神秘湯(ツムラ85番):シンピトウの効果、適応症

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神秘湯の効果、適応症

神秘湯(しんぴとう)は、小児喘息や気管支喘息などの呼吸器症状に用いられる漢方薬の一つです。
いわゆる「麻黄剤(まおうざい)」に分類され、気管支を拡げて喘鳴(ぜんめい:ヒューヒューという呼吸音)やせきを鎮める効果があります。特に息苦しさが強いのに痰(たん)があまり出ず、発作時に不安感を伴うような喘息に適しています。以下のような症状・疾患に対して効果が期待できます。

  • 小児喘息(小児気管支喘息) – 子どものぜんそく発作で、ゼーゼーと苦しそうだが痰は少なく、発作時に不安や泣き込みが見られる場合。冷たい空気や風邪をきっかけに症状が悪化する体質に用いられます。
  • 気管支喘息(大人の喘息) – 胸の圧迫感や喘鳴があり、痰があまり出ないタイプの喘息。緊張やストレスで息苦しさが増す傾向がある方に適します。発作そのものを消すわけではありませんが、気管支を広げ呼吸を楽にし、不安感を和らげることで症状改善の補助となります。
  • 慢性気管支炎・肺気腫 – 長引く気管支炎や初期の肺気腫(COPD)で、慢性的に息切れしやすく痰も少ないケースに応用されることがあります。息を吐きにくく胸が重苦しいような症状に対し、神秘湯が気道を拡張し呼吸を整える助けとなります(※ただし痰が多い場合や熱をもった咳には別の処方が検討されます)。

このように、神秘湯は体表に寒邪(かんじゃ:体を冷やす邪気)があり、体内に隠れた痰が滞っているために起こる喘息に用いられる処方です。比較的体力は中等度で、汗が出にくく寒がり、口渇はあまり強くない方によく合います。古い漢方の分類で言えば「風寒(ふうかん)が肺を犯し、肺気の宣発が失調した咳喘」に対する薬とされ、呼吸困難とともに感じる不安感を鎮める効果も期待できる点が特徴です。

よくある疾患への効果

小児喘息(小児気管支喘息)

小児喘息は幼児期から学童期にみられるぜんそく発作で、夜間や明け方にゼーゼーと喘鳴し呼吸が苦しくなる病態です。神秘湯は、小児喘息の中でも痰があまり絡まない乾いた咳強い息切れが目立つタイプによく用いられます。エフェドリン様作用を持つ麻黄が含まれているため、気管支平滑筋を弛緩させて気道を拡げ、発作時の呼吸を楽にします。加えて、柴胡や蘇葉といった生薬が神経の高ぶりを鎮める働きも持つため、発作時にパニックになりやすいお子さんの不安を和らげる効果も期待できます。
実際の治療では吸入ステロイドや気管支拡張薬など西洋薬が基本となりますが、神秘湯を併用することで発作の頻度や症状の緩和に役立つケースがあります。体力がありすぎる(興奮しやすく顔色赤い)場合や痰が多い場合は適しませんが、逆に冷えると悪化するような喘息発作体質のお子さんには有用な漢方薬です。

気管支喘息(大人の喘息)

成人の喘息にも神秘湯が処方されることがあります。特に発作時に痰が少なく、息苦しさのわりに咳き込んでもあまり出せるものが無いといったタイプで、不安やストレスが発作誘因となるような場合です。例えば、寒い場所に出ると急に息苦しくなったり、ストレスや緊張で胸が詰まる感じから咳発作が起きるようなケースです。神秘湯は気管支を広げる麻黄(まおう)と杏仁(きょうにん)に加え、肝の気を巡らせる柴胡(さいこ)を含むため、こうした精神的要因で悪化する喘息にアプローチできる処方と言えます。もちろん気管支喘息そのものを根治するわけではありませんが、発作時の補助や、発作を起こしにくい体質作りの一環として用いられます。
ステロイド吸入薬などとの相乗効果で症状を安定させる目的で使われることもあります。ただし黄色い粘稠痰(ねんちゅうたん)が多いような炎症性の喘息発作には向かず、その場合は麻杏甘石湯など他の漢方を検討します。

