帰脾湯(ツムラ65番):キヒトウの効果、適応症

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帰脾湯の効果、適応症

帰脾湯(きひとう)は、体力が低下し、血色が悪く疲れやすいといった体質の方の不眠や貧血に対して用いられる漢方薬のひとつです。
「帰脾」とは“脾(ひ)=消化機能を司る臓器”の働きを元に戻すという意味で、帰脾湯は不足した「気」と「血(けつ)」の両方を補い、弱った脾の機能を高めることで心身のバランスを整える処方です。
胃腸が弱く食欲不振、顔色が青白い、動悸(どうき)やめまいがある、といった気血両虚(きけつりょうきょ)の状態を改善し、不眠や不安感を和らげる効果があります。例えば、疲労倦怠感が強く、少し動いただけで疲れやすい、不眠症で寝つきが悪く、眠りが浅い(夢が多い、夜間に何度も目が覚める)、貧血傾向で顔色が悪く、立ちくらみやめまいが起こりやすい、動悸や不安感があり、緊張しやすい、食欲不振で胃もたれしやすく、体力が落ちているといった状態に幅広く対応する処方です。

このように、帰脾湯は「気」(エネルギー)と「血」の不足によって心脾両虚(しんぴりょうきょ)の状態に陥り、不眠や貧血、精神不安などの症状が出ている方に適した処方です。
夜間に汗をかく(盗汗)、物忘れがひどい、月経不順や出血傾向がある、といった症状が目安となることもあります。古くから、考えすぎや過労で心と脾を傷つけた結果の不眠や動悸を治す薬とされ、現代でも心身のエネルギー不足による様々な不調に用いられています。

よくある疾患への効果

不眠・不安感・動悸

年齢や性別を問わず、寝つきの悪さや不安感、動悸といった症状に帰脾湯が用いられることがあります。心臓を養う血液が不足し、精神を安定させる力が弱まった状態(心血虚)では、不眠症や動悸が生じやすくなります。帰脾湯は心と脾を補うことで心身を落ち着かせ、安眠を促す効果があります。

例えば、「緊張や心配事で胸がドキドキして眠れない」「疲れているのに頭がさえてしまう」といった場合に、帰脾湯の服用で徐々に心が安らぎ、夜間に自然と眠れるようになるケースがあります。現代医学的に見ても、帰脾湯に含まれる酸棗仁(サンソウニン)や龍眼肉(リュウガンニク)には鎮静作用があり、不眠や不安の軽減に寄与するとされています。
ストレスが原因の不眠には他の処方が適する場合もありますが、体力不足や貧血を伴う不眠・神経症状には帰脾湯が伝統的によく使われています。

貧血・疲労倦怠感

帰脾湯は貧血による疲れやすさや倦怠感の改善にも用いられます。血液を増やす生薬(当帰や龍眼肉など)と、血を作る源となる脾胃を補う生薬(人参や黄耆など)が組み合わさっているため、血の量と質を改善し、全身のエネルギーを高める効果が期待できます。

実際に「顔色が悪く常にだるい」「立ちくらみや息切れがして家事や仕事がこなせない」といった方に帰脾湯を服用していただくと、少しずつめまいや息切れが減り、体力がついてくることがあります。特に出血の多い月経後や、産後の産じょく期で体力が落ちた女性の貧血に対して、体を根本から立て直す目的で使われることがあります。
ただし重度の貧血の場合は西洋医学的な治療(鉄剤の投与など)が優先されます。帰脾湯はあくまで虚弱な体質改善の補助として、慢性的な貧血や疲労感に用いるのが基本です。

女性の不調(更年期障害・月経不順など)

女性特有の症状にも帰脾湯が応用されることがあります。例えば、更年期の時期にほてりはそれほど強くないのに疲労感や不眠、不安が目立つ場合や、月経不順・月経過多でめまい、動悸、息切れが伴うような場合です。これらは女性ホルモンの変化に伴い、気血のバランスが乱れて起こる症状ですが、帰脾湯で不足した血液を補い、心身の安定を図ることで緩和が期待できます。

実際に、更年期障害で「寝汗をかき疲労が抜けない」「なんとなく落ち込んでやる気が出ない」といった症状に対し、帰脾湯が奏効した例があります。また、貧血体質の女性で月経量が多くフラフラする場合に、帰脾湯を服用して徐々に出血量が適正化し、体調が整ってくるケースも見られます。
一方で、更年期のほてりやのぼせが強い場合は帰脾湯では熱を冷ます力が足りず、他の漢方薬(例:加味逍遙散(24)など)が適することがあります。症状に応じて処方を選択することが重要です。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

