談してください。また、ごくまれですが漢方薬全般に共通して間質性肺炎のリスクも報告されています。服用中に長引く咳や息苦しさ、発熱が出現した場合は服用を中止し、速やかに医療機関を受診してください。
また、体質(証)が合わない場合、薬効が十分発揮されないばかりか症状が悪化することがあります。例えば熱っぽくほてりやのぼせが強い方や陰虚(いんきょ:体の陰液不足)で口渇・盗汗がある方に補中益気湯を用いると、かえって喉の渇きや顔のほてり、イライラ感が増すことがあります。これは元々熱がこもりやすい体質のところに温補作用のある生薬を入れるためと考えられます。そのため、舌が赤く乾燥している、ほてりやのぼせが強いタイプの方には適さない処方です。このような場合には別の漢方薬(例:清暑益気湯や滋陰剤など)が検討されます。
併用禁忌・併用注意な薬剤
補中益気湯には麻黄や附子のような極端に刺激の強い生薬は含まれておらず、絶対的な併用禁忌とされる薬剤は多くありません。しかし、他の薬との組み合わせによっては注意が必要な場合があります。特に以下のような薬剤を服用中の方は、補中益気湯を併用する際に十分ご注意ください。
- 利尿薬や副腎皮質ステロイド剤との併用:補中益気湯に含まれる甘草にはカリウム排泄を促す作用があり、利尿薬(例:フロセミドなどループ利尿薬)やステロイド薬と一緒に服用すると、相乗的に低カリウム血症を来すリスクがあります。低カリウム状態になると筋力低下や不整脈が起こりやすくなるため、これらのお薬を飲んでいる方は併用にあたって医師に相談し、血液中の電解質の経過観察を行うようにしてください。
- 降圧薬や強心薬との併用:補中益気湯によって全身状態が改善しむくみが取れてくると、血圧や心臓の拍出量に変化が出る場合があります。降圧薬(高血圧の薬)を服用中の方は、漢方薬内服後に血圧の変動に注意し、必要に応じて主治医に報告してください。特に強心配糖体(ジギタリス製剤)を服用中の場合、低カリウム血症になるとジギタリスの作用が強まり中毒症状を起こす危険があるため注意が必要です。補中益気湯自体は血圧を急激に下げる作用はありませんが、体調変化による薬効変動に留意しましょう。
- 抗凝血薬(血液サラサラの薬)との併用:補中益気湯に含まれる当帰(トウキ)や川芎(センキュウ)などの生薬には血行を促進したり血液を若干サラサラにする作用があるとされています。そのため、ワルファリンなど抗凝血薬を服用中の方が補中益気湯を併用すると、出血傾向や薬効の変動につながる可能性があります。実際には大きな相互作用は稀ですが、念のため定期的に凝固検査を受ける、少量から開始するなど慎重な対応が望ましいでしょう。
- 他の漢方薬やサプリメントとの併用:補中益気湯と作用や生薬成分が重なる漢方薬を併用すると、生薬由来成分の過剰摂取となり副作用リスクが高まる可能性があります。特に甘草を含む別の漢方薬(例:甘草湯や芍薬甘草湯など)と一緒に服用すると偽アルドステロン症のリスクが上がりますので避けてください。また、滋養強壮系のサプリメント(高麗人参エキスなど)との併用も、思わぬ相互作用を起こす可能性があります。自己判断で複数の健康食品を重ねることは避け、現在服用中のサプリ等があれば医師や薬剤師に伝えておきましょう。
含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか
補中益気湯は、10種類の生薬を組み合わせて構成されています。古典医学の知恵に基づき、それぞれの生薬が補中益気湯の効果を支える役割を担っています。ここでは配合生薬とその役割について解説します。
人参(ニンジン)
人参(にんじん)はオタネニンジン(高麗人参)のことで、代表的な補気薬です。気(エネルギー)を大きく補い、五臓六腑の働きを高めて全身の活力を増す作用があります。特に脾(ひ:消化機能)と肺を補強し、疲労や食欲不振、息切れを改善する生薬として古来より重宝されています。補中益気湯において人参はエンジンのような存在で、弱った胃腸にエネルギー源を与え、栄養から「気」を生み出す力を高めます。病中病後で衰えた体に人参が配合されることで、処方全体の補益作用が格段に増強され、患者さんの体力回復を強力に後押しします。
