滋陰降火湯(ツムラ93番):ジインコウカトウの効果、適応症

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滋陰降火湯の効果、適応症

滋陰降火湯(じいんこうかとう)は、のどの乾燥感や痰の切れにくい咳が長引いている方に用いられる漢方薬の一つです。名前のとおり**「陰を滋(うるお)し、火を降ろす」、つまり体の潤いを補いながら余分な熱を鎮める作用があります。急性・慢性の気管支炎など病気が長引いた後にのどの潤いが失われ、乾いた咳(空咳)が続くようなケースで効果を発揮します。特に体力が低下した高齢者**で、夜間になると咳き込みがひどくなるような場合によく用いられます。次のような症状・体質に当てはまる方に適しています。

  • 長引く咳で 痰がほとんど出ず、のどの渇きがある
  • 病後や高齢で 全身の体力が低下している
  • 微熱やほてりが続き、皮膚や粘膜が乾燥ぎみで浅黒い
  • 息切れや呼吸のしにくさがあり、夜間に咳込むと眠れない

このように、滋陰降火湯は**「陰虚(いんきょ)」**と呼ばれる体内の潤い(陰液)が不足しがちな方のための処方です。中国の明代の医書『万病回春(まんびょうかいしゅん)』にも収載されており、肺結核(当時の「肺癆(はいろう)」)のような消耗性の咳にも用いられてきました。のどや気管支を潤わせ、慢性的な炎症を鎮めることで、つらい空咳を和らげてくれる効果が期待できます。

よくある疾患への効果

滋陰降火湯は主に呼吸器の慢性症状、とくに乾いた咳に対して用いられます。患者さんの具体的な病名や状態に応じて処方されますが、いくつか代表的なケースをご紹介します。

慢性気管支炎・長引く咳

風邪や気管支炎のあとに咳だけが何週間も続く「遷延性咳嗽(せんえんせいがいそう)」のような場合に、滋陰降火湯が用いられることがあります。慢性気管支炎では気道の炎症が長引き、粘液が減って喉が乾く一方で咳反射が過敏になっています。滋陰降火湯は乾いた気道に潤いを与えて炎症を鎮め、痰の切れにくいしつこい咳を和らげる効果が期待できます。特に「痰がほとんど出ないけれど咳だけ出る」というケースでは、麦門冬湯(29)などよりもしっかり潤す滋陰降火湯が選択されることがあります。実際に高齢者の慢性気管支炎で、夜間の空咳に悩む患者さんに用いると、咳込みが減って睡眠がとれるようになるケースもあります。

気管支喘息やCOPD(高齢者の乾いた咳)

気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)では、一般的に痰を伴う湿った咳が多いですが、高齢の喘息患者さんでは痰が少なくカラ咳きばかりということもあります。体力が落ちた方の喘息様の咳に対し、滋陰降火湯は気管支を潤して咳を鎮める補助的な役割を果たします。ステロイド吸入など現代医学的治療で炎症自体は抑えつつ、夜間の乾いた咳発作を軽減する目的で併用されることがあります。またCOPDの患者さんでも、肺気腫が進み粘液分泌が減少すると喉の乾燥感と空咳が目立つことがあります。滋陰降火湯は肺をうるおしつつ炎症によるほてりを冷ますので、呼吸が楽になり咳込みが減ることでQOL(生活の質)向上に寄与する場合があります。ただし、痰が多い湿性咳嗽には適さないため、痰の性状を見極めて処方されます。

ドライマウス・喉の乾燥感

シェーグレン症候群など唾液や粘液の分泌が低下する病態では、口腔内や喉の乾燥(ドライマウス)が強くなり、ヒリヒリした痛みや空咳が出ることがあります。滋陰降火湯は麦門冬(ばくもんどう)や天門冬(てんもんどう)といった潤いを生み出す生薬を含み、乾燥した粘膜をうるおす効果があります。そのため、ドライマウスや慢性の咽頭炎で喉が渇いてイガイガし、刺激で咳が出るようなケースで処方されることがあります。特に更年期以降の女性で口や喉の渇きと微熱が続くような方に対し、滋陰降火湯を服用すると口内の潤いが増して違和感が軽減し、会話や食事がしやすくなることも期待できます。ただし原因疾患の治療と並行して用いる補助療法であり、症状に合致した場合に限ります。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

