清肺湯(ツムラ90番):セイハイトウの効果、適応症

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清肺湯の効果、適応症

清肺湯(せいはいとう)は、しつこい咳や粘りのある痰(たん)を和らげるために用いられる漢方薬の一つです。
「肺の熱を冷ます(肺熱を除く)」作用があり、気道の炎症を改善して咳を鎮めることから、その薬効に基づいて命名されたと伝えられています。炎症を鎮める生薬、咳を止める生薬、身体を潤しながら出にくい痰を排出させる生薬などを組み合わせており、比較的体力が低下した人(中等度の体力)で、痰が多く切れにくい咳に適しています。以下のような症状・体質に対して効果が期待できます。

  • 長引く湿性咳嗽(がいそう):風邪や気管支炎の後などに咳だけがいつまでも残り、粘っこい痰が絡んで苦しい場合。喉の奥に違和感が残り、声がかすれることもあります。
  • 慢性気管支炎や喫煙による慢性の咳:長年の喫煙や大気汚染などで肺がダメージを受け、慢性的に痰を伴う咳が出る場合。朝方に痰が多く、ゼーゼー・ゴホゴホと続く咳に用いられます。
  • 体力が落ちた後の呼吸器の不調:高齢者や病後の方で、呼吸器の炎症がなかなか治まらず痰の絡む咳が続く場合。微熱や倦怠感を伴うケースでも、肺を潤しつつ炎症を鎮めることで症状改善が期待できます。

このように、清肺湯は**肺にこもった熱と痰(痰熱)**によって起こる頑固な咳に対処する処方です。漢方の古典では「一切の咳嗽、上焦に痰盛んなるを治す(あらゆる咳で、胸に痰が盛んにあるものを治す)」とされ、痰が多く絡むしぶとい咳の昔ながらの特効薬ともいえるでしょう。

よくある疾患への効果

清肺湯がよく使われる具体的な疾患や症状について、いくつか代表的なものを挙げ、その効果を解説します。

慢性気管支炎・喫煙による慢性咳

慢性気管支炎は、長期間にわたり気管支の炎症が続き、咳や痰が慢性的にみられる状態です。喫煙習慣のある方や、大気汚染物質に長くさらされた方で生じる「煙草(たばこ)咳」は慢性気管支炎の一種です。清肺湯は、肺と気道にこもった炎症(熱)を冷まし、ダメージを受けた粘膜の修復を助けながら痰を出しやすくする作用があります。実際に粘りの強い痰を伴う慢性の咳に対して、炎症を鎮めて咳嗽発作の頻度を減らす目的で用いられます。痰が切れにくくゼーゼーと苦しそうな咳が続く喫煙者の方や、慢性的な気管支炎で朝晩に咳き込む方の症状緩和に役立つことがあります。

感染症後に残るしつこい咳

肺炎や重い気管支炎、感冒(いわゆる風邪)などの呼吸器感染症が治った後も、「あと咳」として咳だけが長引くことがあります。こうした感染症後の遷延する咳は、粘膜のダメージや炎症が完全に引かず慢性化することで起こります。清肺湯は粘膜の潤いを保つ生薬(麦門冬や天門冬など)と炎症を鎮める生薬(黄芩や山梔子など)を含み、傷んだ気道組織の修復を促しつつ残留炎症を和らげます。その結果、咳の原因となる刺激を減らし、痰の切れも改善していきます。抗生物質などで感染自体は治癒したものの咳だけが数週間以上続いているようなケースで、清肺湯を用いると徐々に咳が落ち着くことがあります。

咽頭炎・声帯炎による声枯れを伴う咳

長引く咳に伴い、喉の粘膜や声帯にも炎症が起こって咽頭痛や嗄声(声枯れ)を生じている場合があります。特に職業柄声をよく使う方や、夜間の咳で喉を酷使している場合、声がかすれてしまうことも少なくありません。清肺湯に含まれる桔梗や杏仁は喉を潤しつつ咳を鎮める働きがあり、桑白皮や貝母は喉頭部の炎症や痰のこびりつきを改善します。さらに、当帰や麦門冬が乾燥した粘膜に潤いを与えて組織の修復を助けるため、声帯の荒れを癒やす効果も期待できます。結果として、咳込みによる喉の痛みや声のかすれを緩和し、声を出しやすい状態へ導いてくれます。ただし声枯れが強い場合は、響声破笛丸など他の処方が検討されることもあります。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

