三物黄芩湯(ツムラ121番):サンモツオウゴントウの効果、適応症

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三物黄芩湯の効果、適応症

三物黄芩湯(さんもつおうごんとう)は、体内の余分な熱を冷ましつつ、失われた潤いを補う作用を持つ漢方薬の一つです。産後や更年期、病後などにみられるいわゆる「陰虚火旺(いんきょかおう)」の状態を改善し、ほてりや不眠などの症状を和らげる効果があります。具体的には以下のような特徴を持つ方に用いられます。

  • 手足のほてりやのぼせ感がある(とくに夕方以降に体の芯が熱っぽくなる)
  • 皮膚がカサカサ乾燥しやすく、慢性的な湿疹やかゆみがある
  • イライラや不眠、動悸などがあり、体力は中等度またはやや虚弱で疲れやすい

このように、三物黄芩湯は体内の陰液(いんえき)不足によるほてり血の熱がこもった状態に適した処方です。特に手足が熱く感じる、口や喉が渇くといった“火照り”症状を鎮めることで、心身のほてりやかゆみ、不調を改善する効果が期待できます。

よくある疾患への効果

三物黄芩湯は上記のような体質に伴って現れるさまざまな不調に応用されます。以下によくみられる症状・疾患別にその効果を説明します。

産後の微熱・体調不良

古くから産褥期(さんじょくき)※産後の時期の女性の微熱に対する処方として知られています。出産後は大量の出血により血(けつ)や陰(潤い)が不足しがちです。その状態で外から風邪(ふうじゃ)が侵入すると、体内で余分な熱が生じて手足がほてり、なんとなく熱っぽいのに汗はあまり出ず、頭痛はない…といった症状が現れることがあります。三物黄芩湯はこの産後の微熱・煩熱(はんねつ)に用いられ、身体を冷ましつつ失われた血や水分を補うことで、産後のほてり感・イライラ感を和らげてくれます。

ただし現代では、産後の発熱は感染症の可能性もあるためまず医療的評価が必要です。明らかな炎症や感染がない産後の軽いほてり・不眠などに対して、補助的に本処方が用いられることがあります。

湿疹・皮膚炎によるかゆみ

手足の湿疹・皮膚炎で、皮膚が乾燥して赤みを帯び、かゆみが強いタイプの方にも三物黄芩湯が用いられることがあります。例えば更年期以降の女性で手足に湿疹ができやすく、夜になるとほてってかゆみが増すような場合です。三物黄芩湯は皮膚にこもった熱を冷まし、炎症を鎮めることで赤みやかゆみを和らげます。同時に血液や水分を補う作用があるため、乾燥傾向の肌状態を改善し、皮膚の再生を助ける効果も期待できます。

慢性的な湿疹は体質改善が重要になりますが、特にほてりを伴う湿疹では本処方が有効なケースがあります。ただし湿疹でもジュクジュクと湿潤傾向が強い場合や、逆にまったく赤みが無い白っぽい乾燥性の湿疹の場合など、症状によって別の漢方薬が選ばれることもあります。

不眠・神経症(更年期のぼせなど)

三物黄芩湯は不眠や神経の高ぶりにも用いられます。更年期の女性や血圧が高めでイライラしやすい中高年の方で、夜間に手足が熱く火照って眠れない、寝つきが悪いといった症状に適しています。体内の余分な熱を冷まし、心を落ち着かせることで神経の興奮を鎮め、睡眠の質を向上させます。実際に「布団に入ってもほてりで寝苦しい」「動悸や不安感で眠りが浅い」といったケースで、本処方が役立つことがあります。

更年期障害や自律神経失調症に伴うほてり・不安・不眠にも応用されることがあり、ホルモン療法や安定剤だけでは改善しにくい症状の緩和に寄与します。ただしのぼせはないのに不眠という場合や、疲労が強くむしろ冷えがある場合には適さないため、症状の見極めが重要です。

その他のかゆみや炎症(婦人科・皮膚科領域)

三物黄芩湯はその清熱作用と抗炎症作用から、昔は陰部の炎症や水虫にも用いられた記録があります。例えばトリコモナス膣炎による帯下(おりもの)やかゆみ、足の水虫(白癬〈はくせん〉)など、下半身のかゆみを伴う湿熱の症状に対して内部から熱と湿を取り除く目的で処方されることがありました。苦参や黄芩には抗菌・抗真菌作用があることが知られており、それらが症状改善に一役買っていたと考えられます。

