大建中湯の効果、適応症
大建中湯(だいけんちゅうとう)は、お腹の冷えによる強い腹痛やお腹の張りに対して用いられる漢方薬のひとつです。
体を内側から温めて消化機能を高め、痛みを鎮める効果があり、「腹部が冷えて痛む」「お腹が張って動きが悪い」といった症状を改善します。以下のような症状・体質に対して効果が期待できます。
- 体力が低下しており、少し食べるとお腹が張って痛み、冷えた飲食物で腹痛が悪化する
- 手足や下腹部がいつも冷えていて、胃腸が弱く、下痢と便秘を繰り返す
- 開腹手術後になかなか腸の動きが戻らず、お腹が張って痛む(術後イレウス傾向)
このように、大建中湯は虚弱体質でお腹を温める力が不足し、冷えによる腹痛や膨満感がある方に適した処方です。
中国の古典医学書『金匱要略(きんきようりゃく)』に「中焦陽虚、陰寒内盛(いんかんないせい)の脘腹(お腹)の激痛を治す方剤」として記載されており、古くから冷えによる激しい腹痛の特効薬とも言われています。
現代でも、症状が合致すれば術後の腸閉塞予防や過敏性腸症候群の腹痛緩和などに用いられ、腹部症状の改善が期待できます。
よくある疾患への効果
術後イレウス(術後腸閉塞)
お腹の手術後に腸の動きが鈍くなり、ガスや内容物が滞ってお腹が張る「術後イレウス」の予防・改善に、大建中湯が用いられることがあります。腸管を温めて血流を促し、消化管の運動を活発にすることで、腸の動きの回復を助けるとされています。実際に、大腸手術後に大建中湯を服用した患者さんは、腸の蠕動(ぜんどう)再開が早まり、おならや便通がスムーズに出るようになったケースも報告されています。近年は、西洋医学的な治療と併用して、術後の回復をサポートする目的で処方されることもあります。
過敏性腸症候群(IBS)
過敏性腸症候群はストレスや食事によって下痢や便秘、腹痛を繰り返す病態です。特に冷えやストレスでお腹が痛くなるタイプのIBSに対して、大建中湯が奏効することがあります。大建中湯は腸を温めることで痙攣(けいれん)を鎮め、胃腸の働きを整える作用が期待できます。例えば「朝の冷え込みでお腹が痛み下痢をする」「緊張するとお腹が冷えて差し込むような痛みが走る」といった方に用いると、腹痛の頻度が減りお通じのリズムが整うケースがあります。ただし、炎症による鋭い痛みや出血がある場合には他の処置が優先されます。
慢性的な消化不良・機能性ディスペプシア
はっきりした病変がないのに胃腸の働きが悪く、食後に上腹部が張って痛んだり胃もたれする状態(機能性ディスペプシア)にも、大建中湯が用いられることがあります。胃腸が冷えて動きが弱いことが原因で起こる消化不良に対し、生姜や山椒が胃腸を温めて動かし、人参が消化力を高めることで症状改善を図ります。食欲不振で少量しか食べられない、食後にすぐ膨れて苦しくなるような患者様で、舌やお腹が冷えぎみの場合に適します。服用によって「胃の中が温かく感じ、膨満感が和らいだ」「げっぷやガスが出て楽になった」という声もあります。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
腹部の冷えや消化機能低下による症状には、大建中湯以外にもいくつか漢方薬が用いられます。症状の程度や体質に応じて処方を選び分けることが大切です。ここでは、大建中湯と比較されやすい処方をいくつかご紹介します。
小建中湯(99)
小建中湯(99)(しょうけんちゅうとう)は、大建中湯よりもマイルドにお腹を温める処方です。虚弱で冷えがあるものの、腹痛の強さは中等度までのケースに用いられます。桂枝湯(けいしとう)に甘草や芍薬を加え、さらに大量の飴糖で胃腸を保護する処方で、お腹を温めつつ筋肉の痙攣を和らげる効果があります。大建中湯が激しい腹痛や腸閉塞傾向に用いられるのに対し、小建中湯は小児や虚弱者の慢性腹痛(お腹を押さえると楽になるような痛み)に適しています。腹部の冷えと虚弱があるが痛みが耐えうる程度の場合には、まず小建中湯で様子を見ることもあります。
人参湯(32)
人参湯(32)(にんじんとう)は、体力が衰えて胃腸の働きが低下している方の胃痛・腹痛や下痢に用いられる処方です。人参(にんじん)や乾姜(かんきょう)、甘草などで構成され、胃腸を温めつつ気力を補う効果があります。急性・慢性の胃腸炎や胃アトニーによる消化不良など、胃腸が冷えて機能低下を起こしている状態に適します。大建中湯との違いは、人参湯のほうが腹痛よりも消化不良や下痢の改善に重きを置いた処方である点です。腹痛がそれほど激しくなく、むしろ食後のもたれや軟便が主体の場合には人参湯が選択されます。一方で鋭い痛みや著しい腹部膨満がある場合には大建中湯の方が適しています。