咳や痰の症状には、清肺湯の他にもさまざまな漢方薬が用いられます。症状の性質や患者さんの体質(証)によって最適な処方は異なるため、状況に応じて処方を選び分けることが大切です。ここでは、清肺湯と比較されやすい処方をいくつか紹介し、その特徴と使い分けのポイントを解説します。

麦門冬湯(29)

麦門冬湯(ばくもんどうとう)は、乾いた咳や痰が少なく喉が渇くような咳に用いられる処方です。清肺湯と同様に麦門冬を含みますが、麦門冬湯は陰虚(いんきょ)といって体内の潤いが不足した状態の咳に焦点を当てています。肺と胃の陰を潤してから咳を鎮める働きが強く、痰は少ないか粘りが弱いケースに適しています。空咳・嗄声・口の渇きを伴うような乾いた咳に使われ、一方で清肺湯のように強い炎症を冷ます力は持ちません。したがって、痰がそれほど多くなく粘膜の乾燥が主体の咳には麦門冬湯(29)が選ばれ、逆に発熱や黄色い痰を伴うような炎症性の咳には清肺湯の方が適しています。

麻杏甘石湯(55)

麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)は、熱を伴うゼーゼーした咳や喘息発作に用いられる代表的な処方です。麻黄(マオウ)と石膏(セッコウ)を含み、体力が比較的ある方向けで、気管支の熱を冷ましつつ喘鳴(ぜんめい)を鎮める効果があります。痰がからんで呼吸が苦しく、汗ばむほど内部に熱がこもったタイプの咳や、小児喘息・気管支喘息の急性期によく使われます。清肺湯との違いは、麻杏甘石湯の方が即効的に喘息様の咳を抑える力が強い点です。高熱や息苦しさを伴う激しい咳には麻杏甘石湯(55)が適します。一方で清肺湯は、急性期よりも慢性期のしつこい咳にじわじわ効かせる処方であり、麻杏甘石湯のように身体を強く発汗させたり気管支を拡張させる作用は穏やかです。体力が落ちている方や長引く咳には清肺湯、発作的で熱感の強い咳には麻杏甘石湯と使い分けます。

小青竜湯(19)

小青竜湯(しょうせいりゅうとう)は、冷えによる咳や鼻汁を伴う咳に用いられる処方です。体を温め水分代謝を整える生薬(麻黄、桂枝、乾姜など)を含み、サラサラした痰や鼻水が出る咳によく効きます。アレルギー性の咳や気管支喘息で、喉がヒューヒュー鳴ったり鼻水・くしゃみを伴う場合にも処方されます。清肺湯との違いは、その作用の方向性です。小青竜湯は身体を温めて水っぽい痰を乾かす処方であり、寒冷刺激で悪化するような咳に向いています。逆に清肺湯は身体にこもった熱を冷まし潤いを与える処方なので、冷えが無く炎症による熱が主体の咳に適します。例えば、白い痰がたくさん出て寒気がある咳には小青竜湯(19)を、黄色い痰で喉が渇く咳には清肺湯を用いるといった使い分けがなされます。

(上記の他、痰が喉に張り付いて梅核気(梅の種が喉に引っかかったような異物感)が強い場合は半夏厚朴湯(16)を併用するなど、症状に応じた併用・選択が行われます。患者様一人ひとりの症状に合わせて漢方医は処方を検討しています。)

副作用や証が合わない場合の症状

清肺湯は比較的マイルドで安全性の高い処方とされていますが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合、副作用が現れる可能性があります。

  • 消化器症状:食欲不振、胃のもたれ、吐き気、下痢など。清肺湯には寒性(身体を冷やす性質)の生薬や潤す生薬が多く含まれるため、胃腸が冷えやすい体質の方では消化機能が一時的に低下することがあります。服用中に強い胃の不快感や下痢が続く場合は、中止して医師に相談してください。
  • 皮膚症状:発疹、かゆみ、蕁麻疹(じんましん)などのアレルギー反応がまれに起こることがあります。服用後に皮膚に異常を感じた際も、早めに医療機関へご相談ください。
  • 重篤な副作用:清肺湯には少量ですが甘草(カンゾウ)が含まれます。長期連用や他の甘草含有製品との併用により、血中カリウムが低下して筋力低下や高血圧(偽アルドステロン症)を招くおそれがあります。むくみが強く出たり、脱力感や血圧上昇が見られた場合は、すみやかに専門医に相談してください。また、ごくまれですが間質性肺炎の報告もあります。清肺湯を服用後、かえって咳・息切れが悪化するようなら服用を中止し、ただちに医師の診察を受けてください。

