乙字湯(ツムラ3番):オツジトウの効果、適応症

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乙字湯(3)の効果・適応症

乙字湯(3)は、主に痔(じ)や便秘の症状に用いられる漢方薬です。体力が中程度以上で、大便が硬く便秘傾向のある痔症状に適しています。具体的な適応症は、肛門にできるいぼ(痔核・いぼ痔)、排便時に生じる切れ痔(裂肛)、便秘、そして軽い脱肛などです。漢方の視点では、痔は肛門部の血液の滞り(瘀血〔おけつ〕)や熱によって起こると考えられます。乙字湯は瀉下(下剤)的な作用で便通を促しつつ、血行を改善して炎症や腫れを抑えることで、こうした痔の症状を内側から改善していきます。

よくある疾患への効果

乙字湯は以下のような痔に関連する代表的な症状に効果が期待できます。

  • 痔核(いぼ痔):肛門内外にできる「いぼ状」の痔で、痛みや出血を伴うことがあります。乙字湯は便を柔らかくして排便時の負担を減らし、滞った血の巡りを良くすることで痔核による痛みや腫れ、出血を緩和します。
  • 裂肛(切れ痔):硬い便や強いいきみで肛門の粘膜が裂ける状態です。乙字湯を服用すると便通がスムーズになり、排便時の傷つきを減らせるため、切れ痔の治癒を助けます。また抗炎症作用により痛みや炎症も和らげます。
  • 軽度の脱肛:排便時に直腸の一部が一時的に脱出してしまう状態です。乙字湯に含まれる生薬には、腸の動きを調節して排便を促す作用とともに、組織を引き締める働きを助けるものがあります。便通が整うことで過度ないきみが減り、脱肛の改善にもつながります。
  • 慢性的な便秘:便秘そのものにも乙字湯は有効です。劇的に強い下剤ではありませんが、緩やかに腸を刺激して排便を促すため、習慣的な便秘で硬便になりがちな方の便通を改善します。便秘が解消されることで、痔の予防・改善にもつながります。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

痔の症状や便秘に対しては、乙字湯以外にもいくつかの漢方薬が症状や体質に応じて用いられます。それぞれ特徴が異なるため、患者さんの状態に合わせて使い分けが行われます。代表的な処方をいくつか紹介します。

桂枝茯苓丸(25)

痔の原因の一つである瘀血を改善する代表処方です。**桂枝茯苓丸(25)**はお腹の血行不良を改善する作用があり、女性の月経不順やお腹のしこりにも使われます。便秘を改善する生薬は含まないため、便秘を伴わない痔で血の滞りが主体の場合に用いられることがあります。体力中等度で冷え症傾向のある人にも適し、下剤成分がない分、虚弱な方にも比較的マイルドです。

麻子仁丸(126)

便秘がちな痔の患者でも、体力がそれほどなく乾燥傾向の方には**麻子仁丸(126)**が検討されます。麻子仁丸は腸を潤し便を軟らかくすることで便秘を解消する処方で、硬いコロコロした便に効果的です。乙字湯よりも穏やかで、高齢者や産後など体力が低下した人の便秘・痔に向いています。ただし血行促進の力は乙字湯ほど強くないため、出血や炎症が強い痔よりも、慢性的な便秘改善が主目的の場合に使われます。

桃核承気湯(61)

桃核承気湯(61)は比較的体力があり、のぼせやイライラを伴うような熱証の便秘に用いられる処方です。便秘と同時に下腹部の瘀血を取る作用が強く、月経不順や産後のうつ症状にも使われますが、適応に痔疾も含まれます。大黄など瀉下薬が多く含まれるため作用は乙字湯より強めで、頑固な便秘や充血が顕著な痔で用いられます。ただし下痢になりやすい人や虚弱な人には刺激が強すぎることがあるため注意が必要です。

補中益気湯(41)

