当帰四逆加呉茱萸生姜湯(ツムラ38番):トウキシギャクカゴシュユショウキョウトウの効果、適応症

当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)は、漢方医学で手足の冷えや冷えに伴う痛みを改善する処方の一つです。
手足の末端が冷えてつらい症状に対して、古くから使われてきたこの処方の効果や適応症、他の漢方薬との違い、副作用や注意点、生薬の組み合わせの意味、そして歴史的な背景などを順に説明していきます。

目次

当帰四逆加呉茱萸生姜湯の効果・適応症

当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)は、その名が示す通り「当帰四逆湯」「呉茱萸」と「生姜」を加えた処方です。主な効果は体を内側から温め、血行を改善することにあります。特に手足の末端が冷える症状(四肢厥冷〈ししけつれい〉)に対して有効で、血液循環を良くし、冷えによる痛みやしびれを和らげます。漢方でいう「血虚(けっきょ)」と「寒証(かんしょう)」が組み合わさったような体質の方に適しており、いわゆる冷え性で貧血気味の方によく用いられます。

適応となる具体的な症状・疾患としては、手足の冷えに起因する諸症状が挙げられます。たとえば寒冷刺激で起こる痛みしもやけ冷えると悪化する頭痛下腹部の冷えによる痛み腰痛などです。典型的には、「手足が冷えると下肢や下腹部が痛む」という傾向のある方に処方されます。西洋医学的な病名でいうと、真冬の外気で指先や足先が青白くなるレイノー現象や、寒さによる末梢血行不良からくるしもやけ(霜焼け)に対して用いられることがあります。
また、血行障害に伴う末梢神経の痛みやしびれの改善に用いられる場合もあります。月経時に下腹部が冷えて痛むような冷え性の月経痛や、冷えによる慢性的な腰痛にも適応することがあり、体を温めつつ血の巡りを良くする作用で症状を和らげます。

要約すると、当帰四逆加呉茱萸生姜湯は「冷えによる痛みを改善し、血行を促進する漢方薬」です。特に手足の冷えが強く、冷えに伴って痛みが出る体質に合っており、冷え性体質の代表的な処方の一つと言えるでしょう。

よくある疾患への効果

当帰四逆加呉茱萸生姜湯が現代臨床で用いられる代表的なケースをいくつか紹介します。特定の疾患に限らず「冷え」が関与する症状全般に幅広く使われますが、以下はよくある適応例です。

  • 冷え性(手足の冷え): 慢性的に手足が冷たく感じる体質の改善に使われます。体を芯から温め血流を促すことで、指先・足先までポカポカと温かさが巡るようにサポートします。冬場だけでなく冷房で手足が冷える方にも用いられることがあります。
  • しもやけ(霜焼け): 寒冷によって指先や足先に赤い発疹やかゆみ・痛みが起こる「しもやけ」は、血行不良と冷えが原因です。当帰四逆加呉茱萸生姜湯は血行を改善し患部を温めることで、しもやけの腫れや痛みを和らげます。予防的に寒い時期に服用し、しもやけになりにくくする目的でも処方されます。
  • レイノー現象: 寒さやストレスで指先が真っ白になり痺れたり痛んだりするレイノー現象は、末梢血管の過剰収縮により血流が途絶える状態です。本処方は末梢血管を拡張し血流を改善することで、発作の頻度や症状の軽減に寄与します。西洋医学的な治療と併用されることもあります。
  • 冷えによる頭痛・肩こり: 寒さで筋肉がこわばり血行が悪くなると頭痛や肩こりが生じることがあります。当帰四逆加呉茱萸生姜湯は体を温め筋緊張を緩和することで、冷えが誘因の頭痛や肩こりの緩和に効果を発揮します。特に首筋から後頭部にかけての鈍い頭痛に用いられることがあります。
  • 月経痛・下腹部痛: 手足の冷えや下半身の冷えを伴う月経痛(生理痛)に対して処方されることがあります。冷えにより子宮の血行が悪くなると生理痛が強くなることがありますが、本処方は血の巡りを良くし下腹部を温めるため、冷え性の女性の月経痛をやわらげます。また、更年期前後の女性で手足の冷えとともに下腹部の痛みや違和感がある場合にも使われることがあります。
  • 腰痛(冷えによる): 気温の低下や身体の冷えで悪化する腰痛に用いることがあります。腰から下肢にかけて冷えると痛みが強まるタイプの腰痛では、身体を内側から温めることで筋肉や血管をゆるめ、痛みを軽減します。特に冷え性の高齢者で冬に腰痛が増悪するようなケースで処方されることがあります。

