消風散(しょうふうさん)は、皮膚の激しいかゆみや湿疹に対して処方されることの多い漢方薬です。ツムラの漢方製剤では22番にあたり、古くから皮膚科領域で重宝されてきました。強いかゆみやじゅくじゅくした湿疹に効果を発揮し、アトピー性皮膚炎などの慢性の皮膚トラブルにも応用されています。
この記事では、消風散の効果や適応症、具体的によく使われる疾患での働き、類似する他の漢方薬との使い分け、副作用や「証」が合わない場合の症状、併用に注意が必要な薬剤、さらに含まれる生薬とその役割、歴史的な豆知識などについて詳しく解説します。
消風散の効果・適応症
消風散は皮膚の強いかゆみと湿潤(分泌液が多い)を伴う皮膚疾患に対して用いられる処方です。比較的体力が中等度以上(丈夫)な人に適しており、患部に熱感(ほてり)があるようなケースによく処方されます。典型的な適応は湿疹・皮膚炎、蕁麻疹(じんましん)、水虫(足白癬)、あせもなどで、いずれも慢性化してかゆみが強く、ジュクジュクと液が出るような症状の場合に効果が期待できます。患部が赤く炎症を起こし、掻き壊しによる痂皮(かさぶた)やただれが見られる状態にも対応します。消風散は炎症を鎮めつつ、余分な湿気を取り去り、皮膚のかゆみを和らげる働きがあります。
漢方医学の概念では、皮膚の強い「かゆみ」は体表に生じた「風邪(ふうじゃ)」が原因と考えられます。また湿疹で液体が滲み出る状態は「湿熱」が皮膚に滞っている状態です。消風散という名前は「風を消散させる」という意味で、その名の通り体表の風を取り除き、湿熱をさばいてかゆみを止めることを目的とした処方です。配合された生薬が体内の水分バランス(余分な水=湿を捌く)と血液の巡りを改善し、皮膚にこもった熱を冷ましながら炎症とかゆみを鎮めていきます。結果として、ただれて液が出ているような湿疹・皮膚炎の症状が改善に向かいます。実際、患部を温めるとかゆみが増す人や、夏場など湿度や気温が高い時期に症状が悪化しやすい人によく合う処方です。
消風散が適している症状のチェックポイント: 以下のような特徴がある場合、消風散が効果を発揮しやすいと考えられます。
- 皮膚のかゆみが非常に強く、夜間もかきむしってしまう
- 湿疹部位から浸出液(汁)が出て、患部がじゅくじゅくしている
- 患部を触ると熱っぽく感じる(炎症によるほてりがある)
- 湿疹やかゆみが夏場や暖かい環境で悪化しやすい
- 比較的体力があり、汗かきで湿気がこもりやすい体質である
以上のような場合に、消風散は皮膚を乾かして熱を冷まし、かゆみを和らげる効果を発揮します。
よくある疾患への効果
消風散は具体的に次のような皮膚疾患に対して用いられます。それぞれの病気で期待される効果や役割を見てみましょう。
- 湿疹・皮膚炎(アトピー性皮膚炎など): 汗や分泌液でジュクジュクしたタイプの湿疹に有効です。肌を乾燥させすぎずに余分な水分を取り、炎症と強いかゆみを鎮めます。特にアトピー性皮膚炎では、患部が湿って熱感がある場合に消風散が用いられ、ステロイド外用薬だけでは抑えきれないかゆみを和らげる助けになります(※アトピーへの使用は適応外ですが、症状に合えば臨床的によく使われます)。
- 蕁麻疹(じんましん): 蕁麻疹による一過性の発疹・かゆみに対しても、体質によっては消風散が処方されることがあります。とくに繰り返し出現する慢性蕁麻疹で、発疹部位が赤く熱を帯び、発汗や入浴後に悪化しやすいタイプのかゆみに適します。抗ヒスタミン剤だけで十分効果がない場合に漢方的に体質改善を狙って併用されることもあります。