長引く咳やのどの違和感に対しては、滋陰降火湯以外にもいくつか漢方薬が用いられます。症状の微妙な違いや患者さんの体質に合わせて処方を選び分けることが大切です。ここでは、滋陰降火湯と比較されやすい処方をいくつかご紹介します。

滋陰至宝湯(92)(じいんしほうとう)

滋陰至宝湯(92)は滋陰降火湯と同じく肺の陰虚による乾いた咳に用いられる処方です。高齢者に限らず体力が低下した幅広い年齢層に使われ、咳が長引いているものの口渇がそれほど強くない場合によく処方されます。柴胡(さいこ)や薄荷(はっか)、香附子(こうぶし)といった気の巡りを改善する生薬を含む点が特徴で、喉や胸の違和感・梅核気(のどに何か詰まったような感じ)を伴う咳に適しています。滋陰降火湯に比べると潤す力はややマイルドですが、胃腸に負担をかける生薬(地黄など)を含まないため長期間の服用がしやすい利点があります。乾燥もあるがストレスや情緒不安による症状が強い場合には、滋陰至宝湯が選ばれることが多いです。

麦門冬湯(29)(ばくもんどうとう)

麦門冬湯(29)も、乾いた咳や痰が少ない気管支炎に用いられる代表的な漢方薬です。滋陰降火湯と適応となる症状はよく似ていますが、麦門冬湯の方が適するのは比較的体力があり、咳が発作的に出るタイプです。喉の乾燥感や刺激感が強く、コンコンとした咳込みが特徴のケースに向いています。処方内容もシンプルで、麦門冬や半夏などで構成され、主に肺を潤しつつ気道の痰を取り除く作用を持ちます。熱を冷ます生薬(黄柏や知母)は含まれないため、滋陰降火湯ほどの消炎作用はありませんが、その分胃腸への負担も軽く穏やかな効き目です。「痰の切れにくい乾いた咳」に対してまず麦門冬湯を試し、それで潤いが足りなかったり微熱が残る場合に滋陰降火湯を検討する、といった使い分けが行われます。

清肺湯(90)(せいはいとう)

清肺湯(90)は名前に「清」の字があるとおり、肺にこもった熱を冷まし炎症を鎮めることを主眼とした処方です。同じ咳を治す漢方薬でも、清肺湯が適しているのは黄色く粘り気のある痰を伴う湿った咳の場合です。タバコや大気汚染などで慢性的に気道が炎症を起こし、痰が絡んで咳が長引いているような気管支炎に用いられます【※清肺湯は市販薬「ダスモック」などの商品名でも販売されています】。滋陰降火湯との大きな違いは、潤す生薬よりも痰を切る生薬が多い点です。たとえば清肺湯には石膏(せっこう)や桑白皮(そうはくひ)など痰熱を除去する成分が含まれ、熱を持った咳を鎮めます。一方で身体を潤す力は弱いため、喉の乾燥が強い人には不向きです。つまり痰が多いか少ないかで清肺湯と滋陰降火湯を使い分け、痰が少なく乾燥が目立つ場合には滋陰降火湯、痰が多く炎症が強い場合には清肺湯と処方を選択します。

副作用や証が合わない場合の症状

滋陰降火湯は比較的マイルドな処方ですが、体質に合わない場合長期間・大量に服用した場合、副作用が現れる可能性があります。主な副作用や注意すべき点は以下のとおりです。

  • 消化器症状:食欲不振、胃もたれ、吐き気、下痢など。滋陰降火湯には地黄や麦門冬など粘性の高い滋養強壮薬が含まれるため、胃腸が弱い方ではこれらが負担となり消化不良を起こすことがあります。服用中に強い胃部不快感や下痢が続く場合は一旦中止し、医師に相談してください。
  • 皮膚症状:発疹、かゆみ、蕁麻疹(じんましん)などのアレルギー反応がまれに起こることがあります。服用後に皮膚の異常を感じた際も、早めに医療機関へご相談ください。漢方薬だからアレルギーが起きないわけではなく、生薬の中には体質によって合わないものもあります。
  • 重篤な副作用:滋陰降火湯には甘草(カンゾウ)が含まれます。甘草の長期大量服用他の甘草含有製品との併用により、体内のカリウム分が失われて筋力低下や血圧上昇を引き起こす「偽アルドステロン症」という副作用が稀に報告されています。具体的には、手足のむくみ、脱力感、血圧の上昇などが初期症状として現れます。またカリウム低下に伴い筋肉がうまく働かなくなる**ミオパチー(筋障害)**を引き起こすこともあります。むくみが強く出たり、力が入らない感じが続く場合は、すみやかに専門医に相談してください。