以上のように、当帰四逆加呉茱萸生姜湯は冷えが関与する様々な不調に広く効果を発揮します。ただし、症状や体質によって他の漢方薬の方が適する場合もあります。次のセクションでは、似た症状に使われる他の漢方薬との使い分けについて説明します。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

冷えや血行不良に関連する症状では、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)以外にもいくつかの漢方処方が使われます。それぞれ得意分野や適した体質(証)が異なるため、症状に応じて処方を選び分けます。代表的な処方を3〜5種類挙げて、本処方との違いを解説します。

  • 当帰芍薬散(23) … 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は、貧血傾向で冷えやすく、むくみやすい女性によく用いられる処方です。当帰(とうき)芍薬(しゃくやく)などの補血薬が多く含まれ、血を増やし巡りを良くすることでめまい、貧血症状、むくみ、月経不順などを改善します。冷え性の改善にも効果がありますが、当帰四逆加呉茱萸生姜湯ほど強く体を温める生薬は含まれていません。そのため、冷えによる痛みがそれほど強くない場合や、主に貧血・むくみ改善が目的の場合に当帰芍薬散が選ばれます。
    一方、四肢の強い冷えや痛み・しもやけなど明確に「寒」が勝っている場合は当帰四逆加呉茱萸生姜湯が適しています。両者とも婦人科系の症状に用いられますが、当帰芍薬散は「補血と利水(りすい)」寄り、当帰四逆加呉茱萸生姜湯は「温める力」寄りと考えると分かりやすいでしょう。
  • 温経湯(106) … 温経湯(うんけいとう)は「温経」の名の通り経脈を温めて血行を良くする処方で、特に女性の下腹部の冷えに着目した漢方薬です。更年期の女性や慢性的な婦人科疾患で、手足は冷えるのに時にほてりやのぼせもあるような複雑な症状を持つ方に用いられます。温経湯には当帰や芍薬のほか、川芎(せんきゅう)や桂皮、牡丹皮、阿膠(あきょう)など多彩な生薬が配合され、血を補いつつ瘀血(おけつ)を除き、冷えと軽いほてりを調整します。月経不順、不妊症、更年期障害などに幅広く使われる処方です。
    当帰四逆加呉茱萸生姜湯と比べると、温経湯は冷えによる婦人科症状の改善に特化しており、しかも乾燥感やほてりを伴うような場合にも対応できる点が特徴です。逆に、単純に手足が極端に冷える場合やしもやけには温経湯より当帰四逆加呉茱萸生姜湯の方が適しています。症状や体質に応じて、両者を使い分けます。
  • 牛車腎気丸(107) … 牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)は、下半身の冷えやしびれ、頻尿などを伴う「腎陽虚(じんようきょ)」と呼ばれる状態に用いられる代表的な処方です。八味地黄丸(7)に牛膝(ごしつ)と車前子(しゃぜんし)を加えた処方で、高齢者の足腰の冷え、痛み、しびれ糖尿病性神経障害による足の違和感・痛みの緩和によく使われます。
    牛車腎気丸は体を温めるとともに腎機能を補い、水分代謝を整える力が強く、むくみや頻尿、足のだるさを改善する効果があります。冷え性でも特に足腰がだるく力が入らないようなケースや、夜間尿・むくみを伴うケースでは牛車腎気丸のほうが適することがあります。
    一方、四肢末端の冷えによる痛みや表面の血行不良が主問題であれば当帰四逆加呉茱萸生姜湯が向いています。簡単に言えば、牛車腎気丸は「下半身の冷えと衰え」に、当帰四逆加呉茱萸生姜湯は「末端の冷えと痛み」に使い分けられることが多いです。

