桂枝加竜骨牡蛎湯(ツムラ26番):ケイシカリュウコツボレイトウの効果、適応症

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桂枝加竜骨牡蛎湯の効果・適応症

桂枝加竜骨牡蛎湯は、ストレスや神経の高ぶりを鎮めて不安を和らげ、睡眠の質を改善する漢方薬です。体力が中等度以下で疲れやすく、ちょっとしたことでも緊張しやすい方に向いています。古くから神経症(不安やイライラ)、不眠症、神経衰弱(疲労しやすくメンタルが落ち込みやすい状態)などの改善に用いられてきました。また、小児の夜泣き(夜間の異常な泣き叫び)や夜尿症(おねしょ)といった症状、さらにはストレスによる性機能低下(いわゆる「性的神経衰弱」、男性の勃起不全や遺精)にも効果があるとされています。

この処方名が示す通り、基本の「桂枝湯」に竜骨(りゅうこつ)と牡蛎(ぼれい)という生薬を加えた組み合わせです。桂枝湯が持つ体のバランスを整える効果に、竜骨・牡蛎の精神を安定させる作用がプラスされることで、興奮しやすい神経を落ち着かせて心身の緊張を和らげます。その結果、不安感やイライラを鎮め、気持ちを穏やかにしてくれるのです。漢方医学では「気逆(きぎゃく)」(気が上ずって落ち着かない状態)を改善する処方の一つとされ、特に下腹部の筋肉がこわばるような緊張があり、比較的虚弱な体質の方に合うと言われます。

よくある疾患への効果

桂枝加竜骨牡蛎湯が現代でよく用いられる症状・疾患として、次のような例が挙げられます。

  • 不眠症:神経が高ぶって寝つきが悪い、眠りが浅くてすぐ目が覚めてしまう、といった不眠の症状を改善します。夢をよく見る、嫌な夢で途中で起きるといった場合にも用いられ、睡眠の質を高めてくれます。
  • 不安神経症・パニック障害:漠然とした不安感や緊張、焦燥感が続く神経症状に効果があります。動悸(ドキドキ)や息苦しさを伴うパニック発作を起こしやすい方に対して、気持ちを落ち着けて過剰な動揺を和らげる手助けをします。
  • 自律神経失調症:ストレスにより自律神経のバランスが乱れ、胃腸の不調やめまい、動悸など身体症状が出るケースにも用いられます。桂枝加竜骨牡蛎湯は自律神経の乱れに伴う精神不安や緊張を緩和し、身体症状の改善にもつながります。
  • 子どもの夜泣き・夜尿症:乳幼児が夜中に理由なく激しく泣く「夜泣き」や、小学生くらいまでのお子さんのおねしょ(夜尿)に対して処方されることがあります。子どもの未熟な神経を安定させ、夜間にぐっすり眠れるようサポートします。
  • ストレスによる勃起不全:精神的ストレスや緊張が原因で起こる男性機能の不調(いわゆる心因性のED)にも適する場合があります。神経の興奮を鎮める作用により、リラックスを促して本来の性機能を発揮しやすくします。古くは「性的神経衰弱」と呼ばれた、ストレスによる性欲減退や遺精にも用いられてきました。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

不安や不眠など類似の症状に対しては、桂枝加竜骨牡蛎湯以外にもいくつかの漢方薬が用いられます。それぞれ得意とする体質や症状の違いがあるため、以下に代表的な処方との使い分けポイントをまとめます。

柴胡加竜骨牡蛎湯(12)

柴胡加竜骨牡蛎湯(12)は、桂枝加竜骨牡蛎湯と名前が似ていますが、含まれる生薬が大幅に異なります。柴胡(さいこ)や黄芩(おうごん)などを含むため、比較的体力がありストレスによる胸部の張りや便秘傾向がある「実証」の人に向く処方です。動悸、不眠、不安に加え、胸のあたりがつかえてイライラが強い場合や、高ぶった神経に伴って便秘や腹部膨満感を伴うようなケースでは柴胡加竜骨牡蛎湯が選ばれます。
一方、桂枝加竜骨牡蛎湯は体力があまり無く疲れやすい「虚証」の人向きですので、体質に応じて使い分けられます。

抑肝散(54)

抑肝散(54)は、怒りっぽさや神経の高ぶりを抑えることを目的とした処方です。本来は小児の夜泣きや癇の虫(かんのむし:夜間の激しい泣きや神経過敏)に対する薬として生まれましたが、現在では認知症に伴う興奮やイライラの軽減にも広く用いられています。
桂枝加竜骨牡蛎湯と同様に不安や不眠に使われることがありますが、抑肝散は比較的体力がありイライラが前面に出る場合に適します。反対に桂枝加竜骨牡蛎湯は不安感や疲労感が強く、怒りよりも心配や緊張が主体のケースに向く、といった使い分けがなされます。

半夏厚朴湯(16)