なお、漢方薬はその効果を十分発揮するために患者さんの証(しょう)=体質・症状のパターンに合っていることが重要です。証が合わない場合、効果が得られないばかりか症状が悪化することがあります。例えば湿痰(しったん),つまり体内に水分・痰が多くてむしろ冷えがあるタイプの咳に滋陰降火湯を用いると、消化不良や痰の増加を招きかねません。逆に乾燥が強いタイプの痛み(関節痛など)に二朮湯を使うと喉の渇きが増す、といった具合に、それぞれ適さない証では副作用様の症状が出ることがあります。滋陰降火湯は**「のぼせや乾燥が強い咳」には適しますが、「冷えや痰湿が主体の咳」には適さない**処方です。自己判断で長く服用せず、症状に変化があれば必ず処方医に相談してください。

併用禁忌・併用注意な薬剤

滋陰降火湯には麻黄や附子のような刺激の強い生薬は含まれておらず、絶対的な併用禁忌とされる薬剤は少ないとされています。ただし、以下のような場合には併用に注意が必要です。

  • 利尿薬や副腎皮質ステロイド剤との併用:滋陰降火湯の利水作用や甘草の影響で、利尿薬(例:フロセミドなど)やステロイド剤を一緒に服用すると体内のカリウムが失われやすくなる可能性があります。低カリウム血症による筋力低下や不整脈を招かないよう、これらを服用中の方は医師に相談の上で使用してください。
  • 降圧薬や強心薬との併用:滋陰降火湯の服用によってむくみが改善すると、血圧や循環動態に変化が現れる場合があります。降圧薬(高血圧の薬)や強心薬(心不全の薬)をご使用中の方は、漢方薬服用開始後の体調変化に注意し、必要に応じて主治医に経過を報告してください。特にジギタリス製剤を服用中の場合、カリウム低下に伴う作用増強(不整脈悪化)に注意が必要です。
  • 抗凝血薬との併用:滋陰降火湯に含まれる当帰(トウキ)や芍薬(シャクヤク)には血液の循環を促す作用があります。これがワルファリン等の抗凝血薬の効果に影響する可能性が指摘されています。抗凝固療法中の方が滋陰降火湯を併用する際は、定期的に血液検査を受けるなど慎重に経過を見ることが望ましいでしょう。
  • その他の漢方薬やサプリメントとの併用:滋陰降火湯と作用の似た生薬や**同じ生薬(甘草など)**を含む漢方薬を併用すると、生薬成分が重複して副作用リスクが高まる可能性があります。例えば、芍薬甘草湯(68)のような甘草を大量に含む処方や、強力ネオミノファーゲンシー(グリチルリチン製剤)のような注射薬との併用は偽アルドステロン症のリスクに注意が必要です。またサプリメントでも、甘草エキスや漢方系ハーブを成分とするものを併用する場合は、医師・薬剤師に相談してからにしましょう。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

滋陰降火湯は、10種類の生薬を組み合わせて作られています。配合生薬は「蒼朮(ソウジュツ)」「地黄(ジオウ)」「芍薬(シャクヤク)」「陳皮(チンピ)」「天門冬(テンモンドウ)」「当帰(トウキ)」「麦門冬(バクモンドウ)」「黄柏(オウバク)」「甘草(カンゾウ)」「知母(チモ)」の10種です。それぞれが潤す作用と熱を冷ます作用をバランスよく受け持ち、さらに消化を助ける生薬で全体を調整する構成になっています。以下に主な生薬の役割を解説します。

蒼朮(ソウジュツ)

キク科ホソバオケラの根茎を乾燥させた生薬で、水分代謝を促進し胃腸の働きを助ける作用があります。蒼朮は体内の余分な水分(湿)を乾かして脾(ひ:消化機能)を強め、食欲不振やむくみを改善します。滋陰降火湯では、潤いを補う生薬が多く含まれるため、蒼朮が胃腸を守りつつ全体の消化吸収をサポートする縁の下の力持ちです。また軽い発汗作用で表面的な熱を発散させる働きもあり、長引く咳でこもった熱を逃がすのにも役立っています。

地黄(ジオウ)