以上が当帰四逆加呉茱萸生姜湯と類似の症状に用いられる漢方薬との比較です。このように、冷えに対する漢方薬にもさまざまな種類があり、冷えの程度や伴う症状、患者さんの体質によって処方を選択します。専門の漢方医は問診や脈診・舌診などから総合的に判断し、最も適切な処方を決定します。

副作用や証が合わない場合の症状

漢方薬も薬である以上、まれに副作用が起こることがあります。また、その人の体質に処方が合わない場合には、望ましくない症状が現れることがあります。当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)の服用で注意すべき副作用や、証が合っていない際に起こり得る症状は以下の通りです。

  • 偽アルドステロン症: 本処方には甘草(カンゾウ)が含まれており、甘草の長期大量服用によってまれに偽アルドステロン症という副作用が起こることがあります。これは体内の電解質バランスが崩れ、低カリウム血症となって、手足のだるさ・脱力感、むくみ、高血圧、体重増加などの症状が現れる状態です。重症化すると筋力低下(筋肉痛やこわばり)、脱力が進み、稀には不整脈を引き起こす危険性もあります。
    甘草含有の漢方薬では広く知られる副作用で、当帰四逆加呉茱萸生姜湯でも過剰な服用や他の甘草含有製剤との併用によって起こり得ます。予防策として、定期的に血中のカリウム値や血圧をチェックし、違和感があれば早めに医師に相談することが大切です。
  • 消化器症状: 当帰四逆加呉茱萸生姜湯には、体を温める生薬として呉茱萸(ゴシュユ)細辛(サイシン)生姜(ショウキョウ)などが含まれています。これらは胃腸を温める一方で、胃腸が弱い方には刺激となる場合があります。服用中に食欲不振、胃のむかつき、吐き気、下痢などの症状が見られたら、体質に合っていない可能性があります。特にもともと胃腸虚弱で少食な方やすぐ胃もたれしやすい方は注意が必要です。こうした症状が出た場合は減量や中止を検討します。
  • のぼせ・ほてり: 体質的にもともと熱傾向がある人や、服用量が過剰な場合、逆に顔がほてる、のぼせる、発汗が増える、口が渇くといった過剰に温めすぎた症状が出ることがあります。これは証に合わず本来必要のない温補作用が過剰に働いた状態です。例えば、実は冷えよりも熱がこもっているような体質の人に本処方を与えると、かえって上半身が火照ったりイライラ感が出たりすることがあります。このような場合も処方の見直しが必要です。
  • 肝機能や肺への影響: 当帰四逆加呉茱萸生姜湯自体に含まれる生薬で特別に肝障害や肺障害を起こすものはありません(例えば柴胡による間質性肺炎や黄芩による肝機能障害などは本処方には該当生薬が含まれません)。しかし、ごくまれに漢方薬全般で肝機能の数値異常(AST・ALTの上昇)が報告されることがあります。また、生薬アレルギーによる発疹やかゆみなどの過敏症状が出る可能性もゼロではありません。これらは頻度は低いものの、服用中に異常を感じたら念のため医療機関で肝機能検査を受けるなどの対応が望ましいでしょう。

以上のように、副作用はごく稀ですが起こり得ます。大切なのは「証」に合った処方を適切な用量で服用することです。漢方医は患者さんの体質を見極め、不要な副作用が出ないよう注意しながら処方を選択します。自己判断で長期連用せず、定期的に医師の診察を受けて経過を確認するようにしましょう。

併用禁忌・併用注意な薬剤

当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)を安全に使うために、他の薬剤との併用にも注意が必要です。特に西洋薬との相互作用や、他の漢方薬との重複投与による影響に気を配ります。以下に併用禁忌・注意事項をまとめます。

