当帰芍薬散の効果、適応症
当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は、虚弱で冷え性・貧血傾向の女性によく使われる漢方薬です。ツムラでは「当帰芍薬散エキス顆粒(23)」として処方されることが多く、婦人科領域で特に頻用されます。この漢方薬の主な効果は、体を温めながら「血(けつ)」を補って巡りを良くし、「水(すい)」の滞りを取り除くことです。貧血や血行不良を改善し、余分な水分を排出することで、冷え性やむくみなどを軽減します。
当帰芍薬散の適応症(効果が期待できる症状)としては、月経不順(生理周期の乱れ)や月経困難(生理痛)、更年期障害(めまい、肩こり、のぼせなど)、不妊症、貧血、冷え性、むくみなどが挙げられます。特に「手足が冷えて疲れやすく、顔色が青白い」「生理不順や生理痛があり、めまいや立ちくらみが起きやすい」という方に適した処方です。また、妊娠中の体調管理にも古くから用いられており、妊婦さんのむくみや習慣性流産の予防目的で使われることもあります。このように当帰芍薬散は女性特有の様々な不調に幅広く対応できる漢方薬です。
よくある疾患への効果
当帰芍薬散(23)がどのような疾患・症状に効果を発揮するか、代表的な例を見てみましょう。
- 月経不順・月経痛(生理不順・生理痛): 子宮や卵巣の血流を改善し、ホルモンバランスを整えることで、生理周期を安定させます。血行が良くなるため生理痛を和らげ、経血の量や質(血の色が薄い・塊がある等)の改善にもつながります。生理前後の下腹部の痛みや重だるさが軽減し、経血量も適正に整ってくることが期待できます。
- 更年期障害: 更年期にみられるめまい、ほてり(のぼせ)、頭重感、肩こり、動悸などの不定愁訴に効果があります。閉経前後のホルモン変動で血の巡りが悪くなったり、水分代謝が乱れたりすることで起こる不調に対し、当帰芍薬散は血液循環の改善と利尿作用で対応します。貧血気味で冷えを伴う更年期症状によく用いられ、これらの症状を徐々に緩和していきます。
- 不妊症: 体質的に冷えや貧血がある方の不妊症に処方されることがあります。子宮を温めて血流を増やすことで、子宮内膜の環境を整え着床を助けると考えられます。また、卵巣への血流も改善するため、排卵の働きをサポートする効果も期待できます。実際に、冷え性で月経不順を伴うような方が当帰芍薬散を服用し、基礎体温の二相性がはっきりしてくる(排卵が安定する)ケースもあります。
- むくみ・貧血・冷え性: 手足や顔、下肢のむくみがある方や、貧血によるめまい・立ちくらみがある方にも適しています。当帰芍薬散は利尿によって余分な水分を排出し、むくみを減らします。同時に血を補うので、貧血によるふらつきや疲労感を改善し、体を内側から温めて冷え性を緩和します。特に朝起きたとき足がパンパンにむくむ方や、冬場に手足が氷のように冷たくなる方など、あまり体力のない場合に効果的です。
- 妊娠中・産後の諸症状: 妊娠中期以降の足のむくみや妊娠に伴うめまい、産後の体力低下などにも使われます。妊婦さんに処方される数少ない漢方薬の一つであり、血液量が増えて水分代謝も変化する妊娠期特有の不調(めまい、むくみ、倦怠感)に対応します。また、流産を繰り返してしまう場合の体質改善にも用いられてきた経緯があります。産後の肥立ちを良くし、母体の回復を助ける目的で処方されることもあり、母乳の出を良くする効果を期待して用いられる場合もあります。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
当帰芍薬散と同じような月経トラブルや更年期症状に使われる漢方薬はいくつかあり、それぞれ適した体質や症状が異なります。代表的な処方をピックアップし、当帰芍薬散(23)との使い分けポイントを説明します。