白朮(ビャクジュツ)
白朮(びゃくじゅつ)は、脾胃を健やかにし余分な水分をさばく作用を持つ生薬です。胃腸の機能を高めつつ、体内の水分代謝を整える働きがあり、下痢しやすい体質やむくみのある体質の改善に寄与します。人参と同じく脾を補う役割がありますが、人参が主に「気」を補うのに対し、白朮は水分コントロールと消化機能支援に優れています。補中益気湯では白朮を加えることで、人参だけでは補いきれない胃腸の土台作りを強化しています。具体的には、食欲がなく胃が冷えている人でも白朮が胃腸を温めて働きを助け、補気薬の吸収をスムーズにする効果があります。また、「二日酔いの予防に白朮が良い」と言われるほど胃腸への負担軽減に役立つ生薬でもあり、補中益気湯全体のバランスをとる重要な役割を果たします。
黄耆(オウギ)
黄耆(おうぎ)はマメ科の根で、補気作用と表(身体表面)を固める作用を併せ持つ生薬です。気を大いに補い、かつ皮膚表面のバリア(衛気)を強化して汗の漏れを防ぐ働きがあります。そのため「天然のカゼ予防薬」とも称され、虚弱で風邪をひきやすい人によく使われます。補中益気湯において黄耆は、人参に次ぐ第二のエンジンとして気力増強に寄与するとともに、下がった内臓を持ち上げる効果を発揮します。古典では黄耆は「内臓を上げ、瘡(きず)を治す」とされ、胃下垂や子宮脱のみならず慢性創傷の治癒促進にも使われてきました。黄耆が加わることで、補中益気湯は単なる滋養薬から一転して身体の底力を引き上げる処方となっているのです。さらに黄耆の補気作用は発汗過多の改善にもつながり、虚汗・盗汗のある患者さんの汗腺調整にも有用です。
当帰(トウキ)
当帰(とうき)はセリ科の根(トウキ根)で、補血・活血作用を持つ生薬です。血を補い巡りを良くすることで、冷え性や月経不順、貧血などに広く用いられます。補中益気湯は一見「補気」の処方ですが、虚弱体質ではしばしば血(けつ)の不足も伴うため、当帰を加えて気血両面から体を立て直すよう工夫されています。特に病後や術後の衰弱では貧血や皮膚のカサつきが見られることも多く、当帰の補血作用がそれらを改善します。また、当帰には緩和作用もあり、単に元気をつけるだけでなく心身を落ち着かせる効果も期待できます。補中益気湯で当帰が少量ながら配合されているのは、気を補う生薬ばかりだとかえって乾燥やほてりがちになるところを、当帰で潤いと調和をもたらすためです。さらに血行促進によって全身への栄養供給をスムーズにし、人参や黄耆の補気作用をサポートするという縁の下の力持ち的な役割も担っています。
柴胡(サイコ)
柴胡(さいこ)はセリ科の根で、少量で気の巡りを整え、体内の陽気を持ち上げる作用を持つ生薬です。小柴胡湯などに大量に含まれる場合は炎症を抑える解熱作用が有名ですが、補中益気湯のように少量配合された場合には陥沈(かんちん)した気を引き上げる効果が重視されます。具体的には、胃下垂や脱肛など下方向に落ち込んだ内臓や気力を上昇させる手助けをします。柴胡と次に述べる升麻はセットで配合され、古典では「昇提薬(しょうてい薬)」と呼ばれる組み合わせです。補中益気湯では柴胡が入ることで、だらりと下がった胃腸を上に引っ張り上げるイメージの効果が加わります。また、柴胡には疏肝作用(肝の気滞をほぐす作用)もあるため、長期の疲労で気分が落ち込みがちな状態を改善し、メンタル面での元気を取り戻す一助ともなります。
陳皮(チンピ)