- 水虫(足白癬): 足の指の間などにできる水虫で、じゅくじゅくと湿潤し激しいかゆみを伴うケースに効果が期待できます。消風散には抗真菌作用や抗炎症作用をもつ生薬(苦参など)が含まれており、皮膚の湿気を取りながらかゆみを抑えてくれます。通常は抗真菌薬での治療が主体ですが、足がむくみやすく湿熱が溜まっているような人に補助的に用いることで、症状緩和と再発予防に役立つ場合があります。
- あせも(汗疹〈かんしん〉): 汗をかきやすい季節に生じるあせも・汗疹によるかゆみにも用いられます。特に汗で皮膚がただれてしまうような場合、消風散が余分な湿気を除きつつ炎症を沈めてくれます。お子さんのあせもには体質に応じて小児用量で処方されることもあります。
- 皮膚そう痒症: 明らかな湿疹がなくても全身にかゆみがある「皮膚そう痒症」のうち、皮膚が湿気が多くベタつきがちなタイプのかゆみに使われることがあります。高齢者の乾燥が原因のかゆみ(乾燥性皮膚そう痒症)には不向きですが、汗ばむとかゆくなるような湿潤傾向のかゆみ体質であれば、消風散で症状が和らぐことがあります。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
皮膚のかゆみや湿疹に用いる漢方薬は消風散だけではありません。症状の出方や患者さんの体質(証)によっては、他の処方が選択されることもあります。消風散と類似の症状に使われる代表的な漢方薬を3~5種類ピックアップし、それぞれどのようなケースで選ばれるかを解説します。
越婢加朮湯(28)【えっぴかじゅつとう】
「越婢加朮湯」は急性の皮膚炎に使われる処方です。慢性の皮膚疾患に使われる消風散とは対照的に、かぶれなど接触皮膚炎の急性症状には越婢加朮湯が選択されます。消風散と同様に石膏を主とした構成となっていますが、越婢加朮湯のほうが石膏の量がより多く、急性期の熱を取り去る作用がとても強くなっています。
「(消風散は)急性症状には無効で、この場合は越婢加朮湯が適する。」という口訣(漢方を使う際の決まり文句)もあり、消風散との使い分けが重要とされます。
十味敗毒湯(6)【じゅうみはいどくとう】
「十味敗毒湯」は文字通り10種類の生薬で体内の毒を敗(やぶ)り去る処方で、化膿性の皮膚トラブルによく使われます。比較的体力中等度の人の赤みや腫れを伴う皮膚炎の初期段階に幅広く用いられ、湿疹・皮膚炎だけでなくニキビやおでき(癤・癰)などにも処方されます。
消風散と同様に蕁麻疹や湿疹にも適応がありますが、十味敗毒湯(6)はときに膿を持つような赤いブツブツに用いる点が特徴です。湿潤よりも発赤・腫れ・軽い化膿が目立つ場合には、まず十味敗毒湯で炎症と膿を鎮めてから、症状に応じて消風散など他の処方に切り替えることがあります。
当帰飲子(86)【とうきいんし】
「当帰飲子」は皮膚の乾燥とかゆみに使われる処方で、消風散とは対照的に分泌物が少なくカサカサした皮膚炎に適しています。体力があまり無く、冷え症で皮膚が乾燥しがちな高齢の方や、血色が悪く貧血気味の方の慢性湿疹・皮膚そう痒症によく用いられます。
消風散が熱感のある湿潤病変に使うのに対し、当帰飲子(86)は血虚(けっきょ)と呼ばれる血の不足による乾燥とかゆみを改善する処方です。皮膚に栄養と潤いを与える作用があり、カサカサした頑固な湿疹や長引くかゆみに対して、皮膚をしっとりさせながらかゆみを和らげます。例えば冬場に悪化する乾燥性のアトピー性皮膚炎や、老人性の皮膚掻痒に適した漢方薬です。逆に言えば、湿り気の多い症状には当帰飲子は不向きで、そのような場合に消風散が選ばれることになります。
温清飲(57)【うんせいいん】
「温清飲」は四物湯(当帰・芍薬・地黄・川芎)に黄連解毒湯(黄連・黄芩・黄柏・山梔子)を合わせた処方で、血を補いつつ体の中の余分な熱を冷ます独特の組み合わせが特徴です。名前に「温(あたためる)」とありますが、実際には体を潤し血を補給しながら慢性炎症を鎮める処方で、皮膚科では慢性化した湿疹やアトピー性皮膚炎に応用されます。
