半夏白朮天麻湯(ツムラ37番):ハンゲビャクジュツテンマトウの効果、適応症

半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)は、胃腸が弱く冷え症の方の頭痛やめまいに用いられる漢方薬です。ツムラの37番にあたる処方で、主薬である半夏(ハンゲ)、白朮(ビャクジュツ)、天麻(テンマ)の生薬名を取って命名されています。
身体の冷えや水分バランスの乱れによる胃腸機能の低下を改善し、気の巡りを良くすることで、ふらつきや頭重感などの症状を和らげる効果が期待できます。本記事では、半夏白朮天麻湯の詳しい効果や適応症、他の漢方薬との使い分け、副作用、含まれる生薬の役割、豆知識などをわかりやすく解説します。

目次

半夏白朮天麻湯の効果・適応症

半夏白朮天麻湯は、古くからめまいや頭痛、吐き気などに効果があるとされる漢方処方です。特に胃腸が虚弱で手足が冷えやすい体質の方に適しており、慢性的なめまい、立ちくらみ、頭痛、頭重感、吐き気などの症状の改善に用いられます。現代医学的には、内耳の平衡機能障害(耳のむくみによるめまい)や自律神経の乱れによるふらつき、血圧変動に伴う頭痛・めまいなどに対応するケースが多い漢方薬です。

半夏白朮天麻湯の適応となる典型的な「証」(体質)は、「水毒(すいどく)」や「痰湿(たんしつ)」と呼ばれる、水分代謝の滞りによる症状です。体力が中等度以下で、顔色がやや青白く、胃腸が弱くて食欲不振やむかつきを感じやすい人、そしてめまいや頭痛が長く続くが激しくはないタイプの人に向いています。また、胃の中に水が溜まるときにお腹を揺らすとチャポチャポと音がすることがありますが(振水音)、そのような水滞が見られる場合にも半夏白朮天麻湯が考慮されます。

この処方は、東洋医学の言葉で「風痰を除去し、脾胃(消化機能)を補強してめまいを治す」作用があるとされています。具体的には、胃腸を温めて余分な水分や痰(たん)をさばき、体内の気の巡り(気血の流れ)を整えることで、頭に昇った水分や痰によるめまい・頭痛を改善します。さらに、冷え症の体質改善や、吐き気・嘔吐の緩和にも効果が期待できます。総じて、半夏白朮天麻湯は「痰湿内阻」(たんしつないそ:体内に痰湿が停滞している)や「脾胃虚弱」(ひいきょじゃく:消化機能が弱い)といった証に対する代表的な漢方薬です。

よくある疾患への効果

半夏白朮天麻湯が実際によく用いられる疾患や症状の例として、以下のようなものがあります。

  • めまい・メニエール病:半夏白朮天麻湯(37)は、内耳のリンパ液の滞り(いわゆる水毒)によるめまい発作に用いられることがあります。メニエール病や良性発作性頭位めまい症などで、吐き気や嘔吐を伴うめまいの症状緩和に効果が期待できます。水分代謝を改善し、内耳のむくみを取ることで、ふらつきを軽減します。
  • 慢性頭痛・頭重感:天気や気圧の変化、ストレスなどで頭が重だるく痛むタイプの慢性頭痛にも使われます。特に朝起きたときに頭が重くボーッとする場合や、吐き気を伴う頭痛(片頭痛のうち、消化機能低下やむくみが関与するタイプ)に半夏白朮天麻湯が奏効することがあります。頭痛薬では改善しにくい気象病のような症状にも、体質から整える漢方アプローチとして用いられます。
  • 高血圧に伴うめまい・動悸:血圧の変動が大きい方で、立ちくらみや軽いめまい、動悸を感じるケースに処方されることがあります。半夏白朮天麻湯には血行を整える生薬も含まれており、のぼせと冷えが同居するような高血圧体質のめましさ(フラつき)に対応します。ただし、高血圧そのものを直接下げる薬ではないため、降圧剤の代わりではなく補助的に使われます。
  • 薬の副作用による吐き気・めまい:最近の報告では、がん疼痛治療のオピオイド(麻薬系鎮痛剤)の副作用である吐き気やめまい、食欲不振の軽減に半夏白朮天麻湯が有用だったとの例もあります。化学療法(抗がん剤治療)や長引く痛み止めの服用で胃腸が弱り、ふらつきや悪心が出ている患者さんに対し、胃腸機能を高めて嘔気を和らげる目的で併用されることがあります。このように西洋薬の副作用ケアとして使われることも、漢方ならではの利点です。

