加味逍遙散の効果・適応症
加味逍遙散(かみしょうようさん)は、漢方の古典「逍遙散」に2つの生薬を加えた処方で、主に女性の心身の不調全般に幅広く用いられる漢方薬です。とくに更年期や月経周期に関連したイライラ、不安、不眠などの精神症状から、肩こり、ほてり、発汗、冷え性、疲れやすさなど原因がはっきりしない様々な不定愁訴の改善に効果があります。
比較的体力が低下している方(中等度以下)で、血色が悪かったり疲労しやすい一方、のぼせ感や肩こりがあり、情緒不安定で「イライラするけれど落ち込みやすい」ような矛盾した症状を併せ持つケースに適しています。この処方名にある「逍遙」は「ぶらぶらと自由に歩く」という意味で、ストレスから解放されて心身が軽くなるイメージを表しています。まさに名のとおりストレスの発散と血の補給によって心身を軽くし、様々に移り変わる症状を緩和するのが加味逍遙散の特徴です。
加味逍遙散は、日本では「産婦人科三大漢方薬」の一つに数えられます(他の二つは当帰芍薬散と桂枝茯苓丸です)。これは、月経異常や更年期障害など女性特有の不調によく使われ、ホルモンバランスの乱れに伴う幅広い症状に対応できるためです。また自律神経失調症状にも応用され、現代医学的にはホルモンの変動やストレスによる精神神経症状の改善に効果が期待されています。
よくある疾患への効果
加味逍遙散が特によく用いられる代表的な症状・疾患と、その効果は次のとおりです。
- 更年期障害:女性の更年期にみられるほてり(ホットフラッシュ)、発汗、動悸、のぼせと同時に起こるイライラ感、不安感、不眠などを緩和します。ホルモン補充療法に比べ副作用が少なく、精神面・肉体面の両方に作用するため、更年期の心身の不調改善にしばしば処方されます。
- 月経前症候群(PMS):生理前の情緒不安定、怒りっぽさ、憂うつ感や不安感などを和らげます。加味逍遙散は「気」の巡りを良くし「血」を補うことでホルモンバランスの変動による精神症状を整えるため、生理前のイライラや気分の落ち込みに効果的です。あわせて、むくみや軽い頭痛などPMSに伴う身体症状の改善も期待できます。
- 月経不順・月経困難症:ストレスや体質による月経不順(生理不順)や、生理痛(月経困難症)にも用いられます。とくに緊張やストレスで生理周期が乱れがちな方や、血行不良が原因の下腹部痛に有効です。加味逍遙散は血行を促進し自律神経を安定させることで、生理周期を整え、生理痛や頭痛、めまいなど月経に伴う不調を軽減します。
- 冷え性・肩こり・疲労感:一見矛盾しますが、加味逍遙散は「冷えのぼせ」の状態にも対応します。手足は冷えるのに顔だけほてるような場合、血行を改善し末梢の血流を良くすることで冷え症状を和らげます。また筋肉のこわばりや血行不良による肩こりを緩和し、全体的な倦怠感や疲れやすさの改善にもつながります。
- 不眠症・神経症:精神的な緊張からくる不眠や不安神経症状にも効果があります。心身をリラックスさせる生薬が含まれているため、イライラして眠れない、些細なことで不安になるといった場合に、睡眠の質を向上させ情緒の安定に寄与します。実際、加味逍遙散は自律神経失調症や軽いうつ状態の改善目的で処方されることもあり、漢方的には「気うつ」による抑うつにも「気逆」による神経高ぶりにも対応できる処方とされています。
以上のように、加味逍遙散は特に女性のライフサイクルに伴う様々な不調(月経、妊娠・出産、産後、更年期など)に幅広く用いられます。ただし適切な効果を得るには、後述するように患者さんの体質(証)に合っていることが重要です。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
ストレスやホルモン変動による不調には、加味逍遙散以外にもいくつかの漢方薬が用いられます。症状や体質の違いによって処方を使い分けることが大切です。
ここでは、加味逍遙散と同じような症状に処方される代表的な漢方薬を挙げ、それぞれどのようなケースで選択されるかを解説します。
当帰芍薬散(23)
