清暑益気湯(ツムラ136番):セイショエッキトウの効果、適応症

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清暑益気湯(136)の効果・適応症

清暑益気湯(せいしょえっきとう)は、その名前が示すとおり「暑さを取り除き、気を益す」効果を持つ漢方薬です。暑さで弱った消化機能を立て直し、低下した体力(漢方でいう気虚状態)を回復させる作用があります。
いわゆる夏バテ(夏負け)や暑気あたりに用いられる代表的な処方で、暑さによる食欲不振、下痢、全身の倦怠感、夏やせなどの症状に適応します。特に身体に熱感があり、口の渇きが強く、軟便傾向で尿量低下などの特徴がみられる場合に効果的です。暑い時期に体力が落ちやすく、だるさや食欲低下が続くような方の「元気を補う」漢方薬といえます。

清暑益気湯がよく効く主な疾患・症状

清暑益気湯は主に夏の高温多湿環境に関連して起こる不調に用いられます。具体的には、熱中症の初期症状夏バテによるさまざまな不調に効果があります。猛暑下で大量の汗をかいて体力を消耗し、脱水によるめまいや立ちくらみ激しい倦怠感食欲不振下痢などが続く場合に、この漢方が体内にこもった余分な熱を冷ましつつ不足したエネルギーと水分を補い、症状の改善を促します。
また、炎天下での作業後や真夏の屋外スポーツ後に生じる脱力感軽度の熱中症(暑気あたり)にも用いられ、体のほてりやのぼせを鎮めながら元気を回復させる効果があります。さらに、酷暑が続く夏の後半から初秋にかけて現れやすい食欲低下や夏痩せ寝苦しさや不眠といった夏バテ症状全般に幅広く対応できます。ただし、重度の熱中症で意識障害や高度の脱水がある場合は緊急の医学的処置が必要で、清暑益気湯はあくまで軽度~中等度の症状改善に役立つ補助的な治療となります。

類似の症状に用いられる漢方薬と清暑益気湯との使い分け

夏場の体調不良に対しては清暑益気湯以外にも複数の漢方処方が使われます。それぞれの特徴を知り、症状に応じて使い分けることが大切です。ここでは、同様の症状によく用いられる漢方薬をいくつか挙げ、清暑益気湯(136)との違いを解説します。

五苓散(17)との使い分け

五苓散(17)は体内の水分バランスを整える処方で、特にめまい、吐き気、下痢など水分代謝の乱れからくる症状に効果があります。高温多湿の環境で汗をかいた後に生じる脱水症状や、のぼせによる頭痛・めまいが出始めた段階では五苓散のほうが適しています。五苓散は余分な水を排出してめぐりを改善するため、熱中症の初期(のぼせやめまい、吐き気)にまず用いられることが多い処方です。一方、清暑益気湯は脱水・発汗によって気力や体力そのものが消耗した後の倦怠感食欲不振を回復させるのに適しています。つまり、熱中症の予兆には五苓散、発症後の体力低下には清暑益気湯といった使い分けになります。

補中益気湯(41)との使い分け

補中益気湯(41)も疲労倦怠や食欲不振に用いられる有名な漢方薬で、比較的体力が落ち消化機能が衰えた方の全身倦怠感食欲不振を改善します。清暑益気湯と同じく人参や黄耆など補気薬を含むため、両者とも「元気をつける」作用がありますが、補中益気湯には清暑益気湯のような体の熱を冷ます生薬(黄柏など)や潤す生薬(麦門冬や五味子)が含まれていません。そのため補中益気湯は純粋に気力を補うことに特化した処方です。
熱感やのぼせが落ち着いた後も疲労が抜けず食欲不振が続く場合や、冷房の効いた室内にいてもだるさがある場合には補中益気湯が向いています。一方、暑さによるほてりや口渇を伴う場合は清暑益気湯のほうが適しています。実際の臨床でも、夏の初めで疲れやすく食欲低下が出てきた段階では補中益気湯を早めに服用し、下痢や吐き気など暑さによる症状が強く出始めたら清暑益気湯に切り替える、といった使い分けがされています。