慢性気管支炎・肺気腫

長引く咳や息切れが続く慢性気管支炎、あるいは肺気腫(はいきしゅ:いわゆるタバコ喘息やCOPD)にも、症状と証が合えば神秘湯が応用されます。これらの慢性呼吸器疾患では、痰が絡んで咳き込むタイプには半夏厚朴湯や麦門冬湯などが用いられますが、痰がほとんど出ず常にゼーゼーと息苦しいタイプでは神秘湯が検討されます。例えば高齢の方で、肺に慢性的なダメージがあり息を吐ききれずに胸が膨らんだ感じがする、痰はあまり出ないが常に呼吸音が荒い、といった場合です。神秘湯は気道の狭まりと気の停滞を改善し、呼吸機能を補助するとされています。
ただし、肺気腫などでは心臓や腎臓にも負担がかかっていることが多く、麻黄の刺激で血圧や心拍数が上がるリスクには注意が必要です。また進行したCOPDで陰虚(いんきょ:体の陰液不足)による乾いた咳が強い場合は麦門冬湯(29)など別の処方が選択されるため、患者さん個々の状態に応じた見極めが重要です。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

喘息や慢性の咳症状には、神秘湯以外にもさまざまな漢方薬が用いられます。症状の特徴や患者さんの体質(証)によって適切な処方を選ぶことが大切です。ここでは、神秘湯と比較されやすい処方をいくつかご紹介します。

小青龍湯(19)(しょうせいりゅうとう)

小青龍湯(19)は、神秘湯と同じく麻黄を含む喘息・咳向けの処方ですが、その適応は痰や鼻水が多い水っぽい喘息です。構成生薬に桂皮(ケイヒ)や乾姜(カンキョウ)、細辛(サイシン)など身体を温める成分を含み、冷え込みやすい体質で透明な痰がたくさん出る咳に用いられます。例えば、ぜんそくを伴うアレルギー性鼻炎で鼻水・痰が多く寒がりな方には小青龍湯が第一選択となります。逆に、痰が少なく乾いた咳には小青龍湯はやや刺激が強すぎて合わないことがあります。神秘湯と比べると、小青龍湯は「水分代謝の異常(飲【いん】)」による喘息向きで、神秘湯は「気の滞りを伴う喘息」にフォーカスした処方と言えます。症状に鼻汁や痰の量が多いか少ないかで両者を使い分けます。

麻杏甘石湯(55)(まきょうかんせきとう)

麻杏甘石湯(55)は、麻黄・杏仁に石膏(セッコウ)という鉱物質の清熱薬を配合した処方で、熱を伴う喘息や咳に用いられます。気管支炎や肺炎で発熱し、黄色く粘った痰があるような状態を鎮める効果があります。石膏の解熱・消炎作用によって肺の炎症を冷まし、麻黄と杏仁で気管支を広げます。比較的体力があり、のどの渇きがあるような実証の喘息に適しており、現在の医学的には気管支肺炎や気管支ぜんそくの急性増悪期に相当します。神秘湯との違いは、麻杏甘石湯は炎症や熱感が強いケース向きである点です。発熱してゼーゼーしている喘息発作には麻杏甘石湯が選ばれます。一方、神秘湯は発作時に発熱がなくむしろ寒気があるようなケースに使われます。また麻杏甘石湯は痰を出しやすくする作用もありますが、痰がほとんど出ない乾いた咳には向きません。症状が熱っぽいか寒っぽいかで麻杏甘石湯と神秘湯を使い分ける形になります。

麦門冬湯(29)(ばくもんどうとう)

