立効散(ツムラ110番):リッコウサンの効果、適応症

立効散(りっこうさん)は、古くから歯の痛みに対して即効性があると伝えられてきた漢方薬です。室町〜安土桃山時代の名医・曲直瀬道三の『衆方規矩』にも収載されており、「痛む所に含めばたちどころに痛みが止む」ことから「立効散(立ちどころに効く散剤)」という名前がついたとされています。ツムラの漢方製剤では番号110番にあたり、現代でも抜歯後の疼痛(歯の抜歯後の痛み)や歯痛の治療によく用いられます。歯の痛みが頭部や首筋にまで放散するような場合にも適応するとされ、歯ぐきの腫れや炎症を伴う痛みにも効果が期待できます。立効散は粉薬を口に含んでゆっくり飲み下す独特の服用法をとり、患部に直接作用させることで速やかな鎮痛効果を発揮します。

目次

よくある疾患への効果

立効散は主に歯や口腔の痛みに用いる漢方薬で、以下のようなよくある疾患や症状に効果があるとされています。

  • 歯痛全般:むし歯による歯の痛みや知覚過敏の痛み
  • 抜歯後の痛み:親知らず抜歯後などの術後疼痛
  • 歯肉炎・歯周炎:歯ぐきの炎症や腫れによる痛み
  • 口内炎・舌痛症:舌や口内粘膜のただれや痛み
  • 顎関節症に伴う痛み:顎の関節や筋肉の炎症痛
  • 神経痛:特に三叉神経痛や舌咽神経痛など、顔面~口腔領域の神経痛

これらの症状に対して、立効散は痛みや炎症を和らげる効果があります。即効性が期待できるため、鎮痛剤だけでは治りにくい口腔内の慢性的な痛みや、夜間に繰り返す歯痛などに漢方的アプローチとして処方されることがあります。ただし症状や体質によっては他の漢方薬の方が適切な場合もあり、次に述べるような類似する漢方処方との使い分けが行われます。

同様の症状に使われる漢方薬と使い分け

歯や口の痛みに用いる漢方薬は立効散以外にも複数あり、症状の特徴や体質(証)によって使い分けられます。以下に、立効散と同様の症状に使われる代表的な漢方薬を挙げ、その特徴を説明します(※カッコ内はツムラ製剤の番号)。

  • 葛根湯(1) – 初期の歯痛や風邪のひき始めによる歯ぐきのうずきには葛根湯を用いることがあります。比較的体力があり、胃腸が丈夫な人で、歯痛の初期段階かつ肩こりを伴うような場合に向きます。立効散に比べ体を温め発散させる力が強く、寒さで痛みが増すような時に適しています。
  • 黄連湯(120) – 口内炎や口腔内のただれた痛みで、体力中等度以上でのぼせやすく、みぞおちあたりに重苦しさがあるようなタイプには黄連湯が用いられます。胃に熱がこもって口内炎を生じる場合の処方で、立効散よりも体内の熱を冷ます作用が強い処方です。顔や上半身のほてりを伴う口内の痛みに適しています。
  • 半夏瀉心湯(14) – 黄連湯と同じく口内炎の痛みに使われますが、体力中等度以上でみぞおちのつかえ(心下痞硬)と下痢傾向がある場合はこちらを選択します。胃腸の調子を整えつつ炎症を鎮める処方で、下痢をしやすい人の口内炎・口腔痛に向きます。
  • 黄連解毒湯(15) – 比較的体力があり、患部の腫れや発赤が強く、出血を伴うような激しい炎症の痛みには黄連解毒湯が適します。全身的に熱っぽくイライラする傾向の人で、便秘がちな場合にも用いられます(便秘が強いときは類似処方の三黄瀉心湯が用いられることもあります)。立効散よりも強力に熱毒を冷まし、炎症を沈静化する処方です。

以上のように、症状の現れ方や体質に合わせて漢方医は処方を選び分けます。例えば立効散は温性生薬と寒性生薬のバランスが取れており、体質を選ばず幅広く使える点が特徴ですが、逆に言えば明確に「熱証」「寒証」のどちらかに偏った場合は他の処方の方が効果的なこともあります。患者さん個々の状態に合わせて、これら漢方薬を適切に使い分けていきます。