六君子湯(43)
六君子湯(43)(りっくんしとう)は、胃腸の働きを助ける代表的な補気剤です。人参や半夏、白朮など6種の生薬から成り、胃もたれや食欲不振、吐き気などを改善する効果があります。消化不良傾向だが冷えよりも気力不足や胃の停滞感が主な場合に用いられます。大建中湯と比べると、六君子湯はお腹を温める力は穏やかで、腹痛を直接鎮める作用は弱い処方です。その代わりに長期的に胃腸の調子を整え、食欲や栄養状態を改善します。慢性的な胃弱で疲れやすい人には六君子湯、急な冷え込みで腹痛が強い人には大建中湯、というように症状に応じて使い分けられます。
副作用や証が合わない場合の症状
大建中湯は比較的安全性の高い処方ですが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合、副作用が現れる可能性があります。
- 消化器症状:胃部不快感・胸やけ・吐き気・軟便など。山椒や乾姜など刺激の強い生薬が含まれるため、胃腸が敏感な方ではこれらの症状に注意が必要です。服用中に強い胃の痛みやむかつきが続く場合は中止し、医師に相談してください。
- 皮膚症状:発疹、かゆみ、蕁麻疹(じんましん)などのアレルギー反応がまれに起こることがあります。服用後に皮膚の異常や痒みが見られた際も、早めに医療機関へご相談ください。
- 重篤な副作用:ごく稀ではありますが、他の漢方薬と同様に間質性肺炎や肝機能障害が起こる可能性が報告されています。長引く咳や息苦しさ、発熱、著しいだるさや黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)といった症状が現れた場合には、直ちに服用を中止し医師の診察を受けてください。
また 体質(証)が合わない場合、十分な効果が得られないばかりか症状が悪化することがあります。
例えば内熱がこもりやすく乾燥傾向の方に大建中湯を用いると、かえってのぼせや口の渇きが増すことがあります。そのため、「ほてりが強い」「喉が渇いて仕方ない」といった陰虚・実熱タイプの腹痛には適しません。このような場合には別の漢方薬(例:潤腸作用のある処方など)が検討されます。
併用禁忌・併用注意な薬剤
大建中湯には麻黄や附子のような刺激性の強い生薬が含まれず、絶対的な併用禁忌薬は少ないとされています。ただし、以下のような場合には併用に注意が必要です。
- 抗凝血薬との併用:大建中湯に含まれる生姜や山椒には血液の循環に影響を与える成分が含まれます。ワルファリンなど抗凝血薬をご使用中の方が大建中湯を併用する際は、念のため定期的に血液検査を受けるなど慎重に経過を観察してください。思わぬ出血傾向や薬効変動を防ぐため、主治医に漢方併用の旨を伝えることが望まれます。
- 消化管運動に作用する薬剤との併用:胃腸の蠕動を抑える薬(鎮痙薬など)や促進する薬(プリンペラン等)を服用中の場合、大建中湯との作用がぶつかったり重複したりする可能性があります。これらを併用する際はお腹の症状の変化に注意し、必要に応じて処方医と相談してください。
- 他の漢方薬やサプリメント:大建中湯と同様の生薬(例えば乾姜や人参)を含む漢方薬を併用すると、生薬成分が重複し副作用リスクが高まる可能性があります。また、唐辛子成分を含むサプリメント類との相互作用も考えられるため、自己判断での併用は避けましょう。服用中の薬やサプリがあれば必ず医師・薬剤師に伝えてください。
含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか
大建中湯は、わずか4種類の生薬を組み合わせて作られています。
基本的な処方構成は「乾姜(カンキョウ)」「人参(ニンジン)」「山椒(サンショウ)」「膠飴(コウイ)」の組み合わせです。このシンプルな構成によって、お腹を温める力と体力を補う力を両立させ、激しい腹痛を鎮めるよう設計されています。
乾姜(カンキョウ)
乾姜は生姜(ショウガ)を乾燥させた生薬で、内臓を温めて冷えを散らす作用に優れます。生の生姜よりも強い温め効果があり、胃腸の冷えによる痛みや下痢を止める働きを持ちます。大建中湯では、乾姜が中心となって冷えきったお腹を温め、痛みを和らげる役割を果たします。また、冷えで停滞した腸の動きを活発にする作用も期待でき、術後の腸管麻痺などで用いられる理由の一つとなっています。
