木防已湯(ツムラ36番):モクボウイトウの効果、適応症

木防已湯(もくぼういとう)[ツムラ36番]は、体内に滞った「水(余分な水分)」をさばくことでむくみや動悸、息切れなどを改善する漢方薬です。主に心臓や腎臓の機能低下に伴う呼吸困難や浮腫(ふしゅ)に用いられ、気管支喘息の治療にも応用されます。本記事では、木防已湯の効果・適応症から、類似漢方薬との使い分け、副作用、配合生薬の意味、歴史的な豆知識まで幅広く解説します。

目次

木防已湯の効果・適応症

木防已湯は、漢方でいう「利水剤」の一つで、体に溜まった不要な水分(=水滞)を排出して症状を和らげます。体力が中等度以上あり、みぞおちのあたりがつかえて顔色が冴えないといった特徴を持つ方に適した処方です。具体的には、心臓の働きが低下した結果あらわれるむくみ(浮腫)、動悸、息切れ、咳を伴う呼吸困難といった症状に効果があります。

心不全などで心臓に負担がかかると生じる胸部圧迫感(心臓下部の圧迫感)を緩和し、体内に滞った水分をさばくことで呼吸を楽にします。また、木防已湯は気管支喘息にも用いられることがあり、ぜんそく発作による喘鳴や呼吸困難を改善する働きも期待できます。

よくある疾患への効果

木防已湯が効果を発揮しやすい代表的な疾患や病態として、次のようなものが挙げられます。

  • 心不全・心臓弁膜症:心臓のポンプ機能低下による全身のむくみ、息切れ、横になると呼吸が苦しくなる(心臓性喘息)といった症状を改善します。また、夜間に突然呼吸困難や咳込みが生じる(夜間発作性呼吸困難)場合にも、水分負荷を軽減して安眠できるよう助けます。心臓の血液うっ滞により起こる肝腫大や腹水、胸水、肺水腫に対して用いることもあります。
  • 腎炎・腎不全:腎機能の低下による水分代謝不良で、顔や脚がはれるような浮腫に効果があります(ネフローゼ症候群など蛋白尿を伴うむくみに応用されることもあります)。利尿作用で体内の余分な水を排泄し、腎臓への負担軽減を図ります。
  • 気管支喘息:ぜんそくによる咳や喘鳴、呼吸困難に対し、気管支を拡げつつ水分循環を改善して息苦しさを和らげます。特に、心臓にも負担がかかった高齢者の喘息や、心疾患を合併する喘息に有用とされます。
  • 下肢のむくみ:立ち仕事や心臓・腎臓の弱りで足がパンパンにむくむ場合に、利尿によって余分な水分を減らします。いわゆる「水太り」体質のむくみにも適します。
  • 腹水・胸水:肝硬変や心不全、癌性腹膜炎などでお腹や胸に水が溜まった状態(腹水・胸水)に対し、五苓散などと併用して水を捌く目的で使われることがあります。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

むくみや喘息など、水分代謝のトラブルに使われる漢方薬は複数あります。木防已湯と症状が似ている場合に検討される他の処方との違いを押さえ、使い分けを理解しましょう。

防己黄耆湯(20)

同じく防已(ぼうい)を主薬とし、体内の余分な水を排泄する処方です。ただし、防己黄耆湯は体力がやや虚弱で汗かきな人のむくみに適しています。構成生薬に黄耆(おうぎ)や白朮(びゃくじゅつ)を含み、汗と水分代謝のバランスを整えながら浮腫を改善します。肥満傾向で少し動くとすぐ汗をかき、下肢がむくむような方には、防己黄耆湯(20)がよく用いられます。
一方、木防已湯は心臓機能の低下が関与する水滞(むくみ)に用いる点で異なります(なお、防己黄耆湯はネフローゼ症候群など蛋白尿を伴うむくみに使われることもあります)。

真武湯(30)