当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は、加味逍遙散と並んで婦人科でよく使われる処方です。冷え性で貧血気味、むくみやすいような虚弱体質の女性に適しており、妊娠中や産後の体力低下にも用いられます。六つの生薬(当帰、川芎、芍薬、白朮、茯苓、沢瀉)からなり、血を補い巡らせつつ余分な水分を捌くことで、めまいや貧血症状、むくみ、冷えを改善します。
ストレスによるイライラというより血虚(血の不足)による倦怠感やめまいが強い場合に選ばれ、生理不順や不妊症など月経にまつわる不調全般の体質改善にも使われます。加味逍遙散に比べて精神神経症状への直接的な効果は穏やかですが、体を温め栄養を補給する点で優れており、とくに冷えと貧血が目立つ人には当帰芍薬散の方が適します。
桂枝茯苓丸(25)
桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)は、瘀血(おけつ)といわれる血行不良や血の滞りを改善する代表的な処方です。比較的体力がある人で、下腹部に抵抗やしこりがあるような場合に用いられます。月経痛で血の塊が混じる、生理周期が安定しない、下腹部に慢性的な鈍痛があるといった症状に適し、子宮筋腫や子宮内膜症による月経困難症にも処方されます。
桂皮や牡丹皮の作用で血行を促し、茯苓の利水作用でむくみを改善するため、顔色が暗く月経時に塊状の経血が出るタイプには加味逍遙散より桂枝茯苓丸が向きます。また更年期ののぼせ・ほてりが強く高血圧気味で体格のしっかりした方にも用いられる傾向があります。加味逍遙散が精神症状の緩和に優れるのに対し、桂枝茯苓丸は体の血流改善による婦人科症状の緩和に重点を置いた処方と言えます。
温経湯(106)
温経湯(うんけいとう)は、その名の通り体を温め経絡を通す(温経)作用に優れた漢方薬です。冷えによる婦人科疾患によく使われ、手足が極端に冷える、皮膚がカサカサしている、下腹部が冷えて痛むといった 血行不良と冷えの症状に適しています。加味逍遙散と同様に当帰や芍薬など血を補う生薬も含まれていますが、桂枝や阿膠、呉茱萸など身体を芯から温める生薬が加わっている点が特徴です。
月経不順や更年期障害でも、冷えの症状が主体で精神神経症状がそれほど強くない場合には温経湯が選択されます。例えば、冷えによる生理痛や不妊症、更年期の冷えのぼせ(下半身の冷えと上半身のほてり)がある場合、温経湯は体を温めつつ血行を改善してホルモンバランスを整えるため有効です。加味逍遙散よりも温補作用が強いため、冷えが強い方や皮膚が乾燥しがちな方には温経湯が向きます。
抑肝散(54)
抑肝散(よくかんさん)(ツムラ№54)は、神経の高ぶりを鎮める目的で処方される漢方薬です。本来は小児の夜泣きや驚きやすい症状に由来する処方ですが、現在では認知症の周辺症状(怒りっぽさ、不眠)や更年期の神経過敏など、幅広い年代で「怒りやすい、イライラが強い」タイプの精神症状に用いられます。
加味逍遙散と同じ柴胡や当帰を含みますが、抑肝散には釣藤鈎や川芎、茯苓などが組み合わされており、筋肉のひきつりや神経過敏を抑える作用が強化されています。体力中等度で、とくに精神的な興奮が目立つ場合(怒りっぽく眠れない、不安で神経がたかぶる等)は、ホルモンバランス調整を主とする加味逍遙散よりも抑肝散の方が適することがあります。
ただし抑肝散はあくまで神経症状の緩和が主目的であり、冷えや月経不順などへの効果は限定的です。そのため、更年期障害でもイライラが主症状でその他の不調が少ないケースに選ばれる傾向があります。
半夏厚朴湯(16)
半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)は、ストレスによる喉の詰まり感(梅核気)や動悸、咽喉不快感を改善する漢方薬です。精神的な緊張が強く、喉に物がつかえた感じがする、ため息を頻繁につく、といった「気」が塞がった状態に効果があります。加味逍遙散と同様に精神面の症状を和らげますが、半夏厚朴湯は消化器系を整えて気の巡りをスムーズにすることで不安感や抑うつ感を軽減する処方です。
もしストレスからくる喉の違和感や吐き気が強い場合には、加味逍遙散では生姜や薄荷程度の健胃作用しかないため、半夏厚朴湯の方が適しています。逆に半夏厚朴湯には血を補う作用がないため、疲労感や冷え、ホルモン由来の不調がある場合は加味逍遙散の方が向いています。両者は併用されることもありますが、メンタル症状主体なら半夏厚朴湯、ホルモンバランスの乱れによる全身症状を伴うなら加味逍遙散というように使い分けられます。