半夏厚朴湯(16)は、ストレスで喉に詰まりや違和感を感じるような症状(梅核気)に用いられる処方です。不安や緊張で「喉がつかえる」「ため息が出る」といった神経症状に効果があります。桂枝加竜骨牡蛎湯と比較すると、精神不安というより抑うつ感やヒステリー球(喉の違和感)があるケースに向いています。
体力中等度程度の人に使われ、神経の高ぶりというよりは気分の落ち込みや緊張による身体症状が目立つ場合に半夏厚朴湯が選択されます。

甘麦大棗湯(72)

甘麦大棗湯(72)は、たった三味(生薬3種)から成るシンプルな鎮静系の漢方薬です。甘草・小麦・大棗のみで構成され、感情の不安定さを穏やかにする作用があります。些細なことで驚いたり泣き出したりする小児や、精神的に不安定な女性に古くから用いられてきました。
桂枝加竜骨牡蛎湯と比べると処方内容が非常に軽く、体力虚弱で眠れない・情緒不安定といった場合の第一選択となることもあります。反対に甘麦大棗湯では作用が穏やかすぎる場合には、桂枝加竜骨牡蛎湯のようにもう少し構成生薬の多い処方に切り替えて対応します。

酸棗仁湯(103)

酸棗仁湯(103)は、不眠症状の改善に特化した処方です。眠りを深める酸棗仁(さんそうにん)という生薬を主体とし、神経を落ち着かせる川芎(せんきゅう)や知母(ちも)などが含まれます。心身が疲れているのに神経が高ぶって眠れない場合に適し、寝つきを良くし途中で目覚めにくくする効果があります。
桂枝加竜骨牡蛎湯が不安やイライラを中心に改善するのに対し、酸棗仁湯はとにかく睡眠をしっかりとらせたい時に用いる処方と言えます。ただし酸棗仁湯は体力の無い虚弱な人向けで、胃腸が弱い人にはやや重たい生薬(脂肪分を含む酸棗仁)を含むため、胃もたれする場合は桂枝加竜骨牡蛎湯など他の処方を用いることになります。

副作用や証が合わない場合の症状

漢方薬も西洋薬と同様に副作用が生じる可能性があります。桂枝加竜骨牡蛎湯は比較的マイルドな処方ですが、含まれる生薬に由来する注意点があります。また、患者さんの体質(証)に合わない場合は効果が出ないばかりか体調が悪化することもあるため、以下の点に留意が必要です。

  • 偽アルドステロン症(甘草):桂枝加竜骨牡蛎湯に含まれる甘草(カンゾウ)の大量長期使用により、血圧上昇やむくみ、低カリウム血症による脱力感などが起こることがあります。特に利尿剤やステロイド剤を併用している場合、これらの症状が出やすくなるため注意が必要です。筋力低下や手足のしびれなどを感じた場合は服用を中止し、医師に相談してください。
  • 証に合わない場合:桂枝加竜骨牡蛎湯は虚弱な方向きの処方です。そのため、がっしりした体格で顔色もよく体力が充実している方(実証)が服用しても十分な効果が得られないばかりか、かえって胃もたれや倦怠感などの不調を招くことがあります。また、本来この処方が適さないタイプの不眠(例えば胃が火熱により寝られないようなケース)では効果が乏しく、別の漢方薬を選ぶ必要があります。服用後にいつもと違う体調不良を感じた場合には、無理に飲み続けず専門家に相談しましょう。

併用禁忌・併用注意な薬剤

桂枝加竜骨牡蛎湯を含め漢方薬を服用する際は、他の薬剤との相互作用にも配慮が必要です。特に以下のような薬を飲んでいる場合は注意しましょう。

  • 利尿剤:フロセミドなどの利尿薬と甘草(カンゾウ)含有漢方の併用は、低カリウム血症を引き起こしやすくなります。重度の低カリウム状態は不整脈の原因ともなるため、利尿剤を服用中の方は漢方医にその旨を伝え、必要に応じて血液検査で電解質のチェックを受けてください。
  • 副腎皮質ステロイド:プレドニゾロンなどステロイド薬と甘草含有漢方を併用すると、ステロイドの持つナトリウム貯留・カリウム排泄作用が増強され、高血圧や浮腫をきたしやすくなります。ステロイド治療中に漢方を追加する場合は、甘草の量が少ない処方を選ぶか、経過中に血圧や電解質に注意する必要があります。
  • 強心配糖体(ジギタリス製剤):心不全治療薬のジゴキシン等を内服中に甘草含有処方を併用すると、低カリウム血症により強心配糖体の毒性が現れやすくなる可能性があります。不整脈や吐き気など異常を感じた場合は速やかに主治医に相談しましょう。
  • その他の漢方薬:市販薬で売られている胃腸薬や風邪薬にも甘草が含まれていることがあります。複数の漢方製剤を自己判断で同時に服用すると、知らずに甘草やその他成分を重複摂取してしまう恐れがあります。特に長期間服用する場合は、併用する漢方同士の成分が重ならないよう専門家の指示に従ってください。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

