苓桂朮甘湯(ツムラ39番):リョウケイジュツカントウの効果、適応症

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苓桂朮甘湯の効果、適応症

苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)は、めまいや立ちくらみ、動悸(どうき)などの症状に対して用いられる漢方薬のひとつです。いわゆる「痰飲(たんいん)」と呼ばれる余分な水分(体液)が体内に滞っている状態を改善し、フラつきや胸のつかえ感を和らげる効果があります。次のような症状・体質の方によく用いられます。

  • 体力が中程度以下で、急に立ち上がるとふらつきやすい
  • めまいや耳鳴りがあり、ときにのぼせ(顔のほてり)や動悸、息切れを感じる
  • ストレスや疲労でめまいが悪化しやすく、尿量が少なくむくみがちである

このように、苓桂朮甘湯は水毒(すいどく)ともいわれる水分代謝の異常によって起こるめまい・立ちくらみ・動悸に適した処方です。古典的には中国の医書『傷寒論』『金匱要略』に「起床時に目が回るようなめまい(目眩)」や「胸が水でいっぱいになったような圧迫感」に対する方剤として記載されており、水分バランスの乱れによるめまい治療の代表的な漢方薬と言えます。

よくある疾患への効果

苓桂朮甘湯は主にめまい立ちくらみの症状に応用されます。現代医学でいうところの以下のような疾患・症状に対して、症状の緩和が期待できます。

メニエール病

メニエール病は内耳のリンパ液の異常によって生じる激しいめまい発作や耳鳴り、難聴を特徴とする疾患です。漢方では、内耳における水分の偏り(水滞(すいたい))が原因の一つと考え、苓桂朮甘湯がよく使われます。利水作用によって内耳の余分なリンパ液を調整し、内耳の圧力バランスを整えることで、めまい発作の頻度や程度を軽減するとされています。実際に、「耳が詰まった感じと回転性めまいが繰り返す」という患者さんに苓桂朮甘湯を服用してもらい、めまいの発生間隔が延びたり、発作時の症状が和らいだケースがあります。メニエール病の治療では利尿薬など西洋医学的治療も行われますが、それに加えて苓桂朮甘湯を併用することで、症状コントロールの一助となることがあります。

良性発作性頭位めまい症

良性発作性頭位めまい症(りょうせいほっさせいとういめまいしょう、BPPV)は、頭の位置変換によって短時間の激しいめまいが起こる疾患です。内耳の中の耳石の位置ずれが原因ですが、漢方的には耳の中の「痰湿(たんしつ)」(不要な水分や粘液)が影響している状態と捉え、苓桂朮甘湯でその痰湿を除くことを目指します。例えば「朝、寝床から起き上がった瞬間に周囲がグルグル回る」といったBPPVの症状が、苓桂朮甘湯を服用することで起こりにくくなったり軽減するケースがあります。耳石のリハビリ(エプレイ法などによる頭位治療)に加えて、体質的に水分代謝が悪い方には苓桂朮甘湯を用いて再発予防を図ることもあります。

その他のめまい・立ちくらみ

上記以外にも、苓桂朮甘湯は起立性のめまい(立ちくらみ)やストレス性のめまいに応用される場合があります。起立性のめまいとは、急に立ち上がったときに血圧が一時的に低下してふらつく状態で、思春期のお子さんや低血圧の方に見られます。こうした場合で、なおかつ体内に水分が滞りやすい体質の方には、苓桂朮甘湯が有効なことがあります。身体を温めて血流を促し、水分の再分配を助けることで、立ちくらみの予防につながると考えられます。一方で、貧血など他の原因による立ちくらみでは適応外となるため、原因の鑑別が必要です。

また、不安や緊張によって起こるめまい・動悸(いわゆる自律神経失調やパニック発作のような状態)の補助療法として使われることもあります。強いストレスでの巡りが乱れ、上半身に一時的に水が押し上げられるようなタイプのめまいでは、苓桂朮甘湯がその水分をさばいて気の高ぶりを鎮め、めまいや動悸を和らげる手助けをします。茯苓の鎮静作用によって不安感が軽くなることも期待できます。ただし、精神的要因が主なめまいには、他の漢方処方(例:半夏厚朴湯など)が選ばれることも多く、苓桂朮甘湯はあくまで体質に水滞が認められるケースに限定されます。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