加味逍遥散(24)
加味逍遥散(かみしょうようさん)は、ストレスやイライラが強く、のぼせやすいタイプの女性によく用いられる処方です。肩こりや不眠、不安感など精神神経症状を伴う更年期障害や月経前症候群(PMS)に適しています。体力は中等度で、イライラしやすくほてりがあるけれど手足は冷えるというような「冷えのぼせ」の傾向がある方に向きます。
これは気の巡りを整える生薬(柴胡、薄荷など)や血を補う生薬(当帰、芍薬)に加え、身体を冷ます生薬(牡丹皮、山梔子)が含まれているためです。精神的な不安定さやストレスによる症状には当帰芍薬散より加味逍遥散(24)が第一選択となる場合が多いです。一方、加味逍遥散では貧血やむくみ改善の力は弱いため、貧血傾向が強い場合は当帰芍薬散のほうが適しています。
桂枝茯苓丸(25)
桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)は、下腹部の血行不良や瘀血(おけつ:血の滞り)による症状に用いられる代表的な漢方薬です。比較的体力があり、月経痛がひどく血の塊が多い方や、子宮筋腫・卵巣嚢腫など下腹部にしこりがある場合によく使われます。また、顔色は悪くないが下半身が冷えて痛むようなタイプにも適しています。
桂枝茯苓丸は血行を促進し瘀血を散らす作用が強く、構成生薬に含まれる桂皮(シナモン)や牡丹皮、桃仁などが体を温めつつ血の滞りを改善します。当帰芍薬散と比べて体力があり、瘀血の症状(下腹部の張りや生理血の塊)が顕著な場合には桂枝茯苓丸(25)を用いることが多いです。ただし桂枝茯苓丸は妊娠中は避けるべき処方(活血作用が強いため)であり、妊婦さんには当帰芍薬散が選択されます。
温経湯(106)
温経湯(うんけいとう)は、冷えが強く皮膚や粘膜の乾燥もみられるような女性に使われる漢方薬です。手足だけでなく下腹部や腰も冷え、月経不順や不正出血があるような場合に適しています。温経湯は当帰芍薬散と同様に血を補い巡らせる生薬(当帰、芍薬、川芎など)を含みますが、さらに桂皮や生姜で体を強力に温め、麦門冬や阿膠といった滋潤作用のある生薬で乾燥症状(肌荒れや口の渇き、シミなど)も改善する点が特徴です。
例えば、更年期以降で皮膚がカサカサし、シミが増えてきたような方の月経トラブルに温経湯(107)が選ばれることがあります。当帰芍薬散では冷えを十分に改善できない、あるいは乾燥が強いケースでは温経湯が適するでしょう。一方で、温経湯は胃腸が弱い人にはやや負担となる場合があるため、食欲不振や消化不良がある方には当帰芍薬散など別の処方が選ばれることがあります。
十全大補湯(48)
十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)は、体力が極端に低下し、気力も血も不足しているような方に用いられる補剤です。慢性の病後や術後の体力回復、産後の衰弱などに幅広く使われます。構成としては人参や黄耆などの補気薬と、当帰や芍薬などの補血薬が合わさった処方で、全身のエネルギーと血液を同時に補充します。
貧血がひどく、倦怠感や息切れが強い場合には、当帰芍薬散よりも十全大補湯(48)の方が適していることがあります。ただし十全大補湯には利水作用(余分な水分をさばく作用)はあまりないため、むくみを伴う場合や水太りの傾向がある場合には当帰芍薬散の方が効果的です。逆に、むくみはなくとにかく疲労倦怠と貧血が目立つようなケースでは、当帰芍薬散より十全大補湯が選ばれる傾向があります。
副作用や証が合わない場合の症状
漢方薬は自然由来とはいえ、副作用が全くないわけではありません。当帰芍薬散でも、まれに以下のような副作用が報告されています。