ゴマノハグサ科アカヤジオウの根(生地黄)を乾燥させた生薬です。地黄は血液や津液を補いながら余分な熱を冷ます作用を持ちます。古来より肺結核のような陰虚による消耗性疾患に用いられてきた滋陰薬で、体の渇きを潤し、のぼせやほてりを鎮めます。本処方では、乾いた喉や肺に潤いを与える要の生薬です。ただし粘性が高く胃にもたれやすいため、蒼朮や陳皮で消化機能を補いつつ使われています。

芍薬(シャクヤク)

ボタン科シャクヤクの根を乾燥させた生薬で、血を補い血行を良くして痛みを止める作用があります。芍薬は筋肉の緊張を和らげる鎮痙作用も持ち、漢方では「補血の要薬」とされています。滋陰降火湯では当帰とともに血液循環の改善を担い、慢性的な咳による肋間筋や背中のこわばりを緩めるのに役立ちます。また微熱で消耗した血液を補って全身の栄養状態を整える働きも期待できます。

陳皮(チンピ)

ミカン科ウンシュウミカンの成熟した果皮を乾燥させた生薬で、気の巡りを良くし消化を助け、痰をさばく作用があります。芳香性健胃薬として胃もたれや吐き気を改善するほか、滞った「気」を巡らせて咳や痛みを緩和する効果も持ちます。滋陰降火湯では陳皮が潤いを補う生薬の消化吸収を高める潤滑油のような役割を果たしています。同時に、痰が喉に絡んでいる場合にはそれを散らして咳を鎮める働きもします。地黄や麦門冬で胃がもたれやすい方でも、陳皮が含まれていることで比較的服用しやすくなっています。

天門冬(テンモンドウ)

ユリ科クサスギカズラ(天門冬)の塊根を乾燥させた生薬で、肺と腎を潤し、痰を軟らかくして咳を止め、便通を良くする作用があります。滋陰降火湯において天門冬は、麦門冬・地黄と協力して強力に陰を滋養し、乾燥した肺を潤す働きをします。特に夜間のから咳や空咳が続くような時に、天門冬が喉の粘膜を潤して咳嗽反射を落ち着かせます。また腸を潤す作用もあるため、陰虚で便秘がちの方の便通を整える一石二鳥の役割も担っています。

当帰(トウキ)

セリ科トウキの根を乾燥させた生薬で、血を補い血行を促進し、痛みを和らげる作用があります。婦人薬のイメージが強い当帰ですが、虚弱な人の痛み全般に広く使われる補血活血薬です。滋陰降火湯では芍薬とともに肺を取り巻く血流を改善することで、慢性の炎症で荒れた粘膜の修復を助けます。また、咳込みが強い時の胸や背中の痛み・違和感を和らげる働きも期待できます。長引く病後で血色が悪い方や、貧血ぎみで動くと息切れするような方に対し、当帰が入ることで全身状態の底上げにもつながります。

麦門冬(バクモンドウ)

ユリ科ジャノヒゲの根の一部(細い根に付着した塊根)を乾燥させた生薬で、体の余分な熱を冷まし肺を潤して咳を止める作用があります。麦門冬は滋陰作用が非常に強く、「五大潤剤(五つの代表的潤い薬)」の一つに数えられます。滋陰降火湯では地黄・天門冬とともに肺の乾燥を改善し、から咳による喉のヒリつきを緩和します。また軽い解熱作用もあるため、夕方になると上がる微熱やほてりを鎮めてくれます。麦門冬そのものが主役の処方が麦門冬湯ですが、滋陰降火湯では他の生薬と合わさることで、より総合的に肺陰虚の症状全体を改善するよう工夫されています。

黄柏(オウバク)

ミカン科キハダの樹皮を乾燥させた生薬で、強い苦味を持ち体の奥にこもった熱を冷まし、炎症を抑える作用があります。黄柏は清熱薬の中でも特に陰を補う薬と組み合わせて虚熱を取る目的で用いられることが多く、滋陰降火湯では知母とペアで配合されています。肺にこもった慢性的な炎症(虚火)を沈めることで、咽頭部の発赤や腫れ、ほてり感を鎮静します。また苦味による健胃作用もわずかにあり、地黄など滋養強壮薬のくどさを緩和する助けにもなっています。

甘草(カンゾウ)

