越婢加朮湯の効果と適応症
越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)は、漢方の古典『金匱要略』にも記載される処方で、熱(炎症)を冷ましながら体内の余分な水分をさばく効果があります。具体的には、関節の熱感・腫れ・痛みを発散させたり、身体のむくみ(水分滞留)を改善したりする作用があります。いわゆる「水毒(すいどく)」と呼ばれる余分な水分が体に溜まった状態や、炎症による腫れを伴う症状によく用いられます。
越婢加朮湯が適応となるのは、比較的体力があり、熱感を伴うむくみや炎症が見られるタイプの方です。例えば次のような特徴があればこの処方が合いやすいです。
- 体にむくみがあるが、発熱したように部分的に熱っぽい(関節や皮膚が熱を帯び赤く腫れる 等)
- 口が乾きやすく、冷たい水を好む
- 汗は出るが尿量が少ない(水分がうまく排泄されていない)
- 鼻の粘膜が赤く腫れている(炎症や充血のサイン)
上記のような、「熱をもち、水分代謝が滞った状態」に越婢加朮湯は効果的です。逆に言えば、熱症状もなく冷えが強い人や、極度に体力の落ちた人には基本的に使いません。適応となる代表的な疾患については次章で説明します。
よくある疾患への効果
越婢加朮湯はその作用特性から、現代の臨床では以下のようなさまざまな疾患・症状の改善に応用されています。
- 関節リウマチ:関節の腫れや熱感・痛みの緩和を目的に用いられます。関節の炎症を鎮め、腫れを引かせる補助的な効果があります(※ただし西洋医学的治療の併用が前提)。
- 変形性関節症:関節に炎症所見(熱っぽさ・腫脹)があるタイプの関節症に用いると、痛みの軽減や関節の可動域改善に寄与する報告もあります。
- 腎炎・ネフローゼ:体内に水分が滞留しやすい腎臓の病気で、むくみや尿量減少を伴う場合に、利尿を促して浮腫を改善します。
- リンパ浮腫:手術後などに起こるリンパ液の鬱滞によるむくみに対し、水分代謝を高めて腫れを和らげる目的で使われることがあります。
- 湿疹・皮膚炎:患部が赤く腫れて熱をもつような急性の湿疹(かゆみを伴う湿疹や蕁麻疹など)で、炎症と浮腫を鎮めるために処方されることがあります。
- 花粉症・アレルギー性鼻炎:鼻粘膜の強い腫れや充血で鼻づまりが酷いケースに用いられます。小青竜湯(19)で改善しない熱っぽい鼻炎(粘膜が赤く乾きがちなタイプ)の鼻通りを良くします。
- 痛風発作:足の関節(母趾など)が赤く腫れて熱をもつ痛風の急性発作に対し、炎症と腫れを鎮める補助として用いることがあります。
- 帯状疱疹の初期:皮膚が赤く腫れて痛む帯状疱疹に早期に併用すると、炎症を抑え神経痛の軽減を図る試みも報告されています。
- 夜尿症(おねしょ):小児の夜尿症で体力があり汗っかきなタイプの場合、水分循環を整える目的で処方されることがあります。
- 脚気(かっけ):脚気とはビタミンB₁欠乏によるむくみ・神経症状の病気ですが、漢方的にはむくみの一種として越婢加朮湯の適応に含まれます(現在はビタミン補充療法が主体です)。
以上のように、越婢加朮湯は「炎症による腫れ」と「水分滞留」双方がある症状に幅広く使われる漢方薬です。
ただし、病態により適切な治療法は異なります。例えば心不全が原因のむくみには、この処方はかえって負担となるため使えません(後述する禁忌)。患者さん個々の状態に合わせ、必要に応じて西洋薬と併用しながら用いることが大切です。
類似する漢方薬との使い分け
むくみや炎症に用いる他の漢方薬と越婢加朮湯(28)の違いを押さえておきましょう。
症状や体質(証)に応じて、以下のような処方と使い分けられます。
- 防已黄耆湯(20):同じくむくみに使われる処方ですが、こちらは汗が出やすく比較的体力の低下した人の水太りに適します。体表の水分調整を整えつつ、黄耆によって気力を補う処方です。熱感を伴う炎症がある場合は越婢加朮湯を用い、冷えや虚弱が強く汗ばむむくみには防已黄耆湯を選ぶなど区別します。