また 体質(証)が合わない場合、期待した効果が得られないばかりか症状が悪化することがあります。例えば冷えが強く痰が水っぽいタイプの咳に清肺湯を用いると、十分な効果が得られないだけでなく身体を冷やしてしまい、咳や痰がかえって長引く可能性があります。そのため、「痰は多いが冷えがある」タイプの咳には適さない処方です。このような場合には別の漢方薬(例:小青竜湯など)に切り替える方が適切でしょう。逆に体力が充実して熱症状が強い実証の方では、清肺湯では力不足で効果が出にくいこともあります。症状や体質に応じて処方を選ぶことが重要です。

併用禁忌・併用注意な薬剤

清肺湯には麻黄や附子のような刺激の強い生薬は含まれておらず、絶対的な併用禁忌薬剤は少ないとされています。しかし、生薬の作用を考慮すると、以下のような場合には併用に注意が必要です。

  • 利尿薬や副腎皮質ステロイド剤との併用:清肺湯の利水作用(桑白皮による利尿効果など)および甘草の作用により、利尿薬(例:フロセミドなど)やステロイド剤と一緒に服用するとカリウムが失われやすくなる可能性があります。低カリウム血症による筋力低下や不整脈を防ぐため、これらを服用中の方は医師に相談の上で使用してください。特に長期間ステロイドを使用している場合は注意が必要です。
  • 降圧薬や強心薬との併用:清肺湯の服用によって炎症が治まり咳や痰が改善すると、呼吸状態や体液量の変化により血圧や心機能に影響が出る場合があります。降圧薬(高血圧の薬)や強心薬(心不全の薬)を使用中の方は、漢方開始後の体調変化に注意し、必要に応じ主治医に経過を報告してください。特にジギタリス製剤を服用中の場合、カリウム低下による作用増強(不整脈誘発)のリスクがわずかですがありますので注意が求められます。
  • 抗凝血薬との併用:清肺湯に含まれる黄芩(オウゴン)や当帰(トウキ)には、血液凝固に影響を与える可能性が指摘されています。ワルファリンなどの抗凝血薬を服用中の方が清肺湯を併用する際は、定期的に血液検査を受けるなど慎重な経過観察が望まれます。思わぬ出血やあざが現れた場合はすぐ医師に相談してください。
  • 他の漢方薬やサプリメント:清肺湯と作用が似た生薬(例えば杏仁や桑白皮など鎮咳作用のある生薬)を含む漢方薬を併用すると、生薬成分が重複し副作用リスクが高まる可能性があります。また甘草を含む他処方との併用で偽アルドステロン症のリスクが増すことにも留意が必要です。さらにサプリメント類との相互作用も考えられるため、自己判断での併用は避け、現在服用中の薬剤や健康食品があれば必ず医師・薬剤師に伝えてください。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

清肺湯は、その名のとおり**「肺を清する」ため**に工夫された16種類の生薬から成る処方です。基本的な構成生薬は「黄芩(オウゴン)」「山梔子(サンシシ)」「杏仁(キョウニン)」「桔梗(キキョウ)」「桑白皮(ソウハクヒ)」「天門冬(テンモンドウ)」「麦門冬(バクモンドウ)」「竹茹(チクジョ)」「貝母(バイモ)」「陳皮(チンピ)」「茯苓(ブクリョウ)」「当帰(トウキ)」「五味子(ゴミシ)」「生姜(ショウキョウ)」「大棗(タイソウ)」「甘草(カンゾウ)」です。それぞれが咳や痰に対して異なる角度から作用し、炎症を鎮める・痰を除く・潤す・補うといった効果をバランス良く発揮するよう配合されています。以下に主な生薬と、その清肺湯における役割を解説します。

黄芩(オウゴン)