もっとも現在では膣炎には抗生剤や抗真菌薬、水虫には外用薬が第一選択となるため、この処方がこれらの疾患の主役として使われることは稀です。しかし体質改善や再発予防の観点から、慢性化した陰部のかゆみや皮膚真菌症に併用されるケースもあります。いずれの場合も体力が中等度程度で熱感があることが適応のポイントです。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

陰虚火旺によるほてりや皮膚炎、不眠の症状には、三物黄芩湯以外にもいくつか漢方薬が考えられます。症状や体質に応じて処方を選び分けることが大切です。ここでは、三物黄芩湯と比較されやすい処方をいくつか紹介します。

黄連解毒湯(15)

黄連解毒湯(おうれんげどくとう)は、黄連・黄芩・黄柏・山梔子の4種の生薬からなる代表的な清熱剤です。比較的体力があり、顔が赤くのぼせやすく、怒りっぽいといった実熱(じつねつ)の症状に用いられ、高血圧傾向で耳鳴りや不眠、鼻血など「熱が上冲する」症状によく効きます。三物黄芩湯と比べると体力があり熱の勢いが強い人向けで、生薬も苦寒性が非常に強いため、胃腸が弱い人には使いにくい処方です。逆に三物黄芩湯は体力中等度~虚弱で熱と同時に潤い不足がある人に向くため、同じ「のぼせ・不眠」でも体質により使い分けます。

加味逍遙散(24)

加味逍遙散(かみしょうようさん)は、女性の更年期障害やストレス症状によく使われる処方です。のぼせやほてり、イライラ感、抑うつ、不安定な情緒などに幅広く対応しますが、その本質は血の不足と気の滞りに軽い熱が加わった状態を整える点にあります。三物黄芩湯と比べると清熱作用は穏やかで、むしろ精神不安や自律神経の乱れに重点を置いた処方です。顔色がくすみ冷えもあるが一方でのぼせも感じるような混在した症状に適し、慢性的なストレス体質の改善に向いています。三物黄芩湯ほど体の潤いを補う力はないため、乾燥やほてりが強い場合は物足りないこともあります。そのようなケースでは両方を組み合わせたり、症状に応じて処方を切り替えたりします。

桂枝茯苓丸(25)

桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)は、女性の下腹部の瘀血(おけつ:血行不良)を改善する代表処方です。のぼせやほてりがある点で三物黄芩湯と共通しますが、桂枝茯苓丸の場合はのぼせの原因が「瘀血による熱」にあります。月経不順や子宮筋腫、慢性的な下腹部痛を伴い、舌に紫斑があるような血の滞りがメインのタイプに用いられ、顔のほてりやイライラも瘀血を改善することで和らげます。一方、三物黄芩湯は瘀血ではなく陰液不足による内熱に焦点を当てる処方です。瘀血の所見がなく、むしろ血が不足しているような場合には桂枝茯苓丸より三物黄芩湯が適しています。逆に肩こりや下腹部の抵抗感など瘀血のサインがある場合は桂枝茯苓丸系統の方剤が検討されます。

荊芥連翹湯(50)

荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)は、にきびや慢性扁桃炎、蓄膿症など皮膚・粘膜の炎症全般に使われる処方です。体力中等度以上で皮膚が脂性傾向、赤く腫れやすいような人に向いており、顔面の吹き出物や化膿しやすい湿疹に効果を発揮します。黄芩を含み熱を冷ます点は三物黄芩湯と共通しますが、荊芥・連翹など多数の生薬で熱毒を散らし排出する処方であり、外科的(皮膚科的)疾患の急性炎症に対応するのが特徴です。したがって炎症による赤みや腫れが顕著で、体力も比較的ある若年層には荊芥連翹湯が向きます。これに対し三物黄芩湯は慢性的な炎症で乾燥とほてりが主体、かつ体力がやや低下した人に使われ、急性期というよりは体質改善寄りの位置づけです。皮膚症状でも患者さんの体質や炎症の程度によって、このように処方を選び分けます。