麦門冬湯(29)は、肺の陰(うるおい)を補う代表的な処方で、から咳(空咳)や痰の切れにくい乾いた咳に用いられます。麦門冬(バクモンドウ)という生薬が肺を潤し、乾いた粘液を薄めて出しやすくするため、気管支炎のあとに咳だけ残ってしまったようなケースによく効きます。痰が絡む感じはあるものの量は少なく切れにくい、のどが渇く、といった症状が目安です。例えば高齢者の肺気腫で陰虚傾向(ほてりやすく喉が渇く)の場合や、長引く空咳で声がかれるような場合は麦門冬湯が適しています。神秘湯との比較では、麦門冬湯は乾燥を潤す処方であり、神秘湯は滞った痰や気を発散させる処方です。陰虚の乾いた咳に神秘湯を使うとかえって喉の渇きが増すおそれがあります。このように、咳の質(乾いているか湿っているか)に応じて麦門冬湯と神秘湯は使い分けられます。

柴朴湯(96)(さいぼくとう)

柴朴湯(96)は、「小柴胡湯」と「半夏厚朴湯」を合方した処方で、精神神経症状を伴う咳や喘息に用いられます。気分がふさいで喉に何かつかえているように感じる(梅核気〈ばいかくき〉)場合や、不安神経症による動悸・めまい・吐き気などを伴う咳喘息に適しています。構成中の柴胡が肝の気鬱を晴らし、半夏厚朴湯由来の厚朴と生姜が喉のつかえ(異物感)を除くため、ストレス性の咳に効果を発揮します。神秘湯との違いは、柴朴湯には麻黄が含まれておらず直接的な気管支拡張作用は弱いものの、不安感や神経症状の緩和に重点を置いている点です。そのため、発作性の激しい喘鳴というよりは、慢性的な咳込みや喉の違和感・神経性の咳に向いています。神秘湯も不安を鎮める効果を持ちますが、主に急性期の呼息困難を改善する処方です。慢性的なメンタル要因の強い咳には柴朴湯が選択肢となり、急性期のゼーゼーする喘息発作には神秘湯が適する、といった使い分けがされています。

副作用や証が合わない場合の症状

神秘湯は気管支喘息に対して比較的マイルドに作用する処方ですが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合、副作用が現れる可能性があります。

  • 循環器・自律神経系の症状:麻黄を含むため、心身を興奮させる作用があり、【不眠】、【発汗過多】、【動悸】、【頻脈】、【血圧上昇】などが起こることがあります。高血圧症や心臓病、甲状腺機能亢進症の方は慎重な使用が必要です。服用中にこれらの症状が強く現れた場合は、いったん服用を中止し医師に相談してください。
  • 皮膚症状:発疹、かゆみ、蕁麻疹(じんましん)などのアレルギー反応がごくまれに起こることがあります。とくに気管支喘息の患者さんはアレルギー体質を合併することも多いため、服用後に皮膚の異常を感じた際は早めに専門医にご相談ください。
  • 重篤な副作用:神秘湯には甘草(カンゾウ)が含まれます。甘草の長期大量服用や、他の甘草含有製品との併用により、カリウム不足を伴う筋力低下や高血圧・むくみ(偽アルドステロン症)を引き起こすおそれがあります。実際には神秘湯中の甘草量は多くありませんが、他の漢方薬と併用する場合は総量に注意が必要です。手足のむくみが強く出たり、脱力感血圧上昇が見られた場合は、すみやかに医師に相談してください。

また体質(証)が合わない場合、十分な効果が得られないばかりか症状が悪化することがあります。
例えば陰虚など体内の潤いが不足して乾燥傾向にある方が神秘湯を服用すると、かえって喉の渇きやほてりが増すことがあります。そのため、「口や喉の乾きが強い」「痰が粘って少量で切れにくい」タイプの咳や喘息には適さない処方です。このような場合には前述の麦門冬湯(29)など、潤いを補う別の漢方薬が検討されます。

併用禁忌・併用注意な薬剤

神秘湯には麻黄という刺激の強い生薬が含まれており、他の薬剤との併用には注意が必要です。絶対に併用禁忌とされる薬剤は多くありませんが、以下のような場合には十分な注意が求められます。