消風散よりも体力が低下気味で血の不足と熱の両方があるような人に向いており、たとえば長引く湿疹で皮膚がくすんでゴワゴワ硬くなり、所々赤みやほてりもあるような場合に温清飲が選ばれます。消風散が湿熱を取り去るのに対し、温清飲(57)は血を補いながら炎症を鎮静化する処方と言えます。貧血傾向だが顔や皮膚にのぼせるような熱もある、といった体質の湿疹に使い分けられます。
副作用や証が合わない場合の症状
漢方薬である消風散にも、副作用が全く無いわけではありません。主な副作用や、もし体質に薬が合わなかった場合に起こり得る症状について押さえておきましょう。
- 偽アルドステロン症・ミオパチー: 消風散に限らず、甘草(カンゾウ)という生薬を含む漢方薬を長期間大量に服用すると、稀に偽アルドステロン症という重篤な副作用が起こることがあります。これは体内のカリウムが低下し、血圧上昇やむくみ、脱力感などが生じる状態です。
初期症状として手足のだるさ・しびれ、筋肉のこわばり・力が入らない感じ(ミオパチー)などが現れます。消風散にも少量ながら甘草が含まれるため、万一これらの症状が出た場合は直ちに服用を中止し、医師に相談してください。特に消風散を過量に服用したり長期連用したりすることは避け、指示通りの量を守ることが大切です。
- 過敏症(アレルギー): まれに薬に対する発疹・発赤、蕁麻疹、かゆみなどの過敏症状が起こることがあります。配合生薬に対するアレルギー体質の方では皮膚症状が悪化する可能性もゼロではありません。服用後に普段と違う発疹が出たり、かゆみが増すような場合も服用を中止し、医師に相談してください。
- 消化器症状: 胃腸が弱い方では、消風散の服用により食欲不振、胃もたれ、吐き気、下痢などの消化器系の副作用が出ることがあります。これは生薬の苦味や寒涼性(体を冷やす作用)によって胃腸の働きが一時的に低下するためです。そうした症状が軽度であれば様子を見ることもありますが、辛い場合は無理に続けず医師に相談しましょう。服用方法を食後に変える、量を減らす、あるいは別の処方に変更する判断がなされることもあります。
- 証が合わない場合の反応: 消風散は「実熱・湿熱」の皮膚疾患向けの薬ですので、もし患者さんの証(体質)がこの薬に合っていない場合、十分な効果が得られないばかりか副作用が出やすくなることがあります。例えば、もともと冷え性で乾燥肌の方が消風散を服用すると、体を冷やしすぎてしまい胃腸の不調や倦怠感を招くかもしれません。
また、体力のない虚弱な方には薬味が強すぎて下痢などを起こす可能性があります。症状がなかなか改善しない場合や、飲んでかえって調子が悪い場合は、証に合っていない可能性も含めて早めに主治医に相談しましょう。
併用禁忌・併用注意な薬剤
消風散を服用中または服用検討中の方が注意すべき併用薬剤について説明します。漢方薬とはいえ他の薬との組み合わせによっては思わぬ作用増強や副作用増加につながることがあります。
- 甘草を含む他の漢方薬・製剤: 消風散には甘草が含まれており、他の甘草含有漢方(例:芍薬甘草湯(68)など)やグリチルリチン製剤(甘草由来成分を含む薬)を併用すると、偽アルドステロン症が起きるリスクが高まります。したがって消風散と類似の生薬構成をもつ漢方薬を複数同時に服用することは避け、どうしても併用が必要な場合は医師の厳重な管理下で行います。市販の漢方薬やドリンク剤等にも甘草が入っている場合があるため注意しましょう。