補中益気湯(41)は痔そのものの薬ではありませんが、体力虚弱で痔がなかなか治らない人に用いられることがあります。特に長引く痔や脱肛は、気の不足によって肛門周辺の組織が支えきれない「気虚下陥(ききょげかん)」という状態で起こることがあります。補中益気湯は胃腸の働きを高めて気力体力を補い、下がった内臓を持ち上げる効果が期待できる処方です。疲れやすく顔色が悪いような虚証の痔で、出血や脱肛を繰り返す人に体質改善的に用いられます(便秘傾向がない場合に適します)。

副作用や証が合わない場合の症状

漢方薬も薬ですので、乙字湯にも副作用が生じる可能性があります。比較的よく見られるのは、胃もたれ軟便・下痢、腹痛などです。これは瀉下作用が強く出すぎたり、体質的に胃腸が弱い方に起こりやすい症状です。また、まれに発疹やかゆみなどのアレルギー症状が出ることもあります。

重大な副作用は頻度こそ低いものの報告されています。長期大量服用により偽アルドステロン症(低カリウム血症)という状態を引き起こし、手足のだるさ・しびれ、血圧上昇やむくみ、筋力低下などが起こる恐れがあります。また、非常にまれですが間質性肺炎(せきや息切れ、発熱が続く肺の重い炎症)が報告された例もあります。黄芩を含むため肝障害を起こす場合もあり、採血で投与前後の肝機能の比較が必要です。
服用中に息苦しさが出たり、明らかに体調がおかしい場合はすぐに医師に相談してください。

漢方の考え方で「証(しょう)が合わない」ときも、副作用様の症状が現れることがあります。乙字湯は体力があり便秘傾向の人向けの処方なので、虚弱で下痢がちの人が飲むとかえって下痢や倦怠感がひどくなったり、逆に痔の症状が悪化することもあります。体質に合っていないと感じたら無理に続けず専門家に相談しましょう。

併用禁忌・併用注意な薬剤

乙字湯を服用している間に一緒に飲んではいけない薬や、注意が必要な併用があります。まず、他の下剤との併用は避けましょう。乙字湯自体に便通を促す生薬(大黄など)が入っているため、さらに下剤を重ねると下痢や腹痛を招く恐れがあります。市販の便秘薬(センナやビサコジルなど刺激性下剤)や同じく便通を良くする漢方(大黄甘草湯など)との重複は禁忌です。

また、乙字湯には甘草(カンゾウ)が含まれています。甘草に含まれるグリチルリチンという成分は、利尿薬やステロイド剤と一緒に使うと低カリウム血症を起こしやすくなることがあります。利尿薬やステロイド剤を服用中の方は、乙字湯を併用するとき医師・薬剤師に相談し注意深く経過を見る必要があります。同様に不整脈の薬(ジギタリス製剤など)を飲んでいる場合も、カリウム低下に伴う副作用に注意が必要です。

さらに、妊娠中や授乳中の乙字湯の使用にも注意が必要です。妊娠中の方は子宮を収縮させる恐れがある生薬(大黄など)が入っているため、使用する際は必ず医師と相談してください。授乳中の方も、乳児に下剤成分が影響する可能性があるため授乳は避けるか、服用自体を控えることが望ましいでしょう。

