治打撲一方の効果、適応症
治打撲一方(ぢだぼくいっぽう)は、打撲による腫れや痛みを和らげるために用いられる漢方薬です。転倒やぶつけ傷で生じた内出血(青あざ)や腫脹を改善し、痛みを鎮める効果があります。滞った血液(瘀血(おけつ))を散らし、気の巡りを良くすることで炎症を抑え、組織の修復を促進するとされています。
古くから打撲や捻挫など外傷に伴う症状に対して用いられてきた処方で、以下のような場合に適応します。
- 打撲(打ち身):ぶつけた部分が腫れて熱をもち、押すと痛む(皮下出血による青あざができている)
- 捻挫:足首や手首をひねった後の関節周囲の腫れと痛み(靭帯損傷による内出血や炎症がある)
このように、治打撲一方はケガによる局所の腫れや痛みを改善する漢方処方です。
よくある疾患への効果
打撲による腫れ・痛み
日常生活やスポーツでの打撲による腫れ・痛みに対して、治打撲一方は鎮痛・消炎効果が期待できます。例えば、転倒して太腿を強打し青黒く腫れた場合、本方の服用で滞った血液を散らし(駆瘀血)、腫れを引かせる手助けをします。なお、安静・冷却など適切な処置も並行してください。
捻挫(関節のケガ)
捻挫は関節をひねって靭帯などを傷め、腫れと痛みが生じるケガです。足首を捻った後にくるぶし周囲が腫れ上がり熱を帯びている場合に、治打撲一方を用いることがあります。患部の血行を促進し、滞った血(瘀血)を散らすことで腫れと痛みを和らげます。捻挫後の足関節の腫れが引かず歩行が困難な場合、治打撲一方を服用することで内出血の吸収が促され、可動域の改善に役立つことがあります。重度では靭帯断裂もあり得るため、漢方は補助とし、整形外科での治療と安静を優先します。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
外傷による腫れ・痛みに対しては、治打撲一方以外にも症状や体質に応じて漢方薬が使い分けられます。代表的な処方をいくつか紹介します。
通導散(105)
打撲や捻挫の腫れ・痛みに対しては通導散もよく用いられます。治打撲一方よりも活血化瘀作用が強く、内出血の吸収を促す力が高いのが特徴です。ただしやや強い作用があるため、体力のある方に向く処方とされます。
桂枝茯苓丸(25)
桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)は慢性的な瘀血を改善する処方です。打撲後の内出血が塊となって残っている場合に血行を促し、瘀血を徐々に散らす目的で用いられることがあります。ただし急性期の強い痛みや炎症には向きませんが、治打撲一方と併用すると効果的な場合があります。
桃核承気湯(61)
桃核承気湯(とうかくじょうきとう)は、便秘を伴う頑固な瘀血を除く下剤系の処方です。体力が充実し、のぼせと便秘があるタイプの瘀血に適しています。大黄(ダイオウ)や桃仁(トウニン)によって瘀血を下し排出する働きが強く、打撲で内出血と腫れが酷く、便秘傾向もあるようなケースで選択されることがあります。ただし下剤作用があるため、胃腸が弱い人には使いにくく、そうした場合はより穏やかな治打撲一方が用いられます。
越婢加朮湯(28)
越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)は、関節や皮膚に熱感を伴う腫れがある場合に使われる処方です。麻黄(マオウ)の発汗作用で熱と腫れを発散させ、関節に水が溜まって腫れるタイプの関節炎などにも用いられます。外傷では、打撲直後で患部が赤く熱をもって腫れているような場合に、治打撲一方の代わりに越婢加朮湯が選ばれることがあります。炎症の熱が明らかに強い外傷では越婢加朮湯、瘀血による痛みが主体なら治打撲一方、と使い分けられます。
副作用や証が合わない場合の症状
治打撲一方にも副作用が起こることがあります。特に注意すべきは偽アルドステロン症で、甘草の成分により血圧上昇、むくみ、低カリウム血症などを引き起こす症状です。症状が進むと脱力なども招くため、むくみや力が入らない感じが出たら服用を中止し、医師に相談してください。
そのほか、消化器症状(食欲不振、胃もたれ、下痢等)やアレルギー症状(発疹、かゆみ等)が現れることがあります。また、体質に合わない場合、期待する効果が得られないばかりか体調が悪化する可能性もありますので注意が必要です。妊娠中の服用は避けましょう(大黄の作用で子宮収縮を誘発し流産リスクがあるため)。
併用禁忌・併用注意な薬剤
治打撲一方を服用する際には、他の薬剤との相互作用にも注意します。
- 生薬の重複:甘草や大黄を含む他の漢方薬(例:甘草を多く含む処方や桃核承気湯など)を併用すると、偽アルドステロン症や下痢など副作用のリスクが高まります。
- 西洋薬との併用:利尿薬やステロイド薬、ジギタリス製剤などを服用中の場合、低カリウム血症や不整脈が起こりやすくなります。併用の際は医師に必ず相談し、慎重に経過を観察します。
含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか
治打撲一方は7種類の生薬で構成され、それぞれが打撲による瘀血を散らし、痛みと腫れを抑える働きを担っています。
桂皮(ケイヒ)
シナモンの樹皮で、身体を温めて血行を促進し痛みを和らげます。
川芎(センキュウ)
血の巡りを良くし、痛みを止める代表的な生薬です。活血作用によって打撲の腫れと痛みを軽減します。川骨とともに瘀血を除き鎮痛に働きます。
川骨(センコツ)
スイレン科コウホネの根茎を乾燥させた生薬で、乾燥した様子が骨のように見えることから「川骨」と呼ばれます。瘀血を散らし、腫れを引かせる作用があり、川芎と合わせて効果を高めます。
樸樕(ボクソク)
カシの木の樹皮を乾燥させた生薬で、タンニンを豊富に含み止血・消炎・収斂作用を持ちます。外傷で生じた腫れや内出血を抑え、他の活血薬と協調して炎症を鎮め腫れを緩和する役割を担います。
甘草(カンゾウ)
漢方処方の調和薬であり、炎症を和らげつつ他の生薬の作用を調整する役割があります。治打撲一方でも、全体のバランスを整えながら痛みや炎症を緩和するのに寄与しています。
大黄(ダイオウ)
少量では血流を促進し、瘀血を排出する作用があります。治打撲一方では緩下作用が出にくい少量を配合し、内出血の吸収を助けて炎症を鎮めることを狙っています。
丁子(チョウジ)
クローブ(丁香)の蕾を乾燥させた生薬で、身体を温め痛みを止める作用を持ちます。強い芳香成分により打撲の痛みを和らげます。
治打撲一方にまつわる豆知識
- 名前の由来:「治打撲一方」は文字通り**「打撲を治す処方」**という意味で、ストレートな名前です。古来より打撲・捻挫の専用薬として伝えられてきたことをうかがわせます(読みは「ヂダボクイッポウ」)。
- 伝統医学での位置づけ:漢方では怪我を**「跌打損傷(てんだそんしょう)」**と呼び、活血化瘀(瘀血を散らす)で治療します。治打撲一方はその代表処方の一つで、日本でも古くから外科領域で用いられてきました。
まとめ
治打撲一方(ツムラ89番)は、打撲や捻挫による腫れ・痛みを和らげる漢方処方です。外傷後の内出血や炎症を抑え、つらい痛みの改善に役立ちます。ただし患者様の体質(証)やケガの状態に応じて適切な処方を選ぶことが大切です。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。