- 五苓散(17):体内の余分な水分を排出する代表的な処方です。特にめまい、嘔吐、下痢、尿量減少など水分滞留による様々な症状に幅広く用います。越婢加朮湯が「炎症+むくみ」に用いるのに対し、五苓散は炎症の有無を問わず水分バランスの崩れ全般に用いる点が異なります(例:暑気あたりや頭痛、飲み過ぎによるむくみなど)。発熱やのぼせを伴う場合は越婢加朮湯の方が適しています。
- 真武湯(30):むくみへの処方ですが、冷えと虚弱(陽気不足)による慢性的なむくみに使われます。体を温め水分代謝を上げる処方で、腎機能低下によるむくみや下痢を伴うようなケースに適します。体が冷えてむくむ人には真武湯、体が熱っぽく腫れる人には越婢加朮湯、と体質に合わせて使い分けます。
- 小青竜湯(19):鼻水・気管支喘息など水っぽい分泌物が多いタイプのアレルギーに用いる処方です。くしゃみ・鼻水が透明で止まらないような花粉症には小青竜湯が第一選択になります。一方、鼻づまり中心で粘膜が赤く腫れる花粉症には越婢加朮湯が向きます。このように、同じアレルギー性鼻炎でも症状の質(冷えによる水様分泌か、熱による充血か)で処方を選びます。
この他にも、例えば麻黄湯(27)との違いとして、麻黄湯は汗の出ていない寒気のある初期感冒に使うのに対し、越婢加朮湯は汗が出ている熱証の炎症に使う、といった使い分けがあります。漢方処方は患者さん一人ひとりの「証」によって選択されるため、症状が似ていても体質に応じて処方が異なることを覚えておきましょう。
副作用や「証」が合わない場合の反応
漢方薬にも副作用は存在します。越婢加朮湯は比較的作用が強い生薬(麻黄や甘草など)を含むため、体質に合わない人や不適切な使い方をした場合、副作用や体調悪化を招く可能性があります。特に注意すべき主な副作用・症状は以下のとおりです。
- 偽アルドステロン症:甘草(カンゾウ)の長期多量使用で起こり得る副作用です。血中のカリウムが低下し、血圧上昇、むくみの悪化、体重増加などが見られます。手足の脱力感やこむら返り(脚がつる)が生じた場合、この症状の可能性があります。
- 低カリウム血症による筋力低下(ミオパチー):上記偽アルドステロン症が進行すると、筋肉の力が入らなくなるミオパチーを発症することがあります。全身の脱力や四肢のしびれ・麻痺が現れた場合、服薬を中止しカリウム補正などの対応が必要です。
- 心悸亢進・血圧上昇:麻黄(マオウ)に含まれるエフェドリン様成分の作用で、心臓がドキドキしたり血圧が上がったりすることがあります。動悸、不整脈、のぼせ、不眠、興奮などが強く出た場合は注意が必要です。特に心臓病や高血圧のある方ではこうした症状が出やすいため、細心の注意が払われます。
- 過度の発汗・脱水:もともと汗かきの傾向が強い方に越婢加朮湯を用いると、発汗作用が過剰に働きすぎて汗が止まらなくなることがあります。大量の発汗は脱水症や倦怠感の原因となります。めまいや力が入らない感じがしたら医師に相談してください。
- 消化器症状:胃腸の弱い方では、生姜や甘草が入っていても麻黄の刺激で胃もたれ・食欲不振、吐き気、ゆるい便などが生じることがあります。服用後に明らかな食欲減退や下痢などが続く場合は中止を検討します。
これら副作用は、証に合っていない場合や、体力の無い方に無理に使用した場合に起こりやすくなります。思ったような効果が出ないばかりか、むしろ症状が悪化するような兆候があれば、自己判断で続けず担当医に相談しましょう。
漢方薬は「効けば副作用は少ない」が「効かない時は何かズレているサイン」という面があります。適切に使えば安全性の高い薬ですが、油断せず体調の変化に注意を払いながら服用することが大切です。
併用禁忌・併用注意の薬剤
越婢加朮湯を服用する際、他のお薬との飲み合わせにも注意が必要です。漢方薬だからといって他の薬と必ずしも安全とは限りません。以下に併用注意・禁忌となる主な薬剤や成分を挙げます。
- 麻黄を含む漢方薬、その他の漢方薬:越婢加朮湯は1日量のうちに麻黄エキス6.0gを含んでいます。これは既に1日に摂取可能な麻黄の最大量に近い数字です。麻黄を含むその他の漢方薬(小青竜湯(19)など)を同時に摂取すると動悸や不眠などの副作用が強く表れる可能性があります。