マメ科カンゾウ(甘草)の根を乾燥させた生薬で、調和作用(生薬間のバランスをとる)と鎮痛・消炎作用を持ちます。甘草は多くの漢方方剤に少量ずつ含まれ、いわば処方全体のまとめ役として働きます。滋陰降火湯では、複数の生薬の癖を丸く整え、副作用を抑える役割があります。例えば黄柏や知母の苦味を緩和し、地黄の胃腸への負担を軽減します。また、のどの痛みや咳そのものを鎮める作用も期待できます(甘草は現代薬理学では去痰作用や抗炎症作用が確認されています)。ただし含有量が多くなると前述の偽アルドステロン症の原因となりうるため、他の甘草含有薬との重複には注意が必要です。

知母(チモ)

ユリ科ハナスゲの根茎を乾燥させた生薬で、体の余分な熱を冷まし、津液の産生を促す作用があります。知母は黄柏と組み合わせて用いられることが多く、二つ合わせて**「知柏」(ちばく)と称し陰虚のほてりを取る代表ペア**です。滋陰降火湯でも黄柏+知母で炎症による乾燥した熱を冷まし、肺や喉の渇きを改善します。知母自体も滋陰作用(潤す力)を持つため、潤いを補いつつ熱を降ろす一挙両得の生薬です。慢性的な乾いた咳で痰にうっすら血が混じるような時、知母の清熱作用が粘膜の充血を和らげてくれる効果も期待できます。

滋陰降火湯にまつわる豆知識

◎処方名の由来と古典での記載:滋陰降火湯という名前は文字どおり「陰(体内の潤い)を滋養し、火(余分な熱)を降ろす湯」という意味です。この場合の「火」とは、陰液が不足することで相対的に亢進した虚熱(きょねつ)虚火を指します。つまり身体を潤すことで結果的に余分な熱が鎮まることを処方名が示しています。初出は1587年に刊行された中国明代の医書『万病回春』で、著者は名医 龔廷賢(きょう ていけん) とされています。当時は肺結核(肺癆)などで慢性的に陰液を消耗し、午後から夕方にかけて微熱が出るような病態が多く、本方はそうした**「骨蒸熱(こつじょうねつ)」**とも呼ばれる結核の症状緩和に用いられました。

◎滋陰降火湯の歴史的エピソード:『万病回春』には滋陰降火湯にまつわる興味深い記述もあります。当時ある医師が、過度の飲酒が原因で血痰が出る患者に滋陰降火湯を用いたものの効果がなく、そこで龔廷賢が代わりに黄連解毒湯を加減して治療したという逸話が紹介されています。このエピソードは、漢方では症状の裏にある証を見極め処方を選ぶことが重要であると教えています。同じ咳や血痰でも、陰虚による乾いた咳には滋陰降火湯、そうでなければ別の処方が必要というわけです。

◎現代における再評価:滋陰降火湯は、日本の漢方医学においてはメジャーな処方ではありませんでした。陰虚の咳に対しては麦門冬湯などがよく使われ、滋陰降火湯は専門家以外あまり注目してこなかった歴史があります。しかし、高齢化社会となった現代では、ドライマウスやドライアイ、慢性のどの渇きなど陰液不足による症状が増えています。そのため、滋陰降火湯や滋陰至宝湯といった**「陰を滋する」処方が再評価されつつあります。実際に、シェーグレン症候群など乾燥症状を伴う患者さんへの漢方治療で本方を用いるケースが報告されるようになってきました。また、滋陰降火湯の抗炎症作用粘膜保護作用**について、基礎研究で解析が進められており、エキス製剤もツムラから「ツムラ滋陰降火湯エキス顆粒(医療用)」として発売されています(ツムラ番号93番)。このように古典から現代まで脈々と受け継がれ、必要とされる場面で活躍している処方と言えるでしょう。

まとめ

滋陰降火湯は、肺や喉の陰液不足(乾燥)によって咳やのどの痛みが生じている方に適した漢方薬です。長引く気管支炎や肺の慢性疾患によってのどが渇き、痰が少なくカラ咳ばかり出る場合に、肺を潤しつつ慢性炎症による虚熱を冷ますことで症状の改善が期待できます。とくに体力が落ちたご高齢の方で夜間の乾いた咳に苦しんでいるケースでは、第一選択肢となりうる処方です。比較的副作用の少ない処方とされていますが、体質に合わない場合や他の漢方薬・医薬品との併用には注意が必要です。適応でない証(例えば痰湿が多く冷えが強いタイプの咳)では効果が出にくいため、専門家による証の見立てが重要になります。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町 漢方外来までぜひご相談ください。

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