副作用や証が合わない場合の症状

漢方薬も薬である以上、効果(ベネフィット)だけでなく副作用(リスク)が生じる可能性があります。立効散は比較的安全性の高い処方ですが、含まれる生薬の特性から注意すべき副作用や、体質と合わない場合の症状があります。

まず立効散には甘草(カンゾウ)という生薬が含まれており、これに由来する重大な副作用として偽アルドステロン症がまれに起こりえます。偽アルドステロン症になると、体内のカリウムが低下して血圧上昇、むくみ、体重増加などの症状が現れます。初期症状として手足のむくみ、まぶたの重だるさ、手のこわばり、筋力の低下(力が入りにくい)などが見られることがあります。この状態が進行すると低カリウム血症により脱力や筋肉の痙攣(ミオパシー)を引き起こす可能性があるため、服用中にこのような症状に気づいた場合は速やかに医師に相談し、必要なら服用中止と対処が行われます。

また、立効散に限らず漢方薬は患者さんの「証」(体質・症状の傾向)が適合しない場合、効果が十分に得られないだけでなく体調に変調を来すことがあります。例えば立効散は比較的中庸な処方ですが、それでも極度に冷えが強い体質の人や、逆に熱が極端に強い炎症体質の人には合わず、症状が改善しなかったり別の不調が出たりすることもあります。漢方薬服用後に吐き気・食欲不振や下痢など普段と違う不調を感じた場合も、証との不一致が疑われますので医師に相談してください。幸い立効散は短期間の頓用で使われることが多い処方ですので、用法用量を守りつつ経過を見て、症状の改善が見られない時は早めに受診して処方の見直しをしてもらうと安心です。

併用禁忌・併用注意の薬剤

立効散には先述のとおり甘草が含まれているため、他の甘草含有製剤やグリチルリチン酸製剤との併用には注意が必要です。たとえば、漢方薬では芍薬甘草湯(68)や補中益気湯(41)、抑肝散(54)など多くの処方に甘草が含まれています。西洋薬でもグリチルリチン酸(甘草成分)を含むシロップ剤や滋養強壮薬、咳止めなどがあります。これらを立効散と同時に併用すると甘草の重複摂取となり、偽アルドステロン症のリスクが高まるおそれがあります。医師が併用を判断する場合は血液中のカリウム値や血圧のモニタリングを行うなど注意深く経過を見る必要があります。患者様ご自身も、処方された他の漢方薬や市販薬の成分に甘草が含まれていないか不明な場合は、服用前に医師・薬剤師に相談すると安全です。

なお、現在の添付文書上は立効散に絶対的な併用禁忌(併用してはいけないお薬の組み合わせ)は特に記載されていません。必要に応じ鎮痛剤や抗生物質などと一緒に処方されることもあります。ただし利尿薬やステロイド剤を服用中の方は、甘草との相乗作用で低カリウム血症が起こりやすくなる可能性があるため、主治医に併用の可否を確認しておくと良いでしょう。

生薬の組み合わせと選定理由

立効散は細辛(さいしん)升麻(しょうま)防風(ぼうふう)甘草(かんぞう)・竜胆(りゅうたん)の5種類の生薬から構成されています。それぞれの生薬の役割と、この組み合わせになっている理由を見てみましょう。

