柴胡桂枝乾姜湯(ツムラ11)の効果、適応症
柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)は、漢方古典『傷寒論』由来の処方です。体力が乏しく、冷え症で貧血気味、動悸や息切れを起こしやすく神経過敏な方によく用いられます。具体的な適応症は、更年期障害やホルモン変動に伴う不調(血の道症)、不安神経症や不眠症など心身両面の症状がある場合です。
この漢方薬には、体を内側から温めて弱った機能を回復させる作用があります。イライラやほてりを鎮め、冷えや体力低下を補って心身のバランスを整えます。特に更年期でストレスが多く、疲れやすく不安感が強い方に適しています。
よくある疾患への効果
柴胡桂枝乾姜湯は、更年期障害やホルモン変動による不調に用いられます。ホルモン変化による不安感や動悸、のぼせ、寝汗などを和らげ、冷えを改善することで心身の負担を軽減します。また、ストレスからくる不眠症や神経症(不安で動悸がする等)にも効果があり、高ぶった神経を鎮めて自然な眠りを促します。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
同じような症状に用いられる漢方薬はいくつかあり、患者さんの体質(証)や症状の違いによって使い分けます。代表的な処方を3つ紹介します。
加味逍遥散(24)
更年期の代表処方加味逍遥散(かみしょうようさん、ツムラ24番)は、ストレスでイライラし、のぼせや肩こりがあるタイプに用います。ホットフラッシュや強い怒りがある場合に適します。一方、柴胡桂枝乾姜湯はのぼせより冷えが目立つ虚弱な人に向きます。
柴胡加竜骨牡蛎湯(12)
柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう、ツムラ12番)は、柴胡桂枝乾姜湯とは異なり体力中等度以上の人に用いられ、強い不安感や動悸、不眠がある場合に適します。虚弱で冷えがあるなら柴胡桂枝乾姜湯、体力があり精神症状が強ければ柴胡加竜骨牡蛎湯と区別します。
なお、ストレスで喉の詰まりや吐き気が強い場合には半夏厚朴湯(16)が用いられることもあります。
副作用や証が合わない場合の症状
漢方薬にも副作用はあります。柴胡桂枝乾姜湯で特に注意すべき重篤な副作用は次の通りです。
- 偽アルドステロン症: 甘草(カンゾウ)の成分であるグリチルリチンの作用により、血圧上昇、むくみ、低カリウム血症などが起こることがあります。手足のしびれや筋力低下、倦怠感が出たら服用を中止し医師に相談してください。
- 間質性肺炎: まれに柴胡(サイコ)含有処方で肺に炎症(間質性肺炎)が起こることがあります(インターフェロン併用時に報告あり)。咳込みや息切れ、発熱が出た場合は直ちに服用を中止し、医師の診察を受けてください。
- 肝機能障害: 黄芩(オウゴン)はまれに肝機能異常を引き起こすことがあります。全身の倦怠感や黄疸、食欲不振などが現れたら服用を中止し、医師に相談してください。
また、証が合わない場合は十分な効果が得られず、かえって体調が悪化することもあります。体力が充実して熱っぽい人が服用すると、かえってほてりや胃もたれを感じるかもしれません。
併用禁忌・併用注意な薬剤
柴胡桂枝乾姜湯を服用する際に、一緒に飲むと注意が必要な薬剤があります。複数の薬を併用する場合は、必ず医師や薬剤師に相談しましょう。
- 利尿薬(フロセミドなど): 甘草の作用で低カリウム血症を起こしやすくなるため、不整脈などのリスクが高まります。
- ステロイド剤(プレドニゾロンなど): ステロイドもカリウムを失わせる作用があり、甘草との併用で筋力低下や血圧上昇が起こりやすくなります。
- 強心配糖体(ジギタリス製剤): 甘草による電解質の変化でジギタリス製剤の毒性(不整脈など)が増強される可能性があります。
- インターフェロン製剤: 柴胡を含む漢方薬との併用で間質性肺炎の報告があります。原則として併用は避けましょう。
- 肝毒性のある薬: 黄芩の影響で肝障害のリスクがあるため、他に肝臓に負担のかかる薬を使う際は定期的な肝機能検査が望ましいです。
- 甘草を含む製品の重複: シロップ剤や他の漢方薬など、甘草を含むものを複数併用すると偽アルドステロン症のリスクが高まります。
含まれている生薬の組み合わせとその理由
柴胡桂枝乾姜湯には7種類の生薬が配合されています。それぞれが役割を持ち、組み合わせることで虚弱な状態の心身を立て直します。
- 柴胡(さいこ): ミシマサイコの根。ストレスや熱を発散させ、こもった熱と緊張を取り除く。
- 黄芩(おうごん): コガネバナの根。苦味で熱や炎症を冷まし、ほてりやイライラを鎮める。
- 桂枝(けいし): ニッケイ(シナモン)の枝。温めて発汗を促し、冷えによる不調を緩和。
- 乾姜(かんきょう): 乾燥生姜。体を芯から温めて胃腸を活性化し、内臓の冷えや水滞を改善。
- 栝楼根(かつろこん): カラスウリの根(天花粉)。潤いを補い、渇きや乾燥を癒す。
- 牡蛎(ぼれい): カキの貝殻の加工品。鎮静作用で精神不安や動悸、寝汗を抑える。
- 甘草(かんぞう): カンゾウの根。甘味で全体を調和し、他の生薬の働きを整え胃腸を保護する。
この処方は「熱を冷ましつつ冷えを温める」という一見矛盾する働きを両立させています。柴胡・黄芩で余分な熱や炎症を抑え、桂枝・乾姜で冷えを補い、栝楼根で潤いを与え、牡蛎で神経を鎮め、甘草で全体を調和する――これらの組み合わせにより、心身のアンバランスを是正して症状を改善する狙いがあります。
柴胡桂枝乾姜湯にまつわる豆知識
- 歴史: 中国漢代の医書『傷寒論』(約1800年前)に記載された処方です。本来は風邪の経過中に汗をかかせ過ぎて体力と水分を失った状態の治療薬でした。江戸時代から日本で用いられ、現代では更年期やストレス症状への応用も注目されています。
- 味: 柴胡・黄芩の苦味と桂枝・乾姜のピリッとした辛みが特徴です。甘草由来の甘みも少し感じられ、エキス顆粒では飲みやすく工夫されています。
- エピソード: 加味逍遥散ほど有名ではありませんが、ある患者さんから「神様のような薬」と絶賛された例もあります。近年、PTSDや慢性膵炎などへの応用研究も進んでおり、ストレス社会での活用が期待されています。
まとめ
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。