五苓散(ツムラ17番):ゴレイサンの効果、適応症

目次

五苓散の効果、適応症

五苓散(ごれいさん、ツムラ17番)は、体内の水分バランスを整える漢方薬です。「のどが渇くのに尿量が少ない」という症状がある場合に処方され、水分が体に滞って起こる様々な不調を改善するとされています。体力に関係なく幅広い体質の方に使用でき、頭痛めまい吐き気嘔吐腹痛下痢むくみなどの症状を伴う場合に適応となります。

古くは『傷寒論』『金匱要略』といった漢方の古典に記載されており、いわゆる水滞(すいたい)と呼ばれる体内の「水」の巡りが悪い状態を改善する代表的な処方です。また、近年の研究で五苓散には細胞内の水チャネル(アクアポリン)を調節する作用があることが明らかになり、水分代謝を整える効果に科学的な裏付けがつきました。

よくある疾患への効果

五苓散は日常のさまざまな症状・疾患に応用されます。代表的なものを挙げると次の通りです。

  • 二日酔い:飲み過ぎによる頭痛・吐き気・喉の渇きに効果があります。アルコールで乱れた水分バランスを整え、翌朝のむくみや頭痛を軽減します。
  • 暑気あたり(熱中症の初期):夏の暑さでぐったりし、水分をうまく利用できずにいる状態に用います。五苓散は体にこもった余分な熱と水分を排出し、めまいや倦怠感を改善します。
  • 頭痛(気象病):台風や雨など気圧の変化で起こる頭痛に適しています。気圧の低下で頭に水分が滞留するとズキズキした頭痛が起こりますが、五苓散は余分な水分を減らすことで症状を和らげます。
  • めまい・メニエール病:内耳に液体がたまることで起こるめまいや、メニエール病と診断された方にも使用されます。利水作用により内耳の圧力を下げ、ぐるぐる回るような眩暈の発作を緩和します。
  • 急性胃腸炎(水様性下痢):ウイルス性胃腸炎などで水のような下痢や嘔吐が続く場合に使われます。「水飲即吐」(水を飲むとすぐ吐いてしまう)ような症状に古くから用いられ、吐き気を鎮め下痢を改善する効果があります。
  • むくみ:体質的に水分代謝が悪く、顔や手足がむくみやすい方にも適しています。五苓散は利尿作用によって体内の余分な水分を排出し、むくみによるだるさや重さを緩和します。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け(ツムラ1番〜138番の中から3〜5種)

五苓散と似た症状に対して用いられる漢方薬はいくつかあります。それぞれ含まれる生薬や患者さんの体質(証)の違いから、次のように使い分けられます。

  • 真武湯(30):五苓散と同様に利水作用を持つ処方ですが、体を温める生薬(附子など)が含まれ、体力が低下し冷えが強い人向けです。真武湯では吐き気がないのが特徴で、下痢やめまいがあり、手足や下腹部が冷える水滞の症状に用います。五苓散は比較的急性で一時的な水の滞りに使われるのに対し、真武湯は慢性的な冷えを伴う水滞に適しています。
  • 六君子湯(43):胃腸の調子を整える漢方薬で、食欲不振や胃もたれが中心の方に用いられます。五苓散と同じく下痢や嘔吐に使われることもありますが、六君子湯は体力があまりない痩せ型で、顔色は悪く冷え症の方に向きます。一方、五苓散を用いるケースでは比較的顔色が紅潮し、急性の吐き下しや頭痛を伴うことが多く、症状の現れ方が急激です。
  • 苓桂朮甘湯(39):めまいや動悸、ふらつきに用いられる漢方薬です。五苓散と同じく水分代謝を改善する生薬を含みますが、甘草(かんぞう)が入っており、やや体を温めながら緩やかに利水します。比較的虚弱で冷えやすい人のめまい立ちくらみに適し、逆上せ(のぼせ)がない場合に選ばれます。五苓散はそれよりも実証寄りで、のぼせ気味で顔色に赤みがあり、激しい頭痛や吐き気を伴う場合に使われます。
  • 猪苓湯(40):五苓散と同じく沢瀉や猪苓を含み、利水作用のある処方です。特に排尿困難や残尿感、尿量減少など尿路のトラブルに用いられます。喉の渇きがあり、尿が出にくい膀胱炎や腎炎などに適しています。五苓散も尿量減少のある症状に使われますが、猪苓湯は主に尿路系の炎症やむくみに焦点を当てて用いる点が異なります。

副作用や証が合わない場合の症状

五苓散の効果が体質(証)に合っていない場合、十分な効果が得られないばかりか、かえって体調が悪化することがあります。例えば、水分不足の方や冷え症の方が五苓散を服用すると、余計に口渇(喉の渇き)が強まったり、身体が冷えて腹痛下痢を起こす可能性があります。服用後に「なんとなく合わない」と感じる症状が出た場合は、無理に飲み続けずに医師に相談してください。