副作用と証が合わない場合の症状
「漢方薬だから副作用がない」と思われがちですが、加味逍遙散にも医薬品としての副作用や注意点があります。比較的安全性は高いものの、まれに重大な副作用も報告されていますので、処方医の指示に従い注意深く経過を見る必要があります。
主な副作用としては、発疹・発赤、かゆみなどの皮膚の過敏症状や、食欲不振、吐き気、胃の不快感など消化器系の不調が挙げられます。胃腸が弱い方では下痢や腹痛を起こすこともあります。これらは頻度は高くありませんが、もし服用後に蕁麻疹様の発疹が出たり強い吐き気が続く場合は、すぐに医師に相談してください。
特に注意すべき重篤な副作用には以下のようなものがあります。
- 偽アルドステロン症:加味逍遙散に含まれる甘草の長期多量摂取で起こりうる副作用です。低カリウム血症に伴う血圧上昇、むくみ、体重増加、手足の脱力やしびれなどが特徴です。重症化すると筋力低下(四肢のまひや痙攣)を生じることもあります。これらの症状が現れた場合、直ちに服用を中止し、医療機関で血液検査(電解質チェック)を受ける必要があります。
- 肝機能障害:まれにAST(GOT)やALT(GPT)などの肝酵素が上昇し、薬剤性肝炎のような状態になることがあります。全身のだるさ、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)、尿が茶褐色になる、食欲不振が続くといった症状は肝機能障害の初期徴候です。漢方薬服用中にこれらがみられたら速やかに受診してください。
- 間質性肺炎:極めてまれですが、漢方薬の中には間質性肺炎(肺の線維化)を起こす例が報告されています。加味逍遙散自体での頻度は不明ですが、含有成分の柴胡に関連して長期服用時にせきや息切れ、発熱が続く場合は注意が必要です。万一、呼吸器症状が出現した場合は直ちに医師の診察を受けましょう。
- 腸間膜静脈硬化症:これは山梔子(さんしし、クチナシの実)を含む処方を非常に長期間(通常5年以上)服用した場合に報告されている副作用です。腸の静脈が硬化し狭窄をきたすもので、腹痛や下痢と便秘の反復、腹部膨満感などが起こります。ごく稀なケースですが、長期にわたり加味逍遙散を服用する際には定期的に腹部検査(腹部CTや大腸内視鏡など)を受け、異常がないか確認することが望ましいでしょう。
以上のような重い副作用は頻度不明ながら起こりうるため、少しでも体調の異変を感じたら早めに医師に相談することが大切です。特に高齢者や持病のある方は副作用リスクにも留意しながら使用します。
また、「証」が合わない場合には、期待する効果が出ないばかりか副作用が出やすくなることがあります。加味逍遙散は虚弱な体質向けの薬ですので、体力が充実していてほとんど冷えもないような人にはかえって不向きです。そのような場合、飲んでも症状が改善しないばかりか、のぼせ感や胃のもたれなど余計な不調を感じることがあります。
一方、極度に胃腸が弱っている人が服用すると、食欲不振や吐き気、下痢など胃腸症状が悪化する恐れもあります。このように処方選択を誤ると副作用様の症状が出ることもあるため、やはり専門家による証立てが重要になります。
妊娠中の服用も通常は避けます(当帰や牡丹皮など活血薬が含まれるため妊婦には慎重投与)。自己判断で長期間飲み続けることはせず、定期的に医師の診察を受けて処方の適否を確認するようにしましょう。
併用禁忌・併用に注意が必要な薬剤
加味逍遙散と他の医薬品との相互作用(飲み合わせ)にも注意が必要です。一般に漢方薬と西洋薬の併用で絶対的な禁忌となる組み合わせは多くありませんが、以下のような場合は注意が求められます。
- 甘草を含む薬剤との併用:加味逍遙散には甘草(カンゾウ)が含まれています。甘草は偽アルドステロン症の原因になることがあるため、利尿剤(フロセミドなどの降圧利尿薬)やステロイド剤(プレドニゾロンなど)との併用で低カリウム血症を起こしやすくなります。これにより心不全や不整脈のリスクが高まる可能性があります。また、他の漢方薬にも甘草が含まれているものが多いため、複数の漢方薬を併用するときは甘草の重複量に注意します。例えば、脚のつりに使う芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)などを加味逍遙散と同時に服用すると甘草成分が増えて副作用リスクが上がるので避けたほうがよいでしょう。