- 消化器症状: 食欲不振、胃の不快感、吐き気、下痢など。胃腸の弱い方ではこれらの症状が出やすい傾向があります。服用後に胃が重たい感じが続く場合は、一旦中止して医師に相談してください。
- 皮膚症状: 発疹、かゆみ、発赤などの過敏症状が出ることがあります。これは生薬に対するアレルギー反応の可能性があり、見られた場合は服用を中止して専門家に相談しましょう。
- 重篤な副作用(極めて稀): ごく稀ではありますが、他の漢方薬でも報告されている肝機能障害(全身の倦怠感や黄疸が出る)、間質性肺炎(咳・息切れ、発熱)が起こる可能性も否定できません。長期服用中に息苦しさや原因不明の発熱・咳が続く場合、ただちに受診してください。
また、当帰芍薬散が体質(証)に合わない場合、残念ながら十分な効果は得られません。例えば、血や水分が足りない虚弱なタイプではない人(むしろ血色が良くがっしりした人)が服用しても、症状が改善しないばかりか、場合によってはほてりやのぼせなどの別の症状が現れることがあります。漢方薬は証が合って初めてしっかり効果を発揮するため、1ヶ月ほど服用しても全く変化がない場合は無理に続けず、医師に相談して処方を見直すことが大切です。
併用禁忌・併用注意な薬剤
当帰芍薬散は比較的安全性の高い漢方薬であり、他の医薬品との明確な併用禁忌(飲み合わせが絶対にNGな薬)は報告されていません。西洋薬と一緒に服用しても基本的には問題ないとされています。ただし、注意点がいくつかあります。
まず、他の漢方薬との併用には注意が必要です。成分(生薬)が重複している漢方薬を同時に服用すると、生薬由来の有効成分が過剰になる可能性があります。例えば、当帰芍薬散と婦人科系の別の処方を自己判断で併用すると、当帰や芍薬などが重複することで予期せぬ作用過剰(過度の興奮や胃腸障害など)が起こる恐れがあります。漢方薬を2種類以上併用したい場合は、必ず専門家に相談してください。
また、現在治療中の持病があり他の薬を服用している場合も、当帰芍薬散を始める前に主治医や薬剤師に相談しましょう。特に利尿剤を服用中の方は、当帰芍薬散にも利尿作用があるため相加的に働きすぎてしまう可能性があります。まれに指摘されるものとしてワルファリンなどの抗凝固薬との併用がありますが、通常の用量であれば大きな問題は起こりにくいとされています(念のため定期的な血液凝固検査を受けることが望ましいでしょう)。いずれにせよ、併用について不安があるときは自己判断せず専門家に相談するのが安全です。
含まれている生薬の組み合わせとその役割
当帰芍薬散は6種類の生薬から成り立っています。それぞれの生薬と、その生薬が処方中で担う役割を見てみましょう。
- 当帰(トウキ): セリ科のトウキという植物の根。補血作用が強く、「血を作り出し巡らせる」主薬です。体を温め、痛みを和らげる効果もあり、特に婦人科で重宝されます。
- 芍薬(シャクヤク): ボタン科のシャクヤクの根。収斂(しゅうれん)作用と補血作用を併せ持ちます。筋肉のこわばりや痛み(冷えによる生理痛など)を和らげ、当帰とともに女性の血を養う重要な生薬です。
- 川芎(センキュウ): セリ科のセンキュウの根茎。独特の芳香があり、血行を促進する活血薬です。頭痛や月経痛を改善する作用があり、当帰・芍薬とセットで用いることで血の巡りを大きく改善します。
- 茯苓(ブクリョウ): マツの根に寄生するサルノコシカケ科の菌核(キノコの一種)。余分な水分を排出する利水薬であり、胃腸の機能を整える健脾作用も持ちます。体をじんわりと温めつつ、むくみをとる縁の下の力持ちです。
- 蒼朮(ソウジュツ): キク科ホソバオケラなどの根茎。香り高い生薬で、体内の湿気を取り去り消化機能を高める健脾燥湿薬です。利尿を促し、冷えによる痛みを緩和します。茯苓と協力して水分代謝を改善します。