副作用や証が合わない場合の症状

三物黄芩湯は比較的マイルドな処方ですが、生薬が苦味・寒性であるため、体質に合わない場合や長期間の服用では副作用が現れる可能性があります。主な副作用や、証が合わない場合に起こりうる症状は次のとおりです。

  • 消化器症状:食欲不振、胃もたれ、下痢など。苦味の強い生薬(黄芩・苦参)は胃腸への刺激となるため、胃が弱い方は注意が必要です。服用中に著しい胃の不快感や軟便・下痢が続く場合は減量または中止し、医師に相談してください。
  • 過敏症状:まれに発疹、かゆみなどのアレルギー反応が起こることがあります。服用後に皮膚の発赤やかゆみ、蕁麻疹のような症状が見られた際も、すみやかに医療機関へご相談ください。
  • 効果不十分・症状悪化:証(しょう)が合わない場合、十分な効果が得られないばかりか症状が悪化する恐れがあります。例えば、体内に熱がないのにこの処方を飲むと、かえって冷えや倦怠感が強まったり、胃腸が疲れてしまうことがあります。また、陰液が極端に枯渇して内熱というより極度の乾燥になっている場合(陰虚がさらに進んだ状態)には、この処方では潤い補給が追いつかず症状が改善しないこともあります。そのようなケースでは別のアプローチの漢方薬に切り替える必要があります。

併用禁忌・併用注意な薬剤

三物黄芩湯には麻黄や附子のような強い刺激性生薬や甘草のような鉱質コルチコイド様作用を持つ生薬は含まれていません。そのため絶対的な併用禁忌薬は比較的少ないとされています。しかし、以下のような場合には服用にあたり注意が必要です。

  • 抗凝血薬(血液をサラサラにする薬)との併用:黄芩に含まれる成分には血液凝固に影響を及ぼす可能性が指摘されています。ワルファリンなど抗凝血薬を服用中の方が三物黄芩湯を併用する際は、念のため定期的に血液凝固能のチェックを受けるなど慎重に経過を見ることが望まれます。
  • 他の清熱剤・漢方薬やサプリメントとの併用:三物黄芩湯と作用の似た漢方薬(例えば黄連解毒湯(84)など清熱薬)を併用すると、苦寒性生薬の重複により胃腸への負担や冷え症状が強まる可能性があります。また苦参や黄芩を含む健康茶・サプリメント類との併用でも、知らぬ間に過剰摂取となるおそれがあります。自己判断で複数の漢方・サプリを重ねることは避け、併用の可否については医師・薬剤師に確認してください。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

三物黄芩湯は、その名前が示すとおり黄芩・苦参・地黄の3種類の生薬を組み合わせて作られています。たった3味のシンプルな構成ですが、それぞれが明確な役割を持ち、お互いを補い合うよう設計されています。

黄芩(オウゴン)

黄芩(学名:コガネバナの根)は清熱燥湿(せいねつそうしつ)、すなわち体内の余分な熱と湿気を取り除く作用を持つ生薬です。苦味が非常に強く、炎症や火照り、のぼせを鎮める力に優れています。三物黄芩湯ではわずか3味中の1つに黄芩を据えることで、熱を冷ます効果の柱としています。特に産後や更年期のように体に熱がこもってイライラ・不眠がある場合、この黄芩が熱を下げ精神を安定させるのに寄与します。また黄芩は古くから胎熱を冷ます薬として妊娠中の安胎にも使われており、産後の体にも比較的穏やかに作用する清熱薬です。

苦参(クジン)

苦参(学名:クララの根)はその名のとおり非常に苦い生薬で、清熱燥湿および殺虫(しゃっちゅう:寄生虫や真菌を殺す)作用があります。黄芩と同様に熱と湿を除く働きを持ちながら、より下半身の炎症やかゆみに適した生薬です。古来、苦参湯という煎じ液は皮膚のかゆみや膣炎の洗浄に用いられてきました。三物黄芩湯では苦参を内服薬として配合し、黄芩の清熱作用を助けつつ、湿熱によるかゆみや炎症を沈静化させます。また苦参は苦味による鎮静効果も期待でき、神経の高ぶりを抑える一面も持ちます。ただし苦参と黄芩はいずれも乾燥させる力が強いため、組み合わせることで作用増強する反面、体を著しく乾かし過ぎないよう注意が必要です。そこで次の生薬である地黄が加えられています。