- ワルファリンなど抗凝固薬との併用:加味逍遙散には当帰や牡丹皮など血行を促進する生薬が含まれており、これらは血液をさらさらにする作用を持つ可能性があります。ワルファリン等の抗凝血剤を服用中の場合、漢方薬との併用によって作用が強まる恐れがあります。出血傾向の有無や血液検査の値を注意深くモニターする必要があるため、必ず主治医に漢方併用の相談をしてください。
- インターフェロン製剤との併用:柴胡を含む漢方薬(代表例:小柴胡湯しょうさいことう)をインターフェロン療法中の患者に併用したところ、重篤な間質性肺炎が発現したとの報告があります。加味逍遙散も柴胡を含むため、C型肝炎などでインターフェロン治療を受けている方には原則として併用しません。どうしても必要な場合は、呼吸器症状に最新の注意を払いながら専門医の管理下で行われます。
- その他の注意:大量のグリチルリチン製剤(甘草抽出成分を含む胃腸薬など)や漢方薬を既に服用中の方、カリウム保持性利尿薬や強心配糖体(ジギタリス製剤)を服用中の方なども、併用には慎重を要します。基本的に、現在服用中の薬やサプリメントはすべて医師・薬剤師に伝え、適切な併用可否の判断を仰ぐようにしましょう。
加味逍遙散に含まれる生薬と組み合わせの意味
加味逍遙散は10種類の生薬から構成されています。それぞれの生薬が果たす役割を知ると、この処方がなぜ幅広い症状に対応できるのかが見えてきます。以下に、含まれている生薬とその働きを簡単に説明します。
- 柴胡(さいこ):セリ科ミシマサイコの根。肝(精神活動)を落ち着かせて「気」の巡りを良くする作用があります。ストレスで滞った気を発散させ、イライラや抑うつ感を和らげる加味逍遙散の主薬です。
- 当帰(とうき):セリ科トウキの根。補血作用(血を増やし巡らす)に優れ、貧血や冷え性を改善します。「婦人の宝」とも呼ばれる生薬で、女性ホルモン様作用もあり、月経不順や更年期症状の緩和に寄与します。
- 芍薬(しゃくやく):ボタン科シャクヤクの根。血を補い、筋肉のこわばりや痛みを和らげる作用があります。当帰とともに女性の血の道症状を改善し、鎮痛・鎮静効果で腹痛や頭痛、精神不安を抑えます。また甘草との組み合わせで筋肉の痙攣を緩める働きも発揮します。
- 茯苓(ぶくりょう):サルノコシカケ科マツホドの菌核。余分な水分を排出しつつ、心身を安定させる生薬です。利尿作用でむくみを改善し、胃腸の働きを助けながら精神を落ち着かせる効果があります。不眠や動悸など心悸亢進の症状緩和にも寄与します。
- 蒼朮(そうじゅつ):キク科ホソバオケラの根茎。脾(消化機能)を補い、水分代謝を改善します。胃腸の働きを高めて体力をつける作用があり、食欲不振や倦怠感を改善します。茯苓と共に利水作用を発揮し、冷えによる腹部膨満感を解消します。
- 甘草(かんぞう):マメ科カンゾウの根。調和薬と呼ばれ、他の生薬の作用をまろやかにまとめます。胃腸を護り、炎症を鎮める作用もあるため、柴胡や蒼朮などやや刺激のある生薬と組み合わせても胃もたれを防ぎます。また芍薬と対で配合されることで鎮痛・鎮痙作用が高まり、腹痛や緊張緩和に役立っています。
- 生姜(しょうきょう):ショウガ科ショウガの根茎。体を温めて胃腸を整える生薬です。健胃作用によって加味逍遙散の吸収を高め、吐き気や胃部不快感を防ぎます。血行促進効果もあるため、冷えの改善や他の生薬の発散作用を助ける役割も担っています。
- 薄荷(はっか):シソ科ハッカ(薄荷)の葉。清涼発散作用を持ち、頭部の熱を冷ましながら気の巡りを良くします。精神をリフレッシュさせ、ストレスによる頭痛や目眩の緩和に有効です。独特の香りで服用時の風味を良くし、精神的にもスーッと爽快感を与えてくれます。
- 牡丹皮(ぼたんぴ):ボタン科ボタンの根皮。清熱作用と活血作用を併せ持ち、体内の余分な熱を冷ましつつ血行を促進します。加味逍遙散では、のぼせやほてり、イライラなど「熱証」を伴う症状を鎮める目的で加えられています。月経不順や月経痛の原因となる瘀血の改善にも寄与します。
