竜胆瀉肝湯(ツムラ76番):リュウタンシャカントウの効果、適応症

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竜胆瀉肝湯(76)の効果・適応症

竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)は、文字どおり「竜の胆(きも)を飲むように苦い」と形容されるほど苦い生薬を含む漢方薬です。その苦味の主役である生薬「竜胆」は肝臓や胆のうの「熱(炎症)」を鎮め、下半身の余分な湿熱を取り除く作用があります。この処方は体力が中程度以上ある方で、下腹部に熱感や痛みがあるような場合に効果を発揮しやすいです。具体的な適応症としては、排尿時の痛み(排尿痛)や残尿感、尿のにごりといった尿路の炎症症状や、女性の帯下(おりもの異常)など、下半身の炎症や湿熱による症状によく用いられます。

竜胆瀉肝湯はその名のとおり肝(肝臓・胆のう系統)の余分な「火」を瀉(おろ)し、体内の湿熱(熱を帯びた余分な水分)を除くことで炎症を鎮める薬方です。簡単に言うと強い消炎・利尿作用を持つ処方で、尿路や生殖器周辺のトラブルによく適応します。古典的には「肝胆の実火(じっか:体内にこもった強い炎症熱)が下焦(体の下部)に及んだ状態」を改善する処方とされ、現代でいうところの泌尿器系の感染症や炎症性疾患に相当する症状に使われます。

適応となる代表的な(しょう、漢方における体質・症状のパターン)は、比較的体力があり、のぼせるほどではないが下半身に局所的な熱感・痛みや炎症があるタイプです。例えば尿が濃く濁って熱っぽく、排尿時にヒリヒリ痛むような場合や、下腹部・会陰部が赤く腫れて痛むような場合に、この処方が選ばれます。

よくある疾患への効果

竜胆瀉肝湯は下半身の炎症に由来する様々な症状に対応します。特によく効果が見られる主な疾患・症状は次のとおりです。

  • 膀胱炎・尿道炎:頻尿、排尿痛、残尿感などの症状を伴う尿路感染症に用いられます。抗生剤では治りきらない慢性的な膀胱炎にも、炎症と痛みを和らげる効果が期待できます。尿が濁っていたり、尿臭が強いような湿熱の兆候がある膀胱炎では特に有効です。
  • 慢性前立腺炎(慢性骨盤痛症候群):男性の前立腺周囲の痛みや違和感、排尿時の不快感が続く慢性前立腺炎にも用いられることがあります。細菌の関与しない無菌性前立腺炎では西洋医学の治療が難しいことがありますが、漢方では下焦のうっ滞や湿熱としてとらえ、竜胆瀉肝湯を中心に据えて症状の改善を図ります。実際に、抗炎症薬や植物製剤で効果が不十分な患者さんで竜胆瀉肝湯を服用し、排尿症状や痛みが軽減した例も報告されています。
  • 女性の帯下(おりもの異常)・膣炎:黄色~黄緑色で匂いの強いおりものや外陰部のかゆみ・灼熱感があるような膣炎や子宮頸部炎に対して使われます。これは中医学で「肝経の湿熱」や「下焦湿熱」とされる状態で、抗菌剤だけでは再発を繰り返すケースでも、体質改善を目的に竜胆瀉肝湯を併用することでおりものの減少や炎症の鎮静化が期待できます。
  • 陰部湿疹・皮膚炎:陰嚢湿疹や外陰部の湿疹など、股部・陰部に生じるかゆみ・赤みを伴う皮膚炎(いわゆる「ジュクジュクした湿疹」)に対しても、原因に湿熱が関与している場合には効果が見られることがあります。患部がただれて熱を持ち、強いかゆみを伴うような皮膚トラブルで、なおかつ患者さんの体力が比較的あり炎症が局所に限局しているときに、内服治療として処方されることがあります。皮膚科領域ではしばしば消風散(22)など他の処方も使われますが、陰部に限局した湿熱疾患には竜胆瀉肝湯が選択肢となります。
  • その他の炎症性疾患:まれに、目の充血・痛み(結膜炎)や中耳炎・副鼻腔炎など、炎症が強くて顔面に熱をもつ症状に対して応用されることもあります。ただし、こうした上半身の炎症には通常、黄連解毒湯など別の清熱剤が使われることが多く、竜胆瀉肝湯は主に下半身の症状に限定して使われるケースがほとんどです。