真武湯は腎陽虚(冷え症で疲れやすく、下痢しやすい体質)の水滞に使う代表的な処方です。手足が冷え、めまいや倦怠感を伴うむくみに効果を発揮します。木防已湯が比較的体力のある人向けであるのに対し、真武湯(30)は虚弱体質向けです。真武湯には体を深部から温める附子(ぶし)が含まれており、冷えによる下痢やむくみを改善します。
逆に石膏を含む木防已湯は熱を冷ます処方なので、冷えが強い場合には真武湯、のぼせや胸苦しさを伴う場合には木防已湯、と使い分けることができます。例えば、高齢で冷えが強く、心不全によるむくみとともに下痢や無気力症状を呈する場合には真武湯を選択することがあります。

五苓散(17)

五苓散は急性の水滞全般に幅広く用いられる処方です。利尿作用が強く、喉の渇きや尿量減少(飲んでも尿が出にくい)といった症状が目安になります。急性の腎炎によるむくみや、暑気あたりで水分バランスを崩したときの頭痛・めまい、腹水症状などに五苓散(17)が処方されることがあります。木防已湯が心臓の機能低下を伴う慢性的な水滞に使われるのに対し、五苓散は比較的実証(体力があり症状が急性)の水滞に適する点で異なります。

苓桂朮甘湯(39)

苓桂朮甘湯はめまいや動悸など、上半身の水分停滞による症状に用いられる処方です。立ちくらみ、ふらつき、動悸、息切れなど、水が原因で起こる自律神経失調症状によく使われます。構成生薬は茯苓・桂枝・白朮・甘草の4つで、心臓周辺の水分代謝を整える働きがあります。軽い心不全やメニエール病によるめまいに苓桂朮甘湯(39)を用いることがあります。
ただし、木防已湯が心そのものの機能低下によるむくみを治療するのに対し、苓桂朮甘湯はめまい・立ちくらみなど「水毒」による神経症状の改善が主目的である点で異なります。

小青竜湯(19)

小青竜湯は気管支喘息やアレルギー性鼻炎などに用いられる代表的な処方です。麻黄(まおう)を含み、発汗と気管支拡張を促す作用が強いため、冷え症で水っぽい痰や鼻水が出る喘息発作に適します。木防已湯も喘息に応用されますが、それは心臓の弱りによる水滞を伴う場合です。典型的な冷えを伴う喘息発作では、まず小青竜湯(19)が選択され、心臓への負担や浮腫が見られるケースで木防已湯を考慮するといった使い分けになります。

このように、“水滞”による症状でも、患者さんの体質(証)や併存症によって処方が選び分けられます。漢方では一人ひとりの証に合わせ、最適な処方を見極めることが大切です。

副作用や証が合わない場合の症状

木防已湯は比較的穏やかな処方ですが、体質に合わない場合や副作用が出る場合があります。主な副作用として、発疹・かゆみなどのアレルギー症状が報告されています。また、まれに食欲不振・胃の不快感・下痢など胃腸症状が起こることがあります。特に胃腸が弱い方では、人参や石膏を含む木防已湯を服用することで胃もたれや軟便を生じることがあるため注意が必要です。もし服用後にこれらの異常が現れた場合は、速やかに医師に相談してください。

漢方薬は「証(しょう)」が合っていないと十分な効果が得られないばかりか、体調を崩すこともあります。木防已湯の適応でない人(例えば極端な冷え性で顔色が青白いだけの人や、水滞がなくむくんでいない人)にこの処方を用いると、効果がないばかりか胃腸の不調や倦怠感を招く可能性があります。

なお、木防已湯には甘草・柴胡・黄芩といった副作用で注意すべき生薬は含まれていないため、これらに起因する偽アルドステロン症(甘草)、間質性肺炎(柴胡)、肝機能障害(黄芩)などの重篤な副作用は通常心配ありません。効果がみられない場合には無理に飲み続けず、専門家に相談して処方を見直すことが重要です。

併用禁忌・併用注意な薬剤

木防已湯は特定の薬剤と絶対に併用してはいけない「禁忌」は知られていませんが、他の薬との飲み合わせには注意が必要です。利尿作用があるため、他の利尿剤(フロセミドなど)や降圧剤と併用するときは、血圧の下がり過ぎや脱水に注意します。また、本処方には甘草(カンゾウ)が含まれていないため偽アルドステロン症の心配は少ないですが、仮に他の甘草含有漢方薬やグリチルリチン製剤と併用している場合は低カリウム血症に注意が必要です。

