大黄牡丹皮湯の効果・適応症
大黄牡丹皮湯(33)は漢方の古方剤(こほうざい)の一つで、比較的体力が充実した方(実証傾向)で、下腹部に炎症や痛みがあり便秘しがちな場合に用いられる処方です。名前にある「大黄」「牡丹皮」を中心に、生薬の組み合わせによって体内の熱や炎症を鎮め、滞った血(瘀血〈おけつ〉)を散らし、腫れや膿を改善する効果があります。簡単に言えば、お腹の中の「炎症」と「うっ血」そして「便秘」を取り除く働きを持つお薬です。
このお薬は、とくに下腹部の充満感や圧痛(押すと痛む)があり、便秘傾向の方に適しています。古くは腸の化膿性疾患(いわゆる盲腸炎など)の初期治療に用いられた経緯があり、現代では婦人科系の痛みや便秘を伴う症状にも応用されています。
適応となる主な症状・疾患には月経不順(生理不順)、月経困難症(生理痛)、便秘、痔疾(痔による痛み・腫れ)などが挙げられます。これらは添付文書上の適応症ですが、漢方の理論に基づき、症状と体質(証〈しょう〉)が合えば幅広い疾患に応用されます。
よくある疾患への効果
大黄牡丹皮湯が実際の臨床で使われる、代表的な疾患や症状を紹介します。いずれも下腹部の炎症やうっ血と便秘が関与すると考えられるケースで、症状の改善が期待できます。
- 便秘:強力な瀉下作用(下剤作用)により腸の動きを促し、頑固な便秘を改善します。ただの便秘薬と違い、体内の余分な熱や滞った血行を改善するため、便秘に起因する腹部の張りや不快感も緩和します。
- 痔(痔核・痔による痛み):便秘が原因で起こる痔の症状に用いられます。乙字湯(3)など他の痔の漢方もありますが、本方は炎症を鎮める効果が強く、腫れた患部の熱を冷ましつつ便通をつけることで、痛み・腫れ・出血の軽減に役立ちます。
- 月経困難症(生理痛):月経時の下腹部痛が強く、便秘傾向がある女性に適します。骨盤内の血流を改善し、炎症を抑えることで、生理に伴う刺すような痛みや圧痛を和らげます。子宮内膜症など瘀血を伴う婦人科疾患による月経痛にも応用されます。
- 月経不順:月経周期が不安定なケースで、下腹部の張り感や便秘が見られる体質に用いられます。ホルモンの乱れだけでなく血行不良やストレスによる骨盤内のうっ血を改善し、結果的に生理周期の安定化を助けることがあります。
- 下腹部の炎症(虫垂炎・憩室炎など):古来より虫垂炎(盲腸炎)の初期に用いられてきた経緯があり、現代でも大腸憩室炎など下腹部の炎症性疾患に対し、抗生物質と併用して使われることがあります。腸内の膿や炎症を抑える処方であるため、発熱や腹痛の軽減に寄与し、症状の回復を早める補助的な効果が報告されています。ただし重度の場合や緊急手術が必要な場合は、漢方のみで対応することはできません。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
大黄牡丹皮湯と似た症状に用いられる漢方薬はいくつか存在します。症状や体質に応じて処方が選択されますが、代表的な処方との違いを比較してみましょう。
桂枝茯苓丸(25)
桂枝茯苓丸(25)は下腹部の瘀血(血行不良)を改善する代表的な処方です。月経不順や子宮筋腫など、下腹部にしこりや慢性的な痛みがある女性に使われます。体力中等度(中間証)で冷え性傾向の人にも用いられる比較的マイルドな処方で、便秘の有無を問わず使える点が特徴です。下腹部の痛みでも、便秘や炎症がそれほど強くなく冷えがあるような場合には桂枝茯苓丸を選び、熱感や便秘を伴う鋭い痛みには大黄牡丹皮湯を選ぶ、という使い分けがなされます。
桃核承気湯(61)
桃核承気湯(61)は大黄牡丹皮湯と同じく大黄と桃仁を含む処方で、強い瀉下作用と瘀血を散らす作用を持ちます。体力が充実した実証の人で、イライラを伴う下腹部の充満痛や便秘に用いられます。月経痛が酷く血の塊が多いケースや、産後の瘀血停滞による精神不安定(古くは「血の道症」と呼ばれる状態)にも使われます。牡丹皮や冬瓜子を含む大黄牡丹皮湯が腫れ(膿)を伴う炎症に適するのに対し、桃核承気湯は血の滞りと熱による精神症状まで含めた症例に適します。同じ便秘を伴う下腹部痛でも、炎症性の腫れが主なら大黄牡丹皮湯、怒りっぽさや精神症状を伴うなら桃核承気湯、といった使い分けがされます。
乙字湯(3)