以上のように、半夏白朮天麻湯は「めまい・立ちくらみ・頭痛・吐き気」をキーワードとし、それらの症状が慢性的かつ体質に関連している場合に幅広く応用されています。ただし、症状が似ていても体質によって適切な処方は異なるため、次のセクションで他の類似漢方薬との使い分けについて説明します。

同様の症状に使われる他の漢方薬との使い分け

めまいや頭痛、吐き気といった症状に用いられる漢方薬は半夏白朮天麻湯以外にも複数あります。それぞれ適した体質や症状の特徴が異なるため、証に応じて使い分けます。代表的な処方を3〜5種類選び、半夏白朮天麻湯(37)との違いをまとめます。

  • 苓桂朮甘湯(39)めまいと動悸、胃内停水がある場合の処方。苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)は、体力中等度で、めまいや立ちくらみに加えて動悸や息切れ、尿量減少など水分代謝の滞りがある人に用いられます。
    半夏白朮天麻湯と同様に茯苓(ぶくりょう)や白朮を含み利水作用がありますが、苓桂朮甘湯の方が体を温める作用(桂皮=シナモンの配合)と緩和作用(甘草の配合)があり、比較的穏やかな水毒改善薬と言えます。めまいがするけれど比較的胃腸が丈夫な人や、立ち上がった時にふわっと眩む立ちくらみに適します。
    一方、半夏白朮天麻湯は吐き気や頭痛を伴うようなケースで、苓桂朮甘湯よりも胃腸虚弱な人向けです。
  • 真武湯(30)冷えが強く虚弱な人のめまい・下痢に。真武湯(しんぶとう)は、手足の冷えが強く、下痢傾向でむくみやめまいがあるような腎陽虚(じんようきょ)の人に使われます。構成生薬に附子(ブシ)や生姜が入っており、体を大いに温める作用が特徴です。半夏白朮天麻湯と同じく茯苓・白朮が含まれ水分代謝を促しますが、真武湯は下半身の冷えとむくみ、めまい、下痢、倦怠感を伴うケースで第一選択になります。
    逆に言えば、真武湯は体力が極度に落ち冷えが顕著な場合の処方なので、半夏白朮天麻湯で対応できるような中程度の虚弱の場合にはやや作用が強すぎることがあります。
  • 五苓散(17) – 急性のめまいや嘔吐、むくみに即効性を期待する処方。五苓散(ごれいさん)は、水分滞留をとる代表処方で、めまい・吐き気・むくみ・下痢など水っぽい症状全般に幅広く使われます。半夏白朮天麻湯と比べ、生薬数が少なく(5種類)即効性があるため、急なめまい発作や乗り物酔いなどに頓服的に用いられることもあります。体質としては虚実を問わず使えますが、長期の服用より一時的な症状緩和に向いています。
    半夏白朮天麻湯は慢性のめまい・頭痛にじっくり作用するのに対し、五苓散は緊急的に水をさばいて症状を止めるイメージです。ただし、五苓散には利尿作用が強いため、長く飲むと体力を消耗しやすく、慢性症状には半夏白朮天麻湯など他の処方を検討します。
  • 当帰芍薬散(23)貧血気味で冷え性の女性のめまいに。当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は、妊娠中や産後、更年期の女性によく使われる処方で、貧血傾向でむくみやすく、めまい・立ちくらみがある場合に適します。半夏白朮天麻湯と異なり、胃腸を温めるよりも血を補い巡らせる処方で、当帰や芍薬などの補血薬が主体です。
    顔色が悪く疲れやすい人で、めまいとともに手足の冷えやむくみ、こむら返りなどもある場合には当帰芍薬散を選びます。もし患者さんが明らかに貧血体質であれば、半夏白朮天麻湯より当帰芍薬散の方が根本改善につながるでしょう。一方、吐き気や胃もたれを伴う場合には当帰芍薬散は向かないため、そのようなとき半夏白朮天麻湯が検討されます。