- 利尿剤(排尿を促す薬): フロセミドなどの利尿薬を服用している方が消風散を併用する際は注意が必要です。利尿剤も体内のカリウムを排出しやすくするため、甘草との相乗効果で低カリウム血症を起こしやすくなります。心臓病や高血圧で利尿薬を飲んでいる場合は、消風散の併用について主治医に必ず伝え、血液検査など経過観察を十分に行ってもらいましょう。
- ステロイド剤(内服・注射): プレドニゾロンなどのステロイドホルモン製剤も、長期使用でカリウム低下やむくみ・高血圧を引き起こす副作用があります。甘草とステロイドを併用するとこれらの副作用が増強する可能性がありますので注意します。医師の指示で短期間併用することはありますが、自己判断で市販の消風散をステロイド治療中に飲むのは避けてください。
- 心不全治療薬(ジギタリス製剤 等): ジギタリス製剤を使用中の方は、低カリウム状態になるとジギタリスの毒性が強まることが知られています。甘草の影響で血中カリウムが低下すると不整脈など深刻な副作用につながりかねません。心臓のお薬を飲んでいる方が消風散を検討する際は、主治医と漢方医にその旨を伝え、十分なモニタリングのもとで検討する必要があります。
- その他の薬剤: 消風散自体は鎮静剤などとは異なり眠気を誘う成分は含みませんが、万一眠気が出た場合、車の運転などは注意してください。また血圧に影響する可能性があるため、高血圧治療薬との併用時は血圧測定を定期的に行うことが望まれます。基本的に医師の処方に従って用いる分には安全性は確立されていますが、他に常用薬がある場合は自己判断で併用せず必ず医療者に相談しましょう。
含まれている生薬の組み合わせ・選ばれている理由
消風散は13種類の生薬から構成される大変ユニークな処方です。なぜこれほど多くの生薬を組み合わせているのか? それぞれの生薬がどのような役割を果たしているのかを解説します。
- 当帰(とうき):セリ科の植物トウキの根。血液を補い巡りを良くする作用があり、皮膚に栄養を与えて傷の治りを促します。湿疹で損なわれた肌の修復を助け、かゆみの原因となる血行不良を改善します。
- 地黄(じおう):アカヤジオウ(乾地黄)の根。体の陰液(潤い)を補い、血の熱を冷ます作用があります。炎症で赤く火照った皮膚をクールダウンさせ、乾燥を防ぎつつかゆみを和らげます。消風散では生地黄が使われ、清熱涼血(熱を冷まし血を潤す)の要薬となっています。
- 防風(ぼうふう):セリ科のボウフウ(防風)の根。文字通り「風を防ぐ」薬草で、皮膚表面の風邪(ふうじゃ)を発散させる作用があります。古くから蕁麻疹や湿疹などのかゆみに用いられ、発汗を促して皮膚の余分な湿気を飛ばす効果も期待できます。消風散の主目的である「風邪を消す」役割を担う生薬の一つです。
- 蝉退(せんたい):セミの抜け殻。中国名を蚕砂(さんさ)ともいい、昆虫由来の生薬です。珍しい素材ですが、小児の夜泣きや痙攣、皮膚のかゆみなどに古来より使われてきました。皮膚の表面にこもる風熱を取り去り、かゆみを鎮める作用があります。蝉退は日本の生薬規格にも収載されており、消風散では風を除去して痒みを止める代表的な生薬として配合されています。
- 荊芥(けいがい):シソ科のケイガイ(学名:Schizonepeta)の花穂。これも**風邪を発散させる薬(祛風薬)**で、防風と共にかゆみを抑える効果があります。皮膚の発疹や痒みに頻用され、消風散では荊芥が防風・蝉退・牛蒡子と協力して皮膚のかゆみの原因を追い出す役割を果たします。
- 牛蒡子(ごぼうし):キク科のゴボウ(牛蒡)の種子。食用の牛蒡の種で、熱毒を取り去り腫れを鎮める作用があります。喉の腫れや扁桃炎などにも用いますが、皮膚では腫れてジュクジュクした湿疹を改善します。油分を含む種子でありながら、むしろ皮膚の湿熱を取り去って毒素を排出する働きがあり、消風散では風熱による腫れ・赤みを抑える生薬として重要です。