乙字湯(3)は痔の出血や腫れに用いられる代表的な処方です。大黄を含み便通を促す点では共通しますが、乙字湯には当帰や甘草が含まれ、患部の血行を良くしつつ粘膜を保護するような組成になっています。痔出血や肛門のただれなどには乙字湯が選ばれますが、発熱を伴う腫れや激しい痛みがある場合には大黄牡丹皮湯の方が適しています。また乙字湯には甘草が入るため長期連用時に偽アルドステロン症(後述)に注意が必要ですが、大黄牡丹皮湯には甘草が含まれないためその点のリスクは低いという違いもあります。
大柴胡湯(8)
大柴胡湯(8)は上腹部から右季肋部(みぎきろくぶ)の痛みや張りに用いられる処方です。大黄牡丹皮湯と同様に大黄を含み便通をつける作用がありますが、柴胡や枳実といった生薬を含み、肝胆系の炎症(胆のう炎や肝機能悪化など)や肥満傾向の体質に対応した処方です。みぞおち周辺の苦しさや肩こり、ストレスによる肋骨下の痛みを伴う便秘には大柴胡湯が選択されます。一方、痛みが下腹部中心で圧痛・熱感が強い場合には大黄牡丹皮湯の方が適しています。このように痛みの部位や性質によって、大柴胡湯と大黄牡丹皮湯は使い分けられます。
副作用や証が合わない場合の症状
大黄牡丹皮湯(33)は比較的作用の強い漢方薬のため、体質に合わない場合や過量投与では副作用が現れることがあります。主な副作用としては食欲不振、腹痛、下痢などの消化器症状が報告されています。とくに元々下痢気味の方や胃腸が虚弱な方に服用すると、下痢がひどくなったり腹痛が増す恐れがあります。
本来便秘傾向の実証の人向けの薬ですので、証が合わない人が飲むと効果が出ないばかりか症状が悪化することがあります。例えば、虚弱な体質の方が服用すると冷えやだるさの悪化、極端な軟便・下痢を招くことがあります。逆に便秘がちで炎症のある人でも、適正量を超えて服用すると下痢になりすぎて体力を消耗する恐れがあります。服用中に下痢が続く、腹痛が増強する、著しい倦怠感などの症状が出た場合は、速やかに医師に相談し処方の見直しを検討します。
なお、漢方薬全般で注意すべき重篤な副作用として偽アルドステロン症があります。これは甘草(カンゾウ)という生薬に含まれる成分によって引き起こされる低カリウム血症の症状で、むくみ、血圧上昇、脱力感などが現れます。
大黄牡丹皮湯には甘草が含まれていないため偽アルドステロン症の心配は通常ありませんが、甘草を大量に含む他の処方を併用している場合などは注意が必要です。
また非常にまれですが、漢方薬でも肝機能障害や間質性肺炎などの重篤な副作用が起こる可能性が報告されています。不安な症状が出た場合は自己判断で中止せず、必ず医療機関に相談してください。
併用禁忌・併用注意な薬剤
大黄牡丹皮湯を使用する際に併用を避けるべき薬剤や注意が必要な薬剤についてまとめます。他の薬と一緒に使うときは、相互作用や副作用のリスクに配慮する必要があります。
- 妊娠中の使用(禁忌):妊婦への大黄牡丹皮湯の投与は禁忌とされています。大黄や芒硝には子宮収縮作用があり、流産や早産を誘発する恐れがあるためです。妊娠の可能性がある場合は服用しません。
- 授乳中の使用(注意):授乳中も慎重な判断が必要です。大黄の有効成分(アントラキノン類)は母乳中に移行し、乳児に下痢を起こす可能性があります。授乳中に服用する場合は医師の指示に従い、必要に応じて授乳間隔を調整するなど配慮します。
- 他の瀉下薬との併用:センナやピコスルファートなど下剤成分を含む薬と一緒に使うと、作用が重複して下痢や腹痛が生じやすくなります。市販の便秘薬や漢方の調胃承気湯(134)など強い下剤効果のある処方との併用は避けるのが無難です。
- 利尿剤との併用:フロセミドなどの利尿薬を使用中の方は注意が必要です。大黄牡丹皮湯自体には甘草は含みませんが、瀉下作用による水分・電解質喪失が加わると低カリウム血症を助長する恐れがあります。利尿剤やステロイド剤を服用中の場合は医師が慎重に経過を見守ります。
- 甘草含有製剤との併用:大黄牡丹皮湯に甘草は入っていませんが、もし他に甘草を含む漢方薬(例:防風通聖散(62)や甘草湯(107)など)を併用している場合、カリウム代謝への影響が累積しやすくなります。長期併用で浮腫や高血圧など偽アルドステロン症が起こるリスクが高まるため注意してください。
- 抗凝血剤・抗血小板剤との併用:ワルファリンや抗血小板薬を服用中の方は念のため注意します。桃仁・牡丹皮などの生薬には血行促進や抗血栓作用があるため、理論上はこれらの薬の作用を強める可能性があります。実際に重篤な相互作用の報告は多くありませんが、出血傾向の有無を経過観察するなど慎重に対応します。