副作用や証が合わない場合の症状

漢方薬も薬である以上、副作用が全くないわけではありません。半夏白朮天麻湯の場合、比較的安全性の高い処方ですが、いくつか注意すべき点があります。

まず報告されている副作用として、過敏症(アレルギー)があります。具体的には発疹、蕁麻疹(じんましん)などの皮膚症状がまれに起こることがあります。また、添付文書上は湿疹・皮膚炎が悪化する可能性があるとされています。もともとアトピー性皮膚炎など皮膚に炎症を抱えている方は、本処方の服用で症状が増悪することがあるため注意が必要です。服用中に皮膚のかゆみや発疹、違和感などが生じた場合は、すぐに医師に相談してください。

次に、証に合わないケースでの症状についてです。半夏白朮天麻湯は冷え症・虚弱の人向けの処方ですので、もし熱症状が強い人や体力が充実している人が服用すると、効果がないばかりか不調を招く可能性があります。証が合っていない場合に起こりうるのは、例えば胃の不快感や口の渇きなどです。
胃腸が丈夫な人が飲むと、生薬の健胃作用がかえって胃酸過多を招き胸やけを感じたり、利尿作用で必要以上に水分が失われ喉の渇きが出ることがあります。また、体力がある人が飲むと、一時的に頭痛やめまいが悪化するケースも考えられます(漢方ではこれを「瞑眩(めいげん)」と呼び、一時的な好転反応と捉えることもありますが、ひどい場合は中止します)。

なお、半夏白朮天麻湯には甘草(カンゾウ)や柴胡(サイコ)など、漢方薬で問題となりやすい特定生薬は含まれていません。そのため、偽アルドステロン症(低カリウム血症やむくみ、高血圧など甘草の長期大量投与による副作用)や間質性肺炎(小柴胡湯(9)など柴胡含有処方で報告される副作用)、肝機能障害(黄芩などの長期投与による副作用)といった重篤な副作用は通常起こりにくいと考えられます。しかし、生薬の組み合わせによる相乗作用で思わぬ不調が出る可能性もゼロではありません。不安な症状が現れた場合は自己判断で続けず、速やかに処方医に相談しましょう。

併用禁忌・併用注意な薬剤

半夏白朮天麻湯は比較的マイルドな処方であり、西洋薬との相互作用(飲み合わせ)で絶対的な併用禁忌とされるものは知られていません。ただし、他の漢方薬やサプリメント、処方薬と併用する際に注意が必要な点はいくつかあります。

  • 同じ生薬を含む漢方薬との併用:半夏白朮天麻湯には複数の生薬が含まれています。他の漢方薬を同時に服用する場合、構成生薬が重複すると作用が過剰になったり副作用リスクが高まる可能性があります(添付文書でも「含有生薬の重複に注意」と記載)。例えば、五苓散(17)や苓桂朮甘湯(39)など利水作用を持つ処方と一緒に飲むと、利尿が強まりすぎて脱水気味になるかもしれません。また、人参(ニンジン)や黄耆(オウギ)を含む補気剤(補中益気湯(41)など)と併用すると、動悸や血圧変動が出ることも考えられます。
    しかしながら、専門家の判断のもと、五苓散(17)はめまいや頭痛を押さえる目的で半夏白朮天麻湯と併用される場合もありますので必ずしも併用が禁じられている訳ではありません。複数の漢方薬を併用する場合は、必ず専門家の指示を仰いでください。
  • 利尿剤や降圧薬との併用:半夏白朮天麻湯には茯苓や沢瀉などの生薬が含まれ、軽い利尿作用や降圧作用が期待できます。そのため、西洋薬の利尿剤(フロセミドなど)や降圧薬を服用中の方が半夏白朮天麻湯を併用すると、相乗効果で血圧が下がりすぎたり、電解質(カリウムなど)のバランスに影響が出る可能性があります。特に利尿剤と併用する際は、めまいや倦怠感が強まらないか様子を見ながら服用する必要があります。
  • ワルファリンなど抗凝固薬との併用:一般に、漢方生薬の中には血液凝固に影響を与えるものがあります。半夏白朮天麻湯の場合、直接的な血液サラサラ成分は多くありませんが、人参や黄耆が含まれているためごくまれにワルファリンの効果に影響する可能性が指摘されています。人参(高麗人参)はワルファリンの作用を弱めるとの報告もありますので、もしワルファリンなどを服用中で半夏白朮天麻湯を併用する場合は、PT-INR値の変動に注意し主治医と相談してください。
  • その他の注意:半夏白朮天麻湯には生姜や乾姜が含まれます。血糖降下作用をもつ西洋薬(インスリンや経口血糖降下薬)と併用する際、まれに血糖値が下がりすぎることが考えられます。また、人参・黄耆による興奮作用で、カフェインや甲状腺ホルモン剤との併用で動悸や不眠が出る可能性もわずかにあります。こうした点は通常問題にならない程度ですが、体調の変化に注意しましょう。