桂枝加竜骨牡蛎湯は全部で7種類の生薬から構成されています。それぞれの生薬が役割を持ち、お互いに作用を補完し合うことで全体として効果を発揮しています。桂枝湯(桂枝・芍薬・生姜・甘草・大棗)をベースに、そこへ竜骨牡蛎が加えられています。以下に主な生薬とその役割を解説します。

  • 桂皮(けいひ) – シナモンの樹皮。血行を促進して体を温め、緊張をほぐします。発汗を促す働きもあり、自律神経を調整する効果があります。
  • 芍薬(しゃくやく) – シャクヤクの根。筋肉のこわばりや痛みを和らげ、神経の高ぶりを抑えます。桂皮とともに血行を改善しつつ、興奮した筋肉を鎮める役割です。
  • 甘草(かんぞう) – カンゾウ(甘草)の根。甘味成分が胃腸を保護し、他の生薬の調和剤として働きます。筋肉の痙攣を緩める作用もあり、イライラを鎮めるのに寄与します。ただし過剰に摂ると前述の副作用に注意が必要です。
  • 生姜(しょうきょう) – ショウガの根茎。胃腸の働きを整え、冷えを改善します。身体を内側から温めることでリラックス効果を高め、生薬同士の消化吸収を助ける役割も担います。
  • 大棗(たいそう) – ナツメの実。胃腸を丈夫にし、気力や血を補います。ほんのり甘い風味で精神を安定させる効果もあり、不安感を和らげます。
  • 竜骨(りゅうこつ) – 龍の骨と書きますが、古代の哺乳類などの化石化した骨です。カルシウムを多く含む重たい生薬で、鎮静作用があります。気持ちを落ち着かせ、不安で浮ついた「気」を下げて安定させます。また、余分な汗や尿などを抑える収斂作用も持ち、夜間頻尿や寝汗の改善にも役立ちます。
  • 牡蛎(ぼれい) – カキ(牡蠣)の貝殻。竜骨と同様にカルシウム主体の重鎮安神薬で、精神を安定させる働きがあります。のぼせやすく興奮気味の状態を鎮め、竜骨とペアで心身をしずめる効果を発揮します。また、体液の漏出(寝汗や遺精など)を防ぐ作用があり、古来より虚弱な人の失禁や遺精に用いられてきました。

このように、桂枝加竜骨牡蛎湯は体のバランスを整える桂枝湯に心を鎮める竜骨・牡蛎を加えた処方です。興奮しやすい心と虚弱な体を同時にケアする工夫がされており、不安定な状態にある心身全体の調和を図ります。

桂枝加竜骨牡蛎湯にまつわる豆知識

最後に、桂枝加竜骨牡蛎湯に関する興味深い知識やエピソードをご紹介します。

  • 歴史的背景:この処方は中国漢代の医書『金匱要略(きんきようりゃく)』に記載されています。著者である医聖・張仲景(ちょうちゅうけい)は、体力が落ちて下腹部が張り、男性では精を漏らしやすく女性は性的な夢を見るような虚弱者の治療に桂枝加竜骨牡蛎湯を用いました。当時から「虚労」(体も心も疲弊した状態)を改善し、心身の安定を取り戻す薬として重宝されたのです。
  • 名前の由来:名称が示す通り、「桂枝湯」に竜骨と牡蛎を加えた湯(煎じ薬)という意味です。竜骨・牡蛎はいずれも龍や牡蠣から採れる動物由来薬ですが、竜の骨は想像上の名前で実際には地中から発掘された哺乳類の化石です。古来、これらが配合されることで「龍のような力強さと牡蛎の殻のような安定感を与える」とも言われ、虚弱で不安定な状態をしっかりと支える処方というイメージにつながっています。
  • 味や香り:桂皮や生姜を含むため、香りはほのかにシナモン・ショウガのスパイシーさがあります。甘草と大棗の甘みも相まって、漢方薬の中では比較的飲みやすい風味です。ただし、竜骨と牡蛎が入っている関係で、煎じ薬では若干粉っぽい舌触りになることがあります。エキス顆粒剤ではそのざらつきは感じませんが、成分上カルシウムが多いため、飲んだ後に水をしっかり摂ると良いでしょう。
  • 現在の利用:桂枝加竜骨牡蛎湯はツムラなど各社からエキス顆粒剤(即席煎じ薬)が市販されており、番号ではツムラ26番として知られます。ドラッグストアでも第2類医薬品として購入可能で、不眠やストレス緩和のセルフケアに使われることもあります。ただし、誰にでも合うわけではないため、自己判断で長期間服用するのは避け、効果が不十分な場合は医師に相談してください。近年では、桂枝加竜骨牡蛎湯の成分が認知症の周辺症状や睡眠障害に有用ではないかといった研究も行われており、古い処方ながら現代でも新たな応用が模索されています。

まとめ

桂枝加竜骨牡蛎湯(26)は、心身のバランスを整え、不安や不眠を改善する伝統的な漢方薬です。同じ不調でも体質によって適切な処方は異なるため、症状だけでなく「証」に着目して薬を選ぶことが重要となります。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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