含まれている生薬の組み合わせと選ばれている理由

乙字湯は6種類の生薬から構成されています。それぞれが痔や便秘の症状改善に役立つ作用を持っており、バランスよく組み合わされています。

  • 当帰(とうき):血の巡りを良くし、損なわれた血を補う作用があります。瘀血を改善し、傷ついた組織の修復を助けるため、痔による出血や炎症の改善に寄与します。
  • 柴胡(さいこ):体の熱をさまし、気の巡りを整える生薬です。ストレスや肝の不調で生じる便秘傾向を和らげ、他の生薬と協調して炎症を鎮めます。柴胡はまた全身のバランスをとり、症状のぶり返しを防ぐ働きも期待できます。
  • 黄芩(おうごん):消炎・抗菌作用を持ち、体の余分な熱や湿気を取ります。痔で腫れて熱をもった患部の炎症を沈め、痛みやかゆみを軽減します。下腹部のこもった「熱」を冷ます役割として重要な生薬です。
  • 甘草(かんぞう):炎症を和らげ、痛みを緩和する甘味の生薬です。他の生薬の調和剤(緩衝役)として働き、全体の作用をまろやかにまとめます。甘草のおかげで大黄の刺激が和らぎ、胃腸への負担を減らす効果もあります。
  • 升麻(しょうま):解毒作用と升提(しょうてい)作用(持ち上げる作用)を持つ生薬です。痔瘡を古くは「肛門の沈降」と捉える考えもあり、升麻は下がった気を持ち上げて脱肛を防ぐ一助になります。また、体表近くの炎症を鎮める働きもあり、痔の腫れや痛みに有用です。
  • 大黄(だいおう):緩下作用(穏やかな下剤作用)を持つ生薬で、便秘を直接改善します。腸の動きを活発にし、滞ったものを押し出す力があります。また血行を良くし瘀血を散らす作用もあるため、痔による鬱血状態の改善にも役立ちます。大黄により便通をつけることで、痔の原因そのものにアプローチします。

これら6つの生薬の組み合わせにより、乙字湯は「血行促進+炎症鎮静+便通改善」という痔治療に理想的な効果を発揮します。たとえば当帰・柴胡・黄芩で炎症と瘀血を改善し、升麻で脱肛を防ぎつつ、大黄で原因の便秘を解消、甘草で全体を調整する――というように、それぞれの生薬が役割分担しつつ相乗効果を上げるように作られているのです。

乙字湯にまつわる豆知識(歴史・味・エピソードなど)

痔の特効薬ともいえる乙字湯ですが、その成立には興味深い歴史があります。江戸時代、水戸藩の侍医であった原南陽という漢方医が、戦場で苦しむ武士たちの痔を治療するために考案した処方が乙字湯の始まりとされています。戦国時代の武将や兵士は長時間の馬上や不規則な食生活で痔に悩まされることが多く、原南陽は戦場で役立つ処方をいくつか創出しました。乙字湯はその2番目の処方という位置づけで、「乙」という字が“第二の”という意味合いで使われています(痔のことを直接「痔」と書くのを避けたとも言われます)。同じシリーズには、瘀血を治す「甲字湯」や淋病に対する「丙字湯」、腹痛に対する「丁字湯」などがありました。

名前の由来以外にも、乙字湯にはいくつかの豆知識があります。例えば、乙字湯は明治以降も長く愛用され、昭和の漢方復興期には痔疾の名方として再評価されました。現在でも医療用として処方されるほか、第2類医薬品として薬局で購入できる乙字湯エキス製剤が各社から販売されています。市販の痔疾用漢方薬の多くは乙字湯をベースに作られており、それだけこの処方が痔に効果的であることを物語っています。

また、乙字湯のについて触れておくと、独特の薬草の香りと甘苦い味が特徴です。黄芩や大黄の苦味と甘草の甘みが合わさった風味で、飲み慣れないうちは多少の飲みにくさを感じるかもしれません。服用の際は水や白湯でしっかり飲み流すと良いでしょう。なお、漢方薬は即効性よりも体質改善による根本治療を目的としているため、乙字湯も継続して服用することで徐々に効果を発揮する薬です。痔の症状が和らいできても、再発予防のためにしばらく服用を続けるケースもあります(医師や薬剤師の指示に従いましょう)。

まとめ

乙字湯(3)は、痔核・切れ痔などの痔症状や便秘に効果を発揮する漢方薬で、適切な体質の方に用いれば症状の改善が期待できます。含まれる生薬が協力して痔の原因と症状の両面に作用するため、うまくハマれば西洋薬にはない総合的な改善が望めます。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。

証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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