以上のように、竜胆瀉肝湯は泌尿生殖器系を中心とした炎症・感染症による症状に幅広く対応します。実際、ドラッグストアなどでも「排尿痛・頻尿に効く漢方薬」として市販薬(竜胆瀉肝湯エキス製剤)が販売されており、軽い膀胱炎症状で病院に行くほどでもない場合に試されることもあります。ただし、症状が強い場合や長引く場合は必ず医療機関を受診し、必要に応じて抗菌薬などの治療と併用することが大切です。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

尿路や下半身の炎症症状に使われる漢方薬は竜胆瀉肝湯以外にも複数あり、患者様の体質や症状の程度によって処方が選ばれます。以下に、類似の症状に用いられる代表的な漢方薬との違いと使い分けを解説します。

五淋散(56)〔ごりんさん〕

五淋散は膀胱炎や尿道炎など泌尿器の炎症によく使われる処方で、竜胆瀉肝湯と適応が重なる部分があります。両者の生薬構成はよく似ていますが、五淋散には竜胆(りんどう)が含まれず、その代わりに芍薬・茯苓・滑石といった生薬が配合されています。そのため作用の質がやや異なり、五淋散の方が熱を冷ます力が穏やかで、体力中程度でやや虚弱傾向の人や、症状が慢性化していて炎症の勢いがそれほど強くない場合に向いています。例えば排尿痛が軽度~中等度で、繰り返す膀胱炎に悩む方、冷え性体質だけれどときどき尿が濁って違和感があるような方には五淋散を選ぶことが多いです。
一方、熱感・痛みが強い急性期の膀胱炎では竜胆瀉肝湯の方が適しています。

清心蓮子飲(111)〔せいしんれんしいん〕

清心蓮子飲も頻尿や残尿感など下腹部のトラブルに用いられますが、その特徴は体力があまり無く神経質な方の尿トラブルに向く点です。心身が疲れやすく胃腸も弱めで、ストレスや不安からトイレが近くなるような場合に適しています。典型的なのは「神経性頻尿」といわれる状態で、検査では炎症がないのに緊張すると何度もトイレに行きたくなる人です。
清心蓮子飲は蓮肉(ハスの種)や麦門冬、人参、黄耆など滋養強壮・精神安定の生薬を含み、心身を落ち着かせつつ利尿してくれる処方です。そのため、炎症による激しい痛みがある膀胱炎には向きません。竜胆瀉肝湯と比べると熱を冷ます力は弱く、代わりに不安や疲労感を伴う頻尿に適しており、夜間や緊張時の尿意切迫にも用いられます。

猪苓湯(40)〔ちょれいとう〕

猪苓湯は排尿困難やむくみなど「水はけ」の悪い状態に使われる漢方薬です。【小便不利】(尿の出が悪い)を改善する代表処方で、体力に関係なく利用できます。猪苓湯には石膏や黄芩といった清熱薬が入っていないため、竜胆瀉肝湯ほど炎症を直接冷ます作用は強くありません。その代わり、利尿を促す猪苓・沢瀉・茯苓や、体を潤す阿膠(あきょう)などが含まれ、尿量の減少や水分バランスの乱れを整えます。発熱や口渇を伴うような尿路感染の初期には猪苓湯も用いられますが、膀胱炎症状が明らかで熱感がある場合は竜胆瀉肝湯(または五淋散)を用いることが多いです。
一方で血尿がある膀胱炎では、止血効果のある阿膠を含む猪苓湯が適するケースもあります。このように、炎症の強さと水滞の程度によって猪苓湯と竜胆瀉肝湯を使い分けます。