めまいや立ちくらみの症状には、苓桂朮甘湯以外にもいくつか漢方薬が用いられます。症状の性質や患者さんの体質(証)に応じて処方を選び分けることが大切です。代表的な処方を3~4種類挙げ、苓桂朮甘湯との違いを比較してみましょう。

半夏白朮天麻湯(37)(はんげびゃくじゅつてんまとう)

半夏白朮天麻湯は、胃腸が弱く冷え症の方のめまい頭痛によく用いられる処方です。体力がなく虚証(きょしょう)傾向で、手足が冷え、吐き気や食欲不振を伴うようなめまいに適しています。生姜や人参、黄耆などの補剤を含み、身体を温めつつ痰湿を除くことで、フラつきだけでなく頭重感や倦怠感も改善する狙いがあります。
苓桂朮甘湯と比べると、半夏白朮天麻湯はより消化器を支える作用が強く、脾胃虚弱(ひいきょじゃく)の傾向がある患者さん向けと言えます。

真武湯(30)(しんぶとう)

真武湯は、冷えむくみが強く、下痢や手足の倦怠感を伴うような症状に用いられる漢方薬です。特に低血圧で立ちくらみしやすく、朝なかなか起きられないような方や、高齢で腎機能の衰えた方のめまいに適しています。附子(ブシ)という強力な温補薬を含み、腎の陽気を補って体を温めることで、水分代謝を改善します。
苓桂朮甘湯と比べると利尿作用よりも体を温める力が強く、汗が出やすく疲れやすい虚弱体質(陽虚)向きです。めまいに加えて足のむくみや酷い冷え症がある場合、苓桂朮甘湯では力不足なことがあり、そのような際には真武湯が選ばれます。

五苓散(17)(ごれいさん)

五苓散は、水分バランスを整える代表的な漢方薬で、めまいや嘔吐、下痢など急性の水分異常に広く用いられます。構成生薬に沢瀉(タクシャ)や猪苓(チョレイ)を含み、強力に利尿を促して体内の余分な水分を排出します。例えば激しいめまいとともに吐き気や頭痛があるような場合(メニエール病の急性期や熱中症など)に、五苓散が速やかに症状を緩和するケースがあります。
苓桂朮甘湯と比べると実証(じっしょう)寄りで、比較的体力があり一時的に水が停滞している人に適する処方です。逆に慢性的なめまいで体力があまりない方には、五苓散は作用が強すぎることもあるため、苓桂朮甘湯などマイルドな処方が好まれます。

釣藤散(47)(ちょうとうさん)

釣藤散は、慢性的な頭痛めまい、肩こりを訴える中高年の方によく使われる処方です。高血圧傾向で顔色が赤みを帯び、いらいらを伴うようなめまい(いわゆる肝陽上亢タイプ)に適しています。構成生薬の釣藤鈎(チョウトウコウ)は鎮静作用があり、川芎(センキュウ)や石決明(セッケツメイ)などと相まって頭部の血管拡張や神経の高ぶりを抑えます。
苓桂朮甘湯が水分代謝の異常によるめまいに用いられるのに対し、釣藤散は血圧やストレスによるめまい・頭痛に対処する処方と言えます。体力的にも苓桂朮甘湯より中等度〜実証向きで、逆に虚弱な人には向きません。両者は原因や体質が異なるため、めまいの原因がどこにあるかで使い分けられます。

副作用や証が合わない場合の症状

苓桂朮甘湯は比較的穏やかな処方ですが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合、副作用が現れる可能性があります。

  • 消化器症状:胃もたれ、食欲低下、吐き気、下痢など。利水・温陽作用を持つ生薬が多いため、元々胃腸が弱い方ではこれらの症状に注意が必要です。服用中に強い胃の不快感が続く場合は、無理せず中止して医師に相談してください。
  • 皮膚症状:発疹、かゆみ、蕁麻疹(じんましん)などのアレルギー反応がまれに起こることがあります。服用後に皮膚の異常を感じた際も、早めに医療機関へご相談ください。
  • 重大な副作用:苓桂朮甘湯には甘草(カンゾウ)が含まれます。長期大量服用や他の甘草含有製品との併用により、体内のカリウムが減少し、筋力低下や血圧上昇(偽アルドステロン症)を引き起こすおそれがあります。むくみが悪化したり、脱力感・手足の痺れ、高血圧症状(頭痛など)が現れた場合は、速やかに専門医に相談してください。