気血不足による不調には、帰脾湯以外にもいくつか漢方薬が用いられます。症状や体質の違いによって適切な処方を選ぶことで、より効果的な治療が可能です。ここでは、帰脾湯と比較されることの多い処方をいくつかご紹介します。

酸棗仁湯(103)

酸棗仁湯(103)(さんそうにんとう)は、不眠症の代表的な漢方薬です。酸棗仁(サンソウニン)を主薬とし、血を補いつつ余分な熱を冷ますことで安眠を促します。体力が低下しているというより、むしろ神経が高ぶって眠れないタイプ(イライラやほてりを伴う不眠)に適しています。

帰脾湯も不眠に使われますが、疲労や貧血を伴う場合に選ばれる点が異なります。酸棗仁湯は更年期以降で寝汗をかきながら寝付けないような乾燥・軽い熱傾向の不眠によく用いられ、逆に体力不足がある不眠であれば帰脾湯の方が適するでしょう。

補中益気湯(41)

補中益気湯(41)(ほちゅうえっきとう)は、気虚(ききょ)すなわちエネルギー不足を補う代表的な漢方薬です。人参や黄耆、甘草など帰脾湯と共通する生薬も多く含まれ、胃腸機能を高めて全身の活力を底上げします。食欲不振や倦怠感、息切れなどに幅広く使われ、特にお腹が冷えて下痢しやすい人や内臓下垂(胃下垂、子宮脱など)の傾向がある人に適しています。

帰脾湯と補中益気湯はいずれも元気をつける処方ですが、補中益気湯には精神を安定させる生薬(酸棗仁や遠志など)が含まれていないため、不眠や不安感には直接的には働きません。単に疲労が強いだけで睡眠はとれているような場合は補中益気湯が選択され、疲労と同時に不眠や動悸がある場合には帰脾湯が検討されます。
補中益気湯が何となく合わない感じがする、というような胸に詰まった感じがする場合には帰脾湯に変更すると胸がすっきりしてよく効果が出る場合があるといわれています。

十全大補湯(48)

十全大補湯(48)(じゅうぜんたいほとう)は、帰脾湯よりもさらに強力に気と血を補う漢方薬です。大病や手術の後など、極度に体力が落ちた状態で用いられることが多く、身体を温めて免疫力を高める作用も持ちます。帰脾湯に比べると適応となる虚弱の程度が重く、不眠や不安といった症状が前面にない場合に選ばれる処方です。
逆に、十全大補湯には心を落ち着かせる生薬が含まれないため、虚弱とともに不眠・動悸があるときは帰脾湯のほうが適しています。補中益気湯と同様に、十全大補湯が合わない場合に帰脾湯に変更すると効果が出る場合があるとされています。

桂枝加竜骨牡蛎湯(26)

桂枝加竜骨牡蛎湯(26)(けいしかりゅうこつぼれいとう)は、神経の高ぶりによる不安・不眠・動悸に用いられる処方です。桂枝湯に鎮静効果のある竜骨・牡蛎を加えたシンプルな組み合わせで、興奮した神経を鎮めて心身を落ち着かせる働きがあります。

帰脾湯と異なり、桂枝加竜骨牡蛎湯は栄養を補う作用がほとんどなく、精神神経症状の改善に特化した処方です。虚弱というほどではないがイライラや不眠が強い場合には適していますが、著しい貧血や体力低下を伴うケースでは効果が不十分でしょう。そのような場合には、気血を補いながら安神作用も兼ね備えた帰脾湯が検討されます。

副作用や証が合わない場合の症状

帰脾湯は滋養強壮系の比較的マイルドな処方ですが、体質に合わない場合や長期間・大量に服用した場合、副作用が現れる可能性があります。

消化器系では、胃もたれ・食欲不振・吐き気・下痢などが起こることがあります。帰脾湯は甘味の多い生薬を含むため、胃腸が弱い方ではかえって消化に負担をかけることがあります。服用中に強い胃の不快感や下痢が続く場合は中止し、医師に相談してください。
また、体質によっては発疹、かゆみ、蕁麻疹などのアレルギー反応がまれに起こることがあります。服用後にこのような皮膚症状が見られた場合も、早めに医療機関へご相談ください。