  • 細辛(さいしん):身体を温め痛みを和らげる作用があります。細辛は少量で発汗・鎮痛作用を持ち、特に歯痛や頭痛を鎮める生薬として古くから知られています。局所麻酔のように痛みを感じにくくする効果があるとも言われ、虫歯の痛みに対して即効性を発揮します。
  • 防風(ぼうふう):細辛と同じく身体を温め、痛みの原因となる「風寒」を散らす作用があります。防風は鎮痛・消炎効果に優れ、神経痛や関節痛など「風(ふう)」が関与すると言われる痛みに用いられる生薬です。立効散では細辛とともに痛みを和らげつつ、炎症の広がりを防ぐ役割を担います。
  • 升麻(しょうま):升麻は反対に熱を冷まして痛みを取る生薬です。口内の熱毒を解消する作用があり、古くから歯痛や口内炎の薬として用いられてきました。上昇作用があるため、炎症を上へ発散させて鎮めるとも考えられています。立効散では細辛・防風で温めつつ、升麻が熱を冷まし痛みと腫れを鎮静化します。
  • 竜胆(りゅうたん):竜胆(リンドウ)は強い苦味を持つ生薬で、清熱(熱を冷ます)と消炎作用があります。主に肝・胆の経絡に働くとされますが、全身の炎症やほてりを鎮める効果があります。口腔内の熱感や腫れを冷まし、升麻とともに炎症の火を消す役割を果たします。
  • 甘草(かんぞう):甘草は甘味のある生薬で、調和作用と鎮痛・消炎効果を持ちます。他の生薬の力を調節し、緩和する役割から「漢方のカタライザー(触媒)」とも呼ばれます。単体でも喉の炎症や胃痛に効果があり、立効散では苦みや刺激の強い他の生薬をマイルドにまとめつつ、痛みの緩和と炎症の抑制を助けています。

このように、立効散は温める生薬(細辛・防風)と冷ます生薬(升麻・竜胆)をバランス良く配合し、最後に甘草で全体を調和させた処方です。歯痛という症状は、原因が熱による炎症なのか冷えによる痛みなのか判断が難しいこともありますが、立効散であれば寒熱いずれの要因にも対応できる組み合わせになっています。「痛みを止めるために必要なものは何でも入れる」という発想で構成された処方とも言え、まさに速効性を狙った痛み止めの漢方薬なのです。

立効散にまつわる豆知識

歴史と名前の由来:立効散は中国・金元時代の名医李東垣(りとうえん)が著した『蘭室秘蔵(らんしつひぞう)』という古典に記載されています。その一節に「牙歯(がし)痛みて忍ぶべからず、頭脳項背(ずのうこうはい)に及び…匙(さじ)をもってすくいて口中の痛むところに置き、少時を待つ時は即ち止む」とあり、日本の江戸時代の医師はこれを読み解いて「口中の痛いところに含めばすぐに痛みが止む良薬」と紹介しました。これが名前の由来となり、室町時代の曲直瀬道三も自著に引用しています。当時は現代のような局所麻酔薬や鎮痛剤がありませんから、立効散は歯痛に対する切り札として重宝されたことでしょう。

味や使い心地:立効散の粉末は淡い灰褐色で、特有のにおいと「渋くて辛い」味があります。決して美味しいものではありませんが、患部に含むと次第に痛みが和らぐため、昔の人は痛みをこらえながら口に含んでいたようです。現代でも「口にしばらく含んでから飲むと効果が良い」と言われており、処方せん薬の説明文書にもそのように記載されています。飲みにくい場合は少量の水で湿らせてペースト状にして患部に当てるという方法もとられています。

エピソード:20世紀の漢方医である大塚敬節先生や矢数道明先生も、立効散の臨床効果について著書で紹介しています。特に歯根膜炎(歯の根元の炎症)や抜歯後の痛みに対する有効例が報告され、近年では漢方の専門誌に舌痛症への有効性が報告されるなど、研究も進んでいます。また、昭和大学の森雄材先生は「立効散は生薬構成のバランスが平(たいら)で、病態をあまり選ばず使える」と評しています。細辛の局所麻酔作用と、表面の炎症を鎮める生薬群の組み合わせによって幅広い口腔顔面痛に応用できる点が、現代でも見直されている理由と言えるでしょう。

まとめ

立効散(ツムラ110番)は、歯痛や口内の痛みを速やかに和らげる伝統の漢方薬です。温める生薬と冷ます生薬をバランスよく配合し、原因を問わず痛みを鎮めるよう工夫された処方で、抜歯後の痛みから神経痛まで幅広く活用されています。ただし、患者様一人ひとりの体質(証)や症状に合った漢方を選ぶことが肝心です。強い炎症には他の処方が必要な場合や、慢性的な体質改善が求められるケースもあります。漢方は症状とともにその背景にある体質を考慮して処方を選択する医学ですので、自己判断での服用ではなく専門家に相談することをお勧めします。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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