黄芩は体内の熱を冷まし湿を乾かす作用を持つ生薬で、消炎・解熱・抗菌作用に優れています。清肺湯では数少ない清熱薬(熱を取り去る生薬)であり、肺や気管支に生じた炎症や熱感を鎮める「安全弁」のような役割を果たします。他の生薬が身体を潤したり温めたりする中で、黄芩を加えることで余分な熱がこもるのを防ぎ、炎症をコントロールしています。また、肺の熱による喉の痛みや発赤を和らげる効果も期待できます。全体として温潤性の生薬が多い清肺湯において、黄芩は配合バランスをとりつつ炎症・発熱を沈静化する重要な生薬です。

山梔子(サンシシ)

山梔子(クチナシの実)は、強力な清熱作用と解毒作用を持つ生薬です。心肺の熱を冷まし、イライラや不眠など熱による症状も和らげる効果があります。清肺湯では黄芩と組み合わせて肺にこもった火を鎮め、痰による喉の腫れや痛みを和らげる目的で配合されています。例えば、咳が続いて胸骨後部(胸の中心)に熱感や灼けつく感じがある場合、山梔子がその熱を取ってくれます。また、痰に少量の血が混じるようなケースでは、炎症と血熱を冷ます山梔子の作用が喉粘膜の充血を改善するのに役立ちます。清肺湯の清熱部分を担う生薬として、黄芩とともに処方の中心的な役割を果たしています。

杏仁(キョウニン)

杏仁(きょうにん)はアンズの種で、咳を止め、気管支を広げる作用を持つ代表的な鎮咳生薬です。杏仁には苦味成分が含まれ、これが気道の過敏性を抑えて咳を鎮静します。また、適度に肺を潤し腸を潤滑にする作用もあるため、乾いた咳にも用いられます。清肺湯では痰が絡む咳を鎮め、呼吸を楽にする目的で配合されています。特に夜間や横になると激しくなる咳に対し、杏仁が気道を落ち着かせて発作を和らげます。また、同じく配合されている桔梗とセットで用いることで相乗効果が生まれ、痰を排出しつつ咳を止める働きが強化されています。

桔梗(キキョウ)

桔梗はのどの通りを良くし、痰を排出させる作用を持つ生薬です。古くから「肺経の要薬」と称され、咳や痰、喉の痛みなど呼吸器症状全般に幅広く使われてきました。桔梗の根にはサポニンが含まれ、これが気道分泌を促進して痰を出しやすくします。同時に消炎作用もあるため、喉の腫れや痛みを和らげるのにも役立ちます。清肺湯では、桔梗が痰で塞がった気道を開き、他の生薬が作用しやすい環境を整える役割を担っています。特に杏仁との組み合わせは伝統的で、杏仁が下方向へ咳を鎮めるのに対し、桔梗は上方向へ痰を排出させるとされ、両者で**「降肺気・宣肺気」**(気を下げつつ発散する)という相互補完的な効果を発揮します。その結果、しつこい痰絡みの咳を効率よく改善してくれるのです。

桑白皮(ソウハクヒ)

桑白皮は桑の根皮で、肺の熱を冷まし、喘咳を鎮め、尿による水抜き作用を持つ生薬です。特に肺にこもった余分な水分や熱を取り除く作用に優れ、古典では「肺の水を瀉す(しゃす)」と表現されます。清肺湯では、桑白皮が痰の原因となる余分な水分を体外に出し、気道の腫れを引かせて咳を和らげる役割を持っています。例えば、肺に熱がこもって痰が粘り、さらに浮腫っぽさがあるような場合に、桑白皮が利尿作用で水分代謝を促し、肺のむくみを軽減します。これにより気管支の通りが良くなり、呼吸が楽になります。また、桑白皮自体にも鎮咳作用があるため、炎症と痰によるゼーゼーした咳(喘鳴を伴う咳)を落ち着かせる効果も期待できます。

天門冬(テンモンドウ)

天門冬は腎陰(腎の陰液)を養い、肺を潤す作用を持つ生薬です。ユリ科の植物の根で、麦門冬と対になる存在として扱われ、「二冬(にとう)」とも称されます。清肺湯において天門冬は、肺と深く関連する腎の陰を補うことで、肺の陰液(潤い)を充実させ、慢性咳嗽を改善する目的で配合されています。特に長引く咳では、肺だけでなく腎も陰が消耗しがちと漢方では考えますが、天門冬がそれを補ってくれます。例えば、咳が続いて腰や膝がだるく感じたり、夕方以降に微熱が出るような場合、これは腎陰の不足を示唆しますが、天門冬はそうした腎陰虚の兆候を緩和しつつ、肺を潤す働きがあります。また、消炎作用もあるため、肺の熱を冷ます黄芩・山梔子と共同し、炎症と乾燥の両面から咳を治めるサポートをしています。