また、証(しょう)が合わない場合には、十分な効果が得られないばかりか症状が悪化することがあります。例えば、体内の陰液が不足している陰虚(いんきょ)の方や、熱感・乾燥が強いタイプのめまいに苓桂朮甘湯を用いると、かえって喉の渇きやほてりが増す恐れがあります。そのため、「のぼせが強い」「乾いた咳が出る」など明らかな熱証・陰虚の方には適さない処方です。このような場合には別の漢方薬が検討されます。

併用禁忌・併用注意な薬剤

苓桂朮甘湯には、麻黄や附子のような刺激の強い生薬は含まれておらず、絶対的な併用禁忌薬は少ないとされています。しかし、以下のような薬剤を使用中の場合には併用に注意が必要です。

  • 利尿薬や副腎皮質ステロイド剤との併用:苓桂朮甘湯の利水作用や甘草の影響で、利尿薬(例:フロセミド等)やステロイド剤と一緒に服用するとカリウムが失われやすくなる可能性があります。低カリウム血症による筋力低下や不整脈を招かないよう、これらを服用中の方は必ず医師と相談の上で使用してください。必要に応じて血液検査などで経過を確認します。
  • 降圧薬や強心薬との併用:苓桂朮甘湯を服用して体内の水分が減ると、血圧や循環動態に変化が生じる場合があります。降圧薬(高血圧の薬)や強心薬(心不全の薬)を使用中の方は、漢方薬を飲み始めた後の体調変化に注意し、めまいの改善に伴う血圧変動などを主治医に報告してください。特にジギタリス製剤を服用中の場合、カリウム低下による薬効の増強(中毒)に注意が必要です。
  • 他の漢方薬やサプリメントとの併用:苓桂朮甘湯と作用の似た生薬(例えば茯苓や甘草など)を含む漢方薬を併用すると、生薬成分が重複し副作用リスクが高まる可能性があります。また、サプリメント類との相互作用も考えられるため、自己判断での併用は避け、服用中のものがあれば必ず医師・薬剤師に伝えてください。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

苓桂朮甘湯は、その名の通り4種類の生薬を組み合わせて作られています。茯苓・桂枝・朮・甘草というシンプルな構成ですが、各生薬の作用を組み合わせることでめまい・動悸を改善する効果を発揮しています。以下、それぞれの生薬が選ばれている理由と役割を解説します。

茯苓(ブクリョウ)

茯苓はサルノコシカケ科のキノコ(菌核)で、古来より利尿薬として重宝されてきた生薬です。体内の余分な水分を排出する利水(りすい)作用と、消化機能を支える健脾(けんぴ)作用をもちます。苓桂朮甘湯では茯苓が中心となって体内に滞った水分を尿へと促し、胸や内耳に溜まった水を捌いてめまい・動悸を鎮めます。また、茯苓には心身を安定させる作用(寧心作用)もあるため、不安や神経過敏の緩和にも寄与します。

桂枝(ケイシ)

桂枝は桂皮(シナモン)の小枝で、体を温めて血行を促進する温陽(おんよう)・化気(かき)の作用があります。苓桂朮甘湯では、桂枝が体内の陽気を高めることで、水分循環を滞らせている冷えを改善します。特に、めまい発作時に感じる「上に昇るような感覚(気逆)」を鎮める効果が期待できます。桂枝は心臓周辺の血流を良くして動悸を落ち着かせる働きも持ち、茯苓と協調して水分代謝を円滑にします。さらに発汗を促す作用もあるため、体内にこもった余分な水分を発散させる助けにもなります。

朮(ジュツ)

朮(一般に白朮(ビャクジュツ)を使用)は、キク科の植物であるオケラの根茎です。茯苓と同様に健脾利水(けんぴりすい)の作用を持ちますが、茯苓が主に水を「出す」役割なのに対し、朮は水が溜まってしまう原因である「脾の機能低下」を改善する役割があります。白朮は胃腸の働きを高めて食物からの水分吸収と分配を正常化し、体内に痰飲が生じにくい状態へと導きます。苓桂朮甘湯では、朮と茯苓がペアとなって脾(消化機能)を強化しながら余分な水を除去するという、根本原因へのアプローチを担っています。