人参(ニンジン)
人参(高麗人参)は、気力(エネルギー)を補い、消化吸収を助ける滋養強壮の生薬です。虚弱な体質で胃腸の働きが落ちている場合に、人参がエネルギー源を補給し、他の生薬による刺激から胃を守ります。大建中湯では、乾姜や山椒の強い温め作用を支え、体力不足を補うことが目的で配合されています。人参が加わることで、激しい腹痛で消耗した体力を回復させ、胃腸が自力で動く力を引き出す手助けをします。
山椒=蜀椒(サンショウ=ショクショウ)
山椒はミカン科サンショウの果皮で、日本の香辛料としても知られる生薬です。舌がしびれるような独特の辛味成分(サンショオールなど)を含み、お腹を強力に温めて痛みを止める作用があります。古くは山椒が「腹中の諸虫を制す」とも言われ、冷えや寄生虫による腹痛に用いられてきました。大建中湯では、生姜とともに強い鎮痛効果を発揮する役割です。特に腸がキリキリと痛むような激痛に対し、山椒の刺激が神経に働きかけて痛みを緩和し、腸の血行を良くして動きを促進すると考えられています。
膠飴(コウイ)
膠飴(こうい)はもち米などから作られた飴状の甘い生薬で、糖分を主成分としています。甘味によって脾胃(消化器)を補い、痛みを和らげる作用があり、他の生薬の強すぎる作用を緩和する役割も担います。大建中湯では、乾姜・山椒の刺激から胃腸を守りつつ、エネルギー源を供給して全体の調和剤として働きます。膠飴のとろりとした甘さが胃腸をコーティングし、痙攣している腸を落ち着かせる効果も期待できます。小建中湯でも大量の飴(飴糖)を用いますが、大建中湯でも膠飴が配合されていることで、辛みの中に優しさを持つ処方となっているのです。
大建中湯にまつわる豆知識
- 名前の由来:「大建中湯」の「建中」とは中焦(胃腸)を建(た)て直す=胃腸の働きを立て直すことを意味します。同系統の処方に「小建中湯」があり、「大建中湯」はその強化版であることから「大」と冠されています。つまり、小建中湯が比較的軽い腹痛に対応するのに対し、大建中湯はより重い腹痛や著しい冷えに対応する処方であることを名前が示しています。
- 古典と歴史:大建中湯は中国・漢代の医書『金匱要略』に収載された処方で、著者の張仲景(ちょうちゅうけい)が激しい腹痛に苦しむ患者のために考案した処方と言われます。当時は真冬のようにお腹の中が冷えきって激痛が走る状態を治療する薬として重宝されました。その後、日本漢方でも腹部の虚冷(きょれい)に対する要方として伝えられ、江戸時代の医師たちにも用いられてきました。現在ではエビデンスも蓄積され、病院でも処方されるなど古方が現代医療に活かされる好例となっています。
- 術後や難治性疾患での活用:大建中湯は近年、手術後の腸の働きを早期に回復させる目的で用いられたり、クローン病など難治性の腸疾患の補助療法として研究されたりしています。例えば日本の消化器外科領域では、大腸手術後のイレウス予防に大建中湯を術後早期から投与し良好な結果を得た報告があります。また、基礎研究では大建中湯が腸粘膜の炎症を抑えバリア機能を守る作用が示唆され、炎症性腸疾患(IBD)の新たな治療補助として期待されています。
- メカニズムの解明:大建中湯の辛味成分であるショウガオールやサンショオールが、胃腸の神経に作用する仕組みも解明されつつあります。研究によると、これらの成分がカプサイシン受容体(TRPV1)やセロトニン受容体を刺激し、腸の蠕動運動を促進することが分かっています。この科学的知見は、漢方の経験的効能を裏付けるものとして注目されています。古来より「お腹を温めると痛みが和らぐ」と言われてきた知恵が、現代の研究で証明されつつあるのは興味深い点です。
まとめ
大建中湯は、体内の陽気(エネルギー)不足によりお腹が冷え、その結果として激しい腹痛や腹部膨満感が生じている方に適した漢方薬です。身体を芯から温めつつ消化管の動きを活発にし、さらに気力を補うことで、術後の腸閉塞や過敏性腸症候群などの腹部症状を和らげることが期待されます。
比較的副作用の少ない処方とされていますが、証に合わない場合や他の漢方薬・医薬品との併用には注意が必要です。熱症状が強い場合など適応でない証では効果が出にくいため、専門家による証の見立てが重要になります。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。