  • 甘草含有製剤との併用: 本処方には甘草が含まれるため、甘草またはグリチルリチン酸を含む他の薬剤との併用は注意が必要です。例えば、甘草を含む別の漢方薬(葛根湯(1)や小青竜湯(19)など多くの処方に甘草が入ります)や、グリチルリチン製剤(強肝作用のある薬剤やシロップ剤など)を同時に使用すると、甘草の摂取量が増えて偽アルドステロン症のリスクが高まります。併用する場合は医師の指示のもとで慎重に管理し、重複しないよう調整されます。
  • 利尿剤・ステロイド剤との併用: 利尿薬(特にフロセミド等のループ利尿薬サイアザイド系利尿薬)や副腎皮質ステロイド(例えばプレドニゾロンなど)を服用中の患者さんが当帰四逆加呉茱萸生姜湯を併用する場合も注意が必要です。利尿剤やステロイドも体内のカリウムを低下させたり血圧を上昇させたりする作用があるため、低カリウム血症や高血圧の副作用が相加的に生じる可能性があります。必要と判断され併用する際には、血清カリウム値の定期チェックや血圧管理を徹底します。
  • その他の漢方薬との重複: 当帰四逆加呉茱萸生姜湯と作用や構成の似た漢方薬を安易に併用しないようにします。例えば、同じ「冷えを改善する」処方でも、同時に二つ飲めば効果倍増というわけではなく、かえって過剰な温めによる副作用が出る恐れがあります。また、両方に共通する生薬の過剰摂取にも繋がります。漢方薬同士を組み合わせて使う場合は、専門家が処方意図をもって組み合わせる場合に限られるため、自己判断で複数の市販漢方薬を重複服用することは避けましょう。
  • ワルファリンなど抗凝固剤: 当帰四逆加呉茱萸生姜湯に直接の禁忌となるわけではありませんが、生薬の中には血流改善作用を持つものが含まれているため、抗凝血薬(血液をサラサラにする薬)との併用では念のため注意します。特に当帰は血行を良くする作用があり、一部報告ではワルファリンの作用に影響を与える可能性が示唆されています。実臨床では大きな問題になることは稀ですが、出血傾向や抗凝固療法中の方は医師に伝え、凝固能検査を適宜受けるなど経過観察を行います。

現時点で明確に「併用禁忌(絶対に併用してはいけない)」とされる西洋薬はありませんが、上記のように作用が重複する薬剤とは慎重な併用が求められます。漢方薬を飲んでいることは、西洋薬を処方される医師にも必ず伝えましょう。逆に、新たに漢方薬を開始する際も現在服用中の薬を漢方医に知らせておくことが大切です。
医師の指導のもとであれば、当帰四逆加呉茱萸生姜湯は他の治療と併用して安全に用いることができます。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)には、全部で9種類の生薬が含まれています。それぞれ役割があり、組み合わせることで冷えを改善する効果を発揮します。どのような生薬が入っていて、なぜ選ばれているのかを解説します。