その他の漢方薬でも思わぬ副作用が出てしまう恐れがあるため、他の漢方薬との併用は充分注意してください。どうしても併用する必要がある場合は漢方医へ相談してください。
- 利尿薬(フロセミドなどの尿を出す薬)との併用:両方とも水分を排泄させる作用があり、特にカリウムを失わせる点で重複します。低カリウム血症による不整脈など副作用が出やすくなるため注意が必要です。
- ステロイド剤(プレドニゾロンなど副腎皮質ホルモン)との併用:ステロイドも電解質バランスを崩しやすく、甘草との併用で低カリウム・高血圧のリスクが増します。また血糖上昇や浮腫など共通の副作用が悪化する可能性があります。
- 強心薬・不整脈治療薬(ジギタリス製剤 等)との併用:甘草によるカリウム低下は強心配糖体の副作用(ジギタリス中毒)を増強する恐れがあります。心疾患でこれらのお薬を飲んでいる方は越婢加朮湯の使用自体を慎重に判断します。
- 交感神経刺激作用のある薬剤:エフェドリンやアドレナリン作動薬(気管支拡張薬、鼻づまり用の内服薬など)を使用中の場合、麻黄の作用が重なり心臓への負担が過度になる可能性があります。動悸や血圧上昇を招くリスクが高くなるため併用は注意が必要です。
- MAO阻害薬(一部の抗うつ薬)との併用:麻黄のエフェドリン類とMAO阻害薬の併用は、高血圧発作など重篤な相互作用を起こす可能性があります。このため併用禁忌とされ、同時に使用してはいけません。抗うつ薬を服用中の方は必ず医師に伝えてください。
- その他:カフェインを多量に含む飲料やサプリメントとの併用も、交感神経刺激が重なり不眠・動悸につながることがあるので注意しましょう。グリチルリチン(甘草)成分を含むシロップ剤や食品との多量併用も避けた方が無難です。
以上のように、現在治療中のお薬やサプリメントがある場合は、越婢加朮湯を開始する前に医師・薬剤師に必ず伝えましょう。特に持病でお薬を飲んでいる方は自己判断で漢方を追加せず、専門家の指導のもと安全に漢方治療を取り入れることが大切です。
含まれている生薬の組み合わせと選ばれている理由
越婢加朮湯は6つの生薬から構成されています。それぞれが役割を持ち、お互いに作用を補い合うことで効果を発揮しています。なぜこの組み合わせなのか、生薬ごとの役割を見てみましょう。
- 麻黄(まおう) … 発汗を促し、体表の余分な水分を発散させます。また気管支を拡げて喘息を鎮める効果や、炎症を抑える作用も持つ生薬です。本処方では麻黄の発汗作用で腫れの原因となる水分・熱を体表から追い出すことを狙います。ただし麻黄単独では発汗過多になりがちなため、次の石膏との組み合わせでその作用バランスをとっています。
- 石膏(せっこう) … 石膏は硫酸カルシウムからなる鉱物生薬で、強い清熱作用(熱を冷ます効果)を持ちます。発熱感やのどの渇きなど体内の余分な熱を冷まし、炎症を鎮めます。越婢加朮湯では石膏を加えることで麻黄の発汗作用を穏やかにし、汗ではなく尿として水分を出す方向に導きます。麻黄と石膏の組み合わせにより「熱を冷ましつつ水分代謝を促進する」という本処方の核となる作用が生まれます。
- 蒼朮/白朮(そうじゅつ/びゃくじゅつ) … 朮(じゅつ)と読む生薬で、漢方では蒼朮と白朮の2種類があります(製剤によって用いる方が異なりますが効果は類似)。いずれも脾(消化機能)を助け、水分を捌く作用があり、体の余分な水を排出させる利水薬です。越婢加朮湯の名の「加朮」とは「朮を加える」の意で、元になった越婢湯に朮を追加したことを示します。朮の追加によって、むくみを取る効果(水はけ効果)を一層高めているのが特徴です。
- 生姜(しょうきょう) … 胃腸を温めて消化機能を整え、他の生薬の吸収を助ける役割があります。発汗・利尿で体を冷ましがちな処方中で、生姜は体を内側から温めて冷やしすぎを防止します。また解表作用(外邪を散らす働き)も持ち、風邪の初期などに使われる生姜ですが、本処方では主に消化促進と調和のために配合されています。