  • 利尿薬や副腎皮質ステロイド剤との併用:神秘湯中の甘草の作用により、利尿薬(例:フロセミドなど)やステロイド薬を一緒に服用するとカリウムが失われやすくなる可能性があります。低カリウム血症による筋力低下や不整脈を招かないよう、これらのお薬を服用中の方は医師と相談の上で慎重に使用してください。
  • 降圧薬や強心薬との併用:神秘湯を服用すると麻黄の作用で心拍数や血圧が変化する場合があります。高血圧の薬(降圧薬)や心不全の薬(強心薬)を使用中の方は、漢方服用開始後の体調変化に注意し、必要に応じ主治医に報告してください。特にジギタリス製剤を服用中の場合、低カリウム状態になるとジギタリスの作用が強まり不整脈のリスクが高まるため注意が必要です。
  • 気管支拡張薬や刺激作用のある薬剤との併用:神秘湯に含まれる麻黄は交感神経を刺激するため、他の気管支拡張薬(吸入β刺激薬、テオフィリン製剤など)や塩酸プソイドエフェドリンを含む風邪薬・鼻炎薬、カフェインを含む滋養強壮剤などとの併用で副作用が増強する恐れがあります。動悸や震え、不眠などが悪化しないよう、自己判断での併用は避け、必要な場合は医師と相談して用いるようにしてください。
  • 他の漢方薬やサプリメントとの併用:神秘湯と作用や構成が似た漢方薬(例えば麻黄や甘草を含む他の処方)を併用すると、生薬成分が重複して副作用リスクが高まる可能性があります。また、滋養強壮のサプリメント類にも甘草やカフェインが含まれている場合があります。漢方薬やサプリを複数服用する際は自己判断をせず、現在使用中のものはすべて医師・薬剤師に伝えてください。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

神秘湯は、7種類の生薬を組み合わせて作られています。
基本的な処方構成は「麻黄(マオウ)」「杏仁(キョウニン)」「陳皮(チンピ)」「厚朴(コウボク)」「蘇葉(ソヨウ)」「柴胡(サイコ)」「甘草(カンゾウ)」の組み合わせです。エフェドリンを含む麻黄と咳止めの杏仁という古典的なセットに、気の巡りを良くする柴胡と蘇葉、そして痰を捌く陳皮・厚朴を加え、最後に甘草で調和させた構成になっています。名称の「神秘湯」は生薬名から取られてはいませんが、「神秘(=不思議・秘伝)」という言葉が示す通り、従来の方剤を発展させたユニークな組み合わせと言えるでしょう。各生薬の役割は以下の通りです。

麻黄(マオウ)

麻黄は発汗によって体表の寒邪を発散させ、肺の気を通じて喘息を鎮める作用を持つ生薬です。エフェドラ属の植物から取られ、エフェドリンアルカロイドを含むため強力に気管支を拡張します。神秘湯では**主席(君薬)**として位置づけられ、発作時に収縮した気管支を緩めて呼吸を楽にする中心的な役割を担います。また、微発汗作用により皮膚表面の寒気を取り除くことで、外因(風寒)が引き金となった咳喘を改善します。杏仁との組み合わせは古くから「麻杏コンビ」として知られ、咳止め・喘息鎮静効果を増強します。ただし刺激が強いため、甘草や蘇葉でその作用を緩和しつつ用いられます。

杏仁(キョウニン)

杏仁はアンズの種子で、咳を止めて気逆を下す(肺気の流れを正常化する)作用を持ちます。苦味成分(アミグダリン)が呼吸中枢に作用して鎮咳効果を発揮し、肺の気の滞りを解消します。また種子の油分によって肺を適度に潤し、痰を出しやすくする働きもあります。神秘湯では麻黄に次ぐ主要成分であり、麻黄が気管支そのものを広げるのに対し、杏仁は咳そのものを和らげる役割を担っています。麻黄+杏仁の組み合わせは、現代医学的に見てもエフェドリンと鎮咳成分の相乗効果で理にかなっており、ゼーゼーヒューヒューする喘息発作の症状緩和に直接的に寄与します。

陳皮(チンピ)