  • 当帰(トウキ) – 補血剤の代表で、血を補い巡らせる作用があります。冷え性の多くは血行不良や血の不足が関与しており、当帰は血液を増やしつつ滞りを解消することで手足の隅々まで栄養と暖かさを行き渡らせます。また鎮痛作用もあり、冷えによる痛みを和らげるのに寄与します。特に女性の冷えや貧血に古来より使われる生薬です。
  • 芍薬(シャクヤク) – 補血と鎮痛作用を持つ生薬です。筋肉のこわばりを解きほぐし、筋肉や血管の痙攣を鎮める効果があります。冷えによるこむら返りや腹痛、頭痛などの痛みを抑えてくれます。また当帰とともに血を養う作用もあるため、血行改善と鎮痛の両面で処方をサポートします。
  • 桂皮(ケイヒ) – シナモンの樹皮で、体を芯から温めて血行を促進する温熱作用を持ちます。桂皮は四肢末端まで気血を巡らせる働きがあり、冷えて縮こまった血管を拡張してくれます。発汗作用もあるため、身体に溜まった冷えを汗とともに発散させる効果も期待できます。本処方では当帰と並んで主要な温め役となっています。
  • 細辛(サイシン) – ウスバサイシンという植物の根で、強力な温散作用を持つ生薬です。身体を激しく温め、痛みを止める作用があります。少量で効果を発揮する刺激の強い生薬で、手足の末端や体の深部の冷えを散らすのに役立ちます。細辛は発汗・鎮痛作用もあり、冷えで循環が滞っている部分に熱を届けて痛みを緩和します。ただし刺激が強いため、処方全体の中ではバランスを取る量に調整されています。
  • 呉茱萸(ゴシュユ) – ミカン科の植物オウレンゲの未熟な実を乾燥させた生薬で、非常に辛味と苦味が強く、強力に体を温める作用を持ちます。特に下腹部や肝経の冷えに効果があり、古典的には冷えによる頭痛や嘔吐を止める薬として知られています。本処方に呉茱萸が加えられているのは、四肢だけでなく内臓(特に肝・胃)の冷えにも対応させるためです。実際、当帰四逆湯に呉茱萸と生姜を加えることで、例えば寒さで起こる頭痛や吐き気にも有効な処方となっています。少量でも胃を温め逆上した気を下げる作用が強いため、吐き気の軽減や腹部の冷痛の緩和にも寄与します。
  • 生姜(ショウキョウ) – しょうが(生姜)の根茎を乾燥させたもので、体を温め胃腸の働きを整える作用があります。生姜は中焦(胃腸)を温めて冷えによる吐き気や食欲不振を改善し、他の生薬の吸収も助けます。また発汗作用で体表の寒気を散らす働きも持ちます。呉茱萸とともに追加された形ですが、生姜は当帰四逆加呉茱萸生姜湯全体のバランスを整える役割も果たします。強力な生薬(桂皮・細辛・呉茱萸など)による胃腸への刺激を、生姜自身の健胃作用で和らげ、かつ全身への巡りをスムーズにします。
  • 甘草(カンゾウ) – 甘草の根で、漢方では調和薬として頻繁に使われます。本処方では各生薬のバランスを調整し、緩和剤として働きます。甘草自体にも消炎・鎮痛作用があり、筋肉痛や腹痛を和らげたりする助けとなります。さらに胃の粘膜を保護する働きもあるため、刺激のある細辛や呉茱萸が含まれていても胃への負担を減らす効果が期待できます。甘味で口当たりを良くすることで、生薬の苦味・辛味を飲みやすくしてくれるメリットもあります。
  • 木通(モクツウ) – アケビのつる(木通)で、利尿作用や鎮痛作用があります。古い書物では「通草(ツウソウ)」とも記され、経絡を通じさせ滞りを除く生薬として位置付けられています。体内の水はけを良くし、結果として血行も良くなるという働きです。冷えると生じるむくみや関節のこわばりを取る助けになります。また「通」という名の通り、経絡の通り道を確保して他の生薬の効果を末端まで行き届かせる役割もあると言われます。当帰四逆湯の構成生薬の一つであり、加味された呉茱萸や生姜の働きと相まって血行改善を下支えします。
  • 大棗(タイソウ) – ナツメの実(棗)を乾燥させた生薬で、補気・健脾作用があり、こちらも甘草と並び調和薬として使われます。消化吸収を助け、体力を補い、精神を安定させる効果もあります。大棗の甘みは胃腸に優しく、冷えで弱った消化器系の働きを高めてくれます。また甘草とセットで配合されることが多く、処方全体の調和・緩和を担っています。本処方では生姜+大棗+甘草の組み合わせが脾胃を守り、他の生薬の作用を最大限引き出す土台となっています。

以上9つの生薬がバランスよく組み合わさることで、血を補い、体を温め、痛みを和らげ、経絡の通りを良くし、胃腸を守るという総合的な効果を発揮します。特に、当帰四逆(当帰、芍薬、桂皮、細辛、甘草、木通、大棗)という血行を良くし末梢まで温める処方に、呉茱萸と生姜という内臓を温め吐き気や痛みを抑える薬を加えた形になっているため、手足の冷えに加えて胃腸症状や頭痛がある場合にも対応できる点が特徴です。
なぜこの生薬が入っているのかを一言でまとめると、「血を補い巡らせるもの+体を温めるもの+調和して胃を守るもの」を組み合わせていると言えます。この絶妙な配合バランスが、冷えによる様々な症状を改善する源になっています。