- 大棗(たいそう) … ナツメの実(棗=なつめ)です。甘味があり、脾胃を補い消化を助ける生薬です。気を補って体力をつける作用や、神経を落ち着かせる作用もあります。本処方では甘味による調和作用で、麻黄や石膏のような強い生薬から胃腸を守り、全体のバランスをとる役割です。生姜と組み合わせることで胃腸機能を保護しつつ、生薬の消化吸収を高めてくれます。
- 甘草(かんぞう) … 甘草の根は非常に甘みが強く、「天然の甘味料」としても用いられてきた生薬です。漢方では緩和・調和作用を持ち、他の生薬の毒性を和らげたり、痙攣を抑えたり、胃粘膜を保護したりします。越婢加朮湯でも、麻黄の刺激を和らげ生姜や大棗とともに胃腸を守る役割です。また抗炎症作用も持つため、炎症を鎮める助けにもなります。ただしカリウム排泄を促す作用があり、前述のように長期多量使用で偽アルドステロン症に注意が必要な生薬でもあります。
これら6つの生薬が組み合わさることで、越婢加朮湯は「熱を冷まし、水をさばく」主作用と「胃腸を守り、全体を調和する」裏方の作用が両立しています。
麻黄・石膏・朮が主役として炎症と水滞を改善し、生姜・大棗・甘草が脾胃を支えて副作用を抑えるというバランスで成り立っているのです。古方ならではの絶妙な配合バランスが、現代にも受け継がれています。
越婢加朮湯にまつわる豆知識
最後に、越婢加朮湯に関するいくつかの豆知識をご紹介します。
- 歴史的背景:冒頭でも触れたように、越婢加朮湯は中国・漢代の医書『金匱要略(きんきようりゃく)』にその名が見える古典処方です。著者の張仲景(ちょうちゅうけい)は傷寒論などでも有名な漢方医学の祖で、この処方も約1800年前から伝わっています。
当時は「越婢湯(えっぴとう)」という処方(麻黄・石膏・生姜・甘草・大棗)に朮を加えてむくみへの効果を高めた形で記載されました。「越婢(えっぴ)」という名前の由来には諸説ありますが、一説には「越国(古代中国の一地方)の婢(召使い)」を意味し、出典となった古医書の編纂過程で付けられた名と言われます。名前の由来はともかく、長い歴史の中で受け継がれてきた処方であることは間違いありません。
- エキス剤の飲み味:越婢加朮湯はエキス顆粒(粉薬)として処方されることが多いです。その味はやや甘く、後味に軽い渋みがあります。甘草・大棗由来の甘さがありますが、石膏など鉱物系の生薬が入っているためか、少し粉っぽい渋みを感じる人もいます。
ただし決して強い苦味やクセのある味ではなく、漢方薬の中では比較的のみやすい方でしょう。お湯に溶かすと石膏が沈殿しやすいので、攪拌しながら飲むと最後まで均一な味で飲めます。どうしても飲みにくい時は、蜂蜜を少し加えるなど工夫するとよいでしょう。
- 生薬に関するトリビア:越婢加朮湯に含まれる生薬には興味深い特徴があります。例えば、石膏は鉱物ですが、成分の硫酸カルシウムは現在チョーク(白墨)やギプス、建材の石膏ボードにも使われており、私たちの身近に存在しています。麻黄から発見されたエフェドリンは、西洋医学の発展の中で気管支喘息の治療薬や一時期は興奮剤として利用された歴史があります(現在は乱用防止のため麻黄そのものの市販制限があります)。
甘草は「リコリス」として知られ、世界最古の甘味料とも言われます。古代エジプトでも甘味として使われ、日本でも江戸時代には甘草飴が売られていた記録があります。漢方の生薬は薬としてだけでなく、こうした歴史的エピソードや他分野での利用もあり、知ると興味深いものです。
まとめ
越婢加朮湯(28)は、熱を伴うむくみや炎症に対応する伝統ある漢方処方です。関節リウマチや花粉症から腎炎まで幅広く応用されますが、患者さんの体質(証)に合った時にこそ真価を発揮します。反対に証に合わなければ効果が乏しく、副作用のリスクも出てきます。今回ご紹介したように、効果・適応、他の処方との違い、副作用リスクなどを理解することは、安全かつ有効に漢方を使う上でとても重要です。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。