甘草(カンゾウ)

甘草はマメ科の植物で、その根は強い甘味を持つ生薬です。様々な漢方方剤に配合され調和薬とも呼ばれます。苓桂朮甘湯でも、甘草は他の生薬の働きを調整し、胃腸への刺激を和らげる役割を果たします。甘草自体にも緩やかな補気作用(エネルギーを補う)があり、めまいや動悸で消耗しがちな気を支えてくれます。さらに炎症を鎮める作用や痙攣を抑える作用も報告されており、動悸や吐き気の軽減にも一役買っています。苓桂朮甘湯において甘草は、桂枝・茯苓・朮の三者をうまく調和させ、患者さんの体に優しく作用するよう整える「縁の下の力持ち」と言えます。

苓桂朮甘湯にまつわる豆知識

歴史と名前の由来: 苓桂朮甘湯は、今から約1800年前の中国・東漢時代に書かれた『傷寒論』『金匱要略』という医学書に収載された処方です。著者の医聖・張仲景(ちょうちゅうけい)が、水分代謝の乱れによるめまい・動悸を治す処方として考案しました。当時の記載に「心下に痰飲ありて胸が支満し、起つと目眩するもの、苓桂朮甘湯これを主る」とあり、現代語にすれば「みぞおち付近に水が溜まり、立ち上がると目が回るような人に使う」といった内容です。その名の通り茯苓・桂枝・白朮・甘草の4つの生薬から構成されており、シンプルながら要を得た組み合わせであることから、後世でも頻用される名方(めいほう)となりました。

味や飲みやすさ: 苓桂朮甘湯は、甘草と桂枝を含むため甘みのある風味が特徴です。生薬の組み合わせから、ほのかにシナモンの香りと土のような風味が感じられますが、一般的に漢方薬の中では飲みやすい部類に入ります。実際、めまいで食欲がないときにも拒否感なく服用できる患者さんが多いです。甘草のおかげで喉越しがまろやかになっており、苦味も少ないため、粉薬や煎じ薬に慣れていない方でも比較的抵抗なく飲めるでしょう。

生薬それぞれの豆知識: 本処方に含まれる生薬にも興味深い点があります。茯苓は実はキノコの仲間で、朽ちた松の根に寄生してできる白い塊状の菌核です。その見た目から「伏苓(地中に伏す苓)」と呼ばれ、日本でも昔から利尿剤として用いられてきました。桂枝はニッキやシナモンと同じクスノキ科の樹木の枝で、桂皮(シナモンの樹皮)と似た香りを持ち、体を温める香辛料としても知られます。朮(白朮)はオケラという植物の根茎で、山野に自生しますが需要が高いため現在は栽培もされています。芳香があり、昔は胃腸薬として民間で用いられた歴史があります。甘草は世界中で利用される生薬で、甘味料としてのリコリス(甘草の英名)は欧米の菓子にも使われています。ただし、甘草菓子を大量に食べて高血圧になる例も報告されており、漢方においても用量には注意が必要です。

現代での応用: 現代の医療現場でも、苓桂朮甘湯は耳鼻科や内科でメニエール病や慢性的なめまいに処方されることがあります。臨床研究で有効例が報告されており、苓桂朮甘湯から派生した処方が作られるなど、応用範囲の広い処方です。さらにツムラ製剤「苓桂朮甘湯」(ツムラ39番)として第2類医薬品の市販薬も流通しており、比較的入手しやすい漢方薬でもあります。

まとめ

苓桂朮甘湯は、体内に余分な水分(痰飲)が停滞し、それによってめまいや立ちくらみ、動悸などが生じている方に適した漢方薬です。身体を温めつつ水分代謝を整えることで、メニエール病や起立性のめまいなどの症状改善が期待されます。比較的副作用の少ない処方とされていますが、体質に合わない場合や他の漢方薬・医薬品との併用には注意が必要です。熱証や陰虚など適応でない証では効果が出にくいため、専門家による証の見立てが重要になります。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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