当帰四逆加呉茱萸生姜湯にまつわる豆知識

最後に、当帰四逆加呉茱萸生姜湯に関する興味深い話題や歴史的背景などの豆知識を紹介します。

●歴史的な出典と名前の由来:
当帰四逆加呉茱萸生姜湯は、そのベースである当帰四逆湯が中国の古典『傷寒論(しょうかんろん)』に記載されている処方です。「四逆」とは四肢の末端が逆冷する(通常より冷え切っている)状態を指します。傷寒論では手足の冷え切った状態(厥冷(けつれい))に対して当帰四逆湯を用いるとされました。その後の漢方古典『金匱要略(きんきようりゃく)』において、「もし嘔気がある場合には呉茱萸と生姜を加えよ」といった加減法が伝えられ、そこから「当帰四逆加呉茱萸生姜湯」という名前になったと言われます。
つまり、頭痛や嘔気(吐き気)など内臓の冷え症状を伴う四肢の冷えに対応するために改良された処方という歴史的経緯があります。このように漢方の処方名には、何を加えたかがそのまま名前になっている場合が多く、当帰四逆加呉茱萸生姜湯も分かりやすい命名です。

●処方の味と飲みやすさ:
実際に当帰四逆加呉茱萸生姜湯を煎じた場合、どのような風味になるでしょうか。含まれている生薬から想像できるように、味はやや苦くてピリッとした辛味があります。特に呉茱萸は非常に苦いため、煎じ薬では独特の苦辛い風味が感じられるでしょう。一方で甘草と大棗が入っているため、ほのかな甘みもあります。
結果として、初めはピリ辛いが後味に少し甘みを感じる風味になります。生姜の香りも手伝って、体が温まりそうな香辛料様の香りがするのも特徴です。エキス顆粒剤(ツムラ製剤など)ではかなり飲みやすく調整されていますが、わずかに感じる苦みと生姜の風味から「温まる薬だな」と実感できるかもしれません。苦味が気になる場合は白湯で飲むと和らぎます。

●生薬の豆知識:
処方に含まれる生薬にも面白いエピソードがあります。例えば細辛(サイシン)はその名の通り「細い辛い」味の草で、雪の下でも芽を出すことから「雪中花」の異名があります。古来より少量で身体を温め痛みを取ることが知られていましたが、用量を間違えると副作用が強いため取り扱い注意とも言われてきました(現在の製剤では適切な量に調整されているので安心です)。
また当帰(トウキ)は「帰艶草(きえんそう)」とも呼ばれ、女性の美容と健康によい生薬として重宝されてきました。独特の香りがあり、煎じるとセロリのような甘い香草の香りが漂います。呉茱萸(ゴシュユ)は、その強い苦味から日本では「命の苦泉を味わう」ということわざにも登場します(苦い薬を飲むほど健康に良いという意味)。このように一つひとつの生薬に歴史と特徴があり、それらが組み合わさった漢方処方にもロマンがあります。

●現代研究と応用:
伝統的な使われ方以外にも、当帰四逆加呉茱萸生姜湯には現代医学的な研究も行われています。例えば、冷え症の改善による末梢血流の増加効果が計測されたり、レイノー症状の患者で血管拡張反応が改善したとの報告もあります。また、抗癌剤(オキサリプラチン)による末梢神経障害の緩和に役立つ可能性があるとの基礎研究も進んでいます。さらに、冷えによる免疫低下を改善して凍瘡(しもやけ)を予防したり、低体温傾向の人の代謝を高めるといった効果も検討されています。ただし、こうした現代的応用はまだ研究段階のものも多く、治療法として確立されたものではありません。いずれにせよ、古くからの知恵が現代医学の中で改めて検証されつつあるのは興味深いことです。

まとめ

当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)は、冷え性で手足の末端が冷たくなりやすく、それに伴う痛みやしもやけなどに効果を発揮する漢方薬です。血行を促進し体を温めることで、様々な「冷えの症状」を和らげます。ただし漢方薬は体質(証)に合ってこそ真価を発揮するため、他の処方との使い分けや副作用にも注意が必要です。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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