- 山梔子(さんしし):アカネ科クチナシの果実。強い清熱作用を持ち、胸郭部のほてりや不眠、イライラ感を鎮める生薬です。心火を下げるともいわれ、ストレスで頭に血が上ったような状態を改善します。また利胆・利尿作用もあり、体内の炎症や熱を尿とともに排出するデトックス効果が期待できます。
以上の生薬がバランスよく組み合わさることで、「気・血・水」の全てに作用する総合的な効果が得られます。すなわち、柴胡・薄荷で気の巡りを整え、当帰・芍薬・牡丹皮で血を補い巡らせ、茯苓・蒼朮で水分代謝を改善し、甘草・生姜で全体を調和しているのです。加味逍遙散は女性の体をトータルケアする処方とも言え、その組成には無理なく心身のバランスを整える知恵が詰まっています。
加味逍遙散にまつわる豆知識
最後に、加味逍遙散に関する興味深いトリビアをいくつかご紹介します。
- 処方の由来と歴史:加味逍遙散は中国の宋代に初めて文献に現れた処方と言われています。その元になった「逍遙散」は更に古く宋代の処方集に収録されており、長い歴史を持つ漢方薬です。逍遙散に牡丹皮と山梔子を「加味」した(味を加えた)ものが加味逍遙散で、昔から女性の精神安定薬として重宝されてきました。
処方名の「逍遙(しょうよう)」は中国の古典『荘子』にも登場する言葉で、自由奔放に歩き回る様子を指します。ストレスや悩みから解放され、心穏やかに過ごせるようにという願いがこの名には込められているのかもしれません。
- 婦人科三大処方:前述の通り、加味逍遙散は当帰芍薬散・桂枝茯苓丸と並んで女性の三大漢方処方と呼ばれます。それぞれが「補血」「活血」「疏肝(気の流れを良くする)」という異なる作用の中心を持ち、組み合わせることで女性のあらゆる不調を網羅します。江戸時代の漢方医たちも婦人病の際にはまずこの三処方を検討したと言われ、現代まで受け継がれています。
- 意外な応用:加味逍遙散は主に女性向けの処方ですが、男性に用いられることもあります。例えばストレス性の肝機能異常や慢性肝炎患者に応用した研究では、肝炎症状の改善や肝機能値の向上が報告されています。また、乳がん治療中の女性のホルモン療法に伴う抑うつ・不安症状を和らげる目的で処方されるケースもあります。このように、ホルモンバランスやストレスが関与する心身の不調全般に幅広く活用されているのです。
- 生薬の豆知識:加味逍遙散に含まれる生薬にも面白い特徴があります。例えば薄荷(ハッカ)は和種ハッカとも呼ばれ、日本ではハッカ油として食品やアロマにも使われる身近な薬草です。そのスーッとした香りは気分転換に役立ち、江戸時代には既に精神安定に用いられていました。
また山梔子(クチナシの実)は古来より黄色の染料として利用され、奈良時代の染織品や和菓子の着色にも使われてきました。加味逍遙散を煎じると茶褐色になるのは山梔子の色素によるものです。当帰はセリ科の植物で、その独特の香りから「女性の高麗人参」と呼ばれるほど滋養強壮に優れています。こうした生薬の薬効と伝統的な使われ方を知ると、漢方薬に対する親しみも湧いてくるのではないでしょうか。
- 服用時の風味:加味逍遙散のエキス顆粒剤はやや苦味のある甘い薬草茶のような味がします。薄荷や生姜の香りがほのかに感じられ、甘草由来の甘みで飲みやすく調整されています。どうしても味が苦手な場合は、白湯で薄めたり蜂蜜を少し加えても構いません。ただしコーヒーやジュースと混ぜると作用が損なわれる可能性がありますので避けましょう。漢方薬は嗅覚や味覚を通じても自律神経に作用するとされます。爽やかな薄荷の香りを感じながらゆっくり服用すれば、それ自体がリラックス効果につながるかもしれません。
まとめ
加味逍遙散は、女性のホルモンバランスの乱れやストレスからくる多彩な不調を改善できる頼もしい漢方処方です。ただし効果を十分に発揮するためには、その人の証に合っていることが重要です。症状が似ていても体質により適した処方は異なりますので、自己判断せず専門家に相談することをおすすめします。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。