六君子湯(43)との使い分け

六君子湯(43)は胃腸の調子を整える代表的な漢方薬で、食欲不振や胃もたれ、吐き気など消化不良の症状に用いられます。夏場は冷たい飲食物の摂り過ぎや冷房で胃腸が弱りがちですが、六君子湯は胃を温めて機能を高める処方のため、冷えや胃の不調が主体の夏バテに適しています。清暑益気湯にも陳皮や蒼朮といった消化機能を助ける生薬は含まれますが、六君子湯ほど消化器症状への特化はされていません。
一方で六君子湯には清暑益気湯のような体内の余分な熱を冷ます生薬が含まれないため、暑さによるほてりや大量の発汗があるケースでは清暑益気湯のほうが適しています。まとめると、胃の冷え・食欲不振中心なら六君子湯、暑さによる気力低下と脱水症状には清暑益気湯といった棲み分けになります。

十全大補湯(48)との使い分け

十全大補湯(48)は文字通り「すべてを補う」力強い処方で、病後の衰弱や貧血など気力と血の両方が不足した状態(気血両虚)に用いられます。清暑益気湯や補中益気湯が「気」を補うのに対し、十全大補湯は当帰や地黄など血を補う生薬も配合されており、体力と血色の両面を改善するのが特徴です。夏バテでも長期間食欲不振が続いて貧血気味で手足が冷えるような人には、清暑益気湯よりも十全大補湯など血も補える処方が適する場合があります。
ただし十全大補湯は体を温める作用が強めで、体内にこもった熱を冷ます力はありません。そのため、夏場特有ののぼせや熱感があるうちは清暑益気湯、夏の終わり頃に体力と血の両方が不足している状態になれば十全大補湯といった形で、症状の経過に応じて使い分けることも可能です。清暑益気湯である程度ほてりが取れた後、なおも体が極度に虚弱な場合に十全大補湯や人参養栄湯(108)へ切り替えていく、というように段階的に補っていく処方選択も行われます。

副作用や証が合わない場合の症状

清暑益気湯は比較的穏やかな漢方薬ですが、証(しょう)が合わない場合や長期服用時には副作用が生じることがあります。含まれている甘草(かんぞう)の作用により、稀に偽アルドステロン症という重篤な副作用が起こることがあります。偽アルドステロン症になると、原因物質であるアルドステロンというホルモンが増えていないにも関わらず、血圧上昇、むくみ、低カリウム血症などの症状が現れます。

初期症状としては手足のだるさやしびれ、こわばり、筋力低下、頭痛などがみられます。これらは甘草に含まれるグリチルリチンによる副作用で、浮腫や血圧上昇、筋力低下が進行すると脱力感や不整脈、筋肉痛につながる恐れがあります。幸い偽アルドステロン症は頻繁に起こるものではありませんが、清暑益気湯を含め甘草を含む漢方薬を併用・長期使用している場合は注意が必要です。服用中に「何となく力が入らない」「足がつる」「体がむくむ」といった異変を感じたら、服薬を中止し医師に相談してください。

また、この漢方が体質に合わない場合には効果が見られないだけでなく、かえって胃もたれや下痢などの症状が悪化することがあります。清暑益気湯には体を冷ます生薬が含まれるため、元々冷え症で胃腸が弱い方が服用すると冷えが強まってしまい、食欲不振が悪化する可能性があります。

そのほか、まれに発疹、蕁麻疹などのアレルギー症状が出るケースも報告されています。特にアルドステロン症の持病がある方、低カリウム血症の方、ミオパチー(筋疾患)のある方では症状を悪化させる恐れがあるため、この処方は禁忌とされています。これらに該当する方には原則として清暑益気湯は使用しません。いずれにせよ漢方薬も薬の一種ですので、自己判断で長期間服用せず、異常を感じた際は早めに専門医に相談するようにしましょう。

清暑益気湯の併用禁忌・併用注意事項

清暑益気湯を他の薬剤と併用する際にはいくつか注意点があります。まず、甘草(グリチルリチン酸)を含む他の薬剤との併用には注意が必要です。風邪薬や胃腸薬など、市販薬の中にも甘草成分を含むものがあり、清暑益気湯と重ねて服用すると偽アルドステロン症のリスクが高まります。漢方薬同士でも、例えば甘草を含む別の漢方処方(複数の漢方の同時服用)は避けたほうが無難です。併用が必要な場合は総甘草量が過剰にならないよう医師・薬剤師が調整します。