陳皮はミカンの皮を乾燥・熟成させた生薬で、気の巡りを良くし、痰湿をさばく(痰を除去する)作用を持ちます。芳香性があり胃腸の働きを整えるため、「温州みかんの皮を干したもの」と聞くと意外に思われるかもしれませんが漢方では重宝される薬です。神秘湯において陳皮は、胸にこもった痰や気の停滞を打ち砕く潤滑油のような役割を果たします。喘息発作時の胸部のつかえ感や痰の切れにくさを改善し、他の生薬の吸収も助けてくれます。また消化機能を助けることで、麻黄など刺激の強い生薬の胃腸への負担を軽減する効果も期待できます。痰の量は多くないものの慢性的に胃がもたれるような患者さんに神秘湯を使う際、陳皮が含まれていることで安心して処方できるという側面もあります。

厚朴(コウボク)

厚朴はホオノキの樹皮で、気逆を下し、満塞(ふさがり)を除く作用があります。胃腸の膨満感や咳のしすぎによる横隔膜の痙攣を鎮めるのによく使われる生薬です。神秘湯では、気管支や横隔膜周辺のこわばりを緩め、滞った気を下方向へ動かす役割を担います。麻黄と杏仁だけでは上逆しがちな肺気を、厚朴がぐっと下に降ろすことで、呼吸を深く落ち着ける効果があります。また、厚朴には去痰作用もあるため、絡みついて動かない痰を乾かして除く働きも期待できます。杏仁との相性も良く、一緒に配合されることで痰湿が肺から排出されやすくなるとされています。加えて、腹部膨満を取る作用により、発作時の腹式呼吸の妨げとなる胃の張りを抑えるといった面でも喘息患者をサポートします。

蘇葉(ソヨウ)

蘇葉はシソの葉(紫蘇葉)のことで、体表の風寒を発散し、気の巡りを調える作用を持ちます。料理の薬味としてもお馴染みの紫蘇ですが、漢方では古くから風邪の初期や吐き気の緩和、安胎(妊婦の不安・腹痛の軽減)などに用いられてきました。神秘湯において蘇葉は、麻黄ほど強くはないものの穏やかに発汗を促して外邪を散らす働きを担い、咳の発作の引き金となった寒さを追い出します。また芳香成分により精神安定作用も期待でき、発作時の不安感を和らげるのに一役買っています。さらに胃腸を温める作用で、緊張でお腹が張ったり吐き気を催すような場合にも有用です。紫蘇の爽やかな香りは、喘息発作で苦しいときに気分を落ち着ける効果もあり、神秘湯の配合中「隠し味」のように患者さんの負担を軽減してくれる存在です。

柴胡(サイコ)

柴胡はミシマサイコなどセリ科植物の根で、肝の気を発散させ、半表半裏の邪を除く作用があります。小柴胡湯などに代表されるように、体の中間層(胸や脇のあたり)の滞りを解消し、ストレスや緊張を和らげる生薬です。神秘湯では柴胡が少量ながら配合されており、ストレスやイライラによって悪化する咳や喘息にブレーキをかける狙いがあります。現代医学的に見ても、心理的要因で喘息発作が誘発されることは珍しくありません。柴胡が加わることで、肝経の気滞(ストレスによるエネルギーの滞り)を解消し、リラックスさせることで呼吸筋の緊張を和らげます。また柴胡には微熱を冷ます作用もあるため、麻黄の温め作用で体内に熱がこもりすぎるのを防ぐバランサーとしても機能しています。つまり柴胡は、神秘湯全体の「気の巡りとバランス」を整える裏方として重要な役割を果たしています。

甘草(カンゾウ)