陳皮(ちんぴ)はミカンの皮を乾燥させた生薬で、芳香健胃作用に優れます。気の巡りを良くし、消化を助け、痰湿を捌く作用があり、胃もたれや食欲不振、咳痰など様々な症状に用いられます。補中益気湯において陳皮は、胃腸の働きを高めて他の生薬の消化・吸収を促進する潤滑油のような役割を果たします。人参や白朮と組み合わせることで、補気薬の吸収率を高め、胃にもたれにくくする効果があります。また、虚弱な方は気滞(きたい:気の巡りの滞り)による腹部膨満感やゲップなどを起こしやすいですが、陳皮がそれを解消してくれます。さらに陳皮の爽やかな香りが食欲中枢を刺激し、「食べたい」という気を起こさせるのにも役立ちます。補中益気湯に陳皮が含まれていることで、全体のバランスが良くなり、胃腸虚弱の方でも受け入れやすい処方となっているのです。
大棗(タイソウ)
大棗(たいそう)はナツメの果実で、脾を補い精神を安定させる緩和薬です。ほんのりした甘味が特徴で、漢方では他の生薬の作用を緩和・調和する目的で使われることが多いです。補中益気湯では、強力な補気薬(人参や黄耆)が何種類も入っているため、大棗がクッション役となって胃腸への刺激を和らげています。また、大棗自体も少量ながら気を補い血を養う作用があり、虚弱で不眠ぎみの方の精神を落ち着ける効果も期待できます。病後の不安や疲労で眠りが浅いといった場合にも、大棗の持つ鎮静作用が一助となります。さらにナツメの甘味は味覚的にも飲みやすさに貢献し、苦味のある生薬(柴胡や升麻)の癖を緩和してくれます。このように、大棗は縁の下で処方全体の調和を図りつつ、自身も滋養に寄与する一挙両得の生薬なのです。
生姜(ショウキョウ)
生姜(しょうきょう)はショウガの根茎で、身体を温め胃腸を守る生薬です。生の生姜を乾燥させたもので、健胃・発汗・解毒など幅広い作用を持ちます。補中益気湯では、生姜が他の生薬(特に人参や白朮)の吸収を助け、胃の機能を高める目的で配合されています。例えば、人参や黄耆のような補気薬は胃腸が冷えて弱っていると吸収されにくいのですが、生姜が胃を温めることでそれを解決します。また、生姜は半夏(はんげ)や甘草の副作用軽減にも役立ち、処方全体の安全性を高めています。補中益気湯には本来半夏は含まれませんが、消化機能が極度に低下した方には胃内停水(胃にもたれ水がたまる)を起こすことがあり、生姜がその予防に貢献します。さらに、生姜自体も軽い発汗・解熱作用があるため、虚弱者にありがちな微熱や悪寒の改善にも一役買っています。生姜のスパイシーな風味は陳皮の香りとともに、処方を飲みやすくする効果も担っています。
甘草(カンゾウ)
甘草(かんぞう)はマメ科の根で、調和薬の代表です。甘みが強く「百薬の長」とも呼ばれ、あらゆる漢方処方に少量加えられて全体の調和・緩和に用いられます。補中益気湯では、複数の生薬の個性を丸くまとめ、副作用を抑える役割があります。例えば人参・黄耆といった補気薬は力強い反面、単独だと喉が渇いたり舌がざらつく感じを与えることがありますが、甘草がそれを緩和します。また、柴胡・升麻のような薬味の強い生薬の刺激をマイルドにし、胃腸への負担を軽減します。さらに甘草自身にも鎮痛・消炎作用があり、全身倦怠に伴う筋肉のこわばりや軽い痛みを和らげる助けにもなります。補中益気湯において甘草はまさに名脇役であり、生薬同士の相乗効果を最大限に引き出しつつ、安全に服用できるよう陰ながら処方を支えています。ただし、甘草の過剰摂取は前述の偽アルドステロン症につながるため、他の甘草含有薬との併用には十分注意が必要です。
升麻(ショウマ)
升麻(しょうま)はキンポウゲ科サラシナショウマの根茎で、清熱解毒と昇提作用を持つ生薬です。一般には喉の腫れや皮膚の炎症に対する解毒薬として知られますが、補中益気湯ではむしろ陽気を持ち上げる昇提薬としての役割で配合されています。柴胡の項でも触れたように、柴胡+升麻の組み合わせは沈んだ気を上げる効果があり、特に升麻は古典的に「重力に逆らって持ち上げる力」が強いとされています。補中益気湯では升麻が加わることで、内臓下垂や慢性の下痢(内臓が下がって起こる下痢)などに対する効果が高まります。また、升麻の清熱作用により、補中益気湯の中の温性生薬(人参や黄耆)によって生じうる余分な熱をコントロールする働きも期待できます。つまり、升麻は安全弁兼ブースターのような存在であり、処方全体のバランスを取りながら補中益気湯の昇提作用を完成させているのです。さらに皮膚や粘膜の免疫力を高める作用も示唆されており、虚弱者がかかりやすい口内炎や慢性咽頭炎の予防にも繋がる可能性があります。