以上のように、半夏白朮天麻湯自体に厳しい併用禁忌はありませんが、併用する薬剤の作用を増強または減弱させる可能性は念頭に置く必要があります。特に持病で常用薬がある方は、漢方薬を開始する際に医師・薬剤師に相談し、飲み合わせの確認をしてもらうと安心です。

含まれている生薬の組み合わせとその理由

半夏白朮天麻湯は、12種類の生薬から構成されています。それぞれの生薬が役割を持ち、組み合わさることでめまいや頭痛に対する効果を発揮します。以下に配合生薬とその働きを紹介します。

  • 半夏(ハンゲ):カラスビシャクというサトイモ科の植物の塊茎。痰をさばき、嘔吐を止める作用があります。半夏は胃の中の水分(痰湿)を乾かし、吐き気やめまいの原因となる「痰」を除去する主役です。名前の由来は夏の半ばに採取されることから「半夏」と呼ばれます。
  • 白朮(ビャクジュツ):オケラなどの根茎で、脾(消化機能)を補い水分代謝を促進します。胃腸を丈夫にして水分の偏りを是正する役割で、めまいの元になる水毒を除きます。白朮は健胃・利水作用があり、体内の余分な水を捌く要となる生薬です。
  • 天麻(テンマ):オニノヤガラというラン科植物の塊茎。肝の風を鎮め、痰を除き、めまい・ふらつきを抑える作用があります。天麻は古来より眩暈(げんうん)やふるえ(痙攣)を止める薬として珍重されてきました。頭部のめまい発作を和らげる重要な生薬です。
  • 茯苓(ブクリョウ):マツホドというキノコ由来の生薬で、白い塊状。利水作用と健脾作用があり、体の余分な水分を排出しつつ胃腸を助けます。半夏白朮天麻湯では、白朮や沢瀉と協力して利尿による水はけ改善を担っています。また精神安定作用もあり、不安感の軽減にも寄与します。
  • 陳皮(チンピ):ミカンの皮を乾燥させた生薬。芳香性健胃薬で、胃の氣(気)の巡りを良くし、吐き気や痰を除く作用があります。陳皮は半夏とともに嘔吐を鎮め、痰湿が溜まってモタつく胃の動きを改善します。爽やかな香りで処方全体の調和役でもあります。
  • 麦芽(バクガ):大麦の発芽したもの(麦芽糖を含む甘味)。消化を助け、胃もたれを解消する作用があります。神麹とともに健胃消化薬として利用される生薬で、半夏白朮天麻湯では多くの生薬を胃に負担なく消化吸収させる目的で配合されています。食欲不振の改善にも寄与します。
  • 黄耆(オウギ):キバナオウギの根で、補気剤(エネルギーを補う生薬)の代表。気を補い、胃腸の機能と免疫力を高め、水分代謝も促す作用があります。黄耆は体力が落ちて冷えがある方に対し、基礎的なエネルギーを補充します。また利尿作用もあるため、むくみ改善にも一役買っています。
  • 人参(ニンジン):オタネニンジン(高麗人参)の根。こちらも気を大いに補う代表的な生薬です。人参は胃腸の働きを高め、全身のエネルギーを底上げします。半夏白朮天麻湯では、虚弱な体質改善とともに他の生薬の効果を高めるような補佐役として配合されています。食欲不振や倦怠感の改善にもつながります。
  • 沢瀉(タクシャ):サジオモダカの塊茎で、強い利水作用を持ちます。体内の水はけを良くし、めまいやむくみの原因となる余分な水分を排出します。利尿によるデトックス作用で、頭に上った水湿を下ろす働きがあります。五苓散などにも含まれる、水滞の治療で重要な生薬です。
  • 黄柏(オウバク):キハダの樹皮で、苦味の強い生薬。清熱作用(熱を冷ます)と湿を乾かす作用があります。半夏白朮天麻湯では少量ながら配合され、身体にこもった余計な熱や湿気を取り除きます。体を温める生薬が多い中で、黄柏を加えることで陰陽のバランスを整え、副作用を抑える意図もあります。
  • 乾姜(カンキョウ):生姜を乾燥させたもの。身体を温め、胃腸の機能を高める作用があります。乾姜は即効的に脾胃を温め、水分代謝を上げる働きを持ちます。半夏(生のままだと毒性がある)も乾姜で調和され、その効果を発揮しやすくなります。
  • 生姜(ショウキョウ):新鮮な生姜。身体を温め、嘔気を止め、他の生薬の調和を取る作用があります。乾姜とのコンビで用いることで、即効性と持続性の両面から胃腸を温めます。また生姜は半夏の毒消しとしても伝統的にセットで使われ、「半夏生姜」として嘔吐めまいを鎮める役割を果たします。