特に注意が必要なのは偽アルドステロン症という副作用です。帰脾湯に含まれる甘草(カンゾウ)の成分により、長期大量服用や他の甘草含有製品との併用で、体内のカリウムが不足し血圧上昇やむくみ、脱力感を引き起こすことがあります。足がつる、手足に力が入らない、顔や足がひどくむくむ、といった症状が現れた場合は速やかに服用を中止し、専門医の診察を受けてください。

なお、証(しょう)が合わない場合には効果が得られないばかりか、症状が悪化することもあります。例えば、身体の潤いが不足した陰虚の方が帰脾湯を服用すると、余計に喉の渇きやほてりが増す可能性があります。実際に、のぼせが強く汗をかきやすい人や、痰が少なく乾いた咳が出るような人には、帰脾湯よりも体を潤す別の処方が選ばれます。漢方薬は患者様一人ひとりの体質(証)に合わせて用いることが大切であり、自己判断ではなく専門家による判断が重要です。

併用禁忌・併用注意な薬剤

帰脾湯には麻黄や附子のような刺激の強い生薬は含まれておらず、特定の薬剤との絶対的な併用禁忌は少ないとされています。しかし、以下のようなケースでは併用に注意が必要です。

まず、利尿薬や副腎皮質ステロイド薬を服用中の方は注意してください。帰脾湯に含まれる甘草の作用でカリウムが失われやすくなり、利尿剤やステロイド剤と一緒に飲むと低カリウム血症を起こすリスクが高まります。筋力低下や不整脈を招く恐れがあるため、これらの薬を服用中の場合は、医師と相談の上で慎重に使用が検討されます。特に心不全の治療でジギタリス製剤を使っている方は、カリウム低下による薬効変動に十分注意が必要です。

また、抗凝血薬(血液をサラサラにする薬)を服用中の方も注意が必要です。帰脾湯に含まれる当帰(トウキ)や黄耆(オウギ)には血行を促進する作用があり、ワルファリンなどの抗凝固薬の作用に影響を及ぼす可能性があります。併用する際は、定期的に血液検査を受けるなどして出血傾向の有無をチェックし、主治医の指示のもとで経過観察してください。

さらに、他の漢方薬やサプリメントとの併用にも気をつけましょう。帰脾湯と似た作用を持つ生薬(例えば人参や黄耆、甘草など)を含む漢方薬を併用すると、生薬成分が重複して過剰摂取となる恐れがあります。また、滋養強壮系のサプリメント(高麗人参製剤など)を自己判断で併用すると、予期せぬ相互作用が起こる可能性があります。現在服用中のサプリや他の漢方薬があれば、必ず医師・薬剤師に伝え、適切な指示を仰いでください。

含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか

帰脾湯は、その名の通り心脾を補うことを目的として、全部で12種類の生薬を組み合わせて作られています。
基本となる構成生薬は「黄耆(オウギ)」「人参(ニンジン)」「白朮(ビャクジュツ)」「茯苓(ブクリョウ)」「当帰(トウキ)」「龍眼肉(リュウガンニク)」「酸棗仁(サンソウニン)」「遠志(オンジ)」「木香(モッコウ)」「甘草(カンゾウ)」「生姜(ショウキョウ)」「大棗(タイソウ)」です。それぞれが役割を持ち、弱った脾を立て直しながら心血を養うよう設計されています。

黄耆(オウギ)

黄耆(オウギ)は、マメ科の根で、気(エネルギー)を補い、身体を温める代表的な生薬です。特に脾肺の気を強め、体表の防御力を高める作用があります。帰脾湯では、黄耆が不足した気を補充しつつ、脾が血を統括する働きを助けることで、血が漏れ出ないようにする役割を担っています。実際、黄耆には出血を抑える効果も知られており、気虚による慢性的な出血(鼻出血、紫斑、月経過多など)の改善に寄与します。また利水作用も持つため、むくみがちな体質の改善にも一役買っています。

人参(ニンジン)

人参(ニンジン)はウコギ科の高麗人参の根で、非常に強力な補気剤です。全身の代謝とエネルギー産生を高め、臓腑の機能を底上げします。特に脾胃の機能を高めて食物から気血を生み出す力を増強し、体力と精神力を回復させます。帰脾湯では、人参が中心となって胃腸の働きを立て直し、気力を補充することで、血を作る土台を整えます。人参の滋養強壮効果によって、虚弱な体質の患者様でも徐々に活力を取り戻しやすくなります。