補中益気湯にまつわる豆知識
- 名前の由来と別名:「補中益気湯」という名前は、「中を補い気を益す」、すなわち体の中心(消化管)を立て直してエネルギーを増やすことを意味しています。その効果の高さから古くは「医王湯(いおうとう)」とも呼ばれました。これは「諸薬の王」として、どんな病にもまずこの薬ありきと称賛されたことによります。
実際、中国の清代には「補中益気湯を知らぬ医者は医を語るべからず」とまで言われたそうで、当時から不動の地位を占めていた処方といえます。
- 歴史・出典:補中益気湯は、13世紀の中国・金元時代の名医李東垣(りとうえん)によって創始されました。李東垣は著書『脾胃論』にて「人の健康の要は脾胃にあり」と提唱し、疫病に苦しむ当時の人々に栄養補給の重要性を説きました。戦乱や飢饉で衰弱した民衆を救うために編み出された処方が補中益気湯であり、飢えと病に対抗するためのエネルギー補給剤として活用されました。
日本には江戸時代に伝わり、特に夏バテや虚弱者の養生薬として広く用いられるようになりました。明治以降も漢方医学教育で必ず登場する代表処方として受け継がれています。
- 処方構成の工夫:補中益気湯の組成を見てみると、基本のエネルギー剤である「四君子湯」(人参・白朮・茯苓・甘草)に、血を補う当帰、気を引き上げる柴胡・升麻、表を固める黄耆、胃を調える陳皮・生姜・大棗といった生薬を加えた形になっています。これは言い換えれば、四君子湯+当帰芍薬散的要素+補中の昇提薬の組み合わせとも言え、複数の古典処方の知見を融合したものです。
そのバランスの良さゆえに「まさに王道の補剤」とされ、後世の漢方家たちは患者の状態に応じてこの処方から生薬を引いたり加えたりすることで無数の応用処方を生み出しました。補中益気湯が様々なバリエーション処方の原点にもなっている点は、漢方の発展史において興味深い事実です。
- 現代医学との接点:近年、補中益気湯は単なる疲労回復薬に留まらず、免疫賦活剤としての側面にも注目が集まっています。2000年代の日本の研究では、アトピー性皮膚炎患者に補中益気湯を6か月間服用してもらったところ、約9割で症状の改善がみられたとの報告があります。
また、がん治療中の患者の倦怠感軽減や食欲向上に寄与するとのデータもあり、補中益気湯がQOL改善の補助療法として用いられるケースも増えています。さらに、中国ではSARSや新型インフルエンザの流行時に、補中益気湯を予防目的で投与して一定の効果を収めたというエピソードもあります。このように、古い処方ながら現代でもその有用性が再評価されており、西洋医学と漢方の橋渡し役として期待されています。
まとめ
補中益気湯は、胃腸の機能低下や気力減退に悩む方の体力を底上げする漢方薬です。消化器を立て直し栄養から「気」を生み出すことで、慢性的な疲労感や食欲不振、内臓下垂による不調などを改善に導きます。比較的副作用の少ない安全な処方とされていますが、体質に合わない場合や他の薬剤との組み合わせによっては注意が必要です。特に甘草を含むため長期連用時の偽アルドステロン症には気をつけましょう。
また、補中益気湯の効果を最大限に引き出すには、患者さんの証(しょう:体質・症状の型)に合致していることが重要です。気虚の典型例にはよく効きますが、そうでない場合は別の処方の方が適切なこともあります。専門家による証の見立てのもと、適切に使えば現代の多くの人の健康増進に役立つ処方と言えるでしょう。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。