参蘇飲の効果、適応症
参蘇飲(じんそいん)は、胃腸が弱く体力が低下しがちな人の風邪(かぜ)症状に対して用いられる漢方薬のひとつです。頭痛、発熱、咳、痰、鼻水などの典型的な風邪症状を改善し、風邪をひくと長引いてしまう人に向いています。とくに咳が続く場合の緩和に優れており、痰(たん)が絡むしつこい咳に効果が期待できます。
体質的に疲れやすく、風邪をひくとすぐ食欲不振になってしまう方や、高齢で全身の抵抗力(漢方でいう「正気(せいき)」)が弱っている方が風邪をこじらせた場合に適した処方です。例えば、風邪による発熱や頭痛は治まった後も胃腸の調子が戻らず、痰の絡む咳だけがいつまでも残るようなケースに参蘇飲が処方されることがあります。このように、参蘇飲はエネルギー不足の「気虚(ききょ)」体質で、体内に余分な水分や粘液(痰湿)が滞ったために風邪症状が長引いている場合に用いられる漢方薬です。
よくある疾患への効果
風邪の初期
胃腸が弱い方が風邪をひいた際、初期に用いられることがあります。寒気や微熱、頭痛、軽い咳など風邪のひき始めの症状に対し、参蘇飲は穏やかに発汗を促しつつ、体力を補いながら症状を和らげます。体力が充実した人向けの葛根湯(1)や麻黄湯などと比べて刺激がマイルドで、発汗後にぐったりしにくいのが特徴です。風邪をひいて食欲が低下している方でも、人参や大棗などの生薬が胃腸を守ってくれるため、比較的服用しやすい処方と言えます。
中高年の方で「風邪をひくと市販薬で胃を壊しやすい」というケースでも、風邪の初期に参蘇飲を服用することで悪寒や頭痛が悪化せずに済むことがあります。強い発熱や筋肉痛を伴うインフルエンザのような場合には効果が十分でないこともありますが、症状が軽めのうちに参蘇飲を用いることで重症化を防ぎ、早めに回復へ導くことが期待できます。
長引く咳や気管支炎
風邪の症状が一通り治まった後も咳だけが長引いているような場合に、参蘇飲が使われることがあります。特に高齢者や体力のない方では、気管支の炎症や痰が残存し、しつこい咳が何週間も続くことがあります。参蘇飲には桔梗や前胡といった生薬が含まれ、気道の炎症を鎮め痰を切れやすくする働きがあり、人参や大棗が弱った体力を回復させながら咳を改善していきます。
風邪は治ったのに「朝晩になるとゴホゴホと痰混じりの咳が出て困る」という慢性気管支炎のような状態でも、参蘇飲の服用によって徐々に咳が落ち着き呼吸が楽になるケースがあります。ただし黄色い膿性の痰を伴うような細菌性の気管支炎では抗生物質など他の治療が優先されるため、医師の判断のもとで用いる必要があります。長引く咳にも症状・体質に応じた漢方薬の使い分けが有用であり、参蘇飲はその中でも特に体力の低下した方の咳に適した処方と言えます。
高齢者・妊娠中の感冒
参蘇飲は比較的穏やかな作用のため、高齢者や妊婦さんの風邪にも応用されます。高齢の方は発汗後に脱水になりやすく、強い発汗を促す葛根湯などではかえって負担になることがありますが、参蘇飲は補気薬を含みつつ緩やかに発汗させるので安心です。また、妊娠中は麻黄(マオウ)など刺激の強い生薬を避ける必要がありますが、参蘇飲には麻黄や附子といった生薬が含まれないため、産科領域でも用いられることがあります。
産後の肥立ちが悪い時期に風邪をひいた場合にも、参蘇飲は体力の回復を助けながら感冒症状を和らげる処方として適しています。西洋薬を使いにくい状況で、弱った体に負担をかけずに感冒を改善できる点が参蘇飲の大きな利点です。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
風邪の症状には、参蘇飲以外にもさまざまな漢方薬が用いられます。症状や体質に合わせて適切な処方を選ぶことが大切です。ここでは、参蘇飲と比較されることの多い処方をいくつか取り上げ、その使い分けのポイントをご紹介します。
葛根湯(1)