八味地黄丸(7)〔はちみじおうがん〕

八味地黄丸は加齢や腎虚(腎の機能低下)による泌尿器症状に用いられる代表処方です。頻尿や夜間尿、残尿感といった症状は共通しますが、八味地黄丸が適するのは体力虚弱で冷えが強く、疲れやすい方です。例えば高齢者で手足が冷え、腰や膝が痛む、尿漏れや夜間頻尿があるような場合に処方されます。竜胆瀉肝湯との大きな違いは、炎症や熱感の有無です。八味地黄丸はむしろ体を温め腎機能を補う生薬(附子や桂枝、熟地黄など)が主体で、排尿障害の背景に冷えや老化があるときに威力を発揮します。「少し尿が出にくいが痛みはなく、むしろトイレが近いのは加齢のせいかも…」という方には竜胆瀉肝湯ではなく八味地黄丸が向いています。逆に、明らかな炎症による痛みや熱感がある場合には八味地黄丸は不適で、そのようなケースでは竜胆瀉肝湯や五淋散を考慮します。

以上のように、同じ「頻尿」「排尿痛」といった症状でも、患者様の体質(実証か虚証か、冷え性か熱っぽいか)や症状の背景によって適する漢方薬が異なります。竜胆瀉肝湯はその中でも「実熱証」の泌尿器症状に対応する処方であり、逆に虚弱な方の頻尿には清心蓮子飲や八味地黄丸、慢性化して熱のこもりが弱い場合には五淋散、水分代謝主体の問題なら猪苓湯、といった使い分けになります。
この鑑別は専門的で難しい部分ですが、漢方専門医は患者様の脈や舌、お腹の状態(腹証)なども参考にしながら最適な処方を選択しています。

副作用や証が合わない場合の症状

漢方薬も西洋薬と同様に、副作用が全くないわけではありません。竜胆瀉肝湯を含む漢方処方の服用で注意すべき点や、もし体質に合わない場合に起こりうる症状について説明します。

  • 証が合わない場合の不調:竜胆瀉肝湯は寒性(体を冷やす性質)の生薬が多く含まれるため、体力が低下している方や冷え性の方が飲むと、かえってお腹の調子を崩すことがあります。具体的には、胃もたれ・食欲不振や下痢、倦怠感などが現れることがあります。これは本来、熱感・炎症がある実証向きの薬を、虚証や寒証の人に用いたために生じる不調です。症状が改善しないばかりかこのような違和感が出た場合は、処方の見直しが必要です。漢方では「証さえ合っていれば副作用は出にくい」とも言われますので、逆にこうした兆候は処方のミスマッチを示すサインとも言えます。
  • 甘草による偽アルドステロン症:竜胆瀉肝湯には甘草(カンゾウ)が少量ながら含まれています。甘草の成分を長期大量に摂取すると、まれに偽アルドステロン症と呼ばれる副作用が起こることがあります。これは体内の電解質バランスが崩れ、血圧上昇、むくみ、低カリウム血症、筋力低下などを引き起こすものです。竜胆瀉肝湯の場合、甘草の量は1日あたり1g程度と多くはありませんが、腎機能の低下した方や他の甘草含有製剤との併用には注意が必要です。症状としては手足のむくみ、こむら返り(足のつり)、血圧の上昇などが現れます。服用中にこうした症状が出現した場合、すぐに医師に相談してください。
  • 黄芩による肝機能障害:竜胆瀉肝湯には黄芩(オウゴン)という生薬も含まれます。黄芩は消炎作用を持つ一方で、極めてまれに肝臓に負担をかけて肝機能値の異常を来すことがあります。特に、過去に小柴胡湯など黄芩を含む漢方薬を服用して肝障害を起こしたことがある方や、肝炎ウイルス治療中の方は注意が必要です。症状としては、倦怠感、食欲低下、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)などが現れます。黄芩による肝障害は頻度は低いものの、重篤化するといけませんので、定期的に肝機能検査を受けるなど医師の指示に従って経過観察します。