麦門冬(バクモンドウ)

麦門冬は、肺と胃の陰を潤し、乾いた咳を和らげる代表的な生薬です。体内の不足した水分(陰液)を補い、から咳や喉の渇きを改善する働きがあります。清肺湯では麦門冬が気道粘膜の潤滑油となり、炎症で乾燥した喉や気管をしっとりとさせます。特に痰が粘りすぎて切れない場合、麦門冬が粘液を適度に薄めて排出を助ける役割も果たします。また、麦門冬には軽い解熱作用もあるため、咳に伴う微熱感の軽減にも寄与します。天門冬とペアで配合されることで、肺と腎の両面から潤いを補給し、慢性化した咳による消耗を改善します。清肺湯において麦門冬は、乾燥で荒れた肺を癒やし、咳反射の過敏性を鎮める縁の下の力持ちです。

竹茹(チクジョ)

竹茹(ちくじょ)は竹の茎の内側の薄皮(竹皮)を乾燥させた生薬で、痰を除きつつ胃を和ませる作用があります。主に熱を帯びた痰(痰熱)を取り除くのに使われ、つわりや胃の不調を伴う咳などにも応用されます。清肺湯では、竹茹が痰の粘性を下げ、喉に絡みついた痰を除去する働きをしています。例えば、痰が切れずに胸やけのような感じがある場合、竹茹がその痰熱を冷ましながら嘔気(吐き気)も抑えてくれます。また、心を落ち着かせる作用もあるため、長引く咳で神経質になっている状態を和らげる効果も期待できます。杏仁や桔梗、貝母など他の化痰生薬と協調し、より少ない刺激でスムーズに痰を出すサポート役として清肺湯に組み込まれています。

貝母(バイモ)

貝母はアミガサユリの鱗茎で、熱を冷まし痰を切る作用を持つ生薬です。種類によって川貝母・浙貝母がありますが、いずれも潤いを保ちながら痰を散らす特性があります。清肺湯では、貝母が粘り強く固まった痰を溶かし、咳を鎮める役割を担っています。特に慢性化した咳で痰が喉に張り付き、ゴロゴロと喉鳴りするようなケースで、貝母がその痰塊をほぐしてくれます。また、肺にこもった熱を清する作用もあるため、黄芩や山梔子とともに炎症による痰の増生を抑える効果も発揮します。潤肺作用も持ち合わせているため、清肺湯の中では痰を除きつつも粘膜を乾かしすぎないようバランスを取る生薬と言えます。これにより、頑固な痰咳を優しく解消していきます。

陳皮(チンピ)

陳皮はミカンの皮を乾燥させた生薬で、気の巡りを良くし、消化を助け、痰を捌く作用があります。胃腸の働きを整えて他の生薬の吸収を高める「潤滑油」のような役割を果たし、また滞った気を巡らせて咳による胸のつかえを取る効果も期待できます。清肺湯では、陳皮が消化機能を支えて生薬の効き目を全身に行き渡らせるのに加え、咳込みで弱った食欲を改善する助けにもなっています。特に長引く咳に伴って胃もたれや食欲低下があるタイプでは、陳皮が症状全体の改善に寄与します。また、痰湿が溜まり気の巡りが悪くなると胸苦しさを感じることがありますが、陳皮はその気滞(きたい)を解消して痰の排出を促す働きも持っています。清肺湯の中で陳皮は縁の下で他の生薬を支えつつ、自身も咳と痰にアプローチする名脇役です。

茯苓(ブクリョウ)

茯苓はマツホドという菌核で、余分な水分を排出し胃腸を整える作用を持つ生薬です。利尿によって体内の水分バランスを調節し、心身を安定させる鎮静作用も併せ持ちます。清肺湯では、茯苓が脾胃を助けて湿を捌き、痰の元となる水滞を減らす役割があります。痰は消化器の水分代謝とも関係が深いため、茯苓によって消化機能をサポートすることは痰のコントロールにつながります。また、不安やストレスで咳が悪化する場合にも、茯苓の鎮静作用が一助となります。さらに、当帰や五味子など滋養性の生薬がスムーズに吸収されるよう土台を整える意味もあります。つまり茯苓は、清肺湯の中で水分・精神両面の調整役として働き、痰湿が原因の咳に総合的にアプローチするのです。