白朮(ビャクジュツ)

白朮(ビャクジュツ)は、キク科オケラの根茎で、脾を健やかにし、水分代謝を改善する生薬です。胃腸の消化吸収能力を高め、体内の余分な水分(湿)をさばいてむくみを取る作用があります。人参や黄耆とともに帰脾湯の核となる補気薬であり、気を補いつつ湿を除くという二重の役割を果たします。白朮が加わることで、甘く濡れた生薬が多い処方の中でも胃腸への負担を軽減し、消化機能を守りながら全身に栄養を巡らせることができます。

茯苓(ブクリョウ)

茯苓(ブクリョウ)はサルノコシカケ科のキノコ(マツホド)の菌核で、利水作用と健脾作用を併せ持つ生薬です。不必要な水分を排泄してむくみを改善し、胃腸の働きを調えます。また、神経の高ぶりを鎮める鎮静作用も持つとされます。帰脾湯では、他の補気薬(人参・黄耆・白朮)と協力して脾を助けながら水はけを良くし、不安感を和らげる役割を果たしています。

当帰(トウキ)

当帰(トウキ)はセリ科の根で、補血作用に優れた生薬です。血液を増やし、滞りを解消し、女性の生理機能を整える作用があるため「婦人の聖薬」とも称されます。帰脾湯では、当帰が心血を養い、血行を促進することで、顔色の悪さや冷え性、めまいなどの改善につなげます。また、補血と同時に血を巡らせる働きも持つため、気血両虚で血行不良になりがちな体質を改善し、手足の冷えや肩こりの軽減にも寄与します。帰脾湯の中で当帰は、血と気のバランスを取る潤滑油として重要な位置を占めています。

龍眼肉(リュウガンニク)

龍眼肉(リュウガンニク)は、ムクロジ科リュウガンの果肉を乾燥させた生薬で、補気と補血の両方の性質を持ちます。甘く温和な作用で心脾を補い、精神を安定させる効果があるため、不眠や不安、動悸に広く用いられてきました。干し龍眼は食用としても美容・健康に良いとされていますが、漢方ではれっきとした安神薬です。帰脾湯では、龍眼肉が当帰や酸棗仁とともに血を増やし、心を養う役割を果たします。そのおかげで、疲れて神経がささくれ立った状態を緩和し、ぐっすり眠れる体質へ導く手助けとなります。

酸棗仁(サンソウニン)

酸棗仁(サンソウニン)は、サネブトナツメの種子で、養心安神(ようしんあんじん)、すなわち心を養って精神を安定させる作用を持つ生薬です。眠れない、動悸がする、汗をかきやすい、といった心血不足の症状に対し、古くから用いられてきました。酸棗仁は、心と肝の血を補いながら鎮静効果を発揮し、自然な眠りを誘うことで知られています。帰脾湯において酸棗仁は、不眠・不安の核心となる生薬であり、寝汗や動悸を抑えて心身をリラックスさせる働きを担っています。

遠志(オンジ)

遠志(オンジ)は、ヒメハギ科イトヒメハギの根で、心腎を通じさせ、痰を化して精神を安定させる生薬です。難解な表現ですが、要するに頭をクリアにし、不安や驚きやすさを鎮める作用があります。遠志は少量でも苦辛(にがから)な刺激で閉じた心を開くとされ、記憶力減退や意識朦朧とした状態を改善する目的でも用いられます。帰脾湯では、遠志が他の安神薬とともに心のモヤモヤを払い、不安を鎮める役割です。また、痰(不要な粘液)が心神を乱すのを防ぐ効果もあり、心にこびりついた悩みや執着を取り除く生薬とも言えます。

木香(モッコウ)

木香(モッコウ)は、キク科の根(もしくは根茎)で、芳香のある理気薬です。胃腸の気の巡りを良くし、滞った飲食物をさばいて消化を助ける作用があります。帰脾湯は補剤ゆえに甘く粘性のある生薬が多いため、木香を加えることで胃もたれや食欲不振を防ぎ、処方全体の消化吸収を高める工夫がされています。木香自体にも少量で健胃作用と鎮静作用があるため、胸腹部のつかえ感やストレスを緩和する効果が期待できます。帰脾湯の中で木香は、陰陽のバランスを取り、スムーズに有効成分を行き渡らせるための調整役です。