- その他の薬剤との時間差投与:厳密な禁忌ではありませんが、本処方の瀉下作用により腸管運動が活発になると他の薬剤の吸収が低下する可能性があります。効果を十分得るために、西洋薬やサプリメント類は本処方の服用と1時間程度ずらして飲むなどの工夫が推奨されます。
含まれている生薬の組み合わせと選定理由
大黄牡丹皮湯(33)には5種類の生薬が含まれており、それぞれに明確な役割があります。以下に構成生薬と、その生薬が選ばれている理由・役割を解説します。
- 大黄(ダイオウ):ショウヨウダイオウなどの根茎。強力な瀉下作用を持ち、腸内の熱と便秘を一気に排除します。また瘀血を散らす作用もあり、瘀血による痛みや腫れを改善します。本処方の中心となる生薬で、腹部の熱毒(炎症の元)を体外に排出する要です。
- 牡丹皮(ボタンピ):ボタン(牡丹)の根皮。清熱涼血作用(血の熱を冷ます)と活血化瘀作用(血行を良くする)を持ちます。炎症による腫れや熱感を和らげ、滞った血流を改善して痛みを軽減します。大黄とともに用いることで熱を冷ましつつ炎症による痛みを抑える働きを発揮します。
- 桃仁(トウニン):モモの種子(杏仁に似た生薬)。活血作用により血の滞りを除き、下腹部の血瘀による痛みを緩和します。また油分を含むため緩下作用(緩やかな便通促進)もあり、大黄の瀉下を補助しつつ血行改善に寄与します。月経不順や月経痛への適応は、この桃仁の作用によるところが大きいです。
- 冬瓜子(トウガシ):冬瓜(とうがん)の種子。清熱排膿作用を持ち、体内にこもった膿や余分な水分を排出します。腸の中の膿を出す効果があるため、腸炎や虫垂炎などの化膿性の下腹部痛に適しています。また種子由来の油分が腸を潤し、大黄と芒硝の強い瀉下で腸が荒れすぎないようにフォローする役割も担っています。
- 芒硝(ボウショウ):硫酸ナトリウム(天然の鉱物塩)で、粉末状の塩の結晶。瀉下と消炎の効果があります。腸管内に水分を引き込んで便を柔らかくし、大黄と相乗的に作用して速やかに排便を促します。また硬くなったしこりを軟らかくする作用も期待でき、腸内の膿や腫物を縮小させるのに寄与します。伝統的に芒硝は他の生薬を煮出した後に後入れして溶かすことで、その効果を損なわないよう調整されてきました。
以上のように、強力な下剤成分(大黄・芒硝)によって腸の熱毒を排泄し、血行を改善する生薬(牡丹皮・桃仁)で炎症と瘀血を治療し、さらに膿を出す生薬(冬瓜子)で化膿を収めるという組み合わせになっています。それぞれの生薬が互いに補完し合い、下腹部の炎症・うっ血・便秘を同時に解消する処方となっているのです。
大黄牡丹皮湯にまつわる豆知識
漢方の処方としての大黄牡丹皮湯に関する興味深い知識をいくつかご紹介します。
- 歴史的背景:大黄牡丹皮湯は漢代の医聖・張仲景(ちょうちゅうけい)が著した『金匱要略(きんきようりゃく)』に収載されています。古典では「腸癰(ちょうよう)」という腸内の化膿性疾患(現在でいう虫垂炎に相当)の初期に用いる処方として記載されています。張仲景は、膿がまだ固まっていない段階では瀉下して瘀血を出すべしとし、この方剤を用いました。しかし、膿が既に溜まってしまった場合(重症化した場合)は瀉下は禁忌とされ、古代中国においても症状の進み具合で使い分けていたことがわかります。
- 生薬に関する豆知識:処方名に含まれる牡丹皮はボタンの花の根皮ですが、ボタンの花自体は古来より観賞用として親しまれ、「百花の王」と称される高貴な花です。その美しい花とは裏腹に、その樹皮部分が薬として炎症を抑えるのに役立っている点は興味深いでしょう。また大黄はその名のとおり黄色い色素を含み、漢方薬としてだけでなく染料としても歴史的に利用されてきました。シルクロードを経てヨーロッパにも伝わり、中世には中国産の大黄が貴重な生薬・染料として取引された記録もあります。
- 味と匂い:大黄牡丹皮湯の煎じ液は独特のにおいがあり、味はやや酸味を帯びています。これは配合生薬(特に冬瓜子や桃仁)の成分によるものと言われ、他の苦い漢方薬とは少し異なる風味です。エキス顆粒製剤でも服用時にわずかな酸味を感じることがあります。また、大黄の成分により服用後の便が黒っぽくなったり、尿が黄染することがありますが、これは薬効成分によるもので心配は要りません(ただし黒色便が長期間続く場合や体調不良を伴う場合は医師に相談してください)。
まとめ
以上、大黄牡丹皮湯についてその効果や特徴、副作用などを解説しました。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。