- 石膏(せっこう):鉱物の石膏(硫酸カルシウム)。非常に冷やす力が強い生薬で、炎症による熱感や喉の渇きを抑えるのに用いられます。消風散では皮膚のほてりや熱を冷ます目的で配合され、熱症状の強い湿疹に対応します。石膏自体は消炎鎮痛作用も持ち、火照った部分のほてり感や疼きを和らげてくれます。
- 知母(ちも):ユリ科のハナスゲの根茎。石膏とよくセットで使われ、清熱滋陰(熱を冷まし潤いを与える)作用を持ちます。消風散では石膏と知母の組み合わせで、炎症による熱を冷ましつつ皮膚の乾燥を防ぐバランスを取っています。知母は苦味のある生薬で抗炎症・抗菌作用も示し、ジュクジュクした患部の鎮静化に寄与します。
- 苦参(くじん):マメ科のクララの根。名前の通り非常に苦い生薬ですが、清熱燥湿(熱を冷まし湿を乾かす)作用が強く、さらに抗菌・抗真菌作用を持ちます。皮膚科では湿疹のみならず、水虫や陰部湿疹など湿熱と痒みを伴う疾患に幅広く使われてきました。消風散中では苦参が余分な湿気を乾かし、患部に潜む菌や真菌を抑えることで、炎症と痒みを根本から改善する手助けをしています。
- 木通(もくつう):アケビ科のアケビの蔓(つる)。利尿作用を持ち、体内の水湿を排出して熱を散らす働きがあります。尿の出を良くすることで間接的に皮膚のほてりやむくみ・湿りを取り除きます。消風散では、湿疹で滲出液が出たりむくみがあるような場合に、この木通が水はけを良くして症状改善に導きます。また清熱作用もあり、全身的に熱を下げるのを助けています。
- 蒼朮(そうじゅつ):キク科のホソバオケラの根茎。健脾燥湿(消化機能を高め湿をさばく)の代表生薬です。体内の余分な水分を捌いて乾かす力があり、胃腸の働きを良くすることで湿気が溜まりにくい体質へと改善します。消風散は湿邪を除く処方ですが、蒼朮の作用で体質から湿をさばく土台を作り、再発しにくくする狙いがあります。さらに芳香性健胃薬でもあるため、苦参など苦い薬の胃への負担を和らげる役割もあります。
- 胡麻(ごま):ゴマ科のゴマの種子。黒ゴマが用いられることが多く、補血滋陰(血を補い潤いを与える)作用があります。消風散は清熱燥湿の薬が多いため、胡麻で潤いを補ってバランスを取っています。胡麻は栄養価が高く、皮膚や髪に必要な油分やビタミンEなどを含むため、皮膚の乾燥を防ぎ修復を助ける生薬として理にかなっています。また、生薬同士の調和をとる滑らかな働きも期待できます。
- 甘草(かんぞう):マメ科のカンゾウ(甘草)の根。漢方の「調和薬」として有名で、処方全体のバランスを整えます。甘味を持ち他の生薬の強い癖を緩和し、さらに消炎鎮痛や解毒作用も持ち合わせています。消風散では、数多くの生薬のまとめ役として配合され、副次的に炎症やアレルギー反応を鎮める効果も発揮します。ただしグリチルリチン酸を多く含むため、前述のように大量・長期の服用には注意が必要です(消風散での甘草の配合量は0.5gと少なめで安全域にあります)。
以上のように、消風散は「かゆみの原因を取り去る生薬」+「炎症の熱と湿を除く生薬」+「皮膚を潤し栄養する生薬」+「調和薬」がバランスよく組み合わされています。これにより、皮膚の湿潤とかゆみを総合的に改善できるよう工夫された処方になっています。特に防風・荊芥・蝉退・牛蒡子の組み合わせはかゆみを抑える力が強く、そこに石膏・知母・苦参・木通・蒼朮で炎症の元となる熱と湿を取り去り、さらに当帰・地黄・胡麻で皮膚の治癒力を高めつつ乾燥しすぎないようにしています。まさに痒みの原因と結果の両面にアプローチする処方と言えるでしょう。
消風散にまつわる豆知識(歴史・由来など)
最後に、消風散の歴史的背景やちょっとした豆知識をご紹介します。