以上のような副作用は、適切な用法用量を守り、証に合った用い方をしていれば非常にまれです。しかし漢方薬であっても油断せず、長期間服用する際は定期的に血液検査を受けたり、体調の変化に注意することが大切です。「漢方だから副作用がない」という誤解は禁物で、万一異常を感じたら自己判断で続けず必ず専門家に相談しましょう。

併用禁忌・併用注意な薬剤

漢方薬と西洋薬の併用に関して、注意すべきポイントを押さえておきましょう。竜胆瀉肝湯自体には明確な「この薬と絶対に併用NG」という禁忌はありませんが、含まれる生薬の作用からみて併用に注意が必要な薬剤があります。

  • 利尿剤・糖質コルチコイドとの併用:甘草(カンゾウ)に含まれるグリチルリチン酸は、利尿剤(フロセミドなどのループ利尿薬、サイアザイド系利尿薬)やステロイド剤(プレドニゾロンなど)と一緒に使うと低カリウム血症や血圧上昇のリスクが高まります。竜胆瀉肝湯には甘草が含まれるため、これらの薬を服用中の方は併用注意となります。必要な場合は医師の監督下でカリウム値のモニターを行うなど対策をとります。市販の咳止めシロップや胃薬にも甘草成分が入っていることがあるので、重複摂取にならないよう確認が必要です。
  • 抗凝固薬(ワルファリン等)との併用:漢方薬には当帰(トウキ)や芍薬など血行を促進する生薬が含まれる処方が多くあります。竜胆瀉肝湯にも当帰が配合されており、これは血液を補いつつ巡らせる作用を持ちます。一般にワルファリンなどの抗凝固薬を服用中に当帰・川芎などを含む漢方を併用すると、出血傾向や薬効変化のリスクがあるため注意が必要とされています。竜胆瀉肝湯の場合大きな問題となることは稀ですが、血液サラサラの薬を飲んでいる方は必ず医師に漢方併用の可否を確認してください。場合によっては凝固能検査(PT-INR値)のモニタリングが推奨されます。
  • 肝機能に影響を与える薬剤との併用:黄芩を含む漢方薬を長期間服用する場合、肝機能への影響に注意が必要です。他に肝臓に負担をかける薬剤(例えば一部の抗真菌薬、抗結核薬、パラセタモール大量投与など)を使用している場合、竜胆瀉肝湯の併用は慎重に検討されます。実際には併用禁忌ではありませんが、定期的に肝機能検査を受ける、症状に応じて服用量を調整するなどの対策が取られます。
  • その他の注意:麻黄を含む漢方薬(葛根湯や麻黄湯など)との併用で交感神経刺激が強くなりすぎるケースや、附子剤(真武湯など)との併用で胃腸への負担が大きくなるケースなど、生薬の重複による影響も考慮します。竜胆瀉肝湯では該当生薬が多くないため特段の併用注意事項はありませんが、複数の漢方薬を同時に服用する場合は生薬の重複を専門家がチェックします。自己判断で市販薬を合わせて服用しないようにしましょう。

漢方薬同士や漢方薬と西洋薬の併用は、一見すると難しく感じるかもしれません。基本的には担当医の指示に従うことが一番です。「持病で○○の薬を飲んでいるが、漢方も使えるか?」という疑問がある場合は、漢方に詳しい医師や薬剤師に遠慮なく相談してください。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

竜胆瀉肝湯は9種類の生薬から構成されています。その組み合わせには意味があり、炎症を鎮める生薬、炎症産物や熱を排出する生薬、体を補い副作用を抑える生薬がバランス良く配合されています。各生薬の役割を簡単に見てみましょう。