以上のように、半夏白朮天麻湯は健脾利水薬(胃腸を強くし水を捌く生薬)と化痰息風薬(痰を除き風=めまいを鎮める生薬)、さらに補気薬(エネルギーを補う生薬)や調和薬がバランスよく組み合わされています。弱った消化機能を立て直しつつ、水分・痰の偏りを改善し、風(ふらつき)を鎮めることで、めまいや頭痛、吐き気といった症状を根本から改善する処方になっているのです。

半夏白朮天麻湯にまつわる豆知識

●歴史・由来:半夏白朮天麻湯は、中国の金元時代の名医である李東垣(りとうえん)(李杲とも、1180-1251年)が創始した処方と言われています。李東垣は脾胃(消化器)の重要性を説いた医家で、『脾胃論』という著作に本処方が収載されています。当時から「脾胃を補い痰湿を除く」薬方として用いられ、日本には江戸時代以降に伝わり、現在の漢方製剤として定着しました。処方名にある「天麻」は、天から降る麻(ま)のように見えることから名付けられたとも言われ、眩暈や痙攣を治す仙薬として古来評価されています。

●生薬の豆知識:天麻はラン科の寄生植物で、地中の塊茎のみ利用します。その姿が細長い紡錘形であることから「天麻」の字が当てられていますが、麻の仲間ではなく独特な生態を持つ薬草です。また半夏はサトイモ科の毒草でもあるため、生で服用すると喉舌に強い刺激があります。そこで生姜で炮製(加工)して毒性を減らした「姜半夏」として用いるのが古来からの知恵です。白朮はオケラという菊科植物の根茎で、日本では古くから健胃薬「朮(おけら)」として知られ、お正月に神社で焚かれる「おけら火」にも用いられてきました。

●味と香り:半夏白朮天麻湯の煎じ液やエキス顆粒は、苦味が特徴です。白朮や黄柏の苦みに、陳皮や生姜の香りが混ざった独特の風味があります。甘み成分(大棗=ナツメや甘草)は含まれない処方なので、漢方薬の中でもやや飲みにくく感じるかもしれません。その場合は少し蜂蜜を加えたり、服用後に白湯を飲むなど工夫すると良いでしょう。

●その他の話題:現代の研究では、半夏白朮天麻湯が動物実験で胃粘膜の保護作用や抗酸化作用を示した報告があります。めまいや頭痛だけでなく、胃腸を守る作用もある可能性が示唆されており、今後の科学的解明が期待されています。
また、半夏白朮天麻湯は一般用医薬品(OTC)としてはあまり市販されておらず、医療機関で処方されることが多い処方です。しかし漢方専門薬局などではエキス顆粒を取り寄せて購入することも可能です。入手や服用については専門家に相談すると安心です。

まとめ

半夏白朮天麻湯(37)は、胃腸が弱く冷え症の方のめまい・頭痛・吐き気に効果的な漢方薬です。水分代謝を改善し、痰を除き、体質からふらつきを治していくこの処方は、メニエール病のような内耳のトラブルから慢性的な頭重感まで幅広く応用されています。他の類似処方との違いを踏まえ、患者さん一人ひとりの症状と体質に合わせて用いることが重要です。副作用は少ない方ですが、まれに皮膚症状の悪化や体質に合わない場合の不調もありえますので、体調の変化には注意しながら服用しましょう。伝統ある処方の知恵と現代医学の知見を組み合わせ、上手に漢方を活用していきたいですね。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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