葛根湯(1)(かっこんとう)は、発熱や悪寒、頭痛、筋肉のこわばり(特に首や肩のこり)を伴う風邪の初期に用いられる代表的な漢方薬です。麻黄(マオウ)や桂枝(ケイシ)を含み、発汗作用が強いため、体力が充実した「実証(じっしょう)」の人向けと言われます。胃腸が弱い人が葛根湯を服用すると、発汗による脱力感や胃もたれを起こすことがあり、そのような場合に参蘇飲が代替されます。つまり、同じ風邪の初期でも、がっしりした体格で熱感が強い人には葛根湯、虚弱で汗をかきにくく咳が出ている人には参蘇飲、といった使い分けになります。
香蘇散(70)
香蘇散(70)(こうそさん)は、胃腸虚弱で神経質な人の風邪の初期に用いられる処方です。悪寒や頭痛が軽く、熱もあまり高くない時期に、胃のもたれや食欲不振を伴うようなケースで使われます。参蘇飲と同様に体力のない方に使えますが、香蘇散は補剤(人参など)を含まず、より初期の軽い症状向けの処方です。もし香蘇散で対処しきれず咳や痰の症状が出てきた場合には、参蘇飲に切り替えて気管支症状に対応するといった使い分けが考えられます。
小柴胡湯(9)
小柴胡湯(9)(しょうさいことう)は、風邪の中期から回復期にかけて用いられることが多い漢方薬です。寒気とほてりが交互に現れる、胸や脇に違和感がある、食欲が少し落ちている、といった「少陽病(しょうようびょう)」と呼ばれる状態に適します。参蘇飲と比較すると、体力が中等度以上で、咳よりも微熱や倦怠感が前面に出る場合に向いています。実際の臨床では、風邪をこじらせてなんとなく熱っぽさが続くようなケースで小柴胡湯が用いられ、痰の多さや体力低下が目立つケースでは参蘇飲が用いられるといった棲み分けがあります。
麻黄附子細辛湯(127)
麻黄附子細辛湯(127)(まおうぶしさいしんとう)は、虚弱な人の強い悪寒を伴う風邪に用いられる処方です。参蘇飲と同じく体力がない方に使えますが、症状としては咳よりも悪寒や倦怠感が主体の場合に選択されます。麻黄附子細辛湯は麻黄(マオウ)や附子(ブシ)を含み、汗の出ない強い寒気を温めて発汗させる効果があります。激しい咳や痰がそれほど無い「寒けが強く震えるような風邪」には麻黄附子細辛湯、痰っぽい咳が出て胃腸も弱っている風邪には参蘇飲、といった形で使い分けられます。なお、非常に体力が落ちた高齢者のインフルエンザ様症状にも、麻黄附子細辛湯が少量で応用されることがあります。
副作用や証が合わない場合の症状
参蘇飲は比較的マイルドな処方で、副作用の頻度は高くないとされています。しかし、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合には、いくつか注意すべき症状があります。
参蘇飲は本来虚弱な人向けの処方であるため、体力が充実して熱がこもりやすい人が服用すると、のぼせや発疹、蕁麻疹などの過敏症状が現れることがあります。そうした症状が現れた場合は、服用を中止し医師に相談してください。
また、含まれる甘草(カンゾウ)による重大な副作用として「偽アルドステロン症」が挙げられます。これは甘草の成分により体内のカリウムが失われ、ナトリウムが蓄積することで起こる症状群で、むくみ、血圧上昇、手足のだるさ、筋力低下、痺れなどが見られます。特に利尿剤やステロイド剤を併用している場合に生じやすく、重症化すると低カリウム血症から不整脈を招く恐れもあります。
参蘇飲の効果が現れない場合は、証(しょう)が合っていない可能性があります。例えば、乾いた咳で痰が少なく、陰虚(いんきょ)体質でほてりがあるような場合には参蘇飲は適さず、服用しても改善しません。このように証に合わない漢方薬を飲み続けることは副作用だけでなく治療の遅れにも繋がります。症状が改善しないときは早めに漢方医に相談し、処方の見直しを検討しましょう。
併用禁忌・併用注意な薬剤
参蘇飲には麻黄や附子のような刺激の強い生薬は含まれておらず、絶対的な併用禁忌薬は少ないとされています。しかし、他の薬剤と併用する際には注意が必要です。