  • 竜胆(りんどう):本処方の名前にもなっている主役の生薬です。非常に苦味が強く性質は寒(よく冷やす)で、肝・胆の余分な火(実熱)を瀉し、下焦の湿熱を除く作用があります。要するに強力な消炎・解熱薬で、肝胆系統から膀胱に至るまで滞った炎症の元を断つ働きをします。竜胆瀉肝湯では「君薬」と位置づけられ、この処方の中心的効果を担います。
  • 黄芩(おうごん)・山梔子(さんしし):いずれも苦寒性の清熱薬です。黄芩は炎症や熱を冷まし、特に湿熱を除去する力があります。山梔子(クチナシの果実)は体内の余分な火を瀉し、尿や便への排泄を促して熱を体外に逃がす作用があります。この2つは竜胆を助けて炎症を鎮める「臣薬」として働き、膀胱や尿道の赤み・腫れ・痛みを和らげます。また、山梔子は尿の色を改善するとも言われ、膀胱炎で濁った尿や血尿がある場合にも有効です。
  • 木通(もくつう)・車前子(しゃぜんし)・沢瀉(たくしゃ):これらは主に利水作用(体内の水分を巡らせ排出する作用)をもつ生薬です。木通(アケビの茎)は膀胱の熱を尿と一緒に排出する働きがあり、「通利(つうり)」すなわち水道を通す作用があります。車前子(オオバコの種子)は利尿作用が強く、尿路の熱毒を押し流すように排出させます。沢瀉(タクシャ、サギソウの塊茎)は腎・膀胱の余分な水をさばき、むくみや排尿異常を改善します。これら3つの生薬により、炎症の産物や滞った水分を体外に出すことで膀胱内を浄化し、尿の通りを良くします。竜胆瀉肝湯の清熱利尿効果を支える「臣薬・佐薬」の役割です。
  • 当帰(とうき)・地黄(じおう):炎症を取り除く一方で、失われがちな血や陰(体液)を補う生薬です。当帰は血を補いつつ血行を促進し、痛みを和らげる作用もあります。地黄(本処方では生地黄)は冷性で体の陰液を増やし、炎症による乾燥やほてりを緩和します。膀胱炎などで炎症が強いときは、熱によって体の潤い成分が消耗されがちです。この2つは竜胆や黄芩で乾きやすくなる体に潤いを与え、副作用を防ぐ「佐薬」としての役割を果たします。また、当帰は痛みを和らげ、地黄は血尿を改善するとされ、膀胱炎の不快症状全般に目配りした配合と言えます。
  • 甘草(かんぞう):様々な漢方処方に配合される緩和剤で、「甘い生薬」です。他の生薬の調和をとり、胃腸への刺激を和らげ、全体のバランスを整える「使薬」の役割です。竜胆瀉肝湯のように苦寒の生薬が多い処方では、甘草が一味入ることで味の調整だけでなく、薬効の角をとってマイルドにする効果があります。また、甘草自体も消炎・解毒作用をもち、膀胱炎で感じる排尿時のヒリヒリ感を緩和する助けにもなります。ただし前述のように、甘草の長期大量使用は副作用リスクがあるため、必要最低限の量(本方では1日1g)に留められています。

以上のように、竜胆瀉肝湯の生薬構成は「攻め」と「守り」のバランスが取れています。竜胆・黄芩・山梔子で炎症をしっかり抑えつつ、木通・車前子・沢瀉で炎症物質を排出し、当帰・地黄で体を労り、甘草で全体を調和させる——という具合に設計されているのです。これにより、効果を高めながら副作用を抑え、炎症によるダメージを修復することが期待できます。まさに漢方処方の妙であり、先人たちが長年の経験から編み出した絶妙な組み合わせと言えるでしょう。