また、利尿剤を服用中の方も要注意です。ループ利尿薬やサイアザイド系利尿薬(降圧利尿剤)などカリウム排泄を促す薬と清暑益気湯を一緒に飲むと、低カリウム血症がより起こりやすくなり、筋力低下や不整脈の危険性が増します。必要に応じて医師が血中カリウム値のモニタリングを行ったり、利尿剤の種類を調整したりしますので、現在服用中の薬は必ず伝えてください。さらに、漢方の感冒薬や鎮咳去痰薬の中にも甘草が含まれるものが多いため、咳止めシロップ等との併用でも念のため注意しましょう。

一般的に清暑益気湯自体に絶対的な併用禁忌薬はありませんが、上記のように作用が重複する薬剤(甘草含有薬)や作用機序が競合する薬剤(カリウムを失わせる薬)との併用は副作用発現のリスクが上がるため、十分注意して使う必要があります。治療上どうしても併用が必要な場合は、医師が副作用症状に目を配りながら処方しますので、自己判断で複数の薬を組み合わせて服用することは避けてください。

清暑益気湯の配合生薬とその役割

清暑益気湯には全部で9種類の生薬がバランス良く配合されています。各生薬の役割を知ると、この処方がなぜ夏バテに有効なのかが見えてきます。清暑益気湯を構成する生薬と、その選定理由は以下のとおりです。

  • 蒼朮(そうじゅつ):胃腸の機能を高め、体内の余分な水分を捌く作用があります。暑気で弱った脾胃(消化機能)を立て直し、だるさや食欲不振の改善に寄与します。
  • 人参(にんじん):いわゆる高麗人参です。強力な補気作用があり、汗をかきすぎて消耗したエネルギーを補充します。全身の倦怠感や無気力状態を改善し、体力をつけてくれます。
  • 麦門冬(ばくもんどう):オフィオポゴンというユリ科の植物の根で、体の陰液(潤い)を補う作用があります。発汗で失われた体液を補い、喉の渇きや乾いた咳を和らげます。清暑益気湯では、乾いた身体に潤いを与え渇きを癒す役割です。
  • 黄耆(おうぎ):漢方でよく使われる生薬で、全身の気を補い汗の調整をする作用があります。清暑益気湯では人参とともに主要な補気薬となり、夏の疲労からの回復力を高めます。また、皮膚表面のバリア機能を高めて汗の漏出を防ぐ働きも持つため、汗っかきでバテやすい人にも有用です。
  • 陳皮(ちんぴ):ミカンの皮を乾燥させた生薬で、芳香健胃作用があります。胃の働きを助けて消化を促進し、食欲不振や胃のもたれを改善します。蒼朮とともに弱った胃腸を元気にする役割で、湿気による胸のつかえ感や吐き気も和らげてくれます。
  • 当帰(とうき):セリ科の植物トウキの根で、血を補い巡らせる作用があります。夏バテで栄養状態が落ちると血(けつ)も不足しがちになりますが、当帰が少量加わることで血行が改善し、全身に栄養が巡りやすくなります。また、当帰は補血に加え緩やかな鎮静作用も持つため、夏の不眠やイライラの緩和にも一役買っています。
  • 黄柏(おうばく):キハダの樹皮で、非常に苦味の強い生薬です。清熱作用(体のこもった熱を冷ます)があり、夏の暑気によるほてりや炎症、下痢を鎮めます。苦味で胃腸の働きを引き締める効果もあるため、水様性の下痢や軟便を改善し、食欲を取り戻させる狙いで用いられています。
  • 甘草(かんぞう):生薬の調和剤として広く使われるカンゾウの根です。緩和作用があり、他の生薬のクセを和らげて全体のバランスを取ります。同時に補気・消炎作用も持つため、弱った体を優しく補強しつつ胃腸の炎症を鎮める役割も担っています。
  • 五味子(ごみし):チョウセンゴミシという植物の果実で、酸味の強い生薬です。汗や体液の漏出を防ぎ(収斂作用)、体内の潤いを守ります。発汗過多で疲弊した状態にブレーキをかけ、体力の消耗を防ぐ重要な役割があります。また五味子は気持ちを落ち着かせる作用も持つため、夏バテによる動悸や不安感の軽減にも有効です。