- 沢瀉(タクシャ): オモダカ科サジオモダカの塊茎。強い利尿作用を持ち、体内の余分な水分(特に下半身の水滞)を排出します。むくみを改善し、頭重感やめまいの原因となる水毒を取り除く働きがあります。
これら6つの生薬の組み合わせにより、当帰芍薬散は「血を増やして巡らせる」と同時に「水をさばいて余分な水分を除く」という二方向からの作用を発揮します。伝統的には、ベースに婦人病の基本方剤である四物湯(当帰・芍薬・川芎・地黄)の考え方があり、胃腸への負担が大きい地黄の代わりに茯苓・蒼朮・沢瀉の利水トリオを加えた処方とも言われます。
つまり、貧血状態の改善(補血)と水分代謝の改善(利水)を同時に行えるよう工夫された組み合わせなのです。この絶妙なバランスにより、冷えや貧血といった「不足」と、むくみや滞りといった「余分」を同時に解消できるようになっています。
当帰芍薬散にまつわる豆知識
歴史と由来
当帰芍薬散は中国の古典医学書『金匱要略(きんきようりゃく)』に収載された処方で、その歴史は約1800年前まで遡ります。著者である張仲景(ちょうちゅうけい)は漢代の名医で、この処方を「婦人妊娠中の腹痛」(妊娠中にお腹が痛む症状)の治療薬として記述しました。つまり、もともとは妊婦の腹痛や流産予防のために考案された処方だったのです。この背景からも、当帰芍薬散が古くから妊娠中のケアに用いられてきたことが分かります。
名称の意味
「当帰芍薬散」という名前は、構成生薬の中でも中心的な役割を果たす当帰と芍薬に由来します。処方名に主要な生薬名を冠するのは漢方ではよくある命名法です。当帰は「帰るべき所に帰らせる」という意味を持ち、血を補って身体を正常な状態に戻すというニュアンスがあります。芍薬は美しい花を咲かせることから女性になぞらえられ、「女性の守り神」のように例えられることもあります。この二つの生薬が主役となっていることが名前からもうかがえるでしょう。
婦人科三大処方
日本の漢方臨床では、当帰芍薬散は「婦人科三大漢方処方」の一つとして知られています。他の二つは加味逍遥散(24)と桂枝茯苓丸(25)で、いずれも月経不順や更年期障害に使われます。しかし、それぞれ適する「証」が異なり、先述したように血と水が不足する虚弱な人には当帰芍薬散、ストレス体質でのぼせがある人には加味逍遥散、比較的体力があって瘀血が強い人には桂枝茯苓丸というように使い分けられます。自分にどれが合うかは専門家の判断が必要ですが、こうした処方を覚えておくと漢方への理解が深まるでしょう。
生薬の豆知識
当帰芍薬散に含まれる生薬には興味深いものが多いです。例えば茯苓(ブクリョウ)はキノコの仲間ですが、見た目は白い塊状でまるで軽石のようです。古来より利尿薬として珍重され、日本では奈良時代に渡来しました。また、蒼朮(ソウジュツ)は和名を「オケラ」といい、その香り高さから京都の八坂神社ではお正月に「御神火おけら詣り」と称してオケラを燃やした火を持ち帰る風習があります。
当帰(トウキ)や川芎(センキュウ)はセリ科の植物で、その根は漢方薬の他にも婦人用の市販保健薬などに配合され、「女性の高麗人参」などとも呼ばれます。これらの生薬のおかげで、当帰芍薬散の煎じ液は独特の香り(やや甘く薬草らしい香り)がし、味はほんのりと苦みと甘みが混ざったような風味になります。飲みにくさはそれほど強くなく、漢方初心者の方でも比較的飲みやすい薬と言われます。
まとめ
当帰芍薬散(23)は、冷え症や貧血体質の女性の強い味方となる漢方薬です。ただし、効果を十分に発揮するためにはお一人おひとりの体質にこの薬が合っていること(証に合致すること)が重要です。漢方は患者さんの体質や症状の全体像に合わせて処方を選ぶ医療ですので、自己判断での服用で迷ったときは専門家に相談してください。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。