地黄(ジオウ)

地黄(学名:アカヤジオウの根)は滋陰清熱(じいんせいねつ)の代表的な生薬です。生の地黄(乾地黄)は血液や体液を補い、身体に潤いを与えながら熱を冷ます働きがあります。三物黄芩湯では不足した血と水分を補充し、黄芩・苦参の苦燥性から体を守る役割を担っています。産後に失われた血を補い、更年期に不足しがちな陰を潤すことで、ほてりや口渇、皮膚のカサつきを改善します。また地黄自体にも熱を冷ます作用があるため、黄芩・苦参と協力して血熱を取り除き、体の火照りを鎮める効果を発揮します。地黄のトロリとした性質は胃腸に負担をかけることがありますが、配合量は3味中最大でありつつ6g程度(処方全量の半量)とされ、バランスが取られています。これにより潤しすぎず乾かしすぎない絶妙な組み合わせとなっているのです。

三物黄芩湯にまつわる豆知識

  • 名前の由来:処方名の「三物(さんもつ)」とは「3種類の生薬」を意味し、「黄芩湯」は主要薬である黄芩を使った煎じ薬であることを示しています。つまり「黄芩を含む3つの生薬からなる湯」というシンプルな命名です。類似した名前の処方に、黄連・黄芩・大黄の3つの「黄」という字のつく生薬で構成された三黄瀉心湯がありますが、三物黄芩湯はそれとは全く別物であり、黄芩こそ共通しますがより穏やかで滋養性がある点が特徴です。
  • 出典と歴史:三物黄芩湯は中国漢代の医書『金匱要略(きんきようやく)』に記載されています。著者は名医張仲景(ちょうちゅうけい)で、「産後の婦人、煩熱して頭痛せざるもの(三物黄芩湯これを主る)」との記載があり、産褥熱の治療として用いられてきました。近代以降は産後の感染症治療に抗菌薬が登場したため、本処方の出番は減りましたが、漢方の古典として処方そのものは脈々と受け継がれ、日本の漢方製剤にも収録されています。
  • 現在の使用状況:歴史的には産後の発熱や皮膚の白癬(水虫)治療によく用いられた処方ですが、現代では不眠や更年期障害、慢性湿疹などへの応用が中心です。苦参と黄芩の組み合わせは抗炎症・抗菌作用が科学的にも報告されており、それを裏付けるようにトリコモナス膣炎や慢性皮膚真菌症のかゆみ止めとして用いた臨床報告もあります。ただしこれらの疾患は専門治療が優先されるため、三物黄芩湯は体質改善や補助療法として位置付けられます。処方自体の知名度は高くありませんが、症例に合致すれば現代でも有効に活用されている処方といえます。
  • 服用時の味・飲み心地:三物黄芩湯は非常に苦い煎じ薬です。黄芩と苦参はいずれも強い苦味を持ち、地黄は独特の土臭い甘味があります。煎じると黒っぽい茶色の液体になり、その味は初心者には飲みにくいかもしれません。しかし「良薬口に苦し」という言葉の通り、苦いながらもしっかりと体に作用してくれるお薬です。現在はツムラの顆粒エキス剤(ツムラ番号121)などがあり、水に溶かして服用しやすく工夫されています。それでも苦味が気になる場合は、少量の蜂蜜を加えたり、服用後に白湯で口直しをするなどの工夫をすると良いでしょう。

まとめ

三物黄芩湯は、体内の陰液不足によるほてり(陰虚火旺)があり、それによって手足の熱感や皮膚のかゆみ、不眠などの症状が生じている方に適した漢方薬です。黄芩・苦参で余分な熱と湿を取り除きつつ、地黄で血液・体液を補うことで、産後や更年期の火照り、不眠、湿疹などの症状改善が期待できます。
比較的副作用の少ない処方とされていますが、体質に合わない場合や他の清熱系漢方薬との併用には注意が必要です。熱症状がない場合には効果が出にくいため、専門家による証の見立てが重要になります。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町 漢方外来までぜひご相談ください。

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