当帰(トウキ)

当帰はセリ科の根で、血を補い巡らせ、痛みを和らげる作用を持つ女性の代表薬ですが、清肺湯のような呼吸器の処方にも配合されています。これは当帰が粘膜の修復と血行改善を促し、長引く炎症で傷ついた肺や気道の治癒を助けるためです。清肺湯では、当帰が気道粘膜への血液供給を高め、組織の再生を促進する役割を期待されています。例えば、痰に血が混じるほど粘膜が荒れているケースでは、当帰が血を補って止血を助け、修復を早めます。また、全身を温める作用も持つため、多くの寒涼性生薬によって冷えすぎるのを防ぐ「調和薬」としての面もあります。さらに、虚弱な患者さんの体力を底上げし、咳による消耗を補う効果も見込まれます。清肺湯における当帰は、一見地味ながら粘膜の治癒力を高め、処方全体のバランスを取る重要な存在です。

五味子(ゴミシ)

五味子はチョウセンゴミシの果実で、肺気を引き締めて咳を止め、腎を補い津液を守る作用を持つ生薬です。酸味によって肺から漏れ出る気を収斂し、喘息や慢性咳嗽で消耗する体力を温存させる働きがあります。清肺湯では、五味子が長引く咳で弱った肺の機能を引き締め、無駄なエネルギー消耗を防ぐ役割を果たしています。特に夜間から明け方にかけて咳が酷くなる場合、五味子が肺気を納めて発作を和らげます。また、五味子は腎を助ける作用もあるため、天門冬とともに肺腎両虚(肺と腎の両方が弱った状態)を改善する組み合わせとなっています。さらに、五味子には心を落ち着かせる効能もあり、咳込みによる不眠やイライラの軽減にも寄与します。清肺湯における五味子は、咳のロスを減らし、潤いと活力を守る頼もしい生薬なのです。

生姜(ショウキョウ)

生姜(ショウキョウ)は生のショウガで、身体を温めて胃腸を守りつつ発汗させる作用があります。清肺湯では、生姜が胃を温めて他の生薬の吸収を助け、寒涼薬の偏りを是正する目的で配合されています。多くの清肺湯の生薬(黄芩・山梔子・竹茹など)は身体を冷やす性質がありますが、生姜を少量加えることで胃腸への負担を軽減し、処方全体のバランスを取っています。また、生姜自体も血行促進と鎮咳作用を持ち、冷えを伴う咳では痛みや不快感を和らげる一助となります。さらに、生姜の発汗作用は桑白皮や茯苓の利水作用と相まって体内に滞る余分な水分を追い出すのにも貢献しています。清肺湯において生姜は、「陰陽の調和」を図りつつ咳を和らげる名脇役と言えるでしょう。

大棗(タイソウ)

大棗はナツメの実で、脾を補い胃腸を健やかにし、心身を安定させる作用を持つ生薬です。甘味で胃を守り、気血を滋養する働きがあり、多くの漢方処方で調和薬として用いられます。清肺湯では、大棗が全体の調和と滋養強化の役割で配合されています。とくに黄芩や山梔子など苦寒の生薬が複数入る中で、大棗の甘味がそれらの刺激を和らげ、胃腸への負担を軽減します。また、咳が続くと体力や気力が消耗しがちですが、大棗は脾を補うことで消化吸収力を高め、身体に栄養を行き渡らせます。その結果、清肺湯の効果を受け止める体力土台が整い、より早い改善につながります。さらに、大棗には鎮静作用もあり、不眠や不安を抱える咳の患者さんの精神面をサポートします。清肺湯における大棗は、処方の円滑な作用発現と患者さんの体力維持に欠かせない縁の下の存在です。

甘草(カンゾウ)

