升麻葛根湯(しょうまかっこんとう)は、熱を伴う発疹の初期対応に用いられる漢方薬の一つです。
いわゆる「風熱(ふうねつ)」による外感症状(熱感、発疹、のどの渇きなど)を鎮め、体表近くに留まっている熱毒を発散させることで、発熱を下げつつ皮膚の発疹を速やかに出し切る効果があります。以下のような症状・疾患で効果が期待できます。
- 麻疹(はしか)の初期で、高熱が出ているが発疹が出揃っていない
- 水ぼうそう(水痘)の初期で、発熱と水疱状の発疹が出始めている
このように、升麻葛根湯は発熱と発疹を伴う外感疾患の初期段階に適した処方です。特に悪寒よりも発熱が顕著で、皮膚や粘膜に赤い発疹が出るタイプの風邪や感染症に用いられます。現在では麻疹そのものは予防接種で稀になりましたが、水痘などウイルス性の発疹症状に対しても、症状緩和を目的に升麻葛根湯が応用されることがあります。
よくある疾患への効果
麻疹(はしか)
麻疹は麻疹ウイルスによる発疹性感染症で、高熱・咳・結膜充血(目の充血)などを伴い、全身に赤い発疹が現れます。升麻葛根湯は麻疹の初期に服用することで、熱を発散させ発疹の出揃いを促し、症状の早期軽減を図ります。
水痘(水ぼうそう)
水痘(すいとう、水ぼうそう)は小児に多い水痘帯状疱疹ウイルス感染症で、発熱とともに全身に水ぶくれ状の発疹が出現します。升麻葛根湯は水痘の初期に服用すると、熱を発散させて発疹の進行を促し、かゆみなどの症状を和らげる効果が期待できます。ただし、水痘ではまず抗ウイルス薬による治療が行われ、漢方薬は補助的に用いられます。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
葛根湯(1)
葛根湯(1)(かっこんとう)は風寒の初期に用いられる代表的な処方です。寒気が強く汗が出ていない風邪に適し、肩こりや悪寒を伴う場合によく使われます。升麻葛根湯は逆に悪寒が軽く発熱や口渇・発疹がある風熱の状態に用いる処方で、同じ葛根を使う処方でも適応が異なります。
麻黄湯(27)
麻黄湯(27)(まおうとう)は体力が充実した人の強い寒気を伴う高熱に用いる処方です。発汗作用が非常に強く、汗をかかせて風寒を一気に発散させます。升麻葛根湯には麻黄が含まれないため作用は穏やかで、寒気よりも熱感や発疹が目立つ場合に適しています。
柴胡清肝湯(80)
柴胡清肝湯(80)(さいこせいかんとう)は皮膚の赤みやかゆみを伴う慢性の湿疹・蕁麻疹などに用いられる処方です。升麻葛根湯が急性の発疹に対応するのに対し、柴胡清肝湯は慢性的な皮膚炎に適しており、体力中等度以上で熱感・炎症が皮膚に長引くような場合に選択されます。
副作用や証が合わない場合の症状
升麻葛根湯は比較的穏やかな処方ですが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合、副作用が現れる可能性があります。
- 消化器症状:食欲不振、吐き気、下痢など。胃腸が弱い方はこれらの症状に注意してください。
- 皮膚症状:発疹、かゆみ等のアレルギー反応がまれに起こることがあります。異常を感じたら服用を中止し、医療機関に相談してください。
- 重篤な副作用:甘草を含むため、長期大量服用や他の甘草含有製品との併用で低カリウム血症を来し、筋力低下や高血圧(偽アルドステロン症)を引き起こすことがあります。むくみ、脱力感、血圧上昇などが現れた場合は直ちに専門医を受診してください。
また、証(しょう:体質)が合わない場合、十分な効果が得られないばかりか症状が悪化することがあります。例えばほてりや乾燥が強い陰虚(いんきょ)の方に升麻葛根湯を用いると、発汗によってかえって口渇やのぼせが増悪する恐れがあります。このような場合には別の漢方薬が検討されます。
併用禁忌・併用注意の薬剤
升麻葛根湯には明確な併用禁忌薬は多くありませんが、以下の場合には併用に注意が必要です。
- 利尿薬・ステロイド薬:利尿剤や副腎皮質ステロイド剤と併用すると甘草の作用で低カリウム血症を起こしやすくなります。筋力低下や不整脈を招かないよう併用時は注意してください。
- 降圧薬・強心薬:升麻葛根湯の服用により利尿が促され血圧や循環動態が変化することがあります。高血圧の薬や強心薬を服用中の方は体調変化に注意し、必要に応じて医師に報告してください。特にジギタリス製剤使用中は低カリウムによる作用増強に注意が必要です。
- その他の漢方薬・サプリ:作用が似た生薬(甘草、葛根など)を含む漢方薬を併用すると有効成分が重複し副作用リスクが高まる可能性があります。サプリメント類との相互作用も考えられるため、自己判断での併用は避け、服用中のものがあれば医師・薬剤師に伝えてください。
含まれている生薬の組み合わせと選ばれている理由
升麻葛根湯は5種類の生薬から構成されています。主薬である升麻と葛根に、芍薬・甘草・生姜を配合した処方です。それぞれの生薬が協調して作用し、発熱と発疹の症状を改善します。以下に主な生薬の役割を説明します。
升麻(ショウマ)
体表の熱を冷まし、発疹を体外へ出す働きを持つ生薬です。熱毒を取り除き、炎症による腫れや充血を和らげます。
葛根(カッコン)
筋肉をほぐし、発汗を促す作用があります。熱を発散して発疹を出やすくするとともに、体液を補って喉の渇きを癒す効果もあります。
芍薬(シャクヤク)
血を補い、炎症を鎮める生薬です。発熱や発汗で失われがちな体の潤い(陰)を守り、筋肉のこわばりや痛みを緩和します。
甘草(カンゾウ)
処方全体を調和し、緩和剤として働く生薬です。清熱解毒作用で炎症を鎮め、芍薬との組み合わせで筋肉の緊張をほぐし痛みを和らげます。
生姜(ショウキョウ)
体を温め胃腸を守る生薬です。わずかな量で他の生薬の吸収を助け、副作用を抑える役割があります。発汗作用で熱を外に逃がすのにも貢献します。
升麻葛根湯にまつわる豆知識
- 歴史:升麻葛根湯は中国宋代の薬典『太平恵民和剤局方』に収載された麻疹(はしか)の治療薬です。江戸時代の日本でも麻疹流行時に本処方が用いられた記録があります。
- 葛根湯との関係:葛根湯から麻黄と桂枝を除き升麻と芍薬を加えた構成とも言われます。葛根湯(1)が風寒に対するのに対し、升麻葛根湯(101)は風熱に対応する処方です。
- 生薬の豆知識:葛根(クズの根)は葛粉として食品にも利用され、葛湯は風邪の民間療法として知られます。また、升麻(サラシナショウマ)は英名を“Bugbane”といい、かつてその香りが虫除けに使われたという異名を持つ生薬です。
まとめ
升麻葛根湯は風熱による発熱と発疹に適した漢方薬です。外邪による熱を発散させ、未熟な発疹を出し切ることで症状の早期改善を図ります。比較的副作用の少ない処方ですが、証に合わない場合や他の薬との併用時には注意が必要です。適応外のケースでは効果が出にくいため、専門家による証の見極めが重要になります。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。