竜胆瀉肝湯にまつわる豆知識

最後に、竜胆瀉肝湯に関連するちょっとした豆知識をご紹介します。

  • 名前の由来と生薬の苦味:竜胆瀉肝湯の「竜胆(りゅうたん)」とは生薬のリンドウ(Gentiana)のことです。この名前は「竜の胆(肝胆=きも)のように苦い」ことに由来します。熊の胆(熊胆)は古来より極めて苦い生薬として知られていましたが、リンドウはそれよりも苦いということで熊よりも更に強い動物である竜の名を冠して「竜胆」と名付けられたと言われています。
    実際、リンドウの根は非常に苦く、古くから健胃薬としても用いられてきました。「良薬口に苦し」という言葉がありますが、竜胆瀉肝湯はまさに苦いけれど効き目の良い漢方薬であり、その苦みこそが胃や胆嚢、膵臓を動かすことで消化を助けると考えられています。エキス剤(顆粒や錠剤)でも多少苦味は感じますが、煎じ薬で服用するとかなりの苦さを体験することになります。
  • 処方の出典と歴史:竜胆瀉肝湯は中国の明代の医書『蘭室秘蔵(らんしつひぞう)』に収載された処方とされています。また一説には、金代の医家・劉完素が著した『薜氏十六種』にも記載があるとも言われます。いずれにせよ中医学の歴史に根ざした処方で、日本には江戸時代までに伝わり、江戸後期の古方派にも知られていたようです。江戸時代の漢方医も「小便に濁りて痛む」症状に本方を用いたとの記録があり、時代を超えて膀胱炎の妙薬として活躍してきたことが伺えます。
  • 植物としてのリンドウ:竜胆(リンドウ)は薬草であると同時に観賞用の花としても親しまれています。秋に咲く青紫色の花はとても美しく、長野県や熊本県の県花にも指定されています。ただし漢方薬に使われるのは根の部分で、花の美しさとは裏腹に先述のとおり猛烈な苦味があります。ちなみにリンドウの花言葉は「正義」「誠実」などですが、「あなたの悲しみに寄り添う」というものもあり、苦い薬として痛みに寄り添う竜胆瀉肝湯に通じるものを感じますね。
  • 味と患者さんの体感:漢方の世界では、処方の味(五味)にも意味があるとされています。竜胆瀉肝湯は苦い生薬の集合体ですから味は苦味が主体です。苦味は「燥湿(湿を乾かす)」「堅実(引き締める)」作用があるとされ、まさに湿熱を取り去って炎症をしずめる本方の性質に一致します。患者様から「飲んでみてとても苦かったが、そのぶん効きそうな気がした」という声をいただくこともあります。エキス顆粒を水で溶かして飲むときは、少量のぬるま湯で一気に流し込むか、どうしても飲みにくければオブラートに包むなど工夫すると良いでしょう。苦味も薬効のうちと思って頑張ってみてください。
  • 現代医学的な活用:現代では竜胆瀉肝湯がエキス剤として製薬会社から発売されており、泌尿器科や婦人科でも処方されるケースがあります。とくに再発性膀胱炎慢性前立腺炎の補助療法として、抗菌薬と併用されたり、抗菌薬を使いにくい軽症例で用いられたりします。また市販の第二類医薬品(薬局で買える漢方薬)としても竜胆瀉肝湯エキス錠などがあり、「頻尿・残尿感に」とパッケージに書かれて販売されています。こうした背景には、漢方が西洋医学の隙間を埋める存在として見直されていることがあります。抗生物質だけでは再燃しがちな膀胱炎も、漢方を併用することで再発間隔が延びたという患者様もいます。

まとめ

竜胆瀉肝湯(76)は、尿路を中心とした下半身の炎症・トラブルに効果を発揮する伝統ある漢方薬です。炎症を抑え、痛みや熱感を和らげる一方、余分な水分や毒素を体外に排出し、身体のバランスを整えるよう設計されています。ただし強い薬力を持つ処方でもあるため、患者様の体質に合った場合に真価を発揮します。もし同じような膀胱炎でも、体質次第では竜胆瀉肝湯以外の処方が適切なこともあります。漢方の世界では、一人ひとりのに合わせてオーダーメイドの処方を選ぶことが何より重要です。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。

証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町 漢方外来までぜひご相談ください。

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