甘草は諸薬を調和し、炎症を緩和する作用を持つ生薬です。甘味で脾胃を守りつつ、鎮痛・消炎作用も備えています。清肺湯では、生薬同士の癖を丸くまとめ、副作用を抑える役割があります。例えば、黄芩や山梔子の苦み、生姜の辛みなどを調和し、胃腸への刺激を和らげます。また、咳で緊張した気道平滑筋を緩める鎮痙作用もあるため、咳き込みでこわばった胸や背中の筋肉をほぐす助けにもなります。ただし含有量は1gと少なめですが、長期大量服用では前述の偽アルドステロン症の原因となり得るため、他の甘草含有薬との重複には注意が必要です。清肺湯における甘草は、処方全体の潤滑剤兼鎮静剤として働き、副作用リスクを低減しつつ咳と炎症を穏やかに鎮めてくれる存在です。

清肺湯にまつわる豆知識

  • 名前の由来:「清肺湯(せいはいとう)」とはその名のとおり「肺を清(きよ)める湯(=煎じ薬)」という意味です。すなわち、肺の中の熱や炎症を取り去り、清涼な状態にする処方であることを示しています。実際、清肺湯には肺の熱を冷ます黄芩・山梔子や、炎症をしずめる桑白皮などが含まれ、この名に違わぬ組み合わせとなっています。名前が示す通りの効能を持つ処方と言えるでしょう。
  • 出典と歴史:清肺湯は中国明代の古典医学書『万病回春(まんびょうかいしゅん)』に紹介されています。原典では「一切の咳嗽、上焦に痰盛んなるを治す」と記され、あらゆる咳の治療薬として位置付けられていました。しかしその後、近代漢方の主流からは外れ、日本の一般的な漢方教材にはあまり登場しない処方でした。現在ではツムラの番号処方(90番)として製品化され、市販漢方製剤として入手可能になったため、徐々に認知されるようになっています。一部の熟練漢方医によりその有用性が見直され、慢性呼吸器疾患への処方選択肢として現代に蘇った経緯があります。
  • 処方構成の特徴:清肺湯の処方を見ると、痰を除く基本方剤である**「二陳湯(にちんとう)」(半夏・陳皮・茯苓・甘草の組み合わせ)から半夏を抜き、代わりに麦門冬・天門冬で潤いを補い、黄芩・山梔子で炎症を抑え、杏仁・桔梗・桑白皮・貝母で咳と痰に直接働きかけるよう加味した形になっています。いわば“潤肺止咳”の要素を大幅に強化した二陳湯**とも言える構成です。痰を除く基本処方に滋陰(潤す)と清熱(熱を冷ます)の生薬群を組み合わせて応用している点は、漢方処方の発展形の好例です。このように複数の古典処方のエッセンスを組み合わせることで、より複雑な病態(痰と陰虚と熱が絡む咳)に対応できるよう工夫されています。
  • 喫煙者への応用:近年、清肺湯は**「肺の掃除薬」**として喫煙者の慢性気道炎症に用いられるケースが注目されています。動物実験や臨床研究では、清肺湯が肺や気道の血流を改善し、傷んだ粘膜組織の再生を促す可能性が示唆されています。そのため、長年の喫煙で慢性的に咳や痰がある方に清肺湯を継続投与し、肺機能の維持や気道炎症の緩和を図る試みがなされています。もちろん喫煙自体をやめることが先決ですが、どうしても残る症状緩和や肺のリカバリーをサポートする漢方薬として清肺湯が役立つ可能性があります。肺を労わる養生の一環として、禁煙外来などで清肺湯を併用するケースもあるようです。

(そのほか、漢方理論では「肺と腎は表裏の関係」とされ、呼吸器の慢性症状には腎を補う治療も重要です。清肺湯に天門冬のような腎陰を補う生薬が入っているのは、肺と腎を同時にケアする狙いがあると考えられます。このような点からも、清肺湯は単なる咳止めではなく、全身状態を整えながら呼吸器症状を改善する奥深い処方と言えるでしょう。)

まとめ

清肺湯は、体内に痰熱が停滞し、それによって肺や気道に炎症が生じている方に適した漢方薬です。身体の余分な熱や粘液(痰)を取り去りつつ潤いを補い、気道粘膜の修復を促進することで、慢性気管支炎や長引く咳などの症状改善が期待されます。比較的副作用の少ない処方とされていますが、体質に合わない場合や他の漢方薬・医薬品との併用には注意が必要です。証に合致しない場合は効果が出にくいため、専門家による証の見立てが重要になります。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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