このように清暑益気湯は、気を補う生薬(人参・黄耆)、汗と水分を調節する生薬(麦門冬・五味子)、こもった熱を冷ます生薬(黄柏)、胃腸を助ける生薬(蒼朮・陳皮)などが組み合わされており、夏による「気・水・熱」の乱れを総合的に整える処方となっています。まさに「暑さ」を取り除き「気」を益す生薬の組み合わせで、夏場の体力低下に対してバランスよくアプローチする設計がされています。

清暑益気湯にまつわる豆知識あれこれ

最後に、清暑益気湯に関する少し踏み込んだ豆知識をご紹介します。清暑益気湯はその優れた効果から夏バテの特効薬のように思えますが、実は元々15種類もの生薬からなる処方だったことをご存知でしょうか。中国・金代の名医である李東垣(りとうえん)(李杲とも、13世紀の医師)が著書『脾胃論』の中で記載した「清暑益気湯」は、神麹(しんきく)や葛根、青皮、升麻、沢瀉など現在の処方には含まれていない生薬も加えた15味方でした。その後、即効性を重視して生薬を絞り込み、現在の9味からなる処方が広く用いられるようになった経緯があります。時代や医師により多少の加減はありますが、基本的な考え方は「暑さで傷ついた気と津液を立て直す」という点で一貫しています。実際、清暑益気湯は李東垣が提唱した補気剤補中益気湯(41)をベースに、夏の暑さ対策としてアレンジされた処方とも言われます。補中益気湯から体を温めて陽気を上昇させる生薬(柴胡や升麻など)を除き、代わりに黄柏や麦門冬など冷ます・潤す生薬を加えることで、暑気あたりに対応したのが清暑益気湯です。このような処方の成り立ちを知ると、補中益気湯との違いや使い分けもより理解しやすくなるでしょう。

清暑益気湯は日本ではツムラ社のエキス製剤「ツムラ清暑益気湯(136)」として処方箋医薬品で利用できます。市販薬として扱っているメーカーもあり、薬局で購入可能な場合もありますが、症状に合った漢方かどうか専門家の判断を仰ぐことが重要です。なお、エキス顆粒のは淡黄色〜茶色で苦みとわずかな甘みがあります。これは配合されている黄柏の強い苦味と、人参・甘草の甘みが混ざった独特の風味です。決して飲みにくいほどの苦さではありませんが、初めて服用する際はその苦みを感じるかもしれません。ただ、後味にほんのり甘さも残るため、慣れてくると「意外と飲みやすい」と感じる方も多いようです。煎じ薬の場合はさらに風味が濃厚になりますが、暑い季節にはむしろ清涼感のある苦味が心地よく感じられるとの声もあります。

また、清暑益気湯という名前そのものも覚えやすく、患者さんから「まさに夏バテに効きそうな名前ですね」と言われることがあります。漢方の処方名には歴史的経緯から一見わかりにくいものも多い中、清暑益気湯はその効能が直感的に伝わるネーミングと言えるでしょう。ちなみに処方番号「136番」はツムラの漢方製剤で付けられた番号で、1番の葛根湯(1)から数えて136番目に位置することを意味します(決して効果の強さを表す順位ではありません)。清暑益気湯は日本では歴史が浅めの処方ですが、近年の猛暑続きもあり夏バテ対策の漢方薬として徐々に知名度が上がってきています。処方経験のある医師も増え、暑さに弱い体質の方への定番処方の一つとなりつつあります。

まとめ

清暑益気湯(136)は、夏の暑さによる体力低下や食欲不振、倦怠感といった症状に効果的な漢方薬です。ただし、漢方薬は患者様一人ひとりの(体質・症状の傾向)に合わせて選ぶ必要があり、適切な処方選択には専門知識が求められます。夏バテかな?と思っても自己判断で市販薬を選ぶのではなく、漢方に詳しい医師や薬剤師に相談することをお勧めします。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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