甘草は諸薬を調和し、痛みや痙攣を緩和する作用を持つ生薬です。甘味が特徴で、ほとんどの漢方処方に少量ずつ配合される調和薬として知られます。神秘湯でも甘草は、複数の生薬の個性を丸くまとめ、副作用を抑える役割で欠かせません。麻黄の興奮作用や厚朴・杏仁の苦味を和らげ、全体をまろやかにすることで、患者さんの飲みやすさと安全性を高めています。また、甘草自体にも消炎作用や鎮咳作用があるため、喉の荒れや気管支の炎症を鎮め、筋肉の緊張を緩める働きがあります。喘息発作時には肋間筋や背中の筋肉まで緊張することがありますが、甘草の持つ鎮痙作用がそうした二次的症状の緩和にも寄与します。ただし甘草の過剰摂取は前述のように偽アルドステロン症の原因となり得るため、含有量の多い漢方薬との重複投与には注意が必要です。

神秘湯にまつわる豆知識

  • 名前の由来:「神秘湯」という名前は漢方処方の中でも少し変わったネーミングです。直接的に生薬名を反映した名前ではなく、「神秘=神妙で不思議な」という言葉が使われています。一説には、出典とされる古代中国の医書『外台秘要(げだいひよう)』の「秘」という字を取ったとも、喘息に対する著効がまるで神秘的なほどであったためとも言われます。日本にこの処方が伝わった江戸時代、浅田宗伯(あさだそうはく)などの漢方医が小児喘息の切り札として用いて「不思議によく効く湯液」と評価し、いつしか神秘湯と呼ばれるようになったとも伝えられます。名称からもどこか秘伝めいた印象を受ける処方ですが、その効果は理にかなった生薬の組み合わせに支えられています。
  • 歴史:神秘湯の原型と考えられる処方は、中国唐代の医書『外台秘要』(8世紀)に既に記載があります。ただし当時は処方名は特になく、組成のみが紹介されていました。その後、日本の漢方家がこの処方を喘息治療に取り入れ、明治以降も一部の医師に引き継がれてきました。近代の漢方医学教育では主要な処方としては扱われず、一時は知る人ぞ知る喘息の秘方という位置づけでしたが、ツムラがエキス製剤(ツムラ85番)として製品化したことで現代では比較的入手しやすくなりました。古典から現代によみがえった処方の一つと言えるでしょう。
  • 処方の組み立て:神秘湯の処方構成を眺めると、いくつかの有名な漢方方剤の要素を組み合わせたような形になっています。麻黄・杏仁・甘草から成る三拗湯(さんおうとう)(※麻黄湯から桂枝を除いた処方)に、痰を除く二陳湯(にちんとう)の要素である陳皮・厚朴を加味し、さらに小柴胡湯由来の柴胡と半夏厚朴湯由来の蘇葉を合わせた形とも解釈できます。このように、古典処方を組み合わせて応用するのも漢方処方の特徴です。神秘湯は、古い処方の良いとこ取りで喘息という病態にマッチさせた好例と言えるでしょう。まさに名前の通り「神秘的な配合妙」によって成り立った処方なのです。
  • 喘息とストレスの関係:喘息は気道の炎症や過敏性による疾患ですが、ストレスや不安が発作を誘発・増悪させることが知られています。漢方では、怒りや抑うつなどの精神的ストレスで「肝気(かんき)が鬱結」し、それが肺の働きを乱して喘息が悪化すると考えます。神秘湯に柴胡や蘇葉が含まれているのは、この肝気鬱結を開散して気の巡りを良くする狙いがあります。実際、服用した患者さんから「息苦しさだけでなくイライラ感も和らいだ」という声が聞かれることがあります。西洋医学的にも、リラックスすることで気道過敏性が低下し喘鳴が軽減することが報告されており、神秘湯の設計思想は現代の心身医学的アプローチとも通じるものがあります。

まとめ

神秘湯は、体表の寒邪と体内の隠れた痰(痰湿)の停滞によって引き起こされる喘息や咳に適した漢方薬です。身体を温めて気管支を広げ、余分な痰を捌きつつ気の巡りを改善することで、小児喘息や気管支喘息などの呼吸困難・喘鳴・咳嗽を和らげることが期待されます。
比較的副作用の少ない処方とされていますが、体質に合わない場合や西洋薬との併用には注意が必要です。陰虚など適応でない証では効果が出にくいため、専門家による証の見立てが重要になります。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。


証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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