●出典と命名の由来: 消風散は中国・明代の医師 陳実功 によって著された外科(皮膚科系)の医学書『外科正宗』(1617年)に収載された処方です。宋の時代には既に「痒み」を表す言葉として「風」という概念が使われており、「皮膚を風がそよぐように感じるのが痒みの原因」と考えられていました。
処方名の「消風散」は、この皮膚のかゆみ(風)を取り除くことを目的に名付けられたものです。中国で生まれた処方ですが、日本でも古くから類似処方が用いられており、明治以降に漢方処方の整理が行われた際に消風散として取り入れられ現在に至ります。
●珍しい生薬:蝉の抜け殻: 消風散に含まれる蝉退(セミの抜け殻)は、そのユニークさから時に話題になります。蝉の抜け殻は昔から生薬として利用されており、特に小児科領域で夜泣きやひきつけ、発疹に使われてきました。蝉退にはカルシウムなどのミネラルやキチン質が含まれ、現代研究でも抗炎症作用や免疫調節作用が報告されています。虫の抜け殻を薬に使うというと驚かれるかもしれませんが、漢方の世界では「毒をもって毒を制す」ではありませんが、症状に応じて動物由来の生薬も巧みに活用されてきた歴史があります。
●ゴボウの種と黒ゴマ: 牛蒡子(ごぼうし)は野菜のゴボウの種ですが、日本ではあまり種を食べる習慣がないため生薬としての認知度は低いかもしれません。実はゴボウの種は漢方で喉の腫れや皮膚の炎症に昔から用いられており、民間療法でも湿布薬にされたことがあります。
また胡麻(ごま)は言うまでもなく食用ですが、黒胡麻は漢方的に薬効が高いとされ滋養強壮や美容に古来より珍重されてきました。消風散に食材由来の生薬が入っているのは興味深い点で、食薬同源(食品と薬の源は同じ)の思想を感じさせます。
●服用時の味: 消風散はエキス顆粒剤(茶色の粉末)として処方されることが多いですが、その味はやや苦みがあります。苦参や黄連ほど強烈ではありませんが、石膏や知母のせいか少し土のような風味と、蒼朮のスパイシーな香りが感じられます。
甘草が入っているため後味にほのかな甘みもありますが、総じて漢方薬らしい苦さはあります。しかし「良薬口に苦し」という諺の通り、苦みのある生薬は炎症を鎮めてくれる働きの裏返しでもあります。どうしても飲みにくい場合は、水で飲まずお湯に溶かして温かくすると風味が和らぎ飲みやすくなります。
●現代での評価: 消風散は現在、日本の皮膚科や漢方外来でアトピー性皮膚炎の第一選択肢の一つとして挙げられるほど頻用されています。先述の通り適応症としてアトピーの記載はありませんが、症状が合致する場合に保険診療でも処方され、多くの臨床医がその有用性を実感しています。
ステロイド外用剤や抗ヒスタミン剤だけではコントロールが難しい慢性湿疹患者さんにとって、消風散などの漢方薬併用療法はかゆみの軽減と生活の質向上に寄与するケースが増えています。研究レベルでも、消風散の抗アレルギー作用や皮膚バリア改善効果に関する報告が蓄積されつつあり、伝統薬ながら現代の医学的エビデンスが期待される処方です。
まとめ
消風散(22)は、皮膚の強いかゆみと湿潤を伴う湿疹・皮膚炎に適した漢方薬です。多彩な生薬構成によって炎症とかゆみの原因に幅広くアプローチし、慢性的な皮膚トラブルの改善に役立ちます。ただし、人によって合う合わない(証の違い)があるため、乾燥が強い場合や体力のない場合には別の漢方薬が必要になることもあります。
皮膚の症状は同じように見えても、その裏にある体質は様々です。漢方では一人ひとりの症状パターンに応じて処方を選びますので、自己判断で市販薬を試すより専門家に相談するのが安心です。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。