甘草(カンゾウ)

甘草(カンゾウ)は、マメ科カンゾウの根で、調和薬の代表です。甘味で緊張を緩め、諸薬の作用を調節し、副作用を緩和する働きがあります。帰脾湯では、甘草が全体の風味をまとめ、胃への刺激を抑えることで、長期服用に耐える穏やかな処方としています。また、甘草自体にも緩和な鎮痛・消炎作用があるため、動悸や不安で強ばった体をほぐし、心身のこわばりを解く一助となります。ただし甘草の過剰摂取は前述の偽アルドステロン症を招く可能性があるため、含有量の多い他の甘草含有薬との併用には注意が必要です。

生姜(ショウキョウ)

生姜(ショウキョウ)は、ショウガ科ショウガの根茎で、身体を温めつつ胃腸を守る働きがあります。漢方では、生姜を加えることで他の生薬の吸収を助け、胃もたれや悪心を防ぐ効果が期待できます。帰脾湯では、生姜が遠志や人参などと協力して胃の機能を高め、処方全体の効き目を底支えしています。また、生姜自体も発汗・解表作用や鎮嘔作用があり、虚弱な方の冷えや食欲不振、吐き気を緩和する役割も果たします。さらに、微量ながら生姜を含めることで、処方に生命力を吹き込むとも言われ、帰脾湯の効果発現をスムーズにする縁の下の力持ちです。

大棗(タイソウ)

大棗(タイソウ)は、クロウメモドキ科ナツメの果実で、脾を補い、精神を安定させる生薬です。甘味で胃腸を労わりつつ、他の生薬の作用を緩和する調和剤として古今問わず多くの処方に配合されています。帰脾湯では、大棗が人参や白朮とともに脾を養って消化吸収を助けると同時に、酸棗仁・龍眼肉とともに心を穏やかにする方向にも働きます。疲れて弱った身体に優しいエネルギーを与え、気持ちをほんわか落ち着かせる効果が期待できる生薬です。生姜とセットで配合されることが多く、帰脾湯でもこの「姜棗(きょうそう)コンビ」が処方全体の調和と安定性を高めています。

帰脾湯にまつわる豆知識

名前の由来: 「帰脾湯」という名前は、「血や気を脾に帰す」、つまり脾が本来の働きを取り戻すようにするお薬という意味です。中医学では「脾は統血を主る(脾が血を統制する)」とされ、脾の機能が低下すると血が漏れてしまう(出血したり、心神を養えず不眠になる)と考えます。帰脾湯を服用すると、失われていた血と気が脾に戻り、全身を巡り始めるため、不調が改善するとイメージされています。

歴史: 帰脾湯は中国宋代の医師・嚴用和が著した『済生方』(1253年)に収載された処方です。当時は「思慮過度、労傷心脾(考えすぎや過労による心脾のダメージ)」による健忘・怔忡(物忘れと動悸)を治療する薬とされていました。明代には薛立斎という医師がさらに改良を加え、現在の帰脾湯の形が完成したとされています。日本にも中国から処方が伝わり、江戸時代以降、虚弱者の不眠や貧血に用いられるようになりました。現在、医療用エキス製剤(ツムラ65番)や市販薬の「人参帰脾湯丸」として広く利用されています。

処方の特徴: 帰脾湯の処方構成は、胃腸を補う四君子湯(人参・白朮・茯苓・甘草)に、血を補う四物湯の一部(当帰)と安神薬(酸棗仁・遠志・龍眼肉)を加え、さらに木香・生姜・大棗で調整したものと捉えることができます。つまり、胃腸の働きを高めて気血を生み出しつつ、心を落ち着かせるよう工夫された処方です。このように、古典の処方を組み合わせて応用するのも漢方処方の特徴で、帰脾湯はその好例と言えます。

まとめ

帰脾湯は、気血両虚による心身の不調に適した漢方薬です。胃腸を立て直して全身に栄養を巡らせ、心を養うことで、不眠や動悸、貧血、倦怠感などの症状を根本から改善することが期待できます。
比較的安全な処方ですが、長期連用する場合や他の薬剤との併用時には注意が必要です。特に甘草の副作用(偽アルドステロン症)や、証が合わない場合の悪化には留意し、異変を感じたら専門家に相談しましょう。

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。

証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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