利尿薬や副腎皮質ステロイド剤との併用:参蘇飲に含まれる甘草の作用により、利尿薬(例:フロセミドなど)やステロイド剤と一緒に服用するとカリウムが失われやすくなる可能性があります。低カリウム血症による筋力低下や不整脈を防ぐため、これらを服用中の方は医師に相談の上で慎重に使用してください。
降圧薬や強心薬との併用:参蘇飲の服用によってむくみが取れると血圧や心臓の負担に変化が生じる場合があります。高血圧治療薬や強心薬(心不全の薬)を使用中の方は、漢方服用開始後の体調変化に注意し、必要に応じて主治医に報告してください。特にジギタリス製剤を服用中の場合、カリウム低下による作用増強に注意が必要です。
抗凝血薬との併用:参蘇飲に含まれる人参や甘草などの生薬は、血液の凝固系や代謝に影響を及ぼす可能性があります。ワルファリンなど抗凝血薬を服用中の方が参蘇飲を併用する際は、凝固検査値の変動に注意が必要です。念のため定期的に血液検査を受け、主治医の指示のもとで併用するようにしてください。
他の漢方薬やサプリメントとの併用:参蘇飲と作用の似た生薬(半夏や甘草など)を含む漢方薬を併用すると、生薬成分の重複によって思わぬ副作用が生じる恐れがあります。また、ハーブサプリメント類にも人参や甘草に似た作用を持つものがあり、相互作用に注意が必要です。自己判断での複数併用は避け、服用中の薬剤やサプリは必ず医師・薬剤師に伝えてください。
含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか
参蘇飲はその名の通り、人参(ニンジン)と蘇葉(ソヨウ)を主役とし、合計12種類の生薬を組み合わせて作られています。胃腸を元気づける補気薬、痰を除く化痰薬、体表から邪を払う解表薬が組み合わされ、弱った体の風邪を改善するよう工夫されています。処方名の「参」(人参)と「蘇」(蘇葉)は中心となる生薬を指し、「飲」は煎じ液を少しずつ服用する漢方の剤形を意味します。文字通り、人参で正気を補い蘇葉で風邪を追い出すというコンセプトが名前に込められています。
参蘇飲の構成生薬は、六君子湯と二陳湯を土台に葛根・蘇葉・桔梗などの解表薬を加えた形になっており、補いつつ邪を除く工夫が凝らされています。以下、それぞれの生薬について役割を簡単に見てみましょう。
半夏(ハンゲ)
半夏は、湿気を乾かし痰を取り除く代表的な生薬です。吐き気を鎮め、胃腸に停滞した水分をさばく作用も持ちます。参蘇飲では、のどや気管に絡む痰を除去し、咳を鎮める中心的な役割を果たしています。半夏そのものは毒性があるため、生姜で加工した「姜半夏(きょうはんげ)」として用いられ、少量でも強力な去痰作用を発揮します。
茯苓(ブクリョウ)
茯苓は、利尿によって余分な水分を排泄し、胃腸の機能を整える生薬です。参蘇飲では、半夏や陳皮と協力して体内の水分代謝を改善し、痰湿をさばく役割を担います。水はけを良くすることで痰の元を減らし、むくみや倦怠感の軽減にもつながります。
葛根(カッコン)
葛根は、首筋のこわばりをほぐし発汗を促す生薬です。熱を発散させ、筋肉の緊張を緩める作用があり、風邪の引き始めによく使われます。参蘇飲において葛根は、麻黄のような強い発汗剤の代わりに配合され、穏やかに汗を出して熱や悪寒を緩和します。また、葛根には津液(しんえき)と呼ばれる体液を生み出す働きもあり、発汗による脱水を防ぎつつ症状を改善してくれます。
桔梗(キキョウ)
桔梗は、のどの痛みや咳を和らげ、膿を排出させる作用を持つ生薬です。肺経を開いて痰を上へと吐き出しやすくする働きがあり、古くから呼吸器症状に用いられてきました。参蘇飲では、桔梗が含まれることで痰による喉の詰まり感を改善し、咳を鎮める効果が期待できます。
陳皮(チンピ)
陳皮はミカンの皮を乾燥させた生薬で、気の巡りを良くし消化を助け、痰を取り除く作用があります。参蘇飲において陳皮は、胃腸の働きを高めて他の生薬の吸収を促す「潤滑油」のような役割を果たします。風邪で食欲が低下している場合にも、陳皮が胃のもたれを軽減し消化を促進するため、患者の体力維持に貢献します。