成分の人参(高麗人参)は西洋薬のワルファリン(抗凝固薬)と併用すると効果を減弱させる恐れが指摘されています。心不全の患者さんでワルファリンを内服中の場合は、木防已湯を含めた漢方薬を開始する際に医師が用量調整や経過観察を行います。また、人参は血糖降下作用を助長する可能性もあるため、糖尿病薬と併用する場合は低血糖に注意します。

複数の漢方薬を併用する際は、同じ生薬の重複に注意が必要です。木防已湯と他の防已を含む処方(防己黄耆湯など)を同時に服用すると、利尿効果が強く出過ぎて脱水を招く可能性があります。漢方薬を追加・併用する場合は、必ず専門の医師・薬剤師に相談しましょう。妊娠中の方は医師と相談の上、治療上の有益性が明らかに上回る場合にのみ使用が検討されます。

含まれている生薬の組み合わせと選ばれている理由

木防已湯は4つの生薬から構成されています。それぞれの生薬には役割があり、この組み合わせによって心肺の機能低下による水滞を改善します。

  • 防已(ぼうい):オオツヅラフジ(つづら藤)のつるや根茎を乾燥させた生薬で、利尿・鎮痛作用を持ちます。余分な水分を排泄し、関節や組織に溜まった水を散らす役割があります。
  • 桂皮(けいひ):シナモン(ニッケイ)の樹皮で、身体を温めて血行を促進し、水分代謝を高めます。発汗を促しつつ体内の水の巡りを良くすることで、防已の利水作用を助けます。
  • 石膏(せっこう):硫酸カルシウムを主成分とする鉱物生薬です。熱を冷まし炎症を鎮める清熱作用があり、のぼせや口渇、イライラ感など「水滞が長引いて生じた熱症状」を和らげます。また、肺や胃の余分な熱を冷ますことで、喘息のゼーゼーした感じや胃部のつかえ(心下部の痞え)を改善します。
  • 人参(にんじん):高麗人参の根で、弱った体力や臓器の働きを補う補気作用があります。心臓のポンプ力や肺の機能を高め、全身のエネルギーを底上げします。

防已と桂皮の組み合わせで体内の余分な水分を排出し、石膏と人参の組み合わせで内にこもった熱を冷ましつつ気力を補充します。こうした生薬のバランスによって、むくみを取りながら心肺機能をサポートし、喘息や浮腫などの症状を改善するように工夫されています。
まとめると、木防已湯は水をさばきつつ気を補う絶妙な組み合わせで、心臓や肺の「水毒」を取り除くよう考案された処方と言えます。

木防已湯にまつわる豆知識

木防已湯に関する興味深いトピックをいくつかご紹介します。

  • 歴史と名前の由来: 木防已湯は中国の古典『金匱要略(きんきようりゃく)』に収載された処方で、古くから心臓病や腎臓病による水腫(むくみ)の治療に用いられてきました。「木防已」とは生薬の防已に由来する名前で、同書では「防己桂枝湯」とも記載されています(桂枝=桂皮のこと)。木防已湯は東洋医学におけるうっ血性心不全の先駆的治療薬と言えるでしょう。
  • 生薬の豆知識: 主成分の防已(ボウイ)はツヅラフジ科のつる植物オオツヅラフジからとられ、江戸時代にはリウマチや神経痛の痛み止めとしても用いられました。防已に含まれるアルカロイドのシノメニンは、現在の中医学で関節リウマチの治療薬(注射剤)として研究・利用されています。
  • 味・服用感: 木防已湯の煎じ液やエキス剤は、やや苦味があります。防已と石膏の微かな苦み・渋み、人参の甘み、桂皮の香りが混ざった独特の風味です。冷えが強い方には石膏の冷涼感を感じることもありますが、桂皮のおかげで全体として飲みやすいバランスになっています。
  • 現代の研究: 木防已湯の効果については、現代医学的な研究も行われています。例えば、心不全モデルの動物実験では、木防已湯の投与によって生存率や心機能指標が改善したとの報告があります。伝統的処方の効果メカニズムが科学的にも少しずつ解明されつつあり、漢方の知恵が改めて注目されています。

まとめ

「当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。」

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