併用禁忌・併用注意な薬剤

五苓散と一緒に服用して問題になるお薬は特に知られていません。併用禁忌とされる薬剤はありませんが、以下の点に注意が必要です。

  • 五苓散の利尿作用により、利尿剤(フロセミドなど)や下剤を併用すると脱水や電解質異常(低カリウム血症など)を起こすリスクが高まります。血圧降下薬や腎臓に作用する薬を飲んでいる場合も、五苓散の利尿効果で薬効が変動する可能性があります。
  • 甘草を含む他の漢方薬やステロイド剤を併用している場合、偽アルドステロン症のリスクが増す可能性があります。五苓散自体には甘草は含まれませんが、複数の漢方薬を併用する際は総含有量に注意しましょう。
  • その他、妊娠中腎機能に不安がある方が五苓散を使用する際は、必ず医師に相談してください。また、他に常用している薬がある場合も自己判断で併用せず、医師・薬剤師に安全な組み合わせか確認してもらうことをお勧めします。

含まれている生薬の組み合わせとその理由

五苓散は5種類の生薬から構成されています。4つの生薬が体内の余分な水分を排出する利水作用を持ち、残る1つが体を温めて水分循環を助けます。これらのバランスによって、水分を効率よく調整しつつ体力を損ねないよう工夫されています。それぞれの生薬の役割は以下の通りです。

沢瀉(たくしゃ)

オモダカ(沢瀉)という水草の根茎を乾燥させた生薬です。強い利尿作用があり、体内に停滞した水分を尿として排泄させます。特に下半身や泌尿器周辺の水分代謝を促し、むくみ・尿量減少・めまいなどの改善に寄与します。

猪苓(ちょれい)

チョレイマイタケというキノコの菌核を乾燥した生薬です。利水作用があり、腎臓からの水分排泄を助けます。沢瀉とともに尿量を増やし、体内の余分な水を出すことで、口渇やむくみ、排尿障害の改善に役立ちます。また、利尿により尿路の洗浄効果も期待でき、膀胱炎など炎症の改善補助にも用いられます。

茯苓(ぶくりょう)

マツホド(茯苓)というキノコの菌核を乾燥した生薬です。利尿作用に加え、胃腸の働きを整える作用(健脾作用)があります。体内の水分巡りを良くしつつ、胃のムカムカや不安感を鎮める効果も期待できます。五苓散では、茯苓が水分を捌きながら消化機能を補助することで、利尿剤のように水だけを無理に抜くのではなく、全身のバランスを整えています。

白朮(びゃくじゅつ)または蒼朮(そうじゅつ)

オケラの根茎を乾燥した生薬です。胃腸を元気づける健脾作用と利水作用をあわせ持ちます。体内の余計な水分を吸い取り除去する一方で、水分代謝の要である脾(胃腸)を強めることで、下痢やむくみを改善します。五苓散の中で白朮は、利尿作用のある他の生薬と協力して水を捌きつつ、消化機能を助けることで体力の消耗を防ぐ役割を担っています。

桂枝(けいし)

肉桂(シナモン)の若い枝を乾燥した生薬です。体を温めて血行を良くし、発汗を促す作用があります。五苓散では、桂枝が加わることで体内の「水」の巡りを活発にし、他の利水薬の作用を全身に行き渡らせます。また、桂枝は冷えや頭痛など表に現れる症状も緩和し、五苓散が単なる利尿薬ではなく全身のバランスを整える処方となるよう支えています。

五苓散にまつわる豆知識

  • 歴史と由来:五苓散は、中国の後漢時代に張仲景(ちょうちゅうけい)という名医が著した『傷寒論』『金匱要略』に収載された処方です。約1800年前から利用されており、日本でも古くから水毒(水滞)を除く薬として珍重されてきました。名前の「五苓散」は5種類の生薬からなる散剤であることに由来し、猪苓と茯苓という2つの「苓」が付く生薬が含まれるためこう呼ばれます。
  • 味・飲みやすさ:五苓散は甘草を含まないため甘みはなく、やや土っぽい風味の中に桂枝のほのかな香りが感じられる味です。人によってはわずかに苦味を感じますが、癖の強い生薬は入っていないため漢方薬の中では比較的飲みやすい方です。現在は水に溶けやすい顆粒剤が市販されており、携帯しやすく味も改良されています。
  • 現代での利用:五苓散は暑い季節の熱中症予防や、飲み会後の二日酔い対策として現代でも活用されています。市販薬として薬局で購入できるため、夏祭りや登山の際のお守り代わりに持参する人もいます。また、気象病(天気による体調不良)へのセルフケアとして五苓散が紹介されることもあり、伝統の漢方処方が現代のライフスタイルに適応して利用され続けています。

まとめ

五苓散は、水分代謝の乱れからくる様々な症状に幅広く使える漢方薬です。のどの渇き、尿の出が悪い、吐き気や下痢、頭痛、めまい、むくみといった症状に対して、余分な水分を体から排泄することで改善効果を発揮します。比較的副作用が少なく、体力に関わらず使用しやすい処方ですが、やはり漢方薬は一人ひとりの体質(証)に合っているかが重要です。似たような症状でも、人によって五苓散が合う場合と他の処方が適する場合があります。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

  • URLをコピーしました!
目次