人参(ニンジン)
人参(高麗人参)は、気を大いに補い、五臓の機能を高める強力な補気薬です。参蘇飲の名に冠されているとおり中心的な生薬であり、虚弱な患者さんの活力を底上げします。風邪で消耗したエネルギーを補充し、肺の働きを高めることで咳や息切れを改善します。人参が加わることで、参蘇飲は単なる風邪薬ではなく滋養強壮の側面も持ち、病中・病後の体力回復を助けます。
甘草(カンゾウ)
甘草は、漢方において調和の要となる生薬です。甘味で胃を守り、鎮痛・消炎作用や鎮痙作用も持ち合わせています。参蘇飲では、複数の生薬同士の調和を図り、副作用を抑える役割があります。例えば半夏や枳実の刺激を和らげ、胃への負担を軽減します。甘草自体にも軽い鎮咳作用があるため、咳で疲れた体を癒やす一助となります(ただし他の甘草含有薬との重複には注意が必要です)。
枳実(キジツ)
枳実(または枳殻、きこく)は、ダイダイなど柑橘類の未熟な果実を乾燥させた生薬です。停滞した「気」を下げ、胸やお腹の張りをとる作用があります。参蘇飲では、風邪で食欲が落ち胃腸が張っているような場合に、その膨満感を和らげ、げっぷや胃のムカつきを軽減します。また、肺の気の巡りも調整し、咳による胸のつかえを下ろす働きがあります。陳皮と共に配合されることで、胃腸の気滞と痰湿を同時にさばき、胸腹部の不快感と呼吸器症状の両面に効果を及ぼします。
蘇葉(ソヨウ)
蘇葉(紫蘇葉)は、シソの葉を乾燥させた生薬で、風寒(ふうかん)の邪を発散させ、気を巡らせて胃を調える作用を持ちます。参蘇飲のもう一つの主役であり、発汗を促して寒気や鼻づまりを改善するとともに、憂鬱感や不安感を和らげる効果もあります。胃腸の弱い人が風邪をひくと、気の巡りが悪くなって腹部膨満や吐き気を伴うことがありますが、蘇葉が入ることでこうした症状もケアできます。日本ではシソの葉として料理にも使われる馴染み深い生薬であり、参蘇飲を服用するとほのかにシソ特有の香りが感じられることがあります。
この他、大棗、生姜、前胡が含まれています。
参蘇飲にまつわる豆知識
名前の由来:処方名の「参蘇飲」は、人参(=参)と蘇葉(=蘇)という主要生薬に由来しています。虚弱な人参(ひと)の風邪を紫蘇の葉で癒やすという意味合いとも解釈でき、覚えやすい名称になっています。また、末尾が「湯」ではなく「飲」となっているのは、煎じた薬液をお茶のように少しずつ飲む服用法を示唆しています。
出典と歴史:参蘇飲は、中国宋代の『太平恵民和剤局方(わざいきょくほう)』(12世紀)に記載された処方です。宋代から虚弱者の感冒に使われていましたが、その後あまり知られずにいました。近年になって有用性が見直され、ツムラの製品(ツムラ66番)としても市販されています。
処方の工夫:参蘇飲は、古典方剤の組み合わせから生まれた処方でもあります。先述のように基礎には六君子湯や二陳湯の生薬が含まれ、そこに葛根・蘇葉・桔梗などの解表薬が加えられています。言わば「補剤入りの感冒薬」として設計されており、体力のない人でも安全に風邪を治すことが可能になっています。このように複数の処方を組み合わせて応用するのは漢方ならではの特徴で、参蘇飲はその好例と言えるでしょう。
まとめ
参蘇飲は、胃腸が弱く気力が不足した方の風邪に適した漢方薬です。身体の余分な水分や痰をさばきつつ、エネルギーを補って免疫力(めんえきりょく)を高めることで、咳や痰を伴う感冒の症状を和らげ、こじれた風邪を立て直す効果が期待できます。比較的副作用の少ない処方ではありますが、体質に合わない場合や他の薬剤との併用時には注意が必要です。なお